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シナリオ詳細

<腐実の王国>君の声が聞こえない

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ゼノグロシア
 エル・トゥルル。
 天義のヴィンテント海域に面している、美しき白亜の街。
 そのはずれにある安酒場は、市民たちの憩いの場の一つとして、今日も賑わっていた。
 名前を、『聖者の祝福石』。ここには聖遺物といってもいいものが、店のシンボルとして飾られていた。といっても、それも果たして本当なのかどうかすらわからない、眉唾物の『聖跡』だ。かつて、とある聖人が祝福と浄化の祈りを捧げ、酒樽に落として美味なる酒を造ったとされる、一つの石片。それが『聖者の祝福石』であり、店名の由来となり、今はカウンターのショー・ケースに飾られている石だった。
「さっきから何言ってやがるんだ!?」
 さて、そんな酒場の席の一つで、男が吠える。筋骨隆々とした男であった。おそらく、肉体労働者なのだろう。相対するのは、いささか線の細い男である。線の細い男はどこかぼんやりとした表情で、何事かを口走っていた。
 ああ、酔客同士の喧嘩か、と誰もが思った。天義の民は敬虔な神の僕である。故に『酒におぼれる』ことはない……という建前であったが、人というのは悲しいかな、きれいごとだけでは生きていけない。酔いに酔いすぎることはあるし、そういった「酔客同士の乱闘」のようなことも、起こらないではない。だからそれは、当たり前の光景のように思えていた。少なくとも、この瞬間は。
「――」
 線の細い男が、何事かを口にしていた。ぶつぶつと、やがてそれは次第に、明瞭な『言葉』となって紡ぎだされている。
「何を言ってるんだ!?」
 筋骨隆々とした男が声を上げた。男の言葉が、理解できなかった。まるで初めて聞いたような言葉を、線の細い男は言っていた。
 それがありえないことなのだ、と気づくことができぬほどに、男はヒートアップしていた。そう、『わけのわからない言葉』などは存在してはならないのだ。『崩れないバベル』。知能持つ相手ならば、それらが『どのような言葉を用いていたとしても、意思の疎通が可能な混沌肯定』。世界の礎、基盤。それが『機能していない』のだと気づくことが、今の彼らにはできなかったのである。
 つまるところ、線の細い男は、本当に、まったく、『意味の分からない言葉』を使っていたということになる。だが、線の細い男は明確に、相手に伝わる様に、その『言葉』を使っていることは察することができた。
 例えるならば、日本語と英語で、お互いにわからない者同士が会話しているような状態である、といえた。線の細い男の言葉は、この文章で例えるなら未知の英語に違いない。
「――――!」
 線の細い男が、何事かを叫んだ。途端、彼は懐からナイフを取り出すと、すさまじい勢いでそれを振り下ろした。ただのナイフ。それを振り下ろしただけ。だが、まるでとてつもない力を持った剣を振り下ろしたような衝撃が走って、分厚い木製のテーブルが真っ二つに裂けた。
「ひっ……!」
 筋骨隆々とした男が、悲鳴を上げて飛びずさった。異常な状況だということに、さすがに男も、そして酔客たちも気づいていた。
「おい! マスター! おかしいやつがいる! 騎士団を呼んでくれ!」
 そういう男に、マスターは答えた。
「――」
 異言語で。
 意味の分からぬ言葉で。
 彼らは知らない。それは、遺失言語-異言(ゼノグロシア)-と呼ばれる現象であることを。
 マスターは、「――!」と声を張りあげた。線の細い男がうなづく。「――」何事かを答える。マスターがうなづいた。
 会話をしている。この言語を使う者たちの間では、何らかの意思疎通が可能なのだ。それはまるで、昨日まで語りっていた隣人が、突如として中身を得体のしれないものに変えられてしまったかのような、そんな恐怖を与えていた。
「な、なんで……!?」
 その異常な状況に、筋骨隆々とした男がおびえる。店の中を見てみれば、あちこちから人の言葉と、同時に『ゼノグロシア』が飛び交う状況になっていた。酔客のうちの何名かが、『ゼノグロシア』を語っている。
「なんだ、なんでこいつは……!?」
 男がおびえたように悲鳴を上げあた。同時に「――!」マスターが声を上げながら、男に酒瓶を振り落としていた。
 ごとり、と音を立てて、男が倒れた。「――!」興奮するように叫ぶマスターの後ろで、ショー・ケースの『聖者の祝福石』から、黒い汚泥のようなものが流れ始めていた。

「酒場が、狂気に陥った人々に占拠されてしまったようです」
 と、ラーシア・フェリル(p3n000012)はあなたたち――ローレット・イレギュラーズたちへ向けてそういった。
 なんでも、つい先ほど、酒場にて乱闘騒ぎが発生したのだという。だが、状況が異常であるといえた。暴れだした酔客たちは、皆『得体のしれない言語』を話し始めており、一切の意思疎通が不可能だというのだ。
「近頃報告のあった、『遺失言語-異言(ゼノグロシア)-』という言語だと思います。
 これは、どうも狂気に駆られていた人々が話す言葉のようで……原因は、何かに汚染された聖遺物や、祝福された聖なるアイテムの影響によるものだと、今のところは考えられています」
 そう考えれば、確かに、この酒場には『聖遺物』と呼ばれる石があったらしい。誰もが眉唾物だと思っていたらしいが、どうやら少なくとも、何らかの祝福の賭けられたアイテムだったのは事実だったようだ。といっても、今はどうやら、狂気を垂れ流すものと化してしまったようだが。
「皆さんにお願いしたいのは、三つです。
 一つ、生存者がいる場合は、救助してほしい。
 二つ、狂気に陥った人たちを、なるべく殺さずに無力化してほしい。
 三つ、『聖者の祝福石』を破壊してほしい。
 この三つが、今回の依頼の目標になります!」
 ラーシアの言葉に、あなたはうなづいた。狂気に陥った人々も、本来は罪のない人々だ。傷つけ、命を失わせてしまうわけにはいかないし、聖者の祝福石を放っておいては、また狂気を伝播させてしまう恐れもあるだろう。
 あなたたちはうなづきあうと、酒場へと向かって歩いていく。戦いの幕は切って落とされようとしていた――。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 突如として狂気に飲まれてしまった、人々の憩いの場。
 狂気に陥った人々を無力化し、救出してください。

●成功条件
 すべての敵を倒し、『聖者の祝福石』を破壊する。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●状況
 酒場『聖者の祝福石』には店名と同じ名前の、『聖者の祝福石』という聖なる祝福を受けた物品がありました。
 しかし、何らかの影響により、この聖なる祝福石は汚染され、その内から狂気を放ち、伝播するようになってしまっています。
 この狂気の影響により酒場の酔客たちが狂気に陥り、暴れ始めました。中には数名の逃げ遅れた人々もおり、速やかに救助をしなければ、命が危ない状態でしょう。
 皆さんは、この酒場に突入し、生存者の救助、狂気に陥った者たちの無力化(生死は問いませんが、なるべくなら不殺で助けたいところです)、そして聖なるアイテム『聖者の祝福石』を破壊する必要があります。
 作戦結構時刻は昼。作戦エリアは酒場の内部になっています。
 十分な広さがあり、特に戦闘ペナルティなどは発生しないものとします。

●エネミーデータ
 狂気に陥った酔客 ×15
  狂気に陥り、意味不明な言語を喚き散らす酔客たちです。どうやら、汚染された『聖者の祝福石』によって、狂気を伝播されてしまったようです……。
  狂気の力により、戦闘能力は皆さんと渡り合える程度に跳ね上がっています。特に酒場のマスターは非常に膂力が高く、また体力も多いボスクラスの敵です。
  それ以外の一般人は、皆さんよりは実力は劣りますが、それでも数もあって十分な脅威となります。また、生存者を狙ってくる可能性もあるので、可能な限り速やかに無力化したいところです。
  主に近距離~中距離レンジの物理攻撃を行ってきます。出血系列のBSにご注意ください。遠距離から一方的に狙い撃ちするのもいいですが、そうなると近くにいる生存者へ攻撃を仕掛けてしまうかもしれません。

 聖者の祝福石 ×1
  厳密にはエネミーではないのですが、一応HPは設定されています。
  この狂気を伝播させる元凶であり、店の最奥に設置された『聖なる石』です。
  これが存在する限り、すべての狂気に陥った人々に、若干のパラメーター上昇効果を与えます。
  さっさと破壊してしまってもいいですし、安全を確保してから破壊してもかまいません。

●救助対象
 一般市民 ×5
  逃げ遅れた一般市民たちです。ちょうど、狂気に陥った人々に包囲される形で配置されています。
  皆ある程度のけがを負っているため、戦闘行動は行えません。敵の攻撃も、数発程度なら耐えられますが、あまり耐久性はないでしょう。
  速やかに助けてあげるのがよいと思います。移動は可能ですので、敵の攻撃を引き付けた状態で、外に逃がしてやるといいかもしれません。

●味方NPC
 ラーシア・フェリル(p3n000012)
  皆さんほどではありませんが、それなりの実力を持ったローレットの情報屋。遠距離神秘攻撃を得手とします。
  指示を頂ければ、その通り動きますし、そうでないなら邪魔にならないように頑張って援護をしてくれます。

 以上となります。
 それでは、皆様のご参加とプレイングを、お待ちしております。

  • <腐実の王国>君の声が聞こえない完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年01月31日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀
天目 錬(p3p008364)
陰陽鍛冶師
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
メイ・カヴァッツァ(p3p010703)
ひだまりのまもりびと

リプレイ

●邪に酔う
「――――!」
「――。――?」
「――! ――!」
 会話をしている。会話をしている。意味の分からぬ言葉で会話をしている。
 それは、この混沌という世界いおいて、ありえない事象だった。この世界は、必ず言葉が通じるという法則のもとに運営されている。たとえ『使う言葉が違った』としても、『そのものが理解できるように翻訳される』、と例えればよいだろうか? 混沌の現地民がどのような言葉を使っていたとしても、旅人(ウォーカー)がどのような言葉を使っていたとしても、問題なく意思の疎通が行えるのはそのためだ。この法則を『混沌肯定『崩れないバベル』』と呼ぶ。
 では――目の前の者たちは、何か。この暴徒たちにひどく打ちのめされ、逃げるに失敗した、酒場の酔客たち。彼らは恐怖と絶望におののきながら、目の前の『わけのわからない言葉』を話している者たちへおびえる視線を向けていた。
 おそらく、彼らにとってはこのような事態は初めてだっただろう。意思の疎通のできない、言語を操るもの。そんなものが初めて目の前に現れて、そして意味の分からぬ言語でこちらへの敵意を示しているのならば――。
 間違いなく。それはとんでもない恐怖に違いあるまい。
「た、助けて……」
 逃げ遅れた客の一人が、思わず声を漏らした。
「――?」
 何事かの言葉を、暴徒があげる。何かを訪ねているのか? 何を? わからない。彼の求めることが。
「たすけて、助けて……!」
 すがる様に、声を上げる。果たしてこの言葉が、通じているのかもわからない。コミュニケーションの取れぬ、『異なる人』との対話には、緊張と恐怖を感じるものだ。理解とは安心であるならば、未知とは恐怖である。恐ろしかった。何もかもが。
「――? ――――、――。
 ――――?」
 何かを言っている。馬鹿にしてるようにも思えた。怒っているようにも、憐れんでいるようにも、憎んでいるようにも。理解できず、捉えられない。恐怖。恐ろしい。先ほどまで、一緒に会話をしていたはずなのに。変わってしまった。恐ろしいものに。
「ああ……!」
 気が遠くなりそうだった。それは、傷ついた市民たち、全員が感じたものだった。恐怖。いっそ気絶して、眠ってしまえたらどれだけ楽だろうか。殺すなら、その間に殺してほしい。そのように後ろ向きな救いを求めるほどに、緊張と未知の恐怖が、彼らを包み込んでいた――。

「中には20人。『まともな人』が5人。残りはたぶん、全員が『そうなってる』と思う」
 と、酒場の入り口で、その中を『透視』しながら、ゆっくりと武器を構えた『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)が声を上げた。
「声は……言葉は。確かに、『何を言っているかわからない』。入り口から漏れ出た言葉だけでもわかる……こんなことは、この世界で初めてだ……!」
 わずかに顔をしかめる。崩れないバベルの埒外にいる存在なのだろうか? だが、彼らは一見すれば、普通の人間に見え、そして実際に『元凶』を排除すれば、元に戻ると報告されている。
「メイたちはバベルの恩恵を受けて交流ができるんだと、召喚された時に教わったですよ。
 なのに、この人達はどうして言葉が通じないですか?」
 そういって、『ひだまりのまもりびと』メイ(p3p010703)は僅かに肩を震わせた。僅かな『怖さ』を感じていた。それは、今までの人生観の中で、土台となる『絶対の常識』が否定されてしまったからだ。大人であっても、違和感というか、『恐ろしさ』のようなものを感じるだろう。おそらく、その奇妙な違和感は、ここにいる誰もが感じているのかもしれない。
「ラーシアさんの話によると……『聖者の祝福石』が、この依頼の原因なのですよね?」
 メイの言葉にラーシアはうなづいた。
「確か、聖遺物や、聖者の祝福を受けたものが、なぜか反転してしまったように狂気を伝播させている、だったな?」
 その言葉を引き継いだのは、『灰想繰切』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)だ。
「イズマ殿、その『祝福石』は見えるのか?」
「……うん。ちょうど、カウンターの壁に飾られてるみたいだ」
「異常は?」
「ここからでは……なんか、泥みたいなのがついてるように見えるな……?」
「汚泥の兵とかと同じものなのかな?」
 と、『聖女頌歌』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が小首をかしげた。
「天義と鉄帝の国境沿いに現れた、汚泥の兵士たち……ワールドイーターとかといっしょにいた」
「あれの関係ということか?」
 『陰陽鍛冶師』天目 錬(p3p008364)が、ふむん、とうなった。
「強欲の置き土産かアドラステイアの奸計か。果たして上位世界の混沌の神はどれだけ試練好きなのかって話だぜ」
「なんにしても、今起きてる異変の延長線上だとは思う」
 スティアの言葉は、仲間たちも意思を同じくするところだった。
 何かが起きている。きっと、ずっと前から。そして今につながっている――。
「ふむ。考察も重要だが」
 と、『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が声を上げる。
「今は、実力行使の時間といえよう……見たところ重傷者はいないようだが、彼らも心細いだろうしな……」
「取り残された市民たちですね」
 『暗殺流儀』チェレンチィ(p3p008318)がうなづいた。
「早く助けてあげましょう。暴徒たちが何を考えているのか、ボクたちにだって理解できない以上、速やかに助けるにこしたことはありません。
 ……理解できない、ですか。確かに、少しばかり、違和感を覚えるものですね」
「言葉が通じても分かり合えない、のとも違う。
 知性がなくて分かり合えない、のとも違う。
 意志があり知性があり、されど言葉が通じないが故に理解できないもの、か」
 『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)が、言葉を続けるようにそう言った。
「……確かに……奇妙なことだね。いったい何が起こっているのか……でも、そうだ。今は、『彼ら』を助けてあげないとね」
 ヴェルグリーズの言葉に、仲間たちはうなづいた。果たして頷きあうと、一行は酒場の扉の前に集合する。
「最速で動けそうなのは――イズマさんだね。
 敵を引き付けて。
 そのあとは、チェレンチィさんが、傷ついた人たちの確保。どう?」
 スティアがそういうのへ、イズマと、チェレンチィがうなづいた。
「大丈夫」
「問題ないですよ」
「よし」
 錬がうなづいた。
「準備はいいな?」
 それから、指を三本立てた。2,1,とカウントしていく。そしてすべての指を倒し終わった瞬間、イレギュラーズたちは扉を勢いよく開き、一気に室内へと飛び込んだ!

●異/なる
 例えば、こういう場に乗り込んだ時、第一声はなんとすべきだろうか。「そこまでだ!」か。「動くな!」か。あるいは「助けに来たぞ!」か。
 瞬間的に――イズマが考えてみれば、前者二つは特に意味はないだろう。というのも、相手は『言葉が通じない』のである――こちらの言葉が通じないのかまではわからないが、とにかく、コミュニケーションが取れないのだ。だから言葉をかける意味もなければ、理由もない。不意を打ちたいなら黙っているべきだし、そもそもこちらは、扉を勢いよく開いた。その時点で、こっちの注目は十分に引いているのだ。と考えれば、答えは明瞭だった。まずは攻撃の一手だ。
「少し痛いが許してくれ……!」
 それは相手にかけた言葉というよりは、自分の罪悪感を和らげる言葉であったかもしれない。いずれにしても、イズマはそうつぶやくと、細剣を指揮棒の様に振るった。同時に、虚空より現れいでた混沌の泥が、敵――以下酔客と記述する――を薙ぎ払うのが見えた。
「おおおおおっ!?」
 言葉は通じなくても、とっさに出る叫び声は、おお、とか、ああ、とか、きゃー、であったりするようだ。酔客たちがその泥に身を叩かれているうちに、チェレンチィは素早く、イレギュラーズと酔客たち、その両者のにらみ合うただなかへと飛び出した。そこには、傷ついた市民たちがいて、突然の乱入者の正体に安堵の気持ちを浮かべていた。
「大丈夫ですか? すぐに入り口側に避難を。
 動けない人がいたら、ボクたちがおぶります――ヴェルグリーズさん、錬さん、メイさん、ご助力を」
「任せて」
 チェレンチィが言うのへ、ヴェルグリーズと錬、そしてメイが合流する。
「けが人はいないか? 少しでもつらいなら言ってほしい」
 錬がそういう間にも、すでに戦闘状態に入った酔客たちとイレギュラーズたちが、酒場での戦闘を開始していた。
「後ろは振り返らないでください。必ず、皆さんの子ことは守ります」
 メイが勇気づけるように、市民たちに声をかけた。その優しい声は、彼らの心を勇気づけただろう。
 その一方で、汰磨羈を狙って振り下ろされた小ぶりのナイフは、まるで大刀のごとく勢いと圧を以て振り下ろされる。狂気に陥った酔客の男は、その線の細さからは想像もできないような思い一撃を、汰磨羈へと振り落としていた。
「ちぃっ!」
 舌打ち一つ、振るわれた刃を受け止める。がつん、と強烈な痛みが、腕を走った。
「長引かせると面倒だ。一気に行こう!」
 汰磨羈はそれを振り払うと、印を組むようにその刃を振るった。
「真義三絶――混ざりて溶けるは和荒魂――太極にて踊れ! 勦牙無極!」
 ひゅぅ、と空間が息をのむようなイメージ。同時、太極のはざまより生まれた暴力的なまでの破壊波動が、酒場を一直線に駆け抜ける! 酔客たちが悲鳴を上げつつ、吹っ飛ばされた! 直線に走るそれは、カウンターの奥――『祝福石』を目指す!
 轟! 強烈な音と光が巻き起こる――彼の一撃を直撃し、しかし『祝福石』は健在――!
「ちっ! やはり妙な気配を感じるぞ!」
 汰磨羈が叫ぶ。残存していた酔客が、「――!」「――ッ!! ――!!」祝福石への攻撃に怒気を現すように、叫ぶ!
「やっぱり、あれが原因だね!」
 スティアが叫んだ。その手にした魔導器、それは本の形をしている。開いたページより漏れ出す魔力が、天使の羽のように飛び散った――刹那、スティアはそのページを強く閉じた。りぃん、と澄んだ音が鳴る。それは福音である。涼やかにして荘厳なる、福音が、あたりを駆け巡る――酔客たちの視線を、一身に浴びる。
「さぁ、あなたたちの相手は、私だよ。
 小娘相手だとやる気がでないのかな?
 それとも怖気づいちゃった?」
 くすり、と笑って見せる。言葉は通じずとも、その『挑発』は受け取ったのだろう。酔客たちが一斉に襲い掛かるのを、スティアは魔導器を再度展開、放出する魔力による障壁で受け止めて見せる。
「今のうちだよ」
 ヴェルグリーズが言う。
「皆に、手は出させない……俺達を信じて、ついてきてほしい」
「ああ、ありがとうございます……!」
 傷ついた市民の男性が、心底懇願するようにそういう。ヴェルグリーズはうなづくと、彼の手を握って、ゆっくりと歩かせてやった。
「チェレンチィ殿、先導を頼めるかい? 俺がしんがりで、敵の攻撃を受け止めよう。
 錬殿は、皆の様子を見ながら移動してほしい」
「ええ、お願いします」
「わかった、行こう!
 みんな酔っ払いの話なんて聞くに値しない、まずは脱出するぞ! ついてきてくれ!」
「みなさん! メイたちが誘導するですから外に出るですよ!
 ラーシアさんも手伝ってくれますか?」
 チェレンチィとヴェルグリーズ、そして錬とメイ、ラーシアが、市民たちを伴い進んでいく。そんな中、戦いは激化していく。アーマデルが振るう蛇銃剣、その斬撃音が、英雄の絶叫となって響き渡った。うち放たれる絶叫は、物理的な衝撃となって店内を揺らす。衝撃が、『祝福石』を貫いた。ばぎばぎ、と音を立てて、その石がみじんに砕けていく。
 同時に、それまで酒場にこもっていた、何か『重苦しいもの』が消滅したような気がした。例えるなら、澱みとか、魔の気配とか、そういうものが立ち消えたような感覚。
「元凶はつぶしたが……!」
 アーマデルが叫ぶ。その目に映る石は、まるで泥で汚れたような姿をしていた。だが、それを破壊してなお、酔客たちが止まる様子はない。
「――! ――! ――!」
「――! ――――!?」
「――ッァ!!」
 口々に叫ぶそれは、間違いなく、驚愕と怒りのようなものを感じられた。アーマデルが思わず奥歯を噛みしめる。
「正気には戻らないか……戦いを続けるしかない!
 スティア殿、まだ耐えられるか?」
「問題ないよ!」
 体のあちこちに傷を残しながら、スティアは笑ってみせた。とはいえ、スティアだけが傷ついていたわけではもちろんない。スティアの福音から逃れた敵はほかのイレギュラーズたちに襲い掛かっていたし、特に『酒場のマスター』は狂暴化が激しく、手にした木の棒(おそらく仕事で使うようなものなのだろうが)は、まるで強烈なこん棒のごとく振り下ろされ、とてつもない衝撃をイレギュラーズたちにたたきつけている。
「あまり無理をしないでほしい――」
「そうだ! 市民のみんなを送っていったメイさんたちが戻るまで、こっちも全力とは言えないからな」
 イズマがそう声を上げる。
「しかし……リーディングがうまく機能しないな……何か……正そうとしている……?」
 思考を読めば読もうとするほど、うすぼんやりとした『使命感』のようなものを感じるだけだ。少なくとも、今相対している酔客たちは、狂気のはざまに真っ当な思考をできていないのかもしれない。
「戻りましたよ!」
 チェレンチィが声を上げた。果たして、入り口から戻ったのは、錬、ヴェルグリーズ、メイだ。
「お待たせしまして、ごめんなさい! あとは……」
 メイの言葉に、ヴェルグリーズと錬が構える。
「『彼ら』を助けて、終わりだね?」
「やろうか、皆!」
 仲間たちはうなづき、再びかける、
「すまないけれど、痛いのだけは勘弁してくれ」
 ヴェルグリーズが『みねうち』で酔客の一人を叩いた。ぐえ、と聞こえるような声で、酔客が気絶する。一方で、チェレンチィはコンバットナイフの『柄』で酔客を殴りつけた。強烈な一撃が、命ではなく意識を刈り取る。
「一人一人は確かに大したことないですが、数が厄介ですねぇ……!」
 チェレンチィが声を上げる。確かに、酔客たちの問題は、質というよりは量であろうか。とはいえ、力を合わせ、確実に一人ずつ、命を奪わずに無力化していく。
「陰陽鏡! 運命を塗りつぶせ!」
 錬が掲げる式符が、陰陽の鏡を生み出した。そこにうつる太陽よりしみだす闇は、どろどろとしたヴェールを以て酔客たちを飲み込む!
「とどめを!」
 錬の言葉に、アーマデルがその蛇銃剣を振るう。奏でられるは怨嗟。志半ばにて斃れた英雄の叫び。それが闇に飲まれた酔客たちの意識を、次々と刈り取る衝撃となって走った。
「あ、あとはマスターさんなのですね?」
 メイが言う。残ったのは、順当に戦闘能力の高かったマスターだ。彼は雄たけびを上げつつ、そのこん棒を振り下ろす。保護結界のために建物は破壊されなかったが、鋭い衝撃波があたりにまき散らされ、メイは痛みをこらえながら、
「倒れた人をそのまま放置すると、まだ動ける人が殺めてしまうやもです!
 この場で喪って良い生命なんて、一つもないのですよ!」
 なお、倒れた『人々』のことを思いやっていた。その言葉にこたえるように、スティアはマスターの前に立つ。
「さぁ、最後はあなただよ。
 あなたも、絶対に、助ける!」
「――――ッ!!」
 雄たけびとともに、こん棒が振り下ろされた。スティアがそれを、余剰魔力の結界で受け止めて見せる。
「お願い!」
 共に戦う仲間へ、告げる。
「任せよ! まずは足を止める!」
 汰磨羈が叫んだ。そのまま、刃を振り払う。その刃が空気を駆けるたびに、朱焔が世界を舞った。赤の斬撃。焔の一撃。硬骨の感情すら思い起こさせる、鮮やかな一閃――。
 言葉は通じずとも、それに見とれるは生命のサガか。マスターが、強く隙をさらした刹那。
「やれ!」
 汰磨羈のその言葉とともに、ヴェルグリーズが飛び出していた。鋭く振るわれる、峰の一撃。首筋、急所に叩き込まれる強烈なそれは、峰とは言え更迭による斬撃である。その衝撃が、軽いわけがない。一撃が、マスターの意識を刈り取った。ぐお、と声を上げて、マスターが倒れこむ。
「マスター!」
 イズマが叫んだ。
「信用していないわけじゃないが……大丈夫か?」
 心配げに尋ねるのへ、ヴェルグリーズはうなづいた。
「もちろん、命は奪ってはいないよ」
 その言葉通り――マスターは規則正しく呼吸をしていた。救ったのだ。イレギュラーズたちは。『すべて』。
「……壊れてしまった祝福石からは、力を感じないな……」
 アーマデルが言うのへ、チェレンチィがうなづいた。
「破壊された段階で力を失うのでしょうかねぇ。一応、調べてもらった方がよさそうですが」
「そうなのです」
 メイがうなづく。
「何かわかればいいのですが……」
「まだまだ分からないことばかりだな」
 錬が言った。
「……まだ、騒動は続きそうだ。気を引き締めないとな……」
 錬のその言葉に、仲間たちはうなづいた。道行はまだ未明なれど、命を救った結果に、イレギュラーズ達は安堵を覚えるのであった。

成否

成功

MVP

イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 この後、『酔客』であった人たちも、意識と正気を取り戻したそうです。
 ただ、狂気に飲まれていた間のことは朦朧としていて、よく覚えていないとのことですが……。

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