シナリオ詳細
<Backdoor>Lost city - Astrological:01
オープニング
●
――電脳廃棄都市ORphan(Other R.O.O phantom)。
積み上げられたバグはR.O.Oの底にこびり付くようにして溜まり続けた。本来ならば存在し得ない消去されるはずであったそれは無数に積み重なりバグによるコミュニティを形成した。
ある者に言わせれば無法地帯。またある者に言わせれば救いの地。サイバー九龍城の名をほしい儘にしたデータの蓄積廃棄場。因果も謂れも存在せず、どうしたことか蓄積されてR.O.O世界には存在し得ぬ住民達の巣窟となっていた。
フィールド設定の際に使用されたテストデータ。テストサーバで稼働していたワールド設定。其れ等は一度はサーバー上から消去されネクストによって上書きされた筈であった――だが、それはマザーも観測し得ない領域に残ってしまったのだ。
斯うして積み重なったデータは『電脳廃棄都市』と呼ばれるに相応しいだけの量を誇る。
冷蔵庫の扉から、地底遺跡から、ダンジョンの宝箱から。何処からともなく此の土地に入り込む事の出来る者達は知るだろう。
『ゲーム仕掛け』の『Project:IDEA』Rapid Origin Onlineにも別の顔があることを。
――実績解放『電脳廃棄都市ORphanにて発見されたBuggy Programに名称が付与されました!』
名称:境界<ロストシティ>
効果:境界深度上昇
「境界深度って知ってる?」
イレギュラーズの姿に気づき、声を掛けたのはパラディーゾ『クオリア』であった。
他者の旋律を読み取る能力に長けている彼女はパラディーゾ達の中でも外向きの活動を行う事が多い。外部情報を利用し、情報屋として活動して居るのだ。
「R.O.Oには関係ない言葉だけれど、境界<ロストシティ>に潜ったこと、それからアイツの言うことである程度分かったことがある」
「あ、アイツって」
「ビビんないでよ」
ひ、と肩を竦めたのは黒髪の『高校生』だ。引き攣った笑顔を浮かべて「うっすちっす、その、越智内っす」と俯き加減で彼は挨拶をする。
R.O.Oが作り出したNPCである越智内 定はイベントを引き起こせないことで一度廃棄されたデータであったが何の因果かORphanにて再構築されてしまったのだという。だからだろう、彼は自分がバグでNPCで此処がゲームであると認識していた。
「『外』に存在する果ての迷宮……。その中の境界図書館は異世界を干渉する事が出来るじゃないっすか。
その、異世界にORphanからも行けるらしいっす。パラメータ、見えると思うんだけどさ、これ……ほら」
境界深度と書かれたパラメーターが宙に浮かび上がる。どうやら各自がステータスを確認出来るのと同様にイベントフラグとして其れに触れている間は確認出来るという事だろう。
「この境界深度は『ライブノベル』にイレギュラーズが活動した結果……みたいな、まあ、そんな感じで。それとR.O.Oが繋がったって感じなんすね」
「つまりは『R.O.OのバグエリアであるORphanからも異世界に渡ることが出来る』って事よ。
境界深度がエラーコードで構築された異世界へのパスになっている。まあ、困ったことに『本当にその世界に影響を与える』らしいの」
クオリアに定は「困ったことだよね」と呟いた。異世界だからと好き勝手に動くことは出来やしない。その結果はダイレクトに世界に影響を及ぼし――異世界を消滅させることだって易いのだ。
「ですが、本当に影響を及ぼしているかは私達も確認は出来ません」
背後で話しを接いだのは本に埋もれるように座っていたパラディーゾ『ビブリオフォリア』であった。
所々のデータの『つなぎ』が甘いのは彼女の死期が迫っているからなのだろう。データの損傷と欠落が激しく、バグを浄化するシステムの影響を多大に受けていることが分かる。ビブリオフォリアを除く三人のパラディーゾは彼女が境界<ロストシティ>で入手したジェーン・ドゥの花の効能もあり『特殊な事例』である為に難を逃れているようだがビブリオフォリアはそうは行くまい。
「それでも、私達はあの世界に渡りたいと考えています。
私の知的好奇心を満たすだけではありません。……友人の願いがあるのです。もうすぐ朽ちる身ならば、手伝うことは本望でしょう?」
「ま、あたし事態もそうよ。仲間が望んでるんですもの。渡ってみたいとは考えているわ」
それがパラディーゾ達の『希望』なのだという。
――さて、本当に外部世界と呼ぶべき世界に影響を及ぼすことが出来るのか。
これは『境界図書館』の館長を務めるクレカにとっても興味深いことであった。
彼女の助手である境界案内人のポルックス&カストルは「僕(私)の世界を滅びから救ってくれるの?」と期待を込めた眼差しで見ている。
ここで、クレカの言葉を抜粋しよう。
『境界は不安定なものだから、何時其れが滲み出してくるかは分からない。
旅人が召喚されたように。異世界からの侵攻がないとは言えない。来るべき存在を未然に防げるなら……。
その為にはR.O.Oでの境界<ロストシティ>からの影響がどれ程に本来の異世界に影響を及ぼすのかを確認しておかなきゃならないね』
●
「列車の乗車券はお持ちですか?」
境界<ロストシティ>に繋がっている桐箪笥の前でパラディーゾ『星巫女』はそう声を掛けた。
星への信仰心の薄い娘は何処か退廃的で草臥れた雰囲気に身を寄せている。その傍らでは急いた様に桐箪笥を眺めるパラディーゾ『影歩き』の姿があった。
「此れより向かうのは列星十二宮(サイン・エレメント)です。
巨蟹宮から天秤宮までの列車が出ていますが、往復チケットのみしかありませんから一度降りれば帰りの便にしか乗れません。
どこか一カ所ずつを分担しましょう。最も、影歩きは……」
「ワタクシは『邪神』が向かおうとしている天秤宮に参ります」
芯の通った声音で告げた影歩きに星巫女は「あくまでも希望ですから、皆様にお任せしますよ」と続けた。
「判断を委ねるのは私達は私達の目的で動いているだけ。本当に『異世界に影響が有った場合はR.O.Oは関係がありません』から」
「そうか。そう考えるんだね星屑達は」
星屑と声を掛けられた影歩きは眉を吊り上げてから「タハト・タラト」とその名を呼んだ。
ORphanには幾つかの冒険者ギルドが存在している。ギルドとは名ばかりの酒場や薬の横行する場所でもあるのだが――ギルド『崩れる蛇頭亭』に所属するタハトの目的は知的好奇心を満たす事である。詰まり、彼は境界<ロストシティ>の調査を第一に考え活動して居るのだ。
「こんにちは、タハトだよ。境界<ロストシティ>に渡るんだろう? 一緒に連れて行ってよ。
一応、調査はしてある。
巨蟹宮の大きな蟹は生物を司る水に生きているから『境界深度の事は詳しい』みたいだよ。
うまく関わることが出来ればリアルで彼にもう一度謁見すればその影響度を識る事が出来るかもね。
獅子宮の獅子はどうだろう。『ほしのまもの』に詳しいみたいだ。
処女宮の乙女は……良く分からないけれど、天秤宮の試練を乗り越えた者を受け入れるつもりみたいだね」
星巫女はタハトに「やけに詳しいのですね」とだけ告げた。
「それらの宮には『ほしのまもの』と呼ばれる、列星十二宮を『破壊してしまう存在』のかけらが住んでいます。
ほしのまもの、と呼ばれたそれらを殺す事で、その力を削ぐことが出来るでしょう」
「ほしのまもの」
ぎり、と影歩きが唇を噛んだ。
「ワタクシは邪神と呼ばれる存在を追っています。それが『ほしのまもの』を喰らおうとしているのです。
……其れを阻止せねば。邪神が力を取り戻しORphanを、パラディーゾを破壊しR.O.Oに再度の危機をもたらそうとするのならば」
マザーの体を蝕むコンピュータウィルスの再来になると影歩きは苛立ったように告げた。
「……さあ、列車が出てしまいます。行きましょう。星を巡り、世界の命運を変えるために」
●
「チーーッス、チッスチッス、いやあ、探しましたよ? 探したのになあ、冷たいなあ」
束ねた金の髪に紅色の眸の少女は列車を待っている女の背中に声を掛けた。
振り向いた女――『邪神』は「ルル」と少女の名を呼ぶ。
「はい。ルル・シャドウちゃんですよーっと。いやはや、拙者を置いていくなんて冷たいじゃないですか。
邪神仲間ですよ? ほしのまもの、食べたいんですよね。食べてどうなりたいんですっけ?」
「……此処から出たいと言えば?」
「境界<ロストシティ>で力をつけて現実に滲み出る事が出来れば、最高ですよね。
ルル・シャドウちゃんもそうしましょうかね! 今は只のORphanの都市伝説ですから」
饒舌な少女――『邪神』ルル・シャドウに『邪神』は目を伏せた。ヴィオと呼びかけられた彼女はその名を名乗ることはしない。
その名前は本来の体の持ち主の名であるからだ。名付けられたこともなければ、名乗り上げたこともない。
故に邪神としか呼ばれたことのない女はルル・シャドウにその名を呼ばれる度に妙な心地に陥るのだ。
「じゃあ、拙者も手伝いましょう! 邪神仲間の為ですから。
誰を殺せば良い? 影歩き殿? 星巫女殿? クオリア殿? あ、ビブリオフォリア殿とか狙い目ですよね。
くく、もう『消えそう』ですもんね。ヴィオが望む相手なら殺しますよ。イレギュラーズでも」
にんまりと笑った彼女にさしたる興味持たずに邪神は「果てへ向かいましょう」と列車を見遣った。
イレギュラーズ達より便を一つ早めて『天秤宮』へと向かう。試練は容易にクリア出来る自身があった。
問題は『乙女』に門を開けさせることだ。だが――イレギュラーズは開けることが出来るだろう。
……どうせ、『ほしのまもの』を殺さねばこの異世界は消滅するのだから。
一つの世界が消滅する恐ろしさを、イレギュラーズ達は知っているだろうか?
――わたしは、生きていたかった!
ああ、そうでしょうとも。ジェーン・ドゥ!
貴方の世界は『可能性』と『滅び』が鬩ぎ合った混沌に飲まれ、消えてしまったのですから!
――昨日になんて戻れないわ。だって、昨日と今日の私は別人だもの。
そうして消えていった貴女のように、ワタクシは消えたくはないのだから。
- <Backdoor>Lost city - Astrological:01完了
- GM名夏あかね
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2023年01月02日 22時05分
- 参加人数20/20人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 20 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(20人)
リプレイ
●列車
相も変わらず、不可思議な場所からそれは繋がっている。
桐箪笥の扉を開いた星巫女が誘った境界<ロストシティ>の先に――美しい星芒が瞬いた。
その場所は列星十二宮(サイン・エレメント)と呼ばれる異世界だ。混沌世界から見れば外に当たり、境界図書館からの接続を試し見ることの出来る物語(せかい)の一つ。
境界案内人(ホライゾンシーカー)であったポルックスやカストルの故郷へとR.O.Oは境界深度をパスにして渡ることが出来るのだそうだ。
「境界図書館とORphan、そのどちらからも異世界に渡れるってか。となると、その二つには何らかの共通点があると見るのが妥当なのだろうが……」
『Lightning-Magus』Teth=Steiner(p3x002831)は未だ未だ情報が足りないとぼやいた。
「境界<ロストシティ>から影響を与えた世界に、後で境界図書館側から入ってみるってのも面白そうだが。まぁ、その辺は後で考えるべきか。今は、目の前の事を解決しねーとな!」
頷いたのは『貧乏籤』回言世界(p3x007315)。境界世界について尽きぬ興味を抱く者だ。
「はてさて、こっちの方は今までほぼノータッチだったが、境界世界が関係あるのならばむざむざと見過すこともないだろう。
ここから異世界に干渉できるというのは驚くに値しないが、今まで他では得られなかった情報が得られる可能性は高い。
兎にも角にも情報収集と行こうじゃないか。万が一でも何かが得られたならばそれはそれで僥倖だ」
回言世界の興味を擽ったのは現実世界とのリンクそのものだった。
「実に不可思議で、欲求を擽る場所だとは思いませんか」
微笑んで見せたのはビブリオフォリア。 『物語の娘』ドウ(p3x000172)と瓜二つである彼女のデータは今にも崩れ落ちそうな不安を感じさせる。
それでも彼女はやって来た。同族と呼ぶべきパラディーゾ達の目的を真に果たす手伝いをする為に。まるで未だ見ぬ物語を追い求めるかのような様子でさえある。
(同族のために自らを省みず動くビブリオフィリアの姿は少し誇らしくあり、でもやはり物悲しいです。
ジェーン・ドゥは……何処まで考えていたのでしょう。何が見えていたのでしょう)
ドウは考える。色彩の抜け落ちた娘は朗らかに笑い、最後は花咲くように消えていった。彼女が何を考えていたのか迄は分からない。それでも。
「……手、握っても良いですか?」
まだ、そこにビブリオフォリアが――自身から飛び出したような半身が居る事だけを確かめていたかった。
「はい。手を繋いでいきましょう。私も、少し不安なのです。
何時か消えてしまう命であれど、それがもう少し後であればと願ってしまう愚かしさを感じていますから」
死にたくないと叫ぶ『母』のような、それを愚かしさと呼ぶならば彼女達はどうして此処に生まれて来たのだろうか。
「異世界に渡るってーと、今だと天義のあたりで発生してるワールドイーターの事件を思い出すナ」
死んだ筈の者達が復活すると言われると月光人形を思い出す。だが、R.O.OのNPCによる侵食が頭に過るのだと 『雷陣を纏い』桃花(p3x000016)は告げた。
「ヒイズルん時も侵食があったシ、面倒事ってのはツキネーもんだナ」
「せやなあ。なんや、ほしのまものに異世界への影響、それにパラディーゾ達の今後。まだまだ問題は山積みやなぁ。
中身は違うても、見た目がおんなじなら放っておくのは寝覚めが悪い。それに前回、前に進むって言ったわけやし、今回も気張って行こうか」
肩を竦めてから到着した列車へと踏み入れた 『根性、見せたれや』入江・星(p3x008000)は周囲を見回した。古めかしい木造ボギー式客車。
並ぶ客席には青色の布が張られている。星の視線の先には星巫女の姿があった。彼女は「自由に腰掛けて下さい」と声を掛ける。
「にゃーっはっはっは! 列車がでておるからノリで乗ってしまったが……はて、これは何処へ向かっておるのかのう?」
地を這うような不可思議な粘土細工を思わせる車掌にチケットを確認されながら 『雪風』玲(p3x006862)はこてりと首を傾げる。
「説明聞いてなかったの?」
「いいや、聞いて居った!」
「分かってないじゃないの」
こつんと玲の額に拳骨を軽く当てたクオリアが嘆息する。そうしていれば現実世界で目にした事のあるリア・クォーツそのものを思わせるのだと 『いとしき声』P.P.(p3x004937)は遠巻きに感じていた。
もしも彼女が『自分』なら、どうせ何かを為すことは無い。けれど――客車の端に座った影歩きはどうだろうか。そして、彼女を気にする 『himechan』空梅雨(p3x007470)の事だって気に掛かる。
(ああ、誰が誰なのか『クオリア』さえあれば分かるってのに――)
皮肉な事に現実では苦しめられたそれが、今は何とも恋しかった。
まるで仮面舞踏会だ。他の誰かになりきって、目的も何もかもが分からぬ者達を追掛ける。瞬きの一つさえ、躊躇うようなその空間。 『ご安全に!プリンセス』現場・ネイコ(p3x008689)の隣に腰掛けてから 『プリンセスセレナーデ』指差・ヨシカ(p3x009033)は「もう訳がわからないわね」とぼやいた。
「そうだね。あ、ねえ、こっちのジョーさんはアッチのジョーさんとは違って戦えたりはしないんだから、ヨシカさんが確り守ってあげてね?」
「アッチのジョーさんも戦えないと思うけど、ネイコちゃん」
唇を尖らせたヨシカは「本当に分からない」と呟いた。
「ROOですら現代人の私からしたら埒外の技術なのに、なに? 異世界のデータを集積したら? その世界へ行ける様になりました?
もう不可能はないと言っている様に聞こえるのだけれど?
それが出来るのであれば、境界世界の扉を開いて混沌に来る事すら可能な様に思えて来るわ」
「でも『戻れない』」
そう呟いたのはネイコとヨシカの前に座っていた『こっちのジョーさん』こと越智内 定であった。
確かにR.O.Oを作った練達三塔の悲願は元世界への回帰だ。境界世界から向かう事が出来ても世界の強制力は『その世界に帰還することは許さない』のだろう。此の辺りはルーリングをもう少し確認しておくべきなのかも知れない、が。
ヨシカが一番気になったのは――
「なんで着いてきたの? あなた」
「え」
定だった。戦えもしない、死ぬ事だって怖いだろう『自分』。ほしのまものを察知する彼は、どうしてか付いて来た。
黙りこくった少年にヨシカは深く嘆息してから目を逸らす。精々役に立ちなさいとぼやき自分を見詰めれば、どうせ女子が怖いくらいに思って居ることだろう――なんてうらぶれた自分を卑下するように視線を落として。
「いやァ、前回切符貰えてたからねェ。呼ばれる時を心待ちにしていたヨ」
座席に腰掛けてから 『屋上の約束』アイ(p3x000277)は唇を吊り上げて笑った。
「しかし境界深度が関係してるとハ……盲点だったねェ。流石はProject:IDEA、この世界は何時も不思議でいっぱいだヨ」
世界を観測するために作られたR.O.O。観測地点より、分岐してゲームめかしたこの場所で『現実』とのリンクを識る事が出来たなら。
その時になって気付くのだろう。
別たれた未来は『どちらが』正解だったのだろう、と。
●巨蟹宮I
――鋏が鋭く前髪を擦った。
「どうやら巨蟹殿は随分と好戦的なようじゃの、いや排他的なのか?
まぁ良い、どのみち対話する為には落ち着いて貰わねばならんからのう」
むうと唇を尖らせたのは 『うどんの神』天狐(p3x009798)。超リヤカーうどん屋台『麺狐亭』を曳きながら彼女は遙々、巨蟹宮へとやって来た。
宮殿の入り口から踏み入れれば何処までも続く真っ青な海が広がっている。底知れぬ水、それこそが巨蟹宮そのものである。
「どれ程の力量があるのかは知らぬが、やるしかあるまい。
イノリや終焉獣共よりは幾分かマシじゃろうからの。……あぁそうか、あれからもう1年も経ったのじゃな」
懐かしいと目を細めれば 『絶対妹黙示録』ルージュ(p3x009532)が息を呑んだ。一輪の花が咲いたあの美しさをルージュは覚えて射る。
(アリスねーが消えて、おれの物語も終わったと思ってたけど。……まだ、おれにできる事があるなら。
アリスねーが残したパラディーゾのねーちゃん達のためになる『道』があるなら。もう少しだけ、その道を探してみようとおもうぜ、アリスねー)
妹であるからには『姉』の物語の先を見てみたかった。彼女が残して逝ったパラディーゾ達が、どの様な未来に辿り着くのかを。
ルージュは見定め、彼女に伝えてやらねばならないのだ。タハト・タラトと共にやって来た 『アルコ空団“輝翼”』九重ツルギ(p3x007105)と 『夜告鳥の幻影』イズル(p3x008599)とてその様に感じている。
「タハトさん、良ければキミも一緒に巨蟹宮へ行かない?
パラディーゾの事が気になってるようだけれど、キミの能力を活かせるのはこちらかな、と」
そう声を掛けられたタハトは「構わないよ、イズル」と楽しげに巨蟹宮に踏み入れて眼前を過ぎ去った凄まじい勢いの『鋏』に圧倒されていた。
「ああ、この死が近い感じだ。そうだ……ROOも久しぶりな気がするな、ツルギさんの顔を見るのもね。よろしくね、『相棒』」
「ええ、こちらこそ」
現実では感じ得ない死。軽率な死を感じることの出来るからこそR.O.Oはその感覚だけで一気に目を覚まさせるようだ。
「パラディーゾと協力しての調査活動ですか。思う所はありますが、味方であるならよしと致しましょう。
死者は星になるのだと、かつて旅人から聞いた事があります。原動天やジェーン・ドゥの星も、どこかにあるかもしれませんね」
「私の知る星ではどちらかといえば凶兆だけれど、ここの星は『ぜんぶですべて』なのだろうね……あの辺りの星の並び、あの『ツルギさん』の椅子っぽくない?」
揶揄って笑ったイズルにツルギは原動天を思い出してからはあと息を吐き――
「さて、感傷に浸っている場合ではありませんね。死亡後に巨蟹宮へ戻って来れるか分からないうちは、慎重に行動しなければ」
「ああ、そういえば、リスポーン出来るか定かじゃないのか」
水の感覚に脚を浸したイズルに威嚇するように巨蟹が鋏を打ち合わせた。
「リスポーンかぁ~。確かに、気になるねぇ。
それに、ここが、パラディーゾ達の希望かぁ。外部世界やそこから現実に渡れるのならぁ。
ネクストを歪めることもぉネクストにバグとして浄化し続けられることもぉなくなるということなのかなぁ」
首を傾げた 『水底に揺蕩う月の花』エイラ(p3x008595)にタハトは「どうだろうな」とだけ小さく呟いた。
「兎も角、蟹を落ち着かせなくちゃならないようだ」
「そうだね。うーん、挨拶も済ませて戦いの事なら私達にお任せっ! ……って勇んで来てみたはいいけど、此処はホントに海の中みたいな場所だねー」
入って溺れないかなと体を一気に水の中に沈めるネイコは「大丈夫そう、蟹さんと接触しよう!」と走り出す。
ああ、そうだ。こうやって死をも厭わず進む仲間達。実に懐かしいと天狐は唇を吊り上げ、一気にリヤカーを曳いて走り出した。
「見ればかつて共に戦った懐かしき顔もおるではないか。俄然、負ける気がしないな!
さて、久々のROOじゃ! ――ウォーミングアップに付き合って貰うぞ巨蟹殿!」
●巨蟹宮II
「お邪魔しまぁす。エイラぁクラゲだからぁ。海はぁ得意なんだよぉ?」
ぷかぷかぁと浮いて見せたエイラは激しい攻撃もふよふよと去なしてみせるとぴりっとした毒を纏う。
傍でエイラを見ていた魚たちが不思議そうな顔をして様子を伺った。
「見慣れないモノとかヒトとかいなかったかなぁ? 海にいたらおかしなもの? それともおかしくないものに化けてるのかな」
『蟹様が可笑しくなったよ!』
エイラは「蟹さんが?」とぱちくりと瞬いた。ふわふわと漂って、眺めれば確かに此方を攻撃するタイミングを今か今かと伺って居る。
その傍らで運命力を底上げするように天狐が『運ゲー』に頼る。掴み取れ幸運と叫ぶようにうどんセットを担ぎ上げ、うどんの旨さで巨蟹を圧倒すべく走り出す。
「うどんを喰らえ!」
がらがらとリヤカーを引っ張り走る天狐。それを待ち受けていたのは巨大な蟹だ。
「確かに大きい……けど、もっとヤバいのとだって戦ってきたんだもん!
大きな蟹さんが相手だってビビっていられないよっ! ――行くよ、皆っ!」
蟹の前へと走り出したネイコは「タハトさん!」とその名を呼んだ。彼はNPCだ。詰まり命は有限で、それを喪うわけには行かないとネイコは考えている。
「タハトさん、ネイコさんの言う通り無理はせず。
あとね、ツルギさんはいざという時に無茶をする人だから……キミも気をつけてあげてくれる? 勿論、キミも十分に気をつけてね」
囁くイズルは「ポーションは用意するけれど、無茶はしないでね? ……私もキミを守るよ」とツルギの手を取った。
世界が定めた記録(テキストデータ)を確認しながらも巨蟹の動きをチェックする。逐一確認すれば、それの結果も得られるだろう。
「蟹さんにお聞きしたいのですが、貴方は『ほしのまもの』を恐れているのですか?
もし私達が彼らの同類だと思っているなら、それは誤解です。
貴方が攻撃をして来ない限り、私達は貴方へ危害を加える気はありませんから。仲良くして戴けませんか?」
「いいや、此処に来たからには許しては置けないさ」
鋏を大きく動かした巨蟹にツルギはおやおやと肩を竦めた。
「招かれざる客を貴方が赦さずとも、私は貴方を赦します。命にはいずれも、踏み入っていい部分とそうでない部分がある。
その境界を踏み越えて我々は来ている。怒るのも道理というもの……だからこそ不殺で済ませるつもりです」
命までは奪わぬと絶望の淵で編み出した『原動天』九重ツルギを想う剣(こころ)を振るい上げるツルギは真っ直ぐに蟹を見据えた。
「カニは再生や輪廻の象徴、巡って捩れ、縺れて廻るもの。そして保護、愛情、家族……成程、侵入者を拒むわけだね」
イズルは支える為に存在している。医神の従属神の権能を発露する。それが仲間達を支える為のイズルの戦い方だ。
「なぁ、よくわかんねーけど、とりあえずあんたをぶん殴れば良いんだよな?
さっさと降参しないなら、ハサミや脚の一本か二本くらいは圧し折らさせてもらうぜ!!」
多分、殺してはいけないのだろう。ルージュはそう認識しながらマザーハンマーを振り上げた。
紅色の両手持ちのハンマーは火力のみを追求した決戦兵器。負けてなんかやるものかと愛の力で蟹の甲羅をぶん殴る。
がしゃんと大きな音を立て、甲羅が軋めば巨蟹の動きが僅かに止まった。ついでのように周囲の貝殻が割れて散らばった。
今だと言わんばかりに巨蟹の元へと放たれたのはせつなさみだれうち。ヒット判定は『バグ』って居る為かご丁寧にも虚数空間に消え行くいくらかの連続攻撃。
それでも構わないと天狐は巨蟹のリソースを削るように固い甲羅を叩き続けた。
蟹を受け止めたのはエイラ。倒せという試練じゃ無かったのだから、蟹を殺さないようにと気をつける。エイラの金色の眸がその意識を眩ませて。
月の花しか映らぬその幻想に揺蕩うように蟹がぴたりと足を止める。
ならば、とツルギが距離を詰めた。タハトは「蟹が泡を吐くぞ」と声を掛ける。前方に立たず『後方へ』と声を掛けたイズルに一同は頷いた。
ツルギの思惑通り蟹は横にだけしか歩けない。そして背面には弱く、前方では泡を吐いて攻撃を重ねていた。
「たしか大蟹って踏み潰されて死んだんだよな。
なら、ハンマーでぶん殴って衝撃で押しつぶせば甲羅が硬くても問題無いぜ」
「甲羅……あ、ルージュさん!」
ネイコが指差したのは固い甲羅だった。僅かに凹んだ甲羅に何かがへばり付いている。黒い靄にも見えたそれは徐々に形を取り戻し小さな人間を思わせた。列車の車掌にも似た粘土で適当に作った人間、バケツを適当にひっくり返して無理矢理造形したようなそれこそが『ほしのまもの』の別たれた姿か。
「あれを倒そう!」
「オーケー、分かったぜ! ネイコねー!」
ネイコが「ふんぬ」と巨蟹を受け止めた。腕がビリビリと痺れるが此処で負けてはプリティプリンセスの名も廃る。
跳ね上がったルージュは一気呵成の勢いで愛の力で魔物を叩き――その姿を粉砕した。
「蟹さん、私はイズル。キミの名前は? 決着はついた、これ以上戦う必要はないと思わない?
つまり……キミを回復してもいいかな? ってことさ。あと、何か好きなものはある?」
蟹はふよふよとしたエイラを鋏で撫でてから「海の生物」と言って体をふるりと震わせた。
「あとは腹が減ったなあ」
落ち着きを取り戻した巨蟹が「はあつかれた」と言いながらうどんを鋏で器用に啜る。
「なぁ、境界深度が高まるって結局どういう状態なんだ?
表の方にも影響が出るみたいだけど理論がさっぱりわかんねーんだけど。
今は表からだと辿り着けない場所があるから、裏のこっちから行くんだ……みたいな感じだと思ってるんだけどさ」
ルージュの問い掛けに蟹は首を振った。
「いいや、外の世界からでも境界世界<ロストシティ>には干渉できていただろう?
そうして外で境界と干渉した結果、境界への干渉度が高まることを指しているのさ」
それがライブノベルと呼ばれるものなのだろう。
「私は『此処の住民』で『現実』と呼ばれる場所とは似て非なる存在かも知れない。外で確かめてお出で」
ルージュはその言葉に小さく頷いた。後ほど、カストルに確かめて貰うべきだろう。
「しかしまぁ世界の破滅の次は世界の白紙と来たか、恐ろしく逞しいな此処の生き物は。
情報を集めつつ境界を通じて外にどれ程の影響が出るのか……」
呟いた天狐に巨蟹は「世界はそうやって一つになって終うのだろうさ」と悲しげに言った。
「境界深度かぁ。このまま高くなるとぉどうなるんだろぉ?
その一つにってぇ……混沌からもぉ境界世界にぃ影響与えたりぃ異世界が混ざり合ったりするのかなぁ」
こてんと首を傾げたエイラに蟹はそうともと頷いた。
「この世界だっていつかは混沌世界と呼ばれたものに呑まれて消えてしまうのだろうさ。
世界の結末は物語に決まっているのだと乙女が言っていたよ。聞くと良いさ、彼女は物知りだから」
そうやって沢山の物語がある。それを追掛けてパラディーゾがやって来たのだ。
そう思えばエイラは『彼女』にも教えてやりたいと感じた。あの可愛らしい友人は屹度喜ぶことだろう。
「ふふ、エイラもねぇとてもとても仲良しなぁパラディーゾさん、いるんだよぉ? イヅナっていうねぇ。
イヅナにとってもぉ希望になるならぁエイラぁ嬉しいなぁ。
それにぃ外部世界にもぉ行けるんならぁ、イヅナの楽しいもの探しもはかどるだろうしねぇ。エイラぁ頑張るんだよ~」
穏やかに微笑んだエイラを巨蟹は少しばかり手脚を丸めるような奇妙な格好で見詰めていた。
「それはこの世界に踏み込んだ数人の『異質な存在』と同じか」
「……きっとそうだぜ」
ルージュは蟹の答えを察している。察してしまっているからこそ、どうしようもなく苦しかった。
「R.O.Oの中でなら動けるだろう、が、何れは消えてしまうだろうさ」
――現実に連れ出すわけでは無いならば、ORphanから何処かに渡ることは出来よう。だが、それはデータを損傷させながら死に近づけるだけ。
ビブリオフォリアのようなパラディーゾである以上、イヅナと呼ばれたその『データ』も摩耗し消えていく迄のタイムリミットを過ごしているだけなのだろう。
●獅子宮I
「仮想世界であるR.O.Oの裏側から異世界へと繋がる……。
嘘のような話ですが、ある意味で同じ異世界であり幾多もの可能性を演算して出力するR.O.Oだからこそ、なのでしょうか。
彼ら二人の故郷でもある世界です、救えるのならば救えるだけ救いに行きましょう」
故郷を喪うことはどれ程に恐ろしいことだろうか。 『クィーンとか名前負けでは?』シフォリィ(p3x000174)は想像し眉を顰めた。
幾重もの可能性を演算して出力をした結果。これが『本当の異世界』ではなくても異世界を演算した場所としてならば納得も行く。
「獅子宮……?」
ごくり、と息を呑んだ定にアイがフランクに声を掛けた。肩をぽんと叩いてへらりと笑う。
「越智内くんハ……データ変化に聡いというじゃァないカ。
ふふフ、その力、頼りにしてるヨ。もしもの時は僕も全力で守るから安心しておくレ!」
「あ、は、はい……ああ、まあ、うん……おねしゃす」
か細い声で応える定にヨシカは「役に位立ちなさいよ」と冷たく言った。
「さー、到着や! とりあえず獅子宮に行こか。
その、ほしのまもの、ってのについてもうちょい詳しく知らんと倒すにも何するにも分からへんし。星巫女はウチらに着いてきて貰おか」
それじゃ、皆さんまたとでも言う様に手を振った星に手を振り替えしたのは 『わるいこ』きうりん(p3x008356)。
気遣う様な視線を送った 『夜桜華舞』桜陽炎(p3x007979)達は次の到着駅である処女宮に向かう予定であったが、先程列車のアナウンスでは処女宮には留まらず主がいる天秤宮へと向かうとされていた。
「ほなまた~!」
にんまり笑った星は定を連れて歩いてくるヨシカを見遣った。どうにも怯えている様子だ。フォローは必要だろうか。
「列車を降りるとそこは灼熱地獄じゃったー……アッッッッッッツァ!!!!!!!!」
叫んだ玲にびくりと肩を揺らしてから 『不転の境界』梨尾(p3x000561)は「獅子宮、ですか」と周囲を見回した。
「ここにほしのまもの、星を喰らう魔物……名前だけ聞くとワールドイーターやベヒーモスを連想しますね。
世界を白紙に戻して新たな世界を作る……旅人である自分の世界も狙われると思うと、俺としては見敵必殺したくなりますね」
それでもジェーン・ドゥ達の世界は白紙になって混沌世界に飲み込まれたのだ。そう思えばなんとも苦い思いが溢れ出した。
――この世界が『現実にも影響を与えるならばそのシステムから出たお前は死んでいるかも知れない』。其れでも良いか?
炎に囲まれた場所だ。身を焦がす気配が、周囲を包む。Tethは「真っ赤だな」と唇を吊り上げた。
「火のエレメントに属するだけあって、盛大に燃えてんなぁ。これを越えていけって? ああ、上等じゃねぇか」
「んで、入るためにはこのメラメラ燃えてる炎を超えなあかんっちゅうわけか。
この世界が、現実に影響を及ぼすのであれば、この炎を越えたら現実でも死んでまうかもしれへん、と。物騒な脅し文句や」
肩を竦めてはあと息を吐いた星は頬を掻いた。
ヨシカは肺が焼け付くような感覚を覚えた。息をするのも苦しいが、構うことか。
「此処から出た時に死んでいるかも知れない? それは、ないわ。
だって私にはまだ、やらなきゃいけないコトがある。炎程度に殺されてなんて居られないのよ」
視線を後方にやってからヨシカは定は――『あの子の居ない僕が、此処まで付いてこれるのか』と呟いた。太陽みたいに笑う人。ひだまりの彼女。見詰めれば眩すぎたその人は彼には居ない。
勇気なんてそんな物は拳に握れるほども無かった頃の自分がいる。
(……手を引いて欲しいって顔をして。馬鹿みたいだ。手を差し伸べやしない。
だって、僕があの時一歩を踏み出せたのは誰かに助けて貰ってじゃない。
誰かを助けたかったからだ――そうじゃないと、越智内 定は越智内 定のままだから)
進もうとするヨシカの肩を星がぽん、と叩いた。表情の変化の無い世界は「炎がどうした」と眼鏡のブリッジに手を添えた。
「勇気なんてものは微塵も持ち合わせていないが、経験と知識と多少の度胸があればどうとでもなる。
身を焦がす業火などイレギュラーズを続けていれば今更、なんなら前に居た世界で死も嫌と言うほど経験してるからな。
現実世界の俺が死んだとしても……むしろ傷つかずに安楽死できたと考えれば儲けものだと言える。もっともこっちの俺がその分の痛みを味わっている訳だが」
R.O.Oでは死の疑似体験も出来るというのだから『儲けもの』だ。そんな風に言いたげな世界の傍でいざともなればダメージを耐え忍んで進むことも出来るかと梨尾はすう、と息を吸った。
「勇気と蛮勇は違うのです。
こういうのは一部の業火は幻影だとか、熱に耐えてよく観察すると業火が無い、弱い部分があるのがセオリー……ですしね」
だからこそ、勇気を試すと言うことなのだろうか。
「問いに答える前に干物になってしまうんじゃなかろうか。
暑さで何をするのか忘れてしまいそうじゃがほしのまものを見つけるのじゃったか?
『ほしのまもの』は大方獅子が守ってる何かとか、その辺の何かに化けておるのじゃろうか。警戒してても案外近くにおるのじゃろうな。
獅子! 返事生! 最短ルートで行くからの! 走る! 跳ねる! ごり押す! 誰も長くは居たくないじゃろうしな! わんこなら特にの!」
勢いめかした玲は「真祖である妾をこのような日の下を歩かせるなぞ、許さぬ……」と格好付けて見せた。
何にせよ、この程度で勇気が必要だというのだ。弱者めと呟いて、彼女は走り出す。
「やれるのが妾! できるのが妾! 何故なら最強だからのう! たかが業火で妾が怯むと思うたか! EXF!」
痕で茶を出せと叫んだ玲に笑ってから星が炎へと踏み出した。
「ええよ。ウチが一番最初に超えたる。別に焼けばちになったり、楽観視したりしてる訳じゃあない。
単純な話、ウチがベットできるもんを差し出して、他の子らの道に繋がるんやったらそれがウチの中で1番得っちゅう話や。
『私』は、そこを躊躇うつもりは無いので――つーわけで、せいぜい美味しく焼いてくれや」
にぃと唇を吊り上げた星に梨尾は「ご一緒します」と背筋をぴんと伸ばした。
●獅子宮II
立ち入るためには身を焦がす炎に足を踏み入れなくてはならないらしい。シフォリィはその熱さを感じる。
躊躇いを感じたが、それでも一歩と踏み出した。立ち居振る舞いは何時もの如く、唯、乙女は貴族としての信念を胸にして居る。
「私はいつ倒れてもおかしくない時を、現実でも過ごしてきました。今もそれは変わりません。
だからと言って、踏み出すのを恐れては倒れたその時に後悔します。誇り高く生きるために、私は勇気をもって身を焦がしてしまうような炎に足を踏み入れましょう」
胸に手を当ててシフォリィは一歩、一歩と進む。ちりちりと肌を焦がした炎になど恐れて等遣らないとでも言う様に。
――死を恐れぬか。
「死んでいるかもしれないじゃと? それはあり得ない! 好き勝手に生き、好き勝手に死ぬ! それの、何が悪い!」
そうやって生きているのだから何も恐れないと唇を尖らせた。
「死……『現実にも影響を与えるならばそのシステムから出たお前は死んでいるかも知れない』……ですか。
システムだと知られてるなら俺自身として答えさせてもらうが、俺は死ぬ事自体はそこまで怖くない。
死んだら息子達に二度と会えない事、次男を悲しませてしまう事。元の世界で長男に死んだままだと思われる事、謝れないことが怖い」
梨尾は現実の己の振る舞いに立ち直って奥歯を噛み締めた。
「そして俺の死よりも怖い事がある。俺より先に息子達が死ぬ事だ。
旅人である俺の世界がほしのけものに狙われる可能性。境界世界とR.O.Oが繋がったのならもR.O.Oも狙われる可能性がゼロではない、そうだろう?」
その確率はかなり低いだろうが有り得ないとは言えない。置いて逝かれることも置いて逝くことも怖い。
臆病な自分に決別するように、勇気を振り絞って梨尾は進む。
「とても暑い空間だけれど…大丈夫サ、このぐらい何てことはナイ」
現実での師匠との方がよほどきついし、とぼやいたアイはにんまりと笑った。
「それに、身を焦がす業火だとして問題はなイ、僕はネ、ROOも外モ、どっちも大事なんダ、その為に必要な事ならたとえ火の中水の中、なのサ!」
進もうとするアイは思い出したように振り返った。定が立っている。
『何も持っていない』空虚なエラーが其処に居る。なんて悲しいデータ構築なのだろうと考えてからアイは手を振った。
「あぁそうダ、越智内くんは大丈夫かイ? 無理はしてはいけないからネェ…ヒールが必要そうな時は言っておくレ。
勇気を振り絞る時のコツは、大事なモノを思い出す事。護りたい存在ハ、何時だって胸の中にあるものサ」
胸をトントンと叩いてからアイは進む。『死んで堪るか』と振り絞ったEXFは伊達ではないとでも言うように。戸惑う事はまるで無い。
「死んでいるかもしれねぇから引き返せってか。冗談は寝ながら言うもんだぜ」
Tethはくつくつと笑った。結い上げた髪がふわりと揺れる。今更、死ぬ可能性を恐れろとは愚弄するかのようなことを口にする。
「俺様達が歩んできた戦いを知っているか? 暗黒の海、絶望の青、滅海竜に六竜、その他諸々。こっちでは『原罪』のコピーともやり合った。
分かるか。死なんてもんは何時だって目の前にいたんだよ。俺様達は、そんな道を歩んできた。
だからこそ知っている。死は恐れるものであると同時に――死力を尽くして乗り越えるべきものでもあるってことをなぁ!!」
だからこそ、Tethは走り出した。「転んだらあかんで」と笑う星にTethは獅子が待っていると声を掛ける。
「いくぜ、獅子野郎。この身が燃え尽きるまでに必ず辿り着く。その為に―― 全 速 力 だ ! !」
火だるまになろうとも、Tethは構うことは無かった。惜しむこともなく走り出す。ただ、直向きさだけが底にある。
躊躇う定が『女の子が前を行くのだから』と踏み越える様子をヨシカをただ、眺めていた。
「さて、無事通り抜けたわけやけど、ほしのまものに随分警戒してるみたいやけど、色々教えてくれへん?
まあ、いきなり住んでるとこ白紙にするー、って言われたら警戒もするやろうけど」
星の問い掛けに獅子は「ほしのまものを倒してからだ」と鋭い声音で言った。
「さて、私達に勇気を問うわりに獅子さんはどうにもほしのまものを怖がっている様に見えるのだけれど?
此処まで来てあげたのだからその辺りの話、しっかり聞かせてもらえるのよね」
「ぬ……」
獅子が緩やかに顔を上げる。ヨシカは――内心の怯えなんて、何処かへとやったように――笑った。
「タダとは言わないわ。聞いたからには問題解決の為に協力してアゲル。丁度ほしのまものセンサーも付いてきてるコトだしね」
「え、僕……!?」
襟を掴んで押し付けるように定を差し出すヨシカに獅子は「良かろう」と巨大な腕を定へと出してその頭をぐりぐりと撫でた。
「先にほしのまものを探すんですね」
定が居ればそれ程苦労することは無いだろう。げんなりとした様子の定と共に梨尾は周囲を見回した。
見付けたならば逃がさぬ様に直ぐに撃破することが先決だ。
「倒せるのか。傷を負う可能性が――」
「獅子君は良い子だねェ、心配してくれるんダ?
大丈夫だヨ、どんな世界であレ、死ぬかもしれない危機があるならば頑張って乗り越えちゃうのサ」
力こぶを作ったアイは行ってきますと微笑んだ。「ほしのまものを倒すのじゃ!」と玲がすたこらと走り出す。
定の力を借りて見付けたそれを勢い良く打ち倒し、獅子が圧倒されたように眺める顔を玲はふふんと鼻を鳴らしてから見詰め遣った。
獅子と向き直ってシフォリィは「コレでお答え下さいますか?」と問い掛けた。
「なぜ、ほしのまものはこの世界を滅ぼすことを選ぶだと思いますか?
私の推測ですが、ほしのまものはこの世界で生まれたものだと思うのです。
……滅ぼすだけではなく作り直すことを選ぶのは、この世界の地にどこか愛着を持っているからだと思うので」
「ふむ」
「――あるいは、他の世界から渡ってきたのなら、この地を自身の場所にしたいからですかね。
なんにせよ、星空を塗り替えるなんて考えは大胆ではありますが。どうでしょう。私は前者かと思いますが」
「確かに、『この世界で生まれたもの』だろう。我々は滅ばぬまま永遠を過ごすことに飽きてしまったのだろう。
乙女が詳しいだろうけど、あの魔物は宝瓶宮と双魚宮を喰らってしまった。磨羯宮の住民は、全てをいやになってしまった」
「磨羯宮の?」
アイがぱちくりと瞬いた。獅子は「ほしのまものはそうして産まれた」と言う。
「……原因が分かっているのに獅子君ハ、どうしてほしのまものを警戒してるんだイ?
君はとても強そうに見えル、そんな君が恐れるという事ハ……それだけ強いって事になるしネ」
「私とていつかはそれに喰われてしまうかも知れない。武でさえどうしようも無いことはあろう」
だからこそ対極たる蟹は暴れ続けて居た。乙女が詳しいのは同じ分類に当たるからだと獅子は言う。
「その二つの宮はもうないのかの?」
「ない」
「なら、天蝎宮、人馬宮、磨羯宮か……いや、自体が進んでいたら……?」
降り立つ場所が減っている可能性はあるのかとTethは呟いた。「もう喰われてる可能性があるんじゃな」と玲が神妙に頷く。
「ならば、ほしのまものを『倒さなくてはならないのか?
この世界を存続させる方法が知りたい。――まあ、ほしのまものを倒せとかそんな感じなんだろうが……。
俺自身は全くもって興味ないが、ポルックスとカストルには常日頃から世話になっている。であれば、彼らの為に動くことは吝かではない」
どうだ、と世界が問えば獅子は大きく頷くだけだ。次の列車に乗って更に宮を移動せねばならないか。
「ああ、ところで知ってるか? 俺様の名前と獅子宮って、タロット上では深いつながりがあるんだぜ。
どちらも11番目、『力』に属する存在ってな。
いやはや、親近感を感じるってもんよ。ここに居心地の良さを感じるのも、そのせいかね? ところで。その鬣、モフモフしてもいいか?」
護ってやるとでも言う様にTethは獅子の体を撫でた。
「お前達は部外者であろうに、我々を好ましく思うのだな」
「ま、乗りかかった船だからな」
気になることもあると
「獅子、ちょっとええかな? その体に落書きさせてもろても」
「……何故?」
「『影響』を見たいんや。カストル達がそうすればええってさ」
獅子の腕に可愛らしいマークを描いた星はこれでよし、とその腕を叩いた。
「あ、よければ和梨のタルトもどうぞ。美味しいと思います。お口に合えば嬉しいのですが」
尾を揺らした梨尾に獅子は感謝すると口にしてから和梨のタルトを口にしたのだった。
●天秤宮I
(ほしのまもの…世界を破壊する因子、といったところでしょうか。
彼女らの言った事が本当であるのならば、わたしの悪の側面である邪神がそれらを喰らい。力を得る事で……世界を壊そうとする可能性は、十二分にある……)
空梅雨は唇を噛んだ。本当に――そうなのか。
自身の内に灯る邪神の因子は悦楽と愉悦、則は人間の不幸と破滅を望むものだ。世界のような大それたものを破壊したとて、それを嗤うものがいなければ意味がない。
「……どうにも『邪神』からはそれを感じません。
あくまで『クリストから見たワタクシ』だとしても、あれの行動はあまりにも素直過ぎる。どうにも……きな臭い……」
呟いて空梅雨は誰にも聞こえないように影歩きを見詰めた。警戒すべきは、己だろうか。
「きうりんだよ……きうりんダヨ……あれなんか違うな。……きうりんDAYO! あ、これだこれだ。思い出した」
すうはあ。息をする。そうやって吸って吐いて『普段の自分とは別の存在』になりきればきうりんはきうりんらしく振る舞える。
「よぉし、今回も好き勝手やっちゃいますかね! 世界に影響? 私に影響なければいんじゃね?」
それがエゴイズムの塊だって構わない。誰に何をされようと、関係はなく抵抗もしない。きうりんはきうりんのしたいことをするだけだ。
「『ほしのまもの』を喰らう。ここが現実(あのせかい)に繋がるのならば、繋がることで何かを、何を為そうと……?
……そしてルル家さんまでもが"邪神"となるのですね。貴女達が行く先は、求めるものは」
何があるのでしょうか、と桜陽炎はおとがいに指先を当て考え倦ねるように呟いた。
「……それにしても、仮にこの先、あちらの『私』と会う『私』も在り得るのならば。そのパラドックスは、世界はどう捉えるのでしょう」
「世界ってのはうまく出来ているんでしょうね」
逢えたのに逢えていない。世界が肯定しなければ其れ等全ても無になるのだろうとP.P.は戯けたように告げる。
「キヒヒッ、来た来た。天秤どうします? 拙者は、全部乗せちゃえばいいと思うんですけど?」
「ルル・シャドウ――」
桜陽炎に呼ばれて「シャドウちゃんでもルルちゃんでも好きに呼んでいいですよ」と明るく彼女が告げる。
「桃花チャン……ってかルル家は善人じゃネー。殺人鬼よりはマシかもシレネーが軽犯罪者よりはずっと悪人ダ。
人の命を選別する権利なんてネー……が、それでもガキ殺して進むってのは気分がワリィ。悪党らしく好きにさせて貰うゼ!」
「そんな優しさ滲みだして誰に絆されたってんですか、『私』」
酷い言い草だと桃花はルル・シャドウを睨め付けた。どうやらルル・シャドウは桃花が『誰』なのか分かって居るかのような口ぶりだ。
「ふぅむ……『汝の罪を確かめよ』、ですか。咎人を恣意的に裁くべきか否か……? どうなのでしょうね?
『子供』を意図的に残すにしても、一人は必ず死ぬ。
表記されているのは『聖職者』や『子供』、と言った属性だけ、個人の判断は出来ませんから、そこに手心を加えるコトは出来ません」
例え、子供の中にいじめっ子がいても、それを判断する方法はないのだ。
「個人的な考えで行くと……死は平等に訪れる。ただ一つだけ、『殺人鬼』だけは残しておけませんね。生死の均衡が崩れてしまいます」
「『殺人鬼』1人『軽犯罪者』3人『教師』3人『聖職者』2人……そして『子供』を1人、死の天秤に。
そして、残りの『子供』10人を生の天秤に置くわ……これで文句はないでしょう?」
P.P.は手を引いた。子供は何の声も上げないがその光景に桃花が唇を噛む。対照的にきうりんは笑っている。
「さて、天秤か……子供全員殺すと1人余るんだもんね。よく出来てるぜ」
唇を吊り上げたきうりんに桃花が「どわぁ」と驚いたように声を上げた。
「モチロン桃花チャンのデスカウント20で全員助けてくれても構わネーゼ。痛いぐれーなら我慢するサ。痛くネー方が嬉しいけどナ!」
「きうりが都合20回死ねばどうにか釣り合わないか? だめか?
1回乗せてみるか。片方に全部乗せて、もう片方にきうりん。……よし、ダメそう!」
二人は同じ事を考えていた――が、どうやら駄目そうだ。だが、子供達を天秤に乗せ、余った一人の代わりに一人だけ『天秤に乗る』とさて、どうなるか。
「拙者が乗せられるかと思った」
「乗りたかったのですか?」
「んー? 別に」
笑う邪神コンビを横目にルル家はさてどうした者かと考え倦ねた。
「アンタ」
クオリアがP.P.を呼び止める。クオリアは『P.P.』の後悔に気付いて居る。
世界がそうせよと言うから、そうした。それだけのたった簡単な判断で命を怠惰にも捨て置いた過去がある。
「……これがあたしの覚悟よ、クオリア。アンタがあたしのコピーだってなら、自分の怠惰は分かってるでしょ。
あたしは、あたしの怠惰でレオーネを……救えたはずの無垢なる魂を汚してしまった」
「だからって――!」
クオリアが吼えたがP.P.は振り向かない。P.P.はクオリアを嫌い、クオリアとてまた同じ。
振り切って、強がって、置いてきた気持ちを『置き去りにナンテできていないこと』をクオリアは気付いて居るからだ。
「だから、あたしは自分の意思で決断し、行動する。情報屋とか気取って自分では動かない、何でも人任せのアンタとは違うのよ」
何が情報屋だ。情報屋だと言って前線から一人後ろに退いているだけではないか。
「ンフ――」
唇を吊り上げたのは邪神だった。嬉々とした眸でP.P.とクオリアを見詰めている彼女の前を空梅雨はするりと抜けて歩き出す。
「わたしは己が基準で人を裁いて来た。ならば今回とて、その基準は変わらず。肩書で善悪を決めはしません。
例え傲慢でも、その本質を見、占い、触れて……己が心の許す事を成す。
死のテーブルに乗せるは……殺人鬼1人、軽犯罪者2人、教師2名、聖職者1人、子供4人。
できるだけ多くの罪を背負い、いずれ報いを受ける事を願いながら、どこかで誰かが救われる事を信じているんです。如何でしょう?」
「私も、ツユと同じ選択を。目を瞑りランダムに選択させて下さい。
死の天秤に、桜の花を餞に。私は、『まもりたいもの』のため。
勝手に、あなたたちを犠牲といたします。我儘をどうぞ、蔑み罵ってください。――人の血で紅に咲く。その残酷さもまた、桜です」
美しい言葉を並べたって『自分たちが犠牲になる事が出来ないなら』ば、必要悪となると桜陽炎は口にした。
ビブリオフォリアは「デスカウントではダメなのでしょうね」と呟く。
「子供が一人、どの様にしても死ぬならば……私なら代わりになれたでしょうね」
「どういう、意味ですか」
ドウの唇が震える。ビブリオフォリアはやや困ったような顔をして。
「『私は本当の意味で死ぬ事が出来ます』から。それは他のパラディーゾでも、邪神達でも同じでしょうね」
それでも、ドウが生きていて欲しいと望むならば命を投げ出すことは彼女には出来なかった。
選択はランダムで、ディスカッションを重ねても『一人だけ犠牲になる子供』が選べない以上は、必ず殺人鬼は死の天秤へ乗せることとした。
そしてそこからは空梅雨の意見を参考にしながらも子供を多く助ける選択肢を選ぶべきだろう。
覚悟のように、決意のように。P.P.と桜陽炎はそうするように『犠牲』を決定づけた。
●天秤宮II
処女宮へ進む仲間達を見送ってから、天秤宮の主を捜し求めていたきうりんは「はー? 居ないんだけど?」と首を傾いだ。
「汝の罪を確かめろだと〜? いやゼロだし? 私はいいことの方が沢山してるから、悪いことは許されてるの。
だから無いの。シェアキムもそう言ってたしね!
天秤は傾いた方が『結果』でしょ? 反対側なんて見なくていいの。釣り合うのは釣り合わせようとするからでしょ」
きうりんは目を細めて――笑った。
「『均衡なんて崩されるためにあるもの。貴方の天秤は間違ってる』って言ってやりたいんだけどさ。
……ねえ、乙女さん。此処に居るはずの主は何処に行ったの?」
気付けば、目の前に乙女がいた。どうやらぐるりと回って乙女達の元へと辿り着いたのだ。
ほしのまものは『食べちゃった』と笑うきうりんは「お腹がもじもじするなあ」と呟く。その言葉に何とも言えぬ表情の邪神が「ああ」と頭を抱えたようにも見えた。
「ヴィオ、アイツ殺しましょうよ! 喰っちゃったって。アハハ、喰ったって!!! 腹から奪えば?」
「……」
「いいですよね? ヴィオ、あいつ邪魔だし」
一歩、進み出たルル・シャドウから放たれた攻撃を桃花は受け止めた。
鋭い真空の刃のように――密やかに忍び寄る毒のように鋭い一撃が放たれる。桃花の表情が歪み「桃」と桜陽炎が声を掛ける。
「イッテテテ……影野郎、オメー邪神チャンと話してんのカ?
邪神チャンはほしのまものを食って、桃花チャンたちに倒されるって言ってたぜ」
「もし倒せなかったらヴィオはどうなると思います? この世界を食べて、その上で『侵食』するんですよ。
外にね! リアル降臨って奴? バグが『外の情報を喰って』頑張って外に出るんですよ。
ルル家ちゃんは天才なのでよーくわかるんですよ。パラディーゾを生かしたいってンなら『この世界の生き物を躍り食い』でもしたらいいんですよね!」
けらけらと笑う邪悪。それを前にして桃花は唇を噛み、睨め付けた。
「……ツーカ、混沌にワールドイーターが出てきてるからもう外に出てるやつもいるんじゃネーのカ?
死んだやつも出てきてるらしいが、それがこっちのNPCだってんならワカル。その現象をどうするかはまだワカラネー。
パラディーゾ達や他のバグ達を助ける手段になるかもシレネーからすぐに消す気はネーとりあえずは何が起きてるか調べてえ。違うか?」
「ワールドイーターは『R.O.Oが観測したデータの一つ』だけかもしれませんが」
影歩きは邪神を真っ直ぐに見詰める。
「アナタもワタクシも『死にたくは無い』、そうでしょう?」
「……だと言えば?」
黒き気配が身を包む。桃花はびしりと指差して。
「消えなくてすむ方法を探してるのは一緒なんダ。手伝えよ邪神コンビ――あと影歩きに手ェ出したら殴ル!」
消えなくて済む方法。その言葉にドウはビブリオフォリアを見詰めた。彼女がいなくなる可能性は存在している。
きうりんが欠片を食べたというほしのまものはまだこの宮を逃げ回っていそうだ。
「さっさとほしのまものを倒しましょう」
歩き出した影歩きにまたも違和感を感じた。空梅雨は邪神とルル・シャドウよりも先に『ほしのまもの』を得ようとする影歩きの姿にこそ違和感を覚えた。
(まるで――まるで『自分が先に全てを手にしたい焦燥』。ワタクシは邪神と別たれたって、ワタクシの悪辣さは捨て置けない。
……邪神は『この世界などどうでも良く』て、ルルの言う通り壊れた後の世界から滲み出しその他を嘲笑うつもりか)
空梅雨は邪神の目的は『この世界の破壊の後』にある気がしてならなかった。影歩き自身もその目的にやや同調する素振りがある。
そうだ。彼女達は二人で一つ。同じ思考回路を有しているならば、外に出て凄惨な事件のヒロインにだって成り得る。
(許しては置けません。虚構は所詮虚構。ワタクシ『のようなもの』はこの世界に二人もいらない)
真っ直ぐに見据えた空梅雨の前をするりと走り抜けたドウときうりんがほしのまものを打ち倒す。
邪神よりも早く、それを消滅させれば邪神は苦い表情をし、何も語りやしなかった。
「乙女」
桜陽炎が声を掛ければ彼女は静かに姿を見せた。
「……主を失った在処は、寂しいものですね。列星十二宮。一人一人が、何かを護る場所。
この世界が美しいと思います。綺麗だと思います。だからこそ、この世界を知っておきたい。
『ほしのまもの』とは、何なのでしょうか。世界にもともといる存在? もしくは……? 貴女は知っていますか」
「ええ、知っています。星の旅人。
『ほしのまもの』とはわたしたちの影。心の中にあった欲求が形作ったのです。そうして、世界を喰らい何れは消滅に導く。
……邪神、貴女が惹かれるのはだからでしょう? それと貴女は相性が良い。喰えば何よりも強くなるでしょうね」
邪神は応えないルル・シャドウは「だからヴィオに食べさせてあげたかったのになァ」と声を弾ませる。
「天秤宮の主も『ほしのまもの』に喰われてしまったのです。わたしも、いつかは屹度――」
震える声で言った乙女に対してP.P.は真っ直ぐに向き直った。
「あたしはそこまで用があるって訳じゃないけど、そこの女(が用があるって言うから。
まぁ、世界を護ってほしいと言うなら護ってあげる……境界が消えてしまったら、2度とジェーン・ドゥに謝れなくなるし」
生きていたかったと叫んだ彼女のために。桜陽炎は傅いた。
「"邪神"。貴女方も先に進みたいのでしょう。
『処女宮の主よ。私共は――この危険すら抱いて、進むことを望みます』
根源から解決しない限りきっと、救うことにはなり得ない。だからこそ。全てを護るために」
ほしのまものの根幹を断つために。進むと決めた桜陽炎に乙女は「先へ続く切符をお渡し致します」と囁いた。
一部始終を聞いていたきうりんはパラディーゾ達を見詰める。
ピエロも、アリスも。
誰も彼もが願いがあった。
それでも――
「アリっちは……あいつはちゃんと死んだよ。ハッピーエンドじゃん。私はそう見た。いや、私がそう断言するよ。
昨日の自分が別人でもさ、結果は付いてくるんだぜ。悪いことはしちゃいけないの。
――キミ達もさ、そろそろ潮時ってやつじゃないの?」
きうりんの目を真っ直ぐに見たビブリオフォリアは「その通り」と頷いた。
「ちゃんと『死ぬため』にこの旅路を辿っているのです。だから、もう少し」
ビブリオフォリアの肉体に亀裂が入った。きうりんは確かに見た。
「……ビブちゃんさあ」
ドウには隠すように彼女が振る舞っていることに気付く。だからこそ、それを見たのはたった一人のエゴイストだけ。
「その状況じゃ次の旅で、死ぬじゃん?」
「それでいいのですよ。あと、もう一度だけでも……」
列車の到着の音を聞いてから切符を手にしたビブリオフォリアは「一度帰還しましょう」と告げた。
●『リアル』
現実世界でカストル達に『観測』してもらったライブノベル。『列星十二宮』ではルージュ達が割った貝殻は割れていたらしい。
巨蟹の姿にも少しばかりの変化があった。眠っていたら傷付いていたと蟹は言ったそうだ。
「……変化が反映されてる」
Я・E・D(p3p009532)は呟いた。だが、巨蟹は『R.O.O』で起ったこと全てを知っているわけでは無いらしい。
同様に、小金井・正純(p3p008000)は獅子宮で獅子の腕に書かれていたマークを見たが金髪の関西弁の男性のことは知らないと獅子は口にしたらしい。
同様に、和梨のタルトについては何も知らなかったようでもある。全くの別個体。だが、影響はじわじわと出ているのだろう。
「獅子関連で後で調べてもいいかもしれねぇな、異世界の影響……なんか炎が増えてるとかよ」
「炎が盛れば良いことだよ」
「どうして?」
不思議な顔をした零・K・メルヴィル(p3p000277)にポルックスは「それだけ獅子が元気って事!」と笑った。
境界図書館でティーカップを傾けていたクレカに回言 世界(p3p007315)は「何か分かることは?」と問うた。
「一つ、パラディーゾという人達は現実には出てこられない。けど、その活動結果は『異世界(ライブノベル)』に残されてる。
一つ、不安定な境界は影響を受けやすくなっている……かな」
境界<ロストシティ>と境界世界(ライブノベル)は別物で有ながらリンクしている。現在のポルックスとカストル達の『列星十二宮』はイレギュラーズ達が訪れた場所よりも更に進んだ滅びを待つだけの場所だという。
しかし、その滅びが『僅かながらに回避された』。観測されたデータが変化した事にクレカは驚きを隠せなかった。
「ジェーン・ドゥの世界が混沌世界に呑まれたように、他の世界から染み出してくる可能性は屹度ある。
でも、それを未然に回避できるなら……R.O.Oは『わたしたちの知らない世界を救う可能性』があるのかも――」
その為に、『ほしのまもの』を倒さなくては。
そうしなくては、一つの世界が滅びを迎え、瞬く星のように燃え尽きてしまう。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
次の列車をお待ちください。
GMコメント
夏あかねです。R.O.Oから『異世界』へ。
『Astrological』につきましては全二回、もしくは三回を想定しております。
●Backdoor(R.O.O Buggy Program)シリーズとは?
特設page:https://rev1.reversion.jp/page/backdoor_long
電脳廃棄都市ORphan(Other R.O.O phantom)と呼ばれるR.O.Oのバグデータ領域を舞台にしたシナリオ群です。
『Lost city』一連シリーズでは果ての迷宮内部に存在する境界図書館で観測可能なライブノベルの世界への物理干渉が『可能』となっているのでは――という謎を追って行きます。
『境界<ロストシティ>』と呼ばれたライブノベル等の異世界のデータが不安定な状態(エラーコード)で『本当に存在する異なる世界(混沌世界ではない他の異世界)』へと干渉可能であったならば……?
その先に待ち受けているのは現実での活動です。その足掛かりを見付けましょう。
●目的
・列星十二宮を巨蟹宮から天秤宮まで巡る
・『ほしのまもの』との接触を図る
●境界世界『列星十二宮(サイン・エレメント)』
境界案内人(ホライゾンシーカー)であるポルックス・ジェミニ&カストル・ジェミニの故郷。
現実世界ではイレギュラーズが境界世界で活動することで世界に蓄積する境界深度が高まった結果、クレカと協力することで『混沌に影響を与える異世界』に干渉することができたそうです。R.O.Oはその結果を集積し、ORphanから異世界として渡ることが出来たようですが……。
皓い星々が瞬く世界。宇宙空間を思わせます。中央には白いタワーが、そして移動は列車で行われます。
その名前の通り十二の宮がタワーの周囲には連なっており、それぞれの探索を行う事ができそうです。
今回の目的地は『巨蟹宮から天秤宮』です。
・星詠人(テトラビブロス)
境界案内人(ホライゾンシーカー)であるポルックス・ジェミニ&カストル・ジェミニの正確な種族。
●フィールド
列車は当日券の往復チケットのみ。つまりは『何処か1つ』のみにしか行く事が出来ません。
何処に向かうかを分担して行動をしてください。
それぞれのフィールドには『ほしのまもの』の欠片が居ます。それらは皆、姿を隠していたり『物品』であったりします。
それらを探すためには宮に入るためのテストが必要です。難題を攻略し、『ほしのまもの』と接触して下さい。
それぞれの宮に住んでいる『星詠人(蟹や獅子、乙女など)』に質問を行う事も可能です。
【1】巨蟹宮
水の満ち溢れた海のような空間です。踏み込めば底も見えず、何処までも続くかと思わせる海が広がっています。
また、この宮には大型の蟹が住んでおり、立ち入る者を決して赦しません。激しい攻撃を行なってきます。
この宮への立ち入りは戦闘が得意である方が向いていると言えるでしょう。
目に付くオブジェクトは貝殻が中心となります。水棲生物たちも存在しているようですね。
【2】獅子宮
燃えるような焔と鮮やかな太陽が特徴的な荒野が広がっている空間です。只管に熱いです。
この宮には獅子が住んでおり、立ち入る者の勇気を問います。
立ち入るためには身をも焦がす業火を越えて進まねばなりません。
獅子は言います「この世界が『現実にも影響を与えるならばそのシステムから出たお前は死んでいるかも知れない』」と。
獅子はほしのまものを警戒しているようですが……
【3】処女宮&天秤宮
夕日が照らす寂しげな宮殿です。入り口には天秤のみが存在しており、「汝の罪を確かめよ」と書かれています。
テーブルには箱庭が存在しており、その中には20名の人形が設置されています。
それぞれに『殺人鬼』(1名)『子供』(11名)『軽犯罪者』(3名)『教師』(3名)『聖職者』(2名)のテープが貼られています。
天秤に10人ずつ乗せて均衡を保たねばなりません。一方の天秤は『死』もう一方は『生』を顕わします。
つまり10人を殺す決断をすることで立ち入ることが赦される宮殿です。その決断は何方か一人でも構いません。
その奥には処女宮の主人である乙女がいます。どうやら天秤宮の主がいなくなったため、管理をして居るようですね。
乙女はこの先に向かうための門を『認めた存在に』開くようです。
その先に待ち受ける『ほしのまもの』を倒してこの世界を護ってくれるかどうか。それこそが彼女が認めるに足る理由でしょう。
●登場NPC
・ほしのまもの
この世界に住まうという『星を喰らう魔物』のことです。どの様な姿をして居るか不明です。
それぞれの宮にもその分体が居ますが本体とは別の姿をして居るようです。
それらは『列星十二宮』を喰らう事を目的としています。そうしてこの世界を白紙に戻して新たな世界を作るのだそうです。
勿論、星詠人達は猛反発していたり諦観に至っている者も居ます。
また、此れを見過ごせばポルックスとカストルの故郷が『本当になくなる可能性』があるようです。
境界<ロストシティ>についてを何か知っているようですが……。いわゆる『列星十二宮』の上位存在です
・巨蟹
・獅子
・乙女
それぞれの宮に住まう星詠人です。天秤宮だけは無人のようです。
それぞれが『ほしのまもの』にたいして思うことがあるようです。
彼等と接触後、現実世界のカストルやポルックスに接触を依頼することも可能です。
その場合は『現実世界でのアクション』をプレイングに記載して下さい。何か変化があれば『本当に現実世界にリンクしている』事が確かめられるはずです。
・邪神
便宜上そう呼ぶエネミーです。彼女は天秤宮に向かう予定のようです。
姿はヴァイオレットさんに酷似しているようですが、凶暴なエネミーです。どうやら『列星十二宮(サイン・エレメント)』で『ほしのまもの』を喰らうことを目的にしているようですが……?
・ルル・シャドウ
邪神と一緒に行動しようとしている『邪神』。天秤宮で待ち受けているようです。
殺意、殺意!
・パラディーゾ『影歩き』
・パラディーゾ『星巫女』
・パラディーゾ『ビブリオフォリア』
皆さんと意見を酌み交わして行きたい場所を選定します。
ただし、影歩きは邪神を追掛けたいようです。星巫女とビブリオフォリアは皆さんに判断を委ねます。
戦闘能力は星巫女=影歩き>ビブリオフォリア。ビブリオフォリアは消えかけのデータのため戦闘には不向きです。
・パラディーゾ『クオリア』
情報屋を兼任しています。彼女は旋律(クオリア)の能力で処女宮の乙女との接触を行ないたいようです。
・越智内 定
ORphanに住まうバグデータの少年。パラディーゾ達を追掛けてきて何故か穴に落ちる勢いで列車に乗り込みました。
非常に怯えていますが彼がバグであることを認識している為、『データの変化』などに聡いようです。
つまりは『ほしのまもの』探しに非常に適しています。向かう場所は皆さんに委ねます。戦闘はからっきしです。
・タハト・タラト
電脳廃棄都市ORphanに存在するギルド『崩れる蛇頭亭』に所属している少年。パラディーゾ達を追っています。
戦闘は得意です。向かう場所は皆さんに委ねます。
●ROOとネクストとは
練達三塔主の『Project:IDEA』の産物で練達ネットワーク上に構築された疑似世界をR.O.O(Rapid Origin Online)と呼びます。
練達の悲願を達成する為、混沌世界の『法則』を研究すべく作られた仮想環境ではありますが、バグによってまるでゲームのような世界『ネクスト』を構築しています。
R.O.O内の作りは混沌の現実に似ていますが、旅人たちの世界の風景や人物、既に亡き人物が存在する等、世界のルールを部分的に外れた事象も観測されるようです。
練達三塔主より依頼を受けたローレット・イレギュラーズはこの疑似世界で活動するためログイン装置を介してこの世界に自分専用の『アバター』を作って活動します。
特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/RapidOriginOnline3
※重要な備考『デスカウント』
R.O.Oシナリオにおいては『死亡』判定が容易に行われます。
『死亡』した場合もキャラクターはロストせず、アバターのステータスシートに『デスカウント』が追加される形となります。
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