シナリオ詳細
主は冷たい土の中に
完了
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オープニング
●馬車は征く
パカラパカラパカラッ、と馬の蹄がよく整備された石畳を叩いたのは、かれこれ数時間前のこと。
今この馬車が走るのは、舗装こそされていないが、石がそれなりには避けられている土の道。
幌は防水性能も抜群らしく、たまにパラパラと雨水の当たる音がしても、中に座るもの達が濡れる気配は一向にない。
けれど、その中にいる者達は皆一様に無口で、何を語る気配もない。
ただ俯き下を見たり、馬車の外を走る光景を、ぼおっと眺めていたり。
その外もどんよりとした曇り空で、泣き出しそうで、今にも世界の終わりを迎えそうな景色で。
……否、今から貴方達が向かう場所は、本当に『終わってしまった』場所なのだ。
そのことは、この幌馬車を引く白馬、スーホの主でもある赤い瞳の青年こそが、よく知っていた。
彼の馬車に続いて、めいめいの乗り物や、あるいは自らの翼で飛ぶもの等がその場所に向かう。
●主は冷たい土の中に
「皆、着いたゾ」
馬車を降り、そう語る青年の声は低い。
不機嫌、真剣、そのどれともとれる声色で。……実際、その通りなのだ。
その理由は、今彼等が立っている場所を見ればすぐに分かる。
倒壊した家。荒れ果てた畑。爪痕が刻まれた木々。
今まさに童女が投げ捨てていったかのようなぬいぐるみ。少年が聖剣と呼んでいた枝は、真ん中から容赦なく折れている。
いずれにせよ、はっきりとわかっていることがあった。
この村には、もう、生きている人は誰もいない。
霊魂を知るものなら、尚の事ハッとするだろう。
自らの死因すら、自分が何者だったのかすら分からずに、ただ彷徨うばかりの魂がいることに。
「……流石にこの俺モ、この光景を見てゾッとしたネ。だガ、うかうかしちゃいられねェ。この魂が染められテ、悪しきものに変わっちまうその前ニ」
赤い瞳が、あなたを見つめた。
「ここに残っちまってる奴らヲ、アンタなりの手段で弔って欲しイ」
──彼の名は死霊術師、赤羽。
大地という青年と身体を共にする魔術師が、静かにそう言った。
- 主は冷たい土の中に完了
- NM名ななななな
- 種別 カジュアル
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年02月28日 17時45分
- 章数1章
- 総採用数15人
- 参加費50RC
第1章
第1章 第1節
「ここ、かなしいかんじがするの……しょんぼりしちゃうの……」
ピリアが見つめる先には、かつて大事に育てられていただろう、素焼きの植木鉢。今や無惨に割れていて、土もあちらこちらにこぼれて。その合間にわずかに見える白い根と細い茎も、すっかり萎びてしまっている。割れた窓から見えるのは、子供のものと思しきクレヨン画。
「ピリア、本当に大丈夫か?」
弔う手伝いを求めたのは自分達とはいえ、少女の痛ましい表情を見てしまえば、大地もまた悲しい気持ちになる。けれど彼女は、大丈夫とばかりに首を振る。
「ピリアね、おうた、うたうの。こういうときにうたうもの、ママからおしえてもらったことあるの」
すー、はーと息を整えて、ピリアの唇が歌を紡ぐ。それと同時に、彼女の体に宿るオパールの輝き。涙の雨のかわりに、優しく送り出すための百合を振らせて。
『ああ、みんなでうたったうただ』
『せんせーがおしえてくれたあれだ』
『まあ、懐かしいねぇ』
死霊術師には分かる。彼女の歌に導かれ、昇っていく亡者達の軌跡が。どんより分厚い雲の割れ目から差し込む、暖かな光。もうきっと、迷わない。
歌い終わった時、赤羽の視線に釣られたのだろう。彼女も共に空を見上げた。
「みんなにちゃんと、とどいたかな」
「あァ、上出来だヨ。真っ直グ、歪むことなく逝けただろうサ」
よくやったナ、と褒める赤羽。直後『俺らしくねェ』と悪態をついた彼の姿に、ピリアもつい微笑むのだった。
成否
成功
第1章 第2節
誰かが建てた、石造りの塚に花が一輪添えられる。指を組み祈るでもなく、祝詞の一つを唱えるでもなく、じっとそれを見たかと思えば、ルブラットはそこに背いて歩き始めた。その姿に気づいたのだろう、赤羽も早足に彼を追う。
「おイ、もういいのかよ先生?」
「ああ、ここで私に出来ることはあまりにも少ない」
だからこの惨劇を生き延びた者が居ないかを、逃げ果せた者が居ないかを探すのだ、と色を乗せぬ声で答えた。マスクの下の表情を見通す手段は、赤羽も大地も持ってはいない。
「だがな先生、見たろこの有様。生きている人間が多少なりとも残ってるなラ、この場所ハ、もっト」
「馬鹿馬鹿しいと思うかね? だが私の性分なものでね」
ルブラットの靴音が早まる。大地の足は、小石に躓き一歩遅れた。
「残念ながら、死者相手に医師が出来ることは殆ど無い。霊魂なるものがあるならば、赤羽君、それを救うのは君達の仕事だろう?」
故に私は、私の仕事をするのだ。
生きたいと願い、逝きたくないと足掻く誰かを救うのが、医者を名乗る者の義務であり責務であるのだから。
「もし君に力があるならば伝えてくれるかね。生者へ最善を尽くすことが私の弔いなのだ、と」
その言葉を残し、ルブラットは仮の墓場から去っていった。
『みんな、どこ?』
『おおい、おおい』
霊達もまた、生きている誰かが居ると願い探し回っているのだろうか。
少なくとも、この場でルブラットを咎める者は誰もいなかった。
成否
成功
第1章 第3節
メイメイは村を行く。廃屋の中に見えるは、赤子のいないゆりかご。
その脇におかれたガラガラを拾い上げ、布で拭き上げる。
商店だったろう場所に残る、割れて倒れた飲料の瓶。
床に散らばった硬貨を、一枚一枚磨いた。
皆が集まる集会所だった場所は、ちょっと豪華な食器が残されていた。
何かの祝いに、皆で集まって食卓を囲んでいたのかも、と夢想して。
きっと彼らの胃袋を満たしていた場所には、折れた鍬が何本も。それを集めるのには、少々苦労したけれど。
そしてメイメイが最後に辿り着いたのは、終の場所。
この村が生きていた頃から死者の場所として使われていたと思われる、石塚の立つ共同墓地だ。
「あの、これ」
「あァ、よく集めてくれたナ」
メイメイが集めてきた営みの証。村人の遺品。それを見た赤羽は低くも、メイメイに圧を与えぬような落ち着いた声色でそれに応じた。
「遺品だってそうだけど、ご遺体まで、大変だったろう。疲れてないか?」
「いえ、大丈夫、です。わたしたちにはまだ、やるべきことがありますから」
「……ああ、そうだったな」
石塚の傍らに人々の暮らしていた証を丁寧に並べ、今度はスコップを手にとり、メイメイは小さめの穴を掘った。今からここに残すのは、誰かが来た時に、ここに人がいたと分かってもらうための、安らかな眠りの証。
こうして、墓場に花が植えられた。
霊の声は、彼女には聞こえないけれど。頭を垂れるように、花が一瞬風に揺れて見えたのだ。
成否
成功
第1章 第4節
村の空気は相変わらず重苦しい。それもそのはずだ、だってこの場所には、旅立てずにいる者達がまだまだ多く取り残されているのだから。
「永遠の眠りへ向かう機会を逃してしまったのね」
そして瑠藍には分かるのだ。聞こえるのだ。
あまりにも突然の終わりを受け入れることができず、その理不尽に怒ることもできず、嘆くことすら忘れてしまった、ぼんやりと周囲を漂うばかりの魂が。
「さぁ、あるべき場所へ行きましょう。道は私が示すわ」
その声は霊達に届いたらしい。幼子のものから年月を経た魂まで、多くの者が彼女の近くに集まってきた。
「ねえ、これが見える? こちらに来て頂戴」
そう言って彼女が握りしめるタリスマンは銀色のジャック・オ・ランタン。それに見覚えがあったのか、短く赤羽の感心する息が聞こえた。
死者を送る灯火。それが天へと昇っていけば、我も吾もと、彷徨える魂がそれに追従する。
『まーま、どっち、どっち?』
『こっちよ、いっしょにいきましょう』
逝くべき場所が示されて安堵したのだろう、昇りゆく彼らの声は皆一様に穏やかだ。瑠藍はそれが遠く遠く、果てに見えなくなるまで見送った。
だが、まだまだ彼女の仕事は残っている。オープナーを手に、ワインのコルクを開けた。
「これ、受け取ってもらえるかしら」
ピカピカのワイングラスに注いだそれを、石塚に置く。
旅立つ彼等に捧ぐ一杯は、すう、と蒸発するように消えて。霊と友に上っていくのだった。
成否
成功
第1章 第5節
史之が額の汗を手で拭う。何度掘り返したことだろう。何人を寝床へと誘ったことだろう。ある墓穴には彼が愛していたのだろう煙草を。ある場所には彼女の親友だったぬいぐるみを、そして何箇所目かには、死出の川に追い返されぬよう、金貨を何枚か添えて。
そしてそこに、分かる限りの名前を刻むのだ。それは史之が村を巡って見つけた、その人達の名前。生きていた軌跡。彼らがきっと愛していたもの。
「しーちゃん、準備出来たよ」
「ん、今行くね」
パチ、パチと石塚を前に火が爆ぜる。それは死者に手向ける祈り。彼等の行くべき先を導くための案内。そしてそれを取り仕切るのは睦月だ。彼女が行う葬送の儀の支えとなるよう、史之もまたあるものを彼女に差し出す。恭しい一礼と共に納められたものに一つ頷くと、彼女はそれ──死者の軸椎を、穢れを焼き払う篝火の中へ。あとは登る煙が、その魂をあるべき場所まで運んでくれるだろう。
「根の国の主よ、此は贄に非ず。常世へと招き入れ給え」
そのための言祝ぎを、睦月は誰よりも知っていた。史之は従者として、それ以上に夫として、彼女の祭儀に滞りが無いよう支えるのだ。
「俺が知るのとハ、形式がかなり違うガ……なるほド、確かに『力』を感じるナ」
それもそのはず、何故なら彼女は、かつて言祝ぎの祭具と呼ばれた者。彼女が彼女になる以前、その身に並ならぬ神秘を宿していたのだから。
おっと見惚れてばかりじゃいられねェと、赤羽も己の仕事に集中し直す。とはいえ、勝手を知っている彼女の仕事に訂正すべき点など全くないに等しい。せいぜい、霊達の背中を軽く押してやるくらいだ。
やがて送り火が消え、墓場は幽玄の静けさを取り戻すけれど、彼女達の仕事はまだ終わっていない。
今度は史之が、せっせと小さく穴を掘る。それもひとつやふたつではない、規則正しい間隔を空けて、成長したときのことも考えて。
「カンちゃん、お願い」
「うん」
今度は睦月が、史之を支える番。彼の掘った穴に小袋から花の種を取り出して、2、3粒程をその中へ更に優しく土を被せた。
「これで春には、きっと花が咲くはずだよ」
「そうだね、しーちゃん」
今彼らの目の前には、丁度睦月の色に似た白い花が揺れているけれど、これなら季節が巡れどもこの場所は花に愛されるに違いない。そうなれば、この場所が再び死者の澱みに包まれることもないだろう。
「素晴らしい手腕だったゼ、お二人サン」
赤羽も、睦月と史之の充分すぎる仕事ぶりを称賛した。彼の声に、それぞれが応じる。
「いや、俺なんてお手伝いに過ぎないよ、赤羽さん」
「僕のも、昔とった杵柄……のようなものですから」
「謙虚だなァ」
それでも、彼等に送られた者達が迷う事は、もうけして無いだろう。
死の季節はきっと、もうすぐ終わる。
成否
成功
第1章 第6節
「よォ、赤羽。大仕事だな」
「全くだヨ」
露骨に大きな溜息は、クウハが知ったる仲だからこそだろう。
「とにかク、俺の力不足もあるガ……とてもじゃねぇガ、この数は俺には捌ききれン」
「なら、俺に一つ考えがある」
クウハは足を進める。その名を示す痕跡もなく、亡骸が残ってさえいない、名を失った男、あるいは女の霊の下へ。
「クウハ?」
彼は何を?
不思議な顔で大地が見る。赤羽が止める気配はない。クウハは空を見上げた。
「おい、オマエら。俺の館に来るといい」
その一言で魔法にかけられたかのように、幾つもの魂が彼の側へ降りてくる。
「第二の人生と割り切って館の幽霊共と過ごすのもいい。未練があるならその解消を手伝ってやる」
だから。
「俺の家族にならねェか?」
家族。もう僕は独りじゃない。私と過ごしてくれる人がいる。
クウハの目の前には、幾つもの魂が集い……やがて2つの人影を作った。
1つ、やんちゃ盛りなのか、畑仕事をしたからか、土に塗れた茶髪の少年。
1つ、服のあちこちがパッチだらけで、けれど丁寧に梳かれた黒髪を持つ少女。
彼等は兄妹かと言えばそう見えるし、この手の村によくいる少年少女と言えばそうとも思えた。いずれにせよ、霊達が応えてくれたのは明白だ。
「そうか、来てくれるのか。ヨロシクな、ジョン、ジェーン」
それは、名も無き彼らの仮の名前。
それでも『自分達』を呼んでくれることが嬉しかったのだろう。彼等は揃って、笑顔を浮かべた。
成否
成功
第1章 第7節
葬儀を行うのは、残された者達が折り合いをつけるため。つまり、生ける者達が次へと歩む心の整理の時間だとイズマは考える。けれど、ここには誰も残っていない。故人との思い出を胸に立ち上がる人も存在しない。
だから、自分達が彼等を看取るのだ。その旅に送り出すのだ。その靴音がテンポを刻んで、風に擦れた衣服がイントロを鳴らす。
その手が奏でるは、迷える者達にその行き先を教える優しい鎮魂歌。その音色を行進曲として、幾つもの光が規則正しく飛んでいく。空へと溶けていく。
その全てを見届けた後、奏者はふう、と大きく息をついた。
ふと背後から聞こえてきた足音に振り返れば、そこに立つのは装いこそ異なれど、紛う事なく先日図書館で見た姿。
「イズマ」
けれど、その口から聞こえるのは『彼』とは違う声の色。
「大地さん……じゃ、ないよね。貴方は?」
「流石、音に親しむお前は耳が良いんだナ」
一音だけで気付くとハ、と笑い、彼は『赤羽』と名乗った。
「それにしてモ、さっきの音楽、とても綺麗だったゾ」
「おや、赤羽が素直に言うとは珍しい」
「良いものを褒めて何が悪イ?」
「いや、何も悪くない。いつもそうならいいのに、と思っただけだ」
温和な声音と、捻くれ者。一つの体が織りなすちぐはぐなデュオに、思わずイズマも吹き出した。
「そうか、だから貴方は赤羽・大地と言うんだ。改めて、よろしくね」
イズマが差し出したその手を、赤羽・大地、両の手が優しく取った。
成否
成功
第1章 第8節
シャーラッシュ=ホーは村を歩く。
彼が求める『それ』が最も多く眠っているのが何処かは、彼自身がよく理解していた。
けれど、そこで『それ』を手に入れるには、穴を掘らねば。丁重に埋められたものを暴かねばならない。それはこの世界の常識として善くない事であると知らされていたし、何より労力と時間に見合わない。だからその手は選ばない。
やがて彼が見つけたのは、嵐に潰えた家屋。その下に『それがある』。
「失礼致します」
住居を訪れる時は挨拶を。そうするものだと聞いているから、誰も聞いてなくとも声を発して。
割れた屋根の一枚を、折れた柱の一本一本を、ごく当たり前に、キャンディの包紙を取るように除いて。その果て、やっと彼は『それ』を見つけた。
蹲り、手を合わせる。人によっては冥福の祈りに見えただろうか。
赤羽・大地は村を歩く。彼が求めるのは、未だ弔われぬ者。自らの呼びかけに気づけぬ程に盲目の死者を導くために。
その途中で、ゴリ、ボキ、と音が聞こえる。静かな村でそんな音が聞こえれば誰だって気になる。だから、その方へ足を向ければ。
──ああ、よく見知った顔が食事中だった。
「良かったナ、大地クン。お前の第一発見者がこの俺デ」
冗談めかす赤い瞳は、それを悪しき事と見ていない。何処の馬の骨とも知れぬ術者に『食い物』にされるよりは、余程マシと思うからだ。
ホーもまた赤羽に気付き、両者、小さく会釈を交わす。
その後、互いに背を向けた。
成否
成功
第1章 第9節
ルトヴィリアが見つけたのは、比較的綺麗に残った屋敷。豪奢な飾りがないながらも、広くて頑丈そうなそれは、村の有力者の住居だったのかもしれない。
だからこそ、そこに必ず何かがいるだろうと。そう感じて、彼女は重い門を開き、中へ入っていく。
辿り着いた邸宅のホールに漂うのは、今まさに解体でも行われたかのような濃密な血の匂いそしてそれを発しているのは。
「ちッ、神なんてやっぱろくでもねぇナ」
「ああ─流石のあたしも、堪えますね」
折り重なったそれらに、魔女なれども情は隠せない。赤羽も大いに悪態をつく。村の終わりを悟った者達が一斉に、自分達をも終わらせたのだろう。
けれど、その輪から這いずるようにして絶えた者等も何人か。彼等はきっと、地獄のような出来事でも、まだ足掻いていたかったのだろう。だから。
「まだ在りたいと思う者達。我が下に集いなさい」
力ある者の声に、呻くような声を上げながら、何体かが起き上がった。
眼は虚ろなれども、主が誰かは分かっていて。深く深く、頭を垂れる。
けれど、それでも起き上がらぬ者も。二度と覚めぬと決めた者達には。
「……貴方達の事、あたしが全て覚えておきます」
だから、静かに眠りなさい。
辺りに散乱する赤を拭うように撫でたなら、それらはたちまち彼女の中で。
血色は、知識。生きていた証。それを残さず、持っていく。
「なるほド、そういう手法があったとハ」
死霊術師も、どこか満足げにそれを見届けていた。
成否
成功
第1章 第10節
目の前に変わらず広がる死の世界。まるでこの村だけ魔界にでも呑み込まれたかのような惨憺たる光景。
「や、それにしても本当にヒデェな。金も命も何もかも、ってか?」
「あァ、流石の俺もビビったワ。クソスラムでもちったあ命の匂いがあるのにナ」
それでもキドーと赤羽が軽口を言えるのは、彼等がそれより酷い物を幾らも見てきたからかもしれない。
「因みに赤羽、知ってるか? 人間の霊魂は時に妖精に転じる、ってさ」
「ほウ、興味深い話だナ」
まさか彼に、人の行く先を説かれるとは。紅玉の瞳が好気に輝く。
「そもそも、肉体を失った後に正体だの分類だのなんて意味あるのかねェ?」
「言えてらァ。生物学だっテ、肉という確固たるカタチがあってこそだしナ」
彼の論に赤羽も然りと頷く。それを見ると、キドーも一つ、合図の指を鳴らした。
「なあ、そうだろ? ワイルドハントども」
ニヤリと笑うキドーの背後に並ぶのは、人ならざる狩猟団。
「おい、テメェらの中に、行列に加わる骨のあるやつは居るか?」
その時、我を失くしていた魂達が、徐々にその姿を変えていく。
あるものは二つ首の蛇に。またあるものは、一つ目の大蛙に。そしてあるものは、角のある兎に。
それを歓迎するかのように、それ等を率いる男が、大きく角笛を鳴らした。
「そうか。そりゃあ結構」
キドーも満足げに頷くと、彼等に背を向け歩き出す。
鬼、妖精、有象無象が集う狩猟団に、こうして新たな仲間が増えたのだった。
成否
成功
第1章 第11節
フーガが立つのは、村の大通り。
かつてここに人々の暮らしが息づいていたのだろう。村で一番大きな商店に残された帳簿を、吹き抜けた風がぺらりと鳴らした。
「ここに『皆』、居るんだな」
「ああ。けど、俺達じゃだめだったんだ」
2つの赤い瞳が悲しげに、壊れた家々に向けられる。
「呼びかけても、聞いてるのか聞こえてないのかよくわからないくらい、ぼんやりしちゃってて」
だからフーガ、頼厶。
君が彼等に、声を届けてほしい。
返事の代わりに、フーガの唇がマウスピースに触れた。
黄金の百合。彼の弟とも呼ぶべき愛器そのものは、遥か世界を隔てた先だけれど、思いと楽器があるなら弔うことはできる。
何時まで経っても慣れない感覚。けれどきっと、これに慣れてはいけないのだろう。
傍らに弟がいない寂しさに。人を悼むその痛みに。
大きく息を吸って、想いを音に。それは、優しい小夜曲。
フーガとドラドが発する声が、通りを抜けていく風となった。その音色に、多くの者が目を覚ます。
茫然とそこにあった魂が、自らの仕事を思い出したかのように少しずつ集まってくる。
ああ、もうこんな時間。行かなくちゃ。
帰らなくちゃ。私達のいくべき場所へ。
ありがとう、おにいちゃん。
最後に少年が手を振る姿が見えた気がして、それが自分に笑いかけたように思えて、フーガは唇を離した。
「今のって」
「お前にも見えたカ、フーガ」
あんなに居た聴衆は、皆、静かに帰っていった。
皆、昇って行った。
成否
成功
第1章 第12節
瑠璃と赤羽、村を探索していた彼女達が見つけ出したのは、牛舎だったろう場所に独り横たわっていた骸。
それを速やかに共同墓地まで運び、彼の眠るべき穴を掘る。
そこに彼を横たえて、さあ、後は土を、という段だった。
「少し、時間を戴いて良いでしょうか」
勿論、赤羽はそれを聞き入れた。瑠璃がその頬に手を添えて、魂なき瞳を覗き込む。
赤羽は魂の扱いにおいてはそれなりだが、既に『旅立った』者の記憶や想いを読み取る術を持たない。
一方、瑠璃はそのギフトにより、故人の愛していたものを『直接身体に尋ねる』事ができる。
今もほら、読み取れたのは。
仕事終わりに毎日毎日少しずつ大切に、味わってきたワイン。馴染みの商店で買う、その銘柄は。
「赤羽さん、ここに来るまでに商店がありましたよね。そこから『アーシウスの赤』があれば、持ってきていただいて良いでしょうか」
「あァ、見てみル」
彼女の言を受け、確認に行った赤羽が戻ってくるまでには十分と掛からなかった。
「奇跡的に綺麗なのがあったゼ。ホイ」
それを瑠璃に手渡すと、彼女はその腕に大事に瓶を抱かせた。
見えるビジョンは先程と同じ、赤の瓶を慈しむように見つめる農夫の姿。
しかし既にその日常が失われた事は紛れもない事実であり、魂の失せた彼から礼を言われることもないのだ。
幾ら彼を想い、弔ったとて。
「私の力には、どんな意味があるのでしょうか」
ぽつり吐いた疑問、その答えをくれるものは誰もいない。
成否
成功
第1章 第13節
シューヴェルトが見つけたのは、倒れた家屋の上でおろおろする女性の霊。
この村の中では珍しく、自我も形もハッキリしている様子だった。
彼女は透ける手で何度も瓦礫を撫でては『ああ、もう!』と困った様子を見せている。
「御婦人」
シューベルトの声に気づき、彼女はこちらを見た。理由を問えば、この瓦礫の下に家宝が埋もれてしまったという。
「僕に任せてもらえないか」
「俺もやるよ」
男手2つ(大地は若干ヒィヒィ言っていたが)で木片を退かしていく。やがてその中に、ただ一つ輝く銀が。
『ああ、それよ、それ! 中も開けてくださる?』
「ああ」
頷き、そのロケットに納められた画を開く。
そこに微笑むのは、目の前の女性の霊によく似た乙女が、誇らしげに胸を張る姿だ。
『ああ、良かった。アリッサ。私達のかわいい娘』
「娘さんの絵姿だったのか……」
しばらく涙ぐんだ目でそれを見ていた婦人だが、やがて首を振り手で制す。『もう大丈夫』ということだろう。
『最期にあの娘の顔が見られてよかった。ありがとう』
そう言うと、彼女は溶けるように消えていった。
「村はこの有様だガ、彼女はどうしているんだろうナ」
息を吐く赤羽だが、シューヴェルトは納められた彼女の姿に覚えがあった。
「アリッサ。僕が先日立ち寄った雑貨屋に、その名とこの顔の女性がいたと思う」
「マジカ」
なれば、婦人が最期まで想っていた娘は健在ということか?
であれば、彼女も浮かばれる事だろう。
成否
成功
第1章 第14節
「……一体、何があったのでしょうね」
澄恋の問に答えられる者は居ない。だって、ここにいる誰もが逝くに逝かれず呻くばかりの魂だから。
遠くに赤羽が何事か唱えて、足元に彼岸花を咲かせる様が見える。
神術、御祓が使える者ならばきっと、彼のような手で弔うのだろう。
けれど、この手は小さく、それを成し遂げるにはあまりにか弱い。
だけど、それでもできる事。彷徨える魂に手を差し伸べた。
ふわりふわりと飛んできて蝶のように留まる魂。誰かを恨み、死を嘆く事が嫌になったのだろう。もう、この世にいることにさえ疲れ果ててしまったのだろう。
それが一、ニ、三と来たならば、我も我もと、澄恋の手中へと集まってくる。
それらを一度、ぎゅっと胸に抱きしめた後。清らかな泉から水を掬うように、誰も取り零さぬように、そっと手を器にして。ああ、どうか、我が心身を揺籠にして。
「おやすみなさいませ」
全てを食らう、その瞬間、彼等の記憶が澄恋の中に去来する。
我が子が生まれた日。我が子に先立たれた日。
彼に綺麗と言われた日。彼に裏切られた日。
幼い頃から一緒だった愛犬ベスと遊んだ日々。
夢を諦め、酒浸りとなった日常。
目眩がするような感覚から覚めたなら、もう彼等の苦しむ声は聞こえない。あとは夢見るような、微かな寝息ばかり。しかし、それもじきに聞こえなくなるだろう。
人道から逸れた手法でも、救われる魂は確かにあるのだ。
どうか今は、わたしの中でおねむりなさい。
成否
成功
第1章 第15節
こうして、村は静かに終わりを迎えた。
誰にも見届けられず、看取られず、狂い、壊れるのを待つばかりだった魂達は、確かに貴方達の手により救われたのだ。
人の絶えたこの村にまた生活が営まれるのか、いつか人が住まうようになるのかは、誰にもわからないけれど。
NMコメント
ようこそ、終わってしまった村へ。
なななななが、皆様をご案内いたします。
以下、詳細になります。
●場所
『終わってしまった村』
『村』のみの呼称で結構です。
命の気配が虫一匹さえ残っていない、寒々しい場所です。
病に斃れた人。獣の餌となった人。嵐に飲まれた人。餓えて力尽きた人。現実に心壊れ自他を壊してしまった人。
原因は数多ありますが、いずれにせよ、この場所はおわってしまったのです。
●目的
『この村の人々を弔うこと』。
赤羽が言い残した唯一の頼み事です。
宗派、手段等は問いません。
後述の選択肢から、お好きなものをお選びください。
●NPC
『死霊術師』赤羽・大地
今回貴方方をこの場所へと連れてきた者です。
事態が事態だけに、『赤羽』が主として仕事をしていますが、『大地』も相当に心を痛めています。
尚、赤羽もできる限りの術式を行使して、『この村の霊魂が悪霊と化さぬよう抑え込んでいる』……そうですが。
いずれにせよ、赤羽&大地だけでは送るのにも限界があるでしょう。
どうか皆様の手を貸してあげてください。
以上になります。
それでは、どうか、この村の人々が良い風に送られますように。
赤羽・大地との絡み具合
当シナリオに登場する彼が、どれだけ貴方に話しかけていいか、指標をお伝え下さい。
【1】◎
しっかりめに話しかけます。
貴方の心を和ませようとしたり、手法に感心したりもするかもしれません。
【2】○
上記に比べ、軽く労をねぎらう、礼を言う程度になります。
【3】✕
赤羽・大地は貴方に関わりません。
死者とただ静かに語らいたい場合は、こちらをお選びください。
送り方
貴方はどのように彼等を見送るでしょうか?
【1】厳かに
宗教的、魔術的な儀式を用いる方はこちらをお選びください。
詳細な手段は描写希望でお知らせください。
【2】暖かに
花を備えたり、歌を歌ったり、村人達が好みそうなもので送る場合はこちらをお選びください。
詳細な手段は描写希望でお知らせください。
【3】強かに
むしろ、彷徨える魂を貴方のものにしてしまうのもまた救いかもしれません。
赤羽は言いました。
『第三者に利用されちまうくらいなラ、いっそ俺達についてきてもらう方が良いかもナ』等と。
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