PandoraPartyProject

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『お嬢さん』の仔

 立春を過ぎたと言えども寒さは和らぐことを知らない。開け放たれた窓の隙間から入り込んだ冬風に眉を顰めた澄原 晴陽は院長室の内線とは別に設置した自身への直通電話が鳴り響いている事に気付き厄介事が運ばれて来た事を察知した。
「……はい、澄原病院、晴陽です」
『阿僧祇、水夜子です。晴陽先生、電話に出て下さらないのかと――……』
 予感という物は的中する。面倒事がスキップしながら訪れたのだ。しかも、これは不可避の事である。
 そもそも『澄原病院』としてのスタンスは中立――弟・龍成が個人的に何らかの動きを見せていることは知っているが、それはあくまで彼個人の都合である――だ。
 故に、その勢力範囲が『希望ヶ浜』を二分化して南に位置する音呂木神社の一人娘、巫女の音呂木・ひよのから『希望ヶ浜学園の生徒の救出』を依頼された場合、「面倒だ」と思いながらも承知するに至った。同時に、その一件に大きく絡んだ阿僧祇霊園の『お嬢さん』へと対処することが必須となってしまったわけだが――

 ――夜妖の専門家である皆さんに阿僧祇の怪異によって変質した遺体の処理を任せることになります。
 今回は希望ヶ浜学園の関係者を救う手をお貸しする代わりに、石神地区でのゾンビ退治を皆さんにお任せしようかと――貸し借りなしで非常に良い取引でしょう?

 晴陽が協力をする際にひよのへと提示した条件だ。希望ヶ浜学園は『澄原病院』の協力を得る代わりに、彼女等が情報提供する『ゾンビ退治』をこなす事になったのだ。
 病院での業務で多忙を極める晴陽にとって、夜妖憑きへの治療と調査に加えての『ゾンビ退治』への情報共有と管理は面倒事としか言えない。だが、晴陽も大人である。「面倒なのでやめましょう」とは言わずに多少の無理をしながらも仕事を熟す事となるだろう。
「……希望ヶ浜学園側には情報提供の準備を整えています。阿僧祇側では『感染者』の処理はある程度行いましたか?」
『ええ、勿論です。……晴陽先生にはご迷惑をおかけしまして……。
 いつかの日にも言われていましたが、過ぎる力を持った怪異には困りますね。人工的に作り出された神である筈が自我を持ち、こちらを取り込もうとは……』
「怪異とは私達がそうであると認識しなければ其処にないと同じですからね。
 特に、目に見えて『存在している』悪性怪異とは別物である真性怪異など生まれ落ちたが最後、早めに対処を打たねば此方が食われるのみですから」
『ええ……村を沈めるのが少し遅すぎた気もします。お陰で石神支社の人間はお嬢さんの虜になって人身御供を捧げ続けていましたから。
 まあ、当人達も其の儘、お嬢さんに取り込まれるようにして感染者に為った物も数多く……阿僧祇の石神支社も撤退しようかと上層部から話が出ているようです』
 晴陽はそうですか、とだけ返した。会話の中に意図的に『その名前を呼ばない』のは彼女が言った認識の問題だ。敢て名を呼ばないことで神に察知される事を回避しているのだ。
「……水夜子」
『はい、晴陽姉さん』
「息災ですか? 分家の子とはいえ、貴女も私の妹のようなもの。……龍成は一人きりで忙しそうにしていて……余り構えないので……」
『龍くんは昔っから晴陽姉さんの事はよく分かってませんでしたからね。私は分家で良かった。姉さんみたいに何でも完璧に熟してしまう天才が姉だと私だってグレちゃいます』
「水夜子……あの、龍成はグレて……?」
『……―――まあ、一先ず、お嬢さんに関しては私も担当しますので、宜しくお願いします。龍くんと逢う機会があれば姉さんが心配していたと伝えておきますから!』
 ぷつり、と電話が切れた事に晴陽は愕然とした。阿僧祇霊園に『出向』している澄原病院所属の少女、澄原 水夜子は利口な娘だ。
 故に『お嬢さん』や『来名戸村』についても善く善く知っている。『お嬢さん』と呼ばれた人形が意志を持ち、来名戸神へと嫁ぐ為に供物を集め続け『神様になろうとした』事で阿僧祇霊園石神地区は半壊状態だという。
 水夜子ならば上手くやるだろう。希望ヶ浜に対しても後日、『ゾンビ退治』について伝えれば良い――

「……龍成」
 さて、弟は何をしているだろうか。最近はめっきり顔を合わせなくなった彼。感情表現が得意では無い『天才』晴陽にとっての一番の苦手は『弟の機微を察知すること』だ。
 今更、好かれようとも思わない。好かれていない自覚はある。せめて、無事で――怪我などしないで居てくれればいいのだが……。

 ※希望ヶ浜に不穏な動きがあるようです。
 ※『希譚』についてはこちら


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