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シナリオ詳細

<咬首六天>ニエンテの慟哭

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●殺人鬼ニエンテの慟哭
 ニエンテ・ニコラウスはラド・バウB級闘士――だった。
 その名前はラド・バウの闘士名鑑やファンブックにも一時期のみ掲載されていた。
 彗星の如く勝ち上がってきたラド・バウの新ヒーロー。そんな見出しに良く似合う見目の麗しい青年だった。
 二つ名に『麗剣士』と名付けられようとも気後れしないような好青年。
 勿論の事ながら『美形男子』を愛好するS級の門番(自称)も彼を気に入っていたものである。

 ――さっさとここまで上がってきなさいな。待ってるいるから。

 そんな言葉を残したものの、突如として彼は表舞台から消えた。
 その理由も男は犯罪者として投獄されたのだ。罪状は殺人である。
 鉄帝国軍人の男がスラム街の孤児を虐げていた。ニエンテはその暴虐ぶりに激昂し男の頭を掴み、地へと叩きつけたそうだ。
 その後も、抵抗する軍人に正当防衛を越えて度の過ぎた『暴力』を行ない命を奪った。
 そして鉄帝国軍に捕縛され、殺人罪として投獄されることが決定されたのだ。
 その全容を見るに心優しいだけであった。
 だが、救われた孤児は姿を消し、殺された軍人だけがその場に残されていたという状況は凄惨な殺害現場でしかなかったのだ。
 ゴシップ記事には『人を痛めつけることを快楽としていた』『合法的に誰かを殴るために闘士になった』などと語られるほどの。
 そうして、男は闘技場から姿を消して――新皇帝バルナバスの恩赦によって釈放された。

 ――ローレットのイレギュラーズが遂にラド・バウA級昇格戦に挑むぞ!
   相手はあのゲルツ・ゲブラーだ! メルティ・メーテリアも出て来たんだろ!?

 男は新皇帝派軍人達が観戦チケットを手に駆けていくことに気付いた。
 今や己のことは忘れられ新たなヒーローがラド・バウで戦っているらしい。
 ……腹が立った。そいつらも、己と同じように地に這い蹲れば良いのに。逆恨みだと分かって居た。
 だが、どうしようもなく己の中に沸き立った苛立ちと、無念を晴らしたかったのだ。
 その時、男が手にしたのはイレギュラーズの手配書と、A級昇格の一報である。


「アンタ達、お疲れ様! A級になったのね。子犬ちゃんったら、アタシにそんなに早く挑みたいワケ?」
 唇を吊り上げ笑ったビッツ・ビネガーにシラス(p3p004421)は「何時かブチ転がしてやるぜ」と返した。
「ビッツ、お祝いありがとう! コレ、何?」
「アタシのキスマーク入りハンカチ」
「……アリガトウ」
 何とも言えぬ表情をしたイグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)にビッツはウィンクを送る。
 目の前の高い壁――こと、S級闘士はコロシアムで戦っていない時は気の良いおネエさんなのだ。
『麗帝』ヴェルスが倒され新皇帝バルナバスが降臨した今でも、ラド・バウは通常運営をしている。
 それが国民の平穏と安寧に繋がると知っているからだ。この場所までもが通常運営を止めてしまえば、何処に娯楽と心の置き場を作れば良いのか。季節は急速に変化していく。鉄帝国の冬は厳しく、今年は常よりも更に酷い物になるとされている。
 食い扶持を奪い合うように囚人達や一般市民が賞金首を狙いに動いているという一報も存在しているが――ラド・バウは『A級昇格マッチ』を行ない、出来る限りの不安を払拭することに尽力していた。
 その最中である。
「……ビッツ」
 ランク戦を終えたばかりの『黒魔導』シェラ・シィラに呼びかけられてビッツは「どうしたの?」と問う。
「チケット、持ってない方が……その……あの……識ってる人、なんだけど」
「だれ?」
「ニエンテ・ニコラウス」
 神妙な表情をしたビッツは「子犬ちゃん、イグナートちゃん、いらっしゃいな」と手招いた。
 ビッツが語ったニエンテ・ニコラウスは絵に描いたような没落人生を送っていた。
 華々しいデビュー、ファンの多い闘士生活。その最中に、子供を助けたが殺人の罪に問われて投獄し全てを失った。
 そんな彼がラド・バウに何の用でやってきたのか。
 闘技場入り口に向かったビッツを目にしてニエンテは「ビッツ」と彼を呼んだ。
「お久しぶりじゃないの、ニエンテ。チケットがないと入れないわよ?」
「……入らなくて良いさ。此処で聞いてて丁度良かったよ。
 そいつらA級闘士だろ? 名前は確か――シラスとイグナートか」
「詳しいじゃない」
 腕組みをしたビッツを押し退けるようにニエンテはシラスとイグナートに詰め寄った。
「お前ら倒せば俺が強いって事の証明も、賞金も貰えるんだろ?
 場外マッチだ。ヤろうぜ。殺人鬼なんて呼ばれた俺だ。ルールも、何もかも必要ない。
 此処で強いって事を見せ付けりゃ『今の鉄帝国』じゃ認められるんだからさ!」
「ちょっと、ニエンテ!」
「邪魔するな、ビッツ。こいつらをブッ殺してやる!」
 叫んだニエンテが懐から無数のナイフを取り出した。それが彼の魔力で作られたものであると気付きシラスは身構える。
「話聞く余地もないみたいだけど、ビッツ。良いのかよ」
「一度殴って正気に戻す?」
 構えるイグナートにビッツは「そうしてちょうだいな」と呟いた。

 ――さっさとここまで上がってきなさいな。待ってるいるから。
   大丈夫よ、ニエンテ。アンタは強いもの。このビッツを倒してガイウスにまで挑むのでしょう?

 そんなことを言ったのは、もう遠い昔のことだっただろうか。

GMコメント

●成功条件
 殺人鬼ニエンテの撃破

●ロケーション
 ラド・バウ外部。チケットを持っていない観客達が周囲を取り囲んでいます。巻込まないように注意してください。
 ニエンテは形振り構っていません。最早我武者羅に自信が強いことを示そうとしています。
 また、彼の「外部マッチだ! A級に挑めるぜ!」の声に反応したように力自慢達が謎に参加してきました。

●殺人鬼ニエンテ
 元B級闘士。昇格戦の真っ最中にスラムで子供を虐げていた軍人を勢い余って殺害。
 その様子を見ていた者達が「度を超えた暴力だった」「寧ろ殺すために子供を助けた」などとあらぬ事を謂れ逮捕されました。
 彼曰く冤罪、ですが殺したのは確かです。非常に苛立っており、兎に角イレギュラーズを殺してついでに懸賞金を頂こうと考えています。
 魔力でナイフを作り戦うファイター。嘗ての闘士名鑑では「傷を負うごとに強くなる」などと書かれています。

●力自慢の男達 5名
 ニエンテの呼びかけに飛び込んできた何も知らない力自慢の男達です。
 A級に挑むぜ、とやって来ました。どうやら『ハッピーファイター』というちょっとダサめなチーム名でラド・バウチャレンジをして居るそうです。
 非常に連携がとれている筋骨隆々な屈強な男達です。ラド・バウB級以上の闘士には憧れを抱いています。
 チャレンジできるなんてとってもハッピー!!!

●NPC『ビッツ・ビネガー』
 何とも言えない表情で見ています。ニエンテとは嘗ての知り合いであったため、彼のある意味で変わり果てた様子に唖然としているようです。

●特殊ドロップ『闘争信望』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
 闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
 https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran

  • <咬首六天>ニエンテの慟哭完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年12月26日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
セララ(p3p000273)
魔法騎士
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
ロゼット=テイ(p3p004150)
砂漠に燈る智恵
シラス(p3p004421)
超える者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

リプレイ


 眩い光のようだった。広々としたアリーナは、熱狂の渦の中心にありながらも喧噪さえ忘れたかの様に静けさだけが漂っていた。
 そう感じたのはニエンテ・ニコラウスがそれだけこの大舞台を愛していたからだ。
 幼少期からラド・バウに憧れた。兄弟の数が多く、満足に食えない毎日であったがその夢だけで男はやって来た。
 ランクマッチを勝ち上がった日の母の涙に、投獄されると決まった日の「嘘だ」と泣いた弟の顔だけが今も脳裏にこびり付く――この状況だ、彼等はもう生きていないだろうか。

 そんな諦観が男を『場外マッチ』に駆り立てた。眼前のA級闘士達は皆、ラド・バウらしく個性的にも思える。
 ラド・バウA級闘士としてその名を連ねるのは『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)や『魔法騎士』セララ(p3p000273)といった一見すれば愛らしい女性陣、そしてニエンテが最初に目を付けた『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)や『竜剣』シラス(p3p004421)である。
「……どうにもワケありって雰囲気ね」
 ぴんと背丈を伸ばした『凛気』ゼファー(p3p007625)。何の特別でもないと己を称する女は乗り越えてきた壁の一つをも名乗り上げることもなく後方のシラスやイグナートを視線で示した。
「だけど、ブン殴ったほうが色々早そうなタイプみたいですし、そういう意味では安心じゃない? 何せ、そういうのが得意な連中が今日は多いですからねえ」
 訳あり。それはビッツ達の反応を見るだけで良く分かる――だが『心より鉄帝国』なイグナートはぱしりと拳を打ち合わせゼファーの視線に応えて快活に笑って見せた。
「何があったのかはワカラナイけれど、ショウブを挑まれたら受けるのがゼシュテルの流儀だ! やってやろうじゃないか!」」
「それでこそ、ラド・バウだ」
 頷くニエンテの背後で『ハッピーファイター』と名乗る明るい男達が「そうだそうだ!」「その意気だぜ!」「闘争だー!」と騒ぎ立て居る。
「お祭り騒ぎだな」
 笑うシラスに「ラド・バウらしい」と頷いたのは『砂漠に燈る智恵』ロゼット=テイ(p3p004150)。
「A級闘士はある種、ラド・バウの象徴のようなものともいえる。それ以上になれば歩くラド・バウか?
 まあ、そう考えれば今回のような事件に繋がるのも不思議では無いのだろうな、と。この者としては仲間をターゲットにされるのは困るのだけど」
 そもそもラド・バウというのはそういうものなのだろう。鉄帝が武こそを誉れだと考えているのならば、こういう挑戦を受けるのもある種の義務であるのだろ。
「――と、いうか、こういうどんちゃん騒ぎみたいなのなら良いよね。
 最近鉄帝塞ぎ込むことばっかなので、元気を出してほしいよねって思うところ、楽しく血を流そうね」
 あっけらかんと言ってみせるロゼットに「そうだな、ハッピーにいこうぜ!」と事情も把握していない『ハッピーファイター』達が騒ぎ出す。
 その様子を真っ向から眺めているニエンテは何とも言えぬ表情を浮かべていた。彼についてはビッツがある程度話してくれた。
 冤罪『だったと思う』と。孤児を助けた青年は殺人罪で投獄されたという。そうしてラド・バウ闘士である事さえ追われた青年は梲が上がらぬ毎日に嫌気を差してやってきたのだろうか)
(……ニエンテさんの過去の顛末が冤罪であったのなら、ゴシップを掻き立てた人たちはあまりにも無責任だよ、ひどすぎる)
 悔しげに『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は歯噛みした。目の前の青年がシラスやイグナートに向ける羨望が、何よりもそう思わずには居られないのだ。
「過去は変えられないけど――今なら」
「ああ。今なら『戦う』事で何か変わるかも知れないな」
 先ずは胸を張った『ラド・バウB級闘士』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)。
「外部マッチョ……違った、外部マッチだった。すまない、俺の賞金は低い。戦闘力も高くはない。物足りないだろうが、前座という事でひとつ」
 そう口にしたのはニエンテがB級闘士であったという経歴があったからだ懸賞金騒ぎに託けてやって来た彼が求めている『もの』が何かをアーマデルは本能的に察知したのかもしれなかった。


「待て、ハッピー達。この先には攻撃しない、そして観客は踏み込まない。いいか?」
 地面に線を一本引いたアーマデルにニエンテは「そうしよう」と頷いた。勿論、共に居たハッピーファイター達も同意している。
「投獄中何があったのか知りませんが、腐ってしまっては救われもしないですよ。
 ……まあ、誰も彼も強くあり続けることは出来ないのかもしれませんが」
 肩を竦めたシフォリィにの頭へとぽすんと乗せられたビッツの掌は骨張っている。不思議そうに見上げる彼女へとビッツは肩を竦めてから「ラド・バウって結構人気商売な所あるのよねぇ」とアリーナでは嫌われ者の青年は嘆息した。
「……そっか。そう、だよね」
 セララはドーナツを囓り呟いた。国民の娯楽である以上、後ろ暗い事情を持つ者は嫌煙されやすいのか。
「この者はニエンテに関してはおおっぴらに闘士として再スタートしてしまえばと思うのに。
 娑婆の身でも難しい? D級からやり直してもビッツさんは待っててくれるでしょう?」
「まあ、待って入られるでしょうけどね。ほら、いってらっしゃいなロゼットちゃん」
 背を叩いたビッツに小さく頷いてからロゼットの山刀が僅かな色彩を帯びた。戦いの神を宿すかの如き赤き光が一度、雫のように滴ってからハッピーすぎる闘士達を呼び寄せる。
 誘いは戦いの始まり、それだけで良い。鼓動はゴングとなって言葉なくとも刃交える理由となった。
「気をつけてね、シラス君!」
「ああ、アレクシアも」
 一言のみで良かった。A級闘士と戦いたいと願ったニエンテは『ランクマッチ』の積もりなのだろうか。そんなことを考えながらもアレクシアの握ったヴィリディフローラは漆黒に染まった。黒き花弁が宿したのは汚泥。それらは闘士達を飲み込まんと濁流と化す。
「いけいけー! 戦え―!」
「アンタ達は……うん。殴ったほうが早そうな顔ばっかりで助かるわ!
 ハッピーよりもマッスルとか名乗ったほうが多分似合うわよ、アンタ達」
 見た目は屈強でテンションも『ハッピー』過ぎる相手だが技があるのも何となく腹が立つとゼファーはぼやいた。油断して良い相手ではなさそうだ。
 前線へと飛び出せば、その一歩こそが蝶の羽ばたき。可能性が花開くように野生の本能が掻き立てられる。
「マッスルはハッピーと同義だろうが!」
「――言うと思った」
 呟いて、放った渾身の一撃に闘士の一人が地へと叩きつけられる。屈強な男を地へと叩きつける美しい女戦士だとハッピーな闘士達が騒ぎ始める。
 褒められて喜ぶべきか、謎の実況が起っていることに呆れるべきか。何にせよニエンテは『面白い仲間』を連れて遣ってきた辺り、本当に腐りきっているわけでは無さそうだ。
 真っ向から殴り合うことをアーマデルは苦手としている。アレクシアやゼファー、ロゼットが引き寄せる闘士達へと彼が響かせたのは未練の音色。
 焦燥の響きが変幻自在にダナブトゥバンが振動した。蛇の尾に絡め取られるように脚を掬われた闘士が「おおう」と獣の様に叫ぶ。
「負けてられねぇ!」
「元気いっぱいですね?」
 一人が崩れれば連携は崩れやすい。それが目に見えて明らかだとシフォリィの闇夜の刃が男達へと迫った。焔片が苛烈にも咲き誇る。
 天をも破する一撃、ついで乙女はくるりと身を捻る。闘士の一撃を避けて一突きより放たれたのは咲き乱れる極小の炎乱。アルテロンドの『ワビサビのサホー』は攻撃へと転ずる武術の発展の形。
「元気な方が楽しいよね!」
 にっこりと笑ったセララのラグナロクは新たな未来を切り拓くが如く鮮やかな光を湛えた。『翼』はその背に、そして爆発的な勢いで闘士へと距離を詰める。
「元気だからこそハッピーな戦いができるもんでね! あ、あとでサイン下さい!」
「えっ、あ、分かった!」
 にっこりと笑ったセララに満足げなハッピーファイターは勢い良く地面に叩きつけられて動きを止めた。


「……凄いトモダチだね」
 まじまじと様子を眺めていたイグナートに「闘士になりたいんだそうだ」とニエンテは言った。
「一人一人はそれ程強くなくてチームでの戦いを意識してる。ラド・バウは個人戦が中心だからどうしても目立たないけどな」
「そうか。それで『楽しいA級達とのマッチ』に連れて来てやったんだ」
 シラスにニエンテは「まあ」と小さく零した。A級を狙ってやって来たという彼を相手にするイグナートとシラスは「気をつけていこうぜ」と言った。
 Bクラス以上の試合の観客はそれなりに何が起るか分かって居る。チケットを得ている者達は闘士達の激戦を承知した上でラド・バウも魔力障壁を張る事が多い。だが、今は唯の一般人達が多いのだ。
「……なあ、ニエンテ。例えば俺の背後に観客がいてもお前は戦いならば構わずナイフを投げるだろう?
 その時は避けずに何とかするしかない。格好良く打ち落としたいが、最悪でも体を張って受け止める。
 そんな戦い方を心掛ける――場外でもそれがプロの闘士ってものだろう、ビッツ?」
 敢てビッツにシラスが問い掛けたのは己がA級闘士であると言う意識をより強くする為であり――ニエンテを試す意味合いもあった。
「ビッツさん」
「……なあに、ニエンテ」
 困り顔のビッツは『子犬ちゃん』と『闘技マニア君』の傍から動かない。何時の日か、可愛いと愛でたニエンテの窶れた姿に心を痛ませるように。
「俺のナイフが、観客を傷付ける前に打ち落としてくれ。我儘で済まない」
「娑婆に出たばっかのアンタに気遣い求めないわよ。子犬ちゃんも闘技マニア君もアタシをこき使うことになるんだから『お代』楽しみにしてるわよ!」
 勝手に話が進んだとシラスとイグナートは顔を見合わせるが、それは構わない。
 イグナートは「いくよ!」と勢い良く地面を蹴った。肉体を鋼の如く硬くせよ。鉄火仙流の秘術が青年を戦へと掻き立てる。
 鉄騎の拳がニエンテへと叩きつけられた。――絶招・雷吼拳! 叫ぶそれだけでチケットさえ得ぬ者達の歓声が上がる。
 拳を受け止めたのは魔力で作り上げられたナイフ。その色彩こそ美しく『麗剣士』の名は伊達では無い。
「ッ、はァッ!」
「どうにも怒りで濁ったナイフ捌きだね。そのままじゃ魚も捌けなさそうだ。その刃、研いであげるからかかって来なよ!」
 にい、と唇を吊り上げる。勇気と覚悟。背負う事が出来た者の強さは馬鹿には出来まい。防御を固めニエンテのナイフを受け止めるだけ。
(受け止めたナイフの重さからしても、ビッツが知ってたヤツだって事もあるし……
 単純にやり合えばA級成り立てのオレたちと五分くらいなのかな? でもまあ、闘うことを楽しめなくなったら闘士は失格だよね!)
 血が流れたとしてもそれが闘技の楽しみだ。被るダメージは事故で回復しながら、時間を掛けて粘り続ける。
 シラスはイグナートを支え、仲間達が合流する機会を待った。ニエンテが有利に見せかけて、一気に畳みかけるのだ。
 逆境を越え、そこから戦いを見せ付ける。殺さないほどの手加減などして居る暇など無いが、彼程になればニエンテは死なないだろうとシラスは本当的に理解していた。
「本当ならフェアじゃない。だが、これは『ルール外』だろ?
 路上で挑まれるなんて珍しくもない。俺も散々やった。何の問題もねえよ――でも次は1対1な?」
「ハッピーファイター達を伸しといてよく言うぜ」
 唇を吊り上げたニエンテに「燻ってる奴が言うことでもないけどな」とシラスは笑った。
「そうだよ! 楽しみなよ! こんなイイ闘いが出来るんだから楽しまなきゃソンだ!
 命を奪うのがモクテキじゃなくて、単純に目の前の相手を超えることを楽しむのが闘士の闘い方だろ!」
 ――だからこそ、泥臭く戦え。それが青年を掻き立てるはずだから。
 イグナートは揶揄うように笑って拳を固める。『馬鹿みたいな噂』なんて関係ないと思えるほどに、彼は強い。
 それこそ、もう一度真面目に向かい観客が許してくれるならばA級戦で彼と拳を打ち合わせる可能性さえ感じられるほどだから。
「なあ、『お前を倒す前に』言っておきたいことがある。
 賞金なんて狙わなくてもやり直せるんじゃないか? 子供を助けたかったんだろう?
 軍人の横暴が許せなかったんだろう? ――闘士ニエンテをもう一度取り戻せよ。俺達が此処でお前が無罪だって証明してやるよ」
 この場の誰もが証人となるように、闘士ニエンテ・ニコラウスを目覚めさせるのだ。
「ハッピー、ラッキー、前向きなのは嫌いじゃあないわ。其れは其れとして……暑苦しいわ!」
 ゼファーが『倒した』相手にそういえばオーディエンスは手を叩いて喜んだ。まるで見世物だが、それも現状では悪くは無いか。
 倒れたハッピーファイター達を超えて、ニエンテに向けて飛び込んだのはシフォリィの一閃。
「さあ、ルールはないんでしょう?」
「ッ――ああ!」
 アーマデルの搦め手に足を止めるニエンテを留めるべくセララの剣が真っ直ぐに叩き込まれる。ぶつかり合った音、その感覚で強者である事が分かる。
「逆境は跳ね返してこそ、ここからが『カッコイイ』だろ!」
「……同意するよ」
 ニエンテがフランクに笑えばシラスは大きく頷いた。アレクシアの花が咲き誇り、ゼファーが眼前に迫る。
「さ、フィナーレよ、おにーさん?」


「ニエンテ殿は高温で燃え続ける薪のようなスタイルだろう?
 子供を救おうとしたその気概は決して間違っていないと、俺は思う。
 必要なのは気持ちのコントロール、その瞬間に必要な『加減』を見極める平らかな戦意。
 熱くなっても芯は冷静であれ……それが出来ればあんたは確実に、更に強くなる……搦手が苦手そうなタイプでちょっと心配だぞ」
 逆にその熱量が羨ましいと告げたアーマデルにニエンテは「加減が中々な」と呟いた。
「もしこの先に行く宛がないなら、ラドバウに少し協力してくれないかな?
 ……あなたの過去の真偽について、私たちは正確なことはわからない。
 でも、私はあなたがただ力を振るいたかっただけじゃないって思ってる……だってそもそもそんな人なら、こんな形で挑んでこないでしょ」
 アレクシアの問い掛けに、ニエンテは目を見開いた。確かに、わざわざビッツまで立ち会わせれば勝ち目などない。それならばより狡猾に、それこそ『A級闘士』に拘らず賞金を得れば良いだけである。
「過去は変えられない。でも、未来はいくらでも道はある……あなたが昔守ろうとしたものを、もう一度守ってほしいんだ」
「だが――」
「だが、じゃないわよ」
 呆れた様子で笑ったゼファーがだらりと腕を降ろして俯いたニエンテの肩を叩いた。
「やれ、ショーだと勘違いされてる節がありますけど、此れは此れで後腐れが無さそうで悪くないわ。
 今日、此処で起きてること。ぜーんぶギャラリーが見てますからね。
 主張したいことがあるなら、腕っぷしだけじゃなくて言葉も使って良いのよ。ナイフのお兄さん?」
「だが……」
「また『だが』っていった!」
 セララは笑ってからオーディエンスに言い聞かせるように声を張った。
「見ず知らずの子供を助けるような人が殺人をするなんて考えにくいよ。
 ニエンテさんの主張は冤罪だったよね。ニエンテさんは罪を着せられたんじゃないの? 真実を話して欲しい。ボクはニエンテさんの言葉を信じるよ」
 ざわざわと空気が立った。セララが言うのだ。A級闘士として名を売るイレギュラーズ達は注目の的だ。
「彼のやった事は過剰ではありますが、他者の為に行った事。だったら自分は救ったと堂々としていればいい。
 別に今の皇帝がしたことを肯定するわけじゃないですが、折角解放されたのに何暴れまわってるんですか。
 解放されたのなら自由なんですから、戦うべき場所で自由に挑めばいいでしょう。今の鉄帝にルールはないんでしょう?
 こんな所でくすぶるくらいなら、思いっきり闘技場でぶちのめされなさい! ね?」
 シフォリィが手を差し伸べれば、ニエンテは唇を噛んでから言った。
「不可抗力だ。手を離せば子供の首を折られてた」
「そうだね……軍人さんと争ってでも子供を助けるなんて、誰にでもできる事じゃない。ボクは尊敬するよ。
 人助けをしたのに牢に入れられたのは辛かったと思う。理不尽だったと感じたと思う。でもね、それでも自暴自棄にならず、前を向いて欲しいんだ。
 子供を助けたときの優しい心。それを思い出して欲しい。そして、またラド・バウで闘士として活躍して欲しい。
 ニエンテさん、こんなに強くてかっこいいんだもの。失ったものもきっと取り戻せるよ――ビッツもそう思うでしょ。ね?」
 話を振られ、ビッツは「え!?」と叫んだがセララに「勿論よ、魔法少女ちゃん」と嬉しそうに微笑みかけた。
 ニエンテは俯きながらもイグナートとシラスに「有り難う」と呟いた。彼の様子に嬉しそうに笑ったビッツが「子犬ちゃん面倒見てやりなさいよ」と揶揄った事は群衆達の間で噂となるだろう。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)[重傷]
黒撃
ロゼット=テイ(p3p004150)[重傷]
砂漠に燈る智恵

あとがき

 お疲れ様でした。いつか皆さんがニエンテをひっぱりあげてあげてくださいね。

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