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シナリオ詳細

<琥珀薫風>天蓋花の檻

完了

参加者 : 15 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 長い船旅を経て、軋む桟橋をゆっくりと歩く。
 湿気を多く含んだ清々しい香りは豊穣の地独特のものだろう。
 荷下ろしをする船乗りと行商人の間を抜けて、浅香灯理は久々に故郷の土を踏んだ。
「相変わらず、長閑な場所だね」
 時間が止まったような豊穣の景色。
 海の向こうでは忙しなく時間が過ぎているというのに。
「嫌いではないけどね……」
 灯理は赤い双眸を見慣れた人影に向けた。
「お帰りなさいませ、我が君」
 黒づくめの男は恭しく灯理へと腰を折る。
 その様子に小さく溜息を吐いた灯理は頭を抱えるように眉を下げた。
「何の嫌がらせだい? 隆元」
「ははっ、久し振りの我が君との再開。心躍り居ても経ってもおられず、こうしてお迎えに上がった次第でありますのに、連れないではありませぬか?」
 灯理の隣を歩く隆元は彼に仕える忍だ。本来であればこうして人前に姿を現す事などするはずもない。
 何ヶ月も遊び呆けていた主への嫌がらせである。

 早馬に乗り、浅香家へ戻って来た灯理はその足で『客間』へと向かった。
 灯理の身体に緊張が走る。務めて慎重に冷静にと自分へ言い聞かせた灯理。
 襖を開け中に居る男へと視線を上げる。
 ――琥珀の瞳、漆黒の翼。
 遮那によく似た『殺人鬼』の姿がそこにあった。

 ――――
 ――

「……何と申した? 天香の当主を譲るだと?」
 目を見開いた『霞帝』今園・賀澄(p3n000181)は頭を垂れる浅香灯理と『琥珀薫風』天香・遮那(p3n000179)を交互に見つめる。
 シレンツィオからの遠征を早々に切り上げて帰って来た遮那が大事な話があると伝令を寄越したのはつい数日前のことだ。土産話を聞かせてくれるのかと期待していた賀澄は突拍子も無い申し出に眉を寄せる。
「はい。此度の遠征にて思う所あり、天香の当主に相応しいのはこの浅香灯理であると確信いたしました」
 余りにも時期尚早であると言わざるおえない。
 何があったかは分からぬが、少年期特有の心の移ろいなのだろうかと賀澄は考えを巡らせる。
 心の迷いは誰しもが持つもの。されど、これから天香を背負うと目を輝かせていた少年に何があったのか。 賀澄は顔を上げた遮那を射貫くように見つめた。

 ――其処に感じる僅かな違和感。
 見た目は遮那であるのに、賀澄は目の前に居るのがまるで別人のように見えてしまうのだ。
 些細な違い。遠征で成長したと言われれば、そうであると納得する程度のもの。
 だが、琥珀色の瞳に強い輝きが感じられないのだ。
 目の前に居る少年が『本物の遮那』で無かったとすれば。そんな嫌な予感が賀澄の脳裏を過る。

「理由は分かった。しかし、こういったものは周知にも時間が掛かる。
 まずは、遮那の仕事を一通り熟せるようになってからの方が良いだろう。
 認められていない者が上に立つには少なからず反発があるであろうからな。遮那もそれは十分に身に染みているだろう。それに、帝である私が其方を当主に押したのだ。それを反故にするならば相応の者でなければ認められぬのは其方も分かっておるであろう?」
 務めて冷静に賀澄は少年達を諭した。最もらしい理由を付けて時間の猶予を作る。
 もし、仮にここで断じてしまえば天香の家臣達を危険に晒すことになるだろう。
 彼が偽物と仮定したとしても、此方の『譲歩』を無碍にする事は出来まい。
「はい……有り難きお言葉。この者に必ずや完璧に天香を継がせると約束いたします。それに彼は天香の血を引いております故、私以上の適任はこの浅香灯理を置いて他におりませぬ」
 天香家の親戚筋に当たる浅香家は血統として申し分無いのだと遮那は述べた。

「ならば、数ヶ月の後に再び相まみえよう。その時までに相応しい人物か見極めようぞ」
 その言葉を受けて遮那と灯理は恭しく頭を垂れる。

 ――――
 ――

 天香家には浅香家から家臣が次々と送られて来た。
 女官達は表面上は穏やかに彼らを受入れていたが、其れでも好ましく思わない者も多かった。
 特に『浅香の姫』であり『天香の女官』である浅香喜代は別邸である奥の院に預けられる。
 言うなればそれは――幽閉であった。
 座敷童の万緒と共に部屋の中で過ごす日々。喜代の笑顔が次第に失われていく。

「君は鹿ノ子殿と暮らせば良い。僕はこの天香の当主となって君達と遮那とルル家殿を守ろう」
 灯理は那岐に向けて赤き双眸を上げた。
「……」
 その視線を受けて僅か視線を落す那岐。
「僕達の利害は一致しているだろう?」
 灯理は指先を小刀で裂いて那岐の前に差し出した。
 同じように那岐も傷口を重ねる。赤き血が交わる。

 魔種となってしまったとしても、政は果たせる。
 強い意思があれば抗えるはずだ。
 安易であるなどと誰が言えよう。
 守りたい。あの輝きを失わせたくない。その為なら何だって出来る。
「もし、君が人を襲うようになったとしたら、その時は僕が君を殺そう。
 もし、僕が人を襲うようになったとしたら、その時は君が僕を殺してほしい」

 それは命の契約。
 強き戒めの楔状。
 誓いを。命奪の軛を。今此処に――


 赤い花が咲き乱れている。
 地獄花。曼珠沙華。彼岸花。
 死へ導くその赤き花を人は天蓋花と呼んだ。

「愛しき我が子を抱く時を心待ちにしていました。
 何れだけ離れていようとも、あの子達は生きていると信じて居ました。
 けれど、心の底で囁く声が聞こえるのです。
 ……もう死んでいるのだと。身寄りの無い子供が生きている筈がないと。
 私はその悍ましい声を否定し続けました」

 はらりと妖艶な瞳から涙が零れ落ちる。
 高天京は杜若亭の花魁『天蓋太夫』は美しい顔が歪むのも気にせず目の前の少女に抱きついた。
 桃と青の双彩の髪。白く薄れたの瞳の少女はその抱擁を受け止める。
「カナメ……」
「お母さん……?」
 抱きついてきた天蓋太夫の背をそっと撫でるカナメ(p3p007960)。
 彼女が母であるという確信はカナメにはない。
 けれど、この身体に流れる血が天蓋を母だと叫んでいる。

「カナメ……会いたかった。ようやく一緒に居られるわ」
「お母さん、カナは……」
 心底嬉しそうな顔でカナメの頬を包み込む天蓋。
 会えなかった分だけ、その寂しさが分かる。
 涙する程、自分は彼女にとって大切な存在であるのだ。
 無償の愛が天蓋からは伝わってくる。

 それがカナメには『怖かった』。
 天蓋はこれまで歩んできた自分を知らない。彼女の中にあるのは幼き日の小さなカナメだ。
 もう自分は綺麗なだけの子供ではない。正義の為に人を殺した手だ。
 無償の愛を向けられるのが怖い。
「カナメ……大丈夫。もう心配要らないわ」
 天蓋はカナメの瞳をじっと見つめ、心の柔らかい部分に触れる。
 傷を優しく包み込むように大切に。

「う、ぅ……」
「怖くない。もう怖くない。ね、今はゆっくりとおやすみなさい」
 天蓋がカナメの頭を撫でると視界に膜が掛かり抗えない眠気が押し寄せた。

 ――――
 ――

 豊穣高天京の星の社へ集まったイレギュラーズは緊張した面持ちで座していた。
「天香の当主が交代ですか……」
 小金井・正純(p3p008000)は視線を落し入って来た情報を反芻する。
「ああ、遮那様から浅香灯理様へ当主が継がれる。今はその準備をしているのだ」
 正純の言葉に頷くのは天香家の御庭番の一人、猿飛・段蔵であった。
「本当に? 遮那君がそう言ったの?」
 眉を寄せたタイム(p3p007854)が信じられないと首を振る。
「拙者も信じられません。遮那くんが灯理殿に当主を譲るなんて」
 夢見 ルル家(p3p000016)は身を乗り出す。
「いえ、能力は十分なのでしょうが、長胤殿から受け継いだこの天香家を簡単に渡すのでしょうか
 ……それに遮那くんは今、シレンツィオに居るのに」
 ルル家の声に「確かにおかしい」とヴェルグリーズ(p3p008566)は首を捻った。
「俺達、イレギュラーズは空中神殿を経由してすぐにこの豊穣を訪れる事が出来る」
「でも遮那君は『神使』じゃない……だったら空中神殿は使えないですよね」
 隠岐奈 朝顔(p3p008750)はヴェルグリーズの言葉に重ねる。
「……じゃあ、今天香家にいる遮那くんは偽物ってこと?」
 頬を膨らませた炎堂 焔(p3p004727)は小さく唸る。
「偽物なら追い出せば良いと吾は思うのだが、そうは行かぬのであろうな」
 咲花・百合子(p3p001385)の声に段蔵は然りと頷いた。

「それと気になる情報がもう一つ、そこの鹿ノ子殿の妹君であるカナメ殿が『杜若亭』の花魁の元に居ると伝わってきたのだ」
「……え? どういうことですか?」
 思わず立ち上がった鹿ノ子(p3p007279)は段蔵の元へ歩き、困ったように眉を下げる。
「殺されたりといった事ではない。だが、囚われているのは確かであるな」
「それはつまり、薬か何かで眠らされていると?」
 黒影 鬼灯(p3p007949)の問いかけに段蔵は頷く。

「杜若亭の花魁『天蓋太夫』の娘として、囲われているそうだ。魂を抜かれた人形のように部屋の中で座っているのだと報告が上がっている」
 鹿ノ子は段蔵の次句を急かすように声を上げた。
「今すぐ、場所を教えてください! 助けに行かないと!」
「……鹿ノ子殿、落ち着かれよ。仕掛けるにも段取りがある。仕損じれば二度と会えなくなる可能性もあるだろうからの。日時は此方で知らせる」
 段蔵は落ち着かせるように鹿ノ子の肩に手を置く。
「段取りが揃うまでは天香邸の調査をお願いしたい。我々は天香に仕える身。内情は詳しいが逆にそれが徒となる事もある。だからお主達には『外』から得られる情報を追ってほしいのだ」
「分かりました……」
 正純とルル家は段蔵の言葉に頷く。
 普段から天香邸に出入りしている二人は女官からの信頼も厚い。
 鹿ノ子やタイム達もよく顔を見せるから話せる相手は多いだろう。
 肝心なのは、天香邸は既に『敵』のテリトリーであること。その中で戦闘をするのは分が悪い。
 穏便に情報を聞き出す事が重要になってくるだろう。

 これは、天香の危機である。
 本来の当主である遮那が不在の今、イレギュラーズが頼みの綱であった。
「では、よろしく頼む。神使殿」
 段蔵は恭しく腰を折った。

GMコメント

 もみじです。一方その頃、豊穣天香家では。
 急転直下。物語が大きく動きます。

※長編はリプレイ公開時プレイングが非表示になります。
 なので、思う存分のびのびと物語を楽しんでいきましょう!

●はじめに
 後述のパートごとに分れています。
 1つだけでも2つ選んでも大丈夫です。
(行動は絞った方がその場の描写は多くなります)

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【A】天香家に赴く(イベント)

●目的
・天香家を訪れる
・内情を調査する

●ロケーション
 豊穣天香邸。
 既に魔種のテリトリーとなっており、特殊な結界が張られています。
 内部の建物はいつも通りですが、浅香家の人間が増えました。

●出来る事
・戦闘は禁止です。
・まずは情報を集めましょう。
・聞き出したことが今後の鍵となります。

・灯理や那岐等のNPCと会話をする事ができます。
・今までの女官たちは戸惑いつつも灯理が当主になることを受入れています。
・遮那(那岐)はあまり姿を見せないようです。
・カナメさんは囚われているので【A】を選ぶ事が出来ません。

●NPC
○浅香灯理
 遮那の親友です。天香家の親戚筋である浅香家の少年。
 シレンツィオから一足先に帰ってきました。
 天香家の当主になるべく準備を進めています。
 順調にいけば数ヶ月の内に彼が天香家の主となります。
 那岐の呼び声を受けて魔種となっています。
 彼の目的は遮那とルル家さんを守る事です。

○那岐
 鹿ノ子さんの幼馴染み。魔種です。
 幻術を操り遮那に成り代わり当主交代の宣言をしました。
 普段は遮那の姿をして、天香家の人達を騙しています。
 彼の目的は鹿ノ子さんと共に生きることです。

 灯理と那岐は『命奪の契約』を交わしています。
 どちらかが他人の命を害する『魔』に堕ちた時、それを排すると。
 二人の利害は一致しており、協力関係にあります。

○黒影隆元
 灯理の家臣。黒づくめの忍です。
 謎が多い人物ですが、その苗字と出で立ちから鬼灯さんの関係者だと推測されます。

○喜代婆
 何代も前から天香家に仕える女官です。生き字引。
 とても穏やかで優しい皆のお婆ちゃん。奥の院に幽閉されています。

○万緒
 喜代婆に懐いている座敷童です。
 現状の天香家の様子に怯えています。
 何とかして喜代婆だけでも逃がせないかと考えています。

○その他
・天香家に仕える女官たちが居ます。
・御庭番の忍が居ます。

※柊吉野、御狩明将、望、姫菱安奈は遮那とシレンツィオに居る為、不在となります。


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【B】天蓋太夫の撃退(戦闘)

●目的
・カナメさんの救出
・天蓋太夫の撃退

●ロケーション
 赤い彼岸花が咲き乱れる川沿いの草原です。
 一面真っ赤に染まっています。
 天蓋とカナメさんが散歩に此処へ歩いてきます。
 そこを強襲する形となります。

●敵
○天蓋太夫
 高天京の遊郭『杜若亭』の花魁。
 鹿ノ子さんとカナメさんの実の母親であり魔種。
 魔種となった今でも、生き別れた娘達と一緒に暮らすという願いは変わっていません。
 天香に関われば娘達に害があると思い込んでいます。
 カナメさんを幻覚術で操っています。
 戦闘に集中せざるを得ない状況を作り出せば幻覚術は解けます。

○呪獣×無数
 身体中に黒い怨嗟を帯びた呪獣です。
 タフで攻撃力の高い悪しき獣です。
 獰猛に襲いかかってきます。
 天蓋太夫を倒せば消滅します。

●味方
○猿飛・段蔵
 天香家に仕える御庭番です。
 それなりに強いです。

○カナメさん
 戦闘開始時は幻覚に囚われています。
 ゆめうつつです。
 天蓋太夫が幻覚でカナメさんを操れなくなった時、目が覚めます。
(おおよそ数ターンといった所でしょう)
 良い感じに幻覚を打ち破ってください。

 それ以降は普通に戦闘する事が出来ます。
(装備ステータスに変化は無いので大丈夫です)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●琥珀薫風の特設ページ
 https://rev1.reversion.jp/page/kohakukunpu

  • <琥珀薫風>天蓋花の檻完了
  • GM名もみじ
  • 種別長編EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年10月20日 22時05分
  • 参加人数15/15人
  • 相談10日
  • 参加費150RC

参加者 : 15 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(15人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
カナメ(p3p007960)
毒亜竜脅し
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束
金枝 繁茂(p3p008917)
善悪の彼岸
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)
彼方への祈り

リプレイ


 紅の葉が風に乗ってひらひらと舞い落ちる。
 幾分と涼しくなった秋風が『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)の金の髪を揺らした。
 その胸の内には焦燥を抱き、豊穣天香邸へ続く道を進む。
 青天の霹靂。急転直下。嫌な予感で涙が出そうになった。
 天香邸までの道を共に歩くのは『燻る微熱』小金井・正純(p3p008000)だ。
「今回の騒動、傍から見ればかなり無理があるように感じますね」
「ええ。遮那くんが帝に拝謁したという事は、遮那くんとそっくりな誰かがいたということですが……」
 以前の事件を思えば遮那に似ている者は居たけれど、帝が見間違う程では無かっただろう。
「それに灯里殿が協力しているのも解せません」
 視線を落したルル家の視界に石畳の道が映り込む。
「その無理を押しとおそうとする何かが彼らにはあるのでしょうか?」

「……急に当主交代宣言なんて言われても意味がわからないわ」
 頬を膨らませた『揺れずの聖域』タイム(p3p007854)へと視線を上げる正純。
「え、え。灯理さんはそれを黙って受け入れてるの? ねえ、騙されてない?」
 タイムはルル家の袖を緩く引いて困った顔をする。
「もしかしたら灯里殿が操られている……という事も有り得ます」
「むーーー! 良くないことが起こってる気がする。とにかく情報を集めなきゃ!」
 事は慎重に運ばねばとルル家とタイムは頷き合った。
「どんな事情があるにせよ長胤様が遺し、遮那さんが継ごうとしているこの家を、己の欲のままに利用しようとすることは認められません」
 正純はタイムとルル家の肩をぎゅっと抱いて「行きましょう」と顔を上げる。
 慣れ親しんだ天香邸。其処が今や『敵地』となっているかもしれないのだから。
 気を引き締めなければと正純は二人に頷いた。

「遮那君が自ら天香の当主を譲るなんて絶対あり得ません」
 胸元で指を握った『真意の選択』隠岐奈 朝顔(p3p008750)は遮那との思い出を脳裏に浮かべる。
 以前、遮那が慣れない政で苦しんでいる時に止めようとした事があった。
 けれど、彼は言ったのだ『私は当主で在らねばならない』と。
 あの時の言葉と覚悟を朝顔は確かに覚えている。
「だから遮那君が居ない間に、彼から当主を奪うなんて私は許せません」
 視線を上げた朝顔はルル家達が天香邸に入って行くのを見つけた。
 進む足がピタリと止まる。
 遮那が居ない天香邸で獄人である自分が受入れられるだろうか。
 それは獄人として生まれてきた者が抱く、深層や根底にある不安だ。
「ううん……大丈夫」
 何があっても冷静に。どんなに厳しくても辛くても穏便に『情報を集める』こと。それが朝顔の成すべき事なのだから。

『報恩の絡繰師』黒影 鬼灯(p3p007949)は『浅香家』の門を潜る。
 本来であれば天香邸で調査を行うべきであるが、鬼灯はあえて浅香へと赴いた。
 遮那はまだシレンツィオに居る筈であるし、それが突然帰って来て灯理へ当主を譲る等とは考え難い。
 それに灯理に仕える『黒影』と名の着く忍の従者と来たのだ。
 自身に無関係だとは思えない。だから、護り忍として鬼灯はこの浅香へとやってきたのだ。
「大丈夫? 鬼灯くん」
「大丈夫だよ、章殿。何が起きても貴殿は護るとも」
 腕の中の大切な妻を抱きしめ視線を上げた鬼灯。
 静まり帰った浅香の庭をゆっくりと歩く。天香邸よりは小さいだろうか。それでも貴族として申し分無い家の広さを有している。
「これは……珍しいお客人だ」
 聞こえて来た声が妙に『懐かしくて』。鬼灯は胸が締め付けられる思いで振り向いた。
 其処には黒い布で顔を隠した忍が佇んでいる。
「ぁ……すまない。美しい庭に見蕩れてしまっていたようだ。
 ごきげんよう、黒影隆元殿。此度は帝から挨拶に伺うように遣わされた、黒影 鬼灯という」
「おや、帝からの遣いでありましたか。暦の頭領が一人でとは……」
 鬼灯へと一歩近づいた忍はまじまじとその顔を見つめる。黒い布の奥からなめ回す様な視線を感じた。
 己が頭領であることも相手には伝わっているのだろう。鬼灯の喉がヒリつく。
「灯理様に仕える忍にございます。以後お見知りおきを」
 恭しく腰を折った隆元は鬼灯が此処へ赴いた要因そのもの。
 まさか、本人と此処で対峙しようとは思ってもみなかった。本能的に敵意を表そうとする心を鎮め冷静に隆元へと対峙する鬼灯。
「とまあ、堅苦しいのはこれ位にしてお茶でもどうだ? 縁側で庭を見ながらの」
「え、と……ではお願いする」

 隣で木の御猪口を持つ章姫に目を細める鬼灯。
 隆元は小さな彼女が持ちやすいように御猪口に茶を用意してくれたのだ。
「大丈夫。初めて使うものだ。木彫りが趣味でな……」
 鬼灯の隣に座った隆元は黒い布の下で茶を啜る。
「……しかし同じく黒影の名を持つとは。先祖が同じなのかもしれないな」
 相手も忍である。そう簡単に情報を漏らす事は無いと、鬼灯は隆元の一挙一動、手癖等を目に焼き付け記憶するつもりで話しを振った。
「そうだのう……もしかしたらそうなのかもな。して聞きたいこととは?」
「あ、ああ。俺は個人的に遮那殿を気に入っていてな。あのようなことを言い出したので驚いているのだ。こういっては失礼だが灯里殿はそう歳も変わらぬ少年のように見えるから余計にな」
「ふむ……」
 庭を見つめる隆元の横顔に鬼灯は何故か『安心』を覚える。
 今まで一切情報を掴みきれなかった同じ黒影の姓を持つ忍、それだけでもかなり怪しい筈なのに。
 この男が纏う空気に懐かしさと安堵を覚えるのだ。
「どうした? 鬼灯」
 ゆるく頭を撫でられる。
 忍びである自分がその手を振り払えず、成すがままである事に章姫が首を傾げた。
 頭領が聞いて呆れると鬼灯は拳を握り締める。
 ――俺の記憶が無いだけで彼に助けられたことがある?
 そうでなくともどこかで世話になったことがあるのか?
 いや、恩人であれば忘れるわけは無いと鬼灯は俯いた。
 完全に初対面の筈なのだ。現に自分は彼の事を何も知らないのだから。
 ……何も、知らない、筈だ。

「あ、」
 手の温もりを、身体が覚えている。
「ん? また泣いているのか? 外は怖いだろう。お前さんは本当は泣き虫だからなぁ。
 よおし、よおし。怖い所から儂が守ってやろう」
 大きな手が頭を撫でる温かさが心地よかった。
 大きな背中をずっと見つめて居た。
 世界でたった一人の『家族』と過ごした日々が鬼灯の中に弾けた。


「ふむ……これは不思議な事であるな」
 首を傾げた『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)は天香邸の玄関で立ち止まる。
 遮那は未だ豊穣に帰還していないというのに、当主が交代したというのだ。
 されど必要以上に場を荒らすことはこの場では相応しくない事は分かる。
 だからシャイネンナハトの時に評判が良かった焼き菓子を手に此処までやってきた。
 丁度ルル家たちも来ているらしいので、焼き菓子を手に厨房へとやってくる百合子。

「なんでも灯理さんが天香を継ぐことになったとか。寝耳に水だったもので、その辺の事情なにか聞き及んでいます?」
 正純は馴染みの女官藤江へと問いかける。
「拙者も気になりますね。遮那君はいつ戻ってきたのでしょう?」
「そうねぇ、私達も突然だったから驚いているのよ。神使である貴女たちの方が知ってるかと思って待ってたんだけど、その様子じゃそっちも知らないのねぇ? あ、遮那様が戻ってきたのは灯理様と一緒だったわ」
「灯理殿は藤江殿達に何と説明されましたか?」
 藤江は当時の事を思い出そうと視線を天井に上げる。
「遮那様が灯理様に家督を譲ると。ただ突然の事で戸惑う事もあるだろうから、少しずつ仕事を引き継ぎ行く行くは全ての執務を灯理様が担う事になるって。当主の交代を大々的に公表するのはその時だって。まあ、突然今日から当主交代って言われるより良いわよねって納得したのよ。私達女官は天香家に仕える身。上から通達があればそれに従うだけだもの」

 成程とタイムとルル家が頷いて正純が「そういえば」と辺りを見渡した。
「喜代さんはお休みですか?」
「ふむ? 確かに。喜代殿は如何なされた? いつも真っ先に出迎えてくださるのに。まさかお加減が悪いのであろうか?」
 焼き菓子を女房達に配っていた百合子は正純の言葉に顔を上げる。
「……ええ。灯理様が喜代様を奥の院に連れて行かれたわ」
「何処かお怪我をされたのでしょうか? それともご病気?」
 正純の問いに女房は首を振った。
「今までずっと働いていたから、休暇も必要だろうと灯理様が……」
 正純は藤江が言外に匂わす『喜代の幽閉』に眉を寄せた。彼女から読み取れる感情は戸惑いや言葉に出せないモヤモヤとしたもの。建前では喜代は休暇療養を取っているらしい。
 百合子は「浅香の筋である喜代殿が幽閉……?」と口に出しかけて思わず唇を噛んだ。
 彼女達が隠したいと思っているということは言えば何かしら害が及ぶということ。
 当主(灯理)の親戚筋の者であれば優遇されるのが普通であるというのに不自然だと訝しむ百合子。
 灯理も喜代を嫌っていたような素振りも無かった。
 そもそもあの様な老人を遠ざける理由など百合子には思いつかなかった。
 これは喜代に会って直接確かめるのが一番なのだろう。

「あっ」
 小さく声を上げた百合子にタイムが「どうしたの?」と首を傾げる。
「灯理殿の所に先に顔を出しに行ってくるのである」
 言いながら走り出した百合子は灯理が居るであろう執務室へと入り込んだ。
「……おや、百合子殿」
「うむ! 息災そうで何よりである!」
 書類から顔を上げ立ち上がろうとした灯理を制止する百合子。
「なに、時間は取らせぬ。ただシレンツィオで撮った写真を持ってきただけよ」
 元々遮那達が豊穣に帰って来たらやろうと思っていた事なのだ。
 皆で写真を眺め思い出話に花を咲かせる事が出来れば楽しいなと百合子は思っていた。
「皆の分あるのだがな。灯理殿が先に帰られたのでその分先に渡しておく」
「ふふ、ありがとう百合子殿……皆楽しそうで、いや実際本当に楽しかったなぁ」
 写真を眺め笑みを零す灯理の眦に涙が浮かんでいるのを見つける百合子。
 それでもその涙には触れず、ただ写真を同じように眺めた。
 何か事情があるにしてもきっとそれは辛い決断だろう。だから自分には何かを尋ねる事も出来なかった。
 されど、この写真のように笑い合った時の気持ちを忘れて欲しくない。
 だから写真だけはどうしても渡してあげたかったと百合子は心に言葉を留める。

 ――――
 ――

「遮那殿とはシレンツィオで対面している、やはり今豊穣に遮那殿がいるのはおかしい」
「そうですね」
『桜舞の暉剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)の言葉に朝顔が頷く。
 一体今、天香家で何が起きているのだろう。急いで状況を把握しなければならないとヴェルグリーズは仲間達と中庭へやってくる。
 何か手がかりが無いかと辺りを見渡せば中庭の片隅で見慣れた女官を見つけた。
「あら、皆さんさんお揃いで」
「見かけないと思ったらまた『休憩』してたんですか?」
 人が沢山居れば一人や二人曲者が現れるものだ。
 彼女もそういった変わり者の女官であった。名を『鞠子』という。
「ほら、最近人がいっぱい入って来て居づらいんだよねぇ」
 明け透けに物を言う鞠子を古株の女官達は疎ましく思っているらしい。
 以前朝顔の悪口を言っていた女官達だ。

「んで、朝顔ちゃん達はこんな所で何してるの? 『捜し物』かな?」
 狐のように目を細めた鞠子へルル家と朝顔は頷く。
「喜代さんが『休暇療養』だと聞きました」
「でも、きっとそうじゃないのよね? 鞠子さん」
 正純とタイムも鞠子へと問いを投げかける。
「そうだねぇ……喜代婆は奥の院に幽閉されるよ」
「しかし別邸への隔離とは……彼女が何かしたのだろうか」
 ヴェルグリーズは眉を寄せ鞠子を見つめた。
「天香家に詳しくて、浅香家の者である。それはさ、誰に一番『疎まれる』と思う? 浅香家の女官かな。それとも天香家の古株かな。正解は……その両方さ。彼女は天香と浅香の女官達が逆らえばどうなるか見せしめに連れて行かれたとも考えられるよね」
「そんな!」
 タイムは「酷いわ、嘘よ」と頭を抱える。
「うん……そう見える側面もあるけど。
 でも、きっと灯理様の本意は違うんじゃないかな。守ってあげたかったんだと思う」
 頭を抱えたタイムがはっと顔を上げる。灯理の性格を知っているタイム達はそっちの方が腑に落ちた。
 慈愛に満ちた優しい笑顔。それは血の繋がった喜代だってそうだ。
 謂われ無き中傷から守りたかった。

「あ、居たいた。みんな此処に居たんだね」
 ぱたぱたと駆けてきた『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)の頭の上には万緒が乗っている。
「門の前でうろうろしてたらこの子が道案内してくれてね。会えてよかった。迷子になるとこだったよ!」
 万緒を頭の上から降ろした焔はにっこりと笑顔を見せた。
 焔はあまり天香家に仲が良い人物は居ない。だから協力するのは難しいと思っていたのだ。
 けれど、以前出会った猿飛段蔵がこの家に仕えていると思い出したのだ。
「喜代さんの所に行くの、段蔵さんに協力してもらったら良いんじゃないかって思ったんだ。
 ほら、御庭番って言ってたし」
 天蓋太夫やカナメの事もあって大変ではあるだろうが、この屋敷の何処かに居る筈なのだ。
「段蔵の爺ちゃん? さっきその辺に居たような……って、ほらそこ」
 焔の言葉に鞠子が物陰を指差す。
 建物の影から現れたのは天香の御庭番猿飛段蔵だ。
 困った様に鞠子を睨む段蔵。要らぬ事をするなという鋭い眼差しをどこ吹く風と笑いながら交わす鞠子。
 鞠子は段蔵の実孫にあたる忍だ。御庭番としてではなく女官に混ざり天香を支える。
 飄々とした性格も『いつ居なくなっても鞠子なら不思議ではない』と思わせる為のものである。

「段蔵さん、喜代さんの所まで案内してほしいんだ。もちろん段蔵さんの天香家の中での立場とかもあると思うから、段蔵さんがやったってバレないように出来るならで構わないから」
「それは構わないがそこの万緒を連れて行かねば道が開かぬぞ」
 段蔵はヴェルグリーズに抱っこをせがむ万緒を見遣る。
「人よけの結界が張られていて、喜代婆のお気に入りの万緒が居ないと他の人は近づけないらしいよ」
「守っているのでしょうか……」
 朝顔は結界の中に囚われて困っている喜代を想像した。
「ねえ、段蔵さん鞠子さん。もし、私達が喜代さんを連れ出そうとしたら止める?」
「んにゃー? 喜代婆も今の天香に居るより、正純さんとこ居る方が気楽でしょ。
 それに奥の院に隠してあるってことは連れ出す時も人目に付かないし。連れ出しやすいと思うよ」
 天香邸が戦場になってしまっても逃げおうせる。
「当主の住むお屋敷ですもの。秘密の脱出口の一つや二つあるんでしょう?」
「もちろん!」
 ウィンクをしてみせた鞠子が口を滑らせたと手で口元を覆う。
 一介の女官が知っている情報では無いのは気になるが。今は少しだけの手がかりでも嬉しい。

 万緒の先導で百合子は喜代が隔離されている奥の院へとやってくる。
 天香の座敷童として長く暮らしている万緒は『妖怪の抜け道』を通って喜代の元へ出入りしているようだった。
 薄暗い部屋の中を万緒が駆けていく。ひしっと喜代の胸にしがみ付いた万緒は心配そうに彼女を見つめた。「喜代殿、お久しぶりであるな」
「おお、百合子殿。また一段と美しくなられて」
 落ち込んでいた顔がほころび、いつも通りの笑顔が戻る。
「……本物の遮那殿は元気である。傍に安奈殿も付いて居る。
 きっとその内、無事にご帰還されるであろう」
「そうですか。それはようございました。妾は若様のことが心配で……」
 腕の中の万緒を撫でた喜代は何処か遠くを見るようで。
「喜代殿、どうか何があったか教えて頂きたい」
「ええ、あの子……灯理がやってきて言うたのですじゃ。『遮那様を守りたい』と。あの子は昔から遮那様の事を好いていましたから。灯理の決意と信念が宿った瞳。あれには逆らう事は出来ませぬ。
 遮那様が大事にしている妾を此処へ置いたのも何かを成す為なのでしょう」
 この天香邸で戦いが起きても逃げられる安全な場所へ喜代を置いた。
「……ここだけの話、吾は貴女を連れ出す事も出来る。
 貴女を抱きかかえてぴゅんと飛んで逃げてしまえる、その為の準備もしてきたのである」
 追手を攪乱する為の用意もあると百合子は喜代に視線を向けた。
「如何なさる、吾は貴女の望みを吾は叶えたい」
「ふふ、優しいお方ですじゃ。妾が此処に居ては百合子殿達の心労が増えてしまいますからのう。
 ……連れて行ってくれますかな? 灯理もきっとそれを望んで妾を此処へ置いたのですじゃ」
 百合子は喜代の身体を抱き上げ、しっかりと抱きしめる。

 タイムと正純は手分けして結界の基点を探していた。
「この結界は誰が張ってるものなのかしら。
 侵入者を防ぐ為のもの? それとも内部の人を外に出さない為?」
「恐らく内部の人を外に出さない為のものでしょう。けれど『普通』の人間には効果が無いようにも思えますね。天香邸に出入りする人は多いですし、その全員を逃がさないという訳にも行かないでしょう」
 つまり、中にあるものを閉じ込める『鳥籠』の役目を担う結界。
 結界の基点を見つけた正純は口元に手を当てうーんと唸る。
「果たしてこれを解除していいものか」
 予感のようなものがあった。『鳥籠』を解いてはならないと。
 正純は見つけた基点をどうするかも含め一度、皆と合流するべきだと判断した。


 ヴェルグリーズは偽物であろう遮那の様子を伺いに彼の自室へ足を運ぶ。
 正面から訪ねて行けばすんなりと部屋の中へ招かれた。
 見た目は遮那そのものである。されど、纏う空気が異質であった。
「当主を交代するって聞いたけど、本当なのかな?」
「ああ、灯理に譲る。彼の方が私より天香の今後の為になるだろう」
 遮那の琥珀の瞳に輝きは無く、覚え込んだセリフを吐き出しているだけのように思える。
 ヴェルグリーズはそこでカマをかけてみる。
「長胤殿の最後の言葉『天香の威光を絶やすな』それが続くことを祈るよ」
 本当は『帝の良き臣になれ』という言葉だった。
 けれど目の前の遮那はそれに「ああ」と頷く。

 部屋を後にしたヴェルグリーズは『剣』の姿のまま贈り物として遮那へ渡すよう鞠子へお願いする。
 剣の姿になった彼に小声で「大丈夫ですか?」と鞠子は問いかけた。
「何とかなるよ大丈夫」
 固く閉められた障子。部屋の片隅に飾られた剣の姿のヴェルグリーズが見たもの。
 それは偽物である遮那の『本来の姿』である。
 水色の髪をしたスカイウェザーの特徴を持つ青年。琥珀の瞳と背丈は遮那に似ている。
 幻術で遮那の形を移しているのだろう。
「……いつまでそうしているつもりだ?」
 振り向いた『偽遮那』は剣の姿であるヴェルグリーズをじっと見つめていた。
「……」
「お前達のようなイレギュラーズに隠し通せるものでも無いからな。
 今此処には俺とお前しかいない。だから安心して出てこいよ」
 正体が割れてしまったのであれば、ヴェルグリーズが剣の姿で居る必要も無くなる。
 人間の姿へと成ったヴェルグリーズは『偽遮那』へと視線を上げた。
「君は誰なんだ? 何の為に遮那殿に成り代わろうとしてるんだ?」
「……俺は那岐。別に遮那に変わろうというわけじゃない。ただ、俺は大切な人を迎えに来た」
 大切な人という言葉にヴェルグリーズは考えを巡らせる。
「俺は鹿ノ子を迎えに来ただけだ。だから、邪魔するならお前をこの部屋から出さない。どうする?」
 異様な気配が那岐から溢れ出す。彼は紛れもなく魔種なのだろう。
「俺が判断する事じゃ無いよ。もし鹿ノ子さんが君の手を取ったら俺が邪魔するのは野暮だろう?
 その状況になってみなければ分からない事だ。だから、この場で約束なんて出来ないよ」
 危険だというのは承知で剣の姿で潜んでいたのだ。この位のやり取りは想定内。
「まあ、良い……これ以上お前と一緒の部屋で過ごすのは御免だかららな。お帰り願おうか?」
「分かったよ」
 ヴェルグリーズが部屋から出た所で障子がパタンと閉められた。

 タイム達が結界の基点を探している間に朝顔は灯理の元へ赴く。
「今、よろしいですか?」
「ああ、朝顔殿いらっしゃい。丁度一区切り付いたところだよ」
 朝顔が執務室の机に近づくと、重ねられた写真が見えた。
 そこにはシレンツィオでの灯理や遮那の笑顔が溢れている。一足先に百合子が持って来たものだ。
「前に、遮那君から聞いたんです。遮那君が当主に成らねばならない理由」
「そうなんだね」
 義兄を自分が討った事は忘れてはならない罪と覚悟で。意志を継ぐ事でしか消えず。
 そうでなければ自分が許せないのだと、その上で自分の周りの笑顔を守りたいと。
「私はそれを聞いて、遮那君が苦しいから辞めさせるんじゃなくて、苦しいなら少しでも分かち合って支えたいなって思ったんです。……きっと辞めた後の方が遮那君にとって辛い事だから」
 眉を下げた朝顔は遮那の言葉を思い出すように胸に手を当てる。
 どうすればいいか正直な所朝顔には全く分からないのだ。
「今も止めたい気持ちが全くない訳じゃないですが……灯理さんはそれを聞いて何か思うのでしょうか?」
「辛い事から守ってあげたい。ただ、其れだけだよ朝顔殿」
 朝顔が遮那を止めたいと思ったように。灯理も遮那を守って自分のやり方で守ってやりたいと思った。
 その決意の先に何があろうとも――
 鼓動がやけに大きく聞こえる。朝顔は聞こえて来た誰かの足音に安堵した。

「こんにちは、灯理さんいる? あ、朝顔さん来てたのね」
「どうも、お邪魔します」
 タイムと正純が執務室へと入ってくる。その後にはルル家と『偽遮那』の姿もあった。
「途中でお会いしたので、お話をと思いまして……人払いをお願いできますか?」
 正純は聞かれたくないであろう話しをするため灯理に申し出る。
「分かった。すまない段蔵人払いを」
「承知しました」
 家臣達が出て行った執務室で灯理と『偽遮那』、イレギュラーズが対峙した。
 いつも通りとはいかないが、手際よくお茶を注いで灯理達の前に置いた正純。
「本物の遮那さんじゃないって分かってるんでしょう? どうして素直に当主交代を受け入れたの?」
 タイムは灯理を真っ直ぐに見つめ問いかける。彼の隣に座る『偽遮那』の反応は無表情。今すぐに暴れ出すという事は無い様子にタイムは一旦胸を撫で下ろす。
「吉野さんや明将さんが知ればきっとみんな怒って……それに悲しむわ。こんなこと、やめよう?」
「……」
 灯理は悲しげに視線を落し首を横に振った。
 タイムは『偽遮那』へと向き直り意を決して言葉を紡ぐ。
「天香家を乗っ取るつもり? 灯理さんを当主にした後あなたはどうするの?」
「どうもしない。ただ、灯理がここが安全だというから従っているだけだ。
 俺の目的はただ一つ――鹿ノ子を取り返す」
 思いがけない言葉にこの場のイレギュラーズが目を瞠る。
「鹿ノ子さんを? どうして? 貴方は彼女を知っているの?」
「知っている。俺の本当の名は『那岐』。鹿ノ子が幼い頃ずっと一緒に居た。
 でも、不幸な事件が起って離ればなれになってしまった。
 それでも必ず迎えに行くと約束をしたんだ」
 たとえ、鹿ノ子がその約束を忘れていたとしても。悲流の涙を奪っても。

「単刀直入に申し上げます。何故このような事をなされたのですか?」
 ルル家の透る声が執務室の壁に反射する。その声は怒りを孕むもの。
 灯理とて自分達を『欺し』通せるとは思っていないだろう。余計な前置きは不要。
「だって、灯里殿は遮那くんの事を大切に思っていました。それは疑いようのない事です。
 拙者には出来ない形で、遮那くんを支え、守っておられました。拙者はそんな灯里殿に好感を持っておりました。断じて私利私欲で当主の座を奪おうとするお人ではありません!!」
 灯理の胸ぐらを掴んだルル家は那岐に聞かれぬよう耳元で囁く。
「あの者に弱みを握られているのですか? どうか、拙者に本意をお明かし下さい……」
 その言葉に優しく笑みを浮かべた灯理はルル家の頬を撫でた。それは遮那を慈しむ顔と同じで。
「僕は那岐の呼び声を受入れた。守る為に」
「……どうしてですか!」
 呼び声を受入れた。それは『倒すべき敵』となったということ。
 ルル家は涙を流し歯を食いしばる。
「遮那くんの事が好きって言っていたではありませんか!
 拙者と遮那くんが喧嘩した時に助けてくれたではありませんか! 全部……嘘だったんですか!?」
「遮那の為に。君の為に――」
 胸ぐらを掴むルル家の手を優しく解いた灯理。
「遮那くんの為!? わからない! わからないよ灯里くん!
 遮那くんが頑張ってるって知ってたくせに! 大変なのわかってるのに支えてたくせに!
 なんで魔種になってまでそんなことしようとするの!?」
 感情が渦巻いて止め処なく涙が溢れる。敵である魔種にこんな無防備な姿を晒すのは得策では無い。
 されど、そんな事は二の次だ。
 だって、ルル家が言葉を投げかけているのは魔種ではない。
 浅香灯理。遮那の親友で、慈愛に満ちた優しい少年に宛ててなのだから。
 胸ぐらを掴んだまま泣き崩れたルル家の背を灯理が撫でる。
「ごめんね。僕は遮那と君が何の苦痛も無く静かに幸せに暮らしている姿が見たいんだ。
 それが、僕の理想で心からの願いなんだよ」

 己の命が消える日。灯理にはそれが分かった。
 炎の八百万である自分が、もう年を越すことはないのだと真火(いのち)の大きさで理解した。
 だから、本当に。遮那や吉野、明将やルル家と過ごしたこの夏が人生で一番幸せだった。
 それは眩いばかりの煌めき。
 呼び声を受入れれば生きながらえる事が出来るという誘惑に抗えぬ程の渇望。
 大好きだからこそ幸せでいてほしい――

「今日の所は此処で失礼します」
 ルル家を灯理から引き剥がした正純は灯理と那岐を見遣り頭を下げる。
 身を屈めルル家を背負った正純はタイムと朝顔を連れて執務室を後にした。

 ――――
 ――

「遮那さんは己の未熟さを理由に全てを投げ出すようなひとじゃない」
 一人天香邸の門を潜った『夏の残照』鹿ノ子(p3p007279)は深呼吸をして遮那の自室へ赴く。
 何より遮那の傍には使い魔である望が居ない。つまり今此処に居るのは偽物ということ。
 それに鹿ノ子には『偽物』の心当たりがあった。

「長旅おつかれさまです、遮那さん」
「ああ、鹿ノ子か……」
 振り向いた遮那が琥珀の瞳を瞠る。
「どうしてもお話したいことがあるので……”いつものように”二人きりのお時間を作って頂けませんか?」
 頷いた遮那は屈託の無い笑みを零した。
 きっと断らないだろうと鹿ノ子にも分かっている。
 閉められた障子から柔らかな日差しが差し込んでいた。
「……那岐なんだよね?」
「そうだよ。やっと会えた鹿ノ子」
 元の姿に戻った那岐は久しぶりの幼馴染みを強く抱きしめる。
「ごめんね、ずっと忘れててごめんね」
 那岐の背に手を回した鹿ノ子は温かさに目を細めた。
「僕を、迎えに来てくれたんだよね?」
 思い出のオルゴールを懐から取り出した鹿ノ子はゆっくりとそれを開く。
 中から聞き慣れた旋律が奏でられた。
「ねぇ、もう僕をひとりにしないよね?」
「ああ。ずっと一緒だ。鹿ノ子……」

 報告書には天香邸に居た遮那が『本物』であると記載した。
 数多のイレギュラーズの中で、彼と一番時間を共有してきたのは自分だという自負が鹿ノ子にはある。
 その自分が遮那を間違えるはずがないのだと。
 これは守る為の戦いだ。遮那を守る為。那岐を殺す為。彼の傍に味方として居よう。

 全ては結実への――



 赤い彼岸花が続いている。
 風が吹く度に、花が揺れて赤い波が押し寄せた。
「ふふ、カナメ」
「……お母さん」
 ゆっくりと川縁を母娘が歩いて行く。
 天蓋太夫と呼ばれた女とその娘『毒亜竜脅し』カナメ(p3p007960)が赤い花の中を往く。

「う、うぅん……体が重い、頭がぼーっとする……」
 カナメは真っ暗な道を歩いていた。
 ぼんやりとしか覚えていないけれど、天蓋太夫は母であった。
「人を殺した手なのに、カナは、許されていいのかな……?」
 ふと、カナメは辺りを見渡す。そこには真っ暗な空間が広がっていた。
「そういえば……ここは、どこだろう? 何もない……桜の木は、どこ?」
 直ぐ近くに居ることは分かるのに、何処にも居ない。
「カナが守らないと、いけないのに……」

 ――不快、不快不快不快不快!
 何かがカナメを探していた。
『誰か』の意思であり、思考である。
 カナメの中に眠る『誰か』は必死に居なくなった彼女を探していた。
『カナメが『ワタシ』を手放すはずがない、一心同体……そう魂に刻みつけたのだから
 ならば誰かがカナメの魂に干渉を施したか』
 己自身には魔の手は及んでいない。ならばと『誰か』はせめてもの抵抗をする。
 カナメ以外の誰にも自分を触らせない。振らせない。
『体はカナメでも、魂が別物なら尚更!』

 ――――
 ――

「素敵な場所……」
 ほうと溜息を吐いた『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は一面に咲き誇るの彼岸花を見つめる。
「でも、ちょっと不気味だわ」
 僅かに瞳を伏せたジルーシャは彼岸花の中を歩く母娘を見つけた。
「あの人が、鹿ノ子ちゃんたちのお母さんなの……とっても綺麗な人ね」
 魔種だと分かっていてもそう思う頬度に、美しく慈愛に満ちた天蓋太夫の微笑み。
 自分には母親は居ないけれど……居ないからこそ鹿ノ子にもカナメにも後悔の無い選択をしてほしい。
 その為に彼女たちを支えるのがジルーシャたちの役目。
「さ、頼んだわよ、アタシの可愛いお隣さんたち!」
 彼岸花咲き乱れる川縁に精霊がふわりと現れた。
 鹿ノ子が先に進めるように。ジルーシャは道を切り開くと心に思い描く。
 それは焔とて同じ気持ちだった。
「カナメちゃんのことを娘だって言ってるのが本当なら、鹿ノ子ちゃんのお母さんでもあるってこと?」
 それならば、どうしてカナメだけを連れていったのだろうと焔は首を傾げる。
「……何か理由があるのかな?」
 一頻り考えたあと首を横に振った焔は「とにかく!」と瞳を上げた。
「今はカナメちゃんを助け出さないとだよね、そうすれば何かわかる事もあるかもしれないし!」
 どうやってカナメを操っているのか分からないが、天蓋太夫から引き剥がした方が良いのは確実だろう。
「それならまずは道を切り拓くよ!」

 鹿ノ子は天蓋太夫とカナメの姿を見つめ目を瞠る。
 ああ――
 あれは間違いなく、自分の母だ。
 取り戻した記憶がそう告げていた。
 覚悟を決めなければならない。
 そう迷う程には天蓋太夫の姿は鹿ノ子の心を揺さぶった。
 あの胸に何の柵も無く飛び込む事ができたなら、どんなに良かっただろう。

「どうにもキナ臭いな」
 人の姿から獣の姿へと変じた『戦飢餓』恋屍・愛無(p3p007296)が首を伸ばす。
 天香周りで魔種の動きが活発になっていると感る。
「さて。これは凶兆としか言いようがなさそうだな。彼らの政敵が喜びそうだ」
 青春なのだろうかと首を傾げるも、実感として愛無にはその心の機微がこれっぽっちも分からなかった。
 食うか守るか。それだけの感情ならば分かりやすいのに、と愛無は口をバクバクと開ける。
「まあ、そちらは若人に任せて、僕は目の前の案件を片付けるとしよう。さぁ、仕事といこう」
 呪獣を倒す。本命前の露払いが愛無の役目。されどこの呪獣の数は如何ともしがたい。
 愛無の視覚に映し出されるのは無数の呪獣だ。
 彼岸花の中に黒い巨体が跳ねる。赤い花を散らせ大きな口を開けた愛無は一瞬の溜めの後、咆哮する。
 震える空気に誘われて呪獣が一斉に愛無を向いた。
 赤い花を踏み荒らしながら、愛無へと獣が襲い来る。
 その獣に噛みつき、引きちぎり臓物を辺りにまき散らす愛無。蹂躙する獣としての格が違う。
 更に咆哮。地面を跳躍した愛無は呪獣を追い立て狩る。

 しかし、と愛無は獣を食い散らしながら考えを巡らせる。
 情というモノは厄介なものだと。簡単に人を狂わせるのだから。
「まぁ、それも是非も無いか」
 滴る赤い血を飲み干しながら愛無は次の獣へと飛びかかった。
「それが人間というモノなのだろう。感情等というモノは所詮ウェイトにすぎないのにな」
 感情とは本当に面倒くさくて厄介なものだと、愛無は『誰か』を思い浮かべながら笑う。

「恩義ある天香への助力、そして鹿ノ子殿の妹御を救うためとあらば」
 気を入れない訳にはいかないと『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は火明の剣を手に斬り込んだ。
「敵の引きつけはお任せを。なに、心配は要りません。頑丈なんが、わしの取り柄ですけえ」
 その隣には『夜妖<ヨル>を狩る者』金枝 繁茂(p3p008917)の姿もあった。
 再び天蓋太夫と鹿ノ子姉妹が親子になるには時間が足りない。されど、天蓋太夫が魔種であるならばその時間を与えることも出来ないと繁茂は唇を噛む。
「確かに天香に関わる限りあなたの娘に危険が常に付きまとうのは事実でしょう。ですがそれを選ぶのは娘さんですよ、彼女はもう子どもではありません。あなたには受け入れがたいでしょうがね」
 繁茂の言葉に『想光を紡ぐ』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)も頷いた。
「子とは成長しそれぞれの人生を歩むもので、如何に可愛くても揺籃に戻ることは出来ない」
 愛あればこそ、延びた手足で歩んできた道を見てあげて欲しいのだとマグタレーナは空に祈る。
 支佐手と繁茂が重ねた攻撃に想いが届くようにとマグタレーナも術式を展開した。
「美しい薔薇には棘があり、麗しき彼岸花には毒がある。甘く美しい誘いにこそ人を傷つける何かが潜んでいるもの。我が子を想い、求める心を咎めることはわたくしには出来ません」
 天使の翼を象ったメイスを掲げたマグタレーナの背後に魔法陣が輝く。
「おこがましい事を承知で申し上げるならば、その心は痛ましいほどに分かるつもりであります」
 子を思う気持ちをマグタレーナは身に染みて理解していた。
「ですが、だからこそ言わねばならぬのでしょう。
 子はいつか親の手を離れ己の足で歩くもの永遠に我が手に抱き続けることは出来ない……」
 嘆きの感情は天蓋太夫の心にも伝わる。
 己が長い間抱いていた悲しみをマグタレーナは理解しているのだと。

「さぁ、今のうちに行って! この辺りの敵を片付けたらボクも行くから!」
 焔は鹿ノ子が走る道を指し示す。
 母の元へと駆け抜ける、帰るための道だ。
「ありがとうございます!」
 鹿ノ子は全力で天蓋太夫の元へと走った。走って、走って。
 迷い無く、その剣に全力で想い込めて。
「カナメを返して、お母さん!」
「鹿ノ子!」
 涙を流しながら鹿ノ子の攻撃を受けた天蓋太夫は少女の身体を絡め取るように手を伸ばす。
 それを振り払い、鹿ノ子は妹のカナメを呼んだ。
「カナ! カナメ! 目を覚まして!」
 鹿ノ子の叫びが戦場に響き渡る。
「本当にカナメちゃんや鹿ノ子ちゃんのお母さんなら、どうしてカナメちゃんにこんなことしてるの?
 こんな風に意思を奪って自分の思い通りにさせるのがあなたの考えてる家族の形なの?」
 焔は天蓋の注意を少しでも逸らす為に言葉を投げかける。
「大切な家族なのよ。離ればなれになってしまって……ようやく戻って来た」
 悲しげな天蓋の言葉に焔は「でも」と首を振った。
「間違ってるよ! 二人とも操られる事を望んでなんかない!」
「そうですよ!」
 焔が集めた敵を朝顔が的確に仕留める。
 魔種相手ならば味方はいくら居ても足りないはず
「少し私にも手伝わせて下さい!」
「アタシの影、アタシの貌。紫香に応えて、目を覚ましなさい――おいで、リドル!」
 ジルーシャの影から精霊が現れる。彼の武器は殆ど無尽蔵に魔力を生み出し続けられる右目。
 大丈夫かと精霊が問いかければその頭を撫でてみせるジルーシャ。
「ちょっと痛むけれど……これくらい、耐えてみせるわ」
 今一番攻撃を受けているのは、敵を引きつけている焔である。
「焔ちゃんもう少し頑張ってね」
「うん! ありがとう! ジルーシャさん!」
 天蓋太夫との決着が付くまでは持久戦である。
 ジルーシャは己の役割をよく把握し、的確に味方へと支援を届けた。

「辺りに彼岸花が咲き乱れとるんでありゃ、わしらがおる側とは逆側から朽ちたる死者の晩餐で仕掛けるんもええかも知れませんの」
 支佐手はあえて言葉にすることで、挟み撃ちを警戒させる。
 その視線の先に居るのは繁茂だ。
「これまでの八百万の不信が招いているともいえる状況、確かにこれまでの天香の所業からして八百万以外の不満が無くなっているとも言えず、天香だけでなく獄人を迫害していた奴らの禊ぎも十分であるとは言えないでしょう」
 その歪みこそがこのような形ででているのではないかと繁茂は支佐手へ言葉を投げる。
「さて、どうでしょうかの。所業の善悪はどうあれ、それによって救われた者が大勢おるんは事実。
 あまり一面的な見方で断ずるんは、どうかと思いますが
 ……と、どうやら議論しとる暇はないようです。続きはまた、次の機会に」
 剣で横から入って来た獣を払った支佐手は次に迫る敵の牙を真正面から受け止める。
 腕に噛みつく獣に顔を歪めた支佐手はもう片方の手で敵を殴り付けた。
「キリが無い……」
「ええ、ですが。此処は耐える時ですね」
 支佐手と繁茂は鹿ノ子と対峙するカナメを見つめる。
 彼女たちの想いが届くようにと二人は祈っていた。
 
 身体が軽くなって行くのを夢の中で感じていた。
「カナメ、カナメ!」
 聞こえてくるのは皆の声。必死に自分を呼ぶ姉の声だ。
 周りの景色が黒から白へと変わっていく。
「分かるよこの安心感。見つけた、桜の木! あー良かったー、ずっと不安だったんだよー
 でもこれでもう何も大丈夫♪ お姉ちゃんが頑張ってるんだもん、カナも頑張らなくてどうする!」
 パッと光が差したカナメの視界。目の前に居るのは鹿ノ子だ。
「それ以上カナ近づかないで」
 鹿ノ子に『緋桜』の刃を向けるカナメ。
 軋む心。きっと助けに来てくれた。けれど近づいてほしくない想いもある。
「おっはよー♪ えへへ、心配かけちゃってごめんね☆」
「カナメちゃん大丈夫?」
 一旦カナメを庇いに入った焔が彼女の頬を両手で包んだ。
「うん大丈夫! カナもあの呪獣やっつけるね」
「紫香を糧に、奏でなさい――ガンダルヴァ」
 目覚めたカナメにジルーシャは優先的に回復を施す。
「わー! ジルーシャさんありがとぉ♪ これでまたいっぱい攻撃を受けられるよお!」
「ちょ、ちょっと!?」
 攻撃を受けることが少し楽しいカナメにジルーシャは「大丈夫なの!?」と問いかける。


「さて……」
 愛無は鹿ノ子たちが納得の行くような結末になると良いと天蓋太夫との対峙を見守っていた。
 魔種との対峙は概ね悲劇を伴う。この話はどんな結末になるのか。
 支佐手と繁茂もまた、攻撃を弾き敵を仕留めながら行く末を注視する。
「わたくしも遠く離れた子らを思う事は常ですが
 寂しさも感じないではありませんが、それ以上に子供達の強さを信じるのみです」
 マグタレーナは天蓋太夫へと祈るように言葉を捧げる。
「順風満帆で育った子供達だけではありません。不幸に遭った子らもいます。
 安らかな眠りを願い、そして生きた証を忘れない。
 それが正しいなとどいう気はありません。我が子を抱けるのはうらやましくもありますしね?」
 ただ、母の情愛を己の為に利用することはあってはならない。
「少年を追い落として志を挫かんとするものこそ許し難きものというのみです」

 カナメと鹿ノ子。
 双子でありながらその生き様は大きく異なっていた。
 カナメにとって魔種であろうとも母は母であり、攻撃することなんて出来はしなかった。
 そう簡単に割り切ることができよう筈もない。
「お母さん、理由はどうあれカナはもう人殺しになったんだよ?
 だから、そんな簡単に許さないで、愛さないで。
 受け入れたらきっと、カナはおかしくなっちゃうから、さ」
 悲しい声だ。愛して欲しいと願いながら、それを否定しなければならない。

 ――刃を向ける僕のことをこのひとはどう思うだろうか。
 鹿ノ子は天蓋の胸を裂く刃に散る赤い血を見つめそう思った。
 いっそ偽物だと思ってくれても構わない。
 罵られたっていい。後ろ指を指されてもいい。
 その方が楽ですらあるのだ。だって、自分はもう『母』の元へは戻れない。
「ごめんなさい。親不孝でごめんなさい。でも僕は、もう後には退けないんだ!」

 鹿ノ子とカナメの言葉が天蓋の胸に染み渡る。
 それはあの小さかった幼子だった二人が選んだ言葉だ。
 離れている間にこんなにも成長した娘たちに、想像以上に天蓋自身が胸を打たれていた。
 思い出の中の二人はまだほんの赤ん坊で。一人で何も出来ない幼子で。
 自分が守ってあげなければいけない存在だった。
 同時に思い知らされたのだ。
 彼女達の成長を勝手に決めつけていたのは自分の方だったのだと。
 想像の中の二人はか弱く、守ってやらねば生きて行けないような子供だった。
 けれど、目の前の『本物』の娘達は自分で考え歩き、意思を強く持っている。

「僕は選んだ! 僕は決めた! 僕は、貴女と一緒には生きられない!」
 深々と突き刺さる刃と鹿ノ子の言葉が弾けた。

 決別の時。
 一緒に生きられなくてもいい。
 ただ、ただ……
 最期に二人の温もりを抱きしめたい。
 血に塗れ、母の揺籃との別れ。
 強くつよく抱きしめた娘たちの温もりを忘れはしない。
 涙で滲んで朧気に揺れる二人の顔。
「ああ、二人とも大きくなった、ね……」
 心配は尽きなくて。
 それでも、きっと鹿ノ子とカナメなら自分の道を歩んで行ってくれる。
 そう思えることが何より天蓋にとって嬉しいことだった。

 微笑みを浮かべたまま、娘たちの腕の中で天蓋は瞳を閉じた――

成否

成功

MVP

小金井・正純(p3p008000)
ただの女

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 MVPは仲間をフォローし上手く情報を得た方へ。

 次が琥珀薫風長編の最終話となります。
 心残りありませんよう、お楽しみくださいませ。
 もみじも全力でお届けします!

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