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シナリオ詳細

<クリスタル・ヴァイス>エウタナシアの遠心

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『アミナ』
 ただ、決意のように炎を灯せば良い。
 己が特別な人間でないことを、知っていたからだ。

 アミナという娘は流浪の一族に産まれた。飢えの苦しみと、死んで行く者の慟哭は幼少の娘の心に傷を残した。
 それでも、彼女が気丈にも革命派の象徴に成り得たのは『聖女様』が居たからだ。
 聖女様。
 聖女アナスタシア。
 その人は分け隔てなく恵みを与えて下さる素晴らしき人だった。
 自身の食い扶持を他者に恵み、手負いの者の傷を癒やす献身の人。
 アミナの憧れたその人は何時如何なる時も人が為に己を犠牲とする事をも厭わなかった。

 聖女アナスタシアは『元』軍人だった。村を蹂躙し、冬に生き延びる為に他者を切り捨てた経験とてあった。
 ただ、その悔恨と強き信念がその人を聖女へと押し上げたのだ。
 暗き過去を糾弾された彼女はその身を闇へと投じた。反転と呼ばれる事象。アナスタシアが酷く絶望していた事が察せられる。
 正しく磔の聖女となった彼女はギアバジリカの動力部に取り込まれ、帝都へと進軍せんと迫ったのだ。
 その声を聞いていた。
 聖女様のようになりたいと願った、唯の凡人は『その声を聞いていて、手を取れなかった』のだ。
 心が弱かったのかも知れない。力が欲しいと嘯きながら、まだ、戦う事を恐れていたのかも知れない。

 この混迷の世で、アミナは学んだ。アナスタシアの後を追うように、彼女の口調の真似をして、彼女の考えを擬えて。
 利口な娘であるために、献身的な娘であるために、聡明な『聖女』であるために。
 そうして重ねた張りぼてが徐々に剥がれ始めたのはあの寒々しい冬のことだった。
 粥を口にして吐いた。餓えに苦しむ者達よりうんと幸せであった癖に。
 人が人を害し、喰らう姿を見たとき心がぽきりと音を立てたのだ。

 ――私は、聖女アナスタシアにはなれっこない。

 そんなことはないよ、と笑って下さい。大丈夫だよ、と励まして下さい。うまく出来ていたと、褒めて下さい。
 私は『革命派』の象徴であらねばならなかった。私は『弱者救済』を掲げねばならなかった。
 本当は怖かった。けれど、私は革命派の象徴であったから。
 誰かを救うことで、私も救われたかったのだ。
 私は……こんな考えになったのも、頭が痛いからだ。ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっと、誰かが呼んでいる――

●革命派キャンプ
 ひりつく気配が漂っていた。雷神の末裔と己を位置付けた黄金の瞳は色彩を銀に殺し、紅色であった美しい髪を覆い尽くす雪化粧。酷く悍ましいそれは死を象徴しているかのようだった。
 ハイエスタの村、ウォンブラングの長老。ドルイドであった幻想種の女、ブリギット。
 彼女が望んだのもまた、利己的な弱者救済であった。
 如何に世界を恨めどもヴィーザルは肥沃な地ではない。常に餓えと寒さの苦しみばかりの荒野であった様に思う。
 雪が降れば、秋までに作った蓄えと共にのんびりと過ごす。雪解けの春に感謝を口遊むのだ。
 真白き雪が全てを閉ざせば、民草は死の恐怖の傍に佇まねばならなかった――丁度、今のように。
「アン」
 ふらつく脚でブリギットはキャンプに向かった。
「……ペーター……パウラ……エランダ……」
 つぶさに呟いた子供達の名前。アンはイレギュラーズとなって幸福に生きているだろう。エランダも軍人として生き延びた。
 他の子供達は、どうだろうか。
 護りたいが為に命を賭した。心が砕けてしまえども彼等の為に戦い続けた。
 ――今の、ウォンブラングは荒ら屋ばかりの土地だった。
 棲まうて居た者達は何処かに居を移したか、それとも餓死や凍死した者も大半だろう。

 ……見よ。
 ヴィーザルの子等は凍え、悴む掌を擦り合わせて飢えを凌いでいる。
 だと言うのに略奪者が襲い来る。平穏などは何処にもなく、勅命の下、大義名分を得たと虐げられるのだ。
『わたくしが護らねばならなかったのに』『のうのうと生き延びて』『誰も護れていなかった』ではないか!
 ブリギットの唇が戦慄いた。
 頭は都合良く勘違いをしてくれる。
 革命派に居た全ての『子』らを己の村の子供だと勘違いしていたのだ。
 ンクルス・クー(p3p007660)も、リア・クォーツ(p3p004937)も、シラス(p3p004421)も。
 ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)だって!
「わたくしの、可愛い子……?」
 ぽつりと零したブリギットが立っている。天は神鳴りを溢れさせ、怒りを顕現させたのようだった。
 違う。
 違う。
 違う――あれは、『わたくしの村の可愛い子供達』ではない。
 ブリギットの唇は震え、上手く言葉を紡げない。
 おばあちゃんと呼んで笑ってくれた優しいあの子達。
 あれが、紛い物だったなんて、信じたくは――……心が砕ける。正気は波のように引いて行く。
 恐怖と苦しみ、怒りばかりが女の身体を駆け巡った。血流となって、心臓を動かした。呼気に孕んだのは憤怒の気配。

「わたくしは――……」
 頭を抱えたブリギットに「同志ブリギット」と声を掛けたのはアミナだった。
 難民キャンプの防衛を。体調不良を抱えていたアミナはブリギット共に留守番をし、無辜の民を護ると決めたのだ。
 ぞわりと肌が粟立った。酷い頭痛と訴え掛ける声音がアミナを襲う。
「ッ――う、」
 吐き気をも催した。アミナはブリギットを眺めた。
 この人は、こんなにも恐ろしい顔できたのだろうか。
 まるで……まるで、磔の聖女となったアナスタシア様のような怒りと苦しみ。
 力がなくては守れない。苦しみばかりでは何も為せやしない。その全てを無理矢理にでも打開せねばいけない。
 平和的解決だと手を拱いてばかりでは誰かが死んでしまう。
 アナスタシアも、ブリギットも、同じ言葉を積み重ねた。だからこそ『2回目』のアミナの頭には強く響く。
「同志ブリギ――」
 唇が震えた。
「お、おばあ……」

 ――おばあちゃんと呼んで下さい。

 ――生きてよいのです。護れないならば、護れるようになれば良い。

 膝を付いたアミナは深く息を吐いた。手が震える。まだ、まだ、正気だ。まだ、少しだけ、時間がある。
 目の前の人の悲しみに寄り添えば、連れて行かれてしまう確信が。
 それでも、その人を見捨てることの出来ない己の心が叫んでいる。
 私も、貴女と同じだったと、叫びたがった心を抑えながら、アミナは振り向いた。
「……イレギュラーズを、呼んできてくださいますか」
 雷の気配から逃れるように難民の子供は走り出した。
 イレギュラーズに、告げるのは助けて欲しいというただ一つの言葉。
 そうして、その背後に迫ったアラクランの軍人達は『革命派』との決別を告げるかのようだった。

 ……すべては、彼女の『魔法』が解けるまで。
 ブリギット・トール・ウォンブラングの魔法(おもいこみ)が解け落ちたならば、平穏はもう遠離っていく。

GMコメント

●成功条件
 ブリギット・トール・ウォンブラングの撤退(アミナの生死は成功条件に含みません)

●革命派難民キャンプ
 フルシチョフカ型建造物(日本の団地を簡素にしたような集合仮設住宅)が立ち並ぶエリアです。
 本格的な冬の到来でテントや焚き火は撤去されつつありますが、突然のフローズヴィトニルでまだぽつぽつと残っています。
 吹雪と、そして雪。とても寒々しい空気が流れています。周辺には置き去りになった物資やテントなどが障害物として存在しているほか、積み重なった雪が目隠しになり陣営何方にとっても隠れやすい状況だと言えます。
 また『数ターンに1度、無差別に天の雷が降り注ぎます。雷による攻撃を受けた者にはBS付与がなされます』

●エネミー
・『ブリギット・トール・ウォンブラング』
 アラクランと呼ばれる新皇帝派に所属している魔種。属性は憤怒。
 ウォンブラングと呼ばれた村の指導者であり、非常に強力な雷の魔術を使用する事が可能です。
 彼女は『村の子供達が生きている』と思い込むことで正気を保っていました。ですが、その暗示が解けた事で正気を失っています。
 革命派で接したイレギュラーズに対しては未だに『可愛い村の子供達』と云う認識が外れきらないのか戸惑いを感じます。
 ですが、イレギュラーズが本当に村の子供ではなかったことで強烈な呼び声を発し続けることでしょう。
 家族を護れなかった後悔。強く荒れなかった己への怒り。誰かを救いたいと願った、ただひとつ。
 それは特に『聖女アナスタシアの呼び声を受けた事のあるアミナ』へと強く響いているようです。
 ウォンブラングと呼ばれた村の指導者であり、非常に強力な雷の魔術を使用する事が可能です。
 本当に命に危機が迫った場合はその姿を蝙蝠に変えて逃げ果せる事でしょう。

・雷の魔物 10体
 ブリギットが産み出す雷の魔物達です。ゴーレムのような存在であり、非常に獰猛。
 ブリギットの怒りそのものを表すように暴れ回ります。

・アラクラン所属軍人 10人
 ブリギットの変化に勘付き、彼女の支援に回る軍人達です。幾人かがブリギットの声で反転してしまったようですが……。
 総裁ギュルヴィには『ブリギットが狂ってしまった場合は彼女と共に革命派を離脱なさい』と指示されているようです。
 非常に統率が取れておりブリギットを逃がすことを最優先にします。

●『革命の象徴』アミナ
 呼び声を受けて頭を抱えています。混乱しており、誰もを寄せ付けません。
 イレギュラーズの庇護も拒絶し、ただ、泣き叫んでいます。呼び声の影響です。
 飢え苦しむ人を横目に食事をし、それを吐き、「生き延びてしまったのは」――

 クラースナヤ・ズヴェズダーに所属する少女。平凡な娘でしたが、聖女アナスタシアに憧れ猛勉強して司祭になりました。
 アミナの憧れたアナスタシアは『聡明で、優しく、優秀な聖女様』。アミナは革命派では難民やイレギュラーズにそう見て貰えるようにと尽力していました。
 イレギュラーズを非常に信頼しています。が、彼等からの信頼は『象徴アミナ』である事から寄せられていると認識しているようです。
 それもこれもブリギットの呼び声によるところが大きいようですが……。
 聖女アナスタシアによる呼び声を一度は弾いていますが、心に深く残っているのか、『二度目』で深く苦悩しているようです。
 ……革命派の象徴として育てられたアミナは『そうあろうとした』事で、本当の彼女は、戦う力を持たない平凡な少女なのです。

●参考:聖女アナスタシア
 <Gear Basilica>(https://rev1.reversion.jp/page/gearbasilica_seidoutekuteku)にて討伐された魔種。
 クラースナヤ・ズヴェズダーでは聖女と呼ばれていました。
 過去は『ブラックハンズ』と呼ばれる舞台で進軍時の兵糧不足により一村根こそぎ略奪を行った事があり、過去を糾弾された事を切欠にクラースナヤ・ズヴェズダーより離反し、その結果反転。
 アナスタシアに憧れていたアミナはその際に『呼び声を受けた』過去があります。
 今回は、憧れのあの人に答えられなかったその時の再来なのかもしれませんね。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <クリスタル・ヴァイス>エウタナシアの遠心完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年02月05日 22時06分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
シラス(p3p004421)
超える者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
ンクルス・クー(p3p007660)
山吹の孫娘
結月 沙耶(p3p009126)
怪盗乱麻
ニル(p3p009185)
願い紡ぎ
マリエッタ・エーレイン(p3p010534)
死血の魔女

リプレイ


 死の神よ。スケッルスの槌よ。まだ振り下ろさないでおくれ。
 空の盃に並々と注ぐその日が来たならば、この体など雷に打たれて朽ちても構わない。だから、それまでは――

 それまで、は。

「おばあちゃん!」
 悲痛なる声が響いた。
「やだ! やだ!」
 喉が痛い。声が枯れても構わない。ああ、それより、胸が張り裂けそうだ。
「おばあちゃん! 行かないで! おばあちゃんと敵対したくない!」
 足が縺れる。『山吹の孫娘』ンクルス・クー(p3p007660)の手を掴んだのは『竜剣』シラス(p3p004421)だった。
「おばあちゃん! もっとずっと、ずっと一緒に――!」

 スケッルスの槌が振り下ろされた。神鳴りが降り注ぐ。鉄槌、神の審判。悍ましき永訣の響き。

「ブリギットさん。あたしも連れて行って」
 ばたばたと、牡丹雪が落ちてきた。『願いの先』リア・クォーツ(p3p004937)は震える声音で告げる。
 その手を掴む。今度こそ、今度こそ。

 ああ、スケッルスの槌よ――


『ドルイド』ブリギット・トール・ウォンブラングは気付いてしまった。
 空の盃に並々と注ぐものなど等に枯れ果ててしまって居たことも。慈しみ愛したそれらすべてが紛い物であった事も。
 ――心の片隅に彼等を傷付けたくはないという本当の愛着が生まれてしまっていたことも。
 莫迦らしい、抱いてはならない感情がブリギットを支配していたことに気付いて、酷く取り乱した。
「『ドルイド』」
 呼び掛けたのはアラクランの青年だった。アミナには見覚えがある。頭痛がし、まともに会話を行なう暇もない状態だが、それでも彼のことはよく知っていた。
 難民キャンプをよく手伝ってくれていた鉄帝国軍人。アラクランの一人でありながらも、人望も篤い『同志』。
「同、志……ティーテ……?」
 唇を戦慄かせて何とかその名を呼べば同志ティーテは何処か苦しげな表情を浮かべて見せた。アミナはそれが『決別』を意味していると悟る。
 頭痛がする。膝から崩れ落ちそうになる。何とか、何とか立っていられたのは自身が革命派の象徴でなくてはならなかったからだ。

 ――イレギュラーズを、呼んできてくださいますか。

 そう口にしたのは娘なりの矜持だった。アミナは『革命派』を護る事を選んだ。それでも、耐えきれるものではない。今にも崩れ落ちてしまう。
 心がどれ程に強くとも、彼女が背負い続けた荷物はその華奢な肩では到底支えきれるものではなかった。
 彼女はイレギュラーズではない。彼女はただの人である。彼女は『まだ年若い普通の女の子』である側面まで持ち合わせて居るのだから。
 それでも、イレギュラーズは自分にそう合って欲しいと願った。敢てアミナにとって信頼できる者達を幾人か選び任務に送り出した後だった。
(けれど……彼等はこういう時、直ぐに来てくれるから……)
 本当は自分なんて、居なくても良いのではないかと思ってしまうときだってあった。嗚呼、本当に、そうしてしまえば――

「アミナ!」

 名を呼ぶ声に振り向いた。真っ青な顔をした同志が呼びに来たとき『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は直ぐにこの場所に向かうと決めた。
 嫌な予感がした。どんな結末になっても後悔だけはしたくなかった。
 どうしようもない程にヴァレーリヤの中では『あの人』が重なって終ったのだから。
「先、輩……」
 甘えるような声音が唇から滑り出した。ヴァレーリヤは見る。アミナのその向こう側に微動だにも為ず立っている一人の女を。
「ブリギット……」
 降る雪の間から雷が降り注いだ。その怒りと苦しみに『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は唇をぎゅうと引き結んだ。
 これはいつかの結果だ。巡り巡って、やって来た。あの時に見た『フギン=ムニン』を忘れることはない。
(どうして――……どうして、こんな酷い事ができるんだろう。
 護るべき人達のために魔種になったのに、護るべき人達はもう既にいなくて……其れを全て計算ずくで『狂わせた』あの人は)
 フギン=ムニンが『ドルイド』を敢てこの場所に投入したのは訳があるのだろう。
 何故か? 単純だ。
 彼女が守りたいと願った村の子供達。命を賭してでも、魔に転じてでも力が欲しいと願ったその人。
 そう願った一因――『イレギュラーズが、村を守り切れなかった』に最も近い場所だからだ。
「スティア」
 呼ばれた事にスティアの肩が揺れた。自分たちが護れなかった。その現実だけが目の前に存在している。
「ごめん……ごめんよ……。ブリギット君……君は悪くない……悪くないんだ……あの時、君達を守れなかった私達の無力こそが悪いんだ……」
 震える声を絞り出した『雷光殲姫』マリア・レイシス(p3p006685)にブリギットは目を細め、唇を引き結んでから俯いた。
 まだ、彼女は動かない。ただ、一直線に奔りアミナの元へと急ぐシラスと『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は護るように牽制の一撃を放つ。
(ブリギットさん……アミナ君……お願い、間に合って!)
 周囲の奇襲を警戒しながらも、アミナの元へと飛び込んだ。周囲のアラクラン達が臨戦態勢になる。
 周囲の物資を護るように保護結界を広げ、死角への警戒を行なう『おかえりを言う為に』ニル(p3p009185)は「アミナ様」と呼んだ。
 ニルには『おなかがすく』のは分からない。けれど、ニルは『かなしいこと』はいやだった。
 アミナを護る、ブリギットに言葉を届ける。悲しい物語に終止符を打つために、協力を惜しむことはなかった。
「皆さん……?」
 アミナの足から力が抜けていく。来てくれた。強い、この人達は。ああ、けれど――けれど、頭痛がする。


 革命派の象徴。そう呼ばれた少女は、聖女に憧れた。あの日見た『聖女』――あの日聞こえた『彼女の慟哭』
 其れが今も脳裏にこびり付く。アミナという娘はお飾りの儘で象徴となった。そこから懸命に努力をしイレギュラーズと並び立つことを選んだ唯の一人だ。
「この……この現実に耐えれなくても、誰が責められますか。
 ブリギットさん。貴方の怒りは最もです…普段なら彼女がこれ以上その名を穢す前に刃を向けるでしょう。けれど、私はアミナさんを助けに動きます」
 堂々と宣言をし『輝奪のヘリオドール』マリエッタ・エーレイン(p3p010534)はアミナを庇うように立っていた。
 その腕に刻まれた印は二種。マリエッタの生命力を犠牲にしながらも魔力を向上させる血印が茫と浮かび上がった。穢欲と清廉。その二種が姿を顕した。
 自身は革命派ではなくとも、アミナの話は聞いていた。まるで、昔の自分を見ているようでどうしようもなく気になっていたのだ。
『奪うは人心までも』結月 沙耶(p3p009126)は常に他者を思い、他者の役に立ちたいと、他者に身を捧げる苦しさを知っている。
(ああ、シンパシーというのだろうな、こういうのを。だからこそ、アミナを救ってやりたい。声を掛けてやりたかったんだ)
 それが自己満足であろうとも。その自己満足が如何に他者を救うのかを知っていたから。

「……愛していました」

 ぽつりと零されたのはブリギットの言葉であった。
 引き攣った声を漏したのはンクルスと、マリエッタ。
「わたくしは、村の子供達を愛していたのです。ええ、ええ、村を愛していました。
 ずっと、ずっと、子供達の日々を見詰めてきた。新たな命が芽吹き、産まれ、そして結ばれ、枯れ落ちていくまで。
 嫋やかで幸せな日常を。わたくしは――わたくしは、人間種の優しきあの子達を……愛し、慈しみ、何時までも護っていくと……」
 ブリギットが頭を抱える。幼子だと思って居た者が老いさらばえ、朽ちるように死んでいく。
 しかし、その子供達の愛が芽吹き、新たに子が産まれる。脈々と繋がっていく愛しき命達。
「ブリギット君……」
 ――其れが途絶えた瞬間をマリアは知っている。知ってしまっていた。
「わたくしは、どうして……どうして、わたくしだけが……?」
 涙が流れ落ちていく。美しく、優しげであった女の表情が歪む。苦々しく、毒々しく、痛々しく、この世に溢れる全ての辛酸を煮詰めたように。
 ブリギットが俯き杖で地を突いたと同時にアラクランの兵士達が欠けだした。
 至高の恩恵をその身に纏い、啓示の乙女は身構える。アミナは容易に庇うことが出来た。だが、この状態では防戦の一方になって終うか。
「どうして、私を助けて下さるんですか……?」
「アミナさん、大丈夫ですよ。今のあなたに降りかかるものは、私が守りますから。
 皆さんも、貴方の事を想って…そして貴方が貴方であってほしいと。だから――」
 見失わないで。そう囁いてから仲間達を支援する号令を送る。前線を真っ直ぐに見据えていたニルが放った漆黒は不吉の濁流となって襲い征く。
 ニルのコアと親和するアメトリンの短杖から巡る魔力が黄金色の果実の如く、甘くその身を満たし続けた。
「皆さん……ニルが支えます。ニルのありったけをぶつけてきますから。だから。
 伝えたい言葉はきちんと届けなきゃだめなのです。手を伸ばさないとなんにも届かないのです。
 伸ばした手が届かないのは……間に合わないのは、かなしいこと――だから今、伝えなきゃ」
 アミナにも、ブリギットにも。ニルは皆の言葉が深く、強く届くようにと願うように杖を握りしめた。
 おかえりなさい、と言う為に『マグナム・オプス(大いなる業)』のシトリンドールは決意する。
 わがままだというなら、其れで結構。人形が人間らしい感情を理解するように、ただ、誰かのために動くのだ。
 降り注いだ雷の中をスティアは行く。遍く命、その輪廻。リインカーネーションはきらりと揺らぐ。
 周囲に天使の羽根が待ち散った。魔力の残滓が翼と化して旋律の福音が響く。無垢な少女はその名を呼んだ。
「ブリギットさん!」
「スティア」
 名を呼ぶ声音一つ、大きく変化を感じさせて。それだけで酷く苦しい。アラクランの兵士達を惹き付けながら唇を噛んだ。
「私は、ブリギットさんの悲しみも怒りも全部受け止める。それで気持ちが収まるのなら何度だって!
 ……本当は戦いたくなかった。でもそれ以上に誰かを傷つけて欲しくはないんだよ。
 ウォンブラングの子供達もそう思っているに違いないから。私は、知ってるから」
「貴女は――ああ、あの時――」
 あの場所に。
 唇が戦慄いた。マリアとスティアを見る『銀の瞳』が細められた。
 アレクシアとリアを見る。苦しむように『金の眸』に僅かな銀が差し込んだ。
 一方の金色は何時までも優しい彼女だったというのに、其方の眸にも冬が侵食する。
 彼女が恐れた真白の恐怖。冬は死の季節、全てを奪い去っていくと決まっているから。
「おばあちゃん、顔色が悪いぜ?」
 やけにフランクに、まるで『いつもの通り』のように。シラスは笑う。
 アラクランの兵士達へと無数の見えない糸を自在に展開させていたシラスは敢てブリギットはその対象には含めなかった。
「ブリギットさん!! 怒りに身を委ねちゃダメ! そっちに行っちゃダメだよ!!!」
 悲痛な声音でアレクシアは叫んだ。
 不条理なる戦場の支配者。ヴィリディフローラが鮮やかな白い魔力を纏い花開く。
 襲い来る雷の魔物に、無数のアラクランの兵士たちに。それら全てに瞬く神聖が広がっていく。
「ねえ、ブリギットさん、戻りましょう。私、まだ魔法教えてもらってないよ」
 蒼穹の魔女。そう名乗る自分が、雷の魔法だなんて、少し似合わないかもしれない。
 そう思いながらもアレクシアは手を伸ばした。言葉を、尽くさずには居られない。
 ニルがその言葉を届け為に支援をしてくれるというならば。アレクシアが言葉を尽くさずにして何とするか。
「ヴァリューシャ! 行こう! 絶対に助けるんだ! 私達ならきっとやれる!」
 マリアに紅雷が迸る。ヴァレーリヤは苦しんでいる。自身にとっての生きる意味、クラースナヤ・ズヴェズダーに訪れた危機。
 それを乗り越えねばならない。刺客たちの中でも、襲い来る魔物たちはブリギットの感情そのものに起因しているようにも思われる。
 リアは「酷い旋律」と呟いた。
 それが呼び声を差している事にマリエッタとて気付いている。
「アラクランか……革命派の仲間だとは聞いていたが……」
 沙耶は静かに睨め付けた。紅色の眸を隠したブルートパーズの髪がふわりと揺らぐ。
 指先を一つ鳴らせば歩き出すドールパレード。魔術式の人形達がアラクランの兵士たちを攻撃し続ける。
 アミナを守るべく。沙耶はそれだけを考えていた。
 どうしようもなく、彼女が自分のことを思い出させるからだ。
「わ、私――私は――!」
 アミナが頭を抱える。その事に気付いて、マリアは「ヴァリューシャ」と呼んだ。
 沙耶もアミナの変化に直ぐ気付く。一喝するべく声を張り上げたのと、マリアがヴァレーリヤをアミナの許に見送ったのは同時である。
 彼女が前線を離れたって構わなかった。己の身を盾にしてでも彼女達を守り切ると決めたから。
「アミナ君! 私が君に出来ることと言えば、君の盾になり共に寄り添うことくらいだ。一緒に頑張ろう。だから…負けないで!」
 唯、その一声を掛けてからマリアはアラクランと向き合った。その中央では雷の主、ブリギットが立っていようとも。


 アミナがかたかたと震え始める。強い呼び声の気配だ。響く、救済の呼び声。

 ――如何な犠牲を払おうとも戦わねばならぬ場面がある。
 子らよ、今がその時である。我らの主を疑うなかれ。
 信を持ちて進み凶暴な敵に当たれ。恐れるなかれ。
 神は我らと共にあり。我らの屍の先に聖務は成就されるであろう――

「あ、ああ……わ、私……私は……」
 聖女アナスタシアのように、その身を磔にしてでも救わねばならない。
 そんな、有り触れた不幸ばかりが身を包む。恐ろしいことばかりだというのに、悍ましいことだというのに、不思議と怖くはない。
 いっそのこと、彼方に手を伸ばしてしまった方が良いのではないか。
 そんなアミナの肩を掴んで無理矢理にでも抱き締めたのはヴァレーリヤであった。
「落ち着いて。もう大丈夫でございますわ。やっぱり無理をしていましたのね」
 ヴァレーリヤが背を撫でる。固くなったアミナの体を解すように優しい母のような仕草で。
「優しい貴女がこんな戦いに巻き込まれて、自分の手まで汚すことになって、苦しかったですわね
 自分だけが得をして、その得に見合った働きをしていないように思えて、辛かったのですわよね?」
 先輩は全てを分かってくれているから。どうしようもなく、苦しい感情ばかりが溢れてくる。
 声が出ない。熱した鉄を飲まされたかのように喉が痛い。直ぐにでも甘えてしまいたいのに。理性と、『何か』が邪魔をする。
「でも、そうだとしても良いのです。
 私達の悲願を叶えたいのは確かだけれど、それ以上に、アミナに無事でいて欲しいのですもの。
 ……昔からずっと今日まで、一緒にやって来たではありませんの。私を置いて行かないで下さいまし」
 置いていかないで。

 ――これ以上、残酷な夢に囚われないで下さいませ。

 届かなかった言葉の端。
 光の許へ、光の許へ。貴女が、『貴女までも』が行かないように。
「それでも……」
 白い指先を遠ざけるようにアミナが、身を震わせる。
 ヴァレーリヤの腕からすりぬけて、俯いて。
「私は――」
「アミナ! 君は今の君のままでいいんだ!
 ああ、護れるようになるのはいいだろう、だが、それは魔種という見境なく他者を虐めてまでなるものではない!
 護るための力で護るべきものを壊したら、それは結局何も護れてないのと同じだ!」
 沙耶はブリギット達と向き合いながら叫んだ。護る為の力の使い道を示すように。アラクランの軍人が地へと倒れる。
 進む足は淀みなく、ドールズパレードは絢爛に『侵略』する。
「……他人が飢えで苦しんでいるのに、自分だけが生きていていいのか?
 そんなの愚問だ――生きていいに決まっている!
 その飢えで苦しむ人々はアミナに運命を託し、信じているからこそ、アミナは生きていけるんじゃないのか……? 違うか?」
「その信を裏切る私にどんな価値があるのでしょうか。こんな私が生きているならば、もっと他に生きたかった人が居るのに」
 人間が生存のために誰かを蹴り落とすことがあるのは承知している。それも、当たり前のことだ。
 だが、其ればかりを考えて居ては暗い沼に沈んでいくだけではないか。沙耶は唇を震わせた。 
「アミナ、きみはまだ少女だし未来がある! 革命の象徴などではなく、ただ一人の女の子として、幸せに生きてほしいんだ!
 ……革命派のみんなも、ここにいるみんなも、勿論私も! それを望んでいる!」
 優しい人ばかりだ。だからこそ、甘えてばかりで自分の責務を忘れてしまいそうになる。
 アミナという娘は『象徴』となるべくして育て上げられた。
 育ての親となった者達は健やかな唯の少女で遭った欲しいとは願っていないだろう。
 ヴァレーリヤの言う通り『悲願』があるのだから。だからこそ、アミナは其れに忠実だった。それが自分の生きる意味、光の柱であった。
 その支柱がぽきりと折れてしまったと感じたのは初めて人の命を奪ったときだった。
 事故だった、当たり前のように乗り越えなくてはならなかった――けれど、それが尾を引いた。

 ――私が殺したあの人にも、あの人を愛する家族が居て、あの人がいなくては生きていけない人が居た筈だ。

 俯き頭を覆ったアミナへとマリエッタは優しく声を掛けた。説教のように、なってしまうだろうか。
 それでも良かった。少しでもアミナが言葉に耳を傾けてくれさえ良かったのだ。
「今も貴方は聖女アナスタシアになりたいと思っていますか?
 皆さんの言う通り、貴方は彼女にはなれない。けれど……彼女以上にはなれるんです。
 だから、誰かの言葉で進まないで……自分を見て、周りを見て……一緒に進みましょう?」
「私は、アナスタシア様に憧れています。そうなる、べきだと……いいえ、『あの方の献身』に報いたかった」
 決して美味しいパンではなかった。かすかすとして乾いているものだったが、それを分け与えてもらえた時のことは忘れられまい。
 彼女の献身。それは彼女の悔恨と共に与えられた贖罪の許にあったものだった。
 そうだと糾弾された事も知っている。マリエッタや沙耶にとっては耳障りのよくないことだ。
 嘗て、民草を蹂躙した軍人。それは生き延びる為であったとしても決して赦される事ではない。
 そして、そのための贖罪。マリエッタは「仕方が無い事だ」と今は目を伏せることも出来るだろう。
(聖女という言葉が……心に引っかかるからでしょうか。それとも、私も救う事で救われたいと思っていたからか)
 マリエッタも、身に覚えの或ることだった。
 ああ、だからといって――それを理由に彼女を救うなど、間違っているのかもしれない。
「人は誰かと同じようになろうとしたってできず、それは模倣でしかない。
 憧れる存在がいたとして頑張ってもその憧れる人そのものになることなんてできないんだ」
 アナスタシアのようになろうと願う彼女。沙耶は静かに告げる。
 そう言いながらも自らだってアミナに『自分』を重ねた。模倣する誰かを思い描いている。
「……それに私はアミナに昔の自分を重ねてしまっている。
 昔私は自分の私財まで他人に与え、献身し続け、ついに飢えて死にそうになったところを召喚された。
 だからこそ……私と同じ苦しみを、君に味わってもらいたくないんだ。この苦しみを感じるのは……私だけで十分だ!」
 手をぐ、と掴んでアミナの視線を奪う。ヴァレーリヤがその背を支え、アミナは引き摺られるように沙耶を見た。
 美しい紅玉の眸。決意を、信念を、そして不安を乗せた彼女の瞳を見つめ。
 アミナは何かを言おうとはくはくと唇を動かし――酷い頭痛に俯いた。


「あーーーくそ、テメェ! もう埒が明かないわ!」
 リアはざっくばらんに叫んだ。ある種の苛立ち、もとい、打開策。アミナの首根っこを掴み上げ「フンッ」と声を張る。
 ごちん、と固い音をさせ勢い良く打ち付けられたのは額。
「ぎ」
 星が散った。アミナの唇か思わず漏れた音に、誰もがぴたりと動きを止める。
 ブリギットでさえもリアの『実力行使(頭突き)』に動きを止めている。僅かな静寂、それから、リアの怒声。

「――いいから! 話を! 聞けぇ!」

「は、はい……」
 アミナがへたり込む。これまで『友人』として過ごしてきたリアとアミナ。
 リアの魂に刻まれた旋律(おもいで)を直接ぶち込んで、もやもやを吹き飛ばしてやると豪語するシスターは『清廉な乙女』というよりも『姉』だった。
「革命派の象徴とか、そんなんじゃなくてあたしはアミナとしてずーーーっと接してきただろうが!
 何もわかってねーのよお前は! あたしの話を聞け! そしてお前の話をしろ! いい加減にしろこの馬鹿!」
「ば、馬鹿……?」
 額を抑え、涙ぐんでいたアミナは呆然とリアを見詰める。
 革命派の象徴として強く在らねばならないと思っていたのは自分自身だった。同志、と呼んだのは『一定のライン』を引いていたからだ。
 素の自分を見せきれなかったのは強くなくては迷惑が掛かると、思って――思い込んでいただけ、なのだろうか。
「もう無理だってみっともなく泣いても叫んでもいいのよ。
 対等な友人として全部受け止めてあげるから。その後貴女の尻を蹴り上げて立ち上がらせて、一緒に道を探してあげるから」
「対等な……?」
 友人、と呼ばれただけで涙が出た。頭が痛い。この痛みが呼び声なのか、頭突きなのか判別が付かないほど。
 アミナは困惑している。その表情が『一人の女の子』に見えて、リアは唇を震わせた。
「……だから、あたし達を友だと認めて。1人で何処かに行かないで」
 人間は弱くて脆いのだ。何れだけ強く振る舞おうとも、完璧に何てなれやしない。
 リアだって分かって居る。此処で彼女が全てを納得できるわけがない。屹度、コレだけ『馬鹿な子』なのだ。
 一人で又重荷を背負って何処かにふらりと消えてしまうかも知れない。けれど、探し出せる。心の隙間に自分を刻み込んでやりさえすれば、彼女は戻ってくる事が出来る。
 へたり込んだアミナの眸からぼろぼろと涙が落ちた。
 傷だらけ、埃塗れ、これで『象徴』だなんて笑わせる。

「次は、貴女だよ」
 スティアはゆっくりと向き直った。女が立っている。無傷の儘、誰にも傷付けられぬ一人の女が。
「……わたくしは」
「貴女の怒りは私が受け止める。その怒りの矛先は私で良い。
 贖罪なんて、大それたことは言わないよ。けれど、あの時私が助ける事が出来ていればこうなっていなかった。
 だから……だから、護る事の出来なかった私を恨んで」
 そんな、聖女には似合わない言葉を吐き捨てて。スティアは唯、ブリギットの攻撃を受け入れた。
「確かに私は……その……村の出身じゃないかもしれないけど……。
 私はおばあちゃんと仲良くしたい、大切にしたい、無理して欲しくないし守りたいって思ってるよ」
 ンクルスは辿々しく言葉を紡ぐ。自身は秘宝種だ。
 秘宝種は人の交わりで生まれてくるわけではない。だからこそ、家族と呼ぶべき存在は少ないのだろう。
「それにおばあちゃんから可愛い子供達って言われるの正直嬉しかった。
 後は……ほら……家族って別に血の繋がりが無くても成れるって……聞いた事あるんだ」
 ウォンブラングの村の子供達もブリギットと血の繋がりがある訳ではない。だからこそ、自身も『ブリギット』の家族になりたかったのだ。
「……俺はおばあちゃんの村の子供じゃないけどさ。家族のように過ごしてくれて嬉しかったよ。何かが少し報われた気がした」
「わたくしもですよ、シラス。
 今だって、あなたはわたくしの可愛い子供ではないけれど――今は、本当の子供であったように、愛おしい」
 ブリギットもシラスには攻撃を仕掛けることはしなかった。アラクランの兵士達は打ち倒され、魔物達は我楽多に変化している。
 女の金の眸に侵食した銀が退いていた。今の彼女は『革命派』に居たブリギットなのだろう。
「ですが――」
「分かる。気持ちは分かるさ。怒りに縋らないと立っていられないんだろ。
 ……俺も家族を失くしてからずっとそうだ。今でも変わらない。誰も彼も自分も全部が許せなくて苦しいままだ」
 傍にアレクシアが立っている。彼女が手を繋いでくれるから前を向ける。
 怒りを手放してでも、正しい呼吸と方法を取れる。
「村の子どもでなくっても、一緒に過ごした時間は嘘じゃないはず……だから、ここにいるのでしょう?
 魔種だからとか聖女だからとかじゃなくて、みなさまがブリギット様やアミナ様のこと、好きだからでしょう?」
 俯いているアミナを抱きしめるヴァレーリヤを振り返ってニルは言った。
 淡々と、言葉を重ね続ける。『かなしい』は『くるしい』から。そんな『かなしい』ばかりに溢れた場所に生きてなど居たくは無い。
「好きだから……なくしたくないから。一緒にいたくて、諦めたくなくて、だから。
 だから――村の子どもたちのニセモノではなく、一緒に過ごしたみなさまの想いが。
 どうか届きますように。ニルは、そう思うのです」
 ブリギットは絶望しながらも、全てを彼らのせいにしなかったと気付いている。
 彼女は一度たりとも彼らを責めなかった事にニルは気付いていた。
(騙したとも、嘘を吐かれたともブリギット様は仰いませんでした。
 その時点で、ブリギット様も、好きだから、なくしたくないから、一緒に『居ない』事を選ぶつもりなのですね)
 その気持ちが、イレギュラーズと反しているから、こんなにも苦しいのだ。

「――だからさ、おばあちゃん。俺の手を取ってくれ。そっちに行かないでくれよ」
 もしも、シラスという青年が『本当の母親』にその様に縋っていればどう変わったのだろう。
 もしも、シラスという青年が『優しい兄』だった彼の行いを止めることが出来ていればどう変わったのだろう。
 そんな事ばかりが頭に過る。シラスが幼い子供の様に紡いだ言葉にブリギットは応えることは出来ない。
「おばあちゃん」
 念を押すように、シラスはそう呼んだ。ブリギットは微動だにしない。動けないまま、俯いているかのようだ。
 シラスの手をアレクシアはぎゅ、と握りしめた。
「……あのね、護りたいものを護れなかった悔恨、それは私にもわかるつもり。
 私も数多の命を救えずに失ってきて、その度に己の力の無さを悔やんだ。
 悲しかった。もっと強くありたかった。この鉄帝での争乱でも何度も思った。まだ、足りない」
 シラスが手を握り締めれば、正しい呼吸で進むことが出来るというように。
 アレクシアだって、そうだった。真っ直ぐすぎる自分を留めてくれる人。
 幼い心のように、のびのびと前ばかりを見る自分に広い世界を歩む事を誘ってくれる人。
 そんな彼を前にしたから、アレクシアは落ち着き払って言葉を紡いだ。
「ブリギットさん、私にとって、それはあなたもそうなんだ。
 だから私、一度も『おばあちゃん』って呼ばなかったでしょう?
 ……護りたかった。手が届かなかった。一度は失い、思いがけずまた巡り合うことができた。
 種が違いなんて関係ない。私は頑固だから、掴めるかもしれない手があれば離すつもりはない!」
 アレクシアは蒼穹にも『青天の霹靂』という言葉があるように、雷の術式を学ぶことは悪くはないだろうと考えていた。
 だったら――青天の霹靂のように、魔種である彼女を救う事だって屹度悪くはないはずだ!
「帰ろう、ブリギットさん。そして、護るべきものをもう一度探すの。
 すべて失われてしまったって、まだ言い切れやしないでしょう!」
 ブリギットの眸が、悲しげな色を灯した。
 種の違い、それが魔種であるという意味合いである事をマリエッタは知っている。
 スティアが「ブリギットさん」と呼ぶ。ヴァレーリヤがアミナを抱きしめ、マリアがそれを守るように立っている。
 ニルは皆の言葉は届いただろうかと、息を呑んだ。
「ブリギットさん、ギュルヴィ……いえ、フギン・ムニンの所に戻るの?」
 リアは静かに問いかけた。ゆっくりと、一歩ずつブリギットの許へと近づいていく。
 ブリギットは小さく頷いた。
 革命派には最早居られまい。これが、決別の雷だ。
 スケッルスの槌はもはや振り下ろされてしまったのだから。
「だったら、あたしも連れて行って。
 言ったでしょう、あたしは今度こそ貴女の手を掴むのだと。貴女が去ると言うのなら、あたしが付いていくだけよ」
「いいえ、リア。貴女はここに残りなさい」
 静かに、まるで母親が子供に言い聞かせるかのような響きであった。
 そんな彼女だからこそ、家族という温かさを知れたようでシラスは嬉しかったのだ。
 リアはまじまじとブリギットを見つめ続ける。決して、目をそらしては為らない。
「あたしを連れて行きたくないのなら、あいつの所に戻らないで帰ってきて。
 貴女は確かに魔種だけど、革命派の特異運命座標のおばあちゃんなのよ」
「そうだよ、おばあちゃん……!」
 悲痛な声で、ンクルスは言う。
「おばあちゃん!」
 悲痛なる声が響いた。
 ブリギットは首を振る。
「わたくしは、悪人です。アミナを唆し、彼女の心を壊し此方に引き込むことが仕事でした」
「それ位、見ていれば分かりますわ。だからこそ、貴女は革命派だったのでしょう?」
 ヴァレーリヤは目を伏せた。苦しげに、声が震える。
 アミナは鍵だ。革命派を纏め上げる為の象徴であった。だからこそ、彼女を『反転』させる事が仕事だといわれれば頷ける。
 最初から仕組まれていたのだ。
 彼女がアミナを狙うことになったのも、彼女が『離脱しやすい』様に反転の切欠となった現場に居たイレギュラーズが多く所属するであろう場所に配置された事も。
「ニルは、ブリギットさんが悪人だとは、思えません」
「ですが、私は魔種です」
「魔種だから、悪いとは、言い切れません」
 ニルが首を振る。ブリギットは、ただ、目を伏せていた。
「……リアを連れてはいけません。ンクルスも、アレクシアも。
 シラス、わたくしはあなたのことを本当に家族のように思っていましたよ。
 愛おしく強いあなた。分かりますね? 『この身の末路』はいっそ、愛おしい人の手で」
 シラスは息を呑んだ。家族の愛なんて知らない――けれど、その人はそれを一身に授けようとしてくれた。
 ブリギットは去るつもりだ。
 そして、その後の己が敵対したならば『おばあちゃん』と呼び、自身を愛してくれた存在の手で終わりたいと。
「やだ! やだ!」
 喉が痛い。声が枯れても構わない。ああ、それより、胸が張り裂けそうだ。
「おばあちゃん! 行かないで! おばあちゃんと敵対したくない!」
 足が縺れる。それ以上は駄目だと走り出したンクルスの手をシラスが掴む。
「おばあちゃん! もっとずっと、ずっと一緒に――!」

 スケッルスの槌が振り下ろされた。神鳴りが降り注ぐ。鉄槌、神の審判。悍ましき永訣の響き。

「今度こそ、貴女を救う! 掴んだ手は離さない! どこまでも食らいついてやるわ!
 だから――ブリギットさん。あたしも連れて行って」
 リアが乞うた。その声音にブリギットは首を振る。
「シラス、あなたに任せます」
 シラスを見た女の眸は優しい。母が、子に向けるような穏やかさだ。
 マリアの身体から力が抜けた。酷い呼び声に魘される様に呻いていたアミナはヴァレーリヤの腕の中で意識を失っている。
 ヴァレーリヤは、ただ、その様子を眺めるだけだ。
「アレクシア、わたくしの術は戦いの中で学びなさい。
 ……ウォンブラングでは子供たちにそうやって狩りを教えたものです。
 スティア、あなたを恨めたらどれ程わたくしは楽だったのでしょうね。
 ……あなたも、かわいい子だったのです。
 沙耶とマリエッタといいましたね。アミナを頼みます。彼女は、少し責任感が強過ぎるのです」
 一人ひとりに、声をかけていく。ブリギット・トール・ウォンブラングの決別。
「ニルですね。あなたには『かなしい』を教えてしまって申し訳なく思います。
 けれど、その優しい心は捨てないで。わたくしは、あなたのような子供が大好きよ。
 マリア、あなたの責任ではないの。村を守れなかったのはわたくしの所為。
 ……だから、あなたは、わたくしのようにならないで。ヴァレーリヤとアミナを守ってやって頂戴。
 ヴァレーリヤも、大切なものは、守るのです。わたくしのような者に壊されないように」
「……分かっていますわ、ブリギット」
 ああ、もう、止まらないのだろうか。
「ンクルス、リア――」
「おばあちゃん!」
 ンクルスは叫んだ。ずっと、一緒に居てほしかった。
 大切で、愛おしい『家族』
「勝手な事ばっかり……ッ! イレギュラーズが大事だって、愛しい子供たちだって言うなら、残って守ってよ!」
「いいえ、無理なのです。
 わたくしは、憤怒の魔種。何時しかこの怒りは私の正気全てを飲み込む。
 わたくしは、ただ、愛おしいあなた達の事を思っているときだけは、誰よりも強くなれただけ」
 目を伏せてブリギットは笑った。
 天が鳴る。
 スケッルスの槌が振り下ろされる――降り注ぐ雪が全てを覆い隠してしまう。
 誰かの泪も。誰かの叫びも、何もかも。
 何処からか響いた『悪しき狼』の遠吠えが、優しい『おばあちゃん』を隠してしまった。

成否

成功

MVP

アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先

状態異常

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)[重傷]
天義の聖女
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)[重傷]
願いの先
マリア・レイシス(p3p006685)[重傷]
雷光殲姫
ンクルス・クー(p3p007660)[重傷]
山吹の孫娘

あとがき

 お疲れ様でした。
 アラクランがギュルヴィ、ブリギットを始め完全に撤退したようです。

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