豊穣風の屋敷の奥にある、半ば私室と化した執務室。
畳と土壁に囲まれた部屋には、幻想風の調度品が並べられ、見る者が見れば時代錯誤な調和を思わせるだろう。

セレマは訳知りの個人的客人はこちらに通すらしい。
いつ来ても部屋いっぱいに焚かれた香（のような独特の香り）があなたを出迎えてくれるだろう。
然るべき客人であるならば。


●やってはいけないこと
・知らない声が聞こえても返事をしてはならない
・執務机の載せた天秤はアンティークではないので触れてはいけない
・屋敷が吹き飛んだことをおちょくってはいけない


●過去（魔砲で吹き飛ばされた方の執務室）
https://rev1.reversion.jp/guild/1238/thread/19076

●過去（練達）
https://rev1.reversion.jp/guild/1238/thread/18142/6?

※某月某日※

執政官です。

練達の父から手紙が着ました。
内容はもう何度目かの「帰ってこい」というものでした。
これまでは世間体とか、私の能のなさや、練達外で働くことの将来性のなさとか、色々な理由をとってつけて帰ってくるように言われましたが、今回は「お前が死ぬから」という内容でした。
面白い冗談だな、と思いました。
だってどうせそこにいても、思いもよらない危険にあって死ぬには違いないのに。
あの人たちは何を見たんだろう。


狼の冬は今日も領地に噛みつく。なので道路工事もお休み。
新しく買った重機を早く試したい。

※某月某日※

執政官です。

狼の冬は今日も領地に噛みつく。なので道路工事もお休み。

暇なので伐採に同行する。
冬が来る前に領主が大規模増設した伐採場のおかげで、冬を越すための燃料は足りるかもしれない。
野生動物が住まう森とは違う、人工物の静けさは仕事に専念するにはちょうどいい。

それでも、樵たちはどこか不安そうでした。
理由は明白で、あの黒い太陽。昼も夜もこの位置からでも見える、中空の星。
あれが落ちれば世界が終わるんだ、なんて言い出す人もいる。

「執政官殿は怖くないんですか？」
「えぇ～～～？怖いですよ、そりゃあ」

でも、あれが落ちてこようとこまいと、この世界では予期せぬ何かが起こって死ぬのだ。
明日でなくとも今日でなくとも、次の瞬間には見知らぬ怪物が現れ、死ぬのだ。
そこに大差がないように思えるんだけど、それを言うと空気が悪くなるので言わないことにする。
薪割りは疲れるけど楽しかった。

※某月某日※

執政官です。

「お前の分だ」

領主はそういうと、私の目の前に金貨の袋をどっさり置きます。
給料日ではないですし、そもそもまだ給与停止期間です。
この人のことですから施しでも何でもなく、正当なものであると言い張るんでしょうけども。
一応確認はしておきます。

「お前との契約期間分の給与を先払いした。だからこれはお前の分だ」

それ以上言う気がありません。
「わかるだろ？」みたいに視線を向けると、また書類に目を落とします。

「ありがとうございます～～～」私は金貨を受け取ると、仕事に戻る。


狼の冬は今日も領地に噛みつく。なので道路工事もお休み。
明日は冬が終わるといい。重機の練習は楽しいけどやはり本番が欲しい。
もし冬が終わらなくてもメンテを頑張ってみよう。
ついでに領主の車のメンテを手伝ってもいい。

※某月某日※

執政官です。

「いままでどうもお世話になりました」

この冬何組目かの一家がこの領地を出る。
不思議な話だけどいわゆる疎開とか亡命らしい。
家長は「無事事が住んだら必ず帰ってきます」と言うと、後ろ髪惹かれるように去っていく。
私が敷いた道路を踏んで。

「止めないんですか？」
「居なくてもどうにかなるくらいこの領地はデカくなった。
　むしろああいう弱気な手合いは居なくなってくれたほうが助かる」

私の記憶が正しければ、あの家族は鬼楽復興の最初のころからいてくれた人達でした。
そしてこの領主もそれなりに記憶力がいいと、そう思っています。
尤もこの人の場合は倫理とか良識とか配慮とかそういうのないからどうだかなんですけども。


狼の冬は今日も領地に噛みつく。なので道路工事もお休み。
せっかくなので今日は鬼楽の伝統料理に挑戦する。作り過ぎたら近所に配ろう。

※某月某日※

執政官です。

狼の冬は今日も領地に噛みつく。なので道路工事もお休み。
あの黒い太陽も一段と大きくなった気がする、そんなある日。

「しばらく出る」

領主は使用人たちに荷物を準備させながら、淡々と告げます。

「いつまでですか？」
「冬が終わるまでだ」

あなた自分がどういう性格かわかってるんですか。
その返事だと私はどっちの意味にも捉えちゃいますよ。

「あとの仕事はどうにかなるように、最低限下の者に割り振った。
　だからあとのことはお前に任せる。
　業務に関する一切の裁量をだ」

つまり、休暇の割り振りも自由にしていいんですね。そっか～。
「そうですか～」といつもみたいに軽く流す。
あの人は時間にシビアだから、３０分も経たないうちにここを出て行った。


明日冬が終わったら道路を敷こう。

※某月某日※

執政官です。

領主がいないので、この館の鍵を開けるのは私の役目です。
やっぱりこの館大きすぎますよ領主。暖房に時間がかかります。
寒気に耐えて館にいらっしゃる方々の為に、今のうちにお湯を焚いておきます。
戸棚を探したら甘味もあったのでこれも借りましょう。
バレなきゃバレない。


狼の冬は今日も領地に噛みつく。なので道路工事もお休み。
今日はそこそこ暇だったのでお茶を淹れる練習をした。
味の違いはよくわからないけどお腹はたぽたぽになった。
明日は何をしよう。

※某月某日※

執政官です。

狼の冬は今日も領地に噛みつく。

「盗賊団の襲撃です！」
その報告を受けて、私はレザーベストと防寒着で身を固める。
最近は吹雪に紛れて村を襲う盗賊が多くなった。
雪のカーテンは音を吸い込み、視界を遮るだけでなく、対応しようと立ち上がる者たちの足に絡みつく。

チェーンが標準装備となったバギーに乗り込むと、私兵たちと一緒に吹雪へと飛び込む。
ごうごうとフードを叩く吹雪のせいで、隣にいる私兵との会話も大声になる。

「相手は？」
「数は恐らく20人以上…銃声がしました！」
こっちの盗賊は平気な顔で銃火器をもつんだもん。練達の皆が知ったら「ファンタジーじゃない」なんて言い出すんだろうな。

すぐに悲鳴と銃声、そして怒号のような叫びが聞こえ始める…頃には、現場が目の前にあった。即座に戦場に雪崩れ込む私兵たちは、領主のアレとにたようななんか気持ち悪いパワーで盗賊を叩く。
私も、とバギーに搭載されたガトリング砲を構え……ダメだ、私みたいな素人じゃこの視界だと誤射する。隠形の技だけじゃなくてそういうのも覚えておけばよかった。

不意にすぐ傍の雪が盛り上がる。
それは白い迷彩に身を包んだ、見知らぬ男で、腕にはアサルトライｈ















明日は何をしよう。

※某月某日※

執政官です。

施療院のベッドで寝ていました。何が起こったのかよく覚えていません。

巡回の看護士さんから聞くところによると、私は賊のアサルトライフを真正面から受けて2日ほど気を失っていたようです。防弾ベストってやっぱり大事なんだなぁ。
それでも何発かは体を貫通し、腕の一部に銃創を作っていました。

「それで、賊はどうなったんです？」
「お前がいなくてもどうにかできたようだぞ、タコ」

遅れてやってきた領主の開口一番暴言です。おかえりになってたんですね。

「寝てる間にこっちは仕事を済ませてきた。
　なんだお前。ボクの華々しい活躍を聞き及んでいないとは職務怠慢か？」

機嫌がいいなぁ。何をしてきたかは知らないけれど、それなりにうまくやってきたに違いない。

「何をしてきたんです？」
窓の外を指差すと、そこには雪の溶けた町の景色と、あの黒い太陽のない空でした。
よかった。でもちょっともったいなかったかな。
どうせ殺されるならあれくらいモノモノしくて派手なものがちょうどいい気がしません？

「甲斐のねえ奴だな」
毒づく領主からは、明日から早速通常業務に戻るように言われました。


明日からついに道路の敷設工事に取り掛かれる。
楽しみだなぁ。そしてその後は、その次は何をしよう。

※某月某日※

（結婚するということになった）

（結婚するという事は単純に役所に行って籍を入れる手続きをするということだけではない。
　新たな住まいの準備や、関係者への周知、これからの生活に向けてどの程度互いの生活を擦り合わせるか……。
　とにもかくにも、互いに相談する事が多いのでここ最近は時間があればこうやって顔を突き合わせているという次第である）

（幾つかの議題を経て、向かいのソファに座る貴方を見る。
　世間に対する名目上の関係性は変わったが、それが一体どれほど実態の関係性が変わったのだろうか。こうやって準備をしていても実感を持てないでいた）

……そういえば、関係者に対して結婚を周知するが、身内に関してはどうする？
親戚などには別にそういう場を用意すると聞いたが。

法の上では親族・姻族になるわけだからな。
近いものに周知しておくことで、新たな親族関係を交流の輪に組み込んで結束させ、力を増すためにするものだろう。あるいは今後起こりうる相続上のトラブルを回避するためのものでもある。

（事務作業を続ける傍ら、功利的側面かからの意見を淡々と述べた。
　手元にあるのは婚姻用の諸々の手続きのための書類……だけでなく、それによって生じる諸々の権利、特に資産をどう扱うかという誓約書もあった。それも鉄帝だけでなく、天義や幻想といった他国のそれもまとめてである。
　このペテン師は各国の法手続きにそこまで深い理解を備えてはいないようで、作業ペースの遅さから難儀をしている様が見て取れた。

　手間も時間もかかるであろうことを見越してか、テーブル上に並ぶティーカップは、彼の分だけ手つかずで冷めかけている。）


………なんだ。養子縁組でもしてたのか。

親戚がこっちに召喚されていた。咲花と言う家の主だったものだよ。
吾の従妹で……あるとされる。

（歯切れ悪く言葉を切った。
　こういう時は種族間の習慣の違い等を伝えるのが長くなりそうな時だ）

こっちに来る前に色々あったので少し疎遠にしていたが、良い機会だしお前に紹介しておきたい。

そいつは………なんだ……
いつぞやの開祖とやらみてーに気が触れてたり
ボクとキャラ被り甚だしい美少年美少女みてーに気触れ製造機だったり
それかちょっと前のお前と同レベルに世渡りと自己表現に卓越してたりするのか。

皮肉魔め。

ローレットで事務員をやれているので世渡りが下手って事はないだろう。
元々、吾や開祖やクロユリーレベルのがゴロゴロしてる中でラドバウのE級程度の実力の群れを交渉でなんとか持たせようとしてた奴だ。
吾が味方に付いていたとはいえ、そのレベルのやつと対決せずにやり過ごせるくらいにコミュニケーションが取れるはずだぞ。
まぁ、美少女という種族の中では卑怯な相手と言う事で蛇蝎の如く嫌われてはいたが身内からは尊敬されていた……もちろん吾もだが。
身内に甘いのが弱点と言えば弱点だが、沈みかけた船どころか砕けた板切れみたいな白百合清楚殺戮拳の連中が吾が生徒会長になった時点で即死せずに生きて居られたのは百合華の尽力あってのものと言っても過言ではないし、事実そうだものな。
元々奴は昔から違うと思っておったし、吾が幼駒であった時も毎日ちぃちゃんと呼んでナデナデしてくれたし、すごくすごくいい奴なんだ。もちろん吾の方が100倍くらい強かったが、当時は百合華の為なら何でもできると思っていた……大体失敗したが。うん。でも概ね見捨てないでいてくれたので良い奴なのは間違いないだろう。

出会った美少女の殆どから致死の一撃を貰ってるこっちの身になれ。死活問題だ。

（話を要約するとこんなものだろう。
　・社交性と適応力に優れる
　・異端の部類である
　・よくしてもらった
　・吾はすごくすごい
　………最後の主張強すぎだろう。自尊心と思いあがりの塊か？

　それにしても聞かれていないのにここまで饒舌になるということは、大層思い入れのある相手らしい。「一番最初に飯をおごってもらった人物」よりも優先順位が高くなることから考えても、建前を差しおいて本心から気にかけている相手という事だろう。）


お前としてもこの一件をきっかけとして利用したい、というところか？
好きにしろ。だがその手の手合いは、ボクみたいな輩を好かないだろうから、その点には期待をかけるなよ。

利用……。
（不満げに呻いた）
美少年言葉で言えば利用かもしれないな。

だが、その前に……関係を修復するためのきっかけにしたい、かな。
此方に来てからは色々あってしっかり話をしたことが無かったので。

（関係が壊れているらしい。
　まあ、そもそも壊れたものを修復するのが苦手そうな奴だ。
　理由はどうであれ、ありえない話ではない。

　……ではない、のだが。）


お前でもつい話し合いを躊躇する程度の問題か。
殺しか盗みでもしでかしたか。

吾がそういう倫理観の持ち主だと思うか？

関係性を壊しうる代表的な例を挙げたまでだ。
他だともう色恋沙汰だが、それはないだろ。

そうだな。

……以前、側仕えが発狂した話をしただろう。
吾は召喚される以前、それを制御できなくなっていた。
だから、多分10年位話をしてない。

ほう。
（旅人（かいぶつ）なのだからそれくらいは有り得るだろう、という感想と
　だからああなるのか、という納得と……　過ったのはその程度のことだった。）

理由はそれだけか？

単純に言えばそうだ。
半径にして約10ｋｍ程度か。気配に敏いものに対してであればもう少し伸びる。
その圏内に入れば左右対称（美しいもの）以外は皆狂死する。意思がないはずの無機物であっても捻じれる。
そんな者と当然意思疎通など計れないし……。

なぁ。お前が万能の切り札として用意していた魔性がいきなり変質して使えなくなったらどうする。
まして、突然消えてしまったら、少しばかりでも「裏切られた」とは思わないか？

言いたいことはわかるが、前提が異なる。
あれらは従妹でもなければ仲間でもなく、ましてや協力者でもない。
債権者と債務者のそれであり、本質としては敵だ。

強いて言うなら、そればかりに頼り切っていた己の怠慢を呪うだろうな。
互いに敵を作りやすい関係であるからこそ、それが不意に失われる可能性に対する想定も、備えも……準備しなければならなかったはずだとな。




まあそれはそれとしてイラッとはするが。

そこが負い目になって、話しかけずにいたと？