PandoraPartyProject

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遠い日の夢

 今から遙か昔々の事だ。
 ――きっと、そうであるに違いない。

「気高きイミルのフレイス姫、講和の宴は五月一日と致しましょう」
「なれば信ずることと致そう。約束の日を、盟約を違えてくれるな、勇者よ」
 かつてイルシアナと呼ばれたこの地では、豪族クラウディウス氏族と、蛮族イミル氏族とが争いを続けていた。何世代も続く不毛な戦いの間に立ったのが、勇者アイオンである。
「それなら、私がここに残ります。封印ならば私の術が間違いなく最善でしょう」
「けど深緑は、君の」
「いいんです。私には大切な仲間が居ます。私は皆さんを信じていますから。
 それに冬の王にはマナセさんのターリア・フルールがありますし、回復はフェネストさんも居ます」
「そこまでいうなら……うん、任せる。頼んだよフィナリィ

 太陽の翼ハイペリオンと共に、世界各地で冒険の旅を続ける勇者アイオン一行は、多忙を極めていた。
 西で強大な魔物を退治し、東で争いを調停する。未踏の遺跡を踏破し、邪精霊さえ封印する。
 アイオン一行はこのようにして、世界中に軌跡を刻みつけていた。
 その殆どは、今や伝説であり、伝承であり、おとぎ話となっている。
 この光景とて、きっとそんな一幕に違いないと、『彼女』はそう思った。

 クラウディウス氏族とイミル氏族との調停役を買ったアイオンは、幾度もの話し合いを経て、両者を講和に導こうと奮起している。結果は半ば以上が上手くいき、ついにクラウディウスの長達と、イミルの長達による宴が開かれることになったという訳だ。
 だがアイオン一行が為さねばならないことは、あまりに多かった。
 この時、深緑を襲う大精霊『冬の王』の暴威は、抜き差しならない状況を作っていたのである。
 だから勇者王一行の仲間にして深緑出身の術士フィナリィは、故郷の窮地に際して臍を噛むで見送った。
 自分自身が役立つのは、きっと『こちら』であるとの信念があったからだった。

 フィナリィは優秀な術士であり、治癒魔術の他、特に結界や封印の魔術に優れ、多くの者に『白銀花の巫女』あるいは『聖女』と慕われていた。当然ながら、勇者王が次に対峙することになる大精霊との交戦においても、彼女の力は必要なはずだった。けれど重要な役柄が発生してしまっていたのだ。
 氏族同士による講和の条件とは、邪法とされるイミルの秘術を封印することも含まれていたのである。
 封印出来るのは、フィナリィしか居なかったという訳だ。
 邪法はイミル一族の牙であり、それを抜く交渉にはずいぶんと難儀したが、最終的にイミルの長は不利な条件を飲んだのだ。一族の問題を数多く解決してくれた、勇者アイオンへの恩義と信頼に応えるために。
 ともかくこれで、イルシアナの争いは鎮火に向かうのだろう。
 未来へ向けて歩み出すことになるのだ。
 この時は、皆がそう信じていた。

 ――
 ――――

「貴様、気でもふれたか!?」
 叫んだフレイス姫は、ありったけの力をこめた腕でテーブルを払う。けたたましい音が響き渡り、ゴブレットや皿が、料理や果物と共に床を転げた。だが、床に染みを作ったのはスープや葡萄酒だけではない。
「父上……!? 貴様等よくも! イミルの民よ、直ちに武器を取れ!」
 フレイス姫の言葉に、イミルの男達は雄叫びを上げ――しかし次々によろめき、膝を付く。
「貴様、貴様等……毒を盛ったな!?」
 剣を抜こうとしたイミルの男達は、腕を振るわせ呻くばかりだ。
 叫んだフレイス姫は、自身も身体のしびれに抗いながら、這うようにして父イミルの長アウルへとすがった。だがアウルの胸を染めるおびただしい血液は、姫の身体を真っ赤に染めはじめている。暗殺者の刃が、既にアウルの胸を貫き通していた。
「――!?」
 すぐさま治癒の術式構築を始めたフィナリィの腕が塞がれた。
 何者かが、彼女を羽交い締めにしている。
「邪魔をしないで頂きたい。フィナリィ殿。では者共、蛮族共を皆殺しにせよ」
 フィナリィの耳元で響いた、クラウディウスの長ルシウスの声音に、背筋が凍った。
「ルシウスさん。あなたは、何を……!?」
「我等、クラウディウスは尊き氏族。
 かのような蛮族共が相容れるなど、あるはずもございません。
 いやあ助かりましたぞ。聖女フィナリィ殿。ここまでご苦労様でございました」
 フィナリィの首元に刃が迫る。
「それではこれにて終幕と致しましょうぞ」
「――!」
 だが唇を震わせたフィナリィは、そのままルシウスを一息に投げ飛ばし、イミル一族とクラウディウス一族との間に結界障壁を展開した。
「邪魔をするなと申しあげましたが。この一件は、アイオン殿にも承知頂いておりますぞ!」
 強かに背を打ち、咳き込むルシウスはそのように喚いた。
「嘘です。そんな筈がありません!」
 即座の否定。
 嘘だ。
 でまかせだ。
 本当だとするならば、なぜルシウスはフィナリィを殺そうとしたのだ。
 口封じだろう。この事態をアイオンが知っているなど、ありえるはずがない。
「……なるほど、よかろう。はじめからそのつもりだったのだな」
 しかし論理的に導き出せる結論を、誰もが信じる訳ではない。
 父の亡骸を抱きしめるフレイス姫の瞳は、憎悪に染まっていた。
「すぐに亡き父殿の元へと案内させましょう、お嬢さん。……殺せ」
 だが暗殺者の刃は、先程フィナリィが展開した結界を突破出来なかった。
「ええい逃がすな! 生死は問わん! 聖女諸共に引っ捕らえろ!」
 自身にまでも迫る凶刃から逃れ、フィナリィは夜を駆ける。
「なんて、なんてひどいこと……」
 一刻も早く、勇者アイオンに知らせなくては。

 ――――
 ――

「……聞いて、くれますか?」
 そう呟いたシフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)の頬は、青ざめていた。
「聞くさ。いくらでも、だからシフォリィ、無理はするな」
 震える身体を、クロバ・フユツキ(p3p000145)が抱きしめる。
「はい……」

 それは夢であった。
 夢のはずであった。
 夢と呼ぶには余りに生々しい、記憶の反芻に思えても、なお。

「まだ続きがあるんです」

これまでのリーグルの唄 / 再現性東京

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