PandoraPartyProject
自凝島への道
――ユーリエさん、私は。
差別や迫害がなく、皆が笑って過ごすことができる世界を望んでいるのです――
ユーリエ・シュトラール(p3p001160)は夢の中で誰かの声を聞いた。
それは桜――彼女の知古たる者の、魂の奥底からある本心。
この国を、穏やかな未来を想った遥かなる夢――
「折角だけど、お断りします。あなた達と一緒に豊穣を治めろ、でしたっけ?」
その時。ユーリエの意識を瞼の外へ認識させた一声は彼女の周囲で響いたティスル ティル(p3p006151)のモノだ。嫌だと。シンプルに紡ぐ一声は――ああそうだ、巫女姫からの問いかけに対する返答である。
ここは高天御所の地下。罪人を捉えし地下牢であった。
先の戦にて囚われの身となった者が此処にいる。冷たき石畳が肌から体温を奪って。
「山ほど肉腫がいるこの地と海洋を交流させる? それ魔種と肉腫を海洋に送りつけてません? 豊穣どころか故郷まで傷つけるかもしれないなら、なおさらあなた達の手は取れません。故郷を売るぐらいなら流刑に処された方がマシです」
「ああ俺もお断りだ。オレは【魔】を討つ者。人々の平穏を護る者。
それを乱すお前たちに付くことは――絶対にない!!」
それでも尚にティスルや新道 風牙(p3p005012)の魂に陰りはない。
瞳を真っすぐに、『敵』とする者へと視線を向ける風牙――あぁこの状況から何かを出来る目算がある訳では無い。武器は無いし、周囲は当然敵だらけ。自分がどうなるかは分からないし、不安が全くない訳でもない。
それでも『目標』は見えたのだ。
この命が続く限り、抗ってみせる。彼らに屈する事など決してすまいと。
「鳴、は……1人の子供である前に……焔宮の、当主……
民の為、力を……刃を、振るう者……それは、これからもそうなの……!」
さすれば焔宮 鳴(p3p000246)もまた同様に。その喉から紡がれるは固き意思だ。
動揺、混乱の坩堝に居たとしても、その瞳が曇る事はない。
状況などで左右される意思は彼女になく。
「鳴が、鳴であろうとする限り……まだ、刃を振るう意志がある限り……『魔種』と、手を組む事は……ないのっ……! 絶対、に……!」
――それに。彼女は想っていた。
まだ誰にも話を聞けていないのだ。自らの前に姿を現した――『母上』にも。
「母上を、あの人も『母上と呼んだ』理由を……聞けていない……っ」
真意計るまで屈する事など出来ぬ。母よ――兄よ――と。
「成程。巫女姫様のご厚意を無下にするとは……揃いも揃って愚か者共ばかりのようであるの? 所詮貴様ら程度の考えでは、巫女姫様の慈悲を理解も出来ぬか――」
「ははは! 天香とか言ったか? 御大層な事を並べるが……魔種に屈服した輩はやはりろくでもないな!」
と、彼女らの言を聞いた長胤が言葉を紡いだ――途端。
ハロルド(p3p004465)の笑い声が牢に響き渡る。腹の底から繰り出される様な口調と共に――
「英雄? この国の統治? 海洋との交易? そんなものには最初から興味がない。
俺の目的はただ一つ――貴様ら魔種とそれに与する者を皆殺しにすることだけだ!」
拘束を振り解かんとする。
成せれば長胤のその首元を噛み砕かんとする殺意と闘志を込めて、だ。虎視眈々と狙うは魔種殺害の機会のみ。状況? 有利不利? 知らぬ知らぬなんだそれは。この世界に蔓延る癌細胞共を駆逐するのに、躊躇いなど必要なのか?
無論、状況が状況である故に今は無理だが。
覚えておけこの殺意を。
――彼は死なない。その魂が、肉体が砕けるまで。討滅の意思はそこに宿り続けるのだ。
「私もだね――残念だけど、お断りだよ。
私は、魔種の人たちとだって手を取り合っていけたらいいなと思ってる」
手を。魔術を紡げぬ様に拘束されしはアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)だ。語る内容に内容に嘘はない――もし誰しもと手を取り合えたなら。
もし誰とも争わずにあれたなら……
「いつかわかりあえる日が来るように頑張りたいと思ってる。
……でも、あなた達の手を取ったとして、『八百万と主等』に含まれない人はどうなるの?」
しかしそれでも彼らは駄目だ。
彼らは――特に現行の体制を望む者達にとって鬼は永遠に迫害の対象なのだ。
みすぼらしくあれ。八百万の配下たれ。
――そんな未来を認める訳にはいかない。だから貴方達の手は取れない!
「どうして、鬼人種の排斥を行うのですか?
どうして、鬼人種と共に生きていく決断をなされないのですか?」
故にユーリエも言葉を重ねる。
姿は見えぬが、必ずどこかで生きているであろう桜を想いながら。
どうして――鬼と手を取り合う事が出来ないのかと。
「このような大々的な騒乱を起こさずとも、霞帝陛下のように、全ての民を想い行動すれば、たくさんの人から称賛される良き統治者になれるはずなのに……」
「フンッ――小娘に政治は分かるまい! ただ誰ぞを想えば全てが良き方向へ往くと思うのか? 世の理がそうも単純であると思うのか? 願えば想えば万人が幸福になるとでも? 帝が行ったのは国の流れも理解せぬただの愚行よ!」
「それが他者を虐げてよい理由にはなりますまい――目指しもせず、仕方なしと言えば許されるとでも? だからこそお言葉ですが今の貴方達と共にこの豊穣を統治しようとは思いません。そこに人々の笑顔と幸せがないのであれば、私の目指す理想郷とはかけ離れていますから」
豁然と長胤へユーリエは言を。
こう言ってしまえば、あぁ流刑となるかもしれない。或いはこの場で処断されるか?
――しかしどんな絶望的な結果になろうとも最後まで諦めない。
曲げない。決して、自らが信じるモノは。
同じ夢を共有する同志――桜の前に立つ時に、恥じる自分には決してなりたくない。
「……私は、興味ない。地位にも、交易にも。貴様等の力にも、魅力を感じない」
そしてユーリエに次いで溜息一つ。冷え切った視線を向け、呟くのはルクト・ナード(p3p007354)。戦いの影響で体は未だ万全とはいかぬが――それでも思考は鈍っていないし、惑わされる程ではない。
強くなろうとしてきた。翼も、義肢も。その為に自分で弄り、作り上げて。
それでも届かなかった。それは自覚していた。
「もし私が今思う事があるなら」
しかしだからこそ、彼女の考えは決まっていた。
「……必ず戻って来て、貴様等を殺す」
より強くなるという決意。もっと。もっと。空を自由に翔れるように。
……また他の仲間と、肩を並べて戦えるように。
その為にはこんな所で折れてはいられないのだ、と。
皆が皆決意を固めていた。一様に、屈さぬと言葉を紡いで。
「……思い通りにはいきませんよ」
だからシフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)も言うのだ。
他の者の答えを聞いてから、静かに開いた口。
ああなぜなら――私の『帰る』場所はここじゃないのだ。
あなたたちの差し伸べた手が私に届いても。
「私はその手をとりません」
私が取る手は、自分で選びます。
それが例えアルテミアさんの手だとしても、届く手は貴女のものだけじゃないのだから。
「ぬかしおるわ。どいつもこいつもめが……
ならば貴様らの行く末は一つよ――自凝島。罪人を送りし流刑の島で己が罪を数えるがよいぞ」
だが頭を垂れぬのならば結末は一つだと長胤は言う。
あの島は碌な島ではない。罪人が送り込まれる事もそうだが、あの島を――畝傍・鮮花が管理し始めてからは急速に変貌しつつあるのだ。
魔の自凝島とも言うべき雰囲気へ。
正常なる人間などどれ程いるのかという程の――異質へと。
「では後は任す」
「はいはい。後は拙にお任せあれ」
いつのまにやら。長胤の傍に在ったのは、件の鮮花の姿である。
罪人たちを移送する――そういう事だ。最早二度と彼らの姿を見る事もあるまい、と。
「忠告しておきます。彼女を本当に手に入れておきたいのなら――
私を流刑になんかせずに、速やかに処刑しておくことです」
決めつけ去る、長胤の背に浴びせられるはシフォリィの一声。
ああ全く。そうしてもいいのであればしてやってもいいのだが。
「――巫女姫殿の仰せよ」
彼女らは命は助けよと。この場で処分は決してするなと。
――愛しき姉が、可愛らしく懇願したからと。
彼らは巫女姫の手を決して取りはしなかった。だが、全員ではない。
宮内卿に連れていかれたヴォルペ(p3p007135)の他に『二人』――この牢には姿が無かった。
アルテミア・フィルティス(p3p001981)と夢見 ルル家(p3p000016)の姿は――
「何を……二人はどうしたのですか――アルテミアさん達は! どこへ!」
「あーはいはい。その辺りは途上で話してあげますよ」
言葉で噛みつけど、そんなモノに痛みがあるかと鼻で笑う様に姿は遠ざかっていく。
拘束された身では碌に抵抗は出来ず――無理やりに連行されて――
「えっと? 貴方がシフォリィさん? 言伝を預かってますよ」
その時。鮮花が差し出したのは一つの手紙だ。
それはアルテミアが鮮花を経由して渡した一つの情報。本来なら内密の手紙など握りつぶしてしまう所なのだが『とても甘くて可愛いアルテミアからのお願いだもの』と、口元に艶を魅せた巫女姫からの命では仕方ない。
まぁ伝わったとして情報を活かせるかどうかの保証はないのだ。
別に構わない――と言うぐらいの心境なのだろう。なにせ。
「――麒、麟?」
記されていた文字は、たったそれだけだったのだから。