シナリオ詳細
<昏き紅血晶>月影のネフェルスト
オープニング
●
石畳に残る砂を靴元が軋ませる。
視線を上げれば、日干し煉瓦で作られた淡い色合いの壁が、月の光に照らされていた。
やや遠くに聞こえる喧噪と合わせれば、この街の繁栄ぶりが見て取れるというものだ。
商売に賭け事、商館通りに闇市、傭兵、悪徳、快楽。
ここは地上の全てが存在する夢の都――ラサ傭兵商会連合第一の都市――ネフェルストである。
「臭うぜぇ、ぷんぷんと臭いやがる。くっせぇくっせぇゲスの血の臭いがよお」
大股で歩く『凶頭』ハウザー・ヤーク(p3n000093)は鼻をならしながら振り返った。
彼はラサが誇る傭兵団のうち三大巨頭が一つ、『凶』の団長だ。
他所の国家の要人もまた往々にしてそうであるように、彼もまたイレギュラーズにとってはいつもの共闘相手であり、また顧客(クライアント)にもあたる。
「んでよ、領主サマな嬢ちゃん等よ。俺はよ、確かに見たんだぜ」
「……ええ」
後ろに続くエルス・ティーネ(p3p007325)が、隣のアンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)と頷き合う。この夜、二人はとある人物の手がかりを追っているのだが――
ラサではこのところ、おかしな事件が頻発しているという。
それは『紅血晶』と呼ばれる宝石に纏わる不吉な噂を発端としている。この赤い石はどこで算出されたか分からないものだが、これを市場に持ち込んだ旅人は『地下より発掘した』と述べたらしい。
ともかく美しい宝石であり、アクセサリー等への需用も多い。だが流通量は少なく希少価値が高かった。だから根も張るし、見栄っ張りな幻想貴族なども買い付ける程だ。
商魂たくましい商人達は不吉な噂など気にも留めていなかったが、火のない所に煙りは立たぬ。
結局、商人達の代表役を務めるパレスト家等の調査が始まったのである。冒険者ギルドであるイレギュラーズへの依頼が発行されはじめることにもつながった。
それがつい先日の出来事だ。
――三人が曲がり道にさしかかったところで、ハウザーが再び振り返った。
ハウザー自身は神妙な顔だと信じている獰猛極まりない表情で、口の前に刃を纏った一本の指を立てる。
「静かにしてろよ、嬢ちゃん共……」
そして耳を塞いでも聞こえそうな、大きな『ひそひそ声』で続ける。
「ここだ、つっこむぜ」
ハウザーがドアを蹴破る。
エルスが大鎌を構え、アンナが剣の柄に指をかけた、その時。
夜闇を悲鳴が劈いた。
肌もあらわな踊り子装束の美しい女が、尻餅を付いている。
その首に大粒の宝石をあつらえたブローチをかけようとした商人の男も震えながらへたり込んだ。
「ハ、ハハハ、ハウザー様!?」
「その石にちげえねえ! 俺はよ、そいつに用があんのよ!」
そう言って男が手に握ったブローチに、巨大な鼻を近づけた。
「間違いねえ、あのクソ女の臭いだ」
「ひ、ひいっ!?」
態度は最早、押し込み強盗さながらだが訳がある。
「……剣の寵姫エルナト」
アンナの呟きに、エルスが頷いた。
エルナトは、旅人であるエルスが居た世界の住人である。
無論この世界に居る以上、今は同じ旅人(ウォーカー)だ。彼女は以前、深緑の決戦に姿を見せ、エルス達に攻撃を仕掛けてきたことがある。アンナと共に撃退したのだが、ともあれ。エルナトは原罪の呼び声による狂気に晒されているように感じた。旅人の反転そのものは確認されていないが、深い狂気に陥る現象そのものは観測されており、おそらくそういった状態にあると思われる。
実はこの日、イレギュラーズは紅血晶の調査依頼を受けていたのだが、そこに首をつっこんできたのがハウザーだったのだ。彼はどうやら、この都で暗躍しているエルナトと因縁があるらしい。
「でよお。おいお前、こいつをどこで手に入れた」
さて、この商人を問い詰めることが出来れば、出所に近づけると思われるのだが――
何はともあれ、いったん仲間達と合流して情報共有しようか。
そうしたら調査続行だ。
- <昏き紅血晶>月影のネフェルスト完了
- GM名pipi
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年02月14日 20時30分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
月明かりのネフェルスト――
哄笑と嬌声とが支配する歓楽街。
その一角に位置する酒場は、けれど静まりかえっていた。
どこにでもあるような店だ。
金を持った男に、踊り子装束に身を包んだ女が、酒を出すだけの店。
(なってねえな。センスってもんがまるでねえ。しけきってやがる)
たとえば『社長!』キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)あたりに言わせれば「はずれ店」。
棚に飾られた高価な酒の瓶だが。その実、中には安酒が詰まっている。
炊かれているイランイランやサフランの香油だけは潤沢すぎ、贅沢どころか行き過ぎだ。
とてもではないが、こんな所で可愛い部下のために金を落としたくはない。
そんな店が、なぜかしんと静寂に包まれている。
羽振りの良さそうな男と酒を注ごうとする女が硬直し、零れ始めた。
傭兵風の男は水煙草に口を付けたまま、肝心の呼吸を止めている。
誰もが表情一つ動かさぬまま、視線だけを店の中央へと注いでいた。
例外は『滅刃の死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)と男装の『いにしえと今の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)だ。クロバは深緑の行商人風のフードをかぶったまま、やはり硬直した女が腕へしなだれかかるままにしているが、二人はそもこんな店に来る趣味はない。
そんな衆目の中で、ソファに仰け反り、石製のローテーブルに毛むくじゃら(どころではない)足を投げ出しているのは、『凶頭』ハウザー・ヤーク(p3n000093)であった。
二つ名通りラサを仕切る三大傭兵団の一つ凶の頭だ。
「そういう訳でよお、でやがってよお」
やけに高圧的に見える態度で――当人にそんなつもりもないが――ハウザーは一行へ振り返る。
「……それよりもハウザー様」
じと目の『デザート・プリンセス』エルス・ティーネ(p3p007325)は声音に指摘を滲ませた。
「……」
「…………」
「おっと悪い! 騒がせてえ訳じゃあねえ」
「むしろ静かすぎですね」
「てめえら今日は俺様の奢りだ、パーっとやってけや!」
店に喧噪が甦り、エルスは内心ほっと胸をなで下ろす。ここではないが――少なくともラサ(同国)で領主をしている以上、民の経済活動を邪魔すべきではないから。
イレギュラーズ一行がこの店へ集まったのには、金満な夜遊びとは異なる明確な理由があった。
「天義にも出回っていたんだよね」
呟いた『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)の言葉通り、それは近頃世間を騒がせている美しい宝石だった。紅血晶と呼ばれ、旅の商人から流れた鉱石とされるが出所自体は分からない。
少なくとも、ここラサが取引の中心地であることが分かってきたばかりだ。
(どうにもきな臭さは感じざるを得ないな)
クロバもそう思う。
なぜならば、この美しく高価な宝石――紅血晶には不吉な噂が付きまとっていた。
人を化物――吸血鬼に変貌させてしまうのだと。
「夢の都にゃつきもんじゃああるが」
高価な宝石は貴族や商人にとって魅力的ではあるが――キドーが首を捻る。どうしても色宝を思い出してしまうのだが、あの時と違うのはどうしようもなく憎めない悪党のあいつがもう居ないこと。それから人間の手によって積極的にバラ撒かれている点だ。
そういえば『アカデミア』などという話もあったが、はてさて。
(魔性の石――か)
端正な頬に拳をあて、『冥焔の黒剣』リースヒース(p3p009207)は考える。
美しい宝石というものには往々にして様々ないわれがあるものだ。不吉なものが多いが、それが『人の手で撒かれている』となれば、いささか不吉の意味は変わってくる。
そういう訳で、ラサの商会を取り仕切るパレスト家は調査に乗り出した。
依頼を受けたイレギュラーズはこの怪しげな宝石と、その出所をを追っている。
そして先程からハウザーが腕を捕まえたままの男はこの宝石を店の女に送ろうとしており、何でも近くの行商人から購入したという訳だ。
むせ返るような香油の甘い匂いに耐えかねたアリアと『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)が店を出て、静謐な月明かりの下で深呼吸した頃――
「ところでハウザー様」
「あん?」
「なぜエルナトにそこまで?」
エルスが問い、『剣の麗姫』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)も頷いた。
エルナトというのは、エルスの義妹リリスティーネが従える使用人である。
つまり旅人であるエルスとは同郷(同じ世界の出身)という訳だ。
剣の寵姫と呼ばれる達人でもあり、深緑の決戦ではアンナとは斬り結んだことがあったが、無論エルナトは敵方だ。それも魔種などと行動を共にしていたから、きな臭いことこの上ない。
そしてエルスはリリスティーネを追っており、エルナトは重要な手がかりとなる。
「何も大したことじゃあねえ」
ハウザーが言うには、『なんだか怪しい奴』とのことだ。
どうもなんらかの組織を形成していると思われるらしい。
この夢の都は自由の街であり、富もあれば悪徳も蔓延る。それ自体の是非はともかく、怪しいというだけならば、いかがわしい薬や奴隷さえ扱うブラックマーケットのほうが余程とも言えるが。
けれどハウザーは『こんな性格』だ。自警団を気取るつもりもないが、気に入らないことには容赦なく首をつっこむ。物事の大抵は金だの痴情のもつれだの、しょうもない案件であり、一喝でおしまいだ。
無論、結社の形成など気に留めるほどの問題ですらない。そんなものは単なる自由の範疇なのだから。
いずれにせよハウザーは鼻が利き、おまけに尻尾を掴めば離さない。
けれどエルナトは、なにかと怪しげな事件に関わっており、探せど姿を隠してしまうのだという。
とにかくそれが、どうにも気に入らないというだけの話だそうだ。
だとすれば、天然の嗅覚だけでつけ回されているエルナトにとっても、さぞ怒りが溜まってはいよう。
「実はまぁ……私にとって刺客みたいなもので気になっているんですが」
「お嬢ちゃんを殺そうって?」
ハウザーが牙を剥きだしにして笑う。
「救世の英雄(イレギュラーズ)にして、領主サマ、とりわけ――よりにもよって赤犬の女をよ!」
「そういうのは今は!」
エルナトとて旅人(ウォーカー)であり、リリスティーネにせよイレギュラーズであることに違いはないのだが――クロバは眉をひそめた。世界を救うべき定めを負ったイレギュラーズが魔種と手を組むといった事について、彼には彼として向き合い続けている問題はあるのだ。
それはさておき――ともかくエルスは、自身の驚くべき身の上を語った。
身に降りかかった呪いを解くため、リリスティーネを殺さなければならないのだと。
「ですから……エルナトは――漸く出てきた手がかりなのです!」
「なるほどな」
「では再び尻尾を出したなら、今度こそ掴んでやりましょう」
得心顔をしたつもりのハウザーに、アンナもまた頷いた。
●
何はともあれ、宝石の出所を探らねばならないが――
(うーん、この広い街から紅い石の出所を探すのか……)
――アリアは溜息ひとつ、辺りを見回す。一人ではきつそうだ。
「そうだ。モカさん、よかったら私と組まない?」
「ありがとう。ちょうど同じ事を考えていたところだ」
モカとアリアは事前に聞いていた行商人の身なりを思い浮かべながら、夜の街を歩き出す。
(どうやらこの一連の事件、きな臭い陰謀の匂いを感じるな……)
いくつか同様の依頼を受けているモカだが、そう思えてならない。
ともあれ二人は本職――宝石商を訪ねることにした。
この時間であればやはり先程のような酒場だろう。
モカは商人、アリアは用心棒のような装いで、店へと入る。
「いらっしゃいませぇ~、お飲み物はいかがですかぁ?」
甘ったるい声音と香りで、踊り子がしなだれかかってくる。
「生憎下戸でね、そっちを頼むよ」
「はぁ~い」
モカがステージを指さすと、女は軽やかに上がって艶めかしく踊り始めた。
この店の経営者は知っている。金には少々がめついが、商売事で嘘はつかない人物だ。
二人が座るソファに腰掛けてきた別の女達には、好きな物を頼むように伝える。
そうしていると――
「羽振りがいいねえ」
身なりの良い太った男が声を掛けてきた。
「やっぱりあんたもこの口かい?」
そういって男は耳元で「紅血晶」と囁く。
釣れた。まずは第一歩だ。
その頃、アンナとリースヒースは、裏通りのほうをあたっていた。
あたりの物乞い達に話を聞いてみる。
「このあたりで商いをしている人はいる?」
アンナは思う。虎穴に入らずんば虎児を得ず。
「あとは、そうね」
エルナトの風貌を伝えてみた。
「それから盗賊はどうだ」
「一つ向こうの通りに、奴等のたまり場がある」
青ざめきった顔をした一人の男は、そう言うと金を出すように要求してきた。
頷き会った二人は、男の痩せ細った手に小銭を握らせる。
すると男は――突如満足したように崩れ落ちたではないか。
「この飽食の都で、さぞ無念だったろう」
寝かせてやり、改めて見れば死後三日といった所か。おそらく餓死だ。
今は手短に弔ってやり、二人は後で諸々の手続きをしてやろうと誓う。
ともあれ成程、盗賊のアジトがあるらしい。
二人は場所を変え、黒現のアバンロラージュ――緊急避難用の馬車をとめると、薄暗い酒場に入った。
「……あ?」
ガラの悪い男達の視線が一斉に突き刺さる。
「ウチは一見さんお断りでよ」
「たいしたものではないけれど、話をさせてくれない?」
アンナはカウンターに手土産を乗せ、リースヒースが言葉を続ける。
「例の石についてだ」
対価を払えば面子も立つ。こうした手合いは単純でもある訳で。
「……入んな」
曖昧でもいい。聞きたいのは、赤い宝石の出所だ。
エルスはといえば傭兵団に顔を出していた。
「そんな訳だけれど、当りの付きそうな行商人を知らないかしら」
「そうですねえ、ウチじゃあないんですが、ココ」
傭兵の男が地図を指さす。
「新米で羽振りがいいなら、このあたりの宿が怪しいんじゃないですかい」
「ありがとう、たすかるわ」
「いえ、エルスさんの頼みでしたらいつだって喜んで」
繁華街や歓楽街からは遠ざかるが、行ってみようか。どこかで仲間と情報交換出来れば良いのだが――
一方で、大通りを歩くのはどこか異色の取り合わせだった。
こうした街に『いかにも』な小鬼の男と、清廉な麗しい少女――キドーとスティアである。
なかなか面白い組み合わせであり、何より『視点が違う』ところが好ましい。
「うーん、どこから探したらいいんだろう」
こうした街は正直いって全く得意ではないが、いわくつきの怪しい宝石を、故国など世界中にばらまかれてはたまったものではない。とにかく手がかりを掴みたいのだが――
「ちょ、あの子かわいくね?」
「おーなんか変な緑の連れてんじゃん。そんなのよりさ、俺と遊びにいかない?」
若い傭兵風の男がスティアの腕をとろうとした瞬間――
「――ッ!?」
突如崩れ落ちる。キドーが足をかけたのだ。
「っなにしやが……」
「お、おい。こいつ……この方は、キドーさんじゃねえの」
「俺を誰だと思ってやがった。雑魚はお呼びじゃねえんだよ。通しな」
「へ、へい!」
キドーのひと睨みで、男達は退散する。
スティアとて歴戦のイレギュラーズであり、ラサでの名声も高い。キドー同様、あの程度のチンピラなど歯牙にもかける必要はないが、自身とは違うやり方になんだか感心してしまう。
しかし賑やかな街だ。
夜だというのに、灯りも声も人出も絶えることがない。天義――白亜の都とはあまりに対照的だ。
キドーはキドーで、どこかシレンツィオに似ているとも感じる。
とにかく目的の行商人を探さねばならない。
捜査の基本は『足』という訳だ。
そんな繁華街の露天に姿を見せたのはクロバだ。
「例の石、どうしても手に入れたいんだが」
「お、通(つう)だね、兄さん。さあさ入った入った」
金歯の商人がクロバをテントへ招き入れる。いかにもカモが来たという表情だが――クロバは思う。こんなに分かりやすく顔に出るタイプなら、商売も大変だろうと。だからこの店は「はずれ」だ。
早々に店を出たクロバは続く数件を周り、一人の女に呼び止められる。
「……」
女は無言で路地裏に歩くと、クロバに金を差し出すよう身振りで伝えた。
(これは臭うな)
おそらく情報を商いにしているタイプだろう。
クロバは女に金貨を一枚握らせると、彼女は「こっちよ」と告げて歩き出す。
(さて……鬼が出るか蛇が出るか)
●
歓楽街の大通りでは、店を出たモカとアリアが、ちょうどキドーとスティア組と鉢合わせた所だった。
「その人はだいたいこの時間なら、あっちに居るみたい」
先程、宝石商から話を聞いたアリアが伝える。
「こっちはね」
スティアもまた、さきほど商人から聞き出した情報を合わせる。
貴族らしく振る舞えば、商人はいくらでも寄ってくるという訳だ。
「なるほどほぼ一致するか」
モカが腕を組む。四人の話を合わせると、商人は宿舎街から繁華街、歓楽街を一巡するように商売をしていることがあぶり出せてきた。
「そんじゃ行ってみるか。今の時間なら可能性は二箇所だ」
キドーの言葉に一行は頷き合い、再び二手に分かれつつ示されたほうへ向かう。
そんなキドーとスティアが人気のない路地裏を通りかかった所――
「居るね、目当ての相手とはちょっと違うけど」
「ああ、さっさと片付けねえとな」
――晶獣(キレスファルゥ)。
サン・エクラと呼ばれ始めた怪物だ。
赤い水晶のような身体をした小さな身体は、犬めいている。
二人は得物を構え、即座に駆けだした。
情報屋から聞き出したクロバは、一人の行商人を訪ねていた。
「失礼、その石を買い取りたいのですが」
「……これかね。こ、こここ、これ、これかねかかかか」
「――ッ!?」
おそらく『当り』の商人に尋ねたクロバだが、様子がおかしい。
突如男の右手が赤く膨れ上がり、石のようにかわったではないか。
(……まずいな)
「アアアアア、エ、ト、サマアア、アアア」
男は突如血相を変え、走り出した。
即座に追ったクロバは、モカとアリアと鉢合わせる。
「あいつだ!」
「みたいだね」
だが男の身体からこぼれ落ちた破片もまた、怪物へと変貌したではないか。
やはり即座に蹴散らした一行は男を追う。
だが対処しながらでは追い切れない。
そう思われた矢先、点と点を繋ぐように、キドーとスティアが男へ立ち塞がる。
「噂は本当だったんだ」
晶獣を片付けながら、男を追って駆ける一行は、ついに宿街へたどり着く。
そこには一人の女――エルナトと向き合うエルスの姿があった。
剣と鎌を激突させる二人が、互いに後方へ飛びすさった時、エルナトがちらりと視線を移した。
赤い怪物に変わりつつある男へ向け、露骨に眉をひそめる。
「エル、エエルエルナトサマ、ドド、ドウシ、ドウシテ」
「だから使えないというのです、わざわざここへ来るなど」
「やはりあなただったのね、エルナト」
「姫様は勘が鋭くいらっしゃる」
「今度こそ逃がさない――ッ!」
「出来ますかしら」
多勢に無勢を感じ取ったエルナトが踵を返し――
「通してやる訳にはいかんのでな」
「ええ、預けた勝負を付けましょう」
空飛ぶ馬車から飛び降りた二人が、エルナトの前で得物を構えた。
足を止めたエルナトが焦りの表情を見せ、ふいに辺りへ赤く光る何かをばらまいた。
「――晶獣ッ」
十数匹か、数が多い。
「このような所で使うことになろうなど」
「化け物を率いることも出来る……ね。大層な代物だよ」
クロバの斬撃が晶獣を両断する。
「こういう時は、こうやんのさ」
キドーが率いる邪妖精が怪物共を狩り――リースヒースの影が仲間を包み込み、傷を癒やした。
「――ッ!」
肉薄したアンナが細剣を振るい、エルナトと激しい斬撃の応酬が始まった。
「またしてもこのような――この私の身体を傷つけて良いのはあの御方だけだというのに!」
頬に赤を一条引いたエルナトが激昂する。
モカは怪物へ流星のように拳を打ち付ける。
裂帛の気が炸裂し、怪物が吹き飛んだ。
「こんなことをするとはな」
モカに頷いたアリアは、腕から喉元までが異形となり倒れた男を建物の側へ運ぶと、渾身の魔力をこめてエルナトへ放つ。スティアもまた、聖句と共に清らかな光を放ち、怪物共が灼かれた。
「逃がすもんか!」
襲い来る猛攻をいなし、一行はエルナトを追おうとするが――
けれど彼女はついに物陰へと消えた。
それはともかく怪物共は片付けねばなるまい。
街に被害が出ては堪らないからだ。
イレギュラーズは晶獣へ猛攻を仕掛けた。
そして最後の一体を仕留めた一行は、互いに顔を見合わせる。
苦しむ男はどこかで治療せねばならない。
それから先程の死霊をきちんと弔うと、リースヒースとアンナが頷き会う。
エルナトを取り逃しはしたが、元々想定外の事態ではある。
何より少なくとも、重要な手がかりを掴むことが出来たのは大きい。
「……詰めが甘いのよ、エルナト。あの頃からずっとね」
エルスが呟き、上弦の月を仰ぐ。
今宵の続きはいずれ果たしてみせると。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
依頼お疲れ様でした。
怪しい尻尾は掴むことが出来ました。
MVPはとてもユニークな方法でアプローチした方へ。
それではまた皆さんとのご縁を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
ネフェルストの市街で紅血晶の出所を探しましょう。
エルスさんについては、今宵の月齢は上弦なのでご安心下さい。
●目的
・紅血晶の出所を探す
そこだけとは限りませんが、少なくとも真相に近付くことが出来るのは確かなはずです。
上の商人にはかせたところ、繁華街にこれを取り扱う行商人らしき男がいたそうです。
人相なども聞いています。
商人はハウザーが凄んでみせているので安心です。
・エルナトの消息を探す
恐らく事件に繋がりがあると目されています。
ハウザーによると、上の商人が持っていた紅血晶のブローチに『エルナトのにおい』が付着していたようです。おそらくその行商人風の男に、なんらかの手がかりがあると思われます。
・紅血晶の聞き込み
あとはまあ。手が余ったら事件に関する手がかりなどの聞き込みをしたりすると良いでしょうか。
これはあくまで努力目標です。
●敵
いるのかいないのかも不明です。
行商人らしき男とやらを、引っ捕らえたいのは確かです。
おそらく近くを移動しながら商売をしていると思われます。
もしも(戦闘発生時)の対策は、ちょっとだけしても良いでしょう。
●ロケーション
ラサ。夜のネフェルストです。
人々の喧噪が賑やかな繁華街と歓楽街です。
飲食店や露天、夜のあやしいお店などが軒を連ねています。
今回ある意味での敵となるのは『この街』です。
強引な客引きなどがひっきりなしに迫ってくるでしょう。
名声や各種アイテムや非戦闘スキルなどが有効に働く場合もあります。
それらをどうにかしつつ、紅血晶の出所を探りましょう。
グループを細かく分けるほど調査の効率が高く、危険が発生した際の対応力(要するに戦闘力)は低いです。逆ならその逆です。そのあたりの塩梅は皆さん次第です。
●NPC
・エルナト
何者かに従う旅人(ウォーカー)の女性です。
色欲の呼び声の狂気に侵されています。
エルスさんは色々と察することが出来るかもしれませんし、出来ないかもしれません。
・ハウザー・ヤーク(p3n000093)
傭兵団『凶』の団長です。非常に鼻が良く利きます。
上で出てきた商人を見張っています。
そういえばエルナトと何らかの因縁があるようですが、聞きそびれた状態です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
不測の事態を警戒して下さい。
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