PandoraPartyProject

シナリオ詳細

灰色王冠と王冠葉の霊樹

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 何の色彩も分からない儘だった。
 兄代わりのように育った彼の太陽のような髪も、若葉のような眸も、全てがくすんだ灰色に見えていた。
 けれど、王冠葉の霊樹様だけは、わたしの世界に色彩を与えてくれた。
 石花病になって、身体が石へと転じる中。病に蝕まれるからだを動かして王冠葉の霊樹様に会いに行った。
 どん底だって、生きていけると実感していたのに――

 冠位怠惰と呼ばれた強大なる存在が、わたし達の平和を奪った。
 王冠葉の霊樹様の元を離れなくてはならなくなったのは、わたしが子供だったからだ。
「クローネ、一緒に行こう」
 神官になればまたこの地に戻ってこられる。リュミエ様に認められれば王冠葉の霊樹様の傍にお仕えできる。
 兄のようなその人が、わたしにそう言った。
「シュリ、いいの。……わたしは、ここで花になったっていい。
 どうせもうすぐ死んでしまう命だから、置いていって、シュリだけしあわせになって」
「そんなこと、出来ない。僕はクローネが一緒じゃないと嫌だ」
 やさしいひとだから、わたしを見捨てることができないのだろう。

 グラオ・クローネの日に、この人に言おう。
 私はやっぱり王冠葉の霊樹様からは離れず、此処で死ぬのだと。
 どうせ、幾許しか余裕のない命だ。もうすぐわたしは石になって花が一輪咲いて死んでいくのだ。
 これはそう言う病気だから。
 死ぬ前に、シュリにきちんと言うの――わたしのことはわすれて、しあわせになってね。


『グラオ・クローネ』は混沌に伝わる御伽噺の一つ。
 今の幻想種さえ知らない――もっと、もっと古い言い伝え。
 深緑の大樹ファルカウと共に生きたと言われる『最初の少女』の物語。

 身寄りもなく、どうしてそうなったかの記憶もなく。
 何より彼女には体の自由と、五感さえも満足に存在していなかったのです。
 それでも、彼女は大樹を愛していました。
 どうして孤独なのか、どうして自分はそうあるのかも知らず。分からず。
 それでも彼女は直向きに、愛するファルカウと共に存在し続けます。

 そんな、御伽噺を聞いたことはないだろうか。グラオ・クローネはアルティオ=エルムで伝えられていた御伽噺だ。
 リュミエ・フル・フォーレは御伽噺を思い出してから焼け焦げた幹を持つ大樹ファルカウを撫でた。
 随分と酷い戦いから気付けば時は過ぎ去った。あれだけ、恐ろしく感じた日々から――リュミエにとっては瞬き程度の時間であれど――立ち直るには十分な時間だと感じた者も多いのだろう。
(私がこの様な状態ではいけませんね)
 人の尺度からは随分と外れてしまっている巫女は永き時をファルカウと共に生きてきた。
 物事が風化するまでの感情の持続は人の比にならず、何時までも『青い』ままに抱き続けることだろう。
「リュミエ様が落ち込んでちゃファルカウもどうにもならないわ。
 それに、リュミエ様にとってはうたた寝程度でも、次にぱっちりお目々が冷めた時に私が死んでいたらどうするの?」
 揶揄うように告げるフランツェル・ロア・ヘクセンハウス。彼女は記憶守『ヘクセンハウス』の今代の魔女でありながら、人間種である。その寿命はリュミエにとっては小指の先程度かも知れない。
「驚きました」
「いや、そうじゃなくって……」
「いえ、感情を隠すことを得意としていたと思っていました。私は、これでもファルカウの巫女でしたから」
 目を伏せたリュミエはイレギュラーズにも随分と影響を受けたのだと感じ入り小さく笑みを零した。
「それで、何か用があったのでしょう?」
「そう。あの、先の戦いで孤児になった子……あ、名前はシュリとクローネよ。
 クローネは病気だから療養をするけれど、兄代わりだったシュリをアンテローゼ大聖堂で引き取って神官にしましょうという話しが出たの。賢い子だし、本人も信仰者だったから」
 まだ若い子供達を引き取るというフランツェルの提案は素晴らしいものだが、態々リュミエに謁見して許可を取るほどではない。
 リュミエは頷きながらフランツェルに話しの続きを促した。
「シュリに打診したら、少し待って欲しいというの。グラオ・クローネまで」
「……グラオ・クローネまで、ですか?」
「そうなの。クローネが『灰色の王冠(グラオ・クローネ)』を送りたい相手が居るって。
 その相手に、それを送らないと自分たちだけ新しい人生を歩むことは出来ないって……それで、故郷の村に帰りたいそうなのだけれど」
 その村付近で精霊が暴れているらしい。フランツェルの言いたいことに気付いてからリュミエは「分かりました」と返した。

 リュミエに呼び出されてやって来たのはクロバ・フユツキ (p3p000145)であった。
 フランツェルが保護している幻想種の少女シュリの故郷付近で精霊が暴れている為、護衛をしてやって欲しいという依頼だ。
「私が行く事も出来ず、フランツェル一人に行かせるのも……跡継ぎがない今は不安です。宜しいでしょうか?」
「ああ、構わないが――」
 どうして村に向かいたいのかとクロバはシュリへと問い掛けた。
 シュリと呼ばれた少年は明るい金色の髪にと利発な緑色の瞳をしていた。
「村に、生き残った幼馴染みがいます。名前はクローネ。……グラオ・クローネの御伽噺を体現したような子なんです。
 生まれつき色を見分けることが出来なくて、僕の髪も眸もくすんだ灰色に見えていたクローネは石花病と呼ばれる病で身体を動かすことも叶いません」
「そう、それでシュリと一緒に私はアンテローゼに保護をしようと思ったのだけれど……。
 クローネはグラオ・クローネまでは村に残りたいって言うの。それで、シュリと一緒に迎えに行くからと約束したのだけれど」
 その日程が近付いて来たためにフランツェルはリュミエに頼んだのだそうだ。
「どうしてクローネは村に残ろうと思ったんだ?」
「大切にしている霊樹様が、村には残っていて。……クローネは、霊樹様だけ鮮やかな色が見えるんですって。
 それで、グラオ・クローネの日に感謝を送りたいからって。霊樹様が護った土地を離れることになるその前に」
 彼女は霊樹に流れる力をその眼で見ることが出来たのだろう。故に、霊樹だけが色鮮やかに見えた。
「最後に感謝を伝えたいのだそうよ。……この依頼が終えたら霊樹の葉をリュミエ様に届けて欲しいの」
「リュミエ様に?」
 クロバの問い掛けにフランツェルは「渡せば分かるわ」とだけ微笑んだ。

GMコメント

グラオクローネネタで一つ、ということで深緑アフターです。

●成功条件
 クローネ嬢を連れて帰る(もしくは、クローネ嬢の発言を受け入れ、シュリとフランツェルを説得して帰還する)

●場所情報
 霊樹の郷のひとつです。名もなき霊樹の民であったクローネとシュリは冠位怠惰の襲来で家族を亡くしました。
 周囲の木々は折れていたり、傷付いていることが見て取れます。戦いの余波を感じますね。
 霊樹は柔らかな光を放った青々とした葉を茂らしているものです。シュリ曰く『王冠葉』と呼ばれる葉を摘み取ることが出来ます。
 霊樹の程近い位置で精霊がパニックを起こして暴れています。気付けば仲良くしていた民がいなくなった悲しみが怒りに変わったのでしょう。
 精霊を倒せばクローネと王冠葉の霊樹のもとに辿り着きます。クローネは王冠葉の霊樹に寄り添い座っているようです。

●精霊 1体
 属性は風であろうことが推測されます。非常にびゅうびゅうと激しい音を立てており、暴れ回っています。
 王冠葉の霊樹を愛しており近付こうとするものを否定します。取りあえず殴って落ち着かせてからお話をしましょう。

●クローネ
 王冠葉だけの色を感じることの出来る少女。他の色彩は全て灰色に見えます。グラオクローネの御伽噺に自分を重ねているようです。
 石花病と言う病に罹患しており身体が石のように変化していきます。歩き回ることは出来ません。帰りは誰かが背負う必要があります。
 王冠葉の霊樹に感謝を伝え、添い遂げて此処で死ぬことが彼女の希望です。ですが、それは悲しい死に様ではありましょう。
 色彩をくれたのは王冠葉だけだったから。たった一つだけの心の寄る辺でした。

●王冠葉
 クローネとシュリの故郷に存在する霊樹。別名が『恋叶えの葉』と呼ばれており、グラオ・クローネの贈り物に添えられることがありました。
 まだリュミエが年若い頃にこの葉を『妹』と共に摘み取ったことがあります。遠い過去にはなって終いましたが……。
 あの時、『妹』の恋心に気付いてやっていれば何か変わったのでしょうか。リュミエはもう一度手にすれば何か分かるだろうかと考えて居ますが多忙を理由に訪れていません。

●同行者
・シュリ
 クローネの幼馴染みです。案内役。鮮やかな金髪と緑の瞳ですがクローネにはくすんだ灰色に見えていることを知っています。
 それでも妹同然に育ったクローネを大切にしており、彼女を守る力を身に付け共にこの地に戻ってくるためにも神官を志しています。
 彼は彼女の事が、好きですが負担になるだろうと言葉にはしません。

・フランツェル
 ついてきたアンテローゼ大聖堂の司祭。シュリの保護者です。ある程度の支援攻撃や回復魔法を駆使します。
 石花病の治療を研究しています。ある程度の延命措置はフランツェルは可能になったと言っていますが……。
 帰りにリュミエへの報告はイレギュラーズに任せたいそうです。

●備考
 グラオクローネの御伽噺が詳しく見たいぞ!と言う方は特設ページをどうぞ
 https://rev1.reversion.jp/page/graukrone2023

※石花病とは、深緑の土着の病です。
 『石花病』とは美しき花の如き乙女の体をいつしか石に変化させて、一輪の花を咲かせた後崩れていく奇病です。
 両親も共に同じ病気に罹患し目の前で崩れ落ちており、この病は一種の遺伝病ではないかとされています。

  • 灰色王冠と王冠葉の霊樹完了
  • GM名夏あかね
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年02月07日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
※参加確定済み※
オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
メイメイ・ルー(p3p004460)
祈りの守護者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
キルシェ=キルシュ(p3p009805)
光の聖女
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

リプレイ


 どんな人生であっても、他人が口を出す権利はない。それはその者が自ら決定した道であるからだ。
 だからこそ、クローネと呼ばれる幻想種の少女がそうしたいと自身で選択し、決定したというならば『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は口を出すつもりはなかった。
 其れがどれ程に他人から見て物悲しい結末であろうとも、だ。
「……石花病、だよね。体が石に変化して、最後は一輪の花になって崩れていく……それってまだ不治の病なの?」
 例えば、その病に冒された少女が僅かな火を灯した人生の終わりを決めたとしたら。
『いにしえと今の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)は何れ末辛い選択に、どの様に声を掛けてやるべきなのだろうと呟いた。
「不治の病……そう、だね。私も治療法をずっと探してる。けれど、まだ――なんて悔んでもしょうがないね。
 今できることを、一つずつ辿っていこう。きっと希望はある筈なんだから。これが、『誰かのため』になる筈だから」
 出来るのは病状を抑えることだけ。延命治療と呼ぶしかないそれは患者にとって辛く苦しいものであると『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は知っている。
 手探りだらけの道ではあるが一歩ずつでもその先を探すことが出来て居るのだとアレクシアは実感していた。自身が助けた患者の一人も、絶望し、死を救いと感じていたが、今は未来を見てくれているのだから。
「そうだな。気付いてない事もある、知らない事もあるだろう。結論を出すなら、それを知ってからでも遅くねえと思う。
 それをあいつ――クローネに教えて遣らなくちゃならねぇな」
 ルカは傍らに立っていたシュリという幻想種の青年を見詰めた。鮮やかな金色の髪、穏やかな若葉の色彩を宿した瞳。
 傍目から見ても美しい容貌をしている彼が『持っている色彩』をクローネと呼ばれた少女は見ることが出来ないらしい。
 生まれつき、その瞳は色を見分けることが出来なかった。唯、唯一は魔素を湛え、クローネの体質によく合致していた王冠葉(クローネコルザ)の霊樹のみ、彼女は色彩を見ることが出来たそうだ。
「それにしても……本当にあの御伽噺にそっくり」
 アリアが呟けば、グラオ・クローネの御伽噺を思い出してから『滅刃の死神』クロバ・フユツキ(p3p000145)は小さく唸った。
「本当に伝承のような話しだ。……それでも、過去のことは今更どうしようも出来ないし、襲った災厄だって逃れ得るものではなかった。
 けれど、今ここにいるのなら、生きているなら、救えるなら――それが傲慢だと言われようと、足掻かない理由にはならないよな」
 心の支えであった霊樹から離れたくはない。愛おしい王冠葉。その傍で朽ちて花を咲かせて死にたいという少女に生きる希望を見付けてやりたい。
「自身をおとぎ話に準えて……ですか。本人はそれを望んでいるですか……」
 その『決定』は狩るん自邸鋳物ではないと『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)は知っている。
 命の閉じ方を探して、望んで、選んで。そうして、その通りに全うしたひとをメイは知っている。その人は、そうするしか救われなかったのだ。
 ――けれど、クローネは『ねーさま』とは違う。クローネの傍には彼が、シュリがいる。それが何れだけ大きな力になるのかをメイは知っていた。
「ご本人の意思が大切、とはいえ。
 少しでも、望みがあるのだとしたら、生きる未来を選んで欲しい、と思うの、です……」
「はい。メイもです」
 悲しげに目を伏せった『ちいさな決意』メイメイ・ルー(p3p004460)の傍でメイが小さなおとがいを引く。まるで不安げに視線を彷徨かせたメイメイは王冠葉へと辿り着く幾許かの距離でフランツェル・ロア・ヘクセンハウスへと問い掛けた。
「霊樹さまの枝の一振り、を挿し木して、お連れすることは可能でしょう、か?
 勿論、霊樹様とクローネ様には、お聞きしてから、ですが……治療中でも傍に居る事が出来ますし、励みになるのでは、と」
「そうね。良い案かも知れないわ」
 微笑んだフランツェルが湖を指差した。その向こう側に、美しき王冠葉(クローネコルザ)に撓垂れ掛かった一人の娘の姿が見えた。


 王冠葉(クローネコルザ)。恋叶えの葉とも呼ばれるそれは、果たして本当に『叶えて』くれるのだろうか。
『木漏れ日の優しさ』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)が手にすれば、抱いた気持ちに進展が訪れるのだろうかとぼんやりと考える。
(……伝えられなかった想いほどつらいものはないわ――どうか二人が後悔しませんように)
 視線の先にシュリが居た。シュリ、と名乗った彼。本来の名前はシュテッヒパルメと言うらしい。
 その名は彼が生まれたときに王冠葉の傍に存在した柊の木から着けられたのだそうだ。まるで、木々を護るように立っていた柊のように彼はクローネを護らんとしているのだろう。
 真っ直ぐに見据えたオデットの前を鋭い風がヒュウ――と吹いた。まるで刃のように研ぎ澄まされた一陣の風。
 撓垂れ掛かった少女と、霊樹を護るようにそれはイレギュラーズ達を押し返そうとする。彼女の元に辿り着くにはこの風をどうにか為ねばならないか。
『リチェと一緒』キルシェ=キルシュ(p3p009805)は周囲に保護の結界を広げる。
「クローネお姉さんに伝えたい言葉はいっぱいあるわ。でもその前に精霊さんね!」
 真っ直ぐに見据えた瞳。桜の花をモチーフにした祈りのブレスレットに魔力が奔った。言葉を交すことなくとも、精霊の警戒と敵愾心はひしひしと伝わってくる。
 小さな鳴き声を返した小鳥にメイメイは礼を良い、精霊がクローネと王冠葉を護り続けていたことを知る。
「まずは精霊さんに落ち着いてもらうですよ」
 どれだけ精霊が大切な人を護ろうとしても、其れが何かを引き裂く刃になって終えば問題だけが残る。其れを知っているからこそ、メイは永訣(わかれ)を響かせる。遠く、瞬く間に居なくなってしまった誰かを思うようにその音色は伸び上がる。
 前進し、ルカが地を蹴った。跳ね上がると共に叩きつける蹴撃が精霊の動きに僅かな隙を作る。
「大樹を傷つける気はねえんだ。ちっとばっかし大人しくしてくれ」
 ヒュウ――まるで信用できないとでも言う様な。その気配にクロバはやれやれと肩を竦めた。
「大事なものだというのは解るけどな、少しは人の話も聞いてくれ!」
 自身達はクローネを迎えに来た。そう告げれば、精霊は嫌だと駄々を捏ねるように風を強くする。
「大切なんだね……お願い、私たちは樹を傷つけにきたわけじゃないの。通してもらえないかな?」
 余り手荒な真似は出来ない。けれど精霊は落ち着かない。きちんと言葉を届ける為にはその風を落ち着かせねばならないか。
 花弁のようなドレスに若木のような深い焦茶色の髪を伸ばした精霊の姿がハッキリと見え始める。包んでいた風が遠離れば、その姿が取り戻されたのだろうか。
「荒らすつもりはないことと攻撃してごめんなさい。お願いしたいこともあるの。私達はクローネを護りに来たのよ」
 オデットが告げる名前に精霊の肩が揺らいだ。眩き光と共に、命を奪わぬように風のヴェールが剥がれていく。
「……落ち着かれましたか? わたし達、はクローネさまに、お話をしにきたのです。通していただけます、か?」
 精霊はクローネは望まない、とばかり繰り返す。メイメイはそれでも、とおずおずと精霊へと告げた。
「あ、あと、あの、もし、お許しを頂けるのなら……」
 王冠葉の枝を一振り、クローネと共に持って行かせて欲しい。それが彼女の支えになる筈だと告げるメイメイへ精霊は小さく頷いた。
 本当は、大切なクローネに生きていて欲しい。精霊だってそう思ってはいた。だが、彼女の未来は彼女が決める。精霊には口出しできないことだったとでも言う様に。
「落ち着いて、ね。大丈夫、一緒に行こう? おんぶしてあげよっか?」
 おずおずとアリアの背中へとしがみついた精霊は年若い少女のようにも見える。シュリは自身とクローネがこの場所でよく遊んでいたときの年齢のようだと小さくぼやいた。
「……大好きな人たちが急にいなくなって悲しかったのね。でもその所為で周りを傷つけちゃダメよ。
 また落ち着いたらきっとまたここで暮らす人も現れるし、ルシェも遊びにくるわ。だから精霊さんも悲しまないで?」
 これ以上は奪わせないというならば、キルシェは穏やかに声を掛ける。精霊の風はひゅう、と音を立てて静まらんとしていた。
 向こう側でクローネが見ている。屹度、キルシェの鮮やかな桜色の髪も彼女にはくすんだ灰色に見えるのだろう。そんな、寓話の娘がイレギュラーズと、シュリを眺めている。
「精霊さんお名前教えて貰えるかしら? ルシェはキルシェです。お友達なのに名前を呼べないのは寂しいわ」
「……ルシェさん、この子はラーモというの」
 震える足でゆっくりと立ち上がったクローネは王冠葉を護るように両手を広げ、イレギュラーズを――そしてシュリを睨め付けた。
「どうして、放って置いてくれなかったの……?」


 クローネは直ぐに霊樹に手をつきずるずると座り込んだ。誰の目から見ても彼女の足は石化している事が見て取れる。辛うじて立てた程度なのだろう。
 その様子を見てクロバは上辺だけの言葉など伝えられなかった。希望を上辺だけなぞって伝えても其れは彼女にとって苦しいだけだろう。
 メイメイは唇をきゅう、と噛み締めた。心が揺らぎそうになる。
(……いえ、いいえ。わたしは、フランツェルさまやアレクシアさまを、信じています、から。きっと、大丈夫。きっと、命は、守られる)
 メイメイの眸に映されたクローネの姿は痛ましい。アリアは背負っていたラーモを降ろしてから「彼女がクローネだね」と問うた。頷くラーモは直ぐにでもクローネの傍に行きたいと行った様子だ。
「私はアレクシア。深緑の魔女で、アンテローゼの神官見習いで……石花病の治療法を探してるの」
「石化病の――?」
 クローネが驚いたようにアレクシアを見詰めた。隣に立っている司教フランツェルを見ればアンテローゼの神官見習いであるのは確かなのだろう。
 強きファルカウの信仰者はヘクセンハウスの魔女を見詰めた後、「でも治療法は成立していない」と苦々しく呟く。
「そう、だね」
 アレクシアは唇を噛んだ。ラーモは「クローネ」と悲しげな声音で呼び掛けた――それが風に乗り聞こえてくる。
「クローネ君、っていうんだよね。シュリ君と、ラーモ君から何となくのことは聞いているよ。
 あなたがどうなりたいかも。あなたがどうしたいのかも、此処まででずっと聞いてきた。
 ……あなたの想いは否定しない。どうせなら、と思う気持ちはわからなくもない。
 私もかつてはそうだったし、私の友人で石花病の子もそうだった……まあ、あの子はちょっと暴れん坊だったけどね。
 でも、だからこそ最後にもう少しだけ目を広げてほしいの。世界を見て欲しいの」
 アレクシアが治療を行なうと決めた切っ掛けであった少女は思ったよりも暴れん坊だった。そんな彼女だって今は元気にアンテローゼ大聖堂で菓子作りをし、アレクシアを信じて待ってくれている。
 そうなるまで、少しの時間を有したのだからその言葉だけで通じるなんて思っちゃ居ない。
「クローネお姉さんにとっては王冠葉が安らぎで救いなのかもしれない。だけど、生きることを諦めないで欲しいの……この思いはルシェの我儘よ。
 でも、石花病になった人たちを助けようとする人たちがいるの。クローネお姉さんに生きていて欲しいと願う人や、守りたいと頑張る人がいるの。
 その人達の気持ちを知った上で王冠葉と一緒に眠りたいって言うなら、ルシェはクローネお姉さんの思いを大事にします。
 ……だからお願いです。ルシェたちの言葉を、気持ちを、聞いて下さい」
 心の底から、思うがままに伝えるキルシェにクローネはシュリを睨め付ける。どうして、心が揺らぐようなことをするのかと、そう言いたげな強い眸だ。
「クローネ」
「シュリ……いいえ、シュテッヒパルメ。どうして、あなただけでも幸せになってくれなかったの?」
 強い非難の言葉だ。キルシェは「シュリお兄さん」と声を掛ける。彼の気持ちをきちんと彼女に伝えてやって欲しい。
 もしかすると、コレが最後になるかも知れず、そうじゃなくとも彼の抱いた感情が伝わらぬままは悲しいのだ。
「クローネお姉さんと未来を生きたいなら、シュリお兄さんも自分の気持ちを伝えて下さい!
 ルシェは、クローネお姉さんに生きて欲しいしみんな一緒に帰りたいです!」
 たじろいだシュリに難しいよな、とクロバは笑った。それが、重荷になるかも知れないからだ。
「本当にこのまま最期を迎えるだけでいいのか?」
「……どうして?」
 クロバはクローネの本心なんて、彼女自身しか分かりっこないと言った。
 それでも、シュリは確かにクローネを思って居る。だからこそイレギュラーズと共に此処まで来た。
 今すぐに彼女の病は治らないが、彼女の病を『どうにかできる』可能性を連れて遣ってきたのだ。
「今、生きていて、まだ手が届くのならば。君がこの先も生きて、シュリの髪の色がどうなのか知りたくないか?
 灰色の世界が本当はどんな色なのか。それを生きて、見て、感じて、想えるように!
 アレクシアだけじゃない、俺は錬金術師、ファルカウを癒し望みを叶える夢がある。その途中で、その病にも勝ってみせるさ」
 だから、どうだろうと笑ったクロバにクローネは足を撫でてから「怖いのよ」と呟いた。
「聞かせて」とアリアは優しく囁いて。何だって聞いてあげる。時間はまだ『沢山』あるからだ。


「あのね。メイは『自分の命の終わり方を自分で決めたひと』を知っているですよ」
 もう二度とは会えない、大切な人。メイは『ねーさま』を思い浮かべてから膝をぎゅうと抱いた。
「クローネさんの気持ちはとても大事。尊重したいです。
 ……ですが、遺されるひとの悲しみと寂しさを。後悔を。知ってほしいのです」
『もっとああすればよかった』『こんな言葉をかけていればよかった』――そんな後悔ばかりがメイの中には渦巻いていた。
 クローネの視線が、キルシェの隣になっていたシュリへと向けられる。
「……延命の治療ができるそうです。だから、クローネさんを大事に思っているひとと一緒に、もうすこし生きてみませんか?」
最期のときが。避けられない時が来たならば。霊樹まで送り届けるですから。
「クローネ。『王冠葉』、貰って良いか?贈りたいやつがいるんだ」
「誰に?」
「好きなやつだ」
 どかりと腰掛けてからルカは淡々とそう言った。恋叶えの葉は、愛しい人のためならば摘み取ることは許されているとクローネは教えてくれた。
「クローネ、大樹の色がついて見えるのも贈り物だと思うんだ。灰色王冠の伝説と同じに、大樹からのアンタへの贈り物。
 贈り物ってのは好きな相手にするもんだよな。……大樹はアンタの事が好きなんだと思うぜ」
「王冠葉様が?」
 寄り添ったクローネは王冠葉を感じるように掌をそっと添えた。美しい、この幹の色も木々の茂りも、大切で、離れがたい。
「アンタに幸せでいてほしい。生きる希望を持ってほしい。そう思ったからの贈り物だと思う」
 最後に過ごすなら、ここで。愛したこの場所で。其れをルカは否定はしなかった。
「でもな。グラオクローネは来年もある。再来年もある。その先もずっとだ。
 大樹は毎年お前さんが来てくれた方が嬉しいと思うぜ。だって、好きな相手がいなくなるのはつれぇだろ。
 ……大樹だけじゃねえ。俺達をここに呼んだのはシュリだ。アイツもアンタに死んでほしくないんだよ」
「私はそれでも、シュリの重荷になりたくはなかったの」
 唇を尖らせたオデットは「んー」と唸った。
「私はどちらの意見がどうかなんて、わからないわ。どちらも正しいと思うもの。
 でもその思いを正しくお互いに伝えないのだけは間違っていると思うわ。
 だから、ねぇ、ラーモ、二人の言葉をちゃんと届けてあげて欲しいの……決めるのはクローネとシュリの二人だから」
 ラーモはオデットに頷いた。風が優しく吹く。まるで、言葉を届けるように。
「クローネ。貴女は御伽噺とは違う、シュリがいて孤独ではないわ。
 記憶がないわけですらない、王冠葉の霊樹以外にも愛せる存在がある。御伽噺と同じにはならないわ。
 そして、シュリ。貴方はクローネにちゃんと気持ちを伝えた?
 きちんと自分の気持ちを伝えていないのに願いを言うのは卑怯よ。全てを明かして自分の要望を言うのね、そうじゃなきゃ女の子の心には響かないわ」
 葉も応援してくれている。そう告げるオデットの傍でメイメイがおずおずと言った。
「あなたの命の花は、まだ咲く時ではない、と思います」
 クローネの傍には何時だってシュリがいた。大切な人が居なくなると言うことはどれ程に恐ろしいか。物語は美しくなくたって良い。
 幸福は『彩り』になるはずだから。メイメイはふと、『誰か』を思い浮かべる。鮮やかで眩しく、美しいのは――彼だから。
「世界を彩るものは、優しさを注いでくれるものは、他にもあるはず。
 本当は判ってるでしょう、この世界は灰色なだけじゃないって。それをあなたにずっと示してくれていた人は、身近にいたんだもの」
 アレクシアがシュリの背を押した。

「――クローネ、君が好きだ」

 君が、生きる理由になりたい。
 君が、笑う理由にだってなりたかった。
 ぶかっこいな恋物語。底に添えるのは魔女の細やかな希望と言う名前の魔法。
「……まだそばにいたいと思う人がいるなら、最後まで足掻こう。
 あなたにも世界を知れる未来がある。グラオクローネの乙女は幸せを得たんだ
 どうせなぞらえるなら、最後まで…いや、それ以上にやり抜こう! 治療法は必ず見つけてみせるから!」
 だから、この手を取って――そっと、重なった掌にシュリはぽろりと涙を零した。
 君が、生きると決めたから。


「依頼の完了を伝えに来た。それと、これ」
 渡そうと思ったのだとフランツェルが持っていくように告げて居た王冠葉の葉を一つクロバは差し出した。
 共に渡したチョコレートに礼を言ってからリュミエはサイドテーブルに其れを置き王冠葉をまじまじと眺める。
「それを誰かに渡したいと思う日が来たら、きっとわかるだろうぜ」
 その憂いの意味まで、感情を出すことなく乾いた彼女が水を得る時が来るのだろうとルカは穏やかな声音で声を掛ける。
 感情が『乾ききらない』対照的な少女は王冠葉を眺めてから息を吐く。
「ひとは、むずかしい生きものなのです……ですが。メイはそれがとても愛おしく感じるですよ」
「特に人に愛されたあなたなら……そう、思うのかも知れませんね」
 おずおずと近付いたアリアは葉を二枚手にしていた。
「リュミエ様、お願いがあります。この葉を二枚ほど色鮮やかなまま保存したいのですが、リュミエ様なら可能でしょうか」
「……ええ、屹度」
「あの子に渡してやりたい。誰にでも希望を手に持つ権利はある筈だと私は思っています。
 ……そしてもう一つ、苗木を一つ頂けないでしょうか。メイメイさんが精霊に許可を取って、枝をひとつ頂いたのです。
 霊樹の枝を接木してやった状態で、苗木の鉢植えを彼女に渡したい。ちょっと違うけど、彼女の傍に霊樹がある状況を作ってあげたいのです」
 王冠葉はリュミエが加工してアクセサリーにしてくれるという。苗木も、その様にフランツェルに図らせると行った。
 ほっと胸を撫で下ろしたメイメイにアリアは頷いた。王冠葉はアリアは敢て手渡しで渡したかった。
(リュミエとカノン、二人の姉妹が紡いだ時間は哀しみだけではなかったと信じているから。
 ――というより、悲しみの数より遥かに多いものがあった筈なのだから。この葉は屹度、『妹』の為の……)
 アリアの推測に気付いたのだろう。どうかしたのかと問われてからリュミエはいいえと首を振った。
 その眸には涙が浮かんでいるかのようだった。クロバはそっと、リュミエと呼び掛けた。
「何に悩んでるかは俺にはわからないけど……物憂げな顔よりも微笑んでくれてる方が貴女には似合う」
「ふふ、何だか、その様に言われると不思議ですね」
 目を伏せて王冠葉を眺めて笑ったリュミエにクロバは静かに声を掛けた。
「大切な貴女が、どこか悲しそうに憂いてたんだ。……そこに寄り添いたいんだ」
 ――国をもう一度開く決意を。あの悍ましき出来事を振り払うが為に。
 ラサで起きている幻想種誘拐事件を抑え、新たに落ち着き春が来たならば深緑は少しでも前を向けるだろうか。

成否

成功

MVP

アリア・テリア(p3p007129)
いにしえと今の紡ぎ手

状態異常

なし

あとがき

 リクエスト有り難う御座いました&お疲れ様でした。
 深緑もゆっくりと前を向いて行けている、ようですね。

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