PandoraPartyProject

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帝都星読キネマ譚:宵、水銀灯I

「そなたはそこで待っておれ。用心は怠るなよ」
「――はい」
 ひぐらしが侘しげに鳴く、夕刻。
 松の木陰に鹿ノ子(p3p007279)を待たせ、天香遮那(p3n000179)が足を踏み入れたのは遊郭である。
 張見世の遊女達には目もくれず、足早に向かう先は揚屋だった。
 最上級の花魁――伽羅太夫が待っているはずだ。

 色柄に飾られた気障な障子が、すと開かれる。
「今宵わっちは止まり木になりんすか。羽根を撫でる事ぐらいは任せておくんなし」
「そう暇そうに見えるのか?」
 客など取らぬ、生娘に違いないと、ある種の悪評にまみれた伽羅太夫だが、随分艶やかに微笑むものだ。
 外に女を待たせてまで逢瀬する滑稽は、しかし色香とも醜聞ともほど遠いきな臭さを漂わせている。
 即ち――
「これが約束のものだ」

 遮那は小さな鞄を、ゴトリと卓上に乗せた。
 驚くほど重い音の正体は、実に多量の金塊である。
「どうぞ、見なんし」
 大夫が帳面を滑らせた。
「歩兵銃四十八丁、拳銃が八十丁、軍刀が四十本、大砲が十六、船三隻――確かに手配いたしんしょう。軍刀の十本は玉鋼の古刀。あとはみんな、一級上等の舶来品にありんす」
「予定より少ないな、どうにかならんのか」
「ひとまずはこれで我慢おくんなんし。主さんのおためと、わっちも無理をいたしんした。けれど主さん、どこかと戦争でもなさるおつもりえ?」
「答えて何になる」
「もう少しだけでも、わっちを信用しておくんなんし。主さんとわっちの仲ではありんせんか」
 しゃなりと近寄った大夫が、遮那へ肩を寄せてしなだれる。
「良く回る舌だ。私の足取りを、天香まで筒抜けにしておいて――か?」
「意地悪をおっせえす。主さんにだけは、なんにも隠しておりゃんせんのに」
「悪かった。そなたがフェータルな情報を攪乱してくれている件には、感謝も信用とてしている。私が未だ無事でいられるのは、そなたのお陰だ。ではな、タイム。達者でおれ」
「主さん、おさればえ。次はどうか、三味線で羽根を休めにいらしてしておくんなんし」
「……」
 タイム(p3p007854)と呼ばれた大夫に見送られ、遮那は再び夕闇へと姿を眩ませた。

 そこは豊穣郷カムイグラではない。ネクストと呼ばれる仮想世界である。仮想世界である――はずだ。
 練達の国家事業R.O.Oは、原因不明のバグによって情報増殖し、混沌の歪な模造品を作り上げた。あたかもひどく挑戦的な『ゲーム』であるかのように。
 ネクストが突きつけてきた『新イベント』の名を『帝都星読キネマ譚』副題を『現想ノ夜妖』と言う。
 イレギュラーズ――つまりはあなた は、R.O.Oの現し身たるアバターを介して、この悪意あるゲームの『攻略』を求められていた。
 真相究明も事態解決も、今は『あえて乗ってやる』他にないということだ。
 バグの影響か、豊穣ならぬ神咒曙光(ヒイズル)は、驚くほど近代的な国家へと変貌している。
 馬車道を路面電車が駆け、タイル張りのモダンなビルヂングに、電線が蜘蛛糸のように巡っていた。
 とある旅人(ウォーカー)はこれを『まるで大正時代のようだ』と述べたらしい。

 この奇妙に近代的な都では、『顕性怪異:夜妖』という怪物が蠢いているという。
 新イベントは、その『夜妖』の退治を目的としていた。
 そもそも夜妖というのは練達は再現性東京2010街『希望ヶ浜』における怪物の総称である。実際のところ希望ヶ浜では悪性怪異と表記し、ヒイズルの顕性怪異とは異なるが。細かなことはさておき、夜妖は夜妖だ。要はモンスターであればなんでも夜妖なのではある。だが一定の傾向は見られる。人の心に生じる闇を取り込んだ、都市型の怪物が多いということ。人口密度の影響か、はたまた別の原因か。仔細は専門家『希望ヶ浜学園学校長』無名偲・無意式(p3n000170)あたりに訪ねるほかあるまいが。はて――

 ――宵闇に六つの影がある。
「貴様、そこで何をしている」
 白刃を抜き放ちながら、影が問うた。
「高天京特務警察、隠密六課――『冥』、か。
 さっさとどけ、邪魔だ。この妖刀廻姫(めぐりひめ)の餌食となりたいか」
 酷薄に言い捨てた遮那も、また刃を構える。
 妖刀廻姫――真銘を『因果の魔剣』Wielgridr(ヴェルグリーズ(p3p008566))と言う。
 振るうたび、主に『別れることの出来ない宿業』を背負わせるという、呪われた魔剣――夜妖だ。
 どこかで聞いたあれそれは、このネクストでは『ちぐはぐ』『あべこべ』に歪んでいる。いずれにせよ、この世界へ影響を与えた『それ』は、酷い露悪嗜好に違いない。
「夜妖憑きだ、気をつけろ!」
「いやまて、まさか。あなた様は!?」
「ええい、とにかく引っ捕らえろ!」
 冥の面々が一斉に肉薄する。
 鋭く息を吐いた遮那は微かに腰を落とし、一閃。
 幕引きはあまりにあっけなく。
 あたりがすっかり夜闇に包まれ、蛾のぶつかる水銀灯が、あたりをぼうっと照らし出した頃。
 デパァト玉出の裏方には、ただ六名の警官だけが横たわっていた。

 ――R.O.O 2.0イベント『帝都星読キネマ譚 現想ノ夜妖』がアップデートされました。
 ――ヒイズルで行方知れずとなっている天香遮那の影が垣間見えました。

これまでの再現性東京 / R.O.O

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