PandoraPartyProject
帝都星読キネマ譚:夜妖を斬った日
深き深き闇の夜空。浮かぶ月に照らされる影。
その時は宵闇に潜む怪異を『夜妖』と呼ぶ事になるとは思ってもみなかった。
異変に気付いたのは、日差しが妙に強いと感じる様になったから。
「どうだ、忠継」
天香遮那の言葉に『楠忠継』は小さく頷く。
「そうですね。確かに近頃、怪異や妖といった類いの事件が増えているようです」
「やはりか」
考え込む様に顎に手を当てた遮那は元服を過ぎ青年へと近づいていると忠継は目を細めた。
遮那は今度の春で十七になる。
「どうした? 私の顔をじっと見て」
「いえ、立派に成られたなと思いまして。初めてお会いした時はこのぐらい小さかったのにと」
忠継は指先で大豆ぐらいの大きさを示した。
「のう、忠継最近益々年寄り臭くなっているのではないか?」
「ふふ……っ」
遮那の言葉に吹きだしたのは隣に居た『安奈』だ。縁側に座り、水を張った桶に足を浸けている。
夏の日差しが影を濃くしていた。
「しかし、何だか懐かしいのう。この水桶。昔もこうして夏に三人で涼んだ」
「あの時は、まだ若もこんなに小さくて」
「安奈よ。其方……忠継と似てきたのではないか?」
先ほどの忠継の言葉と安奈の言い方がそっくりで、彼等が『夫婦』なのだと微笑ましくなった。
兄上と姉上も時々同じような事を言うから、長い時間同じ時を過ごすと夫婦は似てくるのだと、遮那は嬉しくなったのだ。
されど、咎を負う日は確実に忍び寄っていたのだろう。
屋敷の周辺で日に日に増える怪異の事件を遮那、忠継、安奈は追っていた。
怪異を追ううちに黄緑の光を纏ったテアドールという妖精に出会う。
テアドールは多くの情報を遮那達に齎した。怪異の出所とそれに付随する月の侵食。
この国に危機が迫っているのだと。
そして、その日はやってきた。
「忠継――!」
安奈を怪異の攻撃から庇った忠継は、その身に『魔』を宿してしまった。
「は……っ、これ、は……、少々厄介だな」
忠継の中に入り込んだのは身体を乗っ取り命を喰らう怪異。剣の達人である忠継とて、己の内側を怪異が這いずり回る経験は無いだろう。このままでは自分の意志は消失し、怪異と成り下がる。
まだ自由のきく右手の剣を振り上げた忠継は、それを自らの腹に深々と突き刺した。
「ぐ……」
しかし、これでもまだ忠継の命を絶つには足りない。
「若……、申し訳ございませんが、私を斬ってくれませぬか」
「何を……っ!?」
忠継の言葉に目を見開いたのは安奈だった。遮那は剣柄を握り絞め歯を食いしばる。
今この瞬間を逃せば、怪異は忠継の身体を乗っ取るだろう。
そうなれば、忠継の力を得た怪異に遮那も安奈も殺されてしまう。
「忠継……っ!」
腹に剣が刺さったまま忠継は遮那と対峙する。
既に自由の効かなくなった左手に剣を奪われぬよう、しっかりと柄を握り絞めて。
忠継の左腕は遮那の剣を弾き、蘇芳の赤が地面に飛び散った。
本気でなければ無理だ。本気で殺さなければ守るべき者さえ守れない。
遮那は『殺意』を忠継に向ける。琥珀色の瞳が色を増した。
「――――忠継ッ!」
遮那が踏み込み一気に距離を詰める。
真っ直ぐに剣尖が走り抜け――胸骨を割って忠継の心臓を正しく貫いた。
「強く、なられましたな」
息も絶え絶えに、忠継は目を細める。
そして、後ろ向きに倒れていくのを安奈が支えた。
「忠継……」
「安奈、っ……生きろ。生きて、天香……、お前、託す……っ……」
最期まで天香の忠臣であった忠継は、愛の言葉なぞ吐かずに逝った。
それでも、忠継の手を握り涙を流し続けた安奈にはその愛が伝わっていたのだろう。
――――
――
包み込まれるような花の香りに目を開ければ彼岸花の瞳を細める鹿ノ子の顔があった。
「起きたッスか。うなされていたッスよ」
明朝の帝からの呼び出しに張り詰めた糸が切れたのだろう。革張りの椅子に座った遮那は僅かな時間眠っていたらしい。
「ああ、夢を見ていた。初めて人を殺した日の夢だ」
「忠継さんッスね」
鹿ノ子の言葉に小さく頷いた遮那。自ら侵した罪を鹿ノ子には知って貰いたかったから、その日の事を遮那は彼女に一度だけ語った事がある。
「忠継だけではない。何人も斬った。この背には数え切れない罪が刻まれている」
「はい」
「だが、私は後悔なぞしていない。その事実に憂う事はあれど、間違いだったとは絶対に言わぬ。それは私が斬った者達への誓いでもあるからだ」
妖刀廻姫の力を制御できていないから人を殺してしまった。
そんなものは、言い訳に過ぎない。
ヴェルグリーズのねじ曲げられた因果に起因するものなのは確かである。
されど、彼を使っているのは遮那だ。使うと決めたのは遮那自身。
罪は遮那にある。
「それでも、私は前に進まねばならぬ」
成すべきを成し。未来を開く。その為に――
*――ヒイズルで決着の時が迫っているようです。
これまでの再現性東京 / R.O.O
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