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ギルドスレッド

旅一座【Leuchten】

【PPP2周年記念SS】旅一座ラサ公演『声をなくした男』

このSSは、本ギルドのメンバーの許可を得て、作成されたSSです。
出演メンバーは以下の通りとなっております。出演を許諾して下さってありがとうございました。
・ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
・ジェイク・太刀川(p3p001103)
・Ring・a・Bell(p3p004269)
・Rêve=amas=Dētoiles(p3p006642)
・ノアルカイム=ノアルシエラ (p3p000046)
・Azathdo=Hgla=Thusxy(p3p005090)
・津久見・弥恵(p3p005208)
・華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
・ヴェルフェゴア・リュネット・フルール(p3p004861)
・奏者 夢現 (p3p005157)
・律・月(p3p004859)
・夜乃幻

さぁ、幕が上がります。どなたさまも瞬きを忘れませんよう。

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 雲ひとつない晴れた空、賑やかな行商人逹の掛け声、鮮やかな衣装を纏った人々。ここはラサ。砂漠が広がる広漠たる地を賑わせるのはラサ名物の大バザールだ。このバザールの広場に、ひときわ大きなテントが立った。看板には奇妙な鳥の仮面を被った男が立っている。
 その前では、褐色の肌と銀色の髪の可憐な女性がチラシを配っている。女性の名は『タブラ・ラーサ』ノアルカイム=ノアルシエラ。よく見れば、耳が長く新緑以外ではなかなかみかけないハーモニアであることが窺いしれる。幻想的な琥珀色と紫水晶のオッドアイに見つめられれば、自然とチラシに手が伸びた。
「さぁ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい! 旅一座『Leuchten』の舞台だよ! 今から目にするのは、声が出なくなってしまった悲劇の主人公。その主人公が不思議な出会いを重ねて、……どうなるかはお客さんの目にしっかり焼き付けてね。きっと素敵なエンディングが待ってるよ!」
 見た目だけではない、商売上手の商人並みの謳い文句の巧みさに感心して、客は集まり、チラシは多くの人に配られた。バザールでは噂が噂を呼び、連日チケットを求める客で客足が途絶えることはないほどの大盛況ぶりだ。
 その頃、テントでは、舞台の準備に練習にと、全員大わらわだった。特に目立つのはテント中央にある大きな360度開放型の舞台だ。
 背も高く、筋肉もよくついた碧眼の獣人——『名無しの男』Ring・a・Bell——と、まるで黒真珠のような艶やかな髪に蝶の羽根が生えた麗人——『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻が舞台の下に作られた小部屋に入って、唸っていた。Ringは茶色の耳と尻尾の狼の獣人で首輪に切れた鎖を嵌めている。肩当て以外には何も着ていない上半身には、翼の刺青が入っていて、逞しい筋肉が力の強さを感じさせる。切れ長のエメラルドの瞳がいつもは不敵に輝いているのだが、今はウンザリした表情だ。この舞台は歯車を組み合わせて前後左右自在に動くように設計されているのだが、力自慢のRingがこの舞台を回転させようとハンドルに全力で力を込めても1mmも動く様子がない。
「ぐぐぐっ、ぐっ! 嬢ちゃん、この舞台、本当に動くのかよ!」
 嬢ちゃんと呼ばれた幻の実年齢は約2000〜3000歳なのだが、見た目がRingより若くみえるので、幻は嬢ちゃん呼びにも気にした様子もない。この舞台を含め全ての舞台道具を設計したのは幻だ。幻曰く舞台道具の設計は奇術師の得意分野の一つらしい。幻が見た限り、設計書には不備はない。
「設計図通りなら、ここが千分の1の軽さで動かせるはずなんですが。特に、ここの部分が軽量化の鍵になっているのです。この部分はどうなってますか?」
設計図を指差しながら、Ringに反論する。
 Ringはきまり不味そうに、指で頬を掻く。
「あ〜、なんだ……。……そこすっごく細かいだろ? だからさ、メンドくさくて、つい……とっぱらっちゃった……」
 幻はその言葉を聞いて、綺麗な、しかし冷淡な表情で、冷酷な言葉を突きつける。
「そうですか。勿論、設計図通りに作り直して下さいますよね?」
 だが、Ringだって、ここまで舞台を作るために努力してこなかったわけではない。
「でもさぁ、この舞台、ここまで組み立てるのに何日かかったと!」
 幻は舞台の為なら、例えRingのような大男に凄まれようとも一歩も引かない。
「動かなければ、この舞台、ただの動かない舞台で御座います。お客様は驚きを求めていらっしゃるのです。今、この瞬間にも練習している団長様やスタッフ、チケットを買って下さったお客様に顔向けができますか?」
 Ringは反論することもできず、舞台を一から作り直すことにするのであった。
「……分かったよ、嬢ちゃん。坊ちゃん、張り切ってたもんな……」
 その代わり、幻が舞台の下の小部屋から出ていってしばらくした時、小声で悪態をついて。
「……嬢ちゃんのばーか……」
 幻はまだ舞台を見ていたようで、小部屋を覗き込む。
「聞こえておりますよ、Bell様」
 幻に微笑みかけられるも、目が笑っていない。Ringは蛇に睨まれた蛙の如く固まるのであった。
 その頃、白い羽根に金色のロングヘアが特徴的な女性——『お節介焼き』華蓮・ナーサリー・瑞稀——が率いる黒子逹は、黒髪をポニーテールにした魅惑的な女性——『嫣然の舞姫』津久見・弥恵——の指導の元、簡単な踊りのステップを復習していた。華蓮は優しい深緑の瞳でどこか故郷を思い出させる母性をもった女性だが、芸には通じていない。今回も華蓮が舞台の様子を見てしまったのが最後。世話好きが高じて、黒子逹の面倒を見ることになってしまったのだ。
 一方の弥恵は、非常に魅惑的な舞を披露する、根っからの踊り子だ。ドジっ子でさえなければ、服が破けたりしないだろうに、と、旅一座の皆は心の奥では思っているが、天性のドジっ子なのは、もはや手のつけようがない。
 弥恵が大きな鏡の前で手拍子をしながら、手本を見せる。華蓮らも動きが揃うように一緒にステップを踏む。
「アン、ドゥー、トロワ! いいですよ、華蓮様」
「こんな感じかしら! どう? だんだん上手くなっていく気がするのだわ!」
 弥恵は自分が踊り始めた頃を思い出して、華蓮を微笑ましく見つめる。
「ええ、お上手ですよ、華蓮様。これなら王子様にいつエスコートされても安心ですね」
「な、な、なにを言ってるのか、さっぱり、さっぱり、わからないのだわ!!!!」
 弥恵の言葉に華蓮は動揺を隠せない。華蓮がレオンが好きなのは、旅一座においては公然の秘密だ。華蓮のステップが乱れ、踏み外す。そこを弥恵がしっかり支えながら——いつもと逆の立場で弥恵がちょっぴり優越感に浸ってるのは隠しておこう——、レオンの真似をして華蓮に囁く。
「大丈夫か。俺の可愛いお姫様」
 一気に顔を真っ赤に染めた華蓮は、弥恵の手を振り払う。
「弥恵は揶揄うのをやめて!」
 弥恵は怒られて、少ししょげる。華蓮は、それを見ない振りをして、自力で立ち上がると、黒子逹と弥恵に向かって叫ぶ。
「と、と、とにかく! 舞台開始まで時間がないのだわ! 舞台中の動きを確認しましょっ!! 弥恵はチェックだけ、お願いするのだわ!」
 華蓮は、例え、どんなに動揺しても仕事はきっちりする性格だ。弥恵の指導と華蓮の指示の元、黒子らは一心不乱に動きを合わせ、舞台での動きをしっかり合わせていくのだった。
 舞台稽古が終わった夜、団長室には白髪に黒のメッシュが入った、頼りなさげな青年——『戦場のヴァイオリニスト』ヨタカ・アストラルノヴァ——は星空柄のヴァイオリンを抱きしめながら、頭を抱えていた。旅一座を立ち上げた団長にして、華麗なるヴァイオリニストであるヨタカ。その性格は、普段は穏やかそのもので、ヴァイオリンを聴きたいといえば、気軽に弾いてくれるのだが、舞台ではダメなのだ。どうしても色んな不安要素や、自分の演奏技術の未熟さに悲嘆してしまい、スランプに陥る。背中の白い羽を掻き毟りたくなるような、そんな衝動に駆られてならない。
(……嗚呼、舞台は作り直しと幻から聞いたし、アベルは舞台が開演までに出来るかどうか分からないと言うし、そもそも俺の演奏はこれでいいのか。チケットも完売。何百人もの客が来るというのに)
 その時、ヴァイオリンの装飾部分の星屑が光って零れる。ヨタカは何も気がついていない様子だが。
 団長室のドアをノックする音が聞こえた。ヨタカは身嗜みを整えて、なにもない風を装い、ドアを開ける。そこにいたのは、煌めく星空のような髪に宵空のような輝く瞳をもつ美しい少年——『星屑達の夢のゆめ』Rêve=amas=Dētoiles——だった。
 ヨタカは驚く。いつも自分が困った時に現れる不思議な少年なのだ。
「……Rêve、どうしたんだ……?……もう夜だし、……両親が心配してるよ……」
「お父さんとお母さんがこのテントの近くでケンカしてるから、置いてきちゃった。なんだか悲しくなっちゃって。だから、ヨタカ、またヴァイオリン聴かせてよ」
 ヨタカは逡巡した。今はスランプ状態だ。とてもまともな音楽が聴かせられる自信がない。でも、こんな小さな子を放っておくこともできない。一体自分はどうするべきなのか。
「ヨタカ、ヨタカの音楽だから聴きたいんだよ。ねぇ、聴かせてよ! 聴かせてったら、聴かせて!」
 ——ヨタカの音楽だから聴きたい
 その言葉は悩んでいたヨタカを振るい立たせた。今、自分にできる音楽を精一杯奏でるだけだ。ヴァイオリンをヨタカは勇気を出して手にとって、楽しいポルカを奏でる。ヨタカのヴァイオリンの星屑逹が煌めきを増す。
 Rêveは心底嬉しそうに拍手して、踵を返す。
「そろそろ、お父さんとお母さんが心配してるかもしれないから、ボクもう帰るね! ヨタカ、無理いってゴメンね。ありがと!」
 同じ夜、ノアルカイムがたっぷりのラサ料理を団員逹に振舞っていた。ノアルカイムが買ってきたのは、ジューシーなケバブ、野菜たっぷりのサルチャ、ヒヨコマメのフムス等、バランスを考えたラサ料理の数々だ。ノアルカイムは甲斐甲斐しく、団員へ手早く取り分けていく。
 だが、『諦めた音楽家』律・月 の従者が役割を取られまいと、律のため律の好みそうなものをピックアップして独自に持っていく。律は漆黒の黒毛の狐の獣種だ。運に見放されたといっては、日頃全てを諦めて、気怠げにしている。しかし、今回の律は諦めてない。音楽に対する情熱は常に熱いものをもっている律に、今回主役の座が回ってきたのだ。日頃だらんとしている律の尻尾も忙しなく、左右に振れている。いつも律が煩わしそうにしている律の従者も気合いが入っていて、甲斐甲斐しく世話をする。律も今回ばかりは諦めたのか、されるがままだ。ただフルートだけは誰にも触れさせず、寝食を忘れて熱心にチューニングをしている。それだけ、律の気合は入っているのだろう。
「律さん、そんなに集中しすぎては本番でもちませんよ。リラックスです」
 そんな律の顔の前で手を振ったり、後ろから肩に手を置いて、律をリラックス?させようとするのは、『夢映しの幻想猫』奏者 夢現だ。律は持ち前の集中力で気にした風はないが、少し煩わしそうだ。奏者はシルクハットに燕尾服を着て、常に仮面を被っている。表情こそ分からないが、あちらこちらを消えたり現れたりして、冗談程度の悪戯をして回っているところをみると、舞台前の緊張を解こうとする彼なりの気遣いなのだろう。
「これから舞台へのカウントダウンが始まると思うと、素晴らしいですね。舞台に立てば、更なる夢へと皆様を誘えるかと思えば、楽しみでなりません。ええ、夢。夢は素晴らしい。夢の中では全ての方が自由! その中で驚き、興奮、感動を味わい尽くせるのですから、なんて夢のよう」
 奏者は、まるで舞台の上に立ってるかのように陶酔し、身を震わせる。
「確かに舞台の上は夢のようだな。まるで別世界だ。だからこそ、今は体力つけて食っとかないとな」
 ノアルカイムの手から山盛りのご飯を手にして、『『幻狼』灰色狼』ジェイク・太刀川はご飯をかきこむ。ジェイクは狼の毛皮を被った白髪の獣人だ。元はラサで傭兵をしていただけあって、ラサ料理の数々を食べては何か思い出しているようだ。時折遠くを見て、虚ろな瞳になる。それをノアルカイムが見て、声をかける。
「ジェイク君、どうしたの?」
「いや、何。昔のことを思い出してただけさ。ラサは久しぶりにきたが、やっぱり旨いものが多いな」
「……何か思い出せるだけ羨ましいな……。なんてね! 美味しいんだったら、よかった。いっぱい食べてね」
 ノアルカイムの無垢な笑顔を見て、ジェイクの荒んだ心は少し癒された。だが、一番の癒しは恋人である幻だろう。幻は舞台につきっきりだから、ジェイクとしては妬けてしまう。
「デザートも美味しいですわね。つい食べ過ぎてしまいますわ」
 甘味につい手が伸びるのは、『《月(ムーン)》』ヴェルフェゴア・リュネット・フルール。
血のような紅い髪に目のような不思議なマークがついた目隠しの布をつけた少女だ。目隠ししていても透視ができるから生活に問題はないらしいが、知らない人から見れば、まるで魔法のようだ。ヴェルフェゴアも今回が初舞台だが、まるで緊張していないようだ。ハーモニアとしての長年の経験からだろうか。
 賑やかな食事風景をよそに、『暗愚の実体』Azathdo=Hgla=Thusxyは眠っている。眠りながら、ノアルカイムが目の前に置いてくれた料理を——どういう方法なのかも分からないが——食べている。Azathdoは常に寝ている。だが、その実体を詳細に描くことは著者にはできない。見ようによっては、如何ようにもみえるし、その真の実体を見ようとすれば、一体自分が何を見ているのか分からなくなり、発狂しそうになるからだ。
 こうして、ラサ公演開演まで、旅一座のメンバーはそれぞれの役割を全うすべく、それぞれのペースで全力を尽くすのだった。
 ラサ公演当日、テントの中はまるで小さなバザールのようだった。チケットの代わりに渡された謎のボールで遊びながら、客達はどんな舞台だろうかと話に華が咲く。なんとか組み上がった舞台の周囲を練達製の電光掲示板がぐるりと取り囲んでいる。その舞台の周囲には階段状の観客席の上に絨毯が敷き詰められていて、ラサ様式に合わせられている。
 ラサ風なのは、何も観客席だけではない。舞台を待つ客の無粋を慰めようと、練達製スピーカーから流れるラサの民謡に合わせて、弥恵がヴェールをつけ、ラサ風の衣装を身に纏い、妖艶に舞い踊っている。そのさまに客も指笛を吹き、一緒に踊る客も現れるほどだ。
 魅せれば魅せるほどに、もっと舞を観て欲しい、己自身を観て欲しくなって、舞は次第にエスカレートしていく。自慢の肢体を魅せつけるように、腰や胸の飾りが激しく振れるように腰や胸を激しく振ったり、あるいは男を誘うように腰をくいと持ち上げてはゆっくりと滑らかに落とす。顔の見えないミステリアスさと大胆な舞に客は釘付けだ。
 だが、弥恵の欲求が増せば増すほどに、目に見えぬ落とし穴が大きく口を開ける。弥恵が舞台近くで大きく回転したとき、それは起きた。ビリィッと大きな音がしたかと思えば、弥恵のスカートが破れて、腿が露わになっている。どうやら舞台の釘の頭にスカートが引っかかったようだ。
「キャーーーーー!!! 見ないで下さいませーーー!!!」
 弥恵がいくら叫ぼうとも、男達の目が釘付けになったことは言うまでもないだろう。弥恵は服を抑えながら、すぐに舞台裏へと駆けていくのだった。
 しばらくして、音楽は止まり、電光掲示板には『まもなく舞台が始まります』と表示されて舞台の周りをゆっくりと回る。そして、舞台は暗転する。着替え終えた弥恵がスポットライトを浴びながら舞台の真ん中へと進む。
 弥恵は客を見回しながら、先ほどの狼狽ぶりとは打って変わって、朗々と声を張り上げる。
「皆様、大変長らくお待たせ致しました。不幸から声を失い、次々と不思議な体験をする青年は一体どんな結末を迎えるのか。旅一座ラサ公演『声をなくした男』開演です。皆様、お楽しみくださいませ」
 弥恵が一礼すると、弥恵の立つ舞台の真ん中が回転して弥恵は消え、一つの家が立つ。周囲の舞台がぐるりと回り、家々や人々の形をした紙が現れる。
 舞台全体は今明るく照らし出され、人の形をした紙は思い思いの動きをする。中央に建った家には楽しげな3人の人影が見えていた。その人影の一つが動いて、ラサ風の衣装を着た律が現れる。村の人々に挨拶しながら、幸せそうに楽しそうに、どこか郷愁を誘う歌を美しい声で独唱する。その美声に客は圧倒される。
 「兄貴、ルル、ちょっと行商してくるよ!」
 律が舞台から降りて、しばらく経ったあと、舞台上にAzathdoが現れる。客はざわつく。Azathdoのあまりの異形に化け物だという声まで上がる。だが、Azathdoはそれを介せず、只、舞台の中央まで進む。ゆっくりとしたどこか眠くなるようなフルートの音が聞こえたような気がした。舞台は反転して、人々が殺し合い、家々を燃やし尽くしていく。逃げる人。殺す人。焼く人。それを静かにAzathdoは見て、悲しげに去っていく。フルートの音が消えた頃、村に生きている人は誰一人いなかった。
 舞台は回転し、焼け野原になった村に切り替わる。そこへ律が帰ってくる。村の惨状を見て膝から崩れ落ちる律。
「兄貴、ルル! あぁ、一体何が起きたんだ!」
 よろめきながら立ち上がり、律は焼けた家を一軒一軒、見て回る。殺し合ったであろう姿に嘔吐しながら、必死に探し回る律。少しずつ暗くなっていく舞台。でも、兄も妹もどこにもいなかった。
「兄貴、ルル!!! あああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
 両手で頭を抑え、天を見開き、絶叫し、膝を折る。そして、地面に頭をこすりつけて、どれほどたっただろうか。喉に手を当て、声を絞り出そうとする律。だが、あの美声は失われ、喉をかするようなヒューヒューとしか声がでない。
電光掲示板に律の心の声が流れてくる。
(…………ん……んん!……声が出ない……。……声が出たなら、きっと俺は神を呪うだろう……。兄貴やルルを救ってくれなかった神を……。……俺一人を残した、この運命を……。……これが神の采配か……。……俺は一体どこへ行けばいいんだ……)
 律は方々をさまよい歩き、服は徐々にボロボロになっていく。舞台が変わるたびに華蓮達が人波となって、吹き飛ぶ木の葉となって、律の服を早着替えさせる。
 さまよい歩いた末に、砂漠の中央で倒れる律。
(俺に行き場などあるのだろうか。早く兄貴とルルの元へ行きたい……)
 律が持っていたナイフで喉を掻き切ろうとした瞬間、ヴァイオリンの音が降ってくる。
生の喜びの煌めきを表したような赤く派手な仮面をかぶったヨタカが舞い降りてくる。ヨタカのヴァイオリンは星屑を散らし、生きる喜びを唄うように、舞うように。客には、ヨタカの周りを美しい少年Rêveが舞う姿が見えるような気すらした。
(俺はもう天国へきたんだろうか……。天使が呼びに来たんだろうか)
 ヨタカはそのまま降りてくると、律の元へ行き、ナイフを取り上げる。律は現実に立ち戻り、声にならない抗議の声が漏らす。
「……死んじゃいけない……。……例え……声を……失っても……希望は必ずある……。……このフルートをあげよう……。……きっと……このフルートが君の声となり……道を照らすだろう……」
 律は疑うように、星屑の煌めくようなフルートを受け取る。
「……俺のヴァイオリンに続いて、吹いてみて……。……指はこうだな……」
 ヨタカのヴァイオリンに合わせて、律もフルートを鳴らそうとする。だが、最初は上手く吹けない。繰り返すうちに少しずつ上手く吹けるようになった。そして、最後には、喋っているように聞こえるくらい、フルートを吹けるようになった。
「……上手になったな……。……それなら、声がなくとも、話しているように聞こえる……。……生きる希望を捨てずに、そのフルートと生きてみるといい……。……あっちにオアシスがあったはずだ……」
 律はフルートで返す。
(ありがとう。こんなときでも助けてくれるやつはいるんだな。生きてみるよ)
 ヨタカはそれを聞くと、満足そうに飛んでいった。
 ヨタカに教えてもらったオアシスで、やっと水にありつける律。そこには路上に座って目隠しをした怪しい女——ヴェルフェゴア——がいた。
「あら、随分なボロボロな風体ですこと?」
 フルートで驚いた音色を出し、胡乱な目でヴェルフェゴアを見る律。
「わたくし、全てを見通すことができますの。疑っているようですわね。失礼ですわ。証拠にこの穴のない鉄仮面をかぶりましょう」
 ヴェルフェゴアは鉄仮面をかざしてみせる。
 ここで舞台の時は止まる。華蓮が舞うようにヴェルフェゴアの持つ仮面の背後に明かりを灯したまま持って、舞台を巡って明かり一つ通さないのを客に確認させる。そして、舞うような動きで、ヴェルフェゴアに持たせ直す。舞台の時が戻る。
 「なんだか、わたくし黒い霊のようなモノを見たような気がしますわ。まぁ、いいですの。この仮面を被れば明かり一つ通しませんわ」
 ヴェルフェゴアは仮面を被るが、律は疑った顔で見る。
(本当に見えないのかよ。嘘くせえな。目の前で手振ってやれ)
「嘘だと思ってらっしゃるのかしら。疑わしい目でわたくしを見てますわ。片手はフルートを持ち、もう片方の手でわたくしの目の前で手を振ってらっしゃいますわね」
 律は後ずさりし、フルートで驚きの音色を奏でる。
(なんで、分かるんだ? 天使の次は悪魔か?)
 ヴェルフェゴアは仮面を外しつつ、言葉を続ける。
「奇跡を信じてくれましたの? わたくし、さすらいの占い師ですの。そのフルートからは不思議なオーラが見えますわ。それに不思議な音色。あちらの森にいる音楽好きの猫ならきっと気にいるに違いありませんの。行くといいことがあると占いにも出ていますわ。占い代は不思議なモノをみせていただいたお礼にタダにして差し上げますの」
(ありがとよ。行ってみる)
 お礼に心を込めて、フルートを吹く律にヴェルフェゴアは舞台の上でも布教の心を忘れない。アドリブでこう言うのだった。
「イーゼラー様に捧げますわ。きっとお喜びになるでしょう」
 フルートを吹きながら、森へと入っていく律。華蓮らが律の両側で規則的に木を動かすことで、まるで森の中に律が入りこんでいるようにみえる。
 深い森の中、突然、猫の扮装をした奏者が現れる。
「突然現れる不躾失礼致します。ですが、猫とは、そういうものですし、なにより音楽を聞いて落ち着いていられるわけないのですから!」
(コイツがさっきの女が言ってた猫か)
 フルートの音に合わせて森の中を消えたり現れたりして移動して回る。
「ですが、もっと、貴方なら綺麗で幻想的な音楽を奏でられるはずでございます。さぁ、私に音楽を!!!」
 律は色んな曲を吹いてみる。
「嗚呼、違うんですよ。私が求めてるのは、もっと、心洗われるような、心から感動するような、心がふるえるような、そんな音楽なんですよ。貴方には無理なようですね。不思議な音色がするから期待したのにガッカリです。では、さようなら」
 奏者は立ち去ろうとする。そのとき、律は兄妹でよく歌っていた曲を思い出し、懐かしく思い、吹いてみる。その曲は森中を駆け巡り、森は夜へと変化し、星空が瞬く。月の光が明るく照らし出す。
「これは、ええ、これはアレに間違いありません。嗚呼、私は、なんて楽しい瞬間に立ち会えたのでしょう。貴方、よくやりましたね」
 といって、奏者は律からフルートを取り上げて、瞬間移動する。
 その間に、森の中央から大きな芽がでて、花が咲き、その中から蝶の羽根の生えた人——幻——が現れる。
「ふぁああ、僕の眠りを覚ますなんて、何十年ぶりでしょうか」
「魔女様、久しぶりでございます。覚えてらっしゃるでしょうか。猫です」
「勿論覚えていますよ。消えて現れ、現れては消えて。本当に気まぐれですこと」
 幻は疑わしげに猫を見ながら、問う。
「あら、猫、貴方が今回の曲を吹いたというのですか?」
「ええ、私、猫めがフルートを吹いたのです」
 律が奏者からフルートを奪い返そうとするものの、奏者は現れては消えて、律を躱す。
(ちげぇよ!俺だよ!)
「猫、嘘はいけませんよ。貴方にあんな音色出せないでしょう。出せたなら、すぐ僕を呼び出したでしょうに」
「一生懸命練習したのでございますよ」
 ゴマを擦るように、手もみする猫。
「では、もう一度吹いて下さいな」
 奏者がフルートを吹こうとも音すら出ない。
「ほら、貴方が鳴らせる音ではないと思っていました。ちゃんと、フルートを返して差し上げなさい。そうじゃないと……」
「わかりました! わかりました! 私は退散致します! 上手くいくと思ったのですが。いつか魔女様に願いを叶えてもらいますからね!」
 そう言って、奏者はフルートを残して姿を消した。律はフルートを大切そうに拾い上げる。
「森のものが大変失礼致しました。僕は楽音の魔女と呼ばれています。素晴らしい音楽を聴かせてもらえたなら、その者の願いを一つだけ叶えることにしています。貴方は声が出ないようですね。声をとりもどしましょうか?」
 律は首を振る
「では、金銀財宝ですか?」
 これも首を振る。そして、フルートで答える。
(俺の家族を返して欲しい)
「家族を返して欲しいですか。……まず、死んでいる方を蘇らせることはできません」
(……やっぱり無理なんじゃないか)
 律は立ち去ろうとする。それを幻が呼び止める。
「急いては事を仕損じるといいますよ。まず、貴方の家族ですが、ご兄妹は生きているようですね」
(え!本当か!)
「ですが、バラバラの場所にいるようです」
(すぐ、ここに呼び寄せて欲しい)
「それが貴方の願いでいいのですね」
(ああ、それだけが俺の願いだ)
「分かりました。では、貴方の願いを叶えましょう」
 幻が杖を振ると、月を割れて、二人の人影が降りてくる。仮面を外したヨタカと、ヴェールを外した弥恵だ。二人ともボロの服を着ている。
「兄さん、ルル!」
 奇跡が起きた。律の声が戻ったのだ。3人は抱きしめ合い、3人で兄妹の思い出の歌を歌う。
 そこに呼び寄せられたかのように狼のジェイクが現れる。律とヨタカは互いを守り合おうとする。
「この二人は俺が守る」
「……いや、俺が……!」
「勘違いするな。俺は狼だが、狙う獲物はお前達じゃない」
 舞台の中にボールが投げこまれる。ジェイクはそれをアクロバティックにボールを銃で撃つ。すると、舞台にキラキラとしたカケラが降ってくる。
「コイツを食べるのさ。魔女が現れて月が割れると決まって喰える名物さ」
 森に動物逹が集まってくる。密かに奏者も紛れている。気づいた客がいたかどうかは不明だ。それと同時に、電光掲示板に『最初に渡したボールを投げ込んで下さい』と流れてくる。
 ジェイクは投げられたボールを撃ち漏らすことなく、バク転しながら撃ったり、舞台に仕込まれたトランポリンを使って高く飛び上がって撃ったりして、全てを撃ち終わったときには、舞台は流星群が流れるかのような煌めきで覆われる。
 ボールを全て撃ち終えるとジェイクは「旨いもん喰わせてくれてありがとよ」といって去っていった。
 幻が口を開く。
「さて、これからどうするんです?」
「3人で住む家があればいいんだが」
「では、これは内緒の魔法ですよ。素敵な音楽を聴かせてくれたお礼です」
 幻が再び杖を振る。大きな家が建った。
「兄さん、ルル、これで一緒に暮らせる!」
 3人は再び兄妹の思い出の曲を奏でる。それは、この舞台で最高のハーモニーだった。ルル役の弥恵も気持ちをこめて踊るのだった。ここで幕が閉じる。
 カーテンコールは鳴り止まない。こうして、ラサでの公演も大盛況で終わったのだった。
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以降は感想を書いてもらえると著者が喜びます。誰でも書き込み可になってます。
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