シナリオ詳細
<総軍鏖殺>咲き誇るイノセンス<トリグラフ作戦>
オープニング
●
――あの人が死んだのは、
柔らかな栗色の髪の女がいた。穏やかな緑の瞳は幻想王国の春の野を映し混んだように萌ゆる彩であった。
白雪の膚を持った乙女は、恋をした。
ジェイドと云う名の男と婚約し、凍て付く冬より攻め来る者達を却けた暁に結婚しようと約束を交していた。
ただ、指先を絡めて笑い合うだけのささやかな恋だった。
彼が死地に向かうと告げた時におんなはどうか、生きて行く為の約束をもう一つ欲しいと告げた。
次に来たのは『北部』戦線で彼が死去したという頼りであった。
それでも、おんなは彼が唯一己に残してくれた宝物を腕に抱くことが出来れば良かったのだ。
それを抱き締めて、離れないように――そう、願っていたのに。
生まれた子供は死産だった。産声さえ聞こえず、蒼白な膚に拭われずに居た赤い血潮。
おんなは酷く狼狽した。
ああ、どうして。
どうして――!
おんなは刃を握り、いとしいひとを殺した鉄帝国の軍人の命をも奪い去らんとした。
突きつけた刃は命を奪うに至らず、彼女の絶望は深く淵に流れゆく。
そうして、彼女は此処に居た。
寒々しい冬が近くなった『サングロウブルク』に。
――新皇帝のバルナバス・スティージレッドだ。
諸々はこれからやっていくとして、俺の治世(ルール)は簡単だ。
この国の警察機構を全て解体する。奪おうと、殺そうと、これからはてめぇ等の自由だぜ。
強ぇ奴は勝手に生きろ。弱い奴は勝手に死ね。
だが、忘れるなよ。誰かより弱けりゃ常に死ぬのはお前の番だ。
どうした? 『元々そういう国だろう?』
弱肉強食。弱きは生きている意味などは無いと叫ぶ男の声を思い出す。
アリスティアはひとり、サングロウブルクに立っていた。『南部戦線』に復讐の刃を突きつけた男はいなかった。
軍人は、怪我を負えば後方に下がることがあるらしい。前線ではなく、後方支援に。
ならば――あのおとこはスチールグラードより逃れた宰相の下で活動している可能性さえある。
「……殺さなくては、」
歌うような唇が密やかな毒のように殺意を告げる。
人は、生きて行く為には喰わねばならないらしい。
生き延びるために、『あいつ』がここに来るかも知れない。
――『黒百合姫』アリスティア・シェフィールドはひとり、立っている。
ただ、その愛しい人の敵を討つためだけに。もう、誰がそうだったのかさえ覚えて何て居ないけれど。
●
帝政派は『ボーデクトン』を奪還することを目的に掲げた。
しかし、鉄道施設には魔種――否、『新皇帝派』に連なる者達が無数に集い続けて居るらしい。
ボーデクトンに繋がっているちいさな駅があった。近隣住民達が帝都に出るためによく利用していた場所であるそうだ。
今は、その場所は荒れ果てている。何故か。
天衝種はその地を蹂躙し、貨物を運んでいた列車の内部を食い荒らした。まるで獣が臓腑を喰らうかの如くがらんどうに。
「――♪」
歌うように唇を揺れ動かしたのは一人の女であった。黒き百合のような、美しい娘。
高潔なる魂は、ただひとりの愛しい誰かを求めているだけである。からっぽになった腹から毀れ落ちた悲しみを取り戻すように女は立っていた。
「――♪」
ぎょろり、と女の目がイレギュラーズを捉える。
正気ではない彼女は『愛しいあのひとを殺した人間』の区別など付いていなかった。
「……鉄帝国の者ですね?」
闇色の髪を揺らがせてから女の唇が吊り上がった。
「よくも、ジェイドを――!」
愛しい人を奪った鉄帝国の軍人も、国家その者も許しておけぬ。
だからこそ、女は駅を襲った。ボーデクトンより辿り、サングロウブルグを目指すように歩を進めて全てを壊そうとした。
だって、人は餓えて死ぬ。
だって、この国の人間がいるから彼が死んだ。
だからこそ、全てを壊さねば女は気が済まなかった。
ローレットのイレギュラーズに宰相バイルが依頼したのはボーデクトンまでの線路各地に存在する敵の排除だった。
彼女とて例外ではない。失意と復讐に萌え咲き綻んだ黒百合をこの地から排斥しなくてはならないのだから。
- <総軍鏖殺>咲き誇るイノセンス<トリグラフ作戦>完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年10月30日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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「我が銘はヴェルグリーズ! 幻想騎士ジェイドが愛剣!
……そして、貴女の命脈を断ち切る剣なり!!」
――ああ、どうして。
どうして、あなたが、そこに居るの?
どうして、あなたが、その名を呼ぶの?
……どうして、あなただけ、いのちを得てしまったの。
●
夢寐にも忘れやしない。その人の姿を、その人の声を、その人の目的を。
呼気のぬくもりは生を謳歌する代物だった。「アリスティア様」と名を呼ぶ声音の震えはひりつく喉を震わせて、微かな響きに変化した。
青年の姿を得た『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は『彼女』にはそれが『ヴェルグリーズ』と呼ばれた剣である事に気付きやしないだろう。
どうしてと問う意味さえ感じられない。今の鉄帝国の状況を考えれば彼女が姿を現した理由なんてひとつしかなかったからだ。
アリスティア・シェフィールドは幻想王国の貴族令嬢だった。既知たる彼女を目にしたときヴェルグリーズは真っ先に仲間達に事情を話した。
「あのおねーさんがヴェルグリーズさんの元持ち主さんの婚約者さんで……」
所有者となった事さえある栗色の髪の乙女であったのか。『お師匠が良い』リコリス・ウォルハント・ローア(p3p009236)は愕然と彼女を見詰めていた、その面影さえ失せた蒼白なる膚の上で悍ましい殺意だけが躍っている。地を蔓延るような苛立ちは、女の深い復讐心から来るものか。
(ボクは事情だけしか知らない。余計な手出しはしないようにしておこっかな――だけど、『もしも』の時……。
何かあった時にこの銃口は常にあいつらに向けなくちゃならない。ボク達が今、何を護るべきか。それだけは忘れてないから)
牙を隠すように、リコリスはフードをくい、と引き寄せた。
狩人になれ。狩られる狼ではいられない。赤ずきんの弾丸が全てを穿つと知らしめろ。
少女の決意と同じく、構えた刃を研ぎ澄ませ『夜砕き』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は射干玉の髪を揺らがせる。
「……何と云う凄まじい殺気。如何なる理由があろうとここは引けぬ。立ち塞がるならば押し通るまで!」
これは根競べだ。草の根を張り巡らせるように腰を下ろしその地を得る。アリスティアが如何にこの国を恨もうとも咲耶は背負ういのちが無数にあった。目の前の存在が不倶戴天と呼ばれる魔種なる生き物であると認識した以上は、無辜の民を護る為の刃は曇らせてはならなかった。
(この人、魔種……? この感じだとボク達は鉄帝の人じゃないよって言っても無駄そうだよね。
それに、鉄道を使えるようにするためにはここからどいてもらわないといけないし、戦うしかないってことだよね。
この人からは凄く強い怒りとか恨みとかを感じる、けど何だか、凄く悲しそうにも……)
女の瞳に漂う懊悩は、深き湖に砂金を一粒落としたようなものだった。二度とは戻らぬ時を追い求め、過去に雁字搦めにされた哀れな娘を『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)はその双眸に映し混む。
「なんかスゴい美女が居るって聞いたのね。聞けばナニヤラ鉄帝に仇成すとかナントカ。
ははあ、やっぱり美女じゃん。似合ってるぜ『白百合』のお姫様? ――事情は勿論知らないけどデートでもしない?」
軽薄に言葉を重ね、おんなの出方を見るように『八百屋の息子』コラバポス 夏子(p3p000808)はフランクに笑いかけた。
今や忘れてしまった萌ゆる彩。憎悪に染まった瞳が夏子を眺め遣ってから「どちら様」と冷ややかに問い掛ける。
「『鉄帝国(あなた)』達はそうやって、軽薄に人を愚弄するのですか」
「そういうわけじゃないけどサ。……しない? やっぱ? …じゃあ話でもしよっか」
言葉を重ねる意味などあるものか。女のかんばせが色をなし、柳眉を逆立てた。作り物めいた美貌で『黒百合姫』は囁くのだ。
「よくも、ジェイドを――!」
あの人が死んだ。あの人を奪ったこの国を、許してなるものか。
恐ろしき真白の死が訪れるというならば、その荒む吹雪で全てを無に帰してしまわん。
●
おんなは、愛しきひとを喪ったらしい。意地っ張りな恋情。確かに宿した愛に夜毎語りかけた日々。
ぽかりと空いた穴を埋めるものなどなく。突き落とされれば、辿り着いた渓は復讐と呼ばれる川が流れるばかり。
もしも、息子が殺されたとあれば『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)とて黙っては居られなかった。冷たい土の下に眠る愛しい人、それを殺した者はのうのうと生を謳歌する。その苦しみをウェールは想像するだけで心臓を握りつぶされるかのような苦しみを大ベルのだ。
「……でも殺した奴と同じ国だから国を破壊する、同郷だから殺すっていうのは理解できん。
うちの子達は優しいからやり過ぎるとあの世で怒られるだろうし。それに狂ったり反転して激情に身を任せたら……しっかりと復讐できないだろう」
「貴女の息子とジェイドを一緒にしないで」
冷ややかな声音は、この国と彼女の母国の溝を知らしめるかのようだった。領土の奪い合い。北方より彼女の母国を攻めるこの国は、幾度もそうした暴虐を繰り返すだろう。
「大切な人を殺してからも生きてきた事への後悔を、犯した過ちを骨の髄まで、魂に染み付くほどの絶望を与えるべきだろ……!」
「この国を野放しにしていれば、殺され続けるのです。我が領民、我が愛しき母国、我が愛したすべてを。
こんな国があるからいけない。殺さなくては、ジェイドを奪ったというのに、まだ私から奪い去ろうとする――!」
女の絶望は深く、止め処なく溢れた憎しみは川となり海原を作り行く。『蒼輝聖光』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は「ああ」と息を吐いた。
憎むべきは戦争だ。南部戦線――いいや、アリスティアから呼べば北部の戦は鉄帝国が生き残る為に起こした侵略であった。熟れ過ぎた果実のように、じゅくりと腐敗した国であれどアリスティアにとっては愛しき母国。当然、領民や恋しき地はそこにあった。おんなの行動原理に『全てを排除する』事が紐付いた事は致し方がない。それでも。
「殺し合いという名の負の連鎖が続いていくのは物悲しいね……
大切な人を亡くした悲しみはわかるけど、無差別な殺人を許すわけにはいかないんだ!
そこで殺された人の家族が殺した人間を憎んでしまうから、だからここで負の連鎖は断ち切るよ!」
「わたくしが悪人だと誹るのですか――! 侵略国家に味方をし、我らを愚弄する兵士よ!」
黒百合の美貌が首を擡げた。睨め付けた女の背後から飛び出したヘァズ・フィラン。射干玉の翼は、アリスティアの纏う気配に良く似ている。
前線へとするりと飛び込んで『竜交』笹木 花丸(p3p008689)の傷だらけの拳にぎゅう、と力が込められた。
そうだ。戦に出れば少なからず人が死ぬ。自分だって、仲間達だって、生きていることが奇跡なのだから。
――帰りを待つ人は、何時だって恐ろしいはずだ。いつ、死んでしまうかも分からぬ場所に大切な人を送り出す。納得なんて、できやしない。
揺らぐ髪は靱やかな猫のように動いた娘の軌跡のようにたなびいた。花丸の鋭き瞳がおんなを睨め付ける。
(この人は、大切な誰かを見送って、失って、鉄帝国に恨みを持ってるのかもしれない。
……けど、だからって見境なく誰かを傷つけていい理由にはならないと思うから)
『知らない』ジェイドと呼ばれた人は、彼女が人を傷付けることなど望んでいないはずだった。だから、止めれば良い。その手が届く限り。
アリスティアの元へと踏み込み肉薄した花丸は「ジェイドって人は誰かしら無いけれど、止めさせて貰うよ」と至近距離で蜷局を巻くような淀む眸を真っ直ぐに見据えた。
「その名を、呼ぶな――!」
吠えるように、形振り構わず女が言う。美しい貴族令嬢のかけらさえもそこになく。あるのは只の深き絶望ばかり。
「落ち着いて話したいからさ、邪魔すんなよ」
美女との逢瀬に獣は不要。肩を竦めた夏子の槍は地を這いずるようにやってくるストリガーを受け止めた。燃え盛る爪先は怨みがましき怒りの象徴か。
「夏子くん、残りは任せて!」
「およよ、レディに任せるのは忍びないな? ……何言っても怒らせそな天衝種だぜ、任せておくれ」
揶揄い半分、フランクに笑った青年の眸に決意の色が差す。頷いてから神気を纏う炎に身を寄せて焔は巨躯の鴉を受け止めた。
毒牙が糸を引き、怒り任せに焔に狙いを定める。無防備に、その姿を晒した乙女の唇は三日月を傾けて余裕のいろさえ映し出す。
「一緒にするな――か。さっさと帰って墓参りでもしてやればいいのに!」
その激情が薄れなくては彼女は言葉に耳を傾けやしないか。狼を描いたカードに指先添えて、ウェールが実体化させた銃から降り荒む銀の弾丸は時雨のように通り過ぎた。鴉の鳴き声に重なるように無銘の銃の引き金が絞られる。
華奢な白い指先が添えたそれは鉛による残忍なる掃射を続けた。リコリスの眸に乗せられた残虐性は護る為にと理性さえも置き去りにした鋭き鉛色。
獣の眼光は逃すまいと天を舞う鴉を追掛ける。飛び立つ翼は上空より獲物を喰らう為にあるか。地へと落とされた影の下、するりと忍び寄る咲耶の濡羽色の指先から滑るように取り出された鎌は鎖を伝いアンデットの腐る肉を立つ。感触は悍ましい。生ある者にはなき柔らかな肉が引き寄せる刃先に付着していた。
炎の爪を弾き返した手甲諸共、地へと掌をつき宙を跳ねるように後退する。紅牙・斬九郎、そう名乗ったおんなの上空の影が焔へ向けて飛来した。
「……同情はせぬぞ。例え正当な理由があろうとも、怒りに任せて無関係の者を傷つけ殺したお主達にそれを語る資格はござらぬ」
言葉少なく、宿儺が変容した短刃が鴉の黒々とした翼を切り裂いた。暗澹たる闇の帳を裂くかの如き刃の向こう側、赫々たる神気の炎。
「あの人は、苦しいことがあったんだよね。ジェイドってひとが、関係していて、魔種だけど、苦しむ理由があって……」
「戦闘は大切な人を奪うんだ。当たり前のように、全て攫って行ってしまうんだもの」
呟くスティアは花丸を包み込むように花咲かした。白花は鮮やかな光を帯びて、瞬きを繰り返す。
光を手繰る白魚の指先に口づけをするように魔力はスティアに寄り添って花丸の元へと辿り着く。
「深い悲しみに怒りは伝わってくるけどその想いに身を任せるのは駄目だよ。
これからも貴女のような想いをする人を作り続けるつもりなの? 大切な人を殺されて嘆き悲しむ人をこれ以上増やさないで!」
「耐えろというのですか。あの方を喪い、『この子』を喪ったというのに、ああ、ああ、わたく、し、は―――――ッ」
濁流のような感情が溢れ出す。女の周辺に咲いた黒き百合。漂う毒の気配に花丸は唇を噛んだ。防戦に適した身であれど、少女の体が軋み叫ぶ。
骨の接ぐ、肩口に走る痛みが血潮を溢れさせて花丸の向こう側に立つスティアを睨め付けた。
「……敵を前に余所見は駄目だよ。目の前の敵すら退けられなくて、本当に目的を成し遂げられると思ってるの?」
煽る言葉は強がりだった。手袋に包まれた傷だらけは少女の勲章。魔種の女の慟哭など、乗り越えねば何も為せない。
――だから、根競べなのだ。
「花丸ちゃんに良いカッコばっかさせらんないぜ」
夏子の囁きと共に彼は眼前の敵を屠り鴉へと迫る。巨大な翼は地へと落ちれば只のなまくらだ。
「ここの死者達にも大切な者はいたでござろうに。お主の想い人を奪った者と今のお主に何の違いがあるのでござるか!」
反転とは厄介だ。咲耶の言葉にアリスティアは憎悪を乗せて叫んだ。「『同じ地獄』へと誘うのみではありませんか」と。
正気ではないおんなの元へ、八人が足並みを揃えるまであと少し。憎悪の爪を弾いたリコリスの鉛は空をひゅう、と切った。
狩人はフードの奥に牙を隠した。喉元に直ぐにでも食らい付かんとする飢えた狼の牙さえまだ直隠しにして息を潜める。
ヴェルグリーズが、ただ、無言に攻撃を続けるから――彼の名を呼ぶことはしなかった、誰も。
ヴェルグリーズは奥歯を噛み締める。意識を奪い去り、アンデッドを屠るその一撃を放とうとも。まだ。
神々廻剱を振り下ろす。あの時、『ジェイド』がそうしたように。
アリスティアは「ジェイド様……?」とヴェルグリーズに面影を見た。剣術の稽古なのだと、自慢げに『ヴェルグリーズ』を振り下ろしたその姿を。
――アリス、見ていて。
甘えたような口調で、『主』が笑った。ヴェルグリーズは思い出す。彼女の前で慣れない剣舞を見せた健気な主が破顔する姿を。
アリスティアの闇色の瞳が陰る。面影を見ようとも、ヴェルグリーズは『彼』ではないのだから――
●
ウェールの振らせる銀色時雨。曇天の空より誘われて、眺める内に脚は矢に通り過ぎるその下に佇む者は最早いない。
テン・トリアの貨物車から転がり出た物資は獣に囓られた後がある。亡き運転手達とて惨たらしい死を迎えた後に獣の腹を満たすのか。
獣たちは、未だ近寄ることはない。スティアはせめて弔ってやるのだと獣を払い、アリスティアを真っ直ぐに見詰めた。
その慟哭に、悲哀に、悲嘆に。全てを連鎖させないでと願うスティアの前で花丸が浅く息をつく。
もう、彼女と共に現れた激情の獣は此処には居ない。リコリスが身を屈め、狙う――「1、2、……」
スリーカウントと共に放たれた弾丸をアリスティアは弾いた。
「……どうして、邪魔を……?」
「別に歓迎はしてないし嫌だよ。でもさ 何か戦争って身近なモンで。
好きとか嫌いとか関係無くソコにあって……う~ん、無理だ。
結構割り切ってる僕でもキツいモン……でも離れようと思えば、戦争からは離れられたんだよな。多分」
それでも、離れなかったのは。『離れられなかったのは』護るべき大切な人が居たからだ。
「大事な人を戦争に送ってしまった。一緒に戦争から離れなかった。
……3人で、2人ででも暮らす選択をしなかった。君も――」
悪いなんて、言い切れなかった。国を護る為には誰かが犠牲にならなくちゃならなかった。
夏子はぶるぶると拳を振るわせた。彼が紡ごうとした言葉にウェールも思い当たって息を呑んだ。
――この国を野放しにしていれば、殺され続けるのです。我が領民、我が愛しき母国、我が愛したすべてを。
それは、ウェールに重ねれば、息子の友人を、過ごした地を蹂躙されることと同じだった。
「……相手にだって、君の様な恋人が居たかも知れないんだ」
夏子の振り絞った声音にアリスティアの目が見開かれ、沈痛のいろに落ちる。恋人、その言葉だけがやけにクリアに響いて沁みた。
あの人の夜毎に囁く愛さえも、アリスティアは一度たりとも返す事は出来なかった。
貴族の宿命、貴族の義務だと血族を残すためのいとなみであれど、アリスティアは愛を囁く男と目をあわせることもしなかった――できなかった。
驕った王冠のようなプライドが、二人を恋人という甘やかなかたちを作ることさえできなかったのだから。
「あ、あ――」
わたくしの『恋人』
大切だった、あいしていた、あのひと。一度たりとも伝えられなかった――
おんなが項垂れ、戦闘の気配が止む。
「花丸ちゃん!」
「……だいじょーぶ」
へらりと口許に乗せた笑みにスティアがほっと息をつく。これ以上は魔種のおんなは動く事はないだろう。
地へと落ちたヘァズ・フィランの翼は黒きヴェールのように広がり微動だにしない。
花丸とスティアを庇うように立っていた夏子は「それで、美女は12時の鐘が鳴ったワケだけど」と問い掛ける。
「……退くなら、見逃すよ。いいよね? 今ここでやりあったって、皆無事だとは限らないもん」
焔がその身に纏う神々の加護が揺らぐ。父神の炎を保って鍛えた槍もぶるぶると震えていた。掌の力が、抜け落ちそうになる。
気丈に立った少女の影より咲耶は不意を狙う。研ぎ澄ませた意識は
「アリスティア様!」
ヴェルグリーズが叫んだ。その声音に妙な既視感を覚えて黒百合の乙女は足を止める。
銃を構えたリコリスは息を潜め、その引き金に指先を添えた。カグツチの炎に身を添えながら焔が唇を噤み、青年の言葉を待つ。
おんなは、彼を知らない。
おんなは『婚約者の剣』であった青年のことしか知らなかった。青年が人の身を授かったことなど予想だにしていないのだから。
「我が銘はヴェルグリーズ! 幻想騎士ジェイドが愛剣! ……そして、貴女の命脈を断ち切る剣なり!!」
おんなの目が見開かれる。柔らかな栗色の髪も、萌ゆる緑の瞳も、白雪の膚も、アリスティアを構築したすべてが喪われた後に出会った、彼の――
――ジェイド様……ああ、ジェイド様!! 私、ヴェルグリーズを取り戻しましたわ!!
どうか、どうか褒めて下さいまし!! ジェイド様……っ、ジェイド様……。
「ッ、どうして――お前が」
ぞわりと周囲に広がった殺意は黒百合の花を開かせた。睨め付けた眸に乗せられた苛立ちに『彼が死に、剣がいのちを得た』事にさえ飲み干すことの出来ない絶望を抱えた女は踵を返す。
今は、その姿を見て等居られなかった。
ああ、けれど。また――殺す理由が増えた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
この度はご参加有り難う御座いました。
怨嗟と憎悪に塗れた彼女は、きっと、どうしようもない感情に苛まれているのでしょう。
また、ご縁が御座いましたら。宜しくお願い致します。
GMコメント
日下部あやめと申します。宜しくお願いします。
●成功条件
『黒百合姫』アリスティアの撤退
●テン・トリア駅
サングロウブルグの拠点からボーデクトンに繋がっている路線にある小さな駅です。
近隣住民達が使用するほか、貨物の積み下ろしにも使用されていました。
積荷は天衝種に食い荒らされています。倒れた貨物車の傍には列車の運行を担っていたであろう運転手達の死骸が転がっていました。
●『黒百合姫』アリスティア・シェフィールド
元は幻想の貴族令嬢。同じく幻想貴族であったジェイドという青年と婚約していましたが、彼を南部戦線で亡くし腹の子を死産しました。
ジェイドを殺した鉄帝国という国を恨んでおり反転。強い憎しみを抱き、国家そのものを破壊することを企んでいます。
ジェイドを殺した軍人には一矢報いることに成功しましたが、その命を奪うには至りませんでした。
今のアリスティアは『ジェイド』と『名付けることも出来なかった腹の子供』、それから『鉄帝国の人間』しか認識しません。
鉄帝国に手を貸しているイレギュラーズは『鉄帝国の人間』として認識されており、強い恨みを向けてくるようです。
また、彼女にとってヴェルグリーズ(p3p008566)さんはジェイドさんの愛剣そのものですが、そうな乗らない限りは彼がそうであるとは認識できないでしょう。
天衝種が全て倒されれば撤退します。魔種ですが、本気で戦わずに動向を見て『復讐すべき男がいるかを探している』だけですので難易度はNormalです。
彼女の仕掛けなければ本気で戦う事は無いでしょう。……いまは、殺されるわけにはいきませんもの。
●天衝種『ヘァズ・フィラン』 2体
一言でいうとカラスの様な存在ですが、非常に他者に対して攻撃的です。
空を飛行し、弱者と思わしき者を集団で嬲ります。反応、機動力、EXAに優れ、牙には毒もある模様です。
●天衝種『ストリガー』 4体
生前に激しい怒りを抱いていたアンデッドモンスターです。燃えさかる爪を振るって攻撃します。
燃えさかる爪を怒り任せに振るいます。至~近距離の単体や列への攻撃を行い、『火炎』系のBSを伴います。
●特殊ドロップ『闘争信望』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『闘争信望』がドロップします。
闘争信望は特定の勢力ギルドに所属していると使用でき、該当勢力の『勢力傾向』に影響を与える事が出来ます。
https://rev1.reversion.jp/page/tetteidouran
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