PandoraPartyProject

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角笛の鳴る時

角笛の鳴る時

 ――夢を見ていた。
 ずっとずっと夢を見ていた。
 幸せを抱く夢。きっといつまでも続くと思っていたあの日の続き。

 マルガレータ。愛しのマルガレータ――
 貴女がいれば他にはいらなかった。
 父も母も失った後に遺っていたのは貴女だけだったというのに……
「さて、どうするのだ? 我が盟友殿。
 奇策とやらも見事に今世の勇者共によって食い止められたが」
 整ったかんばせの女が向ける冷めた視線の意味をベルナールは理解していた。己が甘く夢見た可能性などとうに潰えたのだ。各地で画策したミールミンド一派の企みはことごとくにして阻止された。ドン川に毒を流す計画も、『紫屍呪』による呪術も、病毒の巨人による企みも――
 全てこの国に。
 全てイレギュラーズに阻まれた。
 沈痛たる場の空気はもはや凍り付くが如く。クローディス・ド・バランツはじめ、数名の貴族達に向ける言葉も浮かばぬままにベルナールは項垂れる。
 そも、この女との『取引』から始まったのだ。
 彼女のセルグヴェルグの秘術を活かし、死者の蘇生を行う。
 貴族達の『下らぬ野心』によって暗殺にまで至らしめられた愛しき妹マルガレータを救い、平穏な生を過させてやるのだと。
 その際には己達は表舞台から退き、爵位を誰かにくれて遣っても良い。……いや、フレイスネフィラの野望が叶えばそれさえ無為か。
 どうせ、この国ごとなくなるのだから。

 たった一人の家族、マルガレータさえ居れば其れで良かった。
 父も母も、早くに失った自分たちには残された唯一だけだった。それだけだったのに。
 この国をフレイスネフィラが壊したならば、マルガレータと何処か遠く、平穏な地で小さな家を買って二人で平民として暮らしたかった。

 そんな、ちっぽけな幸福を求めて、幻想王国を敵へと回した愚かな己に戻る道など残されては居ない。
 そんな、ちっぽけな幸福を求めて、幻想王国に楯突いた己を愚かだと罵る者達に返す言葉も存在しない。
「フレイスネフィラ、もう無理よ。もう、後は戦争をするしかないわ。
 それもとびきり莫迦みたいな、子供騙しのものよ。勝敗なんて知らない。
 それでも、奪う事はできるわ。叶えることも出来る。貴女の望みを。貴女の復讐を。貴女の栄光を。
 もう、それに賭けるしか無いの。それに賭けて……どちらが勝つかを競う合うしかない。本当に勝てるかなんて聞かないで頂戴ね」
 男は、白粉で美しく塗り固めたかんばせから血の色を失っていた。
 それでも、どうしても聞かずには居られなかった。
「私って、臆病なのよ。甘ったれで、夢見がち。だから、聞かせて頂戴。アナタは『私の望みを叶えてくれる』のでしょう?」
 ベルナールの問い掛けに。
 豪奢な椅子に腰掛けて居た女は素っ恍けて「はて」とだけ返した。
 もう、どんな返答が帰ってきたって。
 あなたが『マルガレータ・フォン・ミーミルンド』を生き返らすことも出来ないと応えたって。
 あなたが私を利用しただけだと気付いてしまっても。

 もう――戻れやしない。

 残された道は、ただ一つだけだと分かっていても。
 未だに彼女に縋るのは、とんだ臆病者で甘ったれで夢見がちなままだから。

 ――quem di diligunt juvenis moritur.(神々が愛する者は若死にする)

 その手には角笛が。
 古廟スラン・ロウより奪われた筈の王権の象徴たる『レガリア』が――握られていた。

これまでのリーグルの唄(幻想編) / 再現性東京 / R.O.O

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