PandoraPartyProject

シナリオ詳細

瑠璃色ジャルダン

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 瑠璃唐草の絨毯にチューリップが揺れている。一陣の清風が淡い春の気配に花の香りを纏わせた。
 ミルクティブラウンのロングヘアーに柔らかなエメラルドの眸を有する少女の手には二本のリード。一本はぴん、と伸ばされ歩くことを拒絶しているかのようで。
「待ち合わせ場所はあっちよ、ほら、歩いて。疲れるのは未だ早いんだからね?」
 腰を下ろして此処で眠ると言わんばかりの『蛸地蔵君』に『探偵助手』退紅・万葉 (p3n000171)が唇を尖らせた。
 新本格派ミステリー小説の探偵助手であった『ノベル世界』からの旅人は肩から小さな虫かごを掛けていた。水が張られたそれは水槽の役割を担い、三匹のタニシが中で揺らいでいる。
 トレブルメイカーの助手という設定を付随された彼女はその設定の儘にペットたちを連れてきたのだ。
 それが蛸地蔵君と、三匹のタニシ兄弟と――せっせと歩く『面白山高原先輩』だ。
「ピクニック楽しみね。ね、面白山高原先輩! それに、エルピスとイレイサも!」
「はい。雪風さまとおべんとうを、つくりました。フルーツサンドは、可愛らしいのですね」
 にこりと微笑む『聖女の殻』エルピス (p3n000080)は断面から見ればフルーツの断面が鮮やかに見え、目を瞠ったと思い出すように笑みを浮かべる。そんな細工を仕掛けた『サブカルチャー』山田・雪風 (p3n000024)は「やっぱ時代は映えだからさあ」とろくろを回すように手を動かしている。
 雪風とエルピスの背中を追掛けながら、些か不安そうに視線を揺れ動かしたのはイレイサ (p3n000294)だった。
 外出用にと衣服を見繕い、孤児であった頃をかけらも滲ませない少年は初めてのピクニックに緊張しているようだった。
「花を踏みますわよ、お気を付けになるのだわ」
 そっとイレイサの手を取って、行く手を示したメイベル・アーベル (p3n000275)が目を伏せる。身を固くしたイレイサはメイベルの手を握ってから深く息を吐いた。
「ベネディクト達を、困らせないだろうか」
「あら、困らせることがあって?」
「……俺は、ピクニックなんて知らないからさ」
「あたくしも、知らないのだわ。エルピスだって知らないことが多いと言って居ましたもの。
 雪風と万葉が丁寧に教えたって、あたくしたちは耳で聞いたことと目で視たことはまぁるで同じとは思えないの。
 だから、あなたが聞けば宜しいではありませんの。はじめてのピクニックの楽しみ方を――彼等に」
 メイベルの指し示した先に――大きな、壁のような、でっぷりとした――犬が立っていた。

「……でか」
「おおきい、いぬ、です」
 思わず呟くイレイサとエルピスに秋月 誠吾 (p3p007127)は「茶太郎、驚かしちゃだめだろう」とその背を撫でる。
「ああ、イレイサ、それに万葉達も。
 ……茶太郎は大きいから驚かせてしまっただろうか? 先輩達は会ったことがあっただろうが、初対面だと驚くものだな」
 柔らかな笑みを浮かべたベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)に万葉は「いいのいいの」と首を振った。
 バスケットを雪風に預け、万葉はリードを手に茶太郎とポメ太郎の元へと駆け寄る。
 その傍に飛び出したのはサメの着ぐるみを着ていたテレージアであった。
「あ、てる子! だめだよ!」
「まあ、スティア。犬を飼って居たのだわ?」
「テレージア……てる子です。皆と遊びたかったみたい」
 胴に手を遣って抱え上げたスティア・エイル・ヴァークライト (p3p001034)の掌を支えに宙を泳ぐようにしゃかしゃかと手を動かすてる子は自称鮫の犬なのだそうだ。
「クィルもご一緒しても宜しいですか?」
 梟を指先から放ったリンディス=クァドラータ (p3p007979)に「梟だ! すげー」と雪風が間の抜けた声を漏した。
 吹く春風に煽られたスカートを抑えてエルピスは「動物さんが、たくさんなのですね」と嬉しそうに微笑んだ。
「自己紹介が、まだ、でした。天義の……ええと……天義の、出身の、エルピスです。
 それから、こちらは、アドラステイアで潜入捜査をしていた、イレイサさま」
「イレイサ。……って言っても結構、顔見知りだと思うけど、さ」
 イレイサが視線を遣ったのは短剣の使い方を教わりたいと乞うたことのあるブレンダ・スカーレット・アレクサンデル (p3p008017)であった。少しの気恥ずかしさに身を竦めるイレイサに「元気そうで何よりだ」とブレンダは姉のように穏やかな声音で話しかける。
「あたくしは墓守のアンダーテイカー……いいえ、メイベルというのだわ。
 あたくしの『墓地(ガーデン)』の近くですけれど、ネモフィラが美しいのはお墨付き。楽しんで欲しいのだわ」
「ああ、有り難うね。キッチンカーまで出てるのね。色々と楽しめそうだわ」
 目を細めて笑って見せたコルネリア=フライフォーゲル (p3p009315)に雪風が「あ、カクテルとか、お酒も楽しめるみたいでして」ともごもごと繰返す。
「緊張しているのですか?」
「ひ、いえ。あー、えへへ」
 ぎこちない笑みを浮かべた雪風に小金井・正純 (p3p008000)はぱちくりと瞬いた。そんな二人の足元をてる子がぐるぐると周り早く遊ぼうと跳ね回る。
「それじゃ、ベネディクトさん、ピクニックを楽しみましょう! えいえい、おー!」
 拳を振り上げた万葉が誠吾の腕を無理あり振り上げて、木陰の下へと駆けて行く。
 追掛けるポメ太郎と面白山高原先輩を眺めてから、蛸地蔵くんは「抱きかかえろ」と低い声音で皆へと告げた。

GMコメント

 リクエスト有り難うございます。御言葉に甘えて全員連れて来ました。

●かずはちゃんのお手製しおり
『目的』
 ネモフィラ畑と公園を思いっきりたのしむぞ!

『わんにゃんたち』
 公園では自由に行動できます。芝生広場で思いっきり遊びましょう。
 玩具もそれなりに持ち込んできたようです。
 また、万葉が雪風とメイベルに頼んでお弁当を用意してきました。レジャーシートもあります。
 木陰にテントを立てて行楽を愉しむ準備はばっちりです。BBQできますのでお好みの食事を楽しみましょう。

『場所』
 幻想王国に存在するとある公園です。ネモフィラとチューリップがとても綺麗な植物園が併設されています。
 少し大きめの噴水広場では水遊びを行なう事が出来、小川が涼しげな非常に過ごしやすい場所となります。
 それなりに自由行動が可能な他、公園にはキッチンカーなども来ています。

●NPC
 ・面白山高原先輩
 チャウチャウです。でっぷり大きめ、食いしん坊で走るのは余り得意ではありません。
 嗅覚が鋭いのだそうです。落ち着き払っている空気を纏います。が、常識人(犬)ではなさそうです。

 ・蛸地蔵君
 エキゾチックショートヘアです。ちょっとでっぷり目。何時も呆れ顔で困り顔をして居るように見えます。
 苦労人(猫)です。身のこなしが軽やかで見た目の割りにしなやかに動きます。

 ・谷くん、西くん、たしくん
 タニシです。三匹居ます。何故か小さな水槽に入れられてつれてこられました。万葉が祖父から貰ったそうです。
 後方で鎮座しています。ご都合に合わせて場の説明役になります。

 ・山田・雪風 (p3n000024)
 旅人。アニメ『プリティ★プリンセス』のガチオタ男子。普通の何処にでも居るような普通の青年です。
 女性がやや苦手(実姉の影響)。ROOのアバターでは饒舌ですが、現実ではやや口下手です。

 ・エルピス (p3n000080)
 天義の聖女と呼ばれていた存在。世間知らずで、知らないことが多いです。蛸地蔵君とぼんやり座って待っています。

 ・退紅・万葉 (p3n000171)
 面白山高原先輩、蛸地蔵君、タニシ三兄弟の飼い主。小説世界からやって来た『探偵役の助手』(登場人物)。
 犬猫タニシを飼っているのはノベルでの設定だそうです。何事にもチャレンジャー。犬たちが嬉しそうで万葉も嬉しいようです。
 
 ・メイベル・アーベル (p3n000275)
 幻想の墓守。深緑出身の幻想種。妖精郷にアルシャンローズと呼ぶガーデンを構え、混沌各地の花々を育てています。
 万葉がひっぱってきました。のんびりと花を愛でています。

 ・イレイサ (p3n000294)
 元孤児。アドラステイアに潜入していた少年。万葉に引きずり回されてやって来ました。
 まだ知らないことばかりですので、真新しいモノに目を光らせてばかりです。

  • 瑠璃色ジャルダン完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年04月28日 22時05分
  • 参加人数7/7人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
秋月 誠吾(p3p007127)
虹を心にかけて
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤

リプレイ


 広がる青は風を受けて波打った。揺らぐチューリップは首を傾げ来訪者達を誘うようで。
「はー。花も咲いて、天気よく風も気持ちいい。サイコーだよなぁ」
 肺一杯に爽やかな初夏の気配を吸い込んだ『虹を心にかけて』秋月 誠吾(p3p007127)は大量の荷物を載せた馬車を引き摺っていた。アウトドアイベントに必要不可欠な品、と言うには多すぎる程の荷物を景観の邪魔にならない場所に降ろしてから肩をぐりんと回す。
「スティアさん、どうやったらこんな……」
 呟くその名前に「これって全部、スティアさんが?」と慄くように聞いた『サブカルチャー』山田・雪風 (p3n000024)は――雪風視点で――嫋やかな聖女を思わせる『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)のかんばせをまじまじと見ていた。
「さあ、ピクニックだよ! イレイサ君、メイベルさん。
 作法とかは特にないし、美味しい物を食べたり、遊んだりして楽しんだもの勝ちだよ。ね、てる子!」
 にんまりと微笑むスティアからその片鱗は一切見受けられない。ぱちくりと瞬く雪風の足元でぴょこんぴょこんと跳ね回るのは鮫の着ぐるみのてる子。
 てる子は大きな木陰の下に佇む『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)と彼女が見上げているクィルに気付いたのだろう。
「良い天気にネモフィラの綺麗な花。映え……という言い方もあるのですね、素敵な景色です。
 お料理は……ええ、すぺしゃる……は今日は茶太郎さんもいますし、大丈夫。大丈夫ですよね……?」
 リンディスの視線を受けてこてりと首を傾げた茶太郎は何が起るのだろうと言いたげに『騎士の矜持』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)に擦り寄った。彼の傍ではポメ太郎が尾を扇風機のように振り回し面白山高原先輩の元へ飛び込むタイミングを今か今かと見計らっていた。
「今日は誘いに乗ってくれてありがとう。万葉も何かと前緒馬手貰ってすまなかったな、助かる」
「いいえ、こっちこそ声を掛けて貰えてとっても嬉しい。折角だからタニシ君達も連れてきたの。是非仲良くしてね」
 明るい笑みを浮かべた『探偵助手』退紅・万葉 (p3n000171)がタニシの入った虫かごを掲げたことに気付いて『明けの明星』小金井・正純(p3p008000)は背負っていたボックスをそっと降ろした。
「ふう。最近血なまぐさいことばかりでしたし、こうしてのんびりできるのは大変喜ばしいですねぇ。
 綺麗な花畑と可愛い動物たちと美味しいご飯、気分転換の休暇にはもってこいでしょう」
「うんうん、あの……それは……?」
 雪風は――雪風視点で――凜として美しい正純が謎のボックスを背負っている事を訝しんでいた。彼女の答えが『魚』の一言であったことで更に謎が謎を呼ぶ。
 困惑している雪風の傍できょとんとしていた『聖女の殻』エルピス (p3n000080)とメイベル・アーベル (p3n000275)の耳へと入り込んだのは驚かんばかりの笑い声。
「ふふ……ふふふ……ふぁーはっはっはっ!!
 任せなさい、このピクニックの女王であるアタシが、最高の遊びというものを教えてあげるわ!! 行くわよ野郎共!!」
 胸を張り、瞳を煌めかせた『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)に背を向けて『猛る麗風』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は「イレイサ」と和やかな声音で少年へと声を掛けた。
「春の陽気が心地良いな。元気そうで何よりだ」
「ブレンダも元気そうで安心した。その犬は?」
「ああ、インベルという。これまで犬友を作ってやれてなかったのだが……人見知り? 犬見知り? する子でもないし、きっと仲良く遊んでくれると思う」
 インベルに触って良いのだろうかと緊張しているイレイサ (p3n000294)の視界にはコルネリアの姿はもう入っていなかった。
「あ、あれ、行かないの? 行く流れだったじゃない!? ちょっとぉ!」
 切なげなコルネリアの声がその場には木霊していた――


「にしても、今回は動物沢山だな。みんな広いところで思いっきり遊ぶといいさ。荷物は俺が見てるから。
 ……まあ、コルネリアさんはあのテンション、最期まで持つんだろうか?」
「……難しい、かも、しれません……」
 思った以上に陽射しが暑い気がするとエルピスは帽子を目深に被り誠吾の隣へとちょこんと腰掛けた。不安そうな表情を見せるエルピスに誠吾は肩を竦める。
「イレイサもメイベル殿もピクニックが初めての者もいるのだから楽しみ方を教えてやろう。
 そんな難しいものではないよ。木陰でゆっくりしたり、芝生で遊んだり何でもしていいんだ。
 イレイサはずっと大変だっただろう? 今日くらいゆっくりしておけ」
 ゆっくり、という言葉にうずうずとして居るイレイサにブレンダは思わず笑みを零した。今まで、駆け抜けるように生きてきた彼は『ゆっくりと過ごす』事も苦手だったのだろう。
「イレイサ、今日は楽しもう。少しでも楽しい思い出を作ってくれれば幸いだ」
 肩を叩いたベネディクトに「ゆっくりって難しいな」とイレイサは妙な顔をして見せた。ベネディクトは「弁当を食べて犬たちを見ているか?」と提案する。
 視線の先に居たポメ太郎は尾をぶんぶんと振り回しながら『犬友』達の輪の中心に居た。茶太郎は雪風の頭に顔を埋めて匂いを嗅いでいる。
『今日はお友達がいっぱいで嬉しいです!
 はじめまして、ぼく、ポメ太郎です! 仲良くしてくださいね! 大きな子は茶太郎くんです!』
『面白山高原先輩だ。それからあっちで蕩けているのは蛸地蔵くんだ』
『先輩! むこうですてぃあすぺしゃる? って単語が出ました! インベルくん、クィルさんも知ってますか? あの単語が聞こえたら沢山ご飯が出る合図なんですよ!』
 イレイサには何と云っているかは分からないが楽しげな犬たちは見ていて心が和む。尾を揺らすインベルは『わーい、ご飯!』と言わんばかりにブレンダがイレイサのために用意したサンドイッチへと突撃しに来た。
「……って、こらインベル! つまみ食いをしようとするんじゃない! ポメ太郎も!」
 一斉に食べにやって来た犬たちにもみくちゃにされながらイレイサは「ベネディクト、助けて」と手を伸ばした。
「彼がインベルかい? アレクサンデル。宜しく、俺はポメ太郎達の飼い主のベネディクトだよ」
 慣れきっているベネディクトは朗らかに笑いながらインベルをひょいと膝へと抱え上げ挨拶をして居る。犬に未だ触ることに慣れないイレイサは唇をきゅっと引き結んだまま、ベネディクトを見詰めていた。
「メイベルさんはピクニック初めてなんだよね? エスコートは私が! ……って言っても一緒にわいわいと楽しむくらいなんだけど」
「あたくしをエスコートしてくださるの? 花畑なら、あたくしの方が詳しいのだわ」
 案内しましょうかとスティアに手を差し伸べるメイベルは悪戯めいて微笑む。その足元でてる子がぴょこりぴょこりと跳ね回っているのを眺めてから「お弁当食べてから行こうか」とスティアは小さな家族を抱き上げた。
「ええ、良いのですけれど――量が多すぎるのだわ?」
「すてぃあすぺしゃ『来た――!』
 ポメ太郎が勢い良く跳ね上がる。レジャーシートにスティアスペシャルと共に雪風達の弁当を広げていた正純はぱちくりと瞬いてからそっと重箱を降ろした。
「私もお弁当を作ってきたのですよ。豊穣のお弁当、再現性東京風に言うと和風?なものを作ってきましたので是非。
 ……スティアさんのそれも、お弁当、ですか? 量が、その。……まあ食べ盛りな子もいますから大丈夫でしょう。多分」
「正純さん、俺は不安だよ」
「……大丈夫ですよ」
「正純さま、先程からびちびち、と……」
 雪風とエルピスの視線に応えてから正純は「いい加減煩いですね」と水槽に魚を投入した。
「エリザベスアンガス正純です」
「……え?」
 雪風が正純を凝視する。まさか、魚に付けられた固有名なのか――
「……いや、そういう名前の魚なんですこの子。
 ポメ太郎さんが以前お気に入りみたいだったので、うちの庭で飼ってる子をつれて来ました。タニシさん達のそばに置いておきますね」
「ああ。これが……エリザベスアンガス正純さん、お名前は聞いてましたけれどすごいお名前ですよね。
 こんな形で正純さん、後世にも名を残していくんですねえ」
 料理を口にしながら感激するリンディスに正純は何とも言えぬ具合に眉を降ろしてから「ええ、まあ」と言い渋った。
 誠吾はその時口が裂けても「熱帯魚じゃないよな、食用?」とは聞くことが出来なかった。タニシとエリザベスアンガス正純は青年の常識にはない存在だったのだ。


「花を眺めるも良いけど、折角こんな開放的な所に来れたんだもの、身体動かしていくわよぉ。
 ほら、わんこ共もうずうずしてる。タニシは……ちょっとわからないけども……」
「タニシ君も喜んでるわ」
「万葉、分かるの? すげえな」
 思わず呟いたコルネリアに万葉は「探偵助手ですからー、褒めてー?」、と。胸を張ってみせる様子はエンタメ小説の登場人物らしい。
 その傍らのエリガス正純(略)はびちびちと尾びれを動かしている。童心に帰ったコルネリアを見詰める誠吾は微笑ましそうに眺めながらごろんと転がった。
(陽射しも心地良いし、一寸くらいなら寝て――)
 ずん、とその腹に乗ったのは茶太郎だった。寝転がったからには乗っても良いと認識したようなもふもふとした食パン色の彼は嬉しそうに全体重を誠吾に掛けている。
「茶太郎! 上に乗るな! 潰れ――!」
「あ、茶太郎。ほらほら、ご飯食べてもっと圧を賭けようね」
 微笑むスティアは自慢げにスペシャルなお弁当を勧めていた。
「コルネリアさんがいっぱい食べるみたいだし、頑張っていつもより多くしてみたよ!
 それに茶太郎もいるかもなんとかなるよね? 後でベネディクトさんの所のメイドさんに怒られるかな? まあ考え過ぎだよね!」
『あたしィ!?』と思わず声を上げたコルネリアをスルーして誠吾やリンディスにも弁当を勧めるスティアにリンディスは「美味しいのですけれど、量が」と控えめに首を振った。
「ポメ太郎、そのエリザベスアンガス正純はうちにいる子とは違う子なんだよ」
 エリザベルアンガス正純に『ご飯美味しいですね!』と話しかけるポメ太郎にベネディクトは穏やかに微笑んだ。折角の料理を残すのも忍びないと料理を食べ続けるベネディクトの胃部はきっと膨れている。
『ああっ、そんな! ご主人!! 幾らパンドラが削れないからってそんなに食べたらお腹が!! あぁぁ~~!!!』
 ばたばたと暴れ回るポメ太郎に「どうした、ポメ太郎」と蒼い顔をしたベネディクトは答えた。
『大丈夫よ、まだ余裕があるわ』
『本当ですか、エリガス正純さん!』
 何故か会話が成立している二匹を眺めて居た正純は「凄いですね……?」と首を捻って。
「へへへ……ほら、アンタ達、こっち来なさい! じゃーん、練達で見つけてきたシャボン玉って玩具よぉ。
 ほらほら、アンタ達もこれ持って、咥えて息を吹いてやりゃあ……どうよ!」
 犬たちがぴょこりぴょこりと跳ね回っている傍で万葉が「てる子ー!」と呼び掛けている。無邪気に遊びに行ってしまった万葉をスティアとエルピスは顔を見合わせて見詰めていた。
 聖職者の少女と、聖女と謳われた事のある娘。その二人が並んでいるのも、妙なツーショットで。
 一方で――雪風は木の上のクィルを眺めて居た。
「あいつ、ずっとあそこだなあ」
「……梟、可愛いですよね。普段は図書館守ったりしてくれてるんですよ……あ」
 声を掛けたリンディスに雪風の肩が驚く程に跳ねた。驚かせて仕舞っただろうかとリンディスは肩を竦めながらひとひら、落ちたクィルの羽根を拾い上げる。
「きちんと加工してあげれば付箋にもなるし、羽ペンにもなりますよ? お守りにいかがでしょうか」
「……それって簡単に出来る?」
「教えましょうか」
 お願いしますと溌剌に答えた雪風にリンディスは穏やかな笑みを浮かべて了承した。クィルの抜けた羽根は美しく今日の思い出にはぴったりだ。

「ちょっくらツマミに買っていこうかしら。アンタらはなんか食べたいのある?
 特別にこのアタシが買ってあげるわよ。一人一つね、二つはダメよ! 買いすぎでブレンダとか正純辺りに怒られそうだから」
「あたくし、クレープが良いわ、ねえ、スティア」
 コルネリアに連れられてキッチンカーの前に立っていたメイベルはくいくいとスティアの袖を引っ張っている。
「クレープ良いわねぇ。アタシはぁ……ツナクレープとソーセージ串とぉ、えっ、酒も買えるの!?
 げへへ、1杯だけなら良いでしょ。雪風だっけ、アンタはどうするぅ?」
 問われた雪風が「姐さん、俺もご同伴宜しいでしょうか」とへりくだるように問い掛けた。
「え? 酒? そいや成人してるけど飲んだこと殆どないんだよな。ちょっとくらい貰ってもいいだろうか?」
「じゃあ、誠吾さんも俺と一緒に姐さんにごちになろうよ」
 雪風が『おねがい』のポーズを取ったのを見てからコルネリアは「何かイヤ」と小さな声で呟いた。自分を美少女(スノウローズ)だと勘違いしているような『女性が苦手な筈の雪風』に気軽に話しかけられているのは――怒って良いことなのだろうか。
「私は辞めておこうかな。昼間から飲んでいるのは少しばかり教育に悪いからな」
「……俺も飲めるようになったら飲んでみたい。その時は、ベネディクトやブレンダが、教えて欲しい」
 酒というのも勉強なのだと聞いたと真面目な顔をするイレイサはBBQの準備を始めたブレンダや誠吾の隣で作業を進めている。
 お茶の準備をして居た正純は食材をクーラーボックスから取り出して居たが、スティアは手伝いたいとそわそわと身を揺らす。
 ダメだと食い止める正純とリンディスはその先に見えている恐怖劇に気がついているかのようであった。
「さあ、イレイサくんもエルビスさんもメイベルさんも雪風さんも万葉さんも、沢山焼きますから沢山食べましょう。
 皆さんまだまだ成長期? でしょうから! ええ!」
「正純さん、すぺしゃるで胃が死にそうです」
「大丈夫です、ね?」
 励ます正純に腹部の膨満感による蓄積ダメージを喰らっていたベネディクトは「努力も大事だ」と苦しげな呻きと共に励ました。
「動物さん達用の小さいものもご用意しておきましょうね」
 ブレンダと誠吾の手伝いをして居たリンディスが腰を折り餌を準備した事を察知したようにポメ太郎達が勢い良く駆ける。
 すっかりと友達になったインベルも尾を振り乱して『ご飯だ~!』と言わんばかりの様子であった。
「あ、待って順番ですからちょっと待って……!? もふもふが襲ってきます……!?
 ピクニックのお弁当も静かな雰囲気で楽しいですけど、BBQは動の雰囲気がしてまた違いますね」
 もふもふに埋もれながらリンディスが思わず転げれば誠吾は「だなあ」と爽やかな空気と肉の焼ける香しさを感じ取りながら頷く。
 食事をして、思う存分に遊び回って。血生臭い事件ばかりに身を置いてきた正純やイレギュラーズ達にとってまたとない休暇は和やかな晴天の下で過ぎ去って行く。


 ふらつきながらレジャーシートに転がったコルネリアの上にポメ太郎とてる子、インベルがのし掛る。
「ぐえ、ば、バテた……流石に歳かしらね。いや、まだそんな身体にガタがくる程衰えてはねぇ筈。
 ピクニックなんて知らねぇ、か……遊び方知らねぇだけで困らせるなんて思っちまうのもなぁ」
 からからと笑ったコルネリアに酒を一杯差し出してからブレンダは「イレイサ、ネモフィラを見に行こうか」と誘った。
 ネモフィラの花畑をエスコートすると告げたメイベルが黒いゴシックロリィタのワンピースを揺らせ皆を待っている。
「あたくしのお気に入りの場所に案内するのだわ」
 花弁が揺らぐ。まるで、地上に海が存在し、波打っているようだとイレイサは呟いた。
「綺麗だな」
「ああ。この美しい景色を見てイレイサが笑えるようになって本当によかった。
 ……私の教えた剣がその一助になったのなら幸いだ。もっと教えてほしいのならいくらで教えあげるよ」
 イレイサはそっと顔を上げる。ブレンダも、ベネディクトも、スティアも、皆自分にとっては先生だった。
 天義に産まれたエルピスも自身と比べればうんと彼等のことを知っていて、少しだけ焦ってしまっていたのだ。
「……俺も、もっと皆と思い出を増やしたいと思った」
「ああ。ピクニックが楽しかったのならまたくればいい。夏なら海水浴だってできるし秋は紅葉狩り、冬は雪遊びもできる。
 君の人生はまだまだ長い。いろんな楽しみを経験するといい」
 ぐしゃりと頭を撫でたブレンダにイレイサは「海、楽しそうだな」と花咲くように笑った。
 頑なに笑う事の無かった少年の、少年らしい笑顔にブレンダは穏やかな心地となる。
「こんな風にネモフィラが咲き誇っていると綺麗だね。
 鮮やかな青が青空と混ざり合って更に綺麗に見えるかも! 素敵な場所に連れてきてくれてありがとー!」
 てる子を腕に抱えていたスティアへとメイベルはくすりと笑ってから振り返った。
「あたくしの愛しい子の花畑を護っているのは貴方方なのだわ、スティア。どうか、これからも無事でね」
 チューリップの花が揺れる。瑠璃唐草の絨毯が空と混ざり合って、一面に青を広げて行く。
 どうか、この青のように素晴らしき未来が広がっていますように――

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度は素敵なリクエストを有り難うございました。
 皆さんと貴重な一日を過ごせてとても楽しかったです。

 ベネディクトさんには名誉の負傷(胃袋)をお送りしておきますね。

PAGETOPPAGEBOTTOM