シナリオ詳細
<熱砂の闇影>滲む黒陰
オープニング
●
「マスティマは何処にちょっかいかける?」
「アルティオ=エルムだが」
聖女ルルはマスティマの顔を覗き見てから「ふうん」と呟いた。
「アドレと私も何処かに出掛けようかなって思って。まあ、私達ってツロの一の子分! みたいな感じじゃない?」
「ああ」
「だから、特別さ、何か玩具を用意してたわけじゃないって言うか、預言書が玩具だったのよね」
「ああ」
「んでね」
ルルが身を乗り出した。マスティマは相変わらずの彼女の様子に何ら反応を示すことなく眺めて居る。
「玩具、貸してよ。お礼はするから」
にんまりと微笑んだ聖女は背後から呼び掛けられてから「はあーい」と振り向いた。
「カロル、こっちに来なさい」
「ツロ……今、マスティマに玩具を借りようと思ってたのに。あ、新しい玩具? うふふ、やったわ。
じゃあ、マスティマの玩具と、ツロの玩具で最強になっちゃおうかしら」
うっとりと微笑んだルルを眺めて居たアドレは「もっと頑張って遊べよ、バカ」と苛立ったようにルルの背中を勢い良く叩いた。
●
何処からか、音が聞こえる。
それは蟲の羽音のようだった。
だが、徐々に『それ』は言葉へと変化して行く。キャラバンを率いていた男はその場で釘付け担ったように動けなかった。
ラサの香辛料を深緑に運ぶ最中の事だ。ラサから深緑に出掛けると口にしていたレナヴィスカ――長耳乙女達も乗せている。
彼女達も同じようにその場から動けない。
「な、何だ」
「オジさん、あっち!」
長耳乙女の一人がやっとの事で叫んだ。
弓を構えることは出来ない。頭が掻き回されていく。
――……のだ。
何と云っているのだろうか。理解は出来ないが、それが響き渡っては体の自由を奪っていく。
――あ――――のだ。
何を言って居ても、もう構わなかった。
この世界は間違っている。この世界を修復しなくてはならない。
●
ラサでも警戒に当たって欲しい――
傭兵達へと通達された聖教国ネメシスからの通達。それは情報屋として活動するイヴ・ファルベも例外なく耳にしていた。
終焉の監視者達と情報交換を行なっていた彼女はいの一番にその変化を耳にした。流石は『パレスト商会』お抱えの情報屋(という扱い)である。
今日も張り切って情報屋としての任務に出掛けようとしていた時のことだ。
違和感を感じた、といえば簡単なことだが『守護者』という精霊であったイヴはその変化に疾く反応したのだ。
黒き気配が滲み出てきている。
まるでインクをぼたりと零した程度だが、じわじわと、それが広がりつつあるのだ。
「……一体何が……?」
遂行者と呼ばれる者達が居る。それが、天義では注意すべき存在であるとも通達されている。
イヴはその変化を直ぐにでもパレスト商会に、否、傭兵達にも伝えるためにと現地点からネフェルストに戻る帰路を辿っていた。
恐ろしい何かが迫ってきている。
『あれ』が終焉獣(ラグナヴァイス)か。
『あれ』が終焉(ラスト・ラスト)から滲み出たという滅びの化身か。
守護者であった精霊の娘にはそれが心の底から恐ろしい存在であるように思えてならなかった。
それだけではない。この感じる悍ましい気配は言葉にも出来ない。
「どうして逃げるの?」
呼び掛けられてからイヴは息を呑んだ。眼前には無数の終焉獣と共に立っていた『致命者』の――いや、彼の姿は。
「私……」
『ファルベリヒト』を思わせる姿の『致命者』が立っている。
「この世界は間違っている」
「な、何を云って……」
「この世界を修復しなくてはならない」
ファルベリヒト――イヴとそっくりの顔をした精霊はそう口にした。
その背後には終焉獣だけではない。キャラバン隊の男達や、護衛を行ないながら深緑に出掛けると口にしていたレナヴィスカの傭兵の姿も見える。
(ファレン……フィオナ……イルナス……ハウザー……)
イヴは頭の中で、友人と呼ぶべき人々の名を呼んだ。誰も、此処には居ない。
戦う事は余り得意ではない。ありったけの能力を精霊であった頃に消失してしまっているからだ。
イヴはじり、と後退した。
キャラバン隊の方向から歪な気配がする。どうやら、積荷の一つに『奇妙な気配の何か』が混ざっているのだ。
(変な積荷……あれが、呼び声を出してる気がする……。
ラサは商人の国だから、また商品に紛れさせられれば『呼び声』が広がってしまう……!)
イヴは『感知能力』に長けている。それが、ファルベリヒトと呼ばれた大精霊の『欠片』であった頃の名残だ。
ソレを伝えなくては。
どうやって遁れるべきか――誰か、誰か、助けて欲しい。
イヴは救いを求めるように走り出した。
- <熱砂の闇影>滲む黒陰完了
- GM名夏あかね
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年07月28日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
脚を動かしたのは、そうする事が一番大切だと知っていたから。
諦めなかったのは、彼等ならばいつだって私の前にやって来てくれると信じていたから。
「イヴさん!」
呼ぶ、『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)の声にイヴ・ファルベ (p3n000206)は反射的に顔を上げた。俯いてばかりでは脚が縺れてしまう。
「正純」と唇が動いた。その背後には『頂点捕食者』ロロン・ラプス(p3p007992)や『祝福(グリュック)』エルス・ティーネ(p3p007325)の姿も見える。
頷いた『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)は「む、む!」と声を上げてからぱちくりと瞬いた。
「天義の遂行者や致命者や終焉獣……ラサにも来たんだね。やっとラサのドタバタが落ち着いたと思ったのに……もう! ご退場願うよ!」
「ええ。あれは……致命者……? それに、あの後方の積荷も、良くない気配を感じます。急いでお助けしなくては!」
敵との間に割り込むように滑り込んだ正純は「イヴさん、ご無事ですか!?」と声を上げる。慌てた様子で血相を変えた正純を見詰めてからイヴはぱちくりと瞬いた。
「おっと、感動の再会は後で頼むぜ!」
疾風怒濤の勢いでイヴの眼前へと滑り込んだ『社長!』キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)がバランスを崩し転びかけていた少女の胴を抱え上げる。荷のように抱えられた少女が「わあ」と声を上げればキドーは喉を鳴らして笑った。
「捕まってろよ!」
キドーは腹が立っていた。ことラサでは色々と合ったものだ。キドーとて様々な経験を重ねている。彼の腕の中に収まっているのは、キドーとも因縁深かった大鴉盗賊団と競い合った『ファルベライズ遺跡』の守護者である。ある種の戦利品とも言える存在だ。それを――間違っているなどと。
「死ぬほどむかっ腹立つぜ」
イヴの安全と致命者、それから終焉獣。更なる混沌を生み出す状況にキドーは鋭く後方を睨め付けた。
「全く……趣味が悪いぜ。執行者のイナゴ野郎どもがよ! かわいい女子も居るって? そりゃあ失礼しましたってね」
弓をきり、と引き絞ったレナヴィスカの傭兵達。その後方に佇んでいたのはイヴとそっくりな顔をした長い髪の精霊であった。
その歪な気配に『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は歯噛みした。大精霊ファルベライズは願望器を思わせる能力を有していた。ただし、それは万能ではない。『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は「ファルベリヒト」と静かに呟いてから精霊を眺めた。
「欠片を核に……成程、そういう作り方も出来るのですね。これは、遂行者ではなく致命者か……」
致命者、本来ならば世界には存在して居ない紛い物。命を繋いだかのように見せかけた黄泉がえり『未満』。それがファルベリヒトの権能全てを再現できないことは良く分かる。
(……あれは危険だ、早期撃破だ……!)
サイズはじり、と砂を踏み締めた。歪な気配を宿した存在は『世界は間違っている』と告げるのだ。故に、修正しなくてはならない、と。
「修正……? 意味の分からないことを言うわね。取りあえず此の辺りに居る敵を切り裂けば良いって事でしょう? 単純だわ」
エルスの眸がぎらりと怪しい色を灯した。ラサを賑わせた一件よりそれ程時間は経っていないというのに、遂行者と呼ばれる天義を中心に起こる騒動の手がラサにまで及んだのだ。それをラサを拠点とする彼女が許しておけるわけには行くまい。
「ふふ、ラサに手を出したらどうなるか……教えてあげないと、よね?」
怪しげに唇を吊り上げたエルスの傍へとキドーがイヴを連れて遣ってくる。
「イヴさん、貴女の為すべき事を。為したいように」
「ああ、そうだ。全く以て悪いぼーいが働き者でいやになるが。若さだというならしかたがない。夢があって良いことだ。
君もやることがあるなら、此処は任せれば良い。夢が叶って仕舞うとロクでもないことが怒るぼーいの望みはここで砕かせてもらう所存」
『ご馳走様でした』恋屍・愛無(p3p007296)は躙り寄るようにして眼前の敵影を眺める。位置を確認し、急行する手筈を整えていたイレギュラーズはイヴに危機が及ぶ前に救出が叶った。
ならば、此処からは『何時も通り』だ。致命者の、遂行者の、『志を自ら達と違えた者』の希望を打ち砕くのみ。
●
「さて」
ぷるんとその体を揺らしたロロンは致命者をまじまじと見詰めた。その体を満たす感情にはどの様に名を授けるべきだろうか。
「キミもよくよく利用され尽くすタチなんだねぇ、ファルベリヒト。残骸になってもほっといてもらえないなんてさ。
どうやら中身は似ても似つかなさそうだけれど、トモダチとして止めさせてもらうね。
……これは怒り? とも違うかな。誰かに利用されるのはボクらの本懐だから、それは違う」
未分化の感情がさざなみの様に揺らぐ。震えている。ロロンの心の中で、すとんと何かが落ちた。納得がいく答えが見えてしまったのだ。
「ああ、そっか。偽物でも、歪でも、キミだから会えたのが単純に嬉しいのか。不合理だねぇ、人の心って」
喩え偽物であっても、出会えた事が嬉しかった。それはイヴとてそうだった。ファルベリヒトは彼女にとって親のようなものだ。大精霊と精霊種では大いに違う。人とそうではないものだ。人として世界に受け入れられたのはファルベリヒトの最後の願いそのものだった――だが。
(そう、嬉しかった)
恐ろしく、逃げたのは確かでも、その人が居てくれることが喜ばしかったのだ。
「イヴさん」
正純はキドーと共に居るイヴへと静かに声を掛けた。イヴは小さく頷く。今は感傷に何て浸っては居られない。
終焉獣を睨め付けているフラーゴラが周辺の元素全てを反応させ漆黒の魔力を放つ。
レナヴィスカの傭兵達が弓を構え、放つ。その一射の鋭さは流石と呼ぶべきかと愛無は顔を上げた。
「しかし、積荷は何か聞かせても貰えないのか。まあ、出所を調べたところで足が付く真似はして居ないだろうが」
愛無が地を蹴った。終焉獣を打出す魔力で穿ち続ける。傭兵を殺してはならない。それはまだ繋ぐことの出来る未来があるからだ。
「……あなた達だってラサの民だもの。私が護ってみせるわ。
ああ、けれど……私、やり過ぎちゃうところがあるから。近づかない事よ、死にたくない方はね」
エルスの唇がつい、と吊り上がった。美しく微笑んだ銀月色の娘は、夜明けをも切り拓く。その手に握り締めた黎明は佇むファルベリヒトへと振り下ろされた。
「久しぶりね」
「……ラサは滅びなければ」
ファルベリヒトの唇がざらりとした音を奏でた。エルスの眉が吊り上がる。キドーは苛立ちを滲ませながら小さく息を吐いた。
「イヴ。どうする? 一人でネフェルストまで行けるなら、此の儘走ってくれ。けど」
「大丈夫。私は走れる」
キドーが言わんとしている事は分かって居る。致命者が一人だけでやってきた。そこに遂行者の影は見えないのだ。何処かで見ている可能性もあるのだろうがここでイヴを手放すことで危害が加えられる可能性を危惧したのである。
「遂行者がいない理由というのは、貴女がファルベリヒトだからですか?」
揺蕩う魔素に指先が触れた。それは漆黒の泥へと変化して終焉獣達を呑み喰らう。もしくは、とアリシスの唇が動いた。
もしくは――遂行者が終焉獣の存在を危惧している、か。ファルベリヒトほどの存在を扱うのだ。遂行者の中でもそれなりに位の高い存在であるならば『自身達とは別口の滅びの存在』に対してどの様に考えて居るかは計り知れない。
「……」
「黙っていらっしゃいますが、イヴさんには手出しはさせませんよ」
正純はぎり、と弓を引き絞った。星をも射貫く一射は鋭く終焉獣等を穿つ。しかし、ひしひしと感じられる不審な気配が妙に心をざわめかせるのだ。
「……まるで反転しているかのような雰囲気。それに、あの積荷も嫌な予感がします。
あれが広まれば、タダでは済まないでしょう。確実に破壊します。そうしなくては――」
彼等の言う滅びがやってくるのだろうか。遂行者達『天義から遣ってきた者達』の手であるか、それとも別口であるか。
正純が一度視線を送れば『情報屋』として活動を始めたばかりのイヴは「終焉獣と、ファルベリヒトは別物だ」と冷静な声音で言った。
「それは、違う存在だから。だから、遂行者っていうのは手出ししてこないと思う。ファルベリヒトが私を追ったのは、屹度――」
「そう」
「「私達が同じものだったから」」
その言葉に正純はキドーを呼んだ。イヴを頼みます、と。ファルベリヒトが何か仕掛けてこないとは限らない。
歪な願望器。その歪んでしまっている性質がどの様に働くかは――
(足りないからこそ、ってことかよ?)
キドーはファルベリヒトとイヴの双方を見遣った。心臓(イヴ)は守人だ。だが、同時にファルベリヒトから分かたれたパーツの一つでもある。
その名前の通り、彼女は心であったのだろう。だからこそ、ファルベリヒトという『本来は消え失せたはずの大精霊』はイヴに反応して追掛けてきたのだろう。彼女が国境沿いにいたのは偶然のこと。だが、彼女が狙われたのはある種の必然であったのだろうか。
「残念ながらイヴ君もラサの人間なのでね。手を出せばこわいおにいさんたちが居るらしい。
その辺りのーたっちだが、なんぞ、こわい人間については『あそこの吸血鬼』の方が翌々知っているだろうが」
「ええ、よく知っている吸血鬼よ。ラサは怖い所なんだから……ねえ?」
ファルベリヒトは「ははは」と実にらしくない笑い声を漏した。
「それでも、歩き出してしまったら止らない」
「そう。仕方ないのね」
囁く――そして、走り出した。エルスの鎌がファルベリヒトへとぶつかり合った。その掌が弾く。
だが、それだけは終らない。ココでそれを打ち倒さねばならないと強く、強く理解したからだ。
「逃がしません、ファルベリヒト」
その名を呼ぶことは憚られたが、だが、呼んだ。それがファルベリヒトだというならば――『イヴ』を護る為に倒す決意をしておかねばならないからだ。
正純の矢を弾いたのはさらさらと落ちていく砂だった。いや、正確には弾いたわけではないのだろう。ファルベリヒトは致命者だ。傷付いては居るが、それでも手脚が拉げても動き回るのだろう。
正しく、紛い物の命を酷使し続ける有様だ。ロロンは「それは、本意ではないだろうね」と囁いた。
ああ、けれど。
「世界を、正して欲しいと言われた」
「そう」
「だから、ここまでやってきたというのに
ファルベリヒトがこてんと首を傾げる。蜷局を巻いた眸が苛立ちを滲ませていた。
サイズはファルベリヒトをその眸に映した。呑み喰らうが如く大口を開けた一撃。表情を変えないファルベリヒトは作り物めいている。
「どうして邪魔をするの? 世界は間違っているのに。どうして邪魔をするの?そうあるように求められたのに」
「世界は間違っている、修復しなければならない……か。
言いたいことはわかるし、夜の王戦の時から変わらない俺の願いは君達の企みに近いのかもしれないが……悪いが呼び声ばら撒きは阻止する!」
それが、愛する者を害する可能性があるとサイズは考えて居た。妖精達の言う桃源郷とは即ち死後の世界である。彼女達はそれを口にすることを畏怖し敢て美しい言葉で彩っているだけなのだろう。だが、死者を取り戻したいと願った己に呼応したら? ――冠位強欲の黄泉返りが再来するのだろうか。
(……油断なんかしない!)
鋭く睨め付けたサイズの視線の先で終焉獣が大地を蹴って走り寄ってくる。躙り寄る気配を前にフラーゴラはぴくりと指先を動かした。その眸は敵影を確りと捉えている。
「イヴさん、必ず守るわ! このゴタゴタが片付いたらしっかりと情報を届けましょう。
大丈夫よ、ラサは色々な強者が集まるところだもの。どんな情報を齎したって、なんだって返り討ちにしてやるわ!
ええ、終焉なんてなんのその、よ」
それがラサを生き抜いてきた彼女なりの激励だった。エルスが髪を揺らし前線へと走る。障壁を張り巡らせたエルスの背後からロロンが構える。
「周りも、やっかいだね」
キャラバンを護るように立ちはだかった長耳の乙女達。彼女達が支援をしファルベリヒトをより強固な存在に仕立ててみせるのだ。
「積荷を持って逃がしはしませんよ」
アリシスが囁いた。地を蹴って、愛無は複数の終焉獣を引き寄せる。「こっちだぜ!」キドーは鋭く終焉獣達を切り裂いた。
礫を投げればそれは膨れ上がった。キドーの『契約』に応じた邪妖精の攻撃が終焉獣達へと襲い征く。
「その積荷も不愉快だ」とサイズが囁いた。積荷を逃すわけには行かない。アリシスが一人ずつの対処を行って居る背を視認して、正純は直ぐに弓を構えた。
殺す為ではない、救う為に放つ。ラサの民であるとエルスが言ったように、それはイヴにとっても家族や友人でもあるはずだ。そんな長耳乙女達を殺したくはない。
「その手足が動かなければ無理は出来ないでしょう?」
故に、狙ったのは手脚だった。その足が崩れ落ちてしまえば、それらは無理には動けまい。逃げださんとした者達の意識を刈り取り、広がることをも阻止をする。
「こっちに戻ってお出で……!」
フラーゴラは鋭くキャラバン隊を睨め付けた。自身にも何か、嫌な気配が纏わり付いた。それが呼び声にも似た響きであると理解して鈴をりんと鳴らす。
(ワタシは絶対に帰るんだから――……!)
愛しい人を想って響かせたその音色。心を強く、眼前を睨め付けた。
ファルベリヒトへ向けて、アリシスが槍を振り上げた。美しく、そして端的に『命』を奪う一刺し。
ただ、それは肉を断ったよりも空虚な感覚だけを女の掌に残していた。
●
「世界は――もっと、―――」
やりなおさなくちゃ。致命者の唇が動いた。それがファルベリヒト当人の声であるのかさえも分からない。
だが、ロロンは首を振った。屹度、そんなことを言う『友人』ではなかったはずだ。願望器の一つでしかなかった大精霊が力を有し、そして消えていくまでの姿を見てきたのだ。
「役に立てていたよ」
人の手によって正しく『願望器』で有ることはロロンの本懐だった。故に、其れそのものを否定する事は無い。
崩れ去って泥のように消えていくファルベリヒトを見守って居たフラーゴラは唇を鎖したままその様子を眺めて居た。
共にイヴが立っている。背に寄り添う正純を前に、アリシスがゆっくりと踏み出した。ファルベリヒトだった『もの』の中に石ころが転がっている。
「……色宝の残り、か。確かにそれはファルベリヒトを核とするなら十分ですね。
能力を失ったかと思ったが……それでも欠片だけは残っていたか。それだけでも、こうして作り出せるというならば油断ならない能力でしょう」
ファルベライズ遺跡の中にはまだ痕跡があるのだろうか。遂行者達がどの様な細工をしたのかは定かではない。
「さて、積荷だ。持ち逃げはさせなかったからね。呼び声を出している可能性はあるが。
危険性がないならばラサの商品ギルドにでも回した方がいいだろう。何処から出てきたものか判明する可能性がある」
愛無がキャラバンへとゆっくりと近付けばキドーは「待った待った」と両手を振り上げた。
「俺的にはあんまり捏ねくり回さない方がいい気がするぜ。えんがちょ!」
キドーがそうした仕草を見せれば、サイズも緩く頷いた。確かに嫌な気配がするのは確かである。
「そ、それじゃあ……積荷を調べるよ」
フラーゴラが手を伸ばした時、その中から何かが消えていく気配がした。紙片の一つだったのだろうか、只残されていたそれは聖句が書かれているだけである。
「聖書の一節、でしょうか」
アリシスは焼け焦げて閉まっている紙片を眺めて居た。どの本なのか、というのはラサの商人達にイヴを通じて依頼すれば分かるだろう。
どうやら灼けた部分には何かしらが刻まれていたようである。それが何であるかは分からないが――その積荷が『可笑しな作用』を起こしていたことは確かだ。
遂行者の手の内はまだ探れないのだろうが、そうした品を用意してきた時点で彼等の動きが変化したとも考えられる。
「……これから、何か、動きがあるのかもしれない。ファルベリヒトが利用されたように。何か大きな動きが」
顔を上げたロロンは吹いた生温い風をその身に浴びる。決意した様子であったイヴは「それでも、行かなきゃ」と静かに言った。
彼女は終焉(ラスト・ラスト)との情報交換に自ら志願し、この砂漠を進んでいるらしい。
イレギュラーズが天義で冠位魔種と戦っている最中にも、この砂漠には終焉獣(ラグナヴァイス)は遣ってくる可能性がある。
「私は漸く、決意できたよ。戦う力を付けなきゃ。ロロンや正純、フラーゴラに心配を掛けないように」
ファルベリヒトを利用した何者かに対して腹が立ったのは確かだ。だが、それ以上に――
「もう、不甲斐ない私では居られないから。だから、……進まなくちゃ、ね」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。イヴは少しずつ前を向いています。
GMコメント
●成功条件
・『呼び声を発する積荷』の破壊
・致命者『ファルベリヒト?』の撃破
●フィールド情報
ラサの砂漠です。何もありません。強いて言うなら時々サボテンがある程度です。灼熱の砂漠となります。
イヴが後方から追掛けてくる致命者達から逃げている場面遭遇します。
このシナリオは偶然イヴを見付けたという状況になりますので事前準備とは出来ません。
キャラバン、終焉獣 → 致命者 → イヴ ←イレギュラーズ
上記のような位置状況となります。
●エネミー
・致命者『ファルベリヒト?』
イヴとそっくりな顔をしている大精霊ファルベリヒトのような外見をした致命者です。ですが、本人ではありません。
どうやら、ファルベライズに残っていた精霊の欠片を使用して造り上げたようです。
歪に願いを叶える能力を有しています。詳細は不明ですがそれなりに堅牢で強力なユニットと言うべきかも知れません。
・終焉獣(ラグナヴァイス) 5体
ファルベリヒトの背後から遣ってくる知性の無い獣達。滅びの気配をさせており、呼び声を発しています。
弱々しい呼び声ですのでイレギュラーズからすると「気持ち悪い」と感じるようなものでしょう。
個体によって能力が違います。回復する者も居れば、攻撃特化もおります。
・キャラバン隊、レナヴィスカの傭兵 各5名
狂気に駆られている様子が見られる傭兵やキャラバンです。積荷を護るように位置しています。
不殺によって凶器を払い除けることが出来ますが、レナヴィスカの傭兵達は連携が取れており厄介な敵です。
キャラバンもソレなりに自衛が出来るようですが、レナヴィスカの傭兵達と比べればその強さは劣ります。
レナヴィスカの傭兵達は弓や魔法を得意としており、近接での戦闘は不慣れである様子が見受けられます。
●NPC
・イヴ・ファルベ
イレギュラーズの友人。パレスト商会の専属情報屋。元・大精霊ファルベリヒトの守護者。
今は精霊種の少女です。戦闘能力はほぼ消失しているので今は逃げている最中です。出来るだけ早く情報をファレン達に届けることを望んでいます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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