PandoraPartyProject
二つの出会い
暗色の夜空に星が瞬いた。希望ヶ浜から見える星は薄く儚い。
これが砂漠の荒野だったならば、美しく輝いたのだろうか。
イレギュラーズを残して。花園ドームから夜の街へ飛び出した澄原龍成は、楽しげに嗤う。
「あいつらが廻の友達か。ははっ、良いねえ。面白そうじゃん」
『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)のメッセージアプリに介入して呼び出した甲斐があったというものだ。
過去の未練や後悔に苦悩し、それでも前を向ける意地らしさ。
「ははっ、悪くねえ……」
そういったお人好しに、現実を突きつければどうなるのだろう。
怒りの矛先を簡単に変えてしまうのか。それとも考える間も無く自分に向かってくるのだろうか。
「でも、廻だけは譲らねえ。どんな事をしても奪ってみせる。誰が来ようと関係ねえ」
あの日。
雨の中で傘を差してくれた。
笑顔を向けてくれた。
あの時から。
ずっと、ずっと。
廻の事を想って居たのは自分なのだから。
――――
――
灰色の厚雲から落ちてくる雨は、身を刺す程に冷たく。
喧嘩で打撲を負った腫れぼったい頭には、丁度良い塩梅だった。
澄原龍成は薄暗い裏路地に座り込む。
裏切ったなんて勝手な因縁を付けられて、連んでいた奴らから喧嘩を仕掛けられた。
いくら自分に才能があろうとも、多勢に無勢。蹴散らして逃げてくるのが精一杯だったのだ。
座り込んだ裏路地の地面から冷たい雨が染みこんでくる。痛みに骨が軋む。
「あの……、大丈夫ですか?」
暗灰色の裏路地に少し高めの男の声が聞こえた。
柔らかな旋律は夜空を優しく包み込む月明かりのようで。
視線を上げれば、傘を此方に傾けた幼い顔が見える。
中学生か高校生か定かではないが、柔和な微笑みを浮かべ傘を差しだして来た。
「……何?」
「濡れてしまうので、傘どうぞ」
喧嘩や抗争とはほど遠い幸せな人種なのだろう。
ただ、其処に怪我をしている人が居て、雨に濡れていたから傘を貸している。
「え? 何で?」
それが無性に腹立たしく、そして『愛おしく』思えた。
「……怪我も酷いですね。とりあえず、頭から血出てるので、このハンカチ使ってください」
「痛っ……」
止血の為に押さえられた傷口が痛む。
「他に怪我とかは大丈夫ですかね?」
「アンタ、だれ。怖くねえの?」
「僕は燈堂 廻って言います。こんな裏路地で怪我してる人を見つけたら放っておけないですよ」
廻の声が耳の近くで響いた。優しく包み込んでくれるような声。
こんなに優しい人の隣に立つことが出来たなら。
優しい微笑みで笑いかけてくれたなら。
どんなに幸せなのだろうか。
廻の頬に手を伸ばしかけて。
されど、路地の奥から聞こえてくる足音に、指先は廻の肩へと乗せられる。
くそったれな汚い男共の声に廻を通りの方向へ押し出した。
「もう、大丈夫だから。危ないからこっち来んな」
怪我をしない程度に、廻へと傘を投げつける。
「わっ!? あ、ちょっと何処へ」
背中に聞こえてくる戸惑った声も愛おしい。
だからこそ。この悪漢達の暴力に晒させる訳には行かない。
出来るだけ遠くへ。廻が追って来られないぐらい遠くへ。
もし、また会えたら。
友達になってくれるだろうか。
色々な話をして、笑い合ってくれるだろうか。
くそったれなヤツらと喧嘩して殴られて、殴り返して、蹴散らして。
それで死んでしまうなら、それで良いかと思っていた。
誰も自分を必要としていない。
家族にだってきっと厄介者だと思われている。
優秀な姉(晴陽)とは違って、落ちぶれて喧嘩ばかりしている自分を誰も心配なんかしていない。
でも、それでも。
初めて、こんなくそったれな世界で『生きていたい』と願ってしまった。
廻の笑顔が、そう思わせた。
「――だったら、僕がその願いを叶えてあげる」
それが。悪性怪異と呼ばれる『獏馬』との出会いだった。
※希望ヶ浜に不穏な動きがあるようです。
※『祓い屋』燈堂一門についてはこちら