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シナリオ詳細

<ナグルファルの兆し>折れぬ剣

完了

参加者 : 12 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 深淵を覗く様な暗闇の海をたった一人で泳いでいる。
 肌を刺す冷たい海水。気を抜けば足を引っ張られそうになる海流。
 寄辺も無くただ真っ暗な海の中を藻掻いた。
 不屈のカモミーユの剣は星の瞬きと月の温もりを見つける事が出来たけれど。
 双翼の碧は己の無力さにただ足掻くしか出来なかった。

「リルを離せ――! 何なんだよ、お前ら!」
 地下牢の中に『双翼の碧』アンジェロ・ラフィリアの甲高い声が響き渡る。
 アンジェロの目の前には手枷を嵌められたリル・ランパートが数人の男に取り囲まれていた。
「吠えるなよ。子供の鳴声は耳障りなんだ。ああでもその碧瞳が歪む様は見てみたいなぁ」
 含み笑いをした男レヴォン・フィンケルスタインは檻の中に入れられたアンジェロに顔を近づける。
「なあ、あいつが今からどうなるか教えてやろうか」
 レヴォンは向かいの牢に入れられたリルを指差した。
「呪いを掛けられて、魔物にハラワタを食い破られて死ぬのさ……! どうだ、その時の絶望と恐怖を想像するだけで最高じゃないか? なぁ! お前もそう思うだろ? アンジェロ」
「やめろ!!!! やめろよ!!!! くそ! ここから出せ!」
 アンジェロは鉄の檻にしがみ付いて手に着けられた手錠を打ち鳴らす。
 耳に指を入れてアンジェロを煽ったあと、レヴォンは向かいのリルの牢へ入っていった。
「……はは、お前はここで死んで、ご主人様のお役に立つのだ。どうだ嬉しいだろう、リル」
「嫌……やめてください」
 空色の瞳に涙を浮かべ身体を震わせるリル。
「やめろぉぉぉ――――!!!!」
 彼女に拒否権など無く、その身はレヴォンの描いた魔法陣に飲み込まれる。
 紫色の茨がリルの身体を這い、奥へと突き進んでいった。
 リル一人の命でミーミルンド男爵の大願が叶うのだ。例え『家族』であったとしてもたかが奴隷一人消えた所で文句は言われまい。ミーミルンド男爵自体は気に食わないが、自身の上司であるクローディス・ド・バランツが陶酔している相手の為に動くのは彼の為にも繋がるのだ。

 レヴォンはクローディスに傾倒していた。
 いつも傍に付き従い癇癪を宥め賺しているのも、彼の色んな顔が見たいからだ。
 稀に見せる笑顔、怒った顔、悲痛に涙し、苦痛に歪む顔を見たい。泣き叫び命乞いをする様はどれ程滑稽で愛おしいのだろうか。想像するだけで口角が緩む。

「このアンジェロはまだ利用価値があるからな」
 リルに『紫屍呪』を施したあと、レヴォンがアンジェロに付けられた手枷を強引に引けば金属が軋む音が地下牢に響く。
「くそ! リル! リル――――!!」
 アンジェロの悲痛な叫びが地上へ続く階段の奥へと消えていった。


 薄曇りのアジュール・ブルーの空が地平線まで続いている。
 カルセイン領の領主リオン・カルセインの応接室に集まったイレギュラーズは膨大な情報を前に資料をじっと見つめて居た。
「じゃあ、もう一度おさらいしようか。事の発端は豊穣側。天香・遮那が当主になった事を快く思っていなかった葛西乗政という男が一計を打ったみたいね」
 キッチュ・コリンズは手帳を広げながら確認するように遮那の従者である柊 吉野へと視線を向ける。
「そうだ。何とかして貶めたい乗政は豊穣の交易が開かれ、幻想へ奴隷が売り買いされ始めたのに目を付けたんだ。それに便乗して悪事を働き、全て遮那様に擦り付けようと画策した」
 吉野は資料から『錆塚峠』という文字をトントンと指で示した。
「錆塚峠に巣くう荒御魂の穢れを切り取り、増幅し『紫屍呪』を作り上げたんっスね。その影響でこの望くんも暴れて鎮めるのに大変だったッス」
 ぬいぐるみ程の大きさの狛犬を抱え上げた鹿ノ子(p3p007279)は仲間に視線を巡らせる。
「でも、僕のお陰で『紫屍呪』を解く方法が分かったんでしょ? 感謝してほしいなぁ」
「はいはい。偉いッスね。後でお団子買ってあげますから」
 望の頭をわしわしと撫でつける鹿ノ子に、向かいに座るヴァールウェル(p3p008565)が手を上げた。
「質問いいですか。その『紫屍呪』はこの子、九野深杜に掛けられている呪いと同じという事で間違いないのでしょうか」
 ヴァールウェルは隣に座る深杜の肩を優しく抱きしめる。
「恐らくはそうッスね。望くんが触れたという錆塚峠の穢れによく似ているッス」
「では深杜に呪いを掛けたのは……」
「葛西乗政で間違いないだろう」
 吉野はヴァールウェルに頷いた。
 先日、イレギュラーズの活躍により葛西乗政は秘密裏に懲らしめられていたようだが。それ以前の悪行が露見したということだ。

「それで、奴隷が豊穣から流出しているのを憂いた遮那さんが吉野さんに調査任務を命じたのですね」
 燃ゆる赤い瞳でリースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は資料にある地図を指差す。
 白い指先は右下のカムイグラから海洋を経て幻想へと辿った。
 吉野は豊穣から数人の奴隷と共に幻想国へ潜入していたのだ。
「なるほど。その子らがボクの美少年牧場に来たんだねぇ」
 まあるい水色のボディを震わせてロロン・ラプス(p3p007992)はこくこくと頷く。
「最初は手違いで深杜さんがボクの牧場に運ばれたと思ってたけど……」

「葛西乗政と手を組んでいたミーミルンド男爵派クローディス・ド・バランツの部下レヴォン・フィンケルスタインの仕業だったということなのね」
 小さく溜息を吐いたタイム(p3p007854)はロロンの視線を追うように深杜を見つめた。
 この少女は恐らく豊穣から運ばれレヴォンの実験台に使われたのだ。
 ――効率よく魔物を呼び寄せられるか。そして、呪いが完成すればより強力な魔物が生み出せるか。
 ロロン達イレギュラーズの活躍により強力な魔物は生み出せなかったが、魔物を呼び寄せるデータは十分に取れたのだろう。用済みと言わんばかりに深杜への干渉はその後無かったのだ。

「同じ頃、ここカルセイン領も魔獣の襲撃に遭ったのよねぇ」
 アーリア・スピリッツ(p3p004400)の言葉にシャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)も頷く。
 カルセイン家に雇われたメイド、リル・ランパートがスパイだったのだ。
 彼女はクローディス・ド・バランツの命令でカルセイン領に攻めて来た。
「そして、古廟スラン・ロウでアンジェロと出会った」
 続けてアーリア達は己自身を勇者の末裔だと信じる『双翼の碧』アンジェロ・ラフィリアに出会う。

 アンジェロとリルは同じミーミルンド男爵家に買われた奴隷だったのだ。
 二人は奴隷の身分を脱する為、勇者選挙のメダルを集めていた。
 その折、偽勇者の襲撃に遭ったアンジェロとリルはイレギュラーズに窮地を救って貰っていた。

 様々な人の思惑が交錯する資料に頭を抱えるタイム。
 現実は其処に感情やらが乗せられる分もっと複雑で難しい。
「事情は……全て把握しきれないにしても。急を要するのはリルさんと深杜さんよね」
「はい。ミーミルンド男爵家に帰ったアンジェロ君とリルさんは現在クローディス・ド・バランツの部下レヴォン・フィンケルスタインの屋敷にいるみたい」
 タイムの言葉にキッチュが応える。彼女は幻想にある小さな新聞社「幻想タイムズ」の記者だ。情報収集能力は少しだけ高い。
「そして、リルにもその『紫屍呪』が掛けられてる……」
 シャルティエは悔しそうに拳を握りしめる。
「この呪いは不服従を許さない。抵抗すれば、全身を針で刺された様な痛みが襲う」
 自分の腕を抱き込むように震える深杜。ヴァールウェルは腕の中の少女を安心させるように優しく抱きしめた。
「今この場で呪いを解く事は出来ないのでしょうか」
「それは出来る。けれど、同じ紫屍呪が干渉しあっている今、どちらかだけを解くともう片方に負担が回ってしまう可能性があるんだ」
 申し訳なさそうに瞳を伏せる吉野にヴァールウェルは「分かりました」と覚悟を決める。
「……であれば、向かう先は決まりましたね」
 ミーミルンド男爵派クローディス・ド・バランツの部下レヴォン・フィンケルスタインの屋敷へ。
 リルとアンジェロを救い出すために。

 ――――
 ――

「リル……、リル!」
「シャルティエ様……だめです。近づいちゃダメです!」
 屋敷の中庭に繋がれたリルは涙を流しながら首を振る。
 視線の先。三体の魔物がリルを取り囲んでいた。
 シャルティエは一瞬の隙を付き、魔物の合間からリルの元へ駆け込む。
 もう大丈夫だとリルの手を握ろうとしたシャルティエが息を飲んだ。
 顔目がけて振り上げられた剣尖がシャルティエの頬を掠める。縦に走った傷から鮮血が流れ出した。
「な……」
「お願い、近づかないで。命令、されてるんです」
 ――イレギュラーズの命を奪えと。不服従は許さないとリルに下された命令。
 ナイフを握るリルの手は小刻みに震え、苦痛に眉を寄せていた。
 必死に抵抗しているのだ。シャルティエの命を奪わないようにと。
 深杜の言葉通り今、リルの身体は呪いの針が突き刺さっているのだろう。

「アーリア、周りを取り囲まれてる」
「ええ、そうみたいねぇ……」
 キッチュとアーリアは四方に視線を廻らせる。中庭を取り囲む様に集まった魔物の群れ。
 紫屍呪の完成を待ち望む魔物達がこの屋敷に集まっているのだ。
 ここで食い止めなければ、力を得た魔物達は四方に散らばり周囲の住民を殺してしまうだろう。

「必ず、助けるって、誓ったんだ」
 シャルティエのジョーンシトロンの瞳が輝きを増す。
 だから、とカモミーユの剣たる青年はマントを翻した。
 絶対に、負けないと決意を胸に――

GMコメント

 もみじです。
 状況は複雑ですがとにかく魔物を倒し、今度こそリルと深杜を救いましょう。

●目的
・魔物の討伐
・深杜とリルの『紫屍呪』を解く

●ロケーション
 ミーミルンド男爵派クローディス・ド・バランツの部下レヴォン・フィンケルスタインの屋敷です。
 数人の護衛が居るのみで、レヴォンとアンジェロは行方知れずです。
 中庭の支柱に繋がれているリルが見えます。
 その周囲を魔物が3体取り囲んでいます。

●敵
○リル・ランパート
『紫屍呪』によりレヴォンの命令に従わされています。
 イレギュラーズを攻撃する事に全力で抵抗しています。その為、紫屍呪の効果で全身を針で刺された様な痛みが襲っているようです。

 カルセイン家に最近雇われたメイドでしたが、実はクローディス・ド・バランツの命令で潜入と襲撃の任務を行うスパイでした。
 イレギュラーズの活躍によりカルセイン領は無事に守る事ができましたが、リルは任務を失敗しクローディスに暴行されています。
 とても心優しく、裏切ってしまう事になったシャルティエに自責の念を抱えています。
 関連:シナリオ『<ヴァーリの裁決>カモミーユの剣』

○魔物×多数
『紫屍呪』の効果で大小様々な魔物が屋敷に押し寄せてきます。
 どの魔物も強力です。ですが連携力はありません。
 己が一番に目的を果たそうと躍起になっています。
 魔物の目的は『紫屍呪』を完成させること。
 つまり、リル・ランパート及び九野深杜を殺し、力を得る為に動いています。
 リルと深杜を積極的に狙ってくるでしょう。
 戦闘開始時点では深杜の存在には気付いていません。
 もし、紫屍呪が完全なものになれば、屋敷の周りに居る住民を襲い始めるでしょう。

『紫屍呪』
 豊穣の錆塚峠より広まったとされる呪術です。
 その実体はレヴォン・フィンケルスタインと葛西乗政によって作り出された呪いです。
 錆塚峠の荒御魂の穢れを利用し増幅。呪術体系として確立させました。
 この呪いを掛けられた者は不服従の印が刻まれ、魔物を呼び寄せてしまう性質があります。
 解く方法は紫屍呪に掛かった精霊(望)を遮那と共に鎮めた鹿ノ子、又は従者である柊吉野が知っています。血を媒介に陣を描き、解呪します。他の者が解呪しても問題ありません。
 魔物を呼ぶため深杜とリルの紫屍呪は同時に解除した方が安心です。
 関連:シナリオ『<琥珀薫風>約束の剣舞』、SS『明日を望む』

●味方
○九野 深杜
 ヴァールウェルに保護されているゼノポルタの少女です。
 葛西乗政に紫屍呪を掛けられ、レヴォン・フィンケルスタインに実験台に使われました。
 以前は普通の少女でしたが、現在は呪いの影響で姿が変容しています。
 魔物に積極的に狙われます。

○柊 吉野
 天香・遮那に使えるゼノポルタの少年です。
 豊穣から幻想への奴隷流出について遮那の代わりに調査を行っています。
 自分の身は自分で守れる程度には戦えます。
 今回は遮那の代わりに紫屍呪を解除する任務を担っています。
 彼の代わりに呪いを解除しても構いません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――

●より深く読み進める
 下記は『戦闘』には直接関係無いですが、シナリオに関連する項目です。

●首謀者
 戦場には居ませんが、下記の二名が一連の事件の黒幕です。

○葛西乗政
 天香遮那を追い落とす為、豊穣から幻想へ奴隷が流出した犯人を遮那に仕立てようと目論んでいました。
 先日、イレギュラーズの活躍により秘密裏にお仕置きされています。
 レヴォン・フィンケルスタインと共謀し、錆塚峠で『紫屍呪』を作り出しました。
 九野深杜に紫屍呪を掛けた張本人です。
 関連:シナリオ『<琥珀薫風>闇夜を纏い』

○レヴォン・フィンケルスタイン
 ミーミルンド男爵派クローディス・ド・バランツの部下です。
 クローディスに付き従い、彼の行動を観察しています。
 愛憎籠もった感情をクローディスに抱いています。
 憎らしい程に踏み躙りたい自分だけを見つめて欲しいなんて言葉はおくびにも出さず、いつも近くでクローディスを観察しているのです。

 葛西乗政と共に錆塚峠で作り出した『紫屍呪』の実験の為、ギストールの街からロロン・ラプスの『美少年牧場』へと九野深杜を運び込みました。
 実験は成功し、十分なデータが取れた為、リル・ランパートに紫屍呪を施しています。
 関連:シナリオ『<ヴァーリの裁決>陽光を望む』

●関係者
○『双翼の碧』アンジェロ・ラフィリア
 古廟スラン・ロウでイレギュラーズに助けられミーミルンド男爵家に戻ってくることが出来きました。
 リルを守る為、片割れを探す為、力を欲し、勇者になることを決意しました。
 両親から聞かされた『尊き血族』だということ、自身が実際に古廟スラン・ロウの封印を解いたことによりアイオンの血を引く『勇者の末裔』だと信じています。
 現在はレヴォンに連れ去られ消息不明です。
 関連:シナリオ『<ヴァーリの裁決>奈落に堕ちて』『<フィンブルの春>碧瞳は希望に満ちて』

○望
 天香・遮那の使い魔。狛犬の姿で伝書鳩の様な役割を担っています。
 豊穣の錆塚峠の麓で遮那と鹿ノ子に鎮められた精霊。
 彼を鎮めた折、遮那と鹿ノ子は紫屍呪の解呪方法を知りました。

○リオン・カルセイン
 シャルティエ・F・クラリウスと共にカルセイン領を治める領主。
 思慮深い考察でシャルティエの相談役を担っています。

○キッチュ・コリンズ
 アーリア・スピリッツの友人。幻想の新聞社『幻想タイムズ』の記者。
 リオン・カルセインや柊 吉野との情報伝達、及びリルやアンジェロの動向調査など幅広く活躍しています。

 関連シナリオ
『<ヴァーリの裁決>カモミーユの剣』『<ヴァーリの裁決>陽光を望む』
『<琥珀薫風>闇夜を纏い』『<ヴァーリの裁決>奈落に堕ちて』
『<フィンブルの春>碧瞳は希望に満ちて』『<琥珀薫風>約束の剣舞』

 関連SS
『明日を望む』『逆境の中で』『命の灯火』

  • <ナグルファルの兆し>折れぬ剣完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年06月05日 22時21分
  • 参加人数12/12人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 12 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(12人)

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
シラス(p3p004421)
超える者
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)
花に願いを
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
ロロン・ラプス(p3p007992)
見守る
ヴァールウェル(p3p008565)
妖精医療
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う

リプレイ


 薄く濁った雲の隙間から陽光が僅かに石畳を照らしている。
 レヴォン・フィンケルスタインの屋敷の中庭。
 小さく聞こえる吐息は灰色狼の少女リル・ランパートのものだ。
 目の前には『不退転』シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)の『背中』がある。
 リルの身体を蝕む紫屍呪。その呪いに下された命令はイレギュラーズの命を奪うというもの。
 つまり、シャルティエがリルに背中を向けるのは自殺行為に等しい。
「シャルティエ、様……、離れ、て」
「大丈夫だよリル。僕は魔物からリルを守る。
 何処からどんな魔物が来たって、指一本触れさせない……! 必ず、助けるよ。だから、大丈夫」
 シャルティエはカモミーユの剣。不屈の輝きを持つ者。
 たとえ、リルから攻撃を受けようとも倒れる訳には行かないのだ。

「複雑な糸の結節点ですね。丁寧に、注意深く解していきましょう」
 眼鏡の奥に鋭い眼差しを秘めた『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)はこの場における状況の複雑さに首を振る。天香・遮那の追い落としを考える葛西乗政とクローディス・ド・バランツに傾倒しているレヴォン・フィンケルスタインが結託したのが今回の事件に繋がっていること。
 ミーミルンド男爵家に従事するアンジェロ・ラフィリアと勇者の血族の関係。
 そして、二人の少女を蝕む紫屍呪。細い糸は何重にも折り重なって寛治達の前に横たわる。
「リルさんを残して紫屍呪の成就狙い、此処に至って使い捨てにする気とは。クローディスの意思かレヴォンの独断か……」
 寛治の隣に歩み出た『紅炎の勇者』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は訝しげに赤き瞳を細める。
「ミーミルンド男爵の人を見る目もつくづく怪しいものです」
 褐色の肌と少年に傾倒するクローディスと彼に愛憎を寄せるレヴォン。ミーミルンド派にはそういった輩が集まりやすいのだろうか。其れ等を手元に置いているとなれば彼もまた同類なのかと疑いたくもなる。
「……アンジェロさんは居ない。連れ去られたか、或いは……」
 先行するシャルティエの他に、中庭に居るのはリルと魔物だけだ。
 否、傭兵が数人様子を伺うように建物の中から視線を向けている。
「私には高貴な血筋も、護るべき家名なんてものもない。お家争いだか実験だかそんなの知らないけど、気分は最悪よ」
 緑瞳を憤慨の色に染めアーリアが辛そうな声を上げた。
 人の命を何とも思わない葛西乗政とレヴォンの所業に憤りを隠せない。
「貴方達に何の権利があるの。何処かで高みの見物しているのも気に食わないわ」
 白い指先を強く握りしめたアーリアは姿の見えないアンジェロを案ずる。
 されど、今成すべき事は目の前の敵を打ち倒し紫屍呪を払うことだ。
「……まずは二人を救わないと!」
 アーリアは『竜剣』シラス(p3p004421)へと視線を向ける。
 悪辣だとシラスは先日の豊穣の屋敷で秘密裏に行われた戦いの事を思いだしていた。
「葛西乗政さぁ、あん時にもっと焼きを入れてやりゃあ良かった」
 その時既に、錆塚峠で紫屍呪を確立させ、九野深杜へと呪いを施した後であったのだろう。
 シラス達が知る由も無かった事実だ。知っていればもっと懲らしめる事もできただろう。
「でも今は切り替えないと」
 思考を『戦闘』へとシフトする。脳内の思考が澄み渡り空気の流れが遅くなった様に感じた。
「──さて」
 シラスの耳に『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)の声が聞こえてくる。
「僕の知らないところでも、色んなことが起きていたんスね! 困ってるひとを助けるのは当然として、遮那さんに関わっていることであるなら、見過ごしてはおけないッス!」
 紫屍呪の解呪方法は己の魔力を糧に思いを乗せて魔を退けること。
 楔を解き放つ意志が大きく左右される。
「言葉は何でも構わないッス! 魔力と意志それが重要ッス!」
 鹿ノ子は先日の錆塚峠で遮那が解呪してみせた時の事も含め皆に包み隠さず語る。
「隠しておくメリットもないですし、いざというときのために!」

 水色のぷるんとしたスライム『無垢なるプリエール』ロロン・ラプス(p3p007992)は目の前で起こる光景と思考の海の中を二重のスクリーンの如く行き来する。
『なるほどねー。ボクの美少年牧場(じっけんしつ)でやってくれたのはそういうことだったんだね』
 自身の中で木霊する声が反響して揺れた。
 ――部屋を荒らされたロロンの怒りと、民に迷惑をかけられたラプスの怒りを検知しました。
 システムコールの様な無機質な声がロロンの頭の中に響く。
『うん、そうだね。ボクも許せないかなぁ?』
 大切な資源や守るべき領民を危険に晒した『悪』に対して、憤るのは上に立つ者として道理。以前のロロンであれば粛々と迷惑を掛けられた分の制裁を下して居たのだろう。けれど、ロロンの胸を支配するのは憤怒と呼ぶべき苦しさを伴う感情だ。腹立たしいという怒りだ。
「美少年牧場の惨劇が、まさかこんな事になるとは。急転直下とは、まさにこの事か」
 ロロンの背後に黒光りする怪生物『名を与えし者』恋屍・愛無(p3p007296)が顔を見せる。
 繋がる道筋はいつも唐突に開けるものだと愛無は笑って見せた。
「だが、まぁ、これも縁か」
 ロロンと同じく以前は愛無も、ただ漫然と『捕食者』であったのだ。
 けれど、ロロンがファルベライズの一件以降獲得した情動と同じように。愛無も仲間との交流の中で感情や情動を得るに至った。その一端を担うのが『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)であるといえるだろう。彼女の憂いを払いたいと思う程度には愛無は己の中に人間らしい感情を芽吹かせていた。
「アーリア君には借りがある。良い機会というものだ。それでは仕事といこう」
「そうだね。行こう」
 見据える先、僅か一歩踏み出して。


「呪いに人様の領地で実験に、随分と好き勝手やってくれたもんっスね。しかもまさかの豊穣から持ってきた技術か……遮那を気に入らねぇのは分かったけど活動範囲広げすぎじゃねぇか」
 カーマインの瞳を三体の魔物に向ける『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)は小さく息を対こんで誰よりも先に魔弾の如き痛烈な軌跡を描く。それは葵の放ったシルバーのサッカーボールだ。
「でもこうなっちまった以上愚痴ってもしゃーない。やるべき事は見えたんスから、やるしかねぇな!」
 白銀の轍を空に残し、魔物一体に超遠距離からの痛打を叩き込む。
 シャルティエの背後に居るリルへと向いて居た魔物の視線がぐるりと反転し葵へと向けられた。
 葵の先陣一撃と共にイレギュラーズは中庭へと流れ込む。
『優光紡ぐ』タイム(p3p007854)は青瞳に憂いを浮かべた。
 森で助けたアンジェロとリルの答えが脳裏に過る。
『僕はリルを守りたい。少しずつでもいいから自分の力で守りたいんだ』
 だから、逃げるのではなく正当な道筋で奴隷の身分から脱するのだとアンジェロは言ったのだ。それをタイムも苦渋の決断で見送った。
 それなのに。
「……全然話が違うじゃない」
 彼らなりに考えて決めたのを見送ったのにそれが裏目に出るなんてあんまりでは無いか。
 己の私利私欲の為に他人を見殺しにするような悪に何度も踏み躙られるなんて。
「駄目よ、わたしの目の前でそんなの。やめてよ」
 タイムは駆けながら首を振った。その背を優しく撫でるのは『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)だ。
「被験者の幸福なくして実験の成功を謳うとは笑止」
 白無垢の下に宿る紅紫の瞳はこの場には居ないレヴォンの残影を見遣る。
「しかも『呪いにより魔物に食われ死ぬ時の絶望と恐怖が最高』?」
 紅が引かれた唇に乗せられる言葉は冷たく鋭い。
「もしそうならば、呪いを持つのはリル様と深杜様……最高の瞬間を他者に取られてしまうのは勿体ないはずでしょう。折角一度きりの人生なのです。その『最高』、今姿の見えぬレヴォン様ご本人のために取っておきましょうね」
 聖母の如く優しい微笑みを浮かべた澄恋は戦場に巣くう魔物に視線を向けた。
 リルを取り囲む魔物を手中に収めた段階で澄恋は高らかに嗤い声を上げる。
「弱い魔物が何をしているかと思えば……何ですか? 小娘とたった一人の剣士如きに苦戦しているなんて何れだけ小物なんです? そんなに弱いならさっさと消えてくれませんか? 邪魔ですよあなた達」
 澄恋の唇が嘲う様に三日月に歪めば、魔物共は彼女を睨み付けた。
「レヴォン様の慕う相手のために尽くし自分のものにしたいという気持ちは嫌というほどわかりますが。他害を伴うのは三流……いや、態々斯様な女子らを狙うのは三下のすること。理想と計画行動の機構切替がはっきり言って乱雑すぎます。その能無し野朗の思考にまんまと嵌った魔物らは理性などないのでしょうね。誰のことか分かりませんか? あなた達の事ですよ」
 魔物は怒気を孕んだ雄叫びと共に澄恋へと走り出す。
「ともあれ、先ずはこの場を切り抜ける事が先決。紫屍呪の成就等させはしません」
 リースリットは魔法剣を抜き放ち澄恋へと向かう魔物をを紅い瞳を向けた。
 風火の理。リースリットの周りを風の精霊が舞い、刻印の焔が雷に変幻する。
 瞬光は戦場を駆け抜け、轟音と共に魔物の腹を一閃した。
 焼けただれた傷跡が魔物の腹に刻まれる。
「解呪が成功すれば恐らく魔物の増援も止むでしょう。それまでは只打ち払うのみです」
「ええ。深杜を、そしてリルさんを救うためにもここは負けられません」
 鹿ノ子から受け取った解呪の方法を噛みしめ、深杜の手引いて『妖精医療』ヴァールウェル(p3p008565)は中庭を突き進む。澄恋に向かう魔物を避け、リルとシャルティエの元へ向かうのだ。
「魔物ごとき何するものぞ。早くこの忌々しい呪いから二人を解放してあげましょう」
 背中の黒い羽根で深杜を覆い隠し、仲間と共に陣形を組むヴァールウェル。
 輪の中心へ深杜とリルを配し、二人を守るように輪で取り囲むのだ。
「まずはリルさんを助けるッスよ! 残りの魔物をちゃちゃっとやっつけるッス!」
 葵が引きつけている魔物に向かい鹿ノ子が大太刀を振り上げる。
 手首に嵌る琥珀色のブレスレットが陽光に照らされ優しく輝いた。
 斬撃が一閃。横薙ぎの剣尖が翻り、下段からの突き上げが魔物の胴を浮かせる。
「まだまだッス!」
 痛烈な猛打からの叩き上げは連撃となり鹿ノ子の刀が閃いた。
 蝶が羽ばたくかの如く優雅に刀身が跳ね上がり、血花が石畳の上に咲く。
 シラスは蹌踉けた魔物の前に立ちはだかる。
 リルを取り囲んだ目の前の三体だけではない。屋敷の周囲を囲んだ魔物が直ぐに押し寄せてくるだろう。
「時間をかけたら数が溢れて手に負えなくなる。初めから出し惜しみせずにいこう」
 極限の集中状態に自分の声さえ遠く聞こえるようだ。
 鹿ノ子がつけた傷口を執拗に狙い、拳を叩き込むシラス。剣の傷跡が拳の形に大きく広がっていく。
 寛治は鹿ノ子とシラスが追わせた傷に狙いを定め硬い表皮を貫く一弾を解き放った。
 戦場を一直線に走る弾丸は寸分違わず血に濡れた傷口から体内に入り込み破砕する。
 いくら表皮が硬い魔物であろうと、内臓は血が通う肉の塊だ。
 重心を崩し後ろ向きに倒れた魔物はその命を散らす。

「誰ガ、弱イッテ? ナァ……オイ!」
 澄恋の白い花嫁衣装に蘇芳の赤が散る。怒りに満ちた魔物の攻撃に穿たれる澄恋の白無垢。
「はぁ、いけない子。いけない子。おいたが過ぎますよ。ねぇ。だったら、こちらからは『紫の呪いにより食われ死ぬ最高の時』を提供してあげましょうね。うふふ、おなかのなかにお帰りなさいな」
 揺らぐ澄恋の姿に魔物は目を瞠る。紫蝶が羽ばたく先に見えるのは懐かしき母の姿だっただろうか。
 その答えは誰にも分からない。腹の中に還ったソレに言葉など有りはしないのだから。

「来たわね」
 アーリアの声に葵が視線を上げれば屋敷の屋根に魔物の姿が見えた。
 広域俯瞰の視点は屋敷の中庭という地の理に上手く作用する。
 アーリアはシャルティエの後ろに居るリルを一瞬だけ見つめた。
 リルにはイレギュラーズの命を奪うという命令がなされている。彼女に背を向けるということは、いつ攻撃されてもおかしくない。けれど、アーリアはシャルティエに頷いてみせる。
「シャルティエくんがいればきっと大丈夫。ただしピンチになったら呼ぶのよ? その時はお姉さんがきちんと守ってあげるから。だからね……絶対に二人とも助けるわよ」
「はい!」
 シャルティエはリルを背中に隠し魔物の視線から遠ざける。
 自分の役割は、魔物の攻撃がリルに通らないよう彼女を庇い続ける事だと歯を食いしばるシャルティエ。
「……っは」
 シャルティエの背にリルの頭が乗せられた。辛く苦しそうな吐息。
 イレギュラーズを攻撃しないということは紫屍呪に下された命令に背く事に他ならない。リルの身体は内側から針で刺されたように痛んでいるのだろう。
「リル、剣を背中に当てて構わない。それで攻撃している事になるだろう?」
「……でもっ」
「大丈夫。僕はそのぐらいじゃ死なない。それより、君が苦しんでいるのは見たくないんだ」
 張れる虚勢なら幾らでもはってやる。それでリルが苦しまずに済むのなら。痛みは自分が引き受けるのだとシャルティエはリルに微笑んだ。
 マントの下に潜り込んだ剣先がシャルティエの背に当たる。
 冷たい痛みと同時に訪れるのは、肩に感じる温かい涙だ。
 リルの身体を覆う痛みが消えた。

 ――――
 ――

「ぷるるーんぶらすたー」
 ロロンは流体ボディを魔物に纏わり付かせ、己の中で魔力を加速増殖させる。
 ボディの中で膨れ上がった光の粒がキラキラとパーティクルを散らせた。
 極限まで高められた魔力がロロンの許容値を超えれば、対外に輩出される。その時の爆発的エネルギーは魔物を跡形も無く消し炭にする程の威力だった。
 タイムは祈りと共に術式を展開する。
 陽光を集めた魔法陣はタイムの生命力を媒介に発動する儀典だ。
 反動がタイムの身体を蝕むけれど、痛みさえ今はどうでもよかった。
「今わたしに目の前の敵に攻撃する暇はない。この場を、みんなを支えるのが仕事」
 だからとタイムは吉野に言葉を掛ける。
「吉野さんお願いね……! わたしも精一杯あなた達を守るから」
「ああ、任せろ。もし窮地に陥れば俺も助けに入るから」
 タイムは吉野に頷き、深杜と愛無に視線を上げた。
 ヴァールウェルは深杜の庇いを愛無に交代し自身は解呪へと集中する。
 怖い思いをさせてしまうかもしれないと、深杜の頭を撫でるヴァールウェル。
「これから呪いを解きます。もう大丈夫ですからね」
「こっちの準備はいいぞ」
 声を掛ける吉野に頷いたヴァールウェルは自身の手の平を小刀で切りつけた。
 紫屍呪の解呪――それは己の魔力を糧に強き意志と祈りを込め成就させるもの。
「ヴァールウェル……っ、血が」
「大丈夫ですよ。この方法が一番効率が良い。そうでしょう? 吉野君」
「ああ。術者の血は魔力を通しやすいからな。もっと神聖なものがあればそれでも良いが、手っ取り早いだろう。……俺はそんなに魔力量が多くないからすっからかんになるけど。ギリギリ出来るはずだ」
 ヴァールウェルは愛無に向き直り頭を下げた。
「深杜をお願いします」
「任せたまえ。かすり傷一つすら残さない。遅かれ早かれ、彼女が標的という事は気付かれる。ならば安牌を切っておこうじゃないか」
 深杜が能動的に動く事はないだろうが、自分が吹き飛ばされた時に危険に晒すことになる。
 だから、注意深く敵との距離を取り、彼女を庇うに務めるのだ。
「僕は君の騎士様なんぞでは無いが、君を守る理由がある。――守らねばならぬ矜持がある」
 誰かの大切な人を守れるという自負は。自分の大切な人を守れる強さにもなる。何故ならヴァールウェルにとっての深杜は、愛無にとっての廻やしゅうと同じなのだ。それを任せられたのだ。
「安心しろ等とは言わないが。良いから黙って守られろ。僕は君を守る。必ずだ」
 黒光りした巨体がニヤリと微笑んで、飛んで来た火炎から深杜を庇う。
 直撃の攻撃には深杜を抱え、後ろへ飛んだ。
 愛無の表皮から反射的に粘液が跳ねて敵の皮膚を焼く。
 その間にも鋭敏な嗅覚は魔物の匂いを嗅ぎ分けた。
「まだ、来る」
「ったく、倒してもきりがねえな。上等だ、いくらでも付き合ってやるよ」
 愛無の言葉にシラスは口の端を上げる。
 リルと深杜の解呪が行われない限り増え続ける魔物の群れ。
 一刻も早く紫屍呪を解き放つのが先決だろう。その為には解呪をするヴァールウェルと吉野が集中出来る場を作り出すのが必須になる。
 シラスは流麗な打撃と無骨な足さばきを持って魔物を引きつけた。
 一閃に乗せられる拳の衝撃は魔物の脳内を揺さぶり、恍惚とさえ思わせる脳内物質を分泌させる。
 其処へ叩き込まれる二撃目は真っ白な光の中から奈落に落とされた絶望すら味わうのだ。
 されど、それを感知出来る頃には、魔物は肉塊へと成り果てる。
「これ以上はリルと深杜に負担をかけたくはないからな」
 シラスは魔物の返り血を振り払い、次の魔物へと走り込んだ。
 リースリットは複数の魔物に紅い瞳を流し、戦場を駆け抜ける。
 荒れ狂う風と炎は連鎖の雷を生み出し、雷雲轟かせた。彼女は己自身の炎と風の精霊の力で原初の根源たる雷の力をも操る。紫電の牙は敵を喰らい尽くす光鎖の蒼蛇となりて魔物を離さない。
 巻き付いた蛇の如く。連鎖する紫電は戦場を照らした。

 葵は屋根の上に居る魔物の前にわざと跳躍し、鹿ノ子や澄恋の射程圏へと誘い込む。
 跳躍によって中庭を駆け抜け視野を広く持ち、先陣を切る葵の行動は陣形を組む仲間にとって遊撃の様な役割を果たしていた。
「周囲の状況を把握し、誰がどこに回ったか、相手がどれくらい来るのかを知るのは基本っすから!」
 葵が得意とするサッカーはチームのメンバーに如何に上手くパスが回せるか相手を出し抜けるかが勝負なのだ。
「誰か居るッスか! 屋敷の中に話し声が聞こえるッス!」
 鹿ノ子の声にロロンは魔物の襲撃の合間に屋敷の壁の内側を覗き込んだ。
「おや。そこにいるのはだれかな?」
 其処に居たのは護衛と思わしき男達だった。
「ちょっと来てよ。そんな『安全』な所で見てないでさ」
 ロロンは護衛を伸ばした粘体で拘束し、窓から中庭へと連れてくる。
「これはこれは。逃げもせず、私達を監視していたのですか?」
 寛治が待ち構えて居たように手を広げて見せた。
「う、煩い! 俺達はレヴォン様の命令で……!」
 護衛の目の前を魔物の腕が通り過ぎた。それは屋敷の白い壁にぶち当たり真っ赤な血を滴らせる。
「あら、ごめん遊ばせ」
 澄恋がわざと引きちぎった敵の腕を投げて寄越したのだろう。
 魔物の腕と目の前の寛治を交互に見つめる護衛。
「このままですと貴方がたも魔物の群れに飲まれて終わるか、我々に殺されるかです。どう考えてもレヴォンに見捨てられた状況で、まだ主命に忠誠を誓うと?」
 戦闘に協力するなら報酬を出し、再士官先をコネクションから紹介する事もできると護衛に言葉を伝える間にも、寛治は振り向き魔物へと弾丸を撃ち込む。
 攻撃の意志は無いとはいえ、敵である自分達から目を離し、魔物を迎撃する寛治の豪胆さに護衛達は震え上がった。魔物へと瞬時に弾丸を撃ち込めるだけの実力を持った男は、拘束されたままの自分達を殺すことなど容易く思えたからだ。
「わ、分かった。協力する」
「それは賢明な判断です。では、我々と協力してリルさんと深杜さんを守る円陣に参加してください」
「あの魔物を相手するのか!?」
「ええ。運が良ければ死にませんよ。回復はありますし。自分の身は自分で守れるでしょう?」
 寛治の言葉に息を飲む護衛達。


 魔物の群れは中庭に流れ込みイレギュラーズと激闘を繰り返した。
 そもそも一体一体が強力な魔物だ。
 血に赤を散らせ、肩で息をする澄恋と鹿ノ子。
 魔物を引きつける役を担う彼女達の体力はとうに限界を迎えていた。パンドラが燃えて尚、踏み留る事が出来ているのはタイムが回復の手を緩めていないからだ。歯を食いしばり、魔力を振り絞り癒やしの旋律を歌い続けた彼女の喉は痛みに腫れているだろう。

 壮絶な戦いにリルは涙を流していた。自分を助けるために皆が傷付いている。その事実に申し訳無さが先立つのだろう。その負の感情が紫屍呪に反応する。
「リル。大丈夫。もうすぐだよ」
 紫屍呪に飲み込まれそうになっていたリルの心をシャルティエの言葉が引き留めた。
「でも、皆さん傷付いて……っ」
「大丈夫よ。リルさんと深杜さんの呪解をすれば魔物達も無闇に二人を狙う意味はなくなるでしょう?
 それまでの辛抱だと思えばちょっとくらい無理出来るわ。だからリルさんも呪いに負けないで」
 タイムが掠れた声でリルに語りかける。
「そうッスよ! 負けちゃダメッス!」
 口から吐き出される血を拭い、鹿ノ子はアクアヴィタエを飲み干す。
 瞬間腹の底から瑞々しい生命力が湧き上がった。
「叩くなら折れるまで! 僕を止められるものなら止めてみるッス!」
 剣尖は走り、穿たれる――
 アーリアは乱戦の最中、リルの幻影を作り出す。
 乱戦であれば魔物達が本物のリルに向かわず、幻影に興味を示すかもしれない。
 強く思い描くはリルの姿。眉を下げて今にも泣き出しそうな悲しい顔をした少女が戦場に現れる。
 アーリアは深呼吸をして心を落ち着かせた。
 彼女に纏わり付くのは嫌な予感と焦り。そして、怒りだ。
 アンジェロがこの場に居ないということは、レヴォンが連れ去った可能性が高い。
 何処へ連れて行かれたのか。酷い事をされていないだろうか。
 どうか無事で居て欲しいと願わずには居られない。普段の余裕も薄れ、歯がゆさに眉を寄せた。
 その瞳に映るのは解呪を執り行っているヴァールウェルに迫る凶刃。
 今、その魔力供給が止まってしまえば紫屍呪の解呪に差し障る。
 アーリアは緑瞳を煌めかせ銀の指輪をもう片方の手でなぞった。
「気分は最悪だけど――せめて安らかな眠りを」
 瞬間、一迅の風がアーリアの周りに吹いて時間を加速させる。展開される膨大な魔法陣が一瞬の内に生成され光の粒子を弾けさせ、戦場を突抜けた。
 射線上に存在した全ての敵を飲み込んだアーリアの月輝陣はパールホワイトの余韻を残しアジュール・ブルーの空へ霧散する。

 ――――
 ――

「――解呪。紫呪の一欠片たりとも屍と化すこと能わず。打ち払え!」
 リルはヴァールウェルと吉野が紡ぐ解呪の言葉を聞いた。
 紫色の呪いが解けて、天に昇っていく。
 ずっと抗い続けていた『にぶい』痛みも無くなった。
 リルはシャルティエの背に当てたままのナイフを落とした。カランと渇いた音が石畳に響く。
 もう、優しい人達を傷つけなくて済む。
「シャルティエ、様……っ、ごめん、なさい」
 大粒の涙を流すリルにシャルティエは首を振った。
 カルセイン領が一度目。ロファドの森の時が二度目。
 一度目は話を聞かせてとリルにお願いして。それから二度目は、守らせと誓って。
「だけど……今回はもう願いはしない。これでいいのかって迷いもしない。僕は僕のやりたい事を……守りたいものを守る。どんな逆境でも、不安の中でも、迷わずに進む。それを教えて貰ったから……!」
 だから。
 だから。

「一緒に、帰ろうリル――!!!!」

 握ったこの手をもう離さないから。
 離したり何かしないから。
 我儘だって言われても、この先の未来に不安があろうとも。
 それでも、シャルティエはリルの手を離さない。
「はい……っ」
 噛みしめるようにリルは空色の瞳をシャルティエに向けて頷いた。


「さて、残るは雑魚共の掃除だ。やることは至ってシンプル。
 ……なあ、遊び足りないんだ。存分に食わせろ!」
 黒い獣が戦場を駆け抜ける。愛無は獰猛な肉食獣を思わせる肉体で魔物の喉元に噛みついた。
 食いちぎり、叩きつけ、今まで『大人しく』攻撃を受け続けた反動の様に、命を蹂躙する。
 命を余すこと無く『いただきます』と口にして。漆黒の捕食者が三日月の口がついた頭を傾けた。
「さあ、次はどいつだ」
 赤と黒の狭間で魔物の断末魔が掻き消える――
 円陣を組む必要のなくなった葵は屋根の上に昇り、鳥型の魔物の足を掴んだ。
 其の儘魔物と直角に石畳の上に降りてくる。
 地面に着く瞬間葵は跳躍し、着地の衝撃を魔物に押しつけた。
「もう、難しい事は無しっス! 存分にやらせてもらうっス!」
 蹴り上げたシルバーのボールが陽光を遮る。葵はボールを空中で受け止め鳥型の魔物を蹴り潰す。
 リースリットの雷光一閃は戦場に轟音と静寂を齎した。
 鳥型の魔物の首を灼き切る閃光は苛烈なる炎そのもの。敵に厄災を降り注ぐ輝きだ。
「もうすぐですよ。気を抜かず確実に仕留めていきましょう」
 リースリットの声にタイムは頷く。
 こうなれば後は残りの敵戦力を掃討するまで。
「気を抜かず。最後まで……」
 タイムは仲間を癒し続ける。
 ヴァールウェルはタイムの回復に重ねるように天使の歌声を響かせる。
 解呪によって失われた魔力は残り僅かだ。されど、魔物の個体数も少なくなってきている。
 穏やかに見えるヴァールウェルだが、内心焦りはあった。怒りもあった。
 さりとて、彼の裾を控えめに掴んでいる深杜の瞳や刻印は消え去っている。
 ヴァールウェルは遣り遂げたのだ。深杜の紫屍呪は跡形も無く消え、少女が持つ本来の色合いを取り戻している。嬉しさがこみ上げ、今にも抱きしめてしまいそうなのをぐっと堪えた。
「ヴァールウェル……」
「もうすぐですよ、深杜。帰ったら美味しいご飯を食べましょうね」
 何にも縛られる事無のない、自由な姿で。彼女が味わった苦痛を解いていけるように。

「体力が削られてからのしぶとさには自信があるんだよね」
 天すら所望する美の味。ハーフアムリタを取り込んだロロンは残り二体の敵の内一体へと取り憑いた。
「ボクはボクの持ち物を傷つけられるのは好きじゃないんだ。かあさんたちも怒っているみたいだよ」
 加速増殖された魔力は解き放たれる。パーティクルの爆発に中庭が閃光に包まれ静寂が訪れた。
「そっちは任せたよ!」
「ええ。しっかりと任されました」
 黒き顎が牙を剥く。
 澄恋の白い腹から生まれ出た黒の牙が敵を喰らいたいと大きな口をあける。
「骨の髄まで。幸せな最期を飾ってあげます」
 どうせこちらの言葉など禄に伝わらぬ下賤の獣。
「最高の余韻すらをも確保、助長してこそ一流の仕事人というものです」
 直死の魔性。懐刀が真横に引かれ。
 黒き顎が、子を喰らい。母の腹(ゆりかご)に還したのだ――

 ――――
 ――

 シラスは最後の魔物が息を引き取るのを確認する前にタイムの感知能力を引き上げる。
 彼女の優しい思いが、力になるように。深くタイムへと干渉した。
 アンジェロが助けを求める声かその痕跡を追うことができないかと願いを込める
「どう、何か感じ取れる?」
「あんなにリルさんを想っていたんだもの、離ればなれになって平気な筈が無いわ」
 タイムは祈るようにアンジェロの気配を追う。
 リルはもう心配ないのだと一秒でも早く安心させたいのに気持ちばかりが焦るのだ。
 二人をもっと強引に引き留めておけば良かったのだろうか。
 悲運を避ける選択は出来たはずなのに。後悔と罪悪感がタイムの胸を締め付ける。
「……何処にいるの、アンジェロくん」
 タイムの願いと重なるアーリアの声。
 俯瞰した視点から見つけられるのは馬車の轍。
「アンジェロくんの行方も気になりますので……近くにいてくれるといいのですが」
 ヴァールウェルは深杜を抱き上げて近くの精霊にアンジェロの行方を尋ねる。
 詳しい行き先は分からないが馬車に乗って北の方角へ走り去ったらしい。

「幻想貴族が自身を危険に晒すとは思えない」
 愛無はレヴォンの自室と思わしき部屋を隈なく探す。
「レヴォンが馬車で出立したのなら、早々に想い人の元へ向かった、と思うが。私物の一つも残っていれば臭いで追跡もできるだろう」
 クローゼットの中に吊されていたコートの匂いを嗅いで覚える愛無。
 リルを残し、アンジェロだけを連れ去ったとなれば利用価値があるということだ。
 共に居る可能性は高いだろう。この匂いを辿れば大凡の居場所が突き止められるかも知れない。
「知り合いの情報屋に当たってみよう。彼女なら、相応に『裏』の事情も解るだろう」
 愛無は中庭に戻り、仲間と合流する。

「……リルを救出して、リルと深社ちゃんの呪いを解いて。……でも、アンジェロがいない。
 それに屋敷の主……レヴォンの姿も」
 シャルティエはリルを抱きしめ。ごめんと呟いた。
「謝らないでください。シャルティエさんのせいじゃありません」
「リルさん、大丈夫ですか。……アンジェロさんは?」
 リースリットはシャルティエに支えられたリルの顔を覗き込む。
「アンジェロさんは、レヴォン様につれて行かれて……」
 利用価値があって連れ去られたのならば、アンジェロこそレヴォンらの今後にとっての本命の何か、という事の可能性があるとリースリットは眉を寄せた。
 護衛達には色々と聞きたい事があった。
 寛治が戦闘の最中買収していたから少しは言うことも聞くだろう。
「紫屍呪が成就していれば彼らも命はなかったでしょうに……知っていて残されたのか、何も知らされないまま残されたのか。今更忠節を尽くすような相手でも無いでしょう」
 彼等に問いただすはレヴォンの行方。リースリットは寛治に目配せし護衛達に尋ねる。
「そういえば、あなた達の処遇ですが……もちろんレヴォン・フィンケルスタインがアンジェロをどこに連れて行ったか、知っている情報は提供いただく事も勿論条件に含まれます」
 寛治の声に悲壮な顔をする護衛達。だが、生き残る為には形振り構っていられない。
「連れて行かれたのは恐らく――『レアンカルナシオン』のもと」
 勇者の血を引くとされるアンジェロ・ラフィリアが連れて行かれた先。
 寛治はその名に聞き覚えがあった。

『レアンカルナシオン』の言葉を聞いたキッチュ・コリンズは翼を広げ飛び立つ。
 タカジとリオン、トウェンティが其れ其れの情報網を頼りにアンジェロの行方を追った。

 助けに行くからお願い、無事でいて。
 タイムの祈りは強く強く。
 想いは繋がるはずだから。
 だから、どうか――
 アジュール・ブルーの空に紡ぐ声。

 遠くアンジェロの耳に仄かなぬくもりが木霊した。

成否

成功

MVP

タイム(p3p007854)
女の子は強いから

状態異常

シャルティエ・F・クラリウス(p3p006902)[重傷]
花に願いを
鹿ノ子(p3p007279)[重傷]
琥珀のとなり
耀 澄恋(p3p009412)[重傷]
六道の底からあなたを想う

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 無事にリルと深杜の紫屍呪は解けました。
 MVPは戦線を支えた方へ。

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