PandoraPartyProject

シナリオ詳細

繊月の影に

完了

参加者 : 15 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●『eraser』
 しあわせだったのは、何時までだっただろう。
 10歳になった頃、将来は騎士になりたいと願った。誰もを救う正義の剣。そんなものが存在していると信じていたから。
 12歳になった頃、正義と呼ばれていた当たり前が崩れ去った。
 何も与えずに無償の愛を頂けると信じた産みの母は先の大戦で死に、庇護と言う鎧を与えてくれる父は姿を消した。
 そんな子供達がうんと溢れかえっていた。
 無償の愛情なんて、信じてや居られなかった。

 親が子を愛することは当たり前じゃない。
 子が親を愛することだって当たり前じゃなくて。
 あの夜に、それでも紛い物じゃない愛情は確かに存在するのだと教えてくれた人が居た。
 だからこそ、あかつきに雨が降ったあの日に駆けだしたんだ。
 梅天の空の下。
 大丈夫だと抱き締めてくれた人が居た。
 いってらっしゃいと送り出してくれた人が居た。
 ――危険なら逃げてもいいと声を掛けてくれた人が居た。

 それでも、俺は。
 役に立ちたかった。ただの、我儘だったのかも知れない。
 言葉の裏の裏。
 愛していると、嘯いたひとなんかより、信じられる心の動き。
 だいすきだと、笑顔で言える自分になれますように。だから、俺はあなたたちの役に立ちたかった。

●港の香りに、君は進んだ
「――と言う訳だ。オーケイ?」
 それは中層に存在するバスチアンの滞留屋敷(セーフ・ハウス)での一幕であった。
 外との繋がり、アドラステイア内部への侵入経路を有している『探偵』サントノーレ・パンデピス(p3n000100)は聖銃士と呼ばれた少年を屋敷へと呼び出した。名目はバスチアンのオーダーに応える為だ。
「……オーケイ」
 ぬばたまの髪に灰色の瞳。幾分も伸びた背丈に合わせたしつらえの良い衣服は『聖銃士』となってから得たものだった。
 少年、イレイサ (p3n000294)がバスチアンの庇護下に入れたのはサントノーレの協力による者だ。バスチアンの庇護を受けた幹部候補生(プリンシパル)と呼ばれる少年は貌を強張らせてゆっくりと頷いた。
「俺は、中層の地図を手に入れるのが目的で、それから」
「イコルは元から持ってるんだろ? 摂取は?」

 ――『イコル』という名前の薬があります。これには気を付けて。
 たくさんの量を長い間飲み続けると、自分が自分でなくなってしまうの。

「してない。ココロがダメだと忠告してくれた。こんな国よりココロの方が信頼できる」
 背筋をピンと伸ばしたイレイサはココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)のかんばせを思い出す。光を宿した稲穂のような髪を揺らがせたあの人は、幼いかんばせをしていても姉のように忠告してくれた。
 イコルは、人を変質(かえ)てしまう恐ろしいものだという。その片鱗をイレイサも肌で感じていた。
 それは『外部』で囁かれても、中では『悪しきひとたちによる嘘』だと思われていたことだ。
 プリンシパルと呼ばれる立場になってから、それを感じる。この場所は平気で嘘を吐き、こどもを利用している。
 此の儘、この『都市』に滞在し続ける事への危機感さえも感じるような――
 それはサントノーレとてそうだった。サントノーレはバスチアンと話した結果、子供達の取引記録やイコルについての情報を確保しようと考えていた。その協力者としてイレイサはイレギュラーズを中層へと引き入れて全体把握を行なう任を承けた。
「サントノーレ、これから何が起ると思う?」
「さあ、どうだろうな」
 イレイサが感じている恐怖感に似た何かが起る可能性は十分にある。

 反・旅人(アンチ・ウォーカー)を掲げるバスチアンの元にイレギュラーズを集わすことは出来ない。イレイサは下層にサントノーレが用意した『合流地点』でイレギュラーズを待つことにしていた。
 その地へとイレギュラーズを引き入れる手はずを整えたのは外部よりサントノーレの協力者を担っていた『ガラテヤの光』ゼノビア・メルクーリ。
「お待たせ致しました。これより私も同行致します。プリンシパル・イレイサ」
 穏やかな笑みを浮かべたゼノビアは聖教会でも煙たがられるほどの『苛烈な信仰心』のかたまりだった。
 そんな彼女が単独先行で下層への潜入捜査を行なっていた際にイレイサと合流を果たしたのだ。それ以来、斯うして密やかに協力し合う関係性である。
「有り難う。ゼノビア。外はどうなってる?」
「ええ。『探偵』の推測通り内部ではブトナ家が多額の支援をしていることが判明しています。
 ブトナ家のアリソン嬢は子供達を内部に送り込んでいる事が判明しております。それから、その内通者はアウセクリス」
「……プリンシパル・アウセクリス」
 イレイサの表情が曇る。アウセクリスと呼ばれた少年はティーチャー・カンパニュラが統率する『毒蠍』のリーダーだ。
「障害はアウセクリス?」
「そう、なるでしょう。此方の動きをブトナ家が把握していないわけもありません。
 ティーチャー・カンパニュラは現在は手を拱いて此方を見ているでしょうが……此処で調査を完了させなくてはなりません」
「分かった。頑張る。ゼノビアも無理せずに」
 これ以上、渓に誰かが落ちる所なんてみたくなかった。
 イレイサは唇を噛む。この国は、誰かを蹴落とすことで生きる為の道が拓ける。
 そうやって、ずっと誰かを蹴落とし続けた者達は感覚さえ麻痺する。貴族だって同じだ。
 痛みを感じなくなった体は軈て壊死してしまう。そんなことさえ気づかずにかみさまに感謝をする日々はどれ程恐ろしいか。
「イレイサくん。久しぶりだね。
 中層の地図を奪取すれば良いんだっけ? アスピーダ・タラサの全容から変化している可能性があるから」
 アドラステイアの中層は、アスピーダ・タラサと呼ばれた港湾の地だった。鉄帝国からの侵略に備えて作られた軍事都市。
 高い塀に包み込まれて覆い隠されたそのすべてを詳らかにするべくスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はイレイサへと問い掛けた。
「そう。上層部に攻めこむ為の一手にする」
「……それは、危険だろうな」
 ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は顎に手を当て悩ましげに唸った。
 ゼノビアの話を信じれば、待ち受ける障害は存在している。追い縋る子供達の手を逃れ、中層に存在する『ア・プリオリ図書館』に辿り着かねばならないと。
「ア・プリオリ図書館の場所は、俺が知ってるよ」
「……イレイサ」
 その名を呼んだシキ・ナイトアッシュ(p3p000229)にイレイサは頷いた。

 ――もし、全てが終わって、生き残ることが出来たら。俺はあなたの家族になれますか。

 あの日、雨が上がったあの場所で、彼女に告げた言葉に嘘は無い。
 何時だって、優しく抱き締めてくれたそのぬくもりを護る為なら。
「頑張ろう。ここで、諦めたらだめだっておもうんだ」

GMコメント

 日下部あやめと申します。宜しくお願いします。
 ティーチャーより『毒蠍』さんをお借りして参りました。

●潜入目的
 目的:『中層地図』の確保
 サブオーダー:アリソン・コレット・ブトナの確保

●フィールド情報
 ・アドラステイア中層
 天義の海沿いの町(※不凍港ベデクトに程近い場所)である『アスピーダ・タラサ』をベースにして作られた港湾都市。
 踏み入れると下層との違いに誰もが驚くほどに普通の街が存在して居ます。
 スラムを思わせた下層と大きく違った普通の生活が営まれており、商店や騎士学校など『当たり前のもの』が素知らぬ顔で存在して居ます。
 聖銃士になった子供達には『宿舎』やお祈りのための『教会』などが与えられているのか、一般的な寄宿学校での生活を行っているような――そんな雰囲気です。
 下層と隔てた塀との出入りは厳しい関門が存在して居ます。
 下層はスラムであるために誰がいても気にはされませんが、中層からは『通行証』がなければ出入りを赦されることはありません。
 が、通行証をイレギュラーズは入手しています。自由に出入りが出来ます。
 イレイサが向かうべき場所であるア・プリオリ図書館については把握しています。その他の場所も調査は可能です。目星を付けて探索してみて下さい。

 ・ア・プリオリ図書館
 中層に存在する図書館です。アスピーダ・タラサであった頃の図書館を其の儘利用しているために様々な書物が見付けられそうです。
 何か気になることがあれば調べてみても良いかもしれません。場所はイレイサが把握しています。

 ・ボーヴォワール寄宿学校
 アスピーダ・タラサに存在していた学校です。現在は『聖銃士』育成学校として運営されています。
 イレイサの寝泊まりしている場所です。彼曰く、イコルを常用で摂取してる者が多く不安を感じるそうです。

●敵勢対象
・『アドラステイアの子供達』
 毒蠍と呼ばれる戦闘集団。『プリンシバル』アウセクリスを中心としたアドラステイアの聖銃士たちです。
 イレギュラーズの動きを警戒し、中層を見回っています。イレギュラーズを発見した際にはマザー達に報告するつもりのようです。
 アウセクリスはアリソンと名乗った少女と同行しておりイレギュラーズを捕えてマザーに突き出すことを目的としているようです。
 イコルを多分に摂取した『聖獣』になりかけている子供を保護し、異端の教義を糾弾すべきではないかとゼノビアは考えている様子でした。

・『聖獣』
 毒蠍たちが引き連れている聖獣と呼ばれるモンスターです。聖獣さまと呼ばれ尊ばれています。
 当初はただのモンスターだと思われていましたが、現在は人間をイコルによって改造して生まれたものだということが判明しています。
 翼を揺する獅子や荘厳なる存在を思わせる姿をしています。

・アリソン・コレット・ブトナ
 天義貴族ブトナ家の令嬢。彼女が此処で活動していることが問題です。サブオーダーとしてアリソンの確保があげられます。
 ブトナ家がアドラステイアと繋がっているという重要な証人と成り得る事から、積極的に確保を求められます。
 彼女はアストリア枢機卿の聖騎士であった『ミディア・コレット・ブトナ』の養女です。
 戦闘能力の程は不明ですが護身術には長けていそうです。

●同行者
・イレイサ
 道案内をします。
 灰色の眸に黒い髪。天義出身の15歳。両親は既に亡く此れまでのイレギュラーズとの交流でアドラステイアに潜入することを選びました。
 聖銃士ですが『イコルには気をつけろ』の言葉に従い、摂取していません。
 聖銃士になるには苦労したそうですが、イレギュラーズのためと努力をしたようです。
 喧嘩殺法と呼ぶしかない戦い方も少しは様になってきたようです。剣を得意としているようです。
 キシェフのコインを数枚持っています。今はプリンシパルと呼ばれる立場になりました。

・ゼノビア・メルクーリ
 脱出経路の手引きを致します。
 天義南東部の街ガラテヤの神学校を、若くして主席卒業した英才。
 停滞を怠惰の罪とする、強烈な信仰心の持ち主。常日頃は穏やかな態度と口調だが、神学論争は苛烈そのもの。『ガラテヤの光』の名を有しており、異端の教義を受け入れてしまうのではないかといった不安定を感じさせる女性ですがイレイサの協力者、イレギュラーズの協力者として活動してくれています。

●独立都市アドラステイアとは
 天義頭部の海沿いに建設された、巨大な塀に囲まれた独立都市です。
 アストリア枢機卿時代による魔種支配から天義を拒絶し、独自の神ファルマコンを信仰する異端勢力となりました。
 しかし天義は冠位魔種ベアトリーチェとの戦いで疲弊した国力回復に力をさかれており、諸問題解決をローレット及び探偵サントノーレへと委託することとしました。
 アドラステイア内部では戦災孤児たちが国民として労働し、毎日のように魔女裁判を行っては互いを谷底へと蹴落とし続けています。
 特設ページ:https://rev1.reversion.jp/page/adrasteia

●アドラステイアの物品
・キシェフのコイン
 魔女裁判等『神様の為に奉仕した証』として得られるコインです。基本的には銅製コインの形で授与されます。
 コインを用いることで配給される食事が豪華になったりと様々な特典が得られることから、子供たちは積極的に『魔女裁判』を行います。
 特に多くのキシェフを得た子供はゴッドマザーから『神の血』を授かることができ、これを飲み干すことで強力な力を得ることがあります。
 子供たちは神聖な力を得て神に近づくと信じていますが、これは魔種の血であり、飲むたびに子供は魔の力に侵されていきます。

・イコル
 アドラステイアで製造されている赤い錠剤です。
 服用すると精神が安定するほか様々な効果があるとしてキシェフと同じように大切に扱われています。
 イレイサは恐ろしい品だと聞いてから手出しをしていません。

  • 繊月の影に完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年11月25日 22時06分
  • 参加人数15/15人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 15 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(15人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
コラバポス 夏子(p3p000808)
八百屋の息子
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
彼者誰(p3p004449)
決別せし過去
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
三國・誠司(p3p008563)
一般人
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼

サポートNPC一覧(1人)

イレイサ(p3n000294)

リプレイ


 潮風が頬を撫でた。冬化粧を装い始めようと貴婦人の白頬を思わす石畳をなぞった風が体を震わせる。
 秋を忘れ去らんとしたアスピーダ・タラサの入り口にイレギュラーズと1人の聖銃士の姿があった。真白の騎士服に短剣を携え、随分と慣れてしまったネクタイをピンで挟みずれてしまわぬように固定した少年は緊張に口蓋へと滲んだ唾をごくりと飲んだ。
「イレイサ」
 名を呼べば『愛を知りたい』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が思い出すのは救いなどないと叫び、憤った孤児の少年だった。
 襤褸を纏い、灰色の瞳に義憤を乗せた今にも脆く崩れ落ちてしまいそうであった少年。雲脂に塗れた黒髪は乱雑にナイフで切り落とされ手入れもされていなかった。碌に湯に入ったこともないのだろう。垢に塗れた体で、尚も幼い少年少女を護ろうとしていた――あの日のきみ。
「あなたこんなに立派になったのですね」
 胸を張ってココロは穏やかに告げた。彼とは随分と長い付き合いになる。背丈もうんと伸びた。崩れ落ちてしまいそうだった彼も今や立派な騎士の様相。
「……イコルを摂取せずに聖銃士になれるとは驚きです、相当難しい事態を切り抜けたのでしょう」
「ッ、」
 ひくついて、息を呑んだイレイサ (p3n000294)は「それだけ、俺が誰かを犠牲にしたんだ」と呟いた。この都市は見て見ぬ振りをして我関せずと己が道を進むことが最も優れた処世の術。人が人を蹴落として、いのちを貪り食らう蠱毒より一足飛びで抜けだせる訳ではない。
 その表情から察し『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)は目を伏せた。手を拱いてばかりであった天義。梲の上がらぬ儘に痺れを切らし冤罪で子供達を崖から落とす者だっている。無数の不幸を目にしてきた正純は「頼りにして居ます」と胸に手を当て声を掛けた。
「……大丈夫。これならあの天義の村にいた子供達の気持ちも背負っていける。あなたのこと、頼りにしますよ」
「俺は、信頼して貰えますか」
 この地にまで辿り着いて尚も。少年は不安げに呟いた。目を丸くして『優しき咆哮』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は「イレイサ?」とその名を呼ぶ。
 自身のマフラーは『貸した』約束だった。シキを、ココロを見遣ってからイレイサは不安げに右往左往と眸を移動させる。胡乱な空気感。
「俺は、潜入したと言えど、其れなりの時間ここに……」
「それでも、きっと知らない所で一杯頑張ったからこそ私達を呼んでくれたんでしょう?
 大丈夫。信頼しているよ。少し見ない内に逞しくなったよ、イレイサくん! 頼りにさせて貰うね」
 膝を折り、天を仰いで夜の気配に寄り添った少年。あの時のちっぽけな彼とは思えないと『蒼輝聖光』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はそのかんばせに柔和な笑みを浮かべた。ほがらかな気配は彼女の生来のもの(ギフト)だ。
「そうだ。元気そうで何よりだよ、お守りは役に立っているなら嬉しいのだけど!」
 肩を叩いてから『姉』のように悪戯めいて微笑んだシキにイレイサはぐ、と息を呑んでから頷いた。
「聖銃士(セイクリッド・マスケティア)の幹部候補生(プリンシパル)――イレイサです。
 あ、その……サントノーレから話は聞いて貰っていると、思う、ます。メルクーリ先生と一緒に皆を支えるから、その、信頼してください」
「……ああ、俺はベネディクトだ。宜しく。イレイサ」
 手を差し伸べる『黒き葬牙』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は上層への手がかりを見付けられるこの機を逃すまいと決意をしてきていた。おずおずと青年の手を握るイレイサに『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)はフランクに声を掛けた。
「イレイサくん、スティアちゃんの友達なんだってね。私はサクラ。よろしくね!」
 学友同士であるような、柔らかな声音。それは、普段通りに振る舞わねば、気が急いてしまうとサクラ自身が考えていたからであった。
 アドラステイアが出来て随分と過ぎた時間。イコルを服用し続けて『聖獣』に転じた子供を見たことがあった。
 武器を持ち、傭兵として各国を渡り歩く小さな子供達。彼等の犠牲をサクラは目の当たりにした。忸怩たる思いがある。苦汁を舐め、凄惨な現場をそれでも何とかしたいと我武者羅に藻掻いてきた。
(冷静になれ。ここでとちったら折角のチャンスが消える――必ず子供達を救う為に!)
 気負うサクラの気配を感じ取ったように『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)はルージュで赤く熟れた唇に三日月のかたちを浮かべた。
(……綺麗で、幸せそうな街。それがアスピーダ・タラサ……もう、この嘘っぱちの幸せからは、目を覚まさないといけないの)
 嘘はしあわせだ。何処までだって溺れていられる夢。うつつなど、知らずに居られれば何れだけ幸せだったのだろうかとアーリアは感じている。
 恐ろしい出来事から目を背け、願う先に手を伸ばした子供達には罪なんて、ないのだから。
「行きましょう。もう、此処からは止まれないわ
 えぇ、えぇ! スティアちゃんにサクラちゃん、それに私で天義三人娘が集まればもう無敵!」
「そうだね! ね、サクラちゃん」
 アーリアとスティアに頷いてサクラは「勿論。行こう、イレイサくん」とロウライトの娘としての矜持と、信念を彼へと示した。


 挨拶は一通り終わった。それでも緊張に背筋へと針金でも差し込んだような佇まいのイレイサに『導きの戦乙女』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は「緊張せず」と声を掛ける。久しぶりだと声を掛けずとも、彼もブレンダを認識し短剣へと意識を向けたようにも感じられる。
 背筋をぴんと伸ばしたイレイサの傍でゼノビア・メルクーリが嫋やかに腰を折った。スカートの裾をついと持ち上げた淑女の礼を見せたゼノビアは金の刺繍糸のように柔らかな光沢を有する髪を風に遊ばせる。
「ゼノビア・メルクーリと申します」
『ガラテヤの光』と呼ばれた淑女は『過ぎた信仰心』の持ち主でもあった。一歩間違えば疑雲の渓へと転げ落ちて要ってしまいそうなほどの危なっかしさ。
 冬の微かなかおりの傍らに立っているには余りにも苛烈すぎた太陽のように、女は心臓に血液を送り込む使命をとくり、とくりと感じているようであった。
 彼女に関してベネディクトは耳にしたことがあった。噂通りの人物であれば有るべき道は二択だ。アドラステイアの存在をどうにかしようとする、か、その教義にその身を委ねてしまうか、である。一筋縄では行かない人物であろうが此処で協力者として関わっておけば今後にも良好に事を進められる可能性はある。
「このアドラステイアでは危機が迫っていると感じております。それも神をも欺き、信仰に非ず懊悩せし民草を愚弄するような」
 ゼノビアが力を貸したのは些細なことからではない。
 聖獣の秘密に――そして、からくりのような神の存在に。
「それって、『ファルマコン』?」
 何処かで聞いたアドラステイアの祭神。『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)の問い掛けにゼノビアは緩やかに頷いた。
「続きは、中でイレイサから聞いて下さい。それと、……『探偵』から、ひとつ。皆様にお伝えしたいことがございます」
 ゼノビアはイレギュラーズを眺めてから唇をゆっくりと動かした。色付いたそれが音の形を作ることを戸惑ったのは熟れきった果実に興味本位で指を突き刺してしまったような心地の悪さを感じたからだ。
「――やはり、下層の子供達の数が減っている……そうです。イレイサ、あなたがどうやって『聖銃士』になったのかも皆様にご説明を。
 こちらで脱出経路を護っております。皆様のご武運を切にお祈りして――」

 少年イレイサは『偶然』のタイミングでこのアドラステイアに踏み込むことが叶ったらしい。
 幹部候補生、ティーチャー候補、監督生。そう呼ばれる『プリンシパル』の大量増員を行なうべく下層の子供達に聖銃士へのスカウトが始まったからだ。
 子供達は傍らの友を蹴り落とすことを画策した。渓へと無数に落ちていく子供達をイレイサは見送った。
 集団での『魔女裁判』でかんばせの歪んだ子供を見過ごした。助けてと涎と鼻水に塗れた少年が叫ぶ様さえ、見て見ぬ振りをした。
 利口で利発、武器の扱いが出来るのだと己を売り込んだ。そうして聖銃士になった時からイレイサの調査は続いている。
「……中層に潜入できたら、話すよ」
 ゼノビアの言う『下層の子供達の数が減った』ということも、詳細は知っているからとイレイサは聳え、高き塀向こうに通じる門へと向かった。
「本来のアスピーダ・タラサは『塀向こう』だけだったんだろう? 此の外に広がっているスラムは後で乱造されただけの子供の『留置場』か」
 呻くように唇と震わせた『鳥籠の画家』ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)はアドラステイアの『デカさ』と称する都市の規模を改めて目の当たりにし圧倒されていた。だからといって二の足を踏んでいては現状は変わらない。この国の平和を思えばいつわりの神様を信奉する者達の排斥は必要不可欠なのだから。
「……俺の出身の孤児院だって、いつ子供をさらわれちまうか分からねぇんだ、絶対に奴らを潰さねぇと」
 幼子達を連れ去ってしまうオンネリネンの子供達。実働部隊とし働く子供達は大半が親を亡くしたものたちであるそうだ。
 通行証を手渡し、中層の門が開く様子を『肉壁バトラー』彼者誰(p3p004449)は包帯越しに見詰めていた。仮装で子供達を世話する『大人』として認識されれば問題はない。顔が割れてしまえば、それこそ潜入作戦は終いだ。
「ティーチャーになる直前に先の大戦で怪我したことにします、包帯の言い訳」
「よろしいのでは」
 ゼノビアは頷いてから脱出経路の維持のため下層で彼者誰達を見送ることに決めていた。包帯で顔を隠し、仮面は服に忍ばせた。
 重厚なる扉の向こう側に、向かうべき場所が存在している。決意を胸にする『星月を掬うひと』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)が見詰めたのはイレイサの傍で入念な作戦を立てていたココロ。
(姉弟子……ココロさんが張り切ってるならワタシもがんばらないとだね!)
 彼女がこの地をどうにかしようと尽力識る事を知っていた。そんなココロ達が送り出し、成果と切欠を携えてやって来たイレイサはフラーゴラ達を中層に誘ってくれたのだから。
「今回の任務を達成することで、今後アドラステイアで犠牲になるかもしれない子たちを減らせる可能性が増えるなら、何が何でも成功させないとね」
 これ以上、理不尽に奪われるこどもたちのいのちがあってはならないと『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)は強く感じていた。
 今日も誰かが渓へと落ちた。奈落は大口を開け、悍ましく笑っている。その子達の運命も、良き方向に変えて行きたい。
「……その為だったら俺は何でもしよう。そう、文字通り何でも――ね」
 含みを持たした言葉。それでも気持ちの上では『竜交』笹木 花丸(p3p008689)とて同じであった。手袋の位置を確かめる。きゅ、と手首の辺りを掴んで指先の通りを確認し、背筋をぴんと伸ばした。
 アドラステイア。この地を訪れることは久方振りに感じられた。中層の地図を確保出来れば上層部に攻め込める。それ以上に『必要な情報』が転がっている可能性だってあるのだ。
「よしっ、この場所が存在する限り子供達が戦わなきゃいけないんだもん。
 そんなの、やっぱり見過ごせないから。皆と一緒にア・プリオリ図書館を目指して行動するよっ! よろしくね、イレイサさん!」
「案内は任せて欲しい。……アスピーダ・タラサへようこそ」
 門を通り抜けたイレイサは先頭でくるりと振り向いた。中層ツアーを題するようにわざとらしく告げた少年に『一般人』三國・誠司(p3p008563)は息を呑む。
「……壁一つでこんなに違うものかぁ……更に上とか想像もできないよね、よくやるよほんと」
 本来は『此の場所』のすがたであったというなら粗雑に作られた下層は塵の掃き溜めのようなものであったのだろうか。
 酷いものだと柳眉を顰めて誠司は周囲を眺める。石畳の坂の街。見上げる中央は塀に隔たれているが鐘塔だけが印象的だ。
「お祈りの鐘が三回鳴ったら脱出する。その時は、通用手形で中層を抜けてゼノビアが事前に教えてくれた地点に集合すること」
「オーケー」
 手をひらりと振ってから誠司は嘆息した。他の誰かに任せて居る事も出来る。それでも、居ても立っても居られぬと潜入作戦に挙手をしたのは放っておけるほど大人ではなかったから。
 末端の聖銃士がイコルの多量摂取で化け物になりかける所も。変わってしまった姿だって何度も見てきた。
 それを天義の中央政府に知らしめようにも、イコルを多量摂取した子供を突き出す以外に策はなかった。救えるかも知れない子供をわざわざイレギュラーズの手でイコルを摂取させ突き出すなど非人道的な行いはできやしない。
「皆は気付いてるかも知れないけど、聖獣様のこととか、資料は、全て回収して天義の王様に持っていくようにする」
「資料……」
 呟いた花丸にイレイサは頷いた。寄宿学校も、図書館も何方にも何が眠っているかは分からない。
 中層の地図さえ手に入れれば其れで終わりではない。もっと、重要な『兵士を出す決め手』を得る事が出来るはずなのだ。
「そこまでやれれば俺達の勝ちだよ。皆の役に、立てる……筈だ」
「へぇ~良いじゃん。愛を知ったんだね少年は。
 人の役に立ちたいってのはそう言うコトなんじゃないかなぁ。素敵だと思うよ。
 僕、愛を良く知らないから申し訳ないけど多分だけど……」
 頷いた夏子にイレイサは「愛」と呟いた。此の世界には無償の愛なんて無い。父が、母が注いでくれる愛情だって打算に塗れていると思っていた。
 生い立ちは碌なもんじゃない。環境の劣悪さだって承知だ。それでも、彼の献身に報いてやりたいと夏子は感じていた。
 大人なのだから、子供の背負った荷物くらい肩代わりしてやりたいのだ。
「プリンシバル・イレイサ。キシェフを一枚頂いても?」
「……ん、どうぞ」
 ココロは礼を言い懐にキシェフのコインを忍ばせた。寄宿学校と併設された寮にならば何らかの手記や地図が存在している可能性がある。
 イコルを多量に摂取した子供は幻覚(ゆめ)を見ているかのようにぼんやりとしているともイレイサは告げた。
「ベルナルドさん、フラーゴラちゃん、夏子さん。それでは行きましょうか」
 下層から、始めて中層に『上がってきた』子供(フラーゴラ)を案内するかのように気取ってからココロは『ティーチャーらしく』静けさをその身に纏った。


 寄宿学校の内部には妙な気配が漂っている。ベルナルドはクロウタドリに変化を詩フラーゴラの肩に止まって居た。
「あ」
 フラーゴラがわざと「まって」とベルナルドを逃がす。通気口などからぱたぱたと内部の様子を確認しに行くベルナルドを見送った。
 目的は持ち込んだ馬車で子供たちを救うことだった。イコルの過剰摂取をしているという子供を出来る限り救いたい――そう、考えていたベルナルドの前にはあられもない光景が広がっている。
「母なる神よ」
「ああ、ああ、もうすぐ大人の儀なのですね――!」
 明後日をも向いて錯乱した雰囲気を見せた少年少女。ポーカーフェイスを装いながらもベルナルドは引き攣った声が漏れ出でそうになり思わず退いた。
 幻惑を見ているかのように信仰心を強くする。イコルとはそうした成分を有しているのだろうか。
 治療は難解であろう。そこまで症状が進んでしまっていては本来の自我、その体は蛻の殻とも言える。ベルナルドは羽ばたきながらフラーゴラの元へと戻った。
「……どうでしたか?」
 待っていたココロの指先にそっと止まってベルナルドは「無数に」と告げた。夏子は「だよなあ」と肩の力を抜く。
「まあ、そうなるっしょ。よしよし、んじゃ作戦開始って事で」
 唇を吊り上げた夏子は題して『インキャ兄貴風パイセン』を気取ることにして居た。上層からの見学に来た雰囲気を見せるのだ。
 イレイサに告げれば、彼は聖銃士に見えるような装いについても考案してくれた。騎士を思わす衣服と鎧さえ着用しておけばそう見えるだろう、と言うことだ。
 フラーゴラの肩に止まったベルナルドに合図を送ってから、夏子は彼が偵察を終えた教室の扉をノックする。
「様子見に来たよ 励んでる?」
「こんにちは、えと……」
「名乗るほどのもんじゃないですよ。ティーチャー候補みたいなもんで」
 わざとらしく肩を竦めた夏子に少年達は「ああ」と頷いた。寄宿学校にティーチャー候補になるべく外部からヘッドハンティングされた聖銃士が来ることはままあるのだろう。オンネリネンの活動が活発化していることがその理由なのだろうか。
「最近はオンネリネンが活動的ですもの。プリンシパルが来てくれれば我らの神も喜びます」
「……そーそー。そういえば、どうしてオンネリネンって活動的なの? あとさ、どんなコト普段学んでんの。色々教えてよ」
 顔を見合わせた聖銃士、一方は赤毛の可愛らしい少年だ。もう一方は『オンネリネンの子供』であったという花咲くような紅色の眸の少女。
「ハルメが教えてやりなよ。詳しいでしょ」
「ええ、ハルメがですかぁ? いいですけど……。いいですか? 外から私達に連れられてきた偉大なるプリンシパル。
 フォルトーナが壊滅したのは知っていますね? そう、悪魔による犯行です!
 フォルトーナはイコルを製造していた拠点都市ですからね。狙われやすい重要防備拠点でしたけれど陥落したのですよ」
 頬を膨らませ、生き生きと話す彼女に夏子はその言葉の端々から感じられる『アドラステイアへの信と誉れ』を感じずには要られない。
「そのお陰でイコルの製造量は大幅減。
 アドラステイアは警戒レベルが上昇しましたし、オンネリネンも外部から皆さんをお呼びする任務が下りました。忙しくってしくしくです」
「え、じゃあ、イコルって今はないの?」
「いーえ。上層でティーチャー・カンパニュラが拠点を確保してくれていましたし、バイラム様もご無事だったみたいですから。
 ハルメ達実働隊はすこぉしずつ供給されるイコルを他の聖銃士さん達に譲りながら暮らしてきたわけですよ」
 胸を張ったハルメの結わえられた緑色の髪がふんわりと揺らいだ。夏子を見詰めた甘い色彩。それを受け止めてから夏子は『彼女がここまで意識がクリアなのはイコルを摂取していないから』だと感じていた。
「イコルの配布が減ったから、飲まずにプリンシパルになる道が出たんだ」
「そうですねぇ。それなりの『結果』はいりますけど! あ、話し過ぎちゃった。プリンシパルの所為ですよぉ。
 お名前聞いてもいいですか? ハルメ、上層に遊びに行ったときは必ず、プリンシパルに会いに行きますから」
「オーケー。有り難う。ハルメ、それから君も。
 ……人には親切にしとくんだよ。人助け精神は君達を強くする。
 ご褒美にお菓子あげる――ん、その顔何? ガッカリ? まあ美味しいからさ。この赤くて小粒のお菓子」
 キシェフじゃないと苦い顔をした少年には名を告げずハルメにだけ「『なっちゃん』って呼んで」と名前を濁して告げた夏子はひしりと感じていた。
 彼女は『まだ』救う価値がある。それでもオンネリネンこそ己の家だと認識している彼女を連れ出すにはまだ時期尚早だろうか。
「さ、お話ご苦労様でした。ファルマコンの加護ぞ在る」

 寮の一室に訪れていたココロは聖銃士の少女に「お腹が痛いです、ティーチャー」ともじもじと告げられていた。
「呼ばれた日に病欠って、毒でも飲んだのかよ」
 ケケケと笑った聖銃士の少年に雀斑の少女は「違う」と憤慨する。フラーゴラはこてんと首を傾いだ。
「……その、まだ、上がってきたばかりで何も知らないのだけど、今日は何かあった……?」
 フラーゴラの問い掛けに少年は「そっか、新しい聖銃士か」と合点が言ったようにフラーゴラを見詰め、背後のココロへと視線を送る。
「ティーチャーこんにちは」
「こんにちは」
 手を振ったココロは「呼ばれた日、って?」と問い掛ける。少年は少女の頭をぐりぐりと押さえ付けた。
「そりゃ、大切な大人の儀ですよ、ティーチャー」
「大人の……」
 ――ココロがそれ以上問うては『ティーチャー』である事が不審がられるか。唇を噤んだココロの傍でフラーゴラが袖をつんと引っ張った。
 彼女のための地図を持っていないかと聞けば、地図は『持ち出せず』見せられただけなのだと少女は告げる。
「どうして地図を?」
「……中層の地理にうとくて」
 ペットのベルナルドくんを肩に乗せていたフラーゴラはおどおど、きょろきょろとしながらココロの背後に隠れた。
 手にした手帳とペンで聞いた言葉を書き記しメモを取る。地図がなければこれからどう生活すれば良いのか居たたまれないのだ。
「イコルを摂取したということは『偉大なる神』にとても信心深いかたなんだと思います。
 どんなかたでしょう。きっとワタシの道しるべになると思います。ワタシ会ってみたいです」
「イコルを一番飲んでたのって誰だっけ。針水晶(ルチル・クォーツ)は? ティーチャー・ルチルは信心深いだろし」
 少年に弄られていた雀斑の少女は「鈴(ちるる)って名乗っていたと思います。旅人でした」とココロに居住いを正して告げる。
「鈴は直ぐ見れば分かりますよ。歩く度にちりんと鳴って可愛いですし、紫色の瞳に長い耳。それから背中に翼がありますから」
 その姿こそ旅人らしい存在なのだろう。フラーゴラは「素敵、だねえ」と頷いたがココロの表情は渋い。
 この都市の裏に隠れている『新世界』はアンチ・旅人(ウォーカー)を掲げている闇ギルドだ。
(……もしかして、旅人から先に連れて行かれているとか?)
 悩ましげなココロの傍でフラーゴラは「大人の儀って?」と問うた。
「それも知らないのか。最近はイコルが飲めやしないだろ? だから成人の儀式で直々に『聖盃』にプリンシパル達が飲むことの出来る恩恵だよ」
 飲む、と言葉にしてからココロは唇を震わせた。イコルの代り――ならばその原材料であったという神の血を……?
 その様な事をすれば瞬く間に聖獣に転じてしまう。恐ろしい儀式を横行させフォルトーナの代わりになろうとしていたのか。

 子供達と別れてから、地図は図書館にあるようだと夏子とも合流を果たし意見を合致させる。
 イコルの摂取が過剰であり、ふらつき歩く鈴の姿を見付けてフラーゴラは肩にベルナルドを乗せながらゆっくりと近付いた。
「あなたが、鈴ですね?」
 問うたココロに鈴は焦点の合わぬ眸でへらりと笑う。
「一緒に来て」
 手を差し伸べたフラーゴラが気配を感じ一歩、後ずさった。2人の間を裂くように飛び込んだのは投擲用のナイフ。
「腕を上げたんじゃないか、トクサ」
「ならうれしいです。プリンシパル・アウセクリス」
 聖銃士の少年を連れて遣ってきた少年はじろりと一行を睨め付けた。品定めをするような深い夜色の瞳の少年だ。
 ココロがたじろげばアウセクリスは「ティーチャー、そいつをどうするつもりですか」と穏やかに問い掛ける。
「……疲れていそうなので連れていこうかと」
「ああ、そうそう。体調悪そうだもんで」
 庇うように立った夏子を眺めてから少年は「そうですか」と手を下ろした。トクサもそれに習い武装を解除する。
「どうぞ、連れて行って下さい」
 値踏みをするような視線に悍ましささえも感じながら――鈴を連れて歩いて行く。
「あの瞳、なんだか怖い……」
 呟いたココロ。彼女を見詰めていたアウセクリスは唇を吊り上げて笑ってから逃げて行くイレギュラーズを『敢て』見送った。
「プリンシパル・アウセクリス」
「分かってる。『大人の儀』はまだイコルを飲んだことない子供を連れて行って。あ、あとそれから――」
 その言葉はココロの頭にこびり付いて離れやしなかった。


「イレイサくん、ブトナ家って言っていたけど……アリソンさんかな?」
「ああ、令嬢の名前は確か……アリソン・コレット・ブトナだったと思う」
 イレイサは深くは覚えていないと金髪を揺らしていた令嬢を曖昧に思い浮かべた。堂々たるすがたをしていた令嬢にスティアは苦い思い出があった。
「昔、結構いびられた記憶があって苦手なんだよね……今なら対処できるかなぁ?
 サクラちゃんとアーリアさんがいるから大丈夫かな……大丈夫だよね! 大丈夫だと、思おう、うん」
 空元気をみせるスティアにサクラは「ブトナって騎士の家系だよね」と記憶を手繰る。
「スティアさんの昔なじみなんだ?」
 図書館に向かいながら、耳を欹て気配を出来る限り隠していた花丸にスティアは頷いた。聖騎士ブトナの養女として召し上げられたアリソンはスティアと顔を合わす度に嫌がらせをしていたのだという。子供めいた嫌がらせばかりであったが、幼少期に感じた不快感は簡単には拭えやしない。
「ごにょごにょ、まあ……」
 思わず言葉を濁すスティアに花丸は誰だって幼少期に受けた仕打ちは心に残るものなのだと肩を竦めた。
 図書館へは気配を芥子、忍び足で向かう雲雀はなるべく聖銃士太刀と鉢合わせはしたくはないと考えていた。
 必ず戦闘が起るわけではないだろう。だが、アリソン・コレット・ブトナ令嬢に内通者となっていた『プリンシバル』アウセクリス。
 彼等との会敵がないとは言い切れないのだから。子供達はなるべく生かして終わりたい。それでも、と気が急いたのは致し方がないか。
「それにしても、下層と違い本当にパッと見は普通の街。
 確かにこんなものがあれば、下層で他者を蹴落としてでも中層へ登りたいと子供たちが望むのは無理もない。
 ……それをきっと、意図してやっているのでしょうね。ヒトの醜さと、弱さをよく知っているのでしょうね」
 苦い顔をした正純にイレイサは頷いた。吹く潮風に肌寒い冬の気配。石畳の規則的な並びに、家屋のそれぞれも潮風と冬に堪え忍べる様に立派なものばかりだ。
 褪せた色彩はそれが港湾の都市である事を感じさせた。なだらかな坂道が続くのは下層から同じ。上へ上へと『登っていく』形式なのだろう。
「アスピーダ・タラサは港湾警備をしていたらしいから。あの鐘塔は本当は見張り台だったらしい」
「見張り台?」
 誠司の見上げた先には『祈りの鐘』を鳴らすアドラステイアの象徴が存在している。祈りの鐘を聞けば、こうべを垂れ、神へと祈る事が必須とされていた。
「あそこから『凍らずの港』までをも見通せるらしい。俺も、遠く色々な場所を旅してから此処に潜入(き)たから聞いただけだよ。
 天義は、鉄帝と小競り合いをして居たから、港の動きには警戒を強めていたって。それでも、それ程重宝されてなかったんだろうね」
 それ故に乗っ取られたのだろうと告げるイレイサに誠司は「そうなんだろうな」と呟いた。吐息さえ白く成り行くこの季節。軍事力よりも信仰を。競り負けないために聖騎士を用意した天義は在り方を一度揺らがせばとても脆いものだったのだろう。
 すんなりと辿り着くことの出来た図書館でベネディクトはやけに警備が薄いのだと感じていた。敵戦力を足止めする策は十分に容易してきたがその本領は脱出時だろうか。
 最後部に立っていた正純は「オンネリネンも此の周囲に拠点を持っていると聞きました。中層は其れなりに広いのですよね」とイレイサに問う。
「そう。だんだんと狭くなっていくから。此処が『一番人が住みやすい場所』かもしれない」
 正純はそうなのだろうとは感じていた。上層を見詰めるだけで気味の悪い空気が背筋を撫でるのだ。

 資料を探す花丸はある程度の書物を積み上げてページをぱらぱらと送りながら内容を確認し続ける。
 図書館には天義で流行った小説や専門書なども連なっている。
「地図はこの辺りでしょうか」
 整理された書架を眺めていた彼者誰。アスピーダ・タラサ時代のアドラステイアの内容がないかと探している。
 これだけ整理されているのだ。地図以外にも何らかの情報は眠っているはずだ。
 情報には価値がある。つまり、価値が高くなるにつれてアクセスできる者は限られてくるはずだ。誠司はその為の情報は何処かに隠されていると考えた。
 誠司が考えていたのは聞き耳を立てて不自然な音を探すことであった。隠し部屋などがあれば一番だ。何処へ向かうかは仲間へと共有し、周囲に溶け込みながら探し求めていた。
「歴史や、土地の文化などを調べる様な場所にあるのか? 或いは、一般人が見る事が出来ない場所に保管されている可能性もあるだろう」
「それを探してみるよ」
 ベネディクトは誠司に頷いてから適当な本を一冊取る。隠し部屋などがあるかも知れないと確認するイレギュラーズ達は手分けをし、皆で情報を逃さぬ様にと探し回った。
「イコルの主成分は『神の血』やバイラムの――というのは……まあ、フォルトーナでの通説よねぇ」
 其れが本当なのだろうかとアーリアが零した言葉にシキは引き攣った声音を漏した。
「血」
 寄宿学校の子供達を救いたいと願っていた。身勝手かもしれないが、それ等がどの様な効果を与えるかを知りたかったのだ。
「血……フォルトーナで作られていたイコルが減っても『血を供給する大元』を立たないと……?」
 サクラの唇が震え、ブレンダは「受付の手記を見たのだが『大人の儀で聖盃を飲むことになった。明日からは私も大人だ』と」と告げてから青ざめた表情を見せた。
 ――プリンシパルは大人になれる。
 ――けれど、大人になれば何処かに消えてしまう。
 ――きっと、ティーチャーとしてのお勤めがとっても苦しいのだろう。はやく、もう一度お兄さん達にも会いたい。
 手記に書かれた文字を辿るだけでブレンダは真実が紐解けた気がして酷い頭痛がした。
 大人の儀で、聖盃を傾ける。
 その中身が『神の血』であったなら――
「少しよいでしょうか」
 正純が手にしていたのは子供向けの教本だった。子供達の眼に入るような場所に重要情報は置いては居ないだろう。イコルの真実も、聖獣に関してだってそうだ。誠司やアーリアが探す隠し部屋や鍵の掛かった本を探すことも必要だろうが――子供向けの教本も侮れない。
「此処には『疑雲の渓』について書かれています。
『魔女喰い』と呼ばれたばけものが渓には住まい、渓に投げ込まれた『魔女』を真なる神ファルマコンの元に誘ってくれる――と。
 これだけならば子供達に寓話で魔女裁判の大切さを教え込んでいるように見えますが……」
 それが『真実』なのだとすれば――『魔女喰い』と呼ばれるばけものは本当に谷底に居り、投げ込まれた存在をファルマコンの糧にしている。
 些細な情報であれど、それが真実である可能性は高い。
 長くアドラステイアに関わって来たからこそ、正純には分かることがあった。


「こんにちは、皆さん。何事も変わりはありませんか? イコルは飲んでいますか?」
 図書館内部で清掃を行って居た子供達にも道中で見かけた子供達と同様に声を掛ける。仲間達との秘密の隠れ家、情報共有拠点は幾つか準備しておいた。
 観察した結果を纏め、適当な本の名前をでっちあげて『ティーチャー』は皆に其れをサガさせているのだと穏やかな声音で告げた。
「さっき、あっちのティーチャーも探していました」
「……ああ、そうですね。一緒に探しているのですよ」
 出鱈目な本は何処にもありやしない。其れを分かりながらアーリアは子供達を散らして探索を続けた。
 地図は受付の子供に言えば直ぐに出て来た。ティーチャーならば持ち出しも可能なのだそうだ。
 これらの書架は管理され、寄宿舎などに持ち込むことは禁じられている。ただし、上層に『遣い』で持ち込むときは構わないとされていた。
 アーリアは出鱈目な名前を貸出票に書いてから仲間達が潜入を行って居る様子にも気を配る。
「ティーチャー、少し宜しいですか」
「ええ。それじゃあ、またね」
 礼儀正しい図書館司書の子供に手を振ってからアーリアは真座済みと合流した。施錠された扉を誠司が見付けたのだそうだ。
 するりと入り込めばその奥にはイコルの供給量についてのレポートが書かれている。徐々に減り始め、ある一点から『成人の儀』と書き換えられていた。
「成人の儀……」
 子供達にも見つからぬ秘密の拠点。その場所で一行は顔を見合わせる。
「それから、『魔女裁判記録』ですね。やはり……渓へと落ちている」
 渓へと子供が落ちた翌日に成人の儀やイコルの供給が増えている。『贄(まじょ)』の量とその供給量増加がイコールならば。
「……渓底に『イコルの供給源』に養分を渡せる何かがいる」
 それこそが魔女喰い。
 罰されるべき魔女を食らうからこその名前なのだと感じた正純の背中に嫌な気配が伝った。
「イコルを作るのが神様の血で、その供給源は本当に神様だっていうなら――ファルマコンを倒さなくちゃ何も救えないという事か?」
 誠司の問い掛けに正純の白んだ唇は恐らくとだけ音を乗せた。そう、言いたくはなかったと苦しむように声音が震える。
「いやね」
 アーリアは俯き囁いた。
「……彼方も焦って、血の量を増やしたのかも知れないわ。早く上層に攻め入って、ファルマコンを撃破しなくちゃ」
 開いた地図には上層への入り口が載せられている。そして、上層部の地図も中層地図には記載されていて――
「……ここなら、騎士を駐屯できる」
 ベネディクトがとん、と指差したのは中層寄宿舎であった。
「今居る子供は?」と問うたのは彼者誰。雲雀は「子供達も聖騎士に保護させるのかな」と問う。
「イコルからの脱出症状は、薬と同じだと考えた方が良いだろうな。『治す』為の治療法は上層で問い質すしかなさそうだ」
 其れがあるのかも分からないと渋い顔をしたブレンダに「目標は決まった」とだけ花丸は告げた。
 中層の制圧を行ない、アスピーダ・タラサの機能を回復させる。聖騎士団を、点在させてバックアップを頼みながら上層へと駆け上がる。
 ファルマコンの喉元へナイフを突き刺すため――

「そうだ。ねえイレイサ」
 図書館の書架を眺めていたイレイサは「どうかした?」とシキへと問い掛けた。
 内部の書物は元から存在して居た者が多いが、埃被らぬものであれば『アドラステイア』になってからのものも多そうであった。背表紙に書かれた文字列は中身とちぐはぐであるのは聖銃士(こども)達に知られぬ為なのだろう。
 寄宿舎の配属名簿に、その統括するティーチャーの名前。オンネリネンの子供達の活動記録も纏められている。
「前に、私の家族になれるかと聞いてくれただろう」
「うん」
 無償の愛など存在していないと考えていた少年にとって、一番に得難い家族の愛。恋情などではない、決して解けることないような確かなものが欲しいとイレイサはシキへと向けて告げて居た。
「……私には弟がいてね? 今は、どうやら私の敵みたいだ。
 私は一人よがりで、正しい家族の形とやらをあの子に与えてあげられなかった。
 そんな私が、愛や家族のぬくもりを君に与えてあげられるのだろうか……それが出来なかったから、ザクロは……」
「シキは、出来るよ。俺は、シキの家族になりたいと思った。
 ……あー……その、ココロは、俺にとっては先生みたいなものに思えたんだ」
 頬を掻いたイレイサは寄宿学校に向かったココロを思い浮かべる。何時だって、凜としていた彼女はイレイサにとっては強いひとだった。
 彼女にだって、全てが終わったら医療のことを学びたかった。ばかみたいな力任せしか為せなかった少年が孤児達を救えるように――この国を『救え』た暁に、ココロに願い出たかったのだ。
 それから、イレイサにとってシキは姉のようだった。屹度、この人は『自分と同じ』だと思ったから。
「シキは、強くはない……と、思う。俺もそうだし、シキも、そうだ。
 かたちなんて、なくて、目にも見ないことだけれど、家族っていうしがらみみたいなものに、俺もあんたも、寄り添っていたんだと思った」
 おずおずと紡いだイレイサにシキはぱちりと瞬いてから、笑った。
「……でも、もし、君がそれでも私の家族になることを望んでくれるのなら」
 彼は、イレギュラーズが命をなげうとうとしたならば簡単に死んでしまいそうな危うさがあった。
 その危うさは自分も、自分の親友も、いや、誰もが同じものを有しているのかも知れないけれど。約束(えにし)が少ないほどに、ひとはどうしようもなく飛び込んでしまうから。
「――生きておくれよ、全てが終わったその先も。一緒に生きよう。そして家族として、一緒にザクロを迎えに行ってくれないか」
「……シキが、望むなら」
 その時は姉さんと彼女を呼びたい。ザクロは兄さんになるのだろうか。にせものの契りでも、結んでおけば何時しか愛情に変わるはずだから。
「約束だよ」
 そっとシキはイレイサを抱き締めた。固く、冷たく感じられた制服に包まれた背中は嘗てよりしっかりとしていて。

 ――君のぬくもりになれますように。

 そう願わずには居られなかった。君が愛を知ったなら、細目を拓くように薄らと眺める此の月の下でだって光り輝いて居られるはずだから。


 雲雀は「そろそろ行こう」と声を掛けた。周辺警戒をしていた彼も、寄宿舎周辺で何らかの悶着があった事に気付いている。
 中層の坂を下る一行の背中に声が掛けられる。
「あら、貴女――」
 聞き覚えのあったその声にスティアはひくついた声を漏してからサクラの後ろに隠れた。名付けて『サクラちゃんシールド』だ。
 先に手を出しそうなシールドが「貴女がアリソン?」と名を呼ぶ。突然名を呼ばれた女は不遜に鼻を鳴らして「だから?」と聞き返す。
「このブトナ家のアリソンを呼び捨てにするなんて、貴女――」
「私は天義の聖騎士! ロウライト家のサクラ・ロウライト! 相手になるよ!」
 天義への反発心を持っている者たちは皆一様にサクラに瞳を光らせるはずだろう。
「アドラステイアで何をしようとしているのかな?」
「どうしてお前如きに教えなくてはならないの? 落魄れたヴァークライト!
 ロウライトの威光に縋っていらっしゃるだなんて。何処まで行っても不正義は変わりませんのね」
 叫ぶアリソンにスティアの表情が曇る。サクラとアーリアは顔を見合わせてから頷いた。
「捕まえましょうか」
「そうだね」
 必要であれば人攫いなんかも視野に入れてきたと言いたげにアーリアの眸がきらりと輝いた。
「チッ、見つかったか」
 ブレンダはイレイサをちらりと見遣った。少年が見ているかは分からずとも、手にした小剣の使い方くらいは教えてやれるはずだ。
 焦ったフリをし敢て小剣を投擲したブレンダは仲間達の撤退を支援しながらもアリソンから目を離すことはなかった。
(このまたとない機会を逃す手はない。この状況を作るために危険を冒している者もいる――故に諦められんのだ!)
 ブレンダの前をするりと通り抜けたベネディクトが呵成、只の一時で距離を詰めた。アリソンの引き攣った叫び声を聞き正純は「あまり場を騒がせずに引きましょう」と告げる。
 これからの侵入に対してのこともある。だが――
(……それにしても中層の防衛が薄い。もしかして……?)
 何処かに出ずっぱりなのだろうか。例えば、鉄帝国との国境沿いなんか。
 アドラステイアもイコルの製造が追い付かなくなってきた今、最終手段に講じているのだろう。
 暗黒に全てを閉ざすならば、天義という国諸共を壊してしまわねばならないだろうから。帳に隠された真実を紐解くように警戒を強めた正純の傍でベネディクトがはっと顔を上げる。
「待て」
 ブレンダの鋭い声音にアリソンの肩が揺れた。騒動に紛れて逃げ果せるつもりであったからだ。
「今回は私の勝ちって事で良いのかな? まさか『あの』アリソンさんが尻尾を巻いて逃げるの!? ビックリだなあ」
 敢て挑発を口にしたスティアは微かな魔力の残滓を散らせアリソンには気付かれぬようにと戦況を整えた。
 眼球をぎょろりと動かしてから花丸は一点集中。アリソンを庇う聖獣へとその拳を叩きつける。
「勿体ない!」
 叫んだアリソンに花丸はぎょっと目を見開いた。図書館で見付けた『書物の内容』が正しいとでも言うかのようだ。
「彼女を連れて、大丈夫かな?」
 アリソンの肩を勢い良く押して雲雀は制御の効かない聖獣と相対した。よこしまな紅の色、それこそを邪眼と呼んだ青年は呪われた眼窩で鋭く猛き獣を睨め付けた。
「全員で生きて脱出できなきゃ意味がないもの。令嬢は無理にでも連れ出してよ」
「任せてください。少々くすぐったい程度なら耐えられますから」
 イレイサにはゼノビアとの合流への道案内を頼まねばならない彼者誰は真白の衣服に身を纏い、白剣の鋭い切っ先を向けていた。
 得た書物は出来る限り持ち出して天義へと届けなくてはならない。急いた気持ちを宥めるように、彼者誰は周囲を確認する。
 聖獣が数匹。子供達は皆アドラステイアに信奉――そう、書いて洗脳と読ます――している為に容易に連れ出すことは出来ないか。癒やしの気配を身に纏い己こそがと壁となる。
「人さらいみたいであんまり気分は良くないけどね!」
 アリソンの意識を奪ったサクラが走り出す。影に隠れていたイレイサは『彼女達を追う聖銃士』を気取り「待て」と叫んだ。
 あの時の再来のように、ブレンダは敢て短剣の使い方を見せる様にイレイサと――その背後の聖銃士に向けて投げる。
 悪夢のような都市。ブレンダにはそう感じずに入られぬその場所――
 真実を知らず歪められた子供達。更に、その体の中に『投与された神の血』は身と心を蝕み続けていく事だろう。
「それじゃ、またねぇ」
 微笑んだアーリアにイレイサは応えるようにブレンダが投げた短剣を投げ返した。ぱしりと片手で受け止めたアーリアは彼ならば屹度大丈夫だと走り出す。

「プリンシパル・イレイサ」
 呼ばれた声にイレイサは振り返った。アウセクリスが立っている。
 イレイサの表情はひきつるが、地図を手にした今ならばイレギュラーズもゼノビアの所まで辿り着けるだろう。
「『大人の儀』の日程が決まった」
「……プリンシパル・アウセクリス」
 遂に来て仕舞ったとイレイサの表情は蒼い色となった。聖盃を飲み干せばただで帰ることは出来ない。
 それでも、だ。ここまで上手くやったのだから、屹度大丈夫。
「……分かった。奴らを追掛けずに儀式の用意をしよう。どうせ、ブトナ嬢を家に帰せって実家にでも言われたんだろう」
 イレギュラーズがアリソンを連れて行った事こそが大きな目標だったはずだと告げて、イレイサはイレギュラーズとは別の方角へと歩き出した。

 ―――後日、耳に入ったのは『ブトナ家』に調査の手が伸びたこと。
 捕えられたアリソンの証言を元にイレギュラーズが押収した資料が正しかったこと。
 そして、天義聖騎士団は『国境沿い』にアドラステイアの戦力が割かれている間に上層攻略をおこなうということだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加有り難う御座いました。
 アドラステイア、中層調査編です。(システムの都合、納品予定日が誤った日付になってしまい申し訳ありませんでした)
 とても貴重なお役目を頂戴出来て、光栄で御座いました。イレイサは皆さんのお役に立てておりますでしょうか。
 これからの、攻略頑張って下さいませ。

PAGETOPPAGEBOTTOM