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シナリオ詳細

<黄昏の園>黒竜より見下ろせば

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『ラドネスチタ』
 ぎょろりとした黒い瞳はその体に埋もれていた。
 闇色の体を包む瘴気をコントロールできず、巨大に育ったその竜は姿だけで生き物へと畏怖を与える。
 本能的な恐怖に抗うことの出来ぬ者達は彼から目を背けた。悍ましき黒き霧はその度にその肉体から溢れ出す。

 ――ラドネスチタ。ラドン。

 そう呼んでくれた友人が彼にとっての心の支えであった。
 その姿から竜にさえも疎まれたラドネスチタは本当は心根が優しいことも、姿で恐れる者は皆、その優しさを知らぬだけなのだと男は説いた。
 彼はベルゼーと言った。ラドンにとっての初めての友人だ。
 ベルゼーの夢は竜と人の対話。そして、其れ等が共に過ごせる場所であった。
 皮肉な事に、彼の肉体にはタイムリミットが存在している。
 たった300年も前の話だが、その時はある竜が腹の中へと自らの肉体を投じ『彼に喰われた』。
 その際にベルゼーの暴走は収まった、というのは彼と親しくしている竜ならば誰もが知っている。
 ベルゼーが『ヘスペリデス』の奥に隠れたのだって、その時が近いのだろう。
(優しきおまえが、亜竜種やその友人達を……小さき者達を巻き込みたくないことはよく知っている。
 ヘスペリデスを護り続けたこの身をおまえの糧にしても良いと、そう思って居たが――)
 それだけでは収まらぬのだろう。ラドネスチタは『彼の心』を護る為ならば身を投じたって良かった。
 だが、己が身を呈しても全てが収まらぬのならば……どうにかして止めなくてはならないとも、そう認識している。
 ベルゼー・グラトニオスはヘスペリデスの何処かに隠れている。
 己の腹の中の『竜』が消化されたその時――きっと、彼の権能は暴れ出してしまうのだろうから。

「ラドン」
 エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)はラドネスチタを見上げた。
 身を丸めるようにして瘴気を出来る限り納めていた竜はエクスマリアをまじまじと見詰めた。
 その傍らにはラドネスチタを気にしてやって来たアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の姿もあった。
『人間か』
「ああ。少し頼みたいことがあるのだが」
「……と、その前に、今大丈夫だったかな? 怪我とか……」
『問題は無い』
 エクスマリアとアレクシアを見詰めた左側の瞳は細められる。巨大な竜は一先ず自らの体を人間形態へと転じさせた。
 徐々に姿を変化させたラドネスチタは黒い翼を有する『人間』を模す。亜竜種をイメージしたそうだ。
『何を頼みたいと?』
「折角、人になって貰った、が、ラドンの背に乗ればヘスペリデスを、見回せないだろうか?」
『遠くまで、か』
「ああ」
『出来るだろう』
 場所を指定すれば竜の姿に戻るとラドネスチタはすたすたと歩き出した。その背を追掛けながらアレクシアは「あの」と少しばかり緊張したように声を掛ける。
「どうして、協力してくれるの?」
『悪い奴らじゃ、ないのだろう。
 この身は巨大であるが故に、畏怖され、忌避されていた、が、ラドネスチタはまだほんの子供だと思ってくれ。
 まだ八百年程度しか生きていない。成竜になりはしたが、親も居らん我が身はベルゼーしか頼る者がなかった』
 淡々と話すラドネスチタはくるりと振り返った。確かに、その姿は人間の子供の様にも思える。
『ベルゼーをどうにかする、と言って居た』
「うん」
『彼奴と話したいと言う奴も居た。勿論、倒そうと考えるのも間違いではない。あれは滅びだ』
「うん……」
『ベルゼー・グラトニオスという男は、愛するモノが傷付くことは好まない。
 だからこそ、ラドネスチタは協力をしよう。我が身が皆への協力を行なうことを赦すのであれば、だ』
 戦う事は出来ないだろうが、サポートくらいならば出来るのだとラドネスチタはそう言った。
 罪域からヘスペリデスに踏み入る事にはやや緊張するようだが、その一歩を踏み出してからラドネスチタは言う。
『何をすれば良い』――と。

GMコメント

●目的
 ・ラドネスチタと共にヘスペリデスを探索する
 ・『女神の欠片』を探す

●ヘスペリデス
 『ラドンの罪域』を越えた先に存在している風光明媚な空間です。ピュニシオンの森から見て黄昏に位置し、この空間独特の花や植物が咲き乱れます。
 竜種達は「黄昏の地」「暴食の気紛れ」などと呼んでいます。その言の通り、この場所を作り上げたのは『冠位暴食』ベルゼー・グラトニオスです。
 亜竜達の憩いの地である他、竜種達の住まいにもなっています。遺跡に見えるモノは見様見真似で石を積み上げただけのものであり、不格好です。衝撃で崩れ落ちる可能性もあります。 

 ラドネスチタはヘスペリデスを詳しく知りません。罪域にずっと居たからでしょう。
 何か教えてあげるのも良いかも知れません。
 ヘスペリデスは特有の植生があり、様々な花やキノコ、草木が茂っています。名前も知らぬ新たな植物や動き回る美味しそうな動物が居るかもしれません。アーカーシュ等で取得したものに似ているかもしれませんし、新種ならば名前を付けてみても構いません。

 ラドネスチタは『女神の欠片』らしきものを一つだけ知っているのだそうです。
 昔、ベルゼーが見せてくれたと言います。それは『りんりん』と音を鳴らし、少しだけお日様の匂いがしたそうです。

●『狂黒竜ラドネスチタ』
 通称をラドン。ベルゼーの友とも言える存在です。
 人間から見れば巨大な竜です。この一体を包み込むほどの黒き瘴気をその身から発します。
 その黒き瘴気はBSの効果もありますがラドネスチタは出来る限り抑えてくれているようです。
 もの凄い大きな体をして居るので探索時は皆さんにお願いされない限りは亜竜種の姿を模しています。
 幼い子供の姿であり、不慣れな人間の姿をとるために何処か戸惑っているようです。
 イレギュラーズに対しては「ベルゼーの友人」として接してくれます。つまり、父の友達……みたいな相手だと認識しているようですね。

●エネミー等
 勿論の事ながら此処は覇竜領域です。亜竜や竜種の襲来には備えておく必要があります。
 ある程度の対策を行なっておけばそれなりに対処は可能でしょう。空には注意を促しながら探索をしてみましょう。
 ……ラドンが居るので、普通の亜竜は吃驚しそう、ですね。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <黄昏の園>黒竜より見下ろせば完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年05月18日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
シラス(p3p004421)
超える者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
新道 風牙(p3p005012)
よをつむぐもの
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘

リプレイ


 黒き体は、その身から溢れる霧は、仲間達にさえも疎まれてきたという。
 巨躯を有するラドネスチタはイレギュラーズと視線を合わせるために人の姿を借りたが、次は見下ろすようになってしまったのだと『ウィザード』マルク・シリング(p3p001309)は小さく笑った。
「こんな風に会話できるようになれて嬉しいよ。よろしくね、ラドン」
 脅威として認識していた存在だが今は此程までに頼もしい事は無い。『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)は微笑みその傍へと膝を付く。
「ラドンさん、こんにちは。ユーフォニーです。あっ、ラドンさんとお呼びして大丈夫でしょうか……? ご一緒できるの心強いです!」
『構わぬ』
 頷いたラドネスチタに「ラドンさん」と『【星空の友達】/不完全な願望器』ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)は呼び掛けてみる。
「初めましてだね……ヨゾラっていいます。よろしくね! 一緒に色々探せたら嬉しいな」
 続き『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)も輝くように笑みを浮かべた。「ラドネスチタくん」と呼び掛けたが、直ぐに首を振る。
「君がラドンくん、なんだね! はじめまして!ボクは炎堂焔っていんだ、よろしくね!
 なんだかもっと怖い感じの人のイメージだったけど、お話してみたらなんだか可愛い感じの人だったんだね……とにかく、力を貸してくれてありがとう! 今日はよろしくね!」
『恐れるのは間違いではない。我が身は竜だ。親しみを感じるのは人間の感性だ。それを否定はせぬ。
 だが、竜たる己は畏怖の対象であろう。その印象をゆめ忘れることなきよう』
 ラドネスチタの言葉の端に見えた竜の片鱗。ラドン君と呼び掛ける『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は頷く。
 竜種は上位存在だ。ラドネスチタの言葉も尤ものことではある。だが、竜とも友人になる事が出来ればと――そう思わずには居られないのだ。
「協力してくれてありがとう。ベルゼーさんのためにも頑張りましょう!
 それでね、道すがら、ベルゼーさんの話も聞かせてもらえると嬉しいな。私たちはまだまだ、あの人について多くを知らないからさ」
『構わぬ』
 頷くラドネスチタはベルゼーという名を聞いて機嫌が良いようにも見られた。
(……オレらのこと、ベルゼーの友達って思ってんのか……何か複雑な気分だな。むしろ宿敵みたいなもんなんだけど……。
 わざわざそれを言うのもなー……でも、黙ってるのも騙してるみたいで気分が……こいつ、見た目に反してなんかいい奴っぽいし……)
 ラドネスチタがあの区域を護っていたのもベルゼーのためだった。ヘスペリデスに踏み入る者を見定める役目を自ら進んで担ったのだろう。
 そう思えば『良い奴』という印象も強ち間違っていやしない気がして『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)は頭を抱えた。
「あーーー!」
 突如として叫んだ風牙に『愛された娘』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が溢れんばかりの藍玉の眸を丸くした。
「今は置いとく!
 ラドン! オレの名は新道風牙! 竜とは戦ったりダチになったりしてる!
 お前とも仲良くしたい! よろしく! そんじゃ、みんなで宝探しといこうぜ!」
 勢い良く告げてずんずんと進む風牙はヘスペリデスを見下ろすように立っていた『竜剣』シラス(p3p004421)の傍らへと辿り着いた。
「……前人未踏ってやつだよな?」
 思わず口笛を吹いてしまいそうな程に機嫌が良い。この地に入った理由も、待っている困難も決して軽いものではないと知っている。
 それでも此処は『伝説』の地だ。シラスにとって、憧れと呼ぶに相応しい場所である。正しく夢物語――興奮しなかったら嘘だ。
 アレクシアが竜と仲良くなるなんて物語の登場人物みたいだと言った。その言葉がシラスにも良く分かる。憧憬の先に立っているのだ。
 前行くファミリアーの狸を追掛けながらも風牙は危険生物の早期発見こそ気を配らねばならない。耳を欹てりんりんとなる『欠片』を探さねばならないが――
「お日様みたいな匂いもしたっていうから、日の光を浴びるような存在……花みたいなのだろうか。
 鈴、花……すずらん? さすがに安直すぎるか、はは。
 ラドン、お前が見た『欠片』ってどんな形してた? ベルゼーから『どこにあったか』聞いたりしてない?」
「……小さいモノだったと聞いている」
 花、というのがある意味外れてはないのだろうかと風牙は瞬いた。
「女神の欠片って色んなものに宿ってるんだよね、それじゃあこの辺りにあるとしたらラドンくんが見たって言うのとは違うものになるのかな
 ベルゼーさんが見せてくれたっていうなら、特に事情がなければそれはそのままベルゼーさんが持ってるだろうし……」
 首を捻った焔はどこかで無くしちゃったのかなあと呟いた。もしくは、無数に別たれて存在しているが為にイレギュラーズが探す任を負うこととなった可能性もある。
「リンリン音がして少しお日様の臭いがするものかぁ、風鈴とかそんな感じもものなのかな? 鈴蘭みたいなお花で中に鈴が入ってるとか」
 可愛らしいものを想像して思わず頬を緩める焔。「猫が好みそうだよね」とヨゾラは嬉しそうに頬を緩める。
 空を飛ぶ鳥達に「猫が好みそうなものを教えてね」と声を掛けたヨゾラ。ラドネスチタは「ネコ」と聞き慣れない言葉に眉を顰めた。
「あ、猫っていうのは小さくて可愛くてにゃあって鳴く動物の事で……此の辺りにも居るかな? いたらヘスペリネコって名付けたいな」
「そこの娘が連れているドラネコという亜竜……その亜種か」
 ヨゾラは頷いた。猫のような可愛らしい生物が居るかは分からないがユーフォニーが連れる可愛らしい友人達のような亜竜がこの場所に住んでいてくれれば喜ばしい。
「女神の欠片は元から欠片として存在するのか、それとも砕けたりして散らばってしまったのか……。
 欠片の見た目も様々なのに、どうして女神と言われるんでしょう。その効果は……ラドンさんはご存じですか?」
「……探し出したら話そう」
 静かに告げるラドネスチタにユーフォニーは頷いた。穏やかな場所だ。陽だまりの中、ついついごろりと転がって転た寝をしてしまいたくなる。
 此処が危険な覇竜領域の只中であることなど忘れてしまいそうな程に静かな場所なのだ。勿論、ラドネスチタが同行しているというのもあるだろう。
 竜種の中でも周囲に恐れられる風貌のラドネスチタが居る事は探索を容易に進ませてくれる。
「幼い姿らしい、多分マリアと同じくらい、か。歩くのも慣れないなら、手を繋いで行こう。普段の巨体では出来ない経験、だろう?」
「二足歩行は慣れん」
 渋い表情をしたラドネスチタにエクスマリアは頷いた。無暗にヘスペリデスを荒したくはない。ラドネスチタの存在感で追い払える程度はコレまで避けることが出来ていた。
 竜種達もラドネスチタに対しては畏怖や嫌悪を抱いているのか近寄ってこない。元より『彼がこの場に立ち入ることを許した』事はどうやら共有されているようである。
「ラドン、マリア達は他の竜とは、話せるだろうか」
「難しいだろう。お前達は、我らにとってお前達は尊厳を有する生物に認識出来ていない。
 ベルゼーは価値観の共有こそ、友好の一歩だとそう告げて居たが、竜と人は違いすぎる」
 静かに告げたラドネスチタにエクスマリアは頷いた。確かにそうだろう。どれだけ、イレギュラーズが親しみを覚えようとも相手は竜だ。
 りん――音を頼りにしながらマルクは空を飛ぶ鳥に「どうかな?」と問うた。知識は力だ。彼のコレまでの経験を生かし探し求める。
「形がそれぞれ違うめがみの欠片というのも、難しいね」
「それぞれ匂いが違うのかな。りんりん……お日様の匂い、ね。女神の欠片は陽に干した毛布の香りでもするんだろうか?」
 実に和やかな空間だと考えたシラスは「あれは?」と物珍しい者を見付けて走り寄っていく。「アレクシア、見て」と呼び掛けてから脱線したと首を振ったシラスにアレクシアは小さく笑いかける。
「ここは、和やかで、不思議なものが多いね。ヘルペリデスのことは私も来たばかりであんまり詳しくないけれど、こないだ少し探検したからね。
 リアティーって名前をつけてくれって言われた花があるんだよ。あの時話したオーリアティアは私達と友人になれそうだった」
 アレクシアは若竜を思いだし眼を細める。ラドネスチタは「あれは変わり者だ」とそう言った。
「ラドン、危険生物が居るんだ。避けて貰っても構わないか」
「構わぬ」
「あ、空から眺めたら、特に日当たりのよさそうな場所とかわかんねえかな?
 ちょっと乗せて飛んでもらったり……いいか? べ、別に竜の背中に乗りたいとかそんなんじゃねえから!」
 ぷい、と外方を向いた風牙に焔は「ラドンくん、疲れちゃったら休憩しようね」と微笑みかけた。
「背に乗ると言ったが、やはり肩が良い、な。顔が近い方が、話し易い。
 それに、思い出す。大きな体と強い力で恐れられた、けど優しい友を――彼の肩の上で語らった日々を」
 エクスマリアが目を伏せればラドネスチタは『大きさ』が違えどともになれるのだとそう感じていた。
 枯れ草や干し草が関連しているのか、もしくは植物なのだろうかと考え込んでいたマルクはヘスペリデスの植生に存在して無さそうなものを考えて居た。マルク自身は知識を生かして考え倦ねていたが、植物の姿をしていようとも『動物』のように動く可能性は否めない。
「琉珂さんのご飯も動くしね」
「……あれは覇竜領域の食材だったかな?」
 アレクシアは肩を竦めてから頷いた。マルクが身を乗り出せば、何かが蠢いている。りん、りんと音鳴らす釣り鐘の花は歩き回っているようだ。
 仄かな『お日様の薫り』に「あれだ」とヨゾラが指差せば、慌てた様に風牙がキャッチする。
「ゲット!」
「やったね! ふー、今日のお仕事は終わりかなあ? ラドンくんと一緒に探索することになるかもって聞いてたから、お弁当を用意してきたんだ!
 竜種用サイズは用意出来なかったから、よかったら人の姿になって食べない?
 どれくらい食べるのかわからなかったからいっぱい用意してきたし、皆も一緒に! ラドンくんから、ベルゼーさんのこととかお話聞きたいし!」
 うきうきとした様子の焔にヨゾラは「うんうん、ラドンさんも一緒に」と微笑んだ。
 レジャーシートを広げる焔に従い人の姿になったラドネスチタは何処か所在なさげであった。
(しっかし、綺麗だなあ。こんな場所を作ったのが、あのベルゼーってのが……)
 ――冠位魔種。倒すべき大罪。だと、いうのにこの場所を美しいと花を愛で作り上げたのが彼だと思えば遣る瀬なささえも存在している。
「竜種と……ラドンさんと一緒に、女神の欠片を探せるのがすごく嬉しい!
 他の竜種とも、こんな風に……は難しいかもだけど、希望が見えた気がした」
 明るい笑みを浮かべたヨゾラにラドネスチタは「しかし、友というわけではない」と念を押すように言う。
 どうして、その様に重ねていったのだろうかとヨゾラはおにぎりを掴んでいたラドネスチタを見遣った。
「利害が一致しただけ。もしも、敵対するならば迷うことなくラドネスチタはお前達を引き裂く。ベルゼーのためならば」
「……うん。ラドンさんにとってベルゼーは大切な存在なんだね、ヘスペリデスを作ったのも……」
 彼の場所であることを思えばヨゾラは切なくもなった。この場所は、ベルゼーが作った『竜と人の共存を目指した』場所なのだろう。故に、ラドネスチタも暴れ回ることはしなかった。あくまでも彼の願いを叶えるように過ごしていたのだろう。
(何だか、遣りきれないなあ……)
 アレクシアはそっとラドネスチタに問うた。小さな竜の頭を撫でる。
「……ねえ、ベルゼーさんは、やっぱりみんなに優しかったのかな?
 私は、あの人はなんだかずっと、戦うことを望んでいないように思えてしょうがないんだ。
 これまで、『冠位』と呼ばれる相手とは何人も対峙してきたけど、そのどれもが明確にこちらを倒してやろうって意図を持っていた」
 幼子の姿をしていた竜覇「その通り」だと眼を伏せった。


「ラドンさん、私……ベルゼーさんを助けたいです。万人が賛成ではないでしょう。
 彼を倒さないと気が済まないひとも、きっと……それでも、彼が望んでくれるなら賭けたいんです。
 そのひとが思うそのひとで在れないことを、また見過ごすのは嫌で……」
 ラドネスチタは此方を見守っているテロニュクスに気付く。ユーフォニーは彼にだって聞いて欲しかった。
 ユーフォニーと同じく、アレクシアとて思って居た。ベルゼー・グラトニオスの未来がどの様に展開されていくのか、と。
「女神の欠片で苦しみは和らげられる。でも、その先はどうなるのだろう? やっぱり倒さないといけないのかな?」
「疑問ばかり。……我々は対話が少ない。それは人と竜であるからという理由もあるだろう、けれど――」
 マルクは渋い表情を見せた。自身達はラドネスチタと斯うして対話を行えるように、ジャバーウォックとも話せるだろうか。
 テロニュクスが見て居るならばラドネスチタは素直な言葉を返してくれるはずである。マルクはじっくりと『幼い子供を真似た』人のかたちをとっているラドネスチタを見下ろした。
「……ジャバーウォックもラドンと同様にベルゼ―を父として思っている。
 君のように滅ぼす事までは肯定しないと思うけれど、その苦しみを和らげるために女神の欠片を集める事については、双方の利益……いや、『想い』が一致していると思う。権能さえなんとかできれば、ベルゼ―と僕等は共存の可能性があるんじゃないかな?」
 ラドネスチタは黙り込んだ。同様にテロニュクスも『それ以上の言葉は言わない』
「女神の欠片が『どうにか出来るもの』ではない可能性があるんだろう。見付けてはい、めでたしじゃ終らない」
 シラスはアレクシアの肩を叩いた。苦しみを和らげるという竜種や魔種の言葉を全面的に信用した形である。だが、それが何かを引き出したいのだ。
「……何か分かりそうか?」
「ラドネスチタとテロニュクスはお前の問いに応えよう」
「教えてくれ」
 気が急いてしまいそうなアレクシアを抑えるようにシラスは静かな声音でそう言った。緊張が滲む――知ってしまえば、後戻りに出来ない現実が其処にはある。
「ラドン。そこからは私が」
「竜、が、増え――ッ」
 降りて来たテロニュクスに風牙が構えた。だが、彼が敵対しないのであれば銭湯の必要性もないか。焔は手にしていた女神の欠片を握り締めて息を呑んだ。
「……こんにちは、君は?」
「テロニュクスと申します。このヘスペリデスの管理人です」
 丁寧な挨拶を行うヨゾラにテロニュクスも同じように物腰柔らかに言葉を返す。エクスマリアは彼がこの『女神の欠片探し』の発起人だと察知し真っ向から向き直った。
「マリアは、お前の『父』とどう向き合うか、未だ定まらない。それでも」
「ええ。お話ししましょう。『女神の欠片』とは即ち――フリアノンと呼ばれた竜の力の欠片です」
 ごくりとエクスマリアが息を呑んだ。
 フリアノン。それは、イレギュラーズが出入りする亜竜集落の名前だ。かの集落は『竜種の骨』で作られたとは耳にしている。
「……フリアノンとベルゼー・グラトニオスの間には約束があります。他者の約束を人が語るのはマナー違反でしょうから、唯一、スタンスで言えばベルゼーは亜竜種達に手出しをしないという深い愛情と自身への枷はそこから来ているのです」
「フリアノンの、力の欠片はどうしてベルゼーの苦しみを和らげるんだい?」
 ヨゾラにテロニュクスは「あの方の苦しみとは即ち――」と口を開いた。

 ――覇竜領域全域を飲み込んでしまう可能性。

「……そりゃ、酷い話だな」
 シラスは絶句した。覇竜領域全域を飲み込む可能性のある権能を『僅かに抑える』。しかし、それは権能自体を抑えたわけではなく被害領域を凝縮しただけに過ぎないのだろう。
「ならば、亜竜種達の大部分は巻込まずに済む。当分の間は。……皆さんも、その域内に居る」
「もしかしてボク達は餌……ってこと?」
「非常食、と言うべきでしょうか。幾人かの竜種もそのつもりかと思われますよ」
 テロニュクスは焔を見詰めてから「貴方方は里長の友人だ。彼女が悲しむことはベルゼー様も控えるでしょう」と告げた。
「……欠片集めを終えたら私達をどうするつもりだった……?」
「巻込まないように、外へと追い出そうと考えております。ベルゼー様の権能が暴走し、その矛先が覇竜領域ではなく外へ向くように――」
 亜竜集落を巻込まず、他地域を目指すならば練達や幻想が良いか。途中の海をも喰らえば海洋の孤島も食らい付くせる。
 それが彼等の考えたベルゼーの延命処置であり、彼が『フリアノンの亜竜種』を護るという目的をも達成できる可能性だというのか。
「ッ――……もし、どうにか倒さずして『暴食』を収められたら、手を取り合うことは叶わないのかな?
『冠位』相手に手加減だなんてできないのはわかってる。でも、私たちは未だに『冠位』が、『魔種』が、世界の『滅び』とやらが何なのかわからずに戦い続けてる」
「無理なのだ」
 ラドネスチタは声を張り上げた。びくりとアレクシアの肩が震える。ユーフォニーは震える声音で「でも」と絞り出した。
「冠位は元から魔種。なら、反転すれば純種になるかなって……えへへ、荒唐無稽ですね。
 でも最終的には滅びから世界を守らなきゃ――それだってもしかしたら荒唐無稽です。それなら心が呼ぶ方に向かいたいじゃないですか!」
「……違うのだ」
「いいえ、他国を襲わせた業は消えません。でも覇竜を大切にし、彼自身も大切にされてきた事実だって消えません。
 だからこそ彼が望むなら……本気です。本気なんです、どうしても、無理ですか!?」
 ユーフォニーに問われたラドネスチタとテロニュクスは言葉を詰らせた。酷く苦々しく表情を歪めたラドネスチタは唇を噛む。
「……ベルゼーは言って居た。産まれながらにして奴は魔種――否『滅びの化身』であったと。
 純種が性質を捻じ曲げられ魔種になるのを『反転』と呼ぼうとも、それはその者の持ち得た可能性でしかあるまい」
 ベルゼー・グラトニオスは産まれながらにして冠位暴食である。暴食の化身、滅びのアークの塊だ。
 故に、反転したとして『純種(にんげん)』になどなれやしない。元より、人で無いものが人になることなど出来まい。成り得るのは『無』だ。
 存在の消失――そう呼ぶべきだろう。
「……そ、んな」
 ユーフォニーが一歩後退した。アレクシアは「救う、手立てはないの?」と問う。
 沈黙、それが応えだ。彼等とイレギュラーズの目的の『終着点』は違う。彼等の提案はフリアノンを――亜竜領域の集落を直ぐに巻込まずに済む時間稼ぎである、それを飲むべきだとマルクは理解している。
 人命を優先しろ、とはシラスは思わない。だが、少しでも被害区域を縮められるのであればそれは人命へと気を配らずに済むという戦力的余力を作り出せることに繋がる。
「……此処から先は、屹度、平行線だ」
 エクスマリアは静かな声音でそう言った。ラドネスチタは佇むのみである。
 何れ来る滅びに備えた者。何れ来る滅びに対抗する手段を欲する者。イレギュラーズとは彼等にとって『招かれざる客』でありながら、彼の『フリアノンに手出しをしたくはない』という心に寄り添うことの出来る唯一の者だったのだろう。
 だから、邪険にはしないのか。風牙は、ごくりと息を呑んでからラドネスチタに向き直った。
「……なあラドン。お前から見て、この場所はどう映る? やっぱ綺麗で、心が落ち着いたりするか?
 オレはそんな風に感じる。お前も、あのベルゼーも、同じように感じるのか?」
「勿論だ。我らはこの地を愛している」
 だとしたら――ああ、なんて、遣る瀬ないのか。
 同じ心を持ち、同じ物を見て美しいと言い合える。だと、言うのに在り方が違う。
 目の前の竜達は上位存在だ。人間など地に蔓延る虫螻に過ぎない。故にフリアノン側ではない位置への侵略を是としているのか。
 其れを理解すれば許せるものではない。風牙の信念は捻じ曲がることはない。だが――
 どうしようもなく、心がざわめくのだ。俯いた風牙の隣を歩み出てからエクスマリアは静かに問う。
「ラドンとマリアは、友となれるだろう、か」
 問い掛けにラドネスチタは頷くことはしなかった。それは否定とも了承とも取れぬ間。
「さあ、帰りましょう」
 静かに声を掛けたテロニュクスは最早背を向けていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。

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