シナリオ詳細
<フィクトゥスの聖餐>神を貶め嗤う蛇たちへ
オープニング
●
魔獣の咆哮が如き風の音色がステンドグラスを叩きつけている。
純白は暖かな光を塗りつぶし、夜空を思わせる黒に包まれていた。
ぼんやりとした灯りに包まれた聖堂の内側にて、女が1人、祭壇へと祈りを捧ぐ。
祭壇に鎮座せしは無貌の天使。
片手に握る御旗を空に掲げ、降ろされた片手には長剣が一本。
背中に背負う三対の翼はうち下の一対で足元を覆い隠している。
その天使の左右には2体ずつ無貌の天使が構えている。
成長した人間ぐらいの身長をした無貌の天使たちは微動だにせず、祭壇を守るように立っていた。
ステンドグラスにも無貌の天使が描かれ、柱の上部にも同じ天使の装飾品が描かれている。
その一方、足元には無貌の天使は存在せず、それらは宛ら『人如きが踏みつけるのは烏滸がましい』とでもいうようであった。
「……ティーチャー、アメリ」
「私達に何か御用でしょうかぁ」
しんと静まり返った聖堂に声が響いた。
別室より姿を見せた2人の少女へ女――アメリは振り返る。
年長そうな片方の少女がもう1人を庇うように立つ様は美しき姉妹愛か。
2人はその場で静かに膝を屈し、目を閉じる。
「プリンシパル・ソフィア、プリンシパル・ジュリア。
プリンシパル・マルティーナはどこへ?」
「マルティーナ姉様もじきに来られるかと」
ソフィアは静かに答えれば、小さな微笑の声が響く。
「そう緊張しなくても構いませんよ。
たとえここが我らが天主の御影といえど」
「で、ですがぁ……」
「ジュリアも、そう怖がらずとも大丈夫ですよ」
「先生、遅れてしまい大変申し訳ございません」
そう言って新たに1人、姿を見せる。
アメリはマルティーナにも微笑みかけると、祭壇の方へと歩み寄る。
祭壇に置かれていた3つの小瓶を持ち上げ、3人へと手渡していく。
「これは……」
「その中には私の加護も入っています。
すぐにローレットが来るでしょう。此度の決戦、神の加護を戴く他、ありません。
ファウスティーナ、ジャーダ、マーガレット……
精強なる宣教師は皆、彼らに殺されてしまいました。
これも全て、メリッサを失って始まったことです」
「そうか、もう私達しか残っていないのか……先生、私は――」
目を伏せたマルティーナがそっと顔を上げる。
「プリンシパル・マルティーナ、覚悟は決まりましたね?」
「――はい」
渡された小瓶を恭しく受け取り、栓を開けた。
「……これで、私も」
こきゅりとジュリアが唾を飲んで続き、緊張するジュリアを宥めるようにソフィアが頭を撫でる。
そのまま、3人は小瓶を呷った。
「――天主が貴女達に加護を与えることでしょう、ね」
くすりと笑ったアメリの眼前で、それらは姿を変えて行く。
姿を見せるは黒き炎の三対六翼を生やした無貌の天使。
その下半身は蛇のような姿に変貌を遂げていた。
「貴女達には熾天の冠を与えました。
……智天の祝福を与えるべき子らを失ったのは痛いですが、詮無きことです」
静かに歩み寄り、アメリは新たに生まれた3体の聖獣へ微笑みかける。
「この国(アドラステイア)は滅びるでしょう。
長らく見守ってまいりましたが、まさかここまで付き合う羽目になってしまうとは。
終焉の獣が如何なるものか見届けに来ただけでしたのに」
静かに溜息をついて、アメリは目を閉じた。
――そうして、魔はその本性を曝け出す。
湿った吐息を漏らした女はその背に翼を生やし。
髪の色は深い紅に変じ、瞳の色も又同じく宝石のような色へと移り変わる。
そうしてその最後、美しき深紅を裂いて、額へ隆起するように1本の角が姿を見せた。
「んっ――はぁ……ふ、ふふふ、ふふふ」
くるりと身を翻して、アメリは祭壇へ腰を掛ける。
そのまま、天より堕ちたが如き女は聖堂を見下ろすように笑うのだ。
●
「もぐもぐ……もぐもぐ……!!」
「ごくごく、ごっきゅん……おいひい! こんなの食べたの久しぶりだよ!」
テーブルに広げられた沢山の食事を、4人の子供達が食べ進めている。
「皆様、お代わりはありますから、落ち着いてください」
そういうのはリュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)だ。
先の戦いにてローレットの手で救い出されたベイル、ブレット、アニーの3人の子供達。
彼らは様々な検査や治療を施され、ようやく落ち着いてきたころだ。
医師から大丈夫だと太鼓判を押されたことを受けて、ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は兼ねてから予定していた食事会を開いていた。
「兄ちゃん、ありがとう……ほんとに、ありがとう……!」
ブロンドの少年――ジャンが泣きそうな声でベネディクトに頭を下げる。
「無事に助け出せて良かった。
君やあの子達のような子供を助けることも騎士の務めというものだ。
それより、ジャンはもういいのか?」
微笑みかけてやると、ジャンの目には憧憬にも似た輝きが見えた。
「あっ! 俺の分も……!」
そう言ったジャンは顔を上げてまだまだある料理の方へと歩いていった。
3人に混じったジャンを含めて4人が楽しそうに食事を始める姿をベネディクトは微笑しながら見ていた。
「……ご主人様」
「リュティス、どうした」
「ジャン様の御友人を助け出せましたね」
救い出された3人の様子はどこか焦っているように見える。
それはきっと、アドラステイアという環境故にあまり食事を取れてこなかったからだろう。
「アロン聖堂、だったか」
「はい。場所は既に把握しております」
「……行こう、あの子達のような子供をもう出さないためにも」
「――お供いたします」
ベネディクトの言葉にリュティスが恭しく頭を下げた。
●
「アロン聖堂……それが、ティーチャーアメリの居場所なんだね?」
笹木 花丸(p3p008689)は現在分かっているアドラステイア上層の地図を広げていた。
アロン聖堂なる場所は、上層に確かに存在する。
鐘塔が見える位置でありながら、絶妙な遠さを保持しているようなそんな場所だ。
「はい、プリンシパル・ファウスティーナ……の反応を鑑みて、間違いないかと」
「ティーチャーアメリに忠誠を誓う彼女がよく教えてくれましたね……」
シンシアの頷きに小金井・正純(p3p008000)が言えば、シンシアは苦い笑みを浮かべて視線を伏せた。
「ティーチャーアメリの本拠を攻撃された方が彼女自身がそこで待つと言っていたと教えてくださりました」
「では、プリンシパル・ファウスティーナは」
「教えてくれてはいません。でも、それでいいんです。
恩人を失う痛みは、苦しいほど分かりますから」
「シンシア殿……」
目を伏せたシンシアの様子に、日車・迅(p3p007500)は自身も参加していた彼女の救出作戦を思い出す。
記憶を失っていたシンシアは保護してくれた天義の貴族の下からアドラステイアへ連行される所をイレギュラーズによって救出された。
その時の恩人は命こそ無事だが屋敷を始めとする資産を多く失ったらしく、シンシアと再び交流を持つ余裕がないらしいが。
「……今度こそ終わりにしましょう! 必ず!」
「――はい」
「そうですね。全てを終わらせて、来年の春には……お花見に行きましょう」
迅に続けて正純が言えば。
「……ええ、きっと、そうしたいです」
シンシアの表情が些かながら明るくなったように見える。
●
悪趣味を極めた聖堂へと踏み入ったイレギュラーズは、同時に息苦しさと強烈な圧迫感に襲われた。
聖堂の奥――祭壇には3体の天使が浮遊している。
左右に控えるかの如き天使が掲げた禍々しき黒焔の御旗は、見るだけでも籠められた悪意を感じ取れた。
「ふふ、捨て置かれてしまったらどうしようかと、思っていたのですよ?」
からかうようなその声は、祭壇に腰を掛けている女の声であった。
「ティーチャー、アメ、リ……?」
そう呟くシンシアの声に、『本当に?』という疑問が感じ取れた。
本当に、この神聖を貶める地で笑う女が、自分やかつての友人たちの恩人なのかと――動揺を露わにしていた。
「くすくす、メリッサ、あなたにこの姿を見せるのは初めてですね」
「お前が……聖別の首謀者か」
初対面であるベネディクトはその分だけ余裕がある。
例え相手が魔種でも、異形でも、ただそれだけだ。
「えぇ、そうですよ、マナガルム卿。
ふふ、貴方には先日もレオナルドがお世話になりました」
その手に極光を束ね、アメリなる存在は嫣然と笑っている。
彼女が指を鳴らせば、剣が鳴る音がして、暗がりから見覚えのある無貌の天使たちも姿を見せた。
「私の聖堂へようこそ――歓迎します、英雄の皆さん。最期の夜を愉しんでくださいね」
天の御使いを嘲笑する堕天使の如き修道女――そう形容しうる魔との最後の戦いが始まろうとしていた。
- <フィクトゥスの聖餐>神を貶め嗤う蛇たちへ完了
- GM名春野紅葉
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2023年01月20日 22時16分
- 参加人数10/10人
- 相談8日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●熾天の黒炎
特段に風の吹いているわけでもあるまいに、風に靡いているようにはためく黒炎の御旗が聖堂を照らしている。
蛇の下半身と6つの翼を有する無貌の天使――それは怪物と言った方が正しいとさえ感じさせる。
「ついにティーチャー・アメリ殿と殴り合いですか……燃えてきましたね!
シンシア殿に積み重なる悲しみがこれで最後となるよう、全力で拳を振るいましょう!」
拳を作り腰を落とした『疾風迅狼』日車・迅(p3p007500)は圧倒的な威圧感を振り払うように笑って言えば。
「決別の時間だね。シンシアさんの過去と、そしてこの町……アドラステイアに。これで、終わりにしよう」
ワールドリンカーから立方体を形成する『浮遊島の大使』マルク・シリング(p3p001309)は目の前に
「……はい、ありがとうございます。今日で全てを終わらせられるように私も頑張ります」
シンシア(p3n000249)が剣を握り締める。
「シンシア――メリッサ、それが今の貴女の名前なんですね。
ふふ、なるほど、アメジストの石言葉からですか……洒落が効いてますね。
貴方のしてきたことはとても誠実とは言えないはずですが」
ティーチャーアメリが嘲りを含ませた声で笑う。
「我 フリック。我 フリークライ。我 墓守。我 死 護ル者。
聖獣。魔種。ヒトトシテノ死 忘レシ者達。
我 死 返シニ来タ」
「人としての死……ふ、そのようなものはいりません。
私は、それを捨てて天主へと命を捧げるのです。
終焉の獣などにくれてやろうはずもなく――故に、ここで死ぬわけにはまいりません」
『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)の言葉に、アメリはそう言って手に光を束ねていく。
「我ガ主 水月花の導ヨ アレ」
それは悪意に満ちた黒炎を撃ち払い、仲間達へと齎す加護。
「――なんとも優しい光。どうやら、貴方から倒した方が良さそうですね」
嫣然とした笑みを浮かべた魔種が祭壇から立ち上がる。
「――させませんっ!」
刹那、その手に剣を握るセラフィムが崩れた。
烈風の如く駆けた迅の拳がセラフィムの胴部に突き刺さる。
誰よりも速く、視認されることすら難しいほどの爆発的な速度で打ち出された拳は戦闘行動に移らんとしたセラフィムに痛撃を刻む。
「――はっ?」
迅の一撃にアメリの表情から初めて余裕が消えた。
「ン 易々 フリック 攻撃 不可能」
驚愕に揺れるアメリへ向けて、フリークライは術式を起動する。
芽吹きし慈愛の光、万物を包む暖かなる春の息吹が戦場に満ちる悪意の熱を打ち破る。
「僕は黒狼の軍師、マルク・シリングだ。
ベネディクトさん達の居る戦場は、必ず勝利へと導いてみせる!」
アメリの動き出すよりもさらに早く、マルクは走り出す。
ワールドリンカーを剣状に再構築し、体勢の崩れたセラフィム目掛けて振り抜いた。
壮烈たる魔力の剣が異形の天使へと炸裂し、その身体に大いなる傷を刻む。
「ここが正念場ですね……」
禍々しい悪意と悍ましき無貌の天使が見下ろす戦場に立ち、『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)は小さく呟く。
「今まで幾人もの子供たちが犠牲になったこの場所で……もう何も犠牲にはさせません。
此処で終わらせましょう。歪んだ教義、ここで断ちます!」
すらりと愛剣を払ったシフォリィはシンシアへと声をかける。
「――はい、あの子達の抑え込みは任せてください」
小さな頷きと共に少女が剣を構えたのを感じながら、その視線をアークエンジェルの方へ。
「……ふふふ、歪んだ教義、ですか。
何も知らずに利用されながら死ぬのと、教えられて自ら選んで死ぬのなら後者の方が良いでしょう?」
調子を取り戻そうとでもするように、余裕気に笑うアメリに、シフォリィは不快感を抱きながら走る。
狙うべきはアメリではなく、彼女を守ろうとでもいうかのように動くアークエンジェル。
眼前に飛び込んできたそれへ、夜闇を抱く漆黒の片刃剣を連続で打ち込んでいく。
さながら神気瞬く聖光の如き連撃を叩き込めば、アークエンジェルは大盾を以って守りを固める。
しかし守りに封殺されるそれこそがシフォリィの狙い。
「……人の心も人の体も、好き勝手に弄り回していいものでは無いと思うのだけれどね
……自分のことしか考えていない人というのは、どうしようも無いものね」
そうアメリの言葉に返すのは『白き寓話』ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)だ。
その周囲に空間術式を展開しながら、視線は静かにアメリと合わせている。
「ふふ、好き勝手だなんて……そんなことはありませんよ?
私はただ、ほんの少し子供達に道を示しただけ、目指すものを、場所を見失い。
あの国から零れ落ちてしまった小さな欠片たちに、成長するだけの居場所を作っただけに過ぎませんから」
「貴方の話を聞くのも、あまり気分も良くないから早く始めましょう。
……意味はわかっても、これが人だとはあまり思いたくないものね」
そのまま、一気にヴァイスは剣を振り抜いた。
不気味なまでの白一色の儀式剣より放たれた斬撃は魔性を帯びて駆けていく。
(嫌な感じはしていたけど……上層部の連中は軒並み魔種だったみたいだね。
子供達にこんな事をしてたんだもん。当然と言えば当然……なのかな)
拳を握る『なじみさんの友達』笹木 花丸(p3p008689)は一瞬ながらも突き崩した余裕を取り戻しつつある魔種へ視線を向ける。
「――終わらせよう、シンシアさん。
これ以上この場所で子供達が身勝手な大人達の犠牲にならない様に。
少しでも子供達が笑って明日を迎えられるようにっ!」
歩みを進めた花丸が言えば、シンシアの声が返ってくる。
「ふふ、ふふふふ! 身勝手な大人達の犠牲、ですか。
くすくす、往々にして、人生とはそのようなものでしょうに」
アメリが臨戦態勢をさらに強める中、花丸は一気に飛び込んだ。
既に攻防を始めているソード・セラフィムも注意が必要ではあるが、その手に光を束ねた魔種が飛び出すよりも前に動きたかった。
「――絶対に逃がさないっ!」
振り抜かれた光の束で出来た槍を受けて、花丸はそれに触れる。
握りしめて抑え込めば、アメリが驚いたように目を見開いた。
「神など居ない、などとは言わないが──
そちらが神と崇める存在は俺にとっては信仰の対象にはならないな」
槍を構えた『黒き葬牙』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はティーチャーアメリの更に奥、祭壇に鎮座する異形を見つめて静かにそう告げる。
「ティーチャーアメリ、その歪んだ信仰を今日で終わらせよう。
そちらだけが傲慢だという心算は無い。故に解りやすく、生存競争と行こう」
「ふふ、素敵ですねマナガルム卿。
えぇ、それぐらいの分かりやすいのもいいでしょう!
私もここで死ぬのはごめんです。終焉の獣風情に、我が命くれてやるのも癪ですから!」
いうや、アメリの全身から眩いばかりの光が放たれる。
「子供達を利用する輩を野放しにしておく訳にはいきません。
今日この場で仕留めてみせましょう。逃げられるなどと思わないことです」
それを遮るように『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は告げる。
漆黒の弓を構えて敵陣の方へ照準を合わせて行く。
「ふふ、確かめてみましょうか!」
そう言って笑ったアメリへ向けて、リュティスは弓を引いた。
どろりとした闇が戦場を包み込み、恐るべき汚泥が修道女を絡めとっていく。
「例え天使や神が相手だったとして、我が決意は揺るぐ事は無い。
アドラステイアを解放し、これ以上の悲劇は生み出されぬ様にする!」
――それはジャンの友人たちだけじゃない。
それは、関わってきた全ての人達、そして関わってない人達を含めた全ての人の為に。
走り出した槍は絶刺の槍。
黒狼が飛び掛かるが如く跳ね上げた穂先がソードセラフィムへと走り抜ける。
「そろそろ始めましょう、我が教え子たち。御心に寄り添った子らよ!」
そう言った刹那、イレギュラーズの猛攻を受けていたソードセラフィムが雄叫びを上げる。
言葉にもならぬ雄叫びと共に、その手に握られた黒炎の剣が苛烈なる斬撃を周囲一帯へと振り払った。
「どんな笑顔で取り繕おうとも、耳触りのいい言葉で言おうとも、
何も知らない子供たちを縛り、己の手先として操っていたことは許される所業ではありません」
良く回る口でさらさらと口上を述べるアメリへ、『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)は静かに弓を取る。
「ですがこれはあくまでも大局的に見た話」
「まるで、個人的な理由があるように見えますね。
貴女とお会いしたのは初めてだったと記憶していますけど」
「ええ、確かに初対面です。
ですが、それはそれとして大切なお友達である所のシンシアさんのためです」
「シンシア――へえ、あの子と? 友達?
まぁ、友人だなんて! ははは! 人を殺し、人を獣に導いた愚か者に――友達!
いえ、そういうこともあるのでしょう。いいでしょう、お友達とやら!」
「その罪も、貴方が導いたが故の事。こう見えて、割と怒ってますので――容赦はしません」
アメリの言葉に静かに返しながら、正純は矢を放つ。
夜空に瞬く星のように輝きを放つ神秘の矢が空間に穴を開く。
零れ出でるは混沌の汚泥。
ソード・セラフィムをどろりと侵すその合間、撃ちだしたもう一瞬きの流星が追撃とばかりに傷口を刻む。
「何があって天使を目指したのやら……そんないいもんでもねーのによ」
独りごちる『紅矢の守護者』天之空・ミーナ(p3p005003)はその手に武器を構え、全霊の魔力を纏う。
「ふふ、いいものかどうかを決めるのは私です。
その冷徹さ、その残虐さ、その美しさ、その雄々しさ、その壮大さ!
どれをとっても美しく愛おしく――傲慢で」
「――そうか。そんなに見たいか」
「あら? まるで見せてくださるかのようにおっしゃりますね?」
不思議そうに、アメリが首を傾げる。
「あぁ、見たいなら見せてやるよ、堕ちた天使の力だが、な」
ミーナは一気にソードセラフィム目掛けて走り出した。
「――まぁ」
驚いたようにも、歓喜したようにも聞こえる声でアメリが笑うのを耳に入れながら、ミーナは大鎌を振り抜いた。
鮮やかな軌道を描いた斬撃は連撃を受けたソードセラフィムに更なる傷を刻み、夥しい量の血を失わせていく。
シンシアの放った光がアークエンジェルたちを集める中、シフォリィは一気に飛び込んだ。
高い速度と高度な連撃を振るい、耐えるシンシアへと剣を振るうアークエンジェルへと背後から斬撃を撃ち込んだ。
眩く輝く神の光にアークエンジェルたちが警戒したように後退する。
「貴方達もアメリによって歪められたのでしょうが……
神気閃光は邪悪を裁く光。皮肉ですね、天使が神聖なる輝きに貫かれるなんて」
『ロロロロ!!!!』
シフォリィの皮肉に激昂するようにアークエンジェルが咆哮のようなものを上げる。
黒炎が聖堂を焼き尽くさんとその猛威を振り下ろす。
黒く、熱く、溶けるほどの熱量の連撃がイレギュラーズへと襲い掛かっていた。
「貴方は、望んでそうなったのでしょう? ……ごめんなさいね、倒れて頂戴」
降り注ぐ黒炎を振り払い、ヴァイスはソードセラフィムを見据えて術式を発動する。
それは宛ら白薔薇のように閃光が伸びる。
鮮やかに、美しく、苛烈に放たれた魔術は威風さえ感じさせる黒炎の天使を貫いていく。
閃光は宛ら雷光の如く、或いは薔薇の蔓のごとく無貌の天使を絡めとる。
「時間は掛けない!」
マルクは仲間達の連撃の終わり、静かにありったけの魔力をワールドリンカーに籠めて行く。
全身全霊で描かれる剣状の魔力体を握り締めて走る。
飽和した魔力が美しい燐光を描き、振り抜く軌跡を美しく描く。
真っすぐに入った斬撃が零距離で爆発すれば、そのまま追撃を叩き込む。
『ルロロロ!!』
苛立つようにソードセラフィムが身じろぎを始めれば、抜け出そうとするソードセラフィムへ飛び込んでいくのは迅だ。
「あまり時間は掛けられません。一気に決めさせていただきます!」
自らにかけられていたリミッターをこじ開け、迅は一気に走る。
ただでさえ圧倒的な速度はタガを外れ、有り得ざる領域に足を踏み入れる。
「――八閃拳!!」
大きく踏み込んだ刹那、ソードセラフィムの懐目掛けて跳び込む。
あらん限りの出力を叩きだした一撃はその身をまるで槍のように撃ち抜いていく。
『ロ――ァ!』
反応しかけたソードセラフィムは既に遅い。
撃ち抜いた拳はセラフィムの身体を大きく抉り取る。
『ルゥ――ラァァァァ!!!!』
壮絶極まる一撃を撃ち込んだ代償は、迅の身を大きく焼き払う。
「ン 迅 問題ナイ」
それを支えるはフリークライ。
熾天宝冠、天に描いた光輪が迅の身体を包み込み、反撃の猛攻が刻んだ傷の多くを癒していく。
『ルルル!!!!』
その様子を見て、ソードセラフィムの目がフリークライを見下ろしたのが分かる。
「不朽不倒ノ大樹トシテ 支エキル」
ソードセラフィムへと宣言すれば、同時に術式を起動する。
暖かな光と魔力に満ちた風が戦場を包み、仲間たちの魔力と疲労感を取り除き、身体の異常を取り除く。
「神々しい見た目をしていようとも、呪いのような聖別を越えた以上、その身に纏うのは負の気配。
――少しでも動きを鈍らせ、確実に」
正純は目の前のソードセラフィムへと照準を合わせなおす。
夜に瞬く星灯りのように戦場を駆ける矢は着弾と同時に溢れだし、ソードセラフィムの手足や翼を呑みこんでいく。
反撃の斬撃が正純を穿つが、その手を止めるつもりはなかった。
「――元より防御は捨ててますので!」
薄明の刻を差す星明かりの如き一条の輝きが戦場を迸り、黒炎の剣を撃つ。
「全く……かつての私を見ているようで辟易する」
苛立ちにも似た感情を抱きながらミーナは黒炎と刃を合わせていた。
淡々と粛々と――目の前の敵を打ち倒す。
いつか自分を殺してくれる誰かを探していた、そんな頃。
『ルゥルルルル!!!!』
激昂とも裂帛の気合ともとれる聖獣の咆哮が轟き、黒炎の双剣がミーナの身体を刻むように振り抜かれていた。
「私も……人間から天使に『なってしまった』奴だよ。嫌な事にな!」
大鎌を振り抜いて無理矢理にこじ開けた間合い、そのまま飛び込むようにして間合いを詰める。
希望の剣を撃ち払い、撃ち込んだ斬撃が聖獣と触れれば、その身を内側から棘が貫いていく。
『ルルララララァ!!!!』
激昂が轟き、ミーナの一撃に対抗するように剣が伸びてくる。
「いい加減、眠れ!!」
もう一度撃ち込んだ刺突が再びセラフィムの身体を穿てば、その身動きが明らかに低下していく。
「アンタはもしかしたら好きでそうなったのかもしれないが、アンタを見てると気分が悪いんでね」
踏み込みと同時、振り払う横なぎ。それはミーナが『ミーナとして』生み出した技。
おおよそ他者の能力を模倣し、自らの物としてきたミーナの、数少ない技。
『ルララ!!』
合わせられた黒炎の剣がミーナの一撃を防ぎ――その影に潜んだ本命が聖獣の一撃を撃ち抜いた。
「出来得ることは戦場に立っている間、この剣を、この槍を力の限り振り続ける事のみ」
未だにその威風に陰りを見せぬソードセラフィムに向け、ベネディクトは武器を構えた。
片手には槍を、もう片手には直剣を。
「故に最後まで立っている必要は無く――全力でただ暴威を振るう牙であれば良い!」
剣と槍、変則的な二刀流を手にベネディクトは走る。
全身全霊、その身に黒き狼の気配を纏いて、騎士は雄叫びと共に槍を撃ち抜いた。
魔力で形作られた狼は獣の咆哮の如く音を立てながら駆け抜け、ソードセラフィムを呑みこんでいく。
ベネディクトに続くように、リュティスもまた肉薄していく。
横なぎに払われた黒炎の剣を跳躍して躱すと、そのままソードセラフィムを跨いで背中側へ。
「弓兵と侮らないでいただけますか」
抜いた錐刀に漆黒の魔力を幾重にも纏わせ、メイドは静かに宣告する。
それは身軽な弓兵だからこそ出来る鮮やかにして苛烈なる乱舞。
死を齎す舞いは黒き光を尾を引いて巡り、強かに刻む斬撃は弓兵と侮るにはあまりにも苛烈なる連撃である。
持ち前の身体能力を駆使すれば、その連撃は苛烈そのもの。
ソードセラフィムの四肢を刻み、その力を十全とは程遠い物へと落とし込む。
『ルロロロ!! ――ッツ――ラァァ!!』
連撃にいよいよと疲弊したのか、ふらふらと後退したセラフィムがその背に頂く翼の出力をあげて行く。
『ワタ、シ、ハ――――』
それがまるで人のように声をあげた。
『マケ、ナ、イ。センセイ――ミテ、ロ、ワタシ、ノ、チカ、ラヲ――』
熱量を増していく黒翼が大きく広がり輪を描く。
その熱量は日輪の如く。
「えぇ、見ていますよ。プリンシパル・マルティーナ。
貴女はメリッサには劣るが私にとっての最高傑作――その名を刻みましょう」
そう言って微笑したアメリの声は、単純に褒めているようなものではなく。
寧ろ多分に嘲りを含んでいて――
『――ァ、アァァ!!!!』
激情を束ねたかのような黒き日輪が戦場に炎の雨を降らせた。
圧倒的なまでの熱量と物量を放つ魔力の暴力がイレギュラーズの身体に数多の傷を浮かばせる。
夥しいほどの羽が聖堂を破砕し、蒸気を生む。
一面を塗り替えるかのような一撃は確かに天の威を思わせる。
「あははは、やはり、やはり私は正しかったようです!
基礎が強力な者を素体にした方が聖獣も強くなる!
――本当に、貴女がそちらに行ったことが惜しかったですよ、プリンシパル・メリッサ。
死んでしまったのなら、仕方ありませんが」
歓喜の声を響かせるアメリが、シンシアのいるほうを見てそのまま花丸を見た。
「どうやら、残りは貴方だけの様子ですね」
その手に握る光の槍による連撃を何とか躱しながら、花丸はアメリから視線を外さない。
「――本気でそう思うの?」
私達を舐めるなと、この程度で、アナタを逃がしたりはしないと。
その思いを乗せて言えば。
●黒炎を裂いて
「――問題ナイ」
その声が響いて、花丸の目の前でアメリが目を瞠った。
嫌な臭いの充満した聖堂の中、蒸気を纏うようにして一歩前に出たのはフリークライ。
仰ぎ見たステンドグラス、砕け散ったガラスから吹雪が叩きつけるように入ってきていた。
刹那、暗雲を割いて暖かな陽光が空より舞い降りる。
暖かな光の導きに照らされるように、次が起こる。
(魔種が温存してきただけあって強いね……)
ワールドリンカーの魔力を循環させ、キューブ状の魔力体を円形に伸ばしながら、マルクは思う。
「……でもシンシアさんの負担を少しでも減らすためにも、時間は掛けられない」
マルクは魔力を振り絞った。
完成した魔力体は円環を象っている。
天へと放った円環の魔力体は温かな光を放った。
それは降り注ぐ陽光の如く、眩く、暖かく、戦場を焼いた悪夢を打ち消すように照らしていく。
「シンシア殿! 大丈夫ですか!」
「――は、はいっ……!」
迅はその声を聞いて小さく安堵の息を漏らすと、もう一度拳を作る。
「どうか、ご無理はなさらず。完全無欠に勝って帰りましょう!」
それに合わせて、正純が声をかければ。
「――大丈夫です、まだ戦えます。完全無欠に、勝つためにも!」
気力に満ちた少女の声に正純は頷いて、迅は再び全身のリミッターを外して駆ける。
「ふふ、これはもう仕方ありませんね。
どうにも、御旗の意味もなさそうですし――プリンシパル・ソフィア、プリンシパル・ジュリア、磨り潰しますよ」
驚愕を覆い隠すように笑ったアメリがそう言えば、祭壇付近で旗を掲げていた2体の聖獣が動き出す。
その手に握られていた旗を槍のようにして、2体が一気にこちら目掛けて飛んでくる。
「プリンシパル・マルティーナ、貴女もまだやれるでしょう?」
アメリの声に応じるように、傷だらけのソード・セラフィムが動き。
「――これ以上はさせません!」
――飛び出した迅の拳が再び空を追った。
再び放つデッドリースカイ。空へ撃つ確実たる死の気配。
『ガッ――』
「鉄拳――」
構えたのはただの拳。
真っすぐに撃ち抜く拳はただの突き。
「――鳳墜!!」
極め切ったただの突きは例え加護があろうともそれを打ち砕く。
『――ゴフッ』
静かに、不殺たる必殺の拳がセラフィムを叩き落とす。
「……始めましょう、ローレット。マナガルム卿に言わせれば、生存競争、でしたか。
ここからは本気でやるので、覚悟くださいね?」
ソードセラフィムが倒れたことから視線を逸らすようにしてアメリが魔力の出力を上げた。
「ここからが本番みたいだ。皆、気を付けて!」
旗が降りてどんよりとした圧力は溶けたが、それに代わるようにアメリの迫力が増していた。
言葉の通りの本気だと察して、マルクはそう声をあげる。
「ン 戦線支援 任セテ」
そう続けたフリークライの健在はイレギュラーズの士気を上げるに十分すぎる。
「それは困りますね、貴方が厄介だという事は散々理解させてもらいました。
――プリンシパル・ソフィア、プリンシパル・ジュリア、2人はアレを磨り潰してくださいね」
そう言ったアメリは、その視線を自分の前にいる花丸に向ける。
「――貴女は、私が殺しましょう」
「倒れない――絶対に逃がしもしないっ!
此処でアナタを逃がしてしまったらまたシンシアさんや皆が辛い思いをしてしまうから。
子供達がソレを正しい事だと…そう思ったとしても、私達は……私は! そんなの絶対に認められないんだからっ!」
花丸は真っすぐにアメリを見据えて啖呵を切った。
「そうですか――ふふふ、いつまで止められるか、試して差し上げます」
自らへ付与した閉じた聖域を固めれば、光の槍が花丸めがけて降ってくる。
それをうまく退避しながら、視線だけはアメリから外さない。
「シンシアさん、まだ耐えられそうですか?」
「――はい、大丈夫です。まだやれます……まだ、やります」
シフォリィはソードセラフィムの猛攻を受けた後のシンシアへと問いかければ、真剣な表情でシンシアが立ち上がる。
その瞳が真っすぐに戦場を見ていることに気付いて、シフォリィは次の句を抑えた。
(心苦しいというのは事実ですが、耐えてくださっている時に言うのも変ですね……)
胸の内にだけ吐露して、シフォリィは再び神気閃光を撃ち込んでいく。
邪悪を裁くネメシスの光は戦場を包み込んで聖堂を照らしていく。
「アナタには、負けないっ!」
花丸は全力を出したらしいアメリと向き合い呼吸を整える。
全身全霊で拳を握り締め、一気に拳を振るう。
握りしめた拳を思いっきり打ち込んでいく。
苛烈に撃ち込む拳は神威の一撃。
最優の防御力を駆使したその一撃はアメリの動きを見抜き、先読みするように撃ち抜かれる。
「フリック 狙ワレル ソレハソレデ良シ」
一斉に突っ込んできたランスセラフィムが一気にその身へ槍を突き立てる中、フリークライは静かにそう告げる。
(ランス フリック 狙ウナラ ソノ分 回復回セル)
敵が偽の熾天使による黒き炎で攻撃してくるのなら――熾天の宝冠を天より振り下ろす。
暖かく優しい熾天の宝冠がアメリ猛攻に崩れつつある仲間に一息を吐く余裕を与える。
『ルロロロロ!!!!』
アメリを討つ――そのために動こうとしたイレギュラーズの前に躍り出るように姿を見せたのは2体のランスセラフィム。
フリークライへの攻撃をやめ、アメリを守るかのような動きだ。
「アメリからと言いたいところですが……ご主人様」
リュティスは念のためにベネディクトに問えば。
「あぁ、分かってる。先にこいつらから倒そう」
ベネディクトはリュティスに肯定すれば、槍を構えた。
「――承知いたしました」
リュティスは静かに弓を構える。
「速く倒せればそれだけアメリとの戦いに優位も取れます。行きましょう」
同じように応じた正純が真っ先に弓を引き絞る。
「――撃ち落とします」
放たれた魔弾は戦場を迸る。
天井に開いた穴より零れだした混沌の泥が2体のランスセラフィムを包み込み、汚染していく。
続けるようにベネディクトは槍を構えた。
「刺し穿つ黒狼の牙、止めて見せろ……!」
全身から魔力を溢れださせたベネディクトが空へと槍を投擲する。
独特のうねりを以って放たれた槍は空を飛翔し大気を唸らせる。
やがて黒き狼の如き魔力を帯びて空より牙を剥いた。
それは狼の唸る声の如き音を立て、天上より2体のランスセラフィムを諸共に斬り裂いた。
打ち据えられた2体のランスセラフィムは致命傷を受けながらも倒れることはなく。
「――そうでなくては」
静かに構えなおして様子を窺えば、健在でこそあれど疲弊を感じさせる。
どうやらソードに比べると質が劣っているようだ。
「――これも生存競争だ、行くぞ」
『ジュ、リ――アァァ!!!』
片方が激昂し、もう1体を庇うように立ちふさがる。
「……なにやら親しい関係であったのでしょうか?
聖獣になってもそのような意思があるとは思えませんが……」
そう呟くリュティスは、しかし顔を上げてアメリの事を思う。
(いえ、ティーチャーアメリは自らの軍隊を作ろうとしている、というのがシンシアさんや情報屋の考えでしたね。
ソードの方も自我の名残のようなものがありましたし……何らかの理由で彼女達にはある程度の自我がある可能性が……)
冷静に分析しながら、リュティスは弓を構えた。
(……どちらにせよ、早期に倒すだけでしょう)
引き絞った弓に形成されるは漆黒の矢。
悍ましきケイオスタイド、全てを穢す汚泥を秘めた矢を放つ。
「……そう、そこまでして戦うのね」
それに続くように術式を展開したのはヴァイスだった。
悠久の庭園に輝くは2つの魔石。
それは毒々しい魔の結晶となりて浮かび上がり、ランスセラフィムへと走り抜ける。
狙うのは庇っている方――弾丸のように強かに撃った魔石はランスセラフィムの身体に食い込み、その毒性をもたらしていく。
『アァァ!!』
庇われた方が叫び、槍を取って吶喊してくる。
●無貌の天使
音を立て、祭壇に捧げられし無貌の天使が崩壊する。
腰ほどより圧し折れた無貌の天使が床に打ち付けられてばらばらに砕け散る。
邪魔をしてきたランスセラフィムを打ち破ったイレギュラーズは、改めてアメリとの戦いを開始していた。
「――どうにも、私は皆さんの事を読み間違えていたようです」
天使の腰から身を起こしたアメリが小さく呟いたのをイレギュラーズは聞き洩らさなかった。
「いや、まさか。皆さんが英雄と呼ばれるに足る経験を持つのは重々承知だったつもりなのですけれど……
それとも、私が傲慢の魔種だから――でしょうか? この油断が、天主の恵みであるのならそれも仕方ありませんね?」
緩やかに笑むアメリは傲慢の魔種らしく未だにその余裕を崩してはない。
「……貴方が先程から言う天主っていうのは誰なんだ?」
マルクはその話を聞いて問う。
これまでの会話から鑑みるに、ファルマコンやアドラステイアへの忠誠心なんて欠片程も感じ取れない。
「ふふ、私は最初から最後まで、傲慢の天主にお仕えしておりますよ」
緩やかに笑って、アメリがそう呟いた。
「まぁ、天主は私のことなどご存知ではないでしょう……これは私なりの片思い。
誰よりも傲慢で、ゆえに誰よりも気高き天主――あのお方のご尊顔を描くなど、失礼でしょう?」
そう言ってアメリが首を傾げた。
「……だからこんなふうに『顔のない天使』なのか」
そうだ――天使だけだというのなら、何も顔を描かない理由などない。
歪な天使の姿の理由を悠々と語った修道女へ、マルクは魔力を構築していく。
やるべきことは変わらない。
ブラウベルクの剣を起動してアメリへと肉薄し、思いっきり薙ぎ払えば対応するように伸びた光の束が勢いを大きく殺してくる。
極撃が苛烈に追い立て、ぶつかり合った極光はやがてアメリの腕を大きく穿つ。
「全力で拳を振るわせてもらいます!」
迅は肉薄するのとほぼ同時にリミッターを外す。
「――その速度は流石に恐ろしいですね!」
間合いを取ろうとするも既に遅い。
撃ち抜いた拳がアメリを捉え、痛撃となって突き刺さる。
「くっ――」
「なんだか調子がいいので、もう一発行きますよ!」
追撃の拳を返すように撃ち抜けば、アメリが血を噴いた。
「……あぁ、全く! どこまでも読み間違えましたね! さっさとこんな町は捨てるんでした!」
啖呵を切りながら後退したアメリが苛立ちとも取れる笑みで血走った瞳をイレギュラーズに向けてくる。
花丸はその手に魔力を籠める。
その身体にはアメリの猛攻による傷が数多刻まれつつあった。
「負けられないんだっ。子供達に辛い思いをさせるわけにいかないから!」
続けるように花丸は拳を握り締めた。
その手に光輝を帯びた神威の拳打が傷を負ったアメリの体を撃ち貫いた。
「真実を隠したまま己の欲望の為に食い物にするその姿勢、私がかつて受けた事です。
貴方にはここでその罪を清算してもらいます!」
シフォリィは続くように走り抜けた。
脳裏に描く光景は自らの尊厳にかかわるもの。
形は違えど、為されたことは違えど、その罪は、それを受けた者の傷は。
シフォリィには痛いほどによく分かる。
フルーレ・ド・ノアールネージュが抱く美しき炎。
連続する刺突は無数の炎を以ってアメリの身体に傷を刻み付けて行く。
「真実を隠したまま、ですか。
私は教え子たちに何一つ隠してなどいませんでしたが――まぁ、たしかに。
私の手元にいる者以外には秘していたというのはそうですか。
でも、説明をする必要もないでしょう?」
その手に抱いた光を刃に、反撃の一撃が強かにシフォリィを撃ち抜いていた。
「そんなに良かったかよ、天使ってのは」
ミーナは静かに飛翔する。
「――さぁ、どうでしょうね。貴女は『なってしまった』のでしょう?」
眼前に手を翳す魔種は光を槍のように変えてミーナの鎌と拮抗する。
「あぁ、そうだよな、アンタは『天主』とやらが天使だったから天使であろうとしたんだっけ。
天主とやらがそんな姿じゃなかったら、天使なんて選ばないんだよな」
「ええ、その通りですよ。故に――貴女とは違いますね」
「余計に腹が立つ――」
競り合いの状態から、ミーナは更に押し込めるように鎌を振るう。
壮烈なる連撃を以って夥しい量の流血を失わせながら、傲慢な在り方にいつかの自分を見た気がした。
「――刺し穿つ、止めて見せろ……!」
全身全霊を以って、ベネディクトは走り出す。
充実した黒き闘気は狼の如く形を成して戦場を迸る。
「黒き狼――ふふ、良いでしょう! 最後です――」
その全身から壮絶な眩き光が生み出され、射出される。
2つの輝きは拮抗を経て、徐々に黒が光を呑みこんでいった。
●終わり行く傲慢なる修道女
「し、死んでたまるか――死んで、死んでたまるか! こんな掃き溜めで死ぬのはごめんです!」
アメリが、肩で息をしながらも光の障壁を張り巡らせる。
「ふ、ふふ――ふふふ。極光よ、極光よ。天より降り注ぎたまえ――この身もろとも、全てを焼き払え」
詠唱の刹那――天より極大の光が落ちる。
それはアメリ諸共に全てを焼くような光を放ち、再び幾つかのパンドラが輝きを放つ。
代償は重い。アメリの体も焼けていた。
その片眼は既に視力を失い、半身も微動だにせず。
それでも、その翼をはためかせて一気に飛翔する――けれど。
パンドラの輝きが尾を引いている。
「言ったよねっ……アナタは逃がさないって!
――エクス・カリバー!!!!」
パンドラの加護に包み込まれたままに、遺された魔力、精神力、その他もろもろ全てを拳に籠めて花丸は振り抜いた。
「なっ――どこにそれだけの力――くっ、はっ、あっ」
腹部を貫かれた修道女が血を吐いて、そのまま大地へと落ちてきた。
無貌の天使のガラクタへと落下すれば、瓦礫が煙を立てる。
「ぐ、ぐふっ、げほっ、げほっ……」
風穴を抑えながら吐血するアメリが、ふらふらと立ち上がり、イレギュラーズを見た。
「人の心を、人の体を好き勝手に弄り回してきたのに自分だけは逃げ切ろうなんて……貴女は本当にどうしようもないわね」
ヴァイスは小さくそう呟くと、魔力を結界術式へと注ぎ込んでいく。
静かに構えた白一色の儀礼短剣。それを結界術式へと落とす。
カツン、と音を立てて術式に溶け込んだ儀礼短剣が更なる白薔薇を抱く。
迸る魔導は苛烈に凄烈に戦場を駆ける。
「――め、目障りな……この身は天主の物……終焉の獣の餌などに、させてたまるものか……」
だらだらと血を流すアメリが、死に物狂いで立ち上がろうとする。
「言いましたよね。逃げられるなどと思わないことですと」
リュティスは静かに宣告し、静かに魔種へと近づいていく。
「貴女のような悪人を逃がす訳にはいきません。魔種であるなら猶更です!」
錐刀を首筋に突き立てるようにして抑え込めば、その視線が苛立ちを露わにリュティスをみやる。
「ティーチャーアメリ、楽しかったですか? 無知の子らを思い通り動かすことが。
夢想していましたか? 己だけの軍隊を作り好きなように生きることを」
そう問うたのは正純である。
その声が届いたらしいアメリが目を瞠った。
「己の軍隊……ですって? ぁぁ――なるほど、貴方達はそのように考えていたのですね」
嘲りにも似た声だった。
「情報屋とシンシアさんの持つ情報を集めれば、自ずとその目的は明らかでした――でしたが、
こうして貴女と向き合い、よく理解しました。貴女は己が軍隊を作りたいわけではない」
天主への強烈な思慕、それは彼女へと向けられる宣教師たちの、聖獣たちのそれにも似ていて。
故に、戦えば否というほどわかる。
「――貴女が無貌の天使による軍隊を作り出したのは所詮は天主とやらのため。
そのために多くの子供達を利用したのには変わりませんが……そうですね?」
静かに矢を番えて近づけば、表情を失った魔種の顔がある。
「ですが残念でした。その野望は、貴女の手からこぼれ落ちた1粒が綻びとなり打ち砕かれます。
どんなお気持ちですか?」
微かにシンシアの方を見た後そう言えば、アメリの目が見開かれた。
「そうだな、最後にそれくらいは聞いておこう。言い残すことはあるか。
恨みごとの1つや2つは残してくれて構わんぞ。
──勝者であるが故に、踏み躙った者の声くらいは覚えておこう。
俺達自身が、道を踏み外したりはしないようにな」
続けるようにベネディクトは問いかけた。
「ふ、ふふふ、ふふふふ! なんという傲慢、なんということでしょう!
あぁ、本当に――勝ったような気になっているのですから……いえ。
これは負け惜しみでしょうね」
その刹那、アメリが面白そうに、嬉しそうに笑う。
「最高ですね、英雄。踏み躙った者の声くらいは覚えておこうとは!
あぁ、全く。ぞくぞくする。踏み躙った子供の声も、弱いだけの大人の声も、討ち果たされた敵の声も。
全て勝者であるがゆえに覚えておくと! あぁ、どこまでも傲慢で、だからこそ英雄らしい。
最高です――貴方ともっと早く会えていたのなら、あぁ。
この身の1つくらい、捧げても良かったかもしれません」
「……そうか、胸に秘めておこう。
いつか、どこかで道を違えぬために」
ベネディクトは静かにそう告げる。
静かに傲慢の化身からの誘い文句に肯定せず。
ただ受け入れるだけに留めればアメリが不意に笑みを深く変えた。
「あぁ、ですが――恨みに思う事が一つ。
こんな掃き溜めで死ぬことだ! 私の命までもが、あの終焉の獣に貪られることだ!
あぁ忌々しい。悍ましい。あんなものに食われるなどはらわたが煮えくり返る!」
そう叫ぶアメリの声は、心の底からの憎悪に満ちていた。
「……先生、さようなら。
私は、貴女の分も私達が出した犠牲者の罪を背負いますから。
だからもう、あの子達の為に――口を閉じてください」
ゆっくりと姿を見せたシンシアが剣を振り上げた。
静かに振り下ろされる剣は、不殺の光に満ちていた。
酷く悲しい瞳が魔種を見下ろしていた。
「ほんっとロクでもない……こんな、天使で、神がいる世の中なんてよ」
ミーナはその姿を見ながら、ぽつり、ぽつりと呟いた。
「……シンシア殿、大丈夫ですか?」
迅はそんなシンシアに近づいて声をかける。
「……貴方の心の内は僕に分かりませんが、
その悲しみが少しでも紛れますように、前を向いて進んでいけるよう祈りましょう」
「ありがとうございます……皆さんは次の戦場へ――私は、ここにいます。
少しだけ、疲れてしまったので……全てが終わったら、またお会いしましょう」
そう言ってシンシアが微笑する。
それはどこか悲しい――覚悟を決めたような笑みだった。
「分かった。では俺達は先に行っているよ。
……本当の決着をつける為に」
どこか、かつての戦友を見るような眼に気付いて、ベネディクトは頷きその場を後にする。
●――さようならまでもう少しだけ
「……先生、もう少しだけ生きていてもらいます。
ファルマコンが死んだら……その時に、殺しますから。
それが、ほんの少しの間とは言え、貴女の下で学ばせてもらった人間の責任だと思うのです」
シンシアは再び降り始めた雪を見上げた後、アメリの心臓へと刃を突きつけたまま目を閉じた。
白い雪が赤に染まるまでの暫しの時間を思いながら――少女は何かを祈っているようだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでしたイレギュラーズ。
遅れてしまい大変申し訳ございません。
ティーチャーアメリは決戦の終結後に討伐されたという証拠が届けられています。
GMコメント
そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
因縁を終わらせにいきましょう。
●参考シナリオ
下記シナリオは呼んでおくとより面白いかもしれませんが、強制ではありません。
『<オンネリネン>眠りの乙女は夢を見る』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/6765
『<ディダスカリアの門>奪われたものを求めて』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7180
『色褪せたアメジスト』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7494
『<ネメセイアの鐘>酷く狭く、そして悍ましき世界(こきょう)へ』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8812
『<ネメセイアの鐘>朋友の想いに寄り添うなら』
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/8813
●オーダー
【1】ティーチャーアメリの撃破
【2】聖獣たちの撃破
●フィールドデータ
上層に存在する聖堂の一つ。
張り巡らされたステンドグラス、
柱の高い部分、天井などには顔のない天使が描かれています。
床や人が手で触れられるような場所には天使が描かれていないあたり、
『人如きが踏みつけるのは烏滸がましい』とでもいうような傲慢さが滲みます。
床には天使の代わりに幾何学模様が散りばめられ、どこか寒々しい空気を感じます。
広大な堂内には椅子の類が一切なく、広い空間が広がっています。
なお、上層のため他のシナリオ同様、死ぬとファルマコンの贄になります。
●エネミーデータ
・『堕天の修道女』ティーチャーアメリ
元は飛行種ないし人間種と思しき魔種です。
属性は言動などから察するに傲慢と思われます。
額に角を生やし、漆黒の六翼を背に乗せた修道女を思わせる女。
深い紅は腰ほど長く、同色の宝玉を思わせる瞳は昏い輝きを放ちます。
その手には光の束を槍のようにして握っています。
聖職者然、教育者然とした言葉で取り繕っていますが、
その本性は自己保身の権化ともいえる人物です。
逃げる隙が生じれば容赦なく逃げることをまるで苦に思わないタイプです。
戦闘スタイルは神秘型です。
ステータス傾向は不明ですが、
魔種らしく、また堕天使然とした装いらしく、ゴリゴリのアタッカータイプでしょう。
光の束の槍を近接戦闘で振るう他、
それを遠距離に向けて放射して戦うスタイルのように思えます。
禍々しさを感じる光の束は以下のBSを与える可能性があります。
【火炎】系列、【痺れ】系列、【毒】系列、【足止め】系列、【呪い】
また、【追撃】、【邪道】属性も持っていると思われます。
パッシヴで【毒無効】【火炎無効】【足止無効】を持ちます。
・聖獣〔タイプ:アークエンジェル〕×4
顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような聖獣です。
成長した人間ぐらい(160~180cm前後)ほどあります。
手に大剣と大盾を持ち、白兵戦を仕掛けてきます。
【乱れ】系列、【致命】、【凍結】系列の攻撃が予測されます。
・聖獣〔タイプ:ソード・セラフィム〕×1
顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような聖獣です。
アークエンジェルとは異なり、その下半身は蛇のような姿をしています。
また6つの翼が黒炎で出来ており、黒炎の剣を両手に1本ずつ握ってます。
雷光の如き反応速度とEXA、烈火の如き物攻、神攻を持つアタッカータイプ。
基本的に近接タイプではありますが、
炎の翼から放つ炎の弾丸による遠距離戦闘も可能です。
主に【火炎】系列、【痺れ】系列、【致命】のBSを用いる他、
【邪道】【多重影】などを用います。
パッシヴで【毒無効】【火炎無効】【足止無効】【反】を持ちます。
・聖獣〔タイプ:ランス・セラフィム〕×2
顔のないつるりとした頭部を持つ、天使のような聖獣です。
アークエンジェルとは異なり、下半身は蛇のような姿をしています。
6つの翼が黒炎で出来ており、その手に先端が黒炎で出来た旗を握ってます。
旗の先端にはランスのような穂先をもちます。
雷光の如き反応速度を有します。
命中も高く、その気高さを示すように優れた防技、抵抗などを持ちます。
ランス・セラフィムは基本的に戦場の奥、祭壇付近にて旗を掲げています。
この旗が輝いている間、以下の特殊効果<堕天の御旗>が発生します。
近接範囲まで近づかれ、かつ後退できない場合、旗を槍のように使って近接戦闘を行います。
槍として運用している間、以下の効果も解除されます。
槍として運用している間、
主に【火炎】系列、【痺れ】系列、【毒】系列のBSを発動します。
その他、【追撃】、【スプラッシュ】などが考えられます。
パッシヴで【毒無効】【火炎無効】【足止無効】を持ちます。
<堕天の御旗>
毎ターン開始時、BS判定を行なう。
フィールドの『イレギュラーズ陣営』に【鬼道】【災厄】【重圧】【懊悩】を付与する。
フィールドの『敵味方問わず全ユニット』に【業炎】【猛毒】【足止】を付与する。
この効果により生じたBSは毎ターン、ターン終了時に一度解除される。
●友軍データ
・『紫水の誠剣』シンシア
アドラステイアの聖銃士を出身とするイレギュラーズです。
かつてはファウスティーナ達と同じく宣教師として子供達の勧誘活動を行っていました。
紆余曲折を経てローレットに保護され、自らの罪を償うためにもアドラステイア攻撃の流れに参戦中です。
皆さんより若干ながら力量不足ではありますが、戦力として十分程度です。
怒り付与が可能な反タンクです。抵抗型or防技型へスイッチできます。
上手く使ってあげましょう。
●聖別とは
ティーチャー・アメリが独自に行ってきた聖獣に関する実験です。
勧誘、順応、教化(教育)、選別、投薬の5段階を経て
『自ら聖獣になることを望んだ子供』を聖獣に作り変えていました。
教化過程を経た後は聖獣になる以外には聖銃士になるケースがほとんどで、
この過程の中で『子供達をティーチャーアメリへ絶大な忠誠心を持つ戦士』に育て上げています。
また、教育の内容による影響か、はたまたそれ以外の理由があるのか、
聖別により生じる聖獣は、多くの場合、顔のない天使の姿で顕現するようです。
シンシアやローレットの情報屋はその目的を『自らに従順な軍隊を作り上げる事』と推察しています。
●情報精度
このシナリオの情報精度はC-です。
信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
不測の事態を警戒して下さい。
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