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シナリオ詳細

<祓い屋・外伝>君が生まれた日

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 此処に来るのは何年ぶりだろう――

 朱色の鳥居を潜った『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)は懐かしさに目を細めた。
 再現性京都にある深道本家、その奥まった場所に『煌浄殿』はある。
 叔父である『煌浄殿の主』深道明煌(p3n000277)が管理する呪物たちの住処。

「昔はよく忍び込んで遊んでたなぁ」
 燈堂を継ぐ前は明煌と仲が良かった。
 年も三歳差と近く幼馴染みで兄で親友のような存在だった。
 明煌も自分を大切な親友だと想っていてくれるだろうと感じる、幼く純粋な関係性。
 けれど、今は殆ど連絡もしない。
 それどころか、お互いが胸にしこりを残している。
「向き合わないとなぁ……」
 暁月は小さく呟いて三の鳥居を潜って煌浄殿の神域へと足を踏み入れた。

 懐かしい匂いがする、と『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)は夢うつつの状態で目を擦る。
 廻にとって安心できる手の温もりが額に触れて、無意識にそれに縋るように頭を寄せた。
「おや、起こしてしまったかい?」
 何時もより『優しい口調の明煌』に廻は数度瞳を瞬かせる。
 布団から身を起こす為に背中を支えてくれる相手に廻は顔を上げた。
「え、暁月さん……? どうして、ここに?」
 自分を支えたのが明煌ではなく暁月だと気付いた廻は目を見開く。
 煌浄殿に居る筈の無い暁月に驚いたのだ。

「もうすぐ君の誕生日だろう? お祝いを持って来たんだ」
「わ……、ありがとうございます! そっか、誕生日……もっと先だと思ってました」
 廻は枕元のスマホを手にして日付を確認した。
「ほんとだ。もうこんなに経ってる。最近、すごく眠くていつの間にか寝ちゃうんですよね」
 へへっと笑った廻の手首の細さに暁月は息を飲む。
 消えそうなほど薄く儚い体躯。両手足は動かず体温調節もままならない。視力も落ちているらしい。
 それでも無理に笑おうとする廻を撫でてから、暁月は彼にプレゼントの袋を渡した。
「開けてごらん」
「これは……」
 柔らかな毛並みの猫のぬいぐるみ。
 廻が手で撫でればそれだけで不思議と穏やかな気持ちになる。
「私の魔力を込めてあるからね……君にとっては安眠枕みたいな感じかな?」
 ぎゅうと抱きしめれば急撃に眠気が訪れる。
「ほんと、ですね……眠たくなってしまいます。でも怖く、無い……のはいいです、ね」
 かくんと意識を落した廻を支える暁月。
 頬に触れれば少し体温が高い。暁月が来て高揚したのだろう。
 そっと廻を布団に戻した暁月は、心配そうに後ろで様子を伺っている青年達に振り返った。

「君達が廻のお世話をしてくれてるのかい?」
 慣れた手つきで廻の額に濡れタオルを置く青年に暁月は目を細める。
「はい。僕は実でこっちが真です。空っぽだった僕らに廻さんは沢山の優しさをくれました。
 廻さんが居てくれたから僕らたちはこうして人で居られるんです。そうじゃなかったら、もう不要なものとして消されていたかもしれません」
「だから、廻の身の回りの世話は俺達がやってるから。あんたは安心してほしい」
 実と真を見つめて暁月は安心したように頷いた。
「そっか……あまねがしゅうの元へ戻ったと聞いたから廻は寂しいんだと思ってたけど、君達や明煌さんが傍に居てくれたんだね。ありがとう」

 暁月は真と実に「廻をお願いするね」と言い残して本殿の外へ出る。
 この煌浄殿の主にまだ会っていないからだ。
「これは避けられてるのかなぁ……?」
 顎に手を置いた暁月は明煌を思い浮かべ「うーん」と首を傾げた。
「少し寂しげな場所で、でも近くに居る……はず」
 煌浄殿の神域の中を暁月はゆっくりと辿る。
 白灯の蝶が目の前を横切って、まるで付いて来いといわんばかりにふわふわと浮遊した。
 導かれるまま本殿の裏手に回れば人の気配がする。

「明煌さんそこにいるのかい?」
「……居ない」
 無愛想な明煌の物言いに暁月は眉を下げた。
「居るじゃないか。なんで避けるのさ」
「いや、煙草吸ってただけやし……廻の前で吸われへんから」
 吸っていた煙草を灰皿に置く明煌。
 木製の長椅子に腰掛けた明煌の隣に暁月は座りこむ。
「私も吸おうかな?」
「……止めたんじゃないの?」
 吸わない方が良いと明煌は暁月へと首を振った。
「心配してくれるんだ? ふふ、良いじゃ無いかたまには……ね?」
 まだ自分のことを心配して、タバコを止めてくれる人が居ることに暁月は目を細めた。
 渋い顔をしながらも暁月のおねだりを断れない明煌は煙草の箱を差し出す。
 火を明煌の煙草から貰った暁月は、明煌が昔よく見た渋い顔をしていると笑みを零した。



 ――――
 ――

 紫煙の向こうに見える空に、二羽の鳥が仲睦まじく飛んでいる。
 何処までも飛んで行ける彼らが羨ましいと暁月は目を細めた。
 きっと昔みたいに、何でも分かち合えるはず――
 煙草を吸い終えた暁月は深呼吸をして、明煌へと向き直る。

「……ねえ、明煌さん。私は明煌さんと向き合いたいと思ってるんだけど」
 暁月の言葉に明煌は胆が一気に冷えた。嫌な感情が全身を覆うようだ。
 何をなんて聞かなくても分かる。
 きっと暁月は『獏馬のこと』を聞きたがっている。
 暁月の恋人だった朝倉詩織を殺す原因が獏馬だ。それ解き放ったのは明煌自身だった。
 けれどそれは暁月を想ってのこと。
 手助けをするべく送り出した獏馬が、まさか暁月に害を成そうとは。
「あれは……」
 何を言っても良いわけにしかならないような気がした。明煌は拳を握り締める。
「獏馬は明煌さんが寄越したの?」
「……」
「どうして黙ってるのさ。理由があるんだろう? 教えてくれよ。じゃないと、怖くて疑ってしまいそうになるだろう? 私は明煌さんを疑いたくない。だから……」
「俺が送り出した」
 送り出したのは言い訳でなく客観的な事実だ。きっとこの答えは間違っていないはずだと明煌は頷く。
「何で? どうして明煌さんは獏馬を……詩織を狙ったんだ? 俺が、ここを出たから?」
「……」
 完全に違うとは言い切れなかった。
 深道の当主になること――否、明煌を置いて出て行ったこと。
 その先で暁月が自分より大切な人を作った。それを排除したいと思ったことがないと言えば嘘になる。
 けれど、そんな事をすれば暁月に嫌われることなんて分かっている。
 人を無為に殺すことなんて望んでいない。
「黙ってないで答えてよ。じゃないと私は……」
 辛そうな表情を浮かべる暁月の顔がまともに見られない。
 お互いの胸がジリジリと焼け爛れるようだった。

「ねえ、応えてよ明煌さん! 応えてくれよ」
「……分からない」
「分からないって何だよ。何の為に詩織は死ななければならなかったんだ。なあ、教えてくれよ」
 暁月が詩織を亡くし、少しだけ浮上出来たのは廻が居たから。
 彼を護らなければという思いは少なからず暁月を救った。
 けれど、今度はその廻さえも消されようとしているのではないか。そんな疑念が暁月を掻きむしる。
「それに詩織だけじゃない。廻はどうなるんだ? あんなに痩せ細って……本当に浄化できてるのか?
 どんどん悪くなってるようにしか見えない!」
 暁月は明煌の胸ぐらを掴む。
 引っ張られて強制的に真正面から暁月の顔を見た明煌。そこには『赤い』瞳があった。

「やめてくれよ、なあ。やめろよ。
 これ以上、私から
 ――――大切なものを奪うのは止めてくれ!!」

 怒気を孕んだ真剣な表情。その上に泣きそうな瞳を暁月は揺らす。
 暁月の『大切な物の中』に、自分は含まれているのだろうかと僅かな思考が過った。
「……ごめん」
 何に対しての謝罪なのか。
 詩織の死についてなのか。
 それとも、『これから』廻の命が奪われることなのか。
 憤りが腹の奥から湧き上がるようだった。それでも暁月はぐちゃぐちゃな感情を抑え込んで言葉を紡ぐ。
「ごめんだけじゃ、分からない。話し合いをしたいんだ。理由があるんだろう? お願いだ教えてくれよ」

 暁月を救う為に、廻を犠牲にする。
 それを暁月に告げることなんて明煌には出来なかった。
 廻が助かる方法も無いように思えた。
 浄化を止めれば生命として死ぬ。神の杯になればその自我は消失し人間として死ぬ。
 暁月は廻を犠牲にする方法を良しとしない。
 自らがその後悔を抱いているからこそ、今度は全力で廻の命を救うだろう。
 たとえ、暁月自身の命が失われることになろうとも。

 痺れを切らした暁月が強い眼差しで明煌を睨み付けた。
 これは向かいあわねば先に進めぬ類いのものだ。
 此処で区切りを付けたいと口を開いたその瞬間、暁月は目の前が真っ暗になった。
「なっ!?」
 暁月が目を開いた次の瞬間には目の前には明煌は居らず、二ノ社に戻されていたのだ。
「どうして……」
 向かい合い先に進むことすら許してはくれないのかと暁月は唇をかみしめた。


 煌浄殿の一の鳥居の前で暁月はイレギュラーズに手を振った。
「やあ、よく来てくれたね」
「こんな所に呼び出すなんて驚いたわぁ」
 暁月の隣に並んだアーリア・スピリッツ(p3p004400)は何かあったのだろうかと横目で顔色を伺う。
「まあでも。今日じゃないと意味がないものねぇ」
 アーリアの言葉に暁月は「ありがとう」と応えた。
「廻君の誕生日だからねぇ……」
 シルキィ(p3p008115)は手にした紙袋を愛おしそうに握った。
 袋の中には廻に渡す小さなプレゼントが入っている。

「しかし、廻君の体調は大丈夫なのかね?」
 恋屍・愛無(p3p007296)の問いかけに暁月は視線を落した。
「お世話役の真と実に聞いたけど、両手足が動かないそうだ。体温調節もままならず、視力も低下している。生命力を温存しようとするのか、一日の大半を眠っているらしい」
「それは、大丈夫ではないのでは」
 アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は素直な意見を零す。
「そうだね。大丈夫だとは言えない。でもね、きっと君達が来てくれると嬉しいと思うんだ」
 補助具無しでは手足も動かせず、気付けば眠りに落ちている。
 時間の感覚はあやふやになり、感情が死んでいくだろう。
 だから少しでも楽しさや嬉しさを感じてほしい。それが暁月の考えなのだ。

「まあ、廻くんが喜ぶなら何でもいいけど……」
 暁月からの頼みだからではない、廻の為なのだとラズワルド(p3p000622)はそっぽを向く。
「一つ聞きたいんだけど、お酒は大丈夫なの?」
「廻はお酒が好きだからね。多少だったら構わないよ」
 ふうん、と目を細めたラズワルドは持って来た酒が無駄にならずに済んだと安堵した。
「僕も何かプレゼントも用意しようって思ったけど」
 杜里 ちぐさ(p3p010035)はどうしようかと暁月を見上げる。
「食べ物とかは食べるの苦しいと思うし、お花とかは世話が大変かにゃ? って……」
「君達と楽しく過す時間が何よりのプレゼントだと、私は思うんだ」
 暁月の言葉にちぐさとメイメイ・ルー(p3p004460)は微笑んだ。
 この前のように編み物や縫い物なら、短い時間でも少しずつ進められるかもしれないとメイメイは裁縫道具を持って来ていた。ぬいぐるみの服を作るのは良い案かもしれないと暁月はメイメイに微笑む。

「暁月は行かないの?」
 チック・シュテル(p3p000932)は暁月へと視線を上げた。
「私かい? いや……それがどうも明煌さんに嫌われてしまってね。追い出されてしまったんだ。
 ちょっと焦りすぎたんだと思う。昔の感覚で甘えてしまったのかもしれないね。反省してるよ。
 でも君達なら追い出される事は無いと思う。私の代わりに廻の誕生日を祝ってきてくれるかい?」
 暁月は僅かに寂しげな瞳で微笑んだ。


GMコメント

 もみじです。廻のお誕生日パーティを楽しみましょう。
 明煌とお話したり、暁月とお話したりでも大丈夫です。

●目的
・廻のお誕生日祝い
・明煌とお話したり、暁月とお話したりでも大丈夫です(追記)

●ロケーション
○煌浄殿
 再現性京都にある深道本家。
 母屋から少し離れた場所にある『煌浄殿』です。
 強力な夜妖等が封じられています。
 一の鳥居、二の鳥居、二ノ社、二ノ社社務所、三の鳥居、本殿等があり、基本的に明煌の許しが無ければ立ち入る事は出来ません。
 明煌と廻、真と実(廻のお世話役)が(神域/本殿)に住んでいます。
 本殿には禊の蛇窟があります。とても危険な夜妖も封じられているという噂です。
 また、三の鳥居の中(神域/本殿)には明煌の案内無く立ち入る事は出来ません。
 無理矢理立ち入った場合、狭間に迷い込み戻れなくなるという噂です。

 今回は『二ノ社の社務所』でのお誕生日パーティです。
 呪物達が張り切って飾り付けをしました。
 襖を開け放って広くしています。
 大きなソファがあり、廻はそこへ座っています。ふかふかです。
 目の前にはお客様をもてなす料理が並べられています。

●NPC
○『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)
『泥の器』にされてしまい穢れた状態です。
 浄化の影響で体力が無くなっているようです。疲れやすく熱をよく出します。
 呪物が作る花蜜で栄養を補っています。
 とうとう両手足がうごかなくなりテアドールの補助具をつけています。
 一日の大半を眠って過ごしているようです。

 ソファに座って嬉しそうにしています。
 友達が来てくれて嬉しい気持ちは本当ですが、
 今の自分の状況に泣きそうなぐらい不安を抱えています。
 普段は「大丈夫」と笑顔を見せますが、そんな余裕が無い程に憔悴しています。
 怖いと吐露するでしょう。
 また、時々意識が途切れるように寝てしまいます。

○『煌浄殿の主』深道 明煌(p3n000277)(みどうあきら)
 禊の蛇窟がある煌浄殿の主です。
 煌浄殿は廻の泥の器を浄化する場所でもあります。
 呪物となり煌浄殿に入った廻は明煌に逆らえません。

 暁月の事を愛しています。
 それ故に、暁月を燈堂の呪いから解放したいと願い葛城春泥の計略に加担しました。
『赤の他人だった』廻なら犠牲にしても構わないと思っていました。
 けれど、今は廻を大切だと思っていて、後悔しています。

 どうやら暁月と喧嘩をしたようです。
 しょんぼりしているように見えます。

○真と実
 あまねの代わりと称して連れて来られた青年二人。
 夜妖憑きだったが、人格と記憶を奪われてしまいました。
 情緒を取り戻す為に廻の傍に付き人として預けられました。
 浄化の儀式で心身共に疲労している廻のお世話をします。
 廻を親のように慕っています。

○葛城春泥
 深道の相談役で明煌の祖母(母の養母)にあたる人物。
 廻を泥の器にした張本人。
 様々な所で暗躍をしている怪しいひと。
 パーティには参加しませんが、墓参りがてらこっそり様子を見に来ています。

○呪物たち
 煌浄殿には様々な呪物達が居ます。
 関係者をお持ちの方は登場させることが出来ます。

○『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)
 希望ヶ浜学園の教師。裏の顔は『祓い屋』燈堂一門の当主。
 記憶喪失になった廻や身寄りの無い者を引き取り、門下生として指導している。
 精神不安に陥り暴走しましたが、イレギュラーズに救われ笑顔を取り戻しました。
 廻が煌浄殿へ入ったので、少し寂しい思いをしています。

 現在、明煌が拒否しているので煌浄殿の中に入る事ができません。
 一の鳥居の外に居るか、本家の実家に顔を出しているようです。

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●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

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以下は物語をより楽しみたい方向け。

●祓い屋とは
 練達希望ヶ浜の一区画にある燈堂一門。夜妖憑き専門の戦闘集団です。
 夜妖憑きを祓うから『祓い屋』と呼ばれています。

●これまでのお話
 燈堂家特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/toudou

  • <祓い屋・外伝>君が生まれた日完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年06月17日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談4日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

(サポートPC15人)参加者一覧(10人)

ラズワルド(p3p000622)
あたたかな音
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
武器商人(p3p001107)
闇之雲
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りと誓いと
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
シルキィ(p3p008115)
繋ぐ者
観音打 至東(p3p008495)
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
杜里 ちぐさ(p3p010035)
明日を希う猫又情報屋

サポートNPC一覧(3人)

燈堂 廻(p3n000160)
掃除屋
燈堂 暁月(p3n000175)
祓い屋
深道 明煌(p3n000277)
煌浄殿の主

リプレイ


 静かな風に乗って新緑の匂いが鼻腔を擽る。
 深道本家の煌浄殿の周りは視界を遮る様に鬱蒼とした木々が敷き詰められていた。
 整えられてはいるが、何処か寂しげで近寄りがたい印象を与えるだろう。

『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は一の鳥居の前に居る『祓い屋』燈堂 暁月(p3n000175)へと声を掛ける。
「こんにちは、暁月さん。ヨゾラだよ」
「久し振りだね」
「暁月殿」
「ヴェルグリーズも来てくれたのか」
 手を振って近づいて来る『約束の瓊剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)に同じように返す暁月。
「明煌殿から追い出されたんだって? 何があったか聞いてもいいかな?」
 詳しく聞きたいと問うヴェルグリーズにヨゾラも頷く。
「気に障る事を言ってしまったかなぁ? 同じ話でも聞き方によって反応は違うからね」
「俺もね、明煌殿が何に苦しんでいるのか聞いてみたんだけれど、むしろごめんって謝られてしまってね……なかなか難しいよね」
 考え込むヴェルグリーズと暁月にヨゾラは視線を上げた。
「深道明煌と向き合うなら……君と明煌と、各々が信頼できる人達と一緒に話す方が良い」
「ふむ?」
 ヨゾラは「でもね……」と小声で暁月の耳元で囁く。
「葛城春泥だけは絶っっっっ対に駄目。あれが元凶だ」
 正直な所怖いのだとヨゾラは視線を落した。廻の誕生日に『何かが生まれる』気がしてならない。
 嫌な予感が外れますようにとヨゾラはぎゅっと指を握った。
「暁月殿、良ければ明煌殿へ手紙を書く気はないかい? 焦りすぎたと思うならそのフォローは必要だと思うし。何よりお互い冷静に気持ちを伝えられるかもしれないだろう?」
「手紙かぁ……いいかもね」
 ヴェルグリーズが差し出した小さな便せんに、暁月は数行の文を書いて返す。
「じゃあ、これを渡してくるね」
「ああ、お願いするよ」
 暁月は微笑むヴェルグリーズに手を振って送り出した。

「追い出されちゃったかわいそーな暁月さん。廻くんに伝言があれば白猫便がお届けするけど?」
 暁月の隣に立った『傍に寄りそう』ラズワルド(p3p000622)は金青の瞳で彼を見上げる。
 今日の主役は廻だ。その前の大きなお子様のお守りも大変だっただろう。
「そうだねぇ。お誕生日おめでとうと来年は一緒にお祝いしようねと、伝えてくれるかい?」
 辛い事に向き合うという決意に敬意を表してラズワルドは素直に「わかった」と頷いた。
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は暁月から、微かに『するはずのない』煙草の匂いを感じ取る。眉を顰め彼の横顔へ言葉を紡いだ。
「……煙草、やめたんじゃなかったの?」
 一年前、追い詰められている時でさえ吸わなかった煙草。
 それをまた吸うようになってしまったのかとアーリアの胸に不安とやるせなさと。
 追い出した男への怒りが滲む。
「そうだねぇ……あの時は吸わない事に意味があった。詩織が居ないことを胸に刻みつけていた。でもね。君達と出会って、君達が正しい道へ導いてくれて、心が軽くなったんだよ。だから、願掛けみたいな煙草を吸わないことももう必要無くなった。『どちらでもいいもの』に変わったんだよ……まあ、吸わない方が健康にいいけどね」
 暁月の心の在り方を変えたのはアーリアたちだった。
 それは暁月にとって紛れもない『救い』であっただろう。
 聞きたくないことと向き合う、その勇気を暁月に与えたのはイレギュラーズだ。
 だからこそ、向き合わない明煌への怒りがアーリアの中に募る。
「行ってくるわね」
「ああ、廻をよろしくね」


 煌浄殿二ノ社の社務所へと足を踏み入れた『ご馳走様でした』恋屍・愛無(p3p007296)は、大きなソファに座る『掃除屋』燈堂 廻(p3n000160)を見つめる。
 連れ立って入って来た『陽だまりの白』シルキィ(p3p008115)と共に廻を真ん中にして左右に腰掛けた。
「ふふ、何だか久し振りだねぇ……三人でこうやって過ごすの」
「そうですね」
 一年前の冬には、よく炬燵でお喋りをしていたとシルキィは目を細める。
「最近はね、学園はプール開きがあったよ。夏が近づいてるねぇ」
「ふふ、紫陽花とか見に行きたいですね」
 細くなった廻の横顔を見ながらシルキィは以前のように、血で生命力を分けられないかと考える。
 廻が心を通わせるシルキィと愛無なら分け与える事は可能であろう。ただ、シルキィが推察する通り、細い糸の上に立っている状態の廻では調整が難しい。
「廻君、これプレゼント。ムーンストーンをあしらったネクタイピンだよぉ」
「わ、ありがとうございますっ」
 今は着けられない贈り物だけれど、未来のためにシルキィはこれを選んだのだ。
「これを付けた姿が見られるって、わたしは信じてるから」
 ほろりと廻の頬に零れる涙を掬い上げてシルキィは微笑む。楽しい気分で居たいのに、溢れる涙は不安の表れだった。シルキィはそっと廻を抱きしめる。
「……怖がらないで、なんて言わない。わたしだって、怖いもんねぇ。けれど、キミを抱きしめて、怖さや辛さを分け合うことはできるから……」
 家族を慈しむように愛無は二人をまとめて抱きしめた。
「廻君、『この程度』の事は、これまでにクリアしてきた事だし。これからもクリアしていく事にすぎない。だから君は何も心配しなくていい。今はゆっくり休めばいい」
「愛無さん……」
「次に君の目が覚める頃には、『僕』が全部何とかしておくさ」
 シルキィと愛無の優しさは廻にとって安心出来るものなのだろう。

「廻くんお誕生日おめでとう」
 アーリアは廻の頭を撫でてプレゼントを手渡す。
「甘いお酒で造られたゼリーよ。また酔い潰れて酒瓶を抱えて寝る廻くんが見たいわぁ」
「ありがとうございます。アーリアさん、また一緒に飲みましょうねっ!」
 涙を拭いた廻は「えへへ」と笑ってみせる。
 愛無とシルキィに廻を任せ、アーリアは「じゃあね」と手を振った。
 彼女にはやらなければならない事があるのだ。
「お誕生日おめでとう、廻の旦那」
 ふわりと廻の前に現れたのは『闇之雲』武器商人(p3p001107)だ。
「喜んでくれるかは分からないけど、カピブタめざましを用意したんだ」
「目覚まし?」
 こてりと首を傾げる廻に武器商人は微笑んでみせる。
「うん、目覚ましとして使わずとも、子カピブタの部分はしっかりとぬいぐるみになってるから触るだけでも癒しになればいいなって」
 触り心地の良いぬいぐるみ目覚ましを抱え、廻は「ありがとうございます」と目を細めた。

『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)は呪物であるカオルの元へ足を運んでいた。
 何時もより賑やかな社務所の様子に迅は目を瞠る。
「何と今日は廻殿のお誕生日! おめでとうございます!!」
 最近はあまり体調が優れない廻を心配そうに見つめる迅。
「なに、まだまだこれからです。こんなに沢山の人が廻殿を想っているのですから、きっとすぐ元気になることでしょう。ならなかったら何かすごい薬草でも取って来ます」
「ふふ、ありがとうございます」
 くすりと微笑んだ廻に迅は胸を撫で下ろす。
 その隣にはヴェルグリーズが優しい眼差しを向けていた。
「廻殿、お誕生日おめでとう。キミがいてくれることで幸せになれる人間がたくさんいるんだ
 早く元気になって皆に囲まれて笑い合おうね」
「はい、僕とても嬉しいです」
 廻の朗らかな笑顔を見つめ、『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)は目を細めた。
 楽しい雰囲気を壊さないよう、心配している気持ちは余り表には出さないように気遣うチェレンチィ。
 チェレンチィの視界に『優しき笑顔』山本 雄斗(p3p009723)の姿が現れる。
「くっ、今日が廻先輩の誕生日だったなんて知らなかったからプレゼント用意してなかったや」
「来てくれただけで、嬉しいですよ雄斗さん」
 元気になったら快気祝いに物凄いプレゼントを用意すると意気込む雄斗に廻は嬉しそうに笑う。
「なので今日はプレゼント用意出来なかった愚かな後輩を罰すると思って何でもお申し付けください」
「ええ……っ」
「それと一応僕はヒーローだから先輩も困ったら呼んで下さいね、遠慮は無用人を助けてこそのヒーローですからむしろ、身近な人を助けられなかった方が100万倍悔しいんですから」
 元気な雄斗の声に、廻の心の中がじんわりと温かくなる。
「改めて廻先輩、誕生日おめでとうございます」
「廻さん……お誕生日、おめでとうございます。みゃー!」
 雄斗と一緒に廻の前に顔を覗かせたのは『祈光のシュネー』祝音・猫乃見・来探(p3p009413)だ。
 両手足が動かなくなったという廻は、何処か弱っているように見える。それが祝音には辛かったのだ。
 けれど、できるだけ楽しい時間を過ごして欲しいから精一杯の笑顔を向ける。
「誕生日プレゼントはね、猫さんのお守りだよ。廻さんを守ってくれますように。みゃー」
 きっと廻は祝音や雄斗の前で弱音を吐くことは無いのだろう。
 自分より幼く見える子供達にこれ以上の心配を掛けたくないという思いだ。
 魂すら消えかねない廻の現状に、祝音は何が出来るのかと考え込む。
 きっと手立てはあるはずなのだから。

「……そっか。廻の状態は前よりも……良くない状態に、なってるんだ」
『白き灯り』チック・シュテル(p3p000932)は悲しい色を浮かべる暁月と明煌の顔を脳裏に思う。
「おれも不安……思う、けれど。きっと一番……怖いと感じてる、のは。廻自身の、筈。誕生日は……年に一度の、大切な日。暗い気持ちを忘れるくらい、幸せで……満たしたい、思う」
 ぐっと拳を握ったチックは二ノ社の社務所へと足を踏みいれる。
「お久しぶり……廻、明煌。チック、だよ。真と、実も……前にお菓子作り、一緒にした時以来……かな」
「チックさん、来てくれてありがとうございます」
 ふわりと微笑む廻たちにチックは一先ず胸を撫で下ろした。
「呪物達も……いつも通り、元気そう。このお部屋の飾り付け……皆でしたん、だよね。……凄い。
 ……何だか、変わった飾りが混ざる、してる様な……気のせい?」
 呪物達の感性は人間とは違ったものも多い。変な文字が書かれた札を見つめチックは首を傾げる。
「廻……お誕生日、おめでとう。こうして……皆と一緒に祝う、出来て。とっても嬉しい。おれからは今回、歌のプレゼント……したい。暖かな、心安らぐものを」
「わあ、嬉しいです!」
 チックの旋律は美しく、それだけで広間の雰囲気が和むのだ。

『刹那一願』観音打 至東(p3p008495)は祝いの席に武装は不要だと刀を預ける場所を探していた。
「んんー……うちのマジ妖刀ですし……」
 思い悩む至東の肩をつんつん叩くのは二ノ社の社務所に住む胡桃夜ミアンだった。その後ろには実方眞哉が見守るように寄り添っている。
「預かる?」
「ミアンは夜妖だから問題無いぜ」
「そうですか、ではお願い致します。有事際は私の元へ」
「うん」
 こくりと頷いたミアンは至東の刀を大事そうに預かる。素直で良い子そうなミアンなら大丈夫だと至東は目を細めた。

「謹んで、誕生日のお祝いを申し上げます」
「ありがとうございます」
 至東は廻には名を名乗らず挨拶だけに留める。廻とは初対面、ならば名前を覚える事が負担となると至東は考えたのだ。まだまだ沢山のイレギュラーズが此処へやってくるだろう。
「燈堂で暁月さんが大変な事になった時、来てくれましたよね至東さん」
「おや、覚えておいででしたか」
 確かに廻達を護って至東は戦っていた。多くのイレギュラーズの一人として。その時も名を名乗らずに居たのだが。自分達を守る為に戦ってくれた人たちにお礼がしたいと思っていたと廻は微笑む。
「美味しい料理もありますから、是非食べていってくださいね」
「ではお言葉に甘えまして」
 宴席の料理に手を着ける至東。どのような料理があるのかと楽しみにしていたのだ。
 観音打ではない『お家』の料理を食べる機会はそんなに無い。メイド業は休んで久しいが、料理自体には興味があるのだと至東は笑みを零す。

「廻殿、誕生日おめでとう……生まれてきてくれてありがとう」
 手を握りながら『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は大事な友達へ言葉を紡ぐ。
 アーマデルにとって廻と結んだ縁は、今の自分を構成する大切な縦糸となっていた。
「来年は燈堂家で庭キャンしよう。今から計画を立てておかないとな? 当日突然サプライズしたら白銀殿の圧が凄い事になりそうだから」
「ふふ、そうですね。たき火とかしたら怒られちゃいそうです。あ、イシュミルさんも来てくれたんですね。ありがとうございます」
「体調はどうかな?」
 イシュミルはアーマデルから廻を見てやってほしいと言われていた。
 専門家がついているのではないかと問うイシュミルに「出来る範囲でいいから」とアーマデルはお願いしたのだ。
「廻殿は呪術と怪異絡み。そういうのは故郷でも医療技師ではなく聖女の管轄だと聞く」
 イシュミルは廻を見つめ考え込む。
(ヒトに混じった夜告鳥の血脈が聖女の系譜。
 故にあながち管轄外ではないが、あの地(故郷)であればの話)
 廻へボトルを差し出すアーマデルを見遣るイシュミル。
「胃薬で、胃にやさしい(やさしい)。それからこっちが最近流行りの逆さバンバン? とかいう魚のクッションで……顔がゆるい」
「サバカンピスピス……」
 二人の可愛らしいやり取りに、正しくは「サカバンバスピス」だとイシュミルは首を振る。
(『天を支えるもの』の説話に曰く。『より大勢で背負う』くらいしか思いつかないな)

「廻くん誕生日おめでとう!」
「茄子子さん……ありがとうございます!」
 元気な『嘘つきな少女』楊枝 茄子子(p3p008356)の声に廻はほっと胸を撫で下ろす。
「プレゼント買うの忘れちゃったからまた今度渡しにいくね!」
 ふかふかのソファに座った茄子子は「良い感じの弾力」だと笑みを零す。
 僅かな不安を滲ませる廻の手を握る茄子子。
「怖くない恐くない。手でも握ってあげるよ。あとは……そうだね、回復スキル掛けたげる。多分効かないけど、まぁ気持ちだけでもってことで」
 心配していることを顔に出さない、いつも通りの茄子子に廻は嬉しそうに感謝を告げる。
 尤も茄子子自身は真に廻の気持ちを慮っての行動では無い。その恐怖が理解出来ないからだ。
 されど殊更に、自分との違いを表に出す事が良いとは限らない。
 廻が安心して心穏やかになるなら、この場は過ごしやすいものとなるだろうから。
「んじゃ、また来るね」
「はい、またです」
 嵐のように去って行く茄子子の背を『ぬくもり』ボディ・ダクレ(p3p008384)は見つめる。
 廻の祝いと慰労にやってきたボディは彼の体調が芳しくないと推察した。
 時折苦しげに眉を寄せる姿から見るに、熱もあるのだろう。
 今日も力を振り絞ってこの場に居るに違いない。ならば、心配する素振りを見せる方が無粋だろう。
 全身全霊を以てお祝いをしなければとボディは廻の前に歩み寄る。
「誕生日おめでとうございます、廻様」
 指で口の端を引っ張って笑顔の真似をするボディ。
 上手く表情が作れないボディの、せめてもの『嬉しい』の意思表示だった。
「ふふ、ありがとうございます、ボディさん」
 ふわりと笑った廻の顔にボディは良かったと安堵する。
「貴方が生まれたことに感謝を。今日はいっぱい祝いましょう」
「はい。そういえば龍成は元気ですか?」
「ええ……今日は大事な試験があるとかで。来られないことを残念がってました。龍成の分まで私がお祝いしますから。だから、楽しみましょう」
 願わくば来年も再来年もこうして祝えるように。
 ――私の友人が健やかに過ごせる未来を、どうか、どうか

 チックは廻の傍へ寄って手を握る。
「……ねえ、廻。怖いと思ったり、誰かに打ち明けるのは……悪い事じゃないよ」
「はい」
 こくりと頷いた廻は眉を下げてチックの手を握り返した。
「おれも、廻の力に……なりたい。思う、から。もしも……『今の廻』が消えそうになったと、しても。
 おれ、何度も話す……しにいく。何度も、歌を紡ぐよ。
 これまでの優しい思い出と、今日の幸せな出来事を……失くさない為に」
 チックの優しさに廻はこくこくと頷き涙を流す。

『あたたかな声』ニル(p3p009185)は祝いの言葉と共に廻の元へとやってくる。
「お誕生日にはケーキだと聞いたのですけど。廻様はケーキは大変そう……?」
「そうですねぇ……少しだけなら?」
 ニルは無理させてはならないからと紙袋から水筒を取り出す。
「雨水様の冷たいお水、とかならいけますか? 廻様にって預かってきたのです」
「わあ、雨水さんのお水は美味しいですからね。ありがとうございます」
 コップに満たした水をストローで少しずつ飲む廻の両手足にはテアドールの補助具が着けられていた。
 魔力を帯びて光る紋様が廻の腕に巻き付いている。
 シジュウから廻の最近の様子をきいていたニルは心配でならなかった。
 けれど、今日は楽しい楽しい誕生日だから、笑顔を見せるニル。
 ニルは広間の隅に座る明煌の元へ近づく。
「暁月様はあとから来るのでしょうか?」
「……」
 ぺたりと明煌の前に座ったニルは眉を下げて縋るように視線を向けた。
「明煌様……廻様はよくなりますよね?」
「分からない……」
 嘘を吐いてニルを安心させる事もできたけれど、確証の無いことは明煌には言えなかった。
 その様子がしんどそうに見えて。ニルは笑って欲しいと明煌にケーキを差し出す。
「明煌様、ニルの持ってきたケーキをどうぞ」
 差し出されたニルのケーキを明煌は大きな口で食んだ。

「えへへ、廻さまは、わたしと数日違いなのですよ、ね。……お誕生日、おめでとうございます」
「じゃあメイメイさんのお誕生日会も一緒にしちゃいましょう!」
『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)の言葉に廻は楽しげに笑う。
 メイメイは大きなソファに座り、バッグから裁縫セットを取り出した。
 廻の傍らに置かれている暁月が送った猫のぬいぐるみのサイズを測って衣装を作るのだ。
「どんな服を着せましょう、か?」
「えと、可愛いワンピースですかね? あとは着物?」
 ズボンは難しいだろうかと考えてひらひらしたものを指差す廻。
「廻さまとお揃いの袴もいいです、ね」
「はいっ」
 型紙を指差した手をじっと見つめるメイメイ。少し前に一緒に裁縫をした手だ。
 もっと前にはお菓子やポプリを作ったり、海で遊んだり。
 沢山のことを一緒にしてきた手。
 こんなにも細くなって、とメイメイは廻の手を優しくさする。
 鈍い感触とじんわりとメイメイの温かさが伝わってきた。
「不安、ですよ、ね。泣いても、大丈夫です、よ。涙ぐらい拭ってあげられます」
「メイメイさん……」
 優しくされると直ぐに涙が零れ落ちてしまう。
 手足が動かない不安から感情の制御も下手になってしまった。
「……廻さまが元気になれるよう、わたしも、皆さまも願っていますし、方法も、考えてみます」
「ありが、とう……ございますっ」
 ひっく、ひっくと泣いてしまった廻の涙を拭ったメイメイは「大丈夫ですよ」と微笑む。
「このぬいぐるみの服を、完成させたら、また次の服を作りましょう」
 小さな約束を積み重ねることで『次』があると思える。
 そして、その『次の次』もあると思うことができる。
「来年も、その先も、廻さまのお誕生日、お祝いするんです」
 メイメイの言葉に廻は涙を流しながらこくこくと頷いた。

「廻、もっと弱ってるのが目に見えるのにゃ……」
 広間に顔を覗かせた『少年猫又』杜里 ちぐさ(p3p010035)はソファに座る廻を見つめる。
「って、僕がしょんぼりしたらダメにゃ、廻にお誕生日楽しかったって思ってほしいのにゃ!」
 嘘は良く無いことは分かって居るけれど。彼を元気づける為にとちぐさは拳を握った。

「廻、お誕生日おめでとうにゃ! 今日会えるって思ってなかったから嬉しいのにゃ!」
「ちぐささん……ありがとうございます」
 思いっきり抱きつきたい気持ちを抑えて、ちぐさはそっと廻を抱きしめる。
 ちぐさのあたたかさが、廻の肌に伝わって来た。
 その温もりを堪能したあと、ちぐさはそっと耳打ちをする。
「あのね、お手紙にも書いたんだけど……廻が元気になるための手がかりはほとんど掴めてるのにゃ」
「……え?」
「情報が漏れると困るし、ちょっと詳しくは言えないけど、でも廻は大丈夫にゃ」
 ちぐさの優しい嘘を廻は信じたのだろう。少し、表情が和らいで見えた。
「今は確かに苦しいだろうし、ムリせずに苦しいとか、つらいとか遠慮なく言ってにゃ? 廻は大切な友達だから、廻となら苦しいを半分こ出来たら嬉しいのにゃ!」
「はい」
 ちぐさを精一杯の力でぎゅうと抱きしめる廻。
 補助具がついているとはいえ、あまり力を出すことはできない。
 それでも、ちぐさの優しさに返せるのはこれぐらいしかないから。
「苦しいのが減ってきたら、復帰祝いとか楽しいこと考えるにゃ。その時もまた一緒にお酒飲んだり、他のみんなも……」
「楽しみですっ」
 朗らかに、安堵した笑顔を見せる廻をちぐさはじっと見つめた。

「廻くん、お誕生日おめでとー! かんぱぁい!」
 ラズワルドは廻にぎゅうと抱きついて、持って来たお酒を見せる。
「これは……」
「そうそう、繰切酒造の覇竜梅酒、竜石ブドウのワイン、覇竜ビールだよ。
 廻くんがいっぱいは飲めない分は……まぁ、僕が飲むし。ちょっとだけなら大丈夫でしょ?」
「はい!」
 いつもと同じようにラズワルドとお酒を飲むのが、今の廻にとっては癒しになるだろう。
「梅酒もなかなかイイ感じでしょ。でも快気祝い用にもちゃあんと残しとかないとねぇ」
「ふふ、美味しいです」
 そういえばとラズワルドは廻の顔を覗き込む。
「あの花蜜ってお酒割るのに使ったらどうなるんだろ……試しちゃう?」
「すごく、酔っちゃいますよ」
「試したことあるんだ?」
 ラズワルドの問いにこくりと頷く廻。花蜜と酒は相性が良く相乗効果があるらしい。
 甘い花蜜と酒に蕩けて眠ってしまった廻を回収したことは、一度や二度ではないと付き人の真と実が口を挟む。特に廻は酔いやすいのだろう。

「そういえば最近、少し味がわかるような気もしなくもなくもなかったりするんだよねぇ」
 廻のうなじを味見した時からだろうか。こてりとラズワルドの肩に寄りかかった廻の体温を感じながらそんなことを考える。
「ぅ、ん……あ、すみません」
「んふふ、酔うと眠くなっちゃうよねぇ……いいよ、無理しないで寝ちゃっても。今日は僕が膝枕してあげちゃおっかなぁ」
 廻の頭をそっと自分の膝の上に乗せるラズワルド。
「自分の誕生日なんてあんまりどうとも思わないんだけど、廻くんのは特別」
 頭を撫でながら自分のしてほしいことを廻にプレゼントする。
 ラズワルドは身体を倒し廻の頭を抱え込んだ。眠そうな廻の頭に頬をすりすりと擦りつける。
 それはまるで猫が示す親愛の仕草。とろんとした瞳で廻はラズワルドを撫でる。
「前にも言ったけどさぁ、僕の前では『大丈夫』なんて言わなくてもいいよ。肩肘張らない廻くんのあったかい音が、僕の安眠には必要なんだからねぇ」
「はい……」
「……生まれてくれて、生きててくれて、ありがと」
 今日くらいは素直な気持ちを紡ごうと思うのに、むず痒くなってラズワルドは笑ってしまった。


「……廻、寝ちゃったのかにゃ?」
 ラズワルドの膝枕で寝ている廻を覗き込むのはちぐさだ。
「……嘘ついてごめんにゃ……でも、僕が……
 僕も絶対廻の力になるにゃ、これは嘘じゃなくて約束にゃ……!」
 元気づける為の嘘は言ってしまったけれど。力になりたいという気持ちは本当だからとちぐさは廻の頭を撫でながら小さく呟いた。

『会えぬ日々を思い』紫桜(p3p010150)は社務所の広間に顔を見せる。
 誕生日祝いの言葉を伝える相手は、大きなソファで眠りに落ちていた。
「廻くん、誕生日おめでとう……ってあら、寝ちゃってる。ふふ、沢山の人に祝ってもらえてよかったね」
 そっと廻の頭を撫でた紫桜は指先に触れる髪の手触りを楽しむ。
「廻くん、こんなに憔悴しちゃって……浄化が完了しないと元通りになる事が出来ないんだね。人間は本当に面倒な物に縛られるな」
 紫桜には雁字搦めの呪いが廻を覆っているように見えるのだ。

 廻が眠りに落ちた事で、イレギュラーズは彼の体調を鑑みて席を立つ。
 その間の留守番を買って出たのは至東だった。
 何事かが起きることは無いであろう。それは至東自身も分かっている。
「ともあれconversationに出られる皆様の安心のため、念のため念のため……はっ!」
 何者かの気配に気付いた至東は部屋の廊下へと出た。
 そこには如何にも怪しい気配を醸し出すパンダフードの女が立っている。葛城春泥だ。
「此処にいると思ったんだけど、廻は……」
「廻君は、今、お転寝あそばされて御座いますゆえ。何卒、御静粛をお願い致します」
 至東は怪しい春泥を睨み付け、部屋の中へ通さないと立ち塞がった。
「おやおや、様子を見に来てあげたのに……」
 手を大仰に広げた春泥は目の前の至東に目を細める。
「これでも一応、お医者さんなんだよ。廻の様子も定期的に見てるしね」
「そうでありましたか」
 しかし、唯ならぬ気配を感じた至東は春泥をこれ以上、廻に近づけさせることは出来なかった。
「本日の所はお引き取りください」
「仕方ないなぁ。今日は帰るよ……近いうちにまた来るね」
 至東は春泥が社務所を出て行くまで警戒を続けた。此処へ初めて来る至東には春泥の言う事が真実かは判断出来なかったからだ。しかし、至東の行動は正しかっただろう。春泥はお祭りに乗じて悪戯を仕掛けるタイプの人間だからだ。小さな悪戯であれ其れが防げたのは至東のお陰だった。

 紫桜は去って行く春泥を見つめ考え込む。彼女が神を創りたいのだろうか、と。
「なら、俺の望みも叶えられるんだろうか。……またね、廻くん。今度は可愛い笑顔見せてね」
 眠ってしまった廻の隣に「桜模様のお守り」を置いた紫桜は春泥を追いかけて社務所を後にする。
 ゆっくりと参道を歩いている春泥に追いついた紫桜は彼女を呼び止めた。
「ねえ、人を神に変えられるのなら、神から人に堕ちた者を神にする事も出来るんじゃないだろうか。君は俺を神に戻せるんだろうか」
 振り向いた春泥は「うーん?」と首を捻る。
「元神様なんてこの世界にはいっぱいいるからね。ただ、現状だと君はこの世界が定義した神にはならないんじゃないかな。それに僕は人だからね。神様を創るなんてそんな大それたこと……」
 にんまりと笑った春泥は「じゃあね」と手を振って紫桜の元から去っていく。

「さて……」
 廻が眠りに落ちたのを見守った愛無は二ノ社の社務所を出た。
「『めっ』ってしないといけないからな」
 約束は守る。それが、『傭兵』というものだから。
 匂いで分かってしまうのだ。『あいつ』が何処にいるのかなんて。
「だが是非も無い。道化は踊る。それが『僕』の役割だ。ならば精々踊るとしよう。『役割』を果たさねばなるまい……なあ、そうだろ?」
 愛無は二ノ社の外を出口へ向かって歩いて居る春泥に追いついた。
「あんたがラサで僕らを助けた。それは結局、僕らのためだったのだろう?」
「えー、どうかな?」
 ひらりひらりとつかみ所の無い返答は想定内だと愛無は春泥を見つめる。
「『あんた』って言う『イレギュラー』の存在はヨハネも無視はできまい。なぁ?」
「……何にせよ面白い方が良いじゃないか。それはお前だって分かるだろ?」
 袖から伸びる大きな手を愛無に向ける春泥。
「あんたの『幸せ』は『今』にしかないのか? あんたが立ち止まれば、あんただって『幸せ』ってヤツを掴めるんじゃないのか?」
 愛無の言葉に春泥は数度目を瞬かせる。
「ふむ?」
 興味深いと言わんばかりに愛無の言葉に耳を傾けた。
「僕は『化物』だ。『ごっこ遊び』をしてるだけの。何処までいっても、ただの「化物」だ。最後には喰い尽すだけの、ただの化物。僕は……僕は……ただの『化物』なんだ!」
 愛無の声が石畳に響いて、遠くで鳥が羽ばたく音がする。
「あんただって解るはずだ。あんたが造った……あんたが造ったんだ! ――そして、捨てた!!」
 この満たされない飢えが解るのだろうか。
 ただ喰い散らかすだけのバケモノの慟哭。
「『友』を喰らい! 『師』を喰らい! そして『仇』を喰った! 満たされたと思うか!」
 どれだけ、何を喰らっても飢えは満たされない。
「残るのは、ただ『飢餓』だけだ。お前が造ったんだよ! お前が! お前が! 僕を!」
 こんな風に作った。

 ――愛していないくせに。
「愛してなんかいないくせに! 捨てたくせに!」
 誰も自分を愛してなんかくれないと愛無は力の限り叫んだ。

「……殺したら、可哀想だって思ったんだよ」
 実験体を何度も何度も殺してきた春泥が。
 この先『生まれない』であろう『最後の我が子』に一雫の情をかけた。
 結果、愛無は研究所の外へ出され山を彷徨った。
「死んだら、それまでだし。生きてたら、まあ……強いのかなって」

 愛無は何か言いたげに唇を震わせ、それから歯を食いしばった。
「誰も『僕』を愛さない! 僕は『化物』だ」
 だが、それも如何でもいいと思えた。愛無が大切にしているのは優先順位。
「僕を『神の器』にしろ。このまま「彼ら」を喰い物にするなら座標の妨害は必至だ。だが僕なら問題あるまい。利害の一致だ。僕は『家族』だけは幸せになってほしい」
 其処に自分が居なくとも、幸せになってほしい。
 それに、今は――あんたも其処にいるんだ。

「ううん。それは出来ない相談だね。廻を犠牲にするために、僕はネクストの開発段階であの子とクロウ・クルァク、白鋼斬影を組み込んだ」
「どういうことだ」
 ROO開発の研究員である葛城春泥は自身の目的の為に、仮想世界でシュミレートをしたのだろう。
 現実世界で起こりえない。繰切自らが語る『離却の秘術』の取得方法を。
「僕には願いがあるんだ」
「神の母になるとかいう戯言か」
「それもあるね。僕は欲張りだからさ。どっちも欲しいんだよね。だから廻はその為に『準備』した。深道の血に逆らえないように改造して、従順に従うように作り替えた。その時の記憶だけ抜いてね? 残ってたら可哀想だし。ほら真と実みたいにさ」
「は?」
 にんまりと、春泥は妖怪みたいな笑みを浮かべる。
「夢を渡る獏馬がのこのこと公園に出て来て、其処へ偶然にも妖刀無限廻廊の鞘と成り得る人間が現れる確率って……何れだけのものなのだろうね? 僕からしたら愛無の方が『優先順位』が高いんだよ」
 じゃあねと言い残し、春泥は呪物殿の影に消えた。


 廻が深く眠っているのを確認したラズワルドは明煌を探して部屋を出る。
 誕生日という楽しい時間を壊したくはなかったのだ。
 見つけた大きな背中にラズワルドは声を掛ける。
「ねぇ、そろそろ白黒ついたぁ?」
「……」
 嫌そうな顔をしてラズワルドから視線を逸らす明煌。
「おじさんなんでしょ。年下に察してちゃんはカッコつかないよねぇ」
 溜息を吐いた明煌は逃げるようにその場を離れる。
 その様子を見つめていた迅はカオルに視線を向けた。
「ところでカオル殿、明煌殿は何故しょんぼりモードに?」
「何か喧嘩したみたいだな」
「ははーん。さては黙り込んで怒られた類ですね。僕も母や姉に怒られた時は言い出せずに黙っている事がありました……めちゃくちゃ悪化しましたのでそれ以来謝る時は早め早めを心掛けています」
 明煌の事情は迅には分からないけれど、伝えるべき言葉に集中出来るといいなと願うのだ。

「来ちゃった……って、あらら何だかしょげちゃってる感じ?」
『明煌くんに認知された』キコ・ウシュ(p3p010780)は明煌がいつも以上に不機嫌そうなのを見つめる。
「好きな人と喧嘩でもしたー? なんちゃって!」
「煩い」
「……えっ、嘘。本当だったりする? あちゃあ……それはごめんね。お詫びに俺の尻尾もふもふしてもイイよ!」
 無言で視線を逸らす明煌に「何で喧嘩したのか」と問いかけるウシュ。
「言いたくないなら無理に言わなくてもいいけどね。どんな理由であれ俺は明煌くんの味方しかしないから! だって、俺は明煌くんが好きだからね!」
 直接謝れないのなら、手紙を書いてみるのもいいかもしれないとウシュは提案する。
「俺の恋敵に興味もあるし」
 もちろん無理強いはしないとウシュはウィンクをしてみせた。
「楽しい話でもする? 俺のネイルの話とか! 君が幸せな方が俺も幸せだからね!」
 手紙であれ、言葉であれ、何かを伝えるのは大事だとウシュは微笑む。

「明煌さんが暁月さんと喧嘩をした!?」
『宇宙の保安官』ムサシ・セルブライト(p3p010126)は明煌の前でオロオロと首を振った。
 グラオ・クローネの時は仲良くしていたと思ったのに、何があったのだろうか。
「……明煌さん、一体どうしちゃったんでありますか……?」
「何も……無いし」
 落ち込んでいるように見える明煌を見つめ、ムサシは暁月が怒ったのだろうかと首を傾げる。
「一体どうして、お二人は……喧嘩をしてしまったんでありますか? ……明煌さん。暁月さんは意味もなく人に怒るような人ではないと思います」
「……」
「お二人の間に、何が起こったんでありますか? 
 もし、自分が力になれることなら……『ともだち』として、力にならせてください」
「……ただ、あの時は言いたくなかっただけだから。心の準備とか何も無かったし」
 喧嘩をしたくてしたわけじゃない。
 ただ、突然打つけられた聞きたくないことに、咄嗟に目を背けてしまった。
 それさえ後悔しているのだと明煌はムサシに伝う。
 煙草を吹かしながらチェレンチィは明煌が来るのを待っていた。
 ムサシとのやり取りは喫煙所にまで聞こえていたからだ。
「暁月さんも、明煌さんに聞きたいことが色々あるのだと思いますよ。今まで距離があった分、たくさん」
「うん……」
 紫煙の間に流れる言葉は穏やかなものだ。
「一遍に色々聞かれると、急かされて焦ったり、嫌だなという気持ちになりますよね……
 でも、少しずつでも、ゆっくりでも良いんです。暁月さんはしっかり聞いてくれる筈です」
 チェレンチィの言葉が明煌の心に染みて行く。
「ちゃんと伝えたいと思っているのなら。大丈夫」
 大丈夫だと、言ってくれるチェレンチィの言葉は優しく。
 縋りそうになってしまう自分に、ぐっと明煌は拳を握って耐えた。
 どうすれば伝わるなんて、チェレンチィに問いかけることじゃない。
 それは自分で考えなければいけないことだ。

 アーマデルは二ノ社から本殿への道を歩く。
 ぼうと佇む明煌の傍へ寄れば彼が何となく落ち込んでいるのが分かった。
「明煌殿は、できなかった、やらなかったことをいま履修しているのだな」
「……そうなのかな」
 視線を向けてくる明煌へアーマデルはこくりと頷く。
「俺は『友達』と遊んだり、学校へ通ったり、人類が食べられるようなものを作ったり……故郷ではできなかった、やらなかったことを、ここへきてからやり始めて。失敗したり、うまくやれなかったり、後悔したりもした。やらなければ、知らないままだった」
 周回遅れでも一歩ずつ、自分で体験することはきっと重要なのだとアーマデルは告げた。
「……知らないままの方が良かったと思う事もある。何も知らなかった頃にはもう戻れない」
 傷付き傷つけられた記憶がアーマデルの脳裏に過る。
「正直なところ、明煌殿も暁月殿も廻殿も……いろんなもの抱えて離さないが過ぎると思う」
「……」
「とりあえず呪力なしの素手なら殴り合ってもいいからとことん語り合うべきだと思う……逃げたり中断すると次回、また最初からになる。拳抜きでなら、出来るうちに廻殿も交え3人で話し合うべきじゃないか?」
 確かに廻と殴り合うのは一方的過ぎると明煌は首を振る。
「話し合いか……」
 深い溜息を吐いた明煌は唸りながらふらふらと歩き出した。

『翠迅の守護』ジュリエット・フォーサイス(p3p008823)は二ノ社の外で明煌の姿を見つける。
「あら? あれは深道さん……。何だか落ち込んで居られますが」
 暁月から喧嘩をしたと聞いていたジュリエットはいても立っても居られず明煌の元へ歩みよった。
「こんにちは、深道さん」
「ジュリエットちゃん?」
 決意をした強い瞳が明煌を射貫く。こういう時には何か痛いことを言われるのだと推察がついた。
「……正直に答えて下さいませ。廻君はどうなるのですか?
 あれでは暁月さんから聞いた話とはあまりに……」
「浄化をしなければ生物として死ぬ。神の杯になっても人間として自我を失い死ぬ」
「……何故、暁月さんに言わないのですか? 貴方は廻君を預かった責任があります。説明も無しでは暁月さんもどうしようもありません」
 本当は明煌が優しいことをジュリエットは知っている。だからこそ道を間違えて欲しくない。
「貴方は間違えました。逃げても貴方が苦しむだけでなく、暁月さんも苦しむのです!
 本当に取り返しが付かなくなる前に、自分の責任と暁月さんに向き合いなさいませ!」
「……っ!」
 向き合わねばならない。そう明煌も思っている。
 だって、これ以上廻が死ぬことを許容できる訳がなかった。
 だがどうすれば、その言葉を暁月に伝えることができようか。
 明煌には考える時間が必要だった。

「ふふ、暁月様もこの間の私みたいに弾き出されたのですかねえ」
『薄紫の花香』すみれ(p3p009752)は以前煌浄殿へと足を踏み入れた時のことを思い出す。
 日向と廻の仲よさそうな団欒を邪魔をするのは気が引けると、すみれは外へ出て来ていた。
 どうやら明煌もそんな和やかな雰囲気を倦厭して外へ出ていたのだろう。
 三の鳥居の近くにある長椅子に座っている明煌を見つけた。
「折角暁月様がいらしてるのに挨拶しないのですか」
「……」
「ああ。喧嘩中なのでしたっけ」
 不躾なすみれの言い草に、明煌は視線を逸らす。
「何があったかは知りませんが……そんなに苦しいのなら。消えてしまえば、解放されますよ」
「消える?」
 どういう意味だと明煌はすみれへと顔を向けた。
「先日私はいっそ相手を殺せばすっきりするかもと申しましたが。それは己の身でも果たせましょう。
 相手の怒り、自身の悲しみの源となる自分そのものを排除するのです。
 もしかしたら暁月様もそう望んでいたりして、なんて」

 すみれの言葉に明煌は深く思考の泥へ落ちる。
 自分が消えれば、この苦しみから逃げ出せるのだろうか。
 何もかも無かった事にすれば……それを暁月が望んでいるとしたら。
 自分よりは今の暁月を知っているすみれが言うのだ。そう推察すべき言動があったのかもしれない。
 それを確かめようとした時には、もうすみれの姿は無く。
 明煌の中に疑念だけが渦巻いた。

 その様子を見つめていたのは武器商人だ。
 明煌が『どうしても耐えられないのなら』逃げ場所を用意することも可能だと思ったのだ。
「強いのも人間だけど、弱いのも人間だものね。壊れちゃうなら大事にしなきゃ」
 けれど自分一人では限界があると武器商人は煌浄殿の呪物であるナガレに声を掛ける。
「何だい、可愛いコ。燈堂の旦那みたいに追い出せばいいんじゃないかって?」
「そうですね」
「ああ。追い出せないんじゃないかと思って。追い出したら追い出したで自責の念も強そうだし。それなら明煌の旦那を神隠しするのが手っ取り早いかなって」
 武器商人の言葉にナガレは「なるほど」と頷く。
「明煌の旦那は呪物達(みんな)の揺り籠だから、明煌の旦那(あのコ)が苦しい時に今度は呪物達(みんな)が安息の揺り籠になってやるのも手だよね」
「そうですね。明煌様がそれを望むのなら……」
 呪物達は最大限の力で明煌を『助け』になるだろう。

 だから、と武器商人は明煌の前で逃げ場所があると語る。
「ナガレは煙で人を惑わせる事ができるし、この間、部屋の呪物も居たし……どうだい? 明煌の旦那が望まない事はしたくないコ達だけど、みんなこの揺籠を明煌の旦那込みで愛してるだろうしね。
 明煌の旦那がその場から逃げたいと思えば力を貸すんじゃ無いかしら。愛されてるよねえ、明煌の旦那」
「……」
 以前の明煌ならそれを選んでも構わないと思ったのかもしれない。
 けれど、その闇に逃げ込めばもう絶対に『かみさま』の前に立てない気がした。
 暁月も廻も救えない、ただ停滞だけがある場所が自分の欲するものなのだろうか。
「まあでもほら、ニンゲンの絆って強いし。必要無いといいね、逃げ場所」
 そうだ、と武器商人はアップルパイを取り出す。
「眷属達から評判がいいの。我(アタシ)の手作り。バターをケチらないで作ったパイと新鮮たまごのカスタードが自慢」
 甘い香りが明煌の鼻腔を擽って、思考が少しだけ浮上した。

「……さて、明煌さん」
 目の前に現れたアーリアに明煌は視線を逸らした。
 彼女が此処に現れたということは、きっと忌避すべき言葉が降り注ぐと予想がつく。
 一歩後退る明煌に、アーリアは真っ直ぐ彼を見据えた。
「暁月くんが話をしてくれなかった、追い出されたって言ってたわよ」
「それは……突然やったから」
 逃げようとする明煌を掴まえ、アーリアは怒りを露わにする。
「あーもう! いい大人でしょう! 歯食い縛りなさい!」
 バチン、と重い音がした。
 じんじんと痛むのはアーリアの手と、明煌の頬だ。
 全力の平手打ちを食らった明煌は咄嗟に怒りを返そうとして、アーリアの感情を抑え込んだような表情に一瞬だけ手を止める。
「許さなくていいって言ったわよね。だから私は貴方を許さないし、優しく手を取ってもあげない。そのままでいいとか、ゆっくり変わっていけばいいとか優しい言葉は言わない。もうそんな状況じゃないし、貴方が暁月くんも、廻くんも苦しめたのは事実だもの」
 次第に頬が熱を持って腫れてくるのを明煌は感じた。同時にアーリアの言葉が耳朶を打つ。
「でもねぇ、全てがあったからこそ今があって、私はあの二人と出会えたのよ!」
 アーリアの感情が昂ぶるにつれて、明煌の中で冷静で居なければならないという抑制が掛かった。
「いい加減全部自分が悪いですって悲劇のヒロインぶってないで現実見なさいよ。自分でやった事にも、話をしたがる相手にも向き合わないってどういうこと? 今だって廻くんは弱っていってる、そうやって逃げ続けて廻くんが死ぬ形がお望みなの? それで一生暁月くんから逃げる? それとも廻くんを失った暁月くんに付け込む?」
「……ちがう」
 振り絞った言葉は、情けない程に小さくて。
「もっと、自分の意思をハッキリ言いなさいよ。
 自分の行いを悔いてるなら、下向いてないでどうにかするのよ――!!」

 アーリアの言葉は明煌の心を深く引き裂いただろう。
 その言葉は鋭い刃だ。酷く傷つけられたと感じるもの。
 けれど、明煌にそれを打つけたアーリアとて傷付かない訳では無い。
 他人に向けた言葉はそのまま後悔となってアーリアの心に棘を返す。
 怒りを感じるのは、明煌に諦めて欲しくないと思っているから。

「私は貴方の手なんて優しく取らないけど、でも貴方がちゃんと『助けて』って言えばその手を引く。廻くんも、暁月くんも犠牲にしない道を考えるし、貴方が縋った春泥の元にだって乗り込むんでやるわ」

 明煌はアーリアを真正面から見た。
 下を向くなと言われたからだ。こんなにも真っ直ぐに自分を叱咤してくれる人は居なかったように思う。
 否、居てくれたのかもしれない。けれど、明煌自身がそれを受入れられなかった。
 暁月以外どうでも良かった以前の自分だったなら、アーリアの言葉も拒絶していただろう。
 今は違う。廻を迎え、ジェックと出会い、ムサシやちぐさ、沢山のイレギュラーズが現れた。
 だから、変わる事ができた。
 アーリアの言葉は深く明煌を傷つけるものだけれど。
 それを真正面から受け止められると気付かされた。

「は……、アーリアちゃんは手厳しいなぁ。ああ、でもほんま、ごめん」
「謝る相手が違うわよ。申し訳ないと思ってるなら向き合う相手は私じゃないでしょ」
「うん……」
 平手打ちで赤くなった頬を其の儘に、明煌はふらりと踵を返す。
 その後ろ姿は少しだけ前を向いたようにアーリアは感じた。

 チックはふらふらと歩く明煌を見つけ駆け寄る。
「……あのね、明煌。少し一緒に話す、しても……良い?
 此処に来る前。おれ、暁月と話す……してきたんだ」
「うん……」
 チックは拒否されなかった事にほっとして、明煌の顔を見上げた。
 そこには頬を腫らしたままの明煌がいる。
「……明煌、どうしたの? ほっぺ」
「思いっきり叩かれた。でも、これがある間はちょっと考えたい。俺が悪かったし」
 明煌の小さな変化にチックは目を瞠る。自分も同じだとくしゃりと眉を寄せたチック。
「……おれも、ね。この間、怒られて……気づいた事、なんだけど」
 チックは二ノ社に来る前に暁月から聞いた言葉を明煌へ伝える。
「明煌に、嫌われて、しまったと……反省してる、言ってた」
「嫌ってない! 暁月は別に悪く無い」
「寂しそう、だった」
 事実を淡々と語るチックの言葉に、明煌は後悔を重ねていく。しかし、これは自分の仕出かした所業なのだから甘んじて受入れる他無い。
「……明煌が抱えているものは、おれ達が想像している以上に……大きくて、苦しいのかもしれない。
 でも、だからこそ。大切と思う人に……打ち明けてみる、大事。
 隠し続けるのは……傷つける、にも。繋がる」
 チックの言葉に明煌は長い溜息を吐く。
 自分の罪と、その罪を犯す原因となった願いを打ち明けるには全てを壊す覚悟と勇気が必要に思えた。
 怒られたからといって直ぐに変えられるものではない。変えられるならこのような性格にはなっていないだろう。それでも、向き合わねばと思わせてくれたのはイレギュラーズたちだ。

 ちぐさは二ノ社の外で一人佇む明煌を見つけ近寄る。
「あ、見つけたにゃ! 明煌は廻の友達だし家族なんだから、もっとお祝いしたらいいのに、にゃ」
 明煌の腫れた顔をじっと見上げたちぐさ。
「……なんか元気ないにゃ?」
 煌浄殿に入る前に暁月と明煌が喧嘩したと聞いた。嫌われたのだと暁月は言っていたが、明煌は彼の事を一番大切に思っているのだから、そうそう嫌ったりしないのにとちぐさは首を傾げる。
「明煌!」
 ちぐさは手を広げて明煌へと抱きついた。
「うお、どうした」
「明煌は色々難しく考えすぎなのにゃ。廻のお祝いする資格がないとか思ってないにゃ? 大丈夫にゃ、本当に資格がなくなるのは廻が…ううん、廻に何かあった時だと思うし、それは『なんでもする』って言って何も出来なかった僕のせいでもあるのにゃ」
 ちぐさの一生懸命な言葉に明煌は彼の小さな身体を抱き上げる。
「暁月も、反省してるって言ってたにゃ。明煌は誤解されやすいって思ってうけど、明煌が思ってる以上に明煌のこと好きな人は多いのにゃ。ウソじゃないにゃ、少なくとも僕は明煌のこと大好きにゃ!」
 顔にぎゅうと抱きついたちぐさの耳に「痛い」とうめき声が聞こえた。
「うん、ありがとうちぐさ」
 こんなに幼いちぐさにまで心配をかけてしまったと、明煌は少年を高い高いしてみせる。

 メイメイは社務所へと戻ってきた明煌を見かけ、声を掛けるか迷っていた。
 他の皆と散々話した後であれば伝えるべき言葉はあまりないのかもしれない。それでも。
 頬を赤く腫らしたままにしている明煌には何か変化があったのだろう。
 メイメイは意を決して明煌の前に歩み寄る。
「えと、その……明煌さま。『大切な人を守るには』を、一緒に考えません、か?」
 小さな羊少女の声に明煌は真っ直ぐ耳を傾けた。
「どうしたって誰かが傷つくことになっても、犠牲になるかもしれなくても。可能性がゼロ、でないのなら、やってみましょう。後悔だけでは、何も、進みません、から」
「うん……」
 一緒に考える……そんなこと前まで思ってもみなかった。
 心を閉ざして、拗くれて。そんな自分が大嫌いで。
 暁月を尊い者だと定義することで、自分とは違うものだと思い込いこんだ。
 変わっていく暁月を肯定していなかったのは自分自身。向き合って来なかったのは自分だ。
 それでも、イレギュラーズたちは声をかけてくれた。一緒に考えようと言ってくれた。
 信頼することも置いて行かれることも怖いのに。また、信じたいと思ってしまった。

 ちりんと、小さな鈴の音が明煌の耳に届く。
「ごめん。迎えに行かないと……呼んでる」
「はい、いってらっしゃいませ」
 メイメイは明煌の背を見送って、廻がすやすやと眠る広間へと戻った。
 聞き慣れた足音に耳を澄ませるのは『冠位狙撃者』ジェック・アーロン(p3p004755)だ。
 二ノ社の近くにある呪物殿の影でジェックは明煌から貰った鈴を鳴らしたのだ。
 見上げた明煌の頬が赤く腫れているのを見つけ「あらら」とジェックは零す。
「明煌には必要な言葉かもしれないけど……真正面から全部受け止めてたら壊れちゃうでしょ」
 呪物殿の階段に座り込んだジェックに明煌は「うーん」と眉を寄せた。
「まあ……色々、考えたい、かな」
 明煌の言葉にジェックは僅かに微笑む。明煌の口から『考えたい』という言葉が出て来たのだ。
「うん、アタシはゆっくり待ってるよ。感情や考えを整理するのは大変だもん」
「ありがとう」
「大丈夫だよ。アタシはキミを責めないし急かさない。ただこうやって傍に居るからね」
 頬の腫れなど簡単に治せる明煌が、それをしないのは『向き合う』意志を刻むためなのだろう。
 他の皆に言われた事をジェックの傍で考え、かみ砕くことは、明煌にとって重要な一歩なのだ。

「ねえ、明煌。この間はお祝いをありがとう。間違えてたって嬉しかったよ。だからこれ、あげる。明煌の誕生日ももうすぐでしょ? 当日にもプレゼント渡すから、楽しみにしててね」
 勿忘草の香りは、きっと明煌にとって前を向くための思い出香となるのだろう。

 ――――
 ――

 シルキィは明煌が悪い人ではないことを知っている。
 廻を大切に想っていることも……暁月を本当に大切に想っていることも知っているのだ。
 だからシルキィは自分の気持ちを伝えなければと勇気を抱く。
 目の前の赤く頬を腫らした明煌は、きっと『変化』の兆しに向き合っているのだから。
「……『器』を用意しなきゃならないなら、わたしにだって器になる覚悟はある。
 例え、最適でなくてもねぇ。そして、そう思っているのは……きっとわたしだけじゃないと思うんだ」
 泥の器は浄化により神の杯となる。それは神を降ろすための依代であった。
 繰切を降ろせば廻は死んでしまうだろう。
「それなら、皆で少しずつ呪いを受け持つ方法だってあるかもしれない。わたし達(イレギュラーズ)は、いつだって不可能を可能にしてきたんだから……『こうなったらいいな』って未来を、信じてみるのも良いんじゃないかなぁ」
 繰切をクロウ・クルァクと白鋼斬影に分けて力を分散させ、片方だけ降ろせば助かる可能性はあるかもしれないと以前、仲間が僅かな可能性を紐解いていた。一度始まってしまった術式を途中で止める事は出来ないのなら何れだけ軽減できるかを考えるべきだろう。
 されど、神の杯となった廻の自我と記憶は消失してしまうと春泥は言っていた。
 それは『燈堂廻』の死と同義ではないだろうか。

「わたしね、かつての廻君の……この混沌に来る前の記憶を見たんだ」
 シルキィの言葉に明煌はバッと顔を上げた。
「それは……」
「廻くんに伝えるべきなのか、このまま胸にしまっておくべきなのかも、正直分からない」
 他人の一生の記憶を背負い、それを伝えるべきでは無いと慮るシルキィの優しさ。その過去は語るには重すぎるものなのだ。
「けれど……廻君が、死んじゃったら、何も伝えられない……!」
 大切な人を失う怖さをシルキィはよく知っている。
「お話したり、一緒に出かけたりもできない!」
 ただ名前のみが刻まれた墓石から返って来る言葉が無いのを知っている。
 もっと一緒に遊びたかった、声を聞いて笑い合って、手を繋いで歩いていたかった。
 そんな後悔はもう、したくないとシルキィは叫ぶ。
「わたしは、そんなの絶対に嫌だから……ッ!!」

「そうか、シルキィちゃんが持っててくれたんだ……廻の過去の記憶」
 明煌は長い深呼吸をしたあと、シルキィに小さな玉を差し出す。
「これは廻が暁月と出会って、煌浄殿に来るまでの夢石だ。あまねが吐き出したものだ。けれど、これを渡すには重い対価を必要とする。其れこそ同等の記憶」
 シルキィはバックから布に包まれた石を取り出した。二人の間に二つの石が輝く。
「この夢石?」
「ああ、廻が混沌に来る前の『神路結弦』の夢石は対価となり得る。きっと、この時の為に俺はこの夢石を持っていた……いや、持たされていたんだろうな、先生に。シルキィちゃんこれは契約だ」
 夢石(きおく)の交換。明煌の持つ夢石はシルキィにとって廻との繋がりを深くするもの。
「君が持っていなければならないもの。俺じゃ意味が無かった」
 シルキィが勇気を持って明煌に伝えたその言葉と、夢石の交換。
 その両者が揃った時、イレギュラーズが積み上げてきた軌跡の先(かのうせい)が夢では無くなる。

「明煌さん。心を繋いだ人がいなくなるのは……誰であっても、とっても悲しいよぉ。
 だからわたしは、皆が一緒にいられる可能性を探したいんだ」
 シルキィの言葉に、救いたいと、願ってもいいのだと。
 強く肯定された気がした。
「暁月も、廻も……救いたいんだ。でも、俺だけの力じゃどうしようもなかった。だから……」

 諦めるなと言ってくれる人達を、信じたい。
 ラズワルドも迅もウシュもチェレンチィもチックも諭す様に声を掛けてくれた。
 消えてもいいと別の道筋を示してくれるすみれや武器商人もいた。
 ムサシやちぐさの眼差しは眩しいほどに自分を照らしていて。
 ジュリエットやアーリアの叱咤は心に深く刺さった。けれどそれは、諦めるなと背を押すもの。
 メイメイとジェックの優しさは涙が出る程にあたたかくて。
 その手に、縋っていいのだと。

 絞り出せと、心の奥から声がする。
 その言葉は自分の強さを否定するものではないのだから。
 誰にも迷惑を掛けたくない、自分だけで出来るなんて。
 そんな弱くて傲慢な自分を認めることこそ、強さであると知ったから。
 震える喉が、言葉を紡ぐ。

「助けて……」



成否

成功

MVP

アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 廻のお誕生日祝いありがとうございます。
 MVPは大きく物語を動かした方へ。
 的確な言葉と熱意でした。

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