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シナリオ詳細

<月だけが見ている>君を、愛するということ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●愛するということは、
 ――即ち、死だった。

 互いに必要な存在であったのは確かだった。
 傷の舐め合いとしか呼べない歪な関係性。男と、こどもの間にあったのは、作り物めいた愛だった。

 ノーザス・ガンナームはラサに生まれた少年だった。
 父は家業を継いだばかりの商人で、母はその幼馴染みだったと聞いている。
 父には商いの才はなかったのだろう。ガンナーム商店は落魄れていく。取引は次第に減り、客足もぱったりと途絶えた。
 産まれたばかりの乳飲み子、食べる物にも苦しむ母。物心付いた頃、母はすっかり痩せこけていたがノーザスには為す術はなかった。
 言葉を教わったのは、路地裏で屯していた傭兵達からだった。彼等はノーザスが生きていく為に戦う術を叩き込んだ。
 その中の一人だけ、顔を覚えている。優しげな瞳をした彼は仲間達から『アマラ』と呼ばれていた。
「アマラ、文字を教えてやれよ。お前、案外良いところの出だったろ」
「……昔の話だよ」
 アマラは丁寧に文字を、数の数え方を、買い物の仕方を教えてくれた。
 同時に、傭兵達と共に戦う術や生き残る為に食糧を確保する方法のすべてを短期間で叩き込んでくれたのだ。
 父は面白くなかったのだろう。商家の生まれというプライドを抱え、ノーザスを酷く詰った。荒くれ者と遊んでばかりの屑め。
 それから、少年は何があったのかは覚えて居ない。
 飢え死んでいく母が最後に残してくれた愛情も。口減らしだとノーザスの頸を絞めようとした父の怒りも、すべて、すべて。

 ――それが、あなたの本性ならば、ぼくはそれを見ていたい。死は、全てを物語るでしょう。

「ノーザス」
 ひかりのようなひとだった。
「ノーザス、おいで」
 彼は10歳に満たぬ息子を事故で亡くしたらしい。酷く憔悴した男の体に菫の花を咲かせた。
 美しいそれに蝕まれることはなく、彼は幼いノーザスの背を撫でていた。
「ぼくは、アルヘンナの息子じゃないよ」
「いいよ、いいんだ。君が生きていてくれれば」
「アルヘンナ……?」
 ノーザスの唇がきゅ、と引き結ばれた。
 抱き締めてくれる腕は強く、ぬくもりが愛おしかった。
 人は死ぬ間際に本性を現す。死の間際に、その人間を包み込んだヴェールが剥ぎ取られ、裸の心で話しかけてくれるのだ。
 ――美しい彩りが、ぼくを満たしてくれる。死ぬ間際に、最も美しく人は変われる。
 ノーザスはそう思っていたのに、何故だかアルヘンナには死んで欲しくはなかった。
 きっと、彼が死ぬとき最後に呼ぶのは『ぼくの名前じゃない』のだろうから。


 死ぬ刹那の美しさ。その人間の本来のかんばせを覗くことをがその吸血鬼の目的だったらしい。
 愛らしい少年を討伐し、眩すぎる月の下での戦いを終えんとするイレギュラーズに同行していたジゼル・ガルニエは俯きながらゼファー(p3p007625)の手をぎゅうと握っている。
「ジゼル? どうしちゃったのかしら、珍しい」
 ハートロストと呼ばれていた盗賊の娘がジゼルと名を改めて、イレギュラーズと歩むようになってから幾年。
 死ぬ事も、殺す事も、恐ろしくないと告げて居た彼女が生きる意味を見出し光の道を歩まんとすることはリディア・T・レオンハート(p3p008325)にとっても喜ばしいことだった。
 けれど――「ジゼル・ガルニエ」と名乗った彼女。彼女が自身を引き取った傭兵の名をファミリーネームを名乗った『意味』を理解していなかったことが妙に微笑ましい。
「ああ、ジゼル『師匠』ったら、大人びたと思ったけれど、まだまだ子供だったんですね、いいんですよ。ゆっくり、ゆっくり!」
「リディア、ちょっと違う意味がある」
「そんなこと、ないですよ!」
 にんまりと微笑むリディアに同意してみせるしにゃこ(p3p008456)。
 ジゼル・ガルニエは両親を傭兵に殺され、その復讐心を胸に盗賊として戦ってきた。
 魔術の使い方も、戦う方法も叩き込まれていたけれど、真っ当な人間としての生き方はまっさらだったのだ。

 ――しっかしアマラもやるじゃねえか。ジゼルにプロポーズを受けて貰えるなんてな!

 そう揶揄ったルカ・ガンビーノ(p3p007268)を見ることの出来ないジゼルはゼファーの腕にぎゅうとしがみ付く。
「ジゼルさんはどうしちゃったの?」
「もしかしたら……ほら」
 フラン・ヴィラネル(p3p006816)にこっそりと耳打ちをしたのはスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)。
 ルカと共に、砂の海を歩むのは元傭兵の用心棒『アマラ』――ジゼルの保護者だった。
「……プロポーズじゃない?」
「そう、そうだよ。ジゼルにはもっといい人がいるかも知れないから。それまで大切に護ってやろうと思って……兄、かな?」
「兄?」
 じっとりとした目で視たルカにアマラが肩を竦めて笑った。赤らんだ顔のジゼルも、困った顔のアマラも。すれ違いながら、ゆっくりと進んでいる。
 そんな朗らかな風景ばかりを見て入られない。アマラはジゼルから出会った吸血鬼の話を聞いて此処までやってきたのだ。
 荘厳なる月の王宮には赤い絨毯や薔薇の花、行き過ぎとも思える程の装飾が為されていた。
 眩いシャンデリアに照らされた廊下に一人の少年が立っている。
 アマラは手にしたロングソードをぎゅうと握り締めてから彼の名を呼んだ。

「ノーザス」

 それは、彼が『大鴉盗賊団』の用心棒だった頃に、面倒を見たことのある商家の子供だった。
 アマラはこの道中にイレギュラーズに彼について知っていることを語った。
 落魄れた商店の一人息子。碌に教育も食事も与えられない彼を傭兵達で戯れに面倒を見ていた、と。
 アマラ・ガルニエは盗賊一家に生まれたが表向きの家業は商人だった。ある程度の教養を有しておりノーザスにも教えたのだそうだ。
 それでもアマラは盗賊だった。だからこそ、ノーザスの父は商家の息子が『盗賊なんて言う荒くれ者』と関わることを赦さなかったのだ。
 彼が歪んだ原因は己にあるのではないか。そう胸に抱いて彼は此処までやってきたのだという。
「アマラ」
 穏やかに微笑んだノーザスがアマラの持つロングソードと良く似た剣をゆっくりと構えた。
 小さなノーザスの背の丈よりもある、引き摺るほどの大剣だ。
「それに、また連れて来たんだね、イレギュラーズ」
「ノーザスを殺しに来たのか。それとも『紅の女王』を?」
 ノーザスを庇うように立ったアルヘンナが鋭い目線をイレギュラーズへと投げ掛けた。
「我々を生かして捕えようなどと考えるな。我々は貴様等を殺す為に生きている不穏分子だ。情けは無用だ。
 女王を殺すというならば容赦もせず、ノーザスを殺すというならばこの身を盾にしよう」
 アルヘンナの視線を前にしてアマラはゆっくりとイレギュラーズを振り返った。
「……彼は不幸な子だった。あの人のように、大切にしてくれる人と出会えたのはきっと奇跡なんだろうね。けれど……」
 此処で見過ごせば彼等はまた何処かで不幸を産んでしまうのだろう。
 アマラは知っている。
 愛するという事は――時に、厳しい判断を下さねばならない、と。
「一緒に、彼等を止めて、くれるかい?」

GMコメント

 日下部あやめと申します。

●成功条件
 『ノーザス』『アルヘンナ』の討伐

●エネミーデータ
 ・『吸血鬼』アルヘンナ
 銀の瞳を有する穏やかな風体の青年。10歳に満たぬ息子を事故で亡くしノーザスをその息子に重ねています。
 ノーザスの眷属を自称し、女王にも心酔しています。ノーザスを護る為に立ち回ります。
 銀の短剣で近接攻撃も出来ますが、基本はスティッキを使って足元に魔法陣を産み出し、魔法で攻撃する後衛タイプです。
 決意が固まっているため、皆さんにも容赦はしません。
 二度と息子を喪いたくはないのでしょう。
 
 ・『吸血鬼』ノーザス
 きょろりとした可愛らしい緑色の瞳の少年。ぶかぶかとした服を着用している吸血鬼です。
 落魄れた商家の息子。母が餓えて死んだ理由だと父親に糾弾され、父を返り討ちにし殺したことがトラウマ。
 そのトラウマより人は死ぬ刹那に本性を現す。人の丸裸の感情こそが美しいと『誤認』した事により、人をいたぶり殺し、自分を見て欲しいという歪んだ欲求に直結しました。
 長く引き摺るロングソードで戦います。アマラ・ガルニエの昔の友人であり、戦い方はアマラやアマラと共に活動していた傭兵に良く似ています。

 ・サン・エクラ 10体
 小動物や小精霊などが、紅血晶に影響されて変貌してしまった小型の晶獣です。
 キラキラと光る、赤い水晶で構成された犬の姿をしています。
 鋭い水晶部分による物理至~近距離戦闘を行うことが多いです。

●味方NPC
 ・『アマラ・ガルニエ』
 元大鴉盗賊団の用心棒。表向きにはガルニエ商会を営んでいた盗賊ガルニエ一派の息子。
 家族は傭兵により討伐され、身を隠すように大鴉盗賊団に居ました。ジゼルを大切にしており、彼女を護るように戦います。
 ジゼルのことは一人の女の子としてみていますが、彼女の将来を思うと『兄』の立場を甘んじているようです。
 ロングソードを利用して戦います。前衛・盾タイプです。

 ・『ジゼル・ガルニエ』
 元大鴉盗賊団の盗賊。ハートロストのニックネームを有していました。
 盗賊であった両親を傭兵に殺害された現場を目撃し、傭兵を恨んでいましたが再起しアマラと共に過ごしています。
 後衛魔術士タイプ。回復及び遠距離攻撃を得意とします。魔力の媒介となっているナイフは母の形見です。
 アマラのことは兄として慕っています。――が『プロポーズ』だと言われてからどうにもぎこちないようです。
 恋はまだ早かったのか、それとも……。イレギュラーズの事は大好きです。

●フィールド特殊効果
 月の王宮内部では『烙印』による影響を色濃く受けやすくなります。
 烙印の付与日数が残80以下である場合は『女王へと思い焦がれ、彼女にどうしようもなく本能的に惹かれる』感覚を味わいます。
 烙印の付与日数が残60以下である場合は『10%の確率で自分を通常攻撃する。この時の命中度は必ずクリーンヒットとなり、防御技術判定は行わない』状態となります。

●特殊判定『烙印』
 当シナリオでは肉体に影響を及ぼす状態異常『烙印』が付与される場合があります。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <月だけが見ている>君を、愛するということ完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年05月24日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
天之空・ミーナ(p3p005003)
貴女達の為に
フラン・ヴィラネル(p3p006816)
ノームの愛娘
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
リースヒース(p3p009207)
黒のステイルメイト

リプレイ


 君を、愛するということ。
 それは与える事。決して求めてはならない。ただ、花に水を遣るように丁寧に分け与えること。
 君を、愛するということ。
 それは不治なる病。二度と陽の下に走り出せなくとも、構わないという献身。
 君を、愛するということ。
 ――その命が尽きる目前で、ぱったりと命を終えてしまうこと。君がいない人生に後悔などしないということ。

 中天にかかった月は、真昼の空に笑った太陽よりも尚も明るく、煌々と煌めいていた。
 眩すぎる月はその日回に全てを覆い隠してしまうから。天を仰ぐことをもやめて、ひっそりと逃げ果せるように王宮へと入り込んだ。
 広く、冷たい印象を受けた王宮は靴音をよく響かせる。大理石の床から毛足の長い絨毯へと移行してから喉奥に縺れていた息を吐く。
「はああ」と大仰な音を立てて嘆息したジゼル・ガルニエは『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)の手をぎゅっとにぎにぎと確かめるように握り締めていた。まろくまだ幼さを感じさせる掌はふくふくとはして居ないが初めて出会った頃と比べれば幾許か大人になったとしにゃこは感じていた。
 勿忘草の色は、程良く澄み渡った空よりも柔らかな色。伸ばし始めたばかりの髪は肩口で揺らいでいる。
「ジゼルちゃん?」
「ルカが悪いんだ」
 ぎゅうとしにゃこの腕に張り付いたままジゼルはそう言った。しにゃこより年下の元盗賊に色恋の沙汰もない。年の差は幾許か、兄代わりとして養育を行なっていた青年はひりつくような視線を受けてから『運命砕き』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)を肘で小突いた。
「もう、ルカ先輩がプロポーズだとか茶化すからジゼルちゃん顔真っ赤じゃないですか! デリカシーが無いですよ! ウッ」
 しにゃこの脇腹へと肘を差し込んだ『ノームの愛娘』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は目を白黒とさせていたジゼルを見てから頬を掻く。
「い、いやぁまさかそういうことじゃなかったとは……」
「わかんないもの」
 もごもごと口内で言葉を混ぜ返すジゼルを見てからフランはにんまりと微笑んだ。
 誰かを、愛するということ。それフランにとっては夢の様なこと。大切なこと。痛いこと。苦しいこと。それから――そんな自分を愛すること。
 ジゼルという娘が兄代わりのファミリーネームを名乗ったのは親愛であったのかもしれない。しにゃこが見ても、フランが見ても、彼女の兄代わりがジゼルに向ける感情は恋情と呼ぶべきたおやかで愛おしい気配をさせていた。
(……この戦いが終ったら、ジゼルさんにお話をしよう。あたしのこと、それから、まだわからないことも、たくさん)
 屹度、彼女はその感情の全てを理解出来ていないのだろう。家族の情は解れながらも結び繋ぎ止めることの出来る無形の愛の中でもジゼルにとって理解が易い事だった。
『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はそう思う。恋情という、ひとたび道を違えたならば二度とは抱き締めることさえ出来やしない感情が彼女は酷く恐ろしいのだ。
 恋と愛は似て非なる。誰かを、愛するということは即ち、喪う恐ろしささえ越えて行かねばならないのだ。だからこそ、あれだけ取り乱して違うと否定した。もしも、アマラ・ガルニエと掛け違えた釦のひとつでもあった時、離れてしまう事が怖かったのだろう。

 ――そう、そうだよ。ジゼルにはもっといい人がいるかも知れないから。それまで大切に護ってやろうと思って……兄、かな?

「『もっといい人がいるかも知れない』ねえ。そりゃあ語るに落ちてるぜ」
 王宮内のひやりと冷たい床を踏み締め歩くルカへとアマラは「そうは言っても」と苦い笑みを浮かべた。
「……悩むんだ。彼女は未だ16歳。僕が、彼女の視野を狭めてしまうことが怖くて。ルカみたいに、自信のある男になれればよかったな」
 次はルカがアマラを肘で小突く番だった。どうしたって、臆病になる事はある。彼も、彼女も、ルカだって、迷うことは無数にあった。
 ざりざりと地を引き摺る音が響いた。ロングソードを引き摺って歩く幼い少年はアマラを、イレギュラーズをその双眸へと映す。
 熱を帯びること何て無い萌えるような緑。
 双眸が『傲慢なる黒』クロバ・フユツキ(p3p000145)を映す。
 全てを乗り越えて、全てを引き裂いて、それら全てを遠く置き去りにするように進む死神の青年。
「……この月夜を終わらせる為にアンタらを踏み越えていく」
 ひとつは、二つ。刀と銃剣に分離したそれを手に青年は静かな声音でなぞった。
「吸血鬼(ヴァンピーア)」
「……特異運命座標(イレギュラーズ)」
 アルヘンナに護られるように立っていたノーザスは笑っていた。
 アマラは目を瞠ってノーザスを、過去の己の過ちを見詰めている。
「ッ――あ、ノーザス……」
「アマラさん……」
 幼い少年に文字を、世界を教えたのはおせっかいだった。
 それでも嬉しいと笑った彼を見て居ることはアマラにとっても喜ばしいことだったのだ。
 アマラ・ガルニエ。ガルニエ商会――盗賊の表向きの家業。文字を、常識を、世界を教えた事は間違いだったのだろうか。
『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)は苦々しく歯噛みした後、リーヴァテインを構えた。
「……そうでしたか、世界は狭いものですね。とはいえ私自身、幾度の邂逅で、彼らとは少なからぬ縁ができてしまったようですが……」
 微笑む少年は、狭苦しい箱の中で暮らしてきたようなものだったのだろう。
 命とは何時だって易く喪われてしまう。
 愛することは、怖いこと。少年の中に深く根付いた愛情の確認方法。もしも、あの時、アマラが彼を護っていれば今の彼は居なかったのだろうか――?


「吸血鬼となったものは、肉体も人格も誇張され、ゆがめられ、生者のパロディになるのだろう。
 よからぬ運命だ。死を迎えねば、次の再生に進むことができないのだから。……死ぬ刹那にあるのは本性ではない。今までのすべての積み重ねだ」
「皮を剥いで丸裸にしてみないと、本性は出ないよ。積み重ねたことだって、言葉があれば幾らだって覆い隠せる」
 微笑んだノーザスを見据えていた『影編み』リースヒース(p3p009207)はやれやれと肩を竦めた。
「どうもそこな少年とは、かなりの美学の違いがあるようだ」
 死は教え。人であるためには、目を背けてはならぬとリースヒースは自らに言い聞かす。生死の均衡崩れることを嫌うのだ。
 影より出でて、影を纏ったグリムアザース。傍らには何時だって、死の気配をさせたそのひとが立っていた。
「ああ、そうだな。積み重ねたことは幾らだって化粧を施して、誤魔化すことは出来る。
 人の本音は死の間際に出る……死神の私から言わせれば、まあその通り、だわ。……だがね、それが人殺しを続けていい理由にはならねぇんだよ」
 早鐘を打った心臓に、杭を打ち込まれたかのような苦しみが滲む。渇きは焦燥に変わるが耐え忍ぶには自らを強く律するほかにない。
『やがてくる死』天之空・ミーナ(p3p005003)は己を鼓舞しながらも半魔の大鎌を構えた。
「積み重ねであれば構わない。死の間際に、見るならばノーザスが良い。……最も、殺されるつもりは、どちらもないが」
 歪だ、と『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)はそう感じていた。
 愛を求めて歪んだ子供。愛を喪い偽りで己を騙した父親。そんな二人の馬鹿らしい『家族ごっこ』がそにはあった。
 こんな世界で、欠片も歪まずに生きることは難しい。歪みが、こころを救うことだってあると正純は知っている。
 それでも――
「貴方方の歪みも、人生も、それは貴方方のもの。それで誰かを傷付けて良い理由になってなりやしません。
 ……アマラさんの願い通り止めましょう。これ以上の歪みを生んでしまう前に――これ以上、彼が罪を重ねてしまわぬように」
 正純の弓がきりり、と冴えた音を立てた。
 短剣を手にした幼い少女は「罪」と呟く。
 人を殺すことは罪だ。自らを救う為の信念は時に人を傷付ける。この世界では、罪を犯さぬ人間なんていない。
 痛ましい表情を浮かべたジゼルを正純は『ハートロスト』と名乗って居た敵として対面したっきりだ。
「……ジゼルさん」
 呼び掛ければ見上げてくる瞳に星が散っている。生きる未来。あなたがの星は、瞬き輝き、未来へと繋がっている――ああ、良い方向に変わったのだ。
「……哀しいわね。あいつらが、只々に救いようの無いクソ野郎達だったなら、どれだけ楽だったか」
 ただの人間で、ただの少女だった。『猛き者の意志』ゼファー(p3p007625)は、特別なものなんて、何も持っていなかったはずだった。
 愛と自由を歌ったただ一人。最後の絆を強く、強く抱き締めるように技とした娘は西風が薫らせる淡い夕暮れの気配を纏って一歩、進む。
「私達のお姫様に、王子様。此の物語に、百点満点のハッピーエンドは多分訪れないわ。其れでも、征く準備は出来てるかしら」
「ゼファーは?」
「私はまあ……7割ってとこね?」
 ――全てを受け入れられなくったって、否が応でも世界は廻って、動き出す。
 瞬く魔法陣。光の粒子の下を駆けだしてくる赤き水晶の犬。いのちを奪われ、仮初めとなった獣達。
「ああ、もう! 『今度はもう一発殴るんだから!』って言ったけど、無理だ!
 残念ながらあたしの腕は殴ったら粉々になっちゃいそうな水晶になってて……だから、二人を殴るのは皆に任せる。その代わりあたしの分も思いっきりぱんちしてきてね!」
「任せろ」
 ルカがフランの頭をこつん、と小突いた。「アマラ!」と声を上げた青年がサン・エクラの前へと立ちはだかる。
「一緒に止めるぞ」
「了解した」
「しにゃこ。毎度おなじみになっちまうが、やるぞ」
「ははーん?」
 ルカにも何か思うことがある。しにゃこは前線へと走り行く青年の背中を見てそう感じた。
 ノーザスとアルヘンナ。今までならばただの吸血鬼だった。ノーザスはアマラの友人だ。彼が、手を施したが為に『こうなった』とも言える。
(出来る事なら助けてやりたかったんだが……こいつらにとっては要らないお節介だ。初めてって訳じゃねえが、何度やっても嫌な仕事だな)
 人を殺さねばならないことではない。人を『諦めなくてはならない』事が、だ。
 ぐ、と息を呑んだ。彼等は吸血鬼だ。しにゃこはルカほど達観して居ない。諦めることの出来ない青い感情が銃口に滲む。
「ああ、もう! どうして何度も立ちはだかるんですか! お二人で静かに暮せば良くないです!?」
「女王様を見捨てろと? 此処でのうのうと逃げ落ちて、女王が殺される事を黙ってみていろとでも」
 アルヘンナの問い掛けにしにゃこは唇を尖らせた。根競べなんて、したいわけじゃないけれど――彼等は屹度、先を見通せやしない。
「女王にも忠誠を誓ってるんですか……あっちもこっちも守りたいって貴方結構欲張りですね!
 しにゃだってかけがえのない友人を守りたいですからね! 容赦はしないです!」
 無数の弾丸が広がっていく。アマラとルカ、しにゃこの猛攻にサン・エクラの呻きが響く。
 ひらりと蝶々が舞うように前線へと飛び出したゼファーの表情は歪んでいた。彼女にとってのお姫様が後方で名を呼んだ。
 ああ、あなたの心配そうな顔を見たいわけではないのよ、とウインクを一つだけ。
 変異した体に揺れる心。嘗てない程のバッドコンディション。それでも引き下がれない自分が、ちょっとだけ恨めしい。
「ゼファー!」
「大丈夫よ、前だけ見てなさい」
 ジゼルに手を振ってからゼファーはアルヘンナとノーザスを目指す。視界を覆い尽くした天使の羽。ひらりひらりと舞い落ちるのは魔力の残滓。
「こっちだよ」
 全力で戦ってきてね、とゼファーの背を押した。スティアは何かあれば自分が頑張るのだと揶揄うように微笑んで、意思の刃を真空へと放った。
 眩き光は双眸に映される。ノーザスの唇がついと吊り上がってから笑う。
「あは、綺麗だね、アルヘンナ」
「……ああ、ノーザス。君と見た美しいひかりを思い出すよ」
 太陽の下、共に歩いたその日を思い出す。もう二度とは御免の太陽は、美しくて堪らないものだった。
 アルヘンナが大地を叩く。魔法陣から飛び出した弾丸は無数に散らばりイレギュラーズを飲み込まんとする。
「全く以て、歪んだ愛情ですね」
 愛おしそうに語らう声音を引き裂くように、放たれた矢が泥へと転じる。世界に有り触れた根源の力がぐしゃりと変化し運命をも揺らがせる。
 正純の冷たく冴えた金色は、外に掲げられた月光よりも尚、銀の閃きを帯びているかのようだった。
 歪なる夜色を受け止めて蝶が舞う。リースヒースの傍から、はたり、と聞き慣れた蝶の翅音が立った。
 一寸だけ、影が踊ればそれで構うことなど何もなく。天上の母の色彩の傍らでリースヒースは仲間達を鼓舞し続ける。
「こんな子供を、殺すつもりか、ゲス共め」
「……殺すつもりか、とは何故?」
 リースヒースの冴えた声音が問い掛けた。死は万人に訪れる。死の概念は変わらず、生とは永劫に鎖す世界だ。
「ノーザスは、死者の代替品ではない。アルヘンナの子は喪われ、二度と戻らない。
 人はそれを受け入れられず。すぐに過ちを行う。おそらく今間違いだと言っても何の役にも立つまい。もう二人のいる場所は袋小路だ」
『吸血鬼化』、烙印の効能を和らげるまでならば出来るのだそうだ。それが解毒の薬となると伝わっている。
 けれど、彼等は肉体に変化を及ぼし、滅びに近い存在だった。もう二度とは解けることのない、命の枷。どうしたって救いようのない、諦観の先。
(せめて、アルヘンナがノーザス自身を愛していたならば――優しい最期になるものを)
 ノーザスを、愛するということが。
 他者を映した鏡でないことだけをリースヒースは祈る事しか出来なかった。


 犬とは言えど、命があった。数多の命を愚弄した紅色の石。その気配を宿した男が眼前に立っている。
 残忍なる鉛雨も遠離る、クロバの夜色の外套が大きく揺らいだ。
 はたり、風なんて無くとも、風の如く走る男が軌跡を残す。
「アンタとノーザスは斃す。
 ……躊躇いを持つ者はいない筈だが、念の為皆ほど情を持てる程関わりの無い新参者でね。遠慮なくアンタらの絆を断ち切らせてもらうぞ」
「この子を、本当の父親として愛していてもそれを絶つと?」
「それに、躊躇なんてしてられないんでね」
 刃を澄まさなくては、命を切り取ることは出来ない。荒れ狂う雷撃の如く、自らの信念だけを振り翳さなくてはならない。
 数多の命を愚弄する事と、たったひとつの命を奪う事。罪の大きさは違えど、それは何方も罪と呼ぶのだろう。
 罪を被ることさえも、恐れることはなかった。
 獣達の群を飛び越えるようにアルヘンナへと鎌を振り下ろしたミーナの血色の瞳がぎらりと滲む。
「はっ」
 受け止めたかと思わず笑みが漏れた。翼が揺らぐ。紅色のひかりとなった刃を構えた。
 スティッキに受け止められた大鎌は命を狩り取るのに適していた。ぬばたまの髪を揺らがせる死神は唇を引き結ぶ。
 命に違いは無い。それを狩り取る事へと迷いなんて無い。けれど、手向ける言葉を生憎ながら持ち合わせては居ない。
 親子の情は、後からだって結ぶことが出来た。血は濃い繋がりだ。けれど、それが無くとも構わないとでも言いたげで。
「……アルヘンナ、大丈夫だよ。ぼくが、こいつらを殺すから」
「ノーザス!」
 行かないでくれと男は叫んだ。まるで、命の危機を如実に感じ取っているかのようだった。
 正純はその声をも遠ざけるかの如く風を裂く。
 獣達の群を一手に引き受けるフランはその様子を見てからはあ、と息を吐く。前を支えるのはリースヒースとスティアにも任せられる。
「フランさん」
「大丈夫だよ」
 正純の呼び掛けにフランは頷いた。数の上ではほぼ互角、それでも吸血鬼が二人も居るのだから、晶獣にばかりは構っては居られない。
「此処は任せて」
 頷いてから水晶の腕を持ったフランを気遣う様に正純は一度だけ振り返った。信頼の証のように背を向けた。
 獣達の獰猛な瞳がぎろりとフランを見詰めた。背筋をぴんと伸ばして魔術の刻印を開放する。
 リミッターを『開けた』時、どくりと体に感じられた苦しみを飲み込んだ。紅色に染まった指先も、頸筋に咲いた花も、身を包んだアイビーだって。
(苦しく何て、ないよ)
 一人でも多く、護れるように。小さくて大きな誓いだった。苦しい事なんて、どこにもないんだ。
 ノームの里の愛し子は、ただ、真っ向からサン・エクラ達を見据えていた。
「ここはあたしに任せてね。……えへへ、言ってみたかったんだ。あ、でもジゼルさん。ちょぴっとだけ、あたしの援護、お願い!」
「フランのことを、わたしが護るよ」
 短剣に魔力が灯った。ジゼルはフランの背中にとん、と自分の背を預けてから離れる。サン・エクラの全てを受け止める。それが、フランの役割だった。
「フラン」
「……どうしたの? ジゼルさん」
「任せて。わたし、強いから」
 それは、良かった。なんて揶揄うように声を弾ませて、ジゼルとフランはサン・エクラを相手取る。
 進んで、走って。前へ、前へ。
 フランが送り出したのはルカだった。その背中が離れていくことに一抹の寂しささえ感じない。あなたが、ここを任せてくれたのだから。
「アルヘンナ!」
 ルカは両手で武器を持った。その勢いの儘、叩き斬る。
 魔力を帯びたスティッキがぎりぎりと音を立てた。竜を斬るために鍛え上げた技だ。生半可では受け止められない。
 苦々しいアルヘンナのかんばせをルカは睨め付ける。
「一応聞いておくぜ。ノーザスと一緒に投降して吸血鬼を辞める気はあるか」
 無駄かも知れない。烙印の影響下で女王に心酔したのかも知れない。
 イレギュラーズと違って『吸血鬼』の成り立ちは違うのかも知れない。無数の可能性をなぞらえながら問うた言葉にアルヘンナは鼻先で笑った。
「ないさ」
「そうかい。なら仕方ねえな」
 ルカは見る。ノーザスは楽しげに笑い出す。その声音の響きを聞きながら、リディアは真っ向から彼等を見詰めていた。
 彼は、幼いこどもを愛している。
 それが紛い物の愛情であったとしても、彼のよすがは確かにそこにあったのだ。
「なるほど、敵ながら見事です。まずはその覚悟に敬意を以って、全身でお相手致しましょう。
 ……しかしそれだけに貴方にはまだ理性が――正しい心があるように思えてなりません」
「理性なんてものはずくずくになって溶けてしまったと思っているんだけれどなあ」
 男の言葉にリディアは首を振った。暗夜に煌めくひとつの星。郷国の姫君の、黄金の軌跡は、青に閃く。
「それだけの想いがあるのならば、是非聞かせてください。本当に彼を――ノーザスを守る為の選択肢は、これしかないのですか?
 貴方がその身を盾にした先に、彼に一体どんな未来があるというのですか……?
 本当に彼の身を案じているのなら……私達は、手を取る事はできないのですか!?」
 クロバが、この場に躊躇いなどないかと心配していた。躊躇いなんて、あるに決まっている。
 彼は立場さえ違えばリディアの護るべき存在だ。人を愛し、寂しいだけの共依存。民草を慮るのは王族の嗜みだ。
「世界を」
 アルヘンナの声音が低く轟いた。リディアの痛打たる一閃を受け止めた短剣がぴしりと音を立てる。
「世界を、滅ぼす存在を殺すだろう?」
「……小を切り捨てなくては、全てを護れないという事ですか」
 忌々しい。リディアは唇を噛んだ。
 命を助ける事なんて出来ない。助かる道なんて、何処にもないと知らしめるかのようだった。
「戻れる道なんて、どこにもないんだ。
 水晶になった体は、作り変わっていくだろう。内側から、それから……残ったのは唯一、自分たらしめる感情だった」
「ああっ、もう! 辛気くさいですねえ!」
 しにゃこは叫んだ。烙印が、進んだ先がどうなるかなんて分からない。彼の言う通り二度とは戻れなくなるのだろうか。
「気合入れて前向いてください! 殴るのは自分じゃないですよ!
 ルカ先輩! 無様な所しにゃに見せないで! 簡単に自分に負ける先輩だったんですか!?
 フランさんも水晶になったらしにゃの部屋に飾っちゃいますからね! 嫌だったら踏ん張ってください!」
「誰は無様だ」
「えっ、それはやだ」
 明るい声音がふたつ、返される。しにゃこはそれで実感してしまった――彼等は仮想反転の先にあった存在だった。
(戻れる者と、戻れない者……)
 正純は、スティアは気付いて仕舞った。もう二度とは人には戻れず、人を手放してしまったのだとしたならば。
(……どれだけ、しにゃたちが言葉を尽くしたって、行き着く先は闇だなんて)
 そう思ってしまったならば、彼の最期を示さなくってはならない。
 その為に、どちらかに大切な人の死を見せなくてはならなかった。それがどれ程に苦しく辛い事であるかをよく知っていた。
(私にできることはその怒りや悲しみを全て受け止めることだけ……こんなことしかできない無力な自分に悲しくなっちゃうね)
 ――それでも、躊躇ってはいられなかった。烙印に苦しむ仲間を助けるためには吸血鬼を斃さなくてはならなかったから。
 スティアに吹雪く、魔力の光。アルヘンナが膝を付いたが歯列を軋ませ、立ち上がる。
「行き着く果てが此処ならば、仕方が無かったから死ねと割り切れるものか!
 この子は、ただ、罪なんて無い! 産まれたことが悪かったならば、生き方を間違えたというならば、糺すのが大人だったろうに!」
「ああ。だろうよ」
 クロバは渋い表情を浮かべた。それでも、終着点が『ここ』だった。
「終わりにしようぜ」
 ミーナが地を蹴った。命を奪うのは三日月の形をしていた。何時だって、歪なままではいられない。
 刃の研ぎ澄ました光が、縺れるように落ちて行く。それが、人の死を表していることを彼女はよく知っていた。


「アルヘンナ」
 ぽつり、と呟いたノーザスは倒れた男を見下ろしていた。最期に、彼の眸に映ったのはなんだったんだろうか。
 彼ならば、何時だって自分を愛していてくれたのに――おかしいな。
 ……最後の最後に、彼が見るのは僕じゃないと、いけなかったはずなのに。
「何か、言ってよ」
 最期まで、背を向けていた。最期まで、護ってくれていた。
 彼の背中が愛を伝えてくれたのに。死の間際に、僕を見てやくれない。
 ただ、聞こえた。ルカが祈った『最期の言葉』。それがノーザスの名を呼んだことだけは確かだった。
 名前を呼んだ、それだけじゃあ駄目だった。
 満たされないほどに愛された。ずぶずぶと泥沼に沈んでいくように、深く、彼と共に在ることを望んでいた。
 ルカは唇を噛み締める。殺す相手に、希望を見出す己は屹度甘いのだ。
「アルヘンナ」
 少年が呼ぶ声が、苦しさだけを滲ませている。
「あ、あ――」
「……ノーザス、お前にも問おう。最後に全てがある、とお前は言ったそうだな。――確かに大事なものは最後には、俺も理解はできるさ。
 だが、それが全てじゃないのも俺は知っている。アルヘンナの姿を見てお前は何を思った?
 俺達は何であれ一言足らない事が多いんだよ。言わなきゃわからないことがこの世にはあまりにも多すぎるんだ!」
 求めた最期は、其処にはなかっただろう。当たり前だ。
 その関係に『さいご』なんて何処にもなかったのだから。
 命をも賭す一撃は鋭い光を帯びていた。
 ノーザスの剣が振り上げられる。その仕草をアマラはよく理解している。己の癖と同じだ。
「アマラと同じじゃねえか」
 ルカの呟きにアマラは嫌になると言わんばかりに苦々しい笑みを漏した。
 酷く疲弊した顔をして居たフランを支えたジゼルはただ、その様子を眺めて居た。
「……僕の教えた通りだったんだな」
 アマラは恐れるように呟いた。フランはそっとジゼルの背を押してから「行ってあげて」と囁く。
「ノーザスさんはアンヘルナさんの事どう思ってたんです? 女王にも彼にも思い入れが無いなら投降して欲しいんですけど……」
「どうしてだろう」
 しにゃこはゆっくりと瞼を押し上げた。苦々しい、笑みだ。
「どうしてなど、簡単ではないか。喪ったら戻らない」
 リースヒースは蒼白い顔をしてそう言った。
 これ以上は――駄目だった。
 ああ、友の血の味が忘れられない。
『戦場に俺を持っていけ』と飲まされた血の味が。リースヒースは歪みつつあることを思い知らされる。
 頭が血色の靄で満たされる。正気に縋り付いて、息をする。回復役が機能しなくなることが恐ろしかった。
「……何も戻らないからこそ、死は等しく訪れ全てを奪い去るのだろう」
 そんなことさえ知らなかった子供。ルカはノーザスには何も言いやしなかった。
 彼は『そうでなくては生きていられなかった』から。
 しにゃこの弾丸の雨の中を、走り抜ける。
 至近距離にゼファーは立っていた。柔らかな銀の髪、軌跡を残した月色。
 護りたいものがあって、譲れないものがあって。それは切実で、暖かで、優しくて――誰もが持ち得たかも知れない、あたりまえ。
 もっと違う形で出会えていたならば?
 屹度――ゼファーはこの二人に手を差し伸べたのだろう。
 詮無い事を言っては居られなかった。悲しいことには、変わりが無くて。
 ノーザスの剣を弾く。
 ミーナの大鎌が反動で腕を上げたノーザスの胸を裂いた。
「ッ――」
 呻き声を聞きスティアが苦しげに眉を顰めた。
 酷なことだ。優しすぎる人々は、命を奪う刹那にたった一度の後悔を滲ませる。
 クロバは知っていた。そこから、再起するように決意の刃に火を灯すのだと。
 歪んでいる。
 それでも、解れながらも糸は繋がっていた。確かにそれには絆があって、確かにそれには愛があった。
 偽りの輪郭線。家族という絵を描いただけの関係性だった。
「偽りばかりでは、辛い事でしょう」
 星は瞬きあまねくすべてを見守ってくれていると知っている。
 星の声が正純には聞こえていた。それは、幸福を示す――だからこそ、ひと思いに放った。
 少年の胸を突き刺したのは星のまたたきの祈りを込めた鏃だった。
 ――偽りであったとしても、その関係性には変わりは無くて良かった。
 彼は父を得た。父はもう一人の息子を得た。そこにあった愛情は、変わることはないのだと。
「……信じていられることが、果たして幸福なのでしょうか」


「ジゼルさん! つい恋バナ大好きJKとして盛り上がっちゃったんですけど、別にそんなに焦らないで!
 前も言った通り難しく考えなくていいんですよ! まだたっぷり時間はあります! 一人前の大人になってからでも遅くはないはず!」
 しにゃこの方が『お姉さん』だと彼女は笑う。17歳と16歳。ひとつの違いだけではなくて、生きてきた道にはそれなりの価値があった。
「遅くないかな。アマラ、おじいさんにならないかな?」
「何れだけ悩むつもりなんですか!?」
 アマラは今年で22になる。十代の少女にとってはそれなりの年の差のようにも感じられた。
 成人して幾許かで14歳の親を亡くした少女を拾い育てただけでも十分な事だったのだろうか。
「支えられるだけじゃなくて支えてあげたい! って思えたら……たぶん本物です!
 よく読む恋愛漫画の受け売りですけど……しにゃにもそんな相手が現れるのか……イマイチよく解ってないです!」
「しにゃこに、そういう人が出来たら紹介してくれる? その支えてあげたい王子様……?」
「うーん、出来ますかねー」
 視線をそっと逸らしたしにゃこは同じように恋愛が不得手だと自覚していたリディアを見遣った。
 リディアは肩を跳ねさせてから「いつか出会えますかね」と視線を明後日へと向ける。恋なんて、落ちるもの。
 転がり落ちる坂がどこにあるかなんて、分かりやしないのだ。
 こっそりと、囁くようにフランはジゼルの手を握ってから耳を寄せた。
「あたしね、好きな人が居て……。
 最初は優しいお兄ちゃんみたいだなって思ってたけど、気付いたら目で追ってて、声が聞けたら嬉しくて、その人が頑張っていれば自分も頑張れる。
 ぎゅう、って胸が痛むこともあるけど、それでも『愛する』っていうのはすごく暖かくて、強くなれて、すごいことなんだ」
「愛する」
 愛するということ、それは難しいことだった。けれど――彼女の言う感情(こころ)は知っているかも知れない。
「だから、ジゼルさんがもしその暖かい何かを感じたら、そこから目を背けないでほしい。
 恋の相談ならいつでも乗るよ! だってあたし、恋の先輩だもん!」
「フランは先輩。うん、それって、凄く難しい気持なんだなっておもうから……教えてくれて、ありがとう」
 眩い笑みで微笑んだジゼルはそっとアマラの方向を見た。
 亡骸は、物言わない。見下ろす彼は何を思っているのだろう。
「愛と言っても色々な種類があるしね。親愛だったり、家族愛、恋心……。あの二人は、家族の情を持っていたのかも。
 ジゼルさんもゆっくりでも少しずつ知っていけば良いと思う。
 そして自分の気持ちを大切に育てていって欲しいなって。できなかった人達の分まで一緒に……」
 願わくば彼等に安らかな眠りが訪れるように。本当の家族になれるようにと、スティアは祈る。
 何にも罪はなかったのかも知れない。不幸なんて、何処かに転がっている。石ころに躓いただけだったのかも、とさえそう思う。
「ああ、そうそうお二人さんに言っておくことが。まあババアの戯言さ。
 過去は忘れろとは言わないが、囚われちゃいけねぇ。大切なのは未来に向けてどうするか、さ。
 ……ま、悔いなきように、伝えるべき言葉は口にしろってことさね」
 手をひらひらと振ったミーナにジゼルは「わたし、前を向いて歩けてる?」と問い掛ける。無垢な娘の頭を乱雑に撫でてから「勿論」とミーナは笑って見せた。
「あら、前を向けていなかったのなら一緒にこんな場所に来てないのではなくて?」
「ゼファーがいたから来れたんだよ」
「……ふふ。答えを急ぐことはないわ。けれど、何時別離が来るかも分からないこんな世界ですもの。
 大切な気持ちは、出来上がった形でなくても伝えていいのよ。
 どんな選択、未来であったって……私達は絶対に貴女達の素敵なお友達ですからね」
 そっとゼファーはジゼルの頬に触れた。柔らかな輪郭。大人びてきた少女。その眸の煌めきが、愛おしい。
 大切な友人。お姫様を護るのは王子様の役目だなんて、揶揄っちゃいられない。
「だから、私達の勝利、待っててくれるかしら」
「待ってるから、帰ってきてね?」
 その痛々しい体も。変異をしてしまった、見慣れぬ姿だって、等しく大切な友人のものだったから。
「馴染みのない俺が言うのもなんだが、ちゃんと気持ちは伝え合えよ。
 解ってても口にしないとわからないことだって沢山あるんだからさ。これまでも、これからも」
 アマラの肩を叩いたクロバは祝福を込めてそう言った。ジゼルを一瞥してから「それでも、伝える事に臆病にはなるんだ」とアマラは肩を竦めて。
「アマラ、俺はまだ戦いがある。こいつらの遺体は任せる」
「……分かった」
 祈りだけを捧げていた正純もゆっくりと立ち上がり「宜しくお願いします」と恭しく頭を下げる。
「任せてくれ。きちんと埋葬する。それが、出来る事だ」
 ノーザスの髪を撫でたアマラは悔しげに唇を噛んだ。彼に、話しかけなければ――そんな過去ばかりを反芻する。
 青年はだからこそ、臆病者だったのだろうか。ルカは立ち上がり肩を叩く。
「なぁ、アマラ。人生ってのは一度きりだ。だから後悔のないように生きろ。
『もっといい人がいるかも知れない』って言ったな。そいつは話が簡単だ。お前が世界中の誰よりイイ男になりゃあ解決だ」
「はは――」
 アマラは思わず笑みを零した。強制するつもりなんかルカは無かった。
 アマラが自分の気持に向き合って、どの様な結果を出すのかはアマラ次第だからだ。
「どうしたいかはお前次第。此の儘で良いってんならそれでいい――がだが今のお前らはそうは見えなかったからな。
 少なくとも、ジゼルの方は意識してるみてえだぜ? さ、どうするよ、『王子様』」
 揶揄うように肩を叩いたルカにアマラは「簡単に言ってくれるな」と笑いかけた。

 君を、愛するということ。
 それはまだ、遠い未来を描くという事。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女
フラン・ヴィラネル(p3p006816)[重傷]
ノームの愛娘

あとがき

 お疲れ様でした。
 ジゼルとアマラも皆さんと沢山歩んで来たなあと実感する毎日です。
 
 それでは、またご縁がありましたら。どうぞ、宜しくお願い致します。

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