PandoraPartyProject

ギルドスレッド

噴水前の歌広場

【イーリン・ジョーンズ】海を継ぐもの

 指はわななき調べに触れて、ついぞ鳴らなかったのだ。

 水しぶきは白く、顔を撫でて、なのにまるで弾かれるようにその肌を通り過ぎていく。それは、生まれた時からの習性のようなものだった。
 だから、感情だって当然のように受け流して生きて来た。そうやって生きていけると思い込んでいた。
 だが少女は、今生まれて初めて思い知ったのだ。
 ほんとうに生まれた心というのは。
 生まれて初めてのともだちだなんて、そんな重たくて苦しいものをこんなに大きくなってから得てしまった歪な心というのは。
 こんなにも重たくて、苦しくて、熱くて、それが胸の奥のそこからしゃくりあげるように生まれてくるものなのだということを。

 荒波の中、仲間たちに大声を上げて、がんばろう、がんばろうと今まで生きてきて初めてその言葉を本心から用いながら叫んでいた彼女を、ほんの数刻だけ別れていた---たぶん、一生分別れていたような気のする、赤い瞳が見つめていた。

 だから僕は、うたうことすらできなかったんだ。

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参加者向けハンドアウト:
 ここは、絶海龍リヴァイアサンに立ち向かう海洋の軍艦の上です。
 ここは、幾度かの攻撃を負え、補給と負傷者の後送の為に後退しており、次の出撃まで幾許かの余があります。
 あなたは、伝説の海賊ドレイクとの協約を見事取り付け、海洋の艦へと戻ってきました。
 あなたの目の前には、彼女がいます。
 彼女は、必死に抱えていた楽器を取り落としました。

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(――いつも着ている鎧は傷だらけだ。アンダーウェアのタイツもところどころ破れて、その上に強引に包帯を巻いている。血が抜けたのだろうか、色でばれないように普段はしない口紅をしていて。
それでもカタラァナに近づくまでは色んな人に声をかけて、情報収集をやめていない。それどころか、自分に気づいた怪我人には元気そうねと声をかけていた。
そんな中で、カタラァナにごく近づくまで気づかなかったのは。いつもの歌声が無かったからだろうか――)

――ただいま、元気そうね(そう言って少しだけ、いつものように口元を緩めると。楽器を拾える位置まで近づいた)
あ……

(落とした楽器を、拾おうとして身をかがめる。
地を掬う指は何も拾わなかった。
右手、左手、救い上げようとする指は何も掬えず、虚しく宙を掻いた。
身体が前に流れる。下げた頭が重力に引かれて、とんたんとんと足踏みが空振る。)

ーーーいーちゃん?
ええ、私よ。さっき戻ってきたの。
ドレイクとは一時休戦、そして共闘の協定を結んできて――ああ、騎兵隊が活動しているって話を聞いて、それで情報仕入れに後方まで一旦……まだ船の上を歩くのは慣れないかしら
(危ないわよ、と手を伸ばして、カタラァナの肩を支える。触れた手は温かくて、目の前のイーリンはいつもどおり、ちゃんと生きている)
あっ、あっ、あ……
(肩に触れた手に手を重ねて、伝って、相手の肩に触れる。
両手で、がしっと目の前の彼女の肩を掴んだ。ごうごうと波しぶきは嵐となって顔を叩く。どんどん後ろに吹き飛んでいくので、それはもう何の水だったのかもわからない。
 にこにこと細める目は、だから黄金色に輝いていた)
……あぁ。
ある。ちゃんとここにある。僕ねさっきからずっといーちゃんとお話ししてたの。いーちゃんならどうするかなって、だっていーちゃんいなかったから、でも僕の心のなかのいーちゃんは心の中にしかいないから、触っても暖かくなくってどうしようって思っててそれで……
うわっぷ……!(カタラァナと違って、水しぶきは相変わらず痛くて、強烈な潮風は包帯の上からでも傷に染みてくる。お互いに触れ合った距離は、いつぞや見た夢のように。ほんとうのさいわいがそうであったように近くて。けれど殴りつけるような波におもわずカタラァナから目を離したりするその仕草は、いつも通りで)

――そっか、そっか(その言葉に、けれどしっかりカタラァナを掴んだ手に力を込めて)
私なら、行方不明になった人のことを考えながら、こうして人を集めて。鼓舞して、一緒に何かしようって、言ったでしょうね。
貴方が……こうしてくれたのね。ありがと(小さく、少しだけ申し訳無さそうに、嬉しそうに。色んな音色が混じった声で呟いた)
あぁ……
(両手で肩を掴んで、天を仰ぐ。
 少し止まって、雨を浴びる。
 嵐は何もかもを洗い流していく。
 存分にそれをひた浴びて、満ちた何かを胸にとどめると、その頭をイーリンの胸に投げ込んだ。
 甘えるように優しくとかではなく、労るように優しくとかではなく、赤子のように無遠慮に、幼子が親の無敵さを信じるように、乱暴に胸に顔をこすり付けて、ぐりぐりと貧弱な両腕で彼女を締め上げた)
どうしたのカタラァn……いったぁ!? ちょっと、痛い痛い!(胸に飛び込んできたカタラァナの勢いが傷に響くし、こすりつけられるたびに包帯がズレて痛い。思わず声を上げながらも、つっぱねることはせずに、カタラァナから離れてしまった自分の手を。お返し、というように背中に回して、ぎゅううっと力を込めて抱きしめ返す。紛れもなく、その胸の奥にある心臓は、熱く鼓動している)

ちょっと、どうしたのよ、もう(わかっていても、そう言わざるを得ないのはいつもの癖で、照れ隠しもあって。それと同じくらい、カタラァナの落とした楽器が船上を滑っていくさまに少し気をとられて
よかったよぅ。
いきてて、よかった…………
ぼく、ぐす、あの、いなくなったらふぐ、どうしようって、あう゛、え゛ぅ、う、うぅ…………
……(絶句。視線をカタラァナに戻して。その声と表情に、いつもどおりにできなくなったのはこちらも同じで)

……ごめんね
……ほんとに、ごめん(カタラァナの頭に、ぽたぽたと、海水のようにしょっぱく、けれど熱い雫がこぼれた)
ふぐ……ぐす。う゛ぅ……
僕も、ひょっとしたら死病にかかったかも……
だって、胸が熱くて、いたくて、しにそうなんだもん。
生きてたってわかってから、目から水があふれて止まらないから。
これはきっと、何かの病気だよ。
(頭の上から落ちる雫も、だからきっと何かの罰で、自分がしっかとしていなかったからなのだと、彼女は受け止めていた)
(あふれる涙は誰のためなのか、自分のためには流さないと決めているけれど、カタラァナの姿に、言葉に、どうにか笑ってみせようとしても、しゃくりあげてしまって)
大丈夫よ、生きているから、胸が痛いのよ。
人ってね、胸が痛くて、苦しくて。色んな考えがぐるぐるして、その伝え方もわからなくなったり。そんなことがあるとね、そうなるの。
(紡ぐ言葉がどうにも子供っぽい、そう思うこともできなくて。抱きしめた腕が震えてしまう)
だから、ね。心配かけてごめんね。大丈夫だって、笑い飛ばさせてあげられなくて。
もう、だから、だから……(だから、どうすればいいのだろう。目の前のカタラァナに、かける言葉が見つからないのは、こぼれた涙はカタラァナの分も入っているからだろうか。
だから……なら、そう、僕の気持ちは正しいの?
なら、人がいなくなることって、本当はこんなに苦しいことだったの?
……僕は……間違っていたのかな。
――ううん。間違ってないわ。どっちも正しいの。
だって、私は貴方が逃げてくれた時、心底安心したし。
けれど、目の前のドレイクたちに殺されない計算は、突っ込む前から黙ってしてたし。
けど、けど。それでも死ぬかと思ったの。
人はね、そうやって、間違ったことも違うことも、いっぱい、いっぱい抱えてるの。それも、全部貴方なの、一緒よ。人が居なくなる事が苦しいときもあれば、苦しくないときもある。それはどっちも、正しいの。
僕は。
……僕は、イーちゃんがいなくならなくて、よかった。
たぶんそれが、ひとつだけ残ったほんとうだね。
(イーリンの胸に顔を埋めて、びすびす鼻を鳴らして、カタラァナはしばらく泣き続けている。
 たぶん泣くというのも慣れていない彼女にとってはそれがとても重労働で、う゛ぇ、とかぇ゛っほ、とか、とても聞くに堪えない嗚咽を漏らしている。
それはいつもの美しくて人とは思えない歌声とは真反対で、きっとあなたには、今までで一番ひとらしく聞こえた)
――私も、カタラァナとまた会えてよかった。
それは、ほんとうよ
(胸がカタラァナの涙やよだれでどろどろになっても、その熱は自分の鼓動や涙と同じ生きてる証拠で。いつかの海の中で感じた熱とはまた別で。
いつもの歌声は、カタラァナであると受け入れることで聴いていた。それはカタラァナにとって波を浴びることと同じで、慣れ親しんでいた行為だったのだろう。
けれどお互いの事を見てしまった今は、今回のさいわいは、どうしようもなく。普段人らしく振る舞っている、人であろうとする自分にはどうしようもなく響いてしまって。
カタラァナの嗚咽が何よりも、自分の心を揺さぶった。)
(ふうふうと息を吐く、カタラァナの顔は埋まったまま見えない)
…………うん。
だから、僕は、きっと、ここにいるんだ。
(自分の目元を拭う。深く、何度か息をする)
うん、うん。私も居るわ。ちゃんと居る……
(ふっと顔を上げた。
必死に掻き抱いてた幼子の腕(かいな)は慈愛に満ちた母の抱擁にも似る。
だけれどもその稚気に、すこしばかりの強がりを感じたとしたら。
だとしたら、あなたは彼女がすこしだけ、にんげんになったところを見たということだろう。
黄金の猫目石のような瞳は、血のような紅玉色を差し色により美しく、まっすぐあなたを見返す。)

ねえ、いーちゃん。
…………これから僕は、何をすればいい?
(その表情を見た時、涙がまだ残る紅い瞳は嬉しそうに。口元も緩んだ。
それはカタラァナの求めたことを察したからなのか、それとも強がるのはお互い様だとわかっているからなのか。
もっと単純に、一緒に前を向けることに幸せを感じたのか。しばらく、いつもならそうねと言うところが、見つめ合ったまま時間をかけて)
――うん、一緒に
(視線を向ける、別の場所に。唸りを上げる波濤の先、その玉座から見下ろす竜を見て)
……「アレ」を、倒す。
そのために、今は皆と集まって、できることを探しましょう。
貴方の歌は、嵐にも響くから。絶対に、必要だわ。
いける?(抱きしめたままの腕、嵐の中、この語らいが聞こえるのは二人だけ。その「いける?」の一言は、カタラァナにイーリンがおそらく、初めて。心底、全部。同じ目線に立ったからこそ、出た言葉。
うん。やるよ。

(やってみるよ、ではない。
 やれるだけやるよ、でもない。
 おそらくそれは、一面を切り取れば無責任なのだけれど、自分のことを客観視して、それでもなお敵わないと知っている者の顔だ。
 敵わないものに対して戦い、一縷の希望を掬い上げるのに必要なことをしっている者の顔だ。
 とても幼稚で未熟で見るに堪えたものではないけれど、その目は歌姫ではなく、戦うものの目をしていた。
 精神の傍観者である殻を破り、少しずつそれが萌芽しつつあった。)

だから。
やろう、いーちゃん。
――。
(わずかに、また胸が高鳴る。それは、いつもの任せるとは違う。一緒に、一緒に。前へ進む。ほんとうのさいわいは、なんだろうと言われれば。今この瞬間と答えたくなるほどに。胸の高鳴りは、さっきまでの疲労を本当に、吹き飛ばしたように見えた。
戦うカタラァナ、そんなことは今まで想像さえできなかった。だからこそ、貴方の歌に期待しているとか、そんな言葉がいつも出てきていて。カタラァナらしくあればいいと思っていて。
けれど、だからこそ――今は)

キッツい戦いになるわよ。馬車馬みたいに働かされるんだから。覚悟してよね。

(至極嬉しそうに、いつもの冗談交じりの口調で言うと、そっと抱きしめていた腕を離した。この胸に届いた熱は、人らしさを思い出すには、十分すぎたから)
――

(だからすこしだけ、未練がましい顔をしてしまった。
完璧で強くて、だから弱いカタラァナのままでいれば、ずっと可愛がってもらえたのにと。
思わずその手を追いそうになって、でもぎゅっと自分の手を握った。
まだ追いすがってしまえば、僕は守られるものになってしまう。
甘えるのだっていい。
でもそれはもう今じゃない。
今拾うべきものは何か。
僕の持つ牙は何か。
親友(だいすきでだいじなひと)を守るものは何か。

だから僕は、楽器(ぶき)を拾った。
指でこすって魔力を通すと、調弦の音を勝手に響かせながら魔法の鍵盤楽器(シンセサイザー)が起動する。宙に浮くそれを、いとおしく撫でた)

さしあたっては、折角の戦果を活用するのがいいんじゃないかな。
潮目は読めるから、あのブラッドオーシャンへだって――

(大波飛沫。
大咆哮と共に天より堕ちて来た大権能。
それは人の手の及ばぬ大災害。
絶海龍の顎を、海より突然現れた船が横合いから思い切り殴りつける。
甲板に見慣れた人たちの姿を見て、あは、という笑い声と共に、また例の、熱い死の病があふれそうになった)

どうやら、早く行かないと席もなくなりそうだよ。

――いける?
(カタラァナの言葉に、火が灯るように瞳からわずかに魔力が漏れ、髪から燐光が漏れる。それは流星の纏う炎のようで。手のひらを太陽に向ける時、流れ星はきっと見えない。
けれどそれでも輝こうとするのが、イーリンという人で。夜に駆け抜けることを選ばないのはきっと、彼女が只人だからで。
只人であろうとするからこそ、カタラァナに涙を流して。
だからこそ、いけると聞かれれば。いつもの魔書を手にとって見せる。そこから出るのは旗か、剣か、いずれにせよ、それは武器(楽器)だった。お互い見慣れたお互いの武器で、デュエットを奏でるだろうか、いつか見た、夢のように)

もちろん。ブラッドオーシャンとの連携は私達が一番うまくできるでしょう。
そのための手はもうアトに考えさせてる。
私は貴方の集めてくれた戦力を最大限活用しながら、全力で、アレを叩くわ。

――生きましょう、行きましょう(そう二度、頷いた)
うん。
どこまでもどこまでも一緒に行こう。
僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。
もちろん、焼いて焼いて、真っ黒になったら日焼けが綺麗にできましたってクレマァダにも見せてあげましょ。きっとすごい顔をすると思わない?
(いつものように冗談を言いながら、歩ける? とそっと手を差し出す)
もしもおまえが
よくきいてくれ
ひとりのやさしい娘をおもうようになるそのとき
おまえに無数の影と光りの像があらわれる
お前はそれを音にするのだ♪

(手を引かれる。
 仲間たちはその号令を待っている。
 この時は有限で、伝えきれるものはきっと真意の一端にもならない。
 ならば全ては嘘のようなもので、どれだけ言葉を尽くしたってきっと真実なんて伝わりやしない。
 恋ではないけれど、親愛なんてほど軽くもない。)

 行こう。
 すきだよ、いーちゃん。

(だからまあ、これくらいがちょうどいいのだろう。
 伝えきれないなら、伝えすぎなくらいストレートなものがちょうどいい。
 それがきっと、愛というものなのだ)
(嗚呼、いつもの歌声。けれど、その歌声はいつもよりずっと、さっきの溶け合った涙のせいだろうか、心に響く。だからこそ、いつものように。怪我なんかしていないときのように、生き生きとしてしまう。)

(以心伝心、そんな言葉が頭をよぎる。お互いのことなんて、一度見つめあったあの時に、もうわかってしまった。それは大いなる勘違いでも、何でも良い。一緒にいられるなら、嘘もホントも、全部一緒にあればいい。一緒に抱えられるものは、多いほうが良い。それは花束のようであって、その中心に据えるのは、たった一本の花と同じ――)

ええ、私も好きよ。カタラァナ

(だから、いつものように返事を返せば、イーリンはいつものように声を張り上げる。私が返ってきたわ、もう大丈夫。現状はどうなってるの? 誰が今動ける? 騒々しく、いつもしかめっ面になってしまうメロディは、こうして船上にまた響くのだ。その特等席に、今はカタラァナを据えて)
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――斯くして揃いし騎兵隊。
勇猛果敢で恐れ知らず。

かたや絶海の主。
あのドレイクだって泣いて逃げ出す海の王リヴァイアサン――うそじゃないよ、僕は見て来たんですからね?

ローレットたちのお話の続きは……慌てない。慌てない。
さあ、続きを今から歌うからね。

---fin

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