シナリオ詳細
<天使の梯子>汝、遂行せよ
オープニング
●
わたしは知っている。不義はすべて、罪である。
わたしたちは、主によって作られた。それ故に、罪を犯すことはない。
わたしたちは、主のことばに知恵と知識のいっさいがこめられていることを知っている。
迷うならば、耳を傾けなさい。主の声に従いなさい。
世界は悪しき者のもとにある。かれらは膝を付き、ゆるしを得る事も出来ぬ死という罪のいっさいを抱えてゆくのだ。
―――福音の預言者 第五章第一節
「ツロは?」
「表舞台には未だ、でたくないらしいよ」
「そう。あなたは?」
「どちらでも」
甘い蜜色の瞳が自慢だ。天に輝く王冠をその身に宿した証となるから。
柔らかな桃色の髪が自慢だ。それは遍く不変なる愛を顕しているという。
この身が纏う真白の衣が自慢だ。それは赦しの白。侵されざる領域。我らが『遂行者』である証。
聖女ルルは目の前の少年を見詰めた。素朴なる村の少年のようなこざっぱりとした衣服を脱ぎ、真白のコートを身に纏った少年は手袋に包まれた指先で、聖遺物容器を抱え上げた。
「うつくしいわね」
「わざわざこれを探しに旅に出ていましたから。それにしても、こんなものをラサにまで持ち出す輩がいるとはね」
「綺麗だもの。商人が放っておかないわ。ラサは、どうだった?」
「相変わらず。騒動には事欠かない場所だ。お陰で楽に持ち出せたけど」
目を伏せた少年にルルは「ふうん」と呟いた。
『地の国』の事には大して興味はない。どうせ、『神の国(このばしょ)』が全てを覆い隠してしまうのだ。
あの方の力は素晴らしい。天地創造、それにも似通った権能(ちから)は万能なる神が如く。
うっとりと、その人を思い浮かべてからルルは唇を緩めた。
あの方の紅と黒の瞳が愛おしい。あの方の髪の一房が、己の眸の色なのだと思えば、その人を見詰めるために産み出されたのだ。
「カロル」
「ん」
――ああ、『世界を全て覆い隠したならば』あなたは褒めてくれるかしら?
●
リンツァトルテ・コンフィズリーの聖剣が反応を示す。
共鳴するのは聖盾か。リンバス・シティの『内部』から反応が得られるが、それは直ぐに何処かに遠のいてしまう。
全容をも知れぬまま、『神の国』が現れた。
その仔細は判明していないが、恐らくは別の世界レイヤーを作りだし、その存在を『媒介となる核』を用いて世界に被せて定着させるという事なのだろう。
「誰の手先であるか、というのは容易に推測できる。冠位魔種は七罪と呼ばれた存在だ。
冠位色欲――ルクレツィアという女は幻想を拠点にあちらこちらに粉を掛けているのだろう。ならば天義でこの力を振るう理由は無い。
冠位暴食――ベルゼー・グラトニオスはイレギュラーズが今、覇竜領域で相対している存在だ。
冠位強欲――ベアトリーチェ・ラ・レーテは嘗て天義を襲ったが……無事、撃退。それが最初の冠位遭遇だった。
冠位怠惰――カロン・アンテノーラは深緑を居にし、イレギュラーズに撃破されている。
冠位憤怒――バスナバス・スティージレッドは直近の事例。鉄帝国で撃破されただろう。
冠位嫉妬――アルバニアは海洋の『絶望の青』にて撃破され、その際に皆は竜種と遭遇したと聞いた。
ならば」
残るは、冠位傲慢。
天義を拠点としているとされたその人は、美しい白き羽根を有する天の御遣いが如き姿をして居るらしい。
しかし、相手が原初の魔種の産み出した七罪。大いなる原罪であるならば天義は『赦されざる悪』と断じる他にはない。
「冠位魔種の『権能』か。それともその配下のものであるかは分からないが、天義に訪れた災厄は祓わねばならない火種だ。
……この先より確かに存在を確認出来たのは『神の国』と呼ばれた別の階層(レイヤー)、つまり、『偽りの神託』によって告げられていた、正しき歴史へ修復された世界だとも推測される」
「どういう?」
イレギュラーズの問いにリンツァトルテは聖剣を見下ろした。
それが『何となく』事情を教えてくれている気がするのだ。
「正しき歴史、と彼等が告げるのは『何らかの預言』に沿ってのこと、だそうだ。
それを『神の国』で修正し、『地の国』と呼ぶ此方に被せてしまう。その際に定着率を上げ、揺るぎない存在にするのが目的、だろう」
リンツァトルテが踏み入れたのは『フォン・ルーベルグ』の片隅に存在した聖堂だった。
しかし、その風景は変容している。
黒き旗がたなびき暗鬱とした空気が漂うその空間には無数の影の天使が存在している。
「……どうやら、この世界の『核』を破壊せねば、定着率が上がるそうなんだ」
食い止めなくては世界が覆い被される。
これは天義だけではない。
『神の国』に再現された場所が天義国内だけに留まらなかったら?
――幻想や鉄帝、ラサ、練達に深緑、海洋や豊穣、果ては覇竜領域をも再現する可能性がある。
「早期に『核』を破壊し、定着率を下げなくてはならない」
リンツァトルテは己の聖剣が告げる方向へと進む。イレギュラーズと共に、進むその足は躊躇いもない。
「カロル」
「え、来たの?」
「来た。サマエル達を連れてきたら良いのに、『僕』だけで良かった?」
「アドレだけで良かったわ。アーノルドって呼んだ方が良い?」
パイプオルガンを指先でなぞっていた桃色の髪の娘はふわりとヴェールを揺らして振り返る。
視線の先には白き衣を身に纏った『遂行者』の少年が立っていた。
「あなた、イレギュラーズには可愛がって貰ったのでしょう。チョコレートを貰って、アドラステイアでは無事で良かった、って。
あなたのせいでアドラステイアにファルマコンが居たようなものなのに。良い子の振りをしたのでしょう?」
「そうなさいと、『預言者(ツロ)』が言ったから」
「いいわ。そういうの好きだから」
「カロルは趣味が悪い」
「アドレは性格が悪い」
カロル――いや、聖女ルルはくすくすと笑ってから聖堂の扉を開け放つ。
影の天使達が翼を広げ、『ファルマコン』にも似たワールドイーターが緩やかに進み行く。
「ッ――」
リンツァトルテが聖剣を構えた。
「こんにちは、聖剣遣い。こんにちは、『本来の歴史には存在してはならない者(イレギュラーズ)』
私は聖女ルル。『神託の乙女(シヴュラ)』、遂行者のルルよ。こっちは同じく遂行者のアドレ。
我らの主は、言いました。
――世界は悪しき者のもとにある。かれらは膝を付き、ゆるしを得る事も出来ぬ死という罪のいっさいを抱えてゆくのだ、と」
ルルは愛おしげに聖遺物容器を撫でた。
「これがこの場所を作る『聖遺物』。少しだけお話をしない? 少しだけよ。預言の一端を、聞かせてあげるわ」
……全容の知れぬ今、彼女との対話を目的とし、『聖遺物』を破壊してこの場の定着率を下げることを目的とするべきだろう。
「簡単だと詰まらないでしょう」
笑う女の傍で、『アドレ』の唇が揺れ動いた。その背後に揺らいだのは無数の騒霊達だった。
「踊りましょう、神は怠惰なる者を赦さない」
- <天使の梯子>汝、遂行せよ名声:天義30以上完了
- GM名夏あかね
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年04月27日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
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正しきことの為に人は死なず、正しきが為に人は生きている。
わたしたちが罪を自覚したとき、主はわたしたちを正しき場所へと誘ってくれることだろう。
わたしたちの罪がきよめられない時に、訪れる報酬は死となりえる。
何故ならば、わたしたちの罪を主は全て被ってくださった結果が今にあるからだ。
――――聖ロマスの書 3章 6節
神の国とはなんと大それた呼び名であろうか。イレギュラーズの眼前には女が立っている。
鮮やかな桃色の髪はふわりと波打ち、蜜色の瞳は蠱惑的な気配を宿す。泣きぼくろに彩られた女の顔立ちは驚かんばかりに整っていた。
ヴェールを被り、真白き衣に身を包む姿は聖職者と呼ぶよりも出来損ないの花嫁を思わせる。
鮮やかな赤いリボンを揺らせた女の首には『舌』に覗いた紋様と同じクラウンの模様が飾られていた。
「ご機嫌よう」
うっとりと笑った女は聖女ルル。『神託の乙女(シヴュラ)』と呼ばれた遂行者の一人である。
「貴女が聖女ルル……」
致命者達からその名を聞いた『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は眼前の女の浮かべる嗜虐的な笑みは聖女には程遠いと感じていた。悪辣な性格を隠す事もなく曝け出す姿は『性悪な娘』と称する他にない。
「なんといいますか聖女というよりも周囲の人間を誑かすような方に見えますね。
あれなら僕の恋人のがよっぽど聖女ですよ、腹立たしいですが混沌世界に来てもなお元の世界での神への信仰を忘れていないんですから」
「は? お前、惚気かよ、ばーか、死ね」
余りに単純な言葉を返したルルに『守護者』水月・鏡禍(p3p008354)はぽかりと口を開いた。返す言葉の素早さを見るに、軽口を叩き合う相手の一人か二人存在しているのだろう。それにしたって余りに幼稚な言葉遣いである。反射的に告げられる言葉にしては品が悪い。
「カロル、『聖女』の設定忘れた?」
「設定とか言わないでよ、アドレ。産まれながらに『聖女』だし?
あなた、よく考えなさい。私は『神託の乙女(シヴュラ)』よ。だって、そう認められたのだもの」
遂行者の中でも特別なのだと憤慨するルルの傍にはもう一人、灰色の髪の少年が立っていた。此方もルルと同じ白いコートを羽織っている。舌に模様を持つルルと違い、少年は太腿に彼特有の印が刻まれているようだ。
「じゃあ、改めて。ボクの名前はセララだよ。キミ達は、ルルとアドレ……でいいかな?」
「ええ」
「聖女ルルとは名乗っているけれど、彼女の本名はカロル・ルゥーロルゥーって言っ……いでっ」
にこやかに、そして和やかに声を掛ける『魔法騎士』セララ(p3p000273)にアドレが告げようとしたのはルル曰く『可愛くなくて捨てた名前』なのだそうだ。
「見た目からしてカロルは聖女か司祭だよね? それなら預言を知りたい人に詳しく教えるのってキミのお仕事だよね」
「私、仕事とかそういう言葉嫌いなの」
つんけんとした『聖女』に聖女らしからぬ態度であると『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)はまじまじと眺めて居た。眺めながらも警戒は怠ることはない。フランクなセララとは対照的にセララは後方に位置するリンツァトルテ・コンフィズリーに何らかの被害が及ばぬように気を配っていた。
「……気をつけてリンツくん。アイツ、貴方と聖剣に興味があるみたいだから……」
「分かった。可憐な少女の外見をして居るが……底が見えないな」
騎士として人を見る目を養ってきたつもりではあるが、目の前の女はいまいち何を考えて居るかも分からない。
聖女と呼ぶには悪辣な姿。魔種と呼ぶにはいまいち何かが掛けており、遂行者とは何であるかという結論にも現状は辿り着けまい。
「預言の続きが気になるよ。ね、もっと教えて教えて! それと神様の名前も知りたい!
えっと、あとね、ドーナツは好き? ドーナツ好きなら友達になれるかなって思って」
「ドーナツは好きだけれど、友達は必要ないの。
神様の名前を聞いたわね。そんなことも知らずに、偽の預言者に踊らされてきたのね。やっぱり、『選別』を受けない者はさっさと腐り落ちるべきよ」
ルルがセララを睨め付けた。ぱちりと瞬く女の憤り。その様子を見るだけで『神』とは何であるか見当が付いた気がして『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は穏やかな声音で呼び掛けた。
「……『我らの主』ね。冠位傲慢は御機嫌如何ですか、遂行者ルル。
貴方達アークの遂行者は確かに『神の使徒』ではあるのでしょうが……それは、別に貴方達だけという訳でもないでしょう?」
「何が、言いたいの」
ぴくりとルルの肩が跳ねた。アドレがやれやれと言わんばかりに椅子に腰を下ろし、会話が終るまでの時間に綾取りをしてのんびりと過ごしている。
此処で攻めこめば、有耶無耶にされ全てが分からないままになるか。ぐっと堪えたまま動かぬ敵の包囲を確認しながら『黒裂き』クロバ・フユツキ(p3p000145)は眼前の『遂行者』を眺めて居た。
「我らが主の機嫌? ご兄弟を亡くさればかりでなんてお労しいの!」
(冠位の関与だからこそ、これが世界を塗り潰すような権能であることが良く分かる)
ご兄弟というのも『冠位憤怒』の事を指しているのだとクロバは分かった。それだけで、情報は大いに整理される。
残る冠位魔種は色欲、暴食――ならば、この所業は正に『傲慢』だ。
「……遂行者カロルとアドレ、さて、大人しく聖遺物を渡してくれるわけでもなし、か」
「そう言い付けられてるからね。今日は遊び半分だけどさ」
やれやれと肩を竦めるアドレに「ツロに叱られるわよ」とルルが口を酸っぱくする。
「ええ、よもや話す機会が廻ってくるとは思っても居ませんでした、遂行者よ。
良いですね? 言うなれば、特異運命座標もまたパンドラの遂行者。
ざんげ様と絡繰パンドラを盤面に配したのも『神』の差配には相違無いと思いますが――尤も、それらは別々の『神』かもしれませんけれど」
くすりと笑ったアリシスにルルは同じような笑みを浮かべてからゆったりとした笑みを浮かべた。
「よく、分かって居るじゃない。偽りの神には退場頂かないとね? ――この世界に、神様なんてものは一人で十分なのよ」
●
遊び半分という言葉の通り値踏みしているというのか。冠位魔種の直属の部下と呼ぶべき遂行者達が敵の姿を先んじて確認しようとでもしたのか。
相手の出方、という意味では又とない機会ではあるが情報がない以上選択肢はない。『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)はじっくりとルルを見てから恭しく一礼をして見せた。
「一緒に踊れば聞かせてくれるなんて、随分フランクな神様だね?」
「私達の主の崇高さが分かるのであれば此方に来ても構わないわ。その代り、その周辺の女共をぶち殺してからね!」
何とも言えぬ言葉を吐き捨てるルルの背後に巨大な鋏が浮かび上がった。赤い糸が彼女の周辺を包み込んだのは此処から先に立ち入ることを赦さぬと言う意味か。
(……あれが、聖女ルル殿の能力の一つか……)
まだ、それだけでは女の戦い方を理解するには足りないが、欠片でも集める事で後々の役にも立とう。『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)は拳を固めルルの前へと歩み出したアドレの動向を見遣る。
「踊るのは『僕』だろう」
「アドレはお上手に踊れるかしら。脚が縺れたらさっさと連れて帰ってあげるわ。エスコートはとびっきり厳しくね」
奥に存在したパイプオルガンへと腰掛けたルルの傍には存在感を有するカプセルが鎮座している。その前にはアドレと、彼が地を踏み締めれば無数の騒霊と影の天使が姿を見せた。
「改めて自己紹介を。僕はアドレ。人界ではアーノルドと名乗ることもある。
時には滅びの獣の調教者も担っている世界を正史へと戻す『遂行』者だ。その手順は――」
「ええ、その手順は世界を上書き、定着させる。此処は未だ定着していないから、あなたたちにとっても屹度、気持の悪い空間でしょう?」
くすくすと笑うルルに『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は理解不能な存在を見たとでも言うように目を見開く。
「世界を、上書きする……?」
「良いお顔」
「待って。この『聖堂』がその、塗り替えられた先の世界だっていうこと? ……上書きされた世界はどうなってしまうの……?」
「さーあ?」
意地悪く笑うルルに「一寸待ったぁ!」と声を張り上げたのは『涙と罪を分かつ』夢見 ルル家(p3p000016)。友人(アレクシア)を理不尽に甚振るような口調は許せない。それ以上に許せないのは――「聖女『ルル』ですか!? ですね!?」
そう、カロルがルルと名乗って居るからだ。
「何よ」
「貴女が聖女ルルですね! 改名しなさい!
貴女の名前のせいで敵が聖女ルル様とか言うから仲間が『お前か?』みたいな目で見てくるんですよ!
裏切った事など……一度しかない拙者に向かって失礼しちゃいます!」
「あなた、結構凄いこと言ってるわよ。一度あれば二度も三度もあるでしょ。その態度的に改心して無さそうだし」
「いやいや、拙者の方が10億倍ぐらい美少女ですし! 勝者への僻みじゃないですか?」
「は? どう考えても私の方が美少女でしょ。聖女よ。聖女、自称じゃないわよ。拙者って何よ、気取ってんの?」
突然始まったキャットファイトにアドレは「黙ってろよ!」と叫んだ。集中が途切れると地団駄を踏む少年はルルと相性は余り良くないのだろう。
「あーんな人前でベロ見せる奴はダメですね! あっかんべー、だ!」
「べー!」
舌をべろりと見せたルルにルル家が口撃を放つ。放置しておけば聖都全土が『厭な感じ』になりかねない。偽ルルの野望を蹴散らそうとしたルル家の傍でぽつりとアレクシアが呟いた。
「コレまでを見れば鉄帝国に、幻想に……預言は混沌全土に渡っていた、もし、上書きが混沌全土なら――」
さあ、と血の気が引いたのは気のせいではなかった。アレクシアの故郷である緑豊かなあの場所も、ルル家が遣えている海向こうの島国も。
……此処で食い止め出来る限りの情報を得ておかねば、何が起るか分かったものではない。
杖を握り締めたアレクシアの傍より前線へと走り抜けて行くのはサクラ。握るはロウライト伝来の刀である。
「あれってロウライト家のじゃない」
ルルが気怠げに呟けばアドレは「アレも欲しいって? 勘弁してよ」と肩を竦める。
「欲しいものは沢山在るの。コレが終ったら取りに行きましょうよ。ロウライトの刀もそうだけれど、あの……ほら、断罪されてたあの家って……」
サクラは彼女が誰を指しているのか直ぐに気付いた。親友だ。聖職者となった彼女が手にしているのは護りの加護を与える伝来の指輪ではなかったか。
「真逆――」
「あ、思い出した。ヴァークライトの指輪。アレも欲しい。綺麗だものね。ツロにお願いしてみましょうよ」
にんまりと微笑むルルにサクラの視線が更に鋭くなる。彼女は何処までも自由奔放だ。
道を切り拓くべく、影の天使を巻き込み、断つ。ボロボロと崩れ去り、掌には何の感触も残さないのが気味が悪い。
「敵と言うより泥のような」
思わず呻いた迅に雲雀は困った顔で頷いた。生物を相手にしているとは思えない出来損ないの『敵増援』だ。
人間のなりをして居るというのに、乞うも断った感触を残さないというのだから違和感ばかりが残る。
「直ぐに貴方の所に辿り着いてあげるわ」
「困った話だ」
肩を竦めた少年のアメジストの瞳がきらりと輝いた。周辺へと現れた騒霊達がアルテミアを狙う。それをも巻込むように片刃剣で斬り伏せるアルテミアが聖堂の床を勢い良く蹴った。
動きやすさと軽さを重視した戦衣がひらりと揺らぐ。蒼を纏う娘の眼前には暗き騒霊達が怨嗟の声を上げ呻き続ける。
「騒霊とは中々厄介だな……なあ! 見に来ただけならおしゃべりに付き合ってくれよ。聖女ともなればきっと面白い話も聞けそうだからね」
「構わないわ。見て居るだけって詰らないもの。話し相手になってくれないならちょっかい、掛けちゃうところだったし」
赤い糸がふわりと宙を踊る。女を護る防御の陣を描いているのだろうか。ルルはクロバを上から下まで眺めてから「そのコート、素敵じゃない」とやや外れた言葉を発した。
青年が纏うのは夜天の如き漆黒のコートだった。
幾つもの戦闘用器具や錬金灼く入りの弾丸を仕込んでいるが、ルルはデザインのみを褒めたのだろう。本当に世間話をして居るつもりなのだろうか。
「でも、私、黒って嫌いなの。そこのコンフィズリーが着てるでしょ。
純粋なる黒衣。神の代理人が纏った穢れをも覆い隠す黒……代理人だなんて、烏滸がましい」
呻くように言うルルにクロバは肩を竦めた。彼女と話続ける事は必要事項であろう。『ちょっかい』掛けられては対処の手が取られる。
大人しく聖遺物を渡さない彼女と対話を続けながらクロバの弾丸が周辺へと展開されていく。雨、霰の如く降り注ぐそれを眺めやりながらクロバは「話題は男が振る方がいいだろう」と問うた。
「ああ、じゃあ、どうぞ?」
「……何故このような、は月並みすぎて面白くない。『神託の乙女(シビュラ)』と言ったな。
君の言う”預言”に興味がある。是非とも聞かせてはくれないか? 『神の国』が一体具体的に何を指すのか」
「ふうん、聞きたいんだぁ」
焦らすような声音で笑ったルルにセララは「ボクも聞きたいなあ」と笑みを浮かべる。彼女はこっそりと持ち込んでいた『リーディング』で思考を読み取るために準備を整えていた。
真白き装束に身を包んだ少女は前線を押し上げんとする仲間達から逸れ、ワールドイーターの元へと向かう。
剣から放たれた斬撃を受け止めたのは『ファルマコン』と名乗ったアドラステイアの神にも似た姿の異形。
「アア―――アアア――――」
声を上げるワールドイーター。数は2。ならば――
周囲を把握すべく視界の確保を行って居た鏡禍は相手の目の前に鏡を召喚した。
鏡の内部に映り込んだワールドイーターへと『鏡面』で遅い来るのは妖力によって作り上げられた妖刀。昏き鏡面は現実をも侵食する。
言葉の一つも話せやしないワールドイーターの呻き声が響いた。
「さぁこちらです。僕を放置しているのならここからあの聖遺物を狙ってしまいましょうか?」
「ウウウ――」
頭を抱えたワールドイーターの瞳が嗤っている。ぞうと背筋に嫌な気配が走ったが鏡禍は臆することはない。
己とて妖怪の一角だ。鏡に映り込んだ異形を見て何を怖れることがあるか。鏡の中の己を見て見ろ、現実に不可侵であるなどと露程思う事なかれ。
光のように走り抜けて行くセララとは対照的な昏き気配がワールドイーターを誘った。
此方を見ろと囁く少年へと向けてワールドイーターの周辺からおどろおどろしい闇が立ち上がった。
「ッ――」
「流石に、ファルマコンっぽいだけはあるよね!」
セララは強敵を前にするほどに熱く心が揺さぶられる。
瞳をきらりと輝かせた娘が地を蹴れば、昏き気配が少女の体を絡め取らんと伸ばされる。
闇には闇を。鏡禍の周囲に立ち上った気配が渦巻く妖気となってワールドイーターの視線をも覆い隠す。
「さあ、ボクにも教えて頂けますか。貴女の語る預言は気になります。理解出来なくとも、しようとする事は出来るでしょう?」
「『―――――――』」
『異言を使う者』、そう呼ばれた者達の言葉を思い返すようにアリシスは目を伏せた。
果たして、その言葉とは何か。神に属する言語であるか、混沌法則外のものであるのか――それとも、『権能』のひとつであり、法則を適応した別の言語体であるのか。
それは定かではない。法則性を見出せやしないのはその言葉を駆使する者達からの情報が少なすぎるからだ。
「……遂行者とは、冠位傲慢の眷属である『神の使徒』でしたね。
原罪とアークを配し滅びの神託を下したであろう『神』の僕――貴方方の預言は、案外『間違っては居ないのだと』思います」
アリシスは一つの予感がして居た。それは、自らが此処に居る理由にも基づいている。そう、神託の少女ざんげが受けたという『滅びの神託』だ。
驚愕に目を見開くリンツァトルテを傍らに、アリシスは小さく頷いた。青年の聖剣を、サクラの聖刀を、そして天義貴族である者達の家宝を求める理由も気にはなる。だが――
「滅びの神託、即ち、ざんげ様が仰ったことに嘘は無かった。
故に、パンドラによる神託回避の試みが成されなければ実現していたであろう事象というものは、確かに存在している。
……『本来の歴史』とは、恐らくそれの事、違いますか?」
「へえ。案外、分かってるのね」
ルルの瞳が煌めいた。ぱちぱちと瞬く聖女は興味深そうにアリシスを眺めて居る。その一方でアドレを相手に戦線を推し上げるためのイレギュラーズの戦いは続いていた。
「即ち、本来予定されていた世界が終局に至るまでの筋道。
……尤も、多くの人々がそのような未来を望まなかったが故に、スケジュールから逸脱した訳ですけれどもね」
「それが間違い、なのだけれど。定められたのならば、そうあるべき。信仰者というのは、そういうもの、でしょう?」
ルルの問い掛けにアリシスは理解はできませんと言わんばかりに肩を竦めた。
●
神託の乙女(シヴュラ)。それは彼女が名乗って居るわけではなく与えられた役割だと言った。
聖女ルル――カロル・ルゥーロルゥーはそうあるように作り上げられた子供と言った印象が強い。
アドレへの道を切り拓くべく走るアレクシアはルルとの対話こそこの場には必要不可欠なのだとアルテミアは認識していた。
アドレへ向けて歩を進める。数が多く、火弾を避けられないが出来る限り最短ルートを進むべきだ。
目指す先に立つ少年の瞳はやけに印象に残る。人を見透かすような、深い紫色だ。
「最近は此処と同じような場所が幾つも出来ていますが、聖遺物ってそんなに沢山あるんですね!」
軽やかに問うた迅にアドレは「少しでも神意を帯びたならば聖遺物と呼べるだろうからね。特にこの国は、そういう場所だよ」と彼の疑問に答えた。
成程、この国が天義であったから、なのだろう。迅は小さく頷きおこげチップスを頬張りながら敵陣の波を掻き分けて行く。
「『本来の歴史には存在してはならない者(イレギュラーズ)』だなんて、随分な言い草ね?
旅人ではない私もその本来の歴史には存在しないという事かしら? なら、是非とも私達がどうなるのか予言の一端を御聞かせ願えるかしら?」
「歴史を紐解くと良い。本来的には有り得なかった一斉に起った大規模召喚。
そもそもの預言において、君達がイレギュラーズに『目覚める』のはもっと先立ったんじゃないかな? 個人の事なんて、知らないけれど」
アドレの指先が揺れ動いた。白手袋に包まれたその手は糸を繰るように揺れ動き騒霊達をアルテミアの元へと向かわせる。
「……どう言うこと?」
「例えば――『アルテミア・フィルティス』は14歳のある日、妹の考えに気付かなかった。
一つ年下の幼馴染みは一家が離散、その後、再会はしなかった。妹は静養の甲斐があり元気を取り戻し遠方の貴族に嫁ぐ。
勿論、キミもだ。アルテミア。フィルティスの家には跡継ぎが生まれ、剣を握る事なく貴族の青年の元へと嫁いだ……なんて筋書きはどうかな?」
アルテミアの瞳が見開かれた。『IF』と呼ぶべき世界だ。それはR.O.Oで見た『明瑠』や『恵瑠』よりも現実味を帯びている分岐の別側面のようにさえ思える。
「な、何」
「大規模召喚なんて世界の気紛れがなければ、君は剣を握っていない。君は誰かを殺す事も傷付けることもない。
君は『妹なんて殺さなくて済んだ』のに! ああ、可哀想に。偽りの神が君の未来を乞うも台無しにしたんだ。世界を護る為に、生きている君を犠牲にした!」
アドレが笑う。アルテミアの剣にぶつかった騒霊の腕が小剣を越えてアルテミアの喉元へまで伸び上がった。
「ッ、それはIF(あったかもしれない未来)よ」
「ああ、そうだ。僕らは『IF』と呼ばれてしまった者こそ正史であると識っている。君を、上書きして元に戻してあげられるのに」
「……『預言』は全てが遂行されるわけじゃない。
所謂シュレーディンガーの猫。……なら私はこれまで通り、この手が届く限り守れるものを守るだけよ」
ぶるぶると指先が震えた。引き攣った表情のアルテミアを癒やし、支えながらもアレクシアは話を切り上げるべくルルへと話題を振った。
「あなたはその聖遺物とやらを護るつもりはないみたいだね?
それを使ったのはあなたなんでしょう? それなのにどうして?
……私たちを試しに来た? それとも……他の何かがお目当てだったりするのかな」
「コンフィズリーが興味あるの。その子の剣の方がね? まあ、でも、私が欲しいワケじゃなくって、知り合いが欲しいものかもしれないけどー」
髪を指先で弄りながらルルは鼻先をふんと鳴らした。リンツァトルテは聖剣の遣い手に過ぎず、目当ては聖剣か。
アレクシアは後方を見た。サクラの持つ聖刀に対しても『ロウライトの聖刀』だと興味を有していた。
(ルルは聖遺物の鑑識眼でも持ってるのかな? ……やけに詳しいし、欲しがっているのも使い方を知っているのかも……)
何にせよリンツァトルテを突出させては剣を奪われる可能性がある。それだけは避けておきたいとアレクシアは杖に魔力を宿し浄化の魔力を拡散した。
「リンツァトルテ!」
呼び掛けるクロバにリンツァトルテは小さく頷く。アリシスはリンツァトルテの聖剣は本来の歴史ならば彼が再起する事無く遂行者の手に渡ったのであろうと推測した。
銀の指輪の周辺に宿された魔力が、灰燼の気配を宿した。神罰を『神の有する遂行者』に放つとは皮肉なものだ。
審判者は果たして誰になるのか。
「この都を、この国を、お前達なんかに好きにさせるもんかー!」
サクラが叫んだ。
「輝け禍斬! 悪しき者を斬る力をここに!」
真の力を一時的に解放する、それはロウライトの血筋であるサクラであるからこそだ。
真価を発揮した剣は、鋭い居合いの術と共に叩きつけられた。地を踏み込み小さな体で大いなる使命を『遂行』する。
「神は滅びを回避する為にイレギュラーズを遣わせたはず! 貴方達の言葉は辻褄が合わない!
唯の虚言ならそれでいい。貴方達が言っていたとおり『コレが偽りの神の気紛れ』だというならば、私は――!」
これだけの力を行使するのだ。彼女達だけのものではない。冠位傲慢の言葉を誰かが美しく飾り立てたものが預言書だというのか。
「難しい話は良く分からないのですが――」
迅の瞳がアドレとかち合った。勢い良くその拳がアドレに叩きつけられる。跳ね飛ばすことは出来ないが、確かに少年の体が揺らいだことに気付いた。
アドレの元へと飛び込むように、叩き込まれたのは堕天の輝きを帯びた雲雀による呪詛。
血色の矢は天より降り注ぎ、呪術書の紋様が宙へと浮かび上がる。
アドレが天に手を翳せば、黒き気配が出来うる限りの被弾を避けるべく広がった。アドレは直接的な攻撃には弱いのだろう。騒霊を扱う事から、簡単に倒せるとは言わないが肉弾戦を余り得意にして居るようには思えない。
一方で、ワールドイーターは下品に笑みを浮かべながらも唸り、鏡禍とセララの前に立ち塞がる。
「中々しぶといようですね……」
「けど、動きが鈍くなってる! 此の儘、畳みかけるよ!」
鏡禍は頷いた。真白き燐光と共に、剣を振りかざした勇者はルルに向かって悪戯に笑う。
「ボクの剣だって冠位魔種ベアトリーチェにトドメを刺した聖剣なんだ。この程度の敵、すぐにやっつけちゃうよ!」
「――……あら、それ、頂けるの?」
ぺろりと舌を見せたルルにセララは「あげない!」と首を振った。『リーディング』は相手にも悟られる。故に、ルルとアドレはセララに何を知られたのかを直ぐにでも判断するだろう。
アドレはセララに読まれぬように対策をして居るのだろうが、目の前の聖女はある意味でノーガードだ。
「……あなたは『神託の乙女』とも呼ばれてるんでしょう。ということは、その神託とやらを授けてくれる誰かがいるの?」
それが冠位魔種なのか、それとも上位存在であるのか――この世界を塗り替える力はそう持ち得る者ではないはずだ。
だが、例えば、『全てを一瞬で塗り替える』訳ではなく、定着させるべくして居るのであれば冠位魔種の権能の一つだと判断も出来よう。
「ああ、預言はツロからだけれど、神託は我が主からよ」
「ルル」
「良いじゃない、アドレ。どうせ、ツロだってそろそろ出て来たいでしょ?」
ツロ。それは預言書、預言者と彼女達の呼ぶ存在か。神託を齎すのは『冠位傲慢』と言うことか。
「預言の一端――ね。それは実際に貴女たちが"見た"もの? それとも貴女たちの主が伝え聞かせているものかい?
まあ、どちらにせよその預言は"確実な未来"ではないのだろうし、そんな預言をありがたく聞かせてもらったところで……だけどね」
「我が主の仰った言葉よ」
雲雀はそうかとルルへと頷いた。呪いを帯びた一撃を放つ雲雀を見詰めているルルの思考を読み取らんとしたセララの肩がぴくりと動いた。
――遣える者は使わなくっちゃ。ベアトリーチェの権能模倣なんて、ツロも悪い子ね。
セララはわざとらしく聞かせたのであろうルルをじっくりと見詰めたが、彼女は意味ありげに笑うのみ。
ワールドイーターに剣を振りかざせばどろりと泥のように溶けて消えた。
地を蹴ったルル家の煌めく『真珠』がアドレへと叩きつけられる。やはり、近接戦闘は得意ではないか。
と、言えども彼も遂行者だ。真っ向から攻撃を受け止めながらもある程度は応戦してくる。琥珀色のチョーカーを頸筋に、幾らでも強くなれると言わんばかりに娘は再度踏み込んだ。
ぎん、とぶつかる音がする。アドレの手には騒霊の握っていた小振りの短剣があるか。
「――あ、っぶな」
「こちらも余所見しないで頂戴」
アルテミアの剣に宿された蒼と紅の双炎が燃え盛る。『妹』の事に触れてくるのは我慢ならない。だが、その私怨だけで此処を終るわけではない。
銀の髪を揺らがせてアルテミアはキツく眼前の少年を睨め付け得た。
「アドレ殿、そろそろ帰られては?」
迅は柔らかな声音で問うた。預言というのは良く分からないが、説明されても『理解』できない。
彼等の自己中心的な夢見物語だと説明された方が納得も行くというもの。迅は妙な表情をしながらアドレと向き合う。
「帰りたいのはやまやまだけど、さ、まだダンスが終ってないだろ?」
「聖遺物ですか」
迅の視線を受けてサクラが頷いた。行く手を遮らんとして産み出された騒霊を刀で叩ききる。
一閃された騒霊を押し止めるクロバの瞳がぎらりと光を帯びた。
「いけ!」
走り抜けて行くルル家の手が届いたのは――聖女ルルがパイプオルガンから立ち上がったのと同時であった。
●
「ははーん、コレが聖遺物ですね。いやー、参った、コレで拙者が真のルル!」
「元から勝負してないわよ、拙者娘」
唇を尖らせるルルの元まで撤退したアドレは「ツロに帰って来いって言われたし、帰ろう」と子供が児童館から家に帰宅するかのような呼びかけをしている。
妙に拍子抜けするのだとルル家は肩を竦めた。アレクシアは未だ警戒した様子で聖遺物をサクラの元へと手渡す。
「私達の心には信仰という名の神がいる!与えられた教えではなく、奇跡でもない!
私達自身が正しいと信じて邁進する善き行いが、理想がある!
私は天義の聖騎士、サクラ・ロウライト! 我らが信仰を妨げるものは、それが例え神であろうと……! この黒衣に賭けて、斬る!」
純粋なる黒を纏え。
神が為、不正義なる『赦されざる悪』を斬れ。
代理人よ。
罪と穢れより汝を護る染まらぬ黒をその身に纏い、神の名の元に遂行せよ。
サクラ・ロウライトは神に頼って、縋ってばかりでは居られない。
「ッ――!」
奥歯を噛み締め、聖遺物を叩き割る。サクラの指先が震えたが、イレギュラーズにとっては勝利を意味している。
「あーあ」
ぽつりと呟くルルを雲雀が見た。迅は警戒しながら後方に下がったアドレをまじまじと見詰めている。
「アドレ、失敗じゃない」
「何もしてない奴が何も言うなよ」
「まあ、どうせ、あれは遊び道具だったし良いけど。暇潰しにはなったわよね」
「……」
性悪女と呻いたアドレを見詰めてからクロバは妙な表情をした。
軽口を叩いている遂行者達に鏡禍は納得いかないのだと口を開く。
「人が大勢死んだり、まして国が亡ぶような内容なら、いったいなぜ抗ってはいけないというんです?
予言に従って、幸せになるのはいったい誰なんですか?
それに本来の歴史には存在してはならない者というのなら、僕らをどうするんです? 元の世界にでも送り返しますか?」
「死ねば良いでしょう」
薄暗い声音だった。聖女ルルは言う。
「そもそも、間違っているわ。あなたが此処に居るのは傲慢にも神を気取った愚か者のせいでしょう。
元の世界に送り返す? ばか、ばかね、元の世界に居るのが当たり前であったのに、片道切符で命を賭けて故郷でもないこの世界を護る理由があるの?」
聖女ルルは鼻先で笑う。傲慢な女は己の認識が間違っているとは認識していないのだろう。
「未来は抗わず受け入れるんじゃなく、望んで掴むものだ。
今のこの世界を犠牲にしてでも平穏を得たい、罪を濯ぎたいなんて微塵も思わない。言葉を選ばずに言うなら『糞食らえ』ってことさ!」
「私、あなた嫌いだわ」
雲雀を指差騒ぐルルに後方へと下がったアドレが「良いから帰るよ」と嘆息する。どちらも、イレギュラーズとの『楽しい対話』を楽しむ気しかなかったのか。
もしくは、だ。この場にまで入り込んだイレギュラーズの出方を見たかっただけなのかもしれない。
アレクシアは「待って!」と声を上げた。聖遺物を破壊してから、世界がぐらつき変化していくような妙な気配がある。
『神の国』と呼ばれたこの場所は不完全なフィールドだ。聖遺物を壊せば定着率が一気に落ち込み、世界は元の世界に戻って行くのだろう。
「……この世界を上書きして、あなたに何が得られるというの?
あなたは魔種というわけではないんでしょう。この世界を滅びに向かわせてどうしようっていうの?」
「ねえ、あなたってアレクシアって言うんでしょう? アレクシア、逆に聞くわね。どうしてあなたはこの世界を護りたいの?
此処に普通に生きているから? そうでしょう。私も、そう。『そうあるように作られた』なら、そうするべき。そこに理由って必要?」
ぱちくりと瞬いた女は昏い色をその瞳に宿してから唇を吊り上げた。
「さっき、あの子も言ってたけれど『この世界に何を執着する』意味があるの?
流れるままにイレギュラーズなんて大役を擦りつけられて、世界を滅びから救うために死ねって言われて!
空中庭園で『こんにちは』『どうも』くらいしか話さない人形みたいな女に良いように使われているのではないの?」
ざんげを指しているのだろう。アリシスの表情が曇る。女はぎろりと睨め付けてから「それじゃ、ダンスタイムはお終いにしましょう」と大地を蹴った。
「舞踏会も閉会ですね、ルル殿。我らのステップはお気に召して頂けましたか?」
「ええ、勿論」
迅へとルルはうっとりとしたように笑みを浮かべる。ご褒美、というのは女の笑顔の扱いなのだろうか。思わず迅は肩を竦めた。
「待て、ルル。あんたらの行いはこの”死神”が却下と断ずるものであると判断してやろう。――傲慢さなら負けないぜ?」
「私、そういう男、大好きよ。死んで欲しいくらい」
笑ったルルをクロバは鋭く睨め付けた。
王冠の紋章が光り輝き、女の周囲を包み込む。ルルと呼んだ少年の腕を掴み聖女は朗らかに微笑んで。
「安らかなる時よ、来たれい――『神託の乙女(シヴュラ)』はお前達の幸運を祈っている」
光と共に消え失せていく二人を眺めながら雲雀はぽつりと呟いた。
「神は怠惰なる者を許さない、と言うようだけど。
……自身の信徒がロクに踊れてもいない状態を、果たして貴女たちの主はどう見るのだろうね?」
冠位傲慢。彼のための下準備を着実に進めている遂行者達。
傲慢なる男が姿を現したとき――自体が一気に進むのだろう。だが、まだ、遂行者達は『踊りきること』は出来ていない。
その目論見を一つずつ壊すことで、傲慢なる使徒の元に辿り着けるのだろうか。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
預言者、預言書の『ツロ』とは果たして……。
GMコメント
宜しくお願いします。
●成功条件
聖遺物容器の奪還、及び、聖遺物の破壊
●フィールド『神の国』
聖遺物によって作り出された領域です。その地は聖都フォン・ルーベルグにも似通っています。
ただし、真白き聖都には有り得ざる黒き旗が掲げられ、暗鬱とした空気が漂っています。
聖遺物容器が存在するのはフォン・ルーベルグの端に存在する『聖堂』です。
どうやら『細かいことが嫌いな聖女ルル』がさっさとフォン・ルーベルグを『上書き』するために聖遺物を準備したようです。
リンバス・シティと同様に正常と異常が混ざり合っていることは確かです。
『聖堂』内部には無数の影の天使が存在していますが、フォン・ルーベルグを覆う程の大きさになっていないのは、準備が煩雑であったから、というのと『慌てて用意した』からだとも窺えます。
●聖遺物容器
両手で抱える程度の大きさのカプセルです。
聖堂の最奥に存在しています。その傍らにはカロル(聖女ルル)が、その前にはアドレと天使達が陣取っています。
ワールドイーターはうろうろとしているようです。
●『遂行者』カロル
聖女ルルと呼ばれる少女です。甘い桃色の髪に、金色の眸の少女。どの様な戦闘能力を有するかは不明です。
『神託の乙女(シビュラ)』とも呼ばれ、遂行者の中でも特に強い力を有していることが推察されます。
聖遺物容器を護るアドレを眺めて居ます。また、影の天使達は彼女を護る事でしょう。
彼女はイレギュラーズを見に来ただけ、とも言えます。また、とても饒舌なので話し相手にぴったりでしょう。
ルルは聖遺物容器を護る気はありません。「私はお前達を見に来ただけよ」と告げて居ます。リンツァトルテには興味があるようですが……?
●『遂行者』アドレ
アーノルドと名乗っていた少年。アドラステイアでもその姿は確認されています。
アドラステイアの聖銃士、デモンサマナー『アドレ』本人です。アドラステイアの創設時に大きく関わっているようですが。
イレギュラーズの事は『お人好し』『騙しやすそう』と認識しています。
ルルと聖遺物容器を護るように動きます。
悪魔と呼ばれる奇妙な騒霊達を使役する能力を有し、非常に強力なユニットです。
ルルとは別の指示系統に従っており、『怪我をしそうなら帰ってきなさい』と指示されているようです。
・騒霊達 数不明
アドレが使役する者です。非常に強力な霊魂疎通、使役能力であるでしょう。
また、それらは『滅びのアーク』を有し、反転を促す媒介ともなります。無数に生み出され、アドレとは別行動が可能です。
ただし、これらを使役するためにアドレにも何らかの代償が必要なようです。
●影の天使 30体
人間や動物、怪物等、様々な形状を取っています。ベアトリーチェ・ラ・レーテ(冠位強欲)の使用していた兵士にそっくりな存在――でしたがディテールが上がり『影で出来た天使』の姿をして居ます。
様々な戦闘能力を有しており、アドレがそれなりに指示をしているようです。
●ワールドイーター 2体
何処か、その姿がファルマコンにも似ている気がする……そんなワールドイーターです。アドレの指揮下です。
聖遺物容器を護っています。
●同行NPC『リンツァトルテ・コンフィズリー』
天義聖騎士。不正義と断罪されたことのあるコンフィズリーの現当主。現在は幾人もの騎士を率いる事のある立場です。
聖剣を携え、正義の代理人としてこの場までやって来ました。
皆さんの指示に従います。聖女ルルに注目されている理由が己の聖剣であろうことをどうやら理解しているようです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
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