シナリオ詳細
<Stahl Gebrull>飢渇のメリュジーヌ
オープニング
鴉の羽根を敷き詰めたかのようなエピトゥシ城の壮麗さも、今や眺めてくれる者もいない。眺めて過ごす余裕を、城内を行き交う誰もが持てずにいた。静寂を抱いて横たわる廊下も、部屋となる区画も、すべてイレギュラーズや軍人の織りなす喧騒で賑わっていたためだ。
作戦が決行されてからというもの、兵糧の動きも目まぐるしかった。
防衛に勤しむ仲間のため、傷つき体力を損ねた友のため、魔王城を駆け回る水や食料は、定期的にとある部屋から運び出されていく。そこは配給のために用意した場所で、数人のイレギュラーズが持ち場としている一角だ。
「お心遣いありがとうございます、イレギュラーズ殿」
二人の軍人が、出入り口付近で警備していたイレギュラーズへ会釈し、空き箱や水瓶と共に入室を果たす。兵站の守備を担うイレギュラーズと一緒に動く、デニスとミネアという若き軍人だ。
「二人とも、お疲れ様」
イレギュラーズが戻ってきた彼らへ労いを寄せれば。
デニスもミネアも、ありがとうございます、と嬉しそうに眦を和らげて。
「皆様が此処の守りに就いてくださっているおかげで、私たちも安心して補給に専念できました」
そう話したミネアが、ほらこの通り、と水を失った水瓶を傾けて見せる。
立派に務めを果たしたらしい水瓶を、イレギュラーズたちも何の気なしに覗き込んだ。
この部屋にあったときは綺麗な揺らめきを湛えていた瓶の中も、今は仄暗い世界が広がるだけ。
――ちゃぷん。
渇いた水瓶から、失われたはずの音がした。
「危ないッ!!」
水瓶を覗いていたイレギュラーズの一人が声をあげ、一人がミネアを庇い、一人が水瓶を叩き落とす。耳を劈く音色を響かせて空しい破片と化した水瓶は、確かに空(から)だった。しかし瓶の内側に張り付いていた僅かな水滴が、震える。砕けた破片たちが、震える。
一度だけ。たった一度のまばたきをする間に、震えるだけだった十二の破片が姿を変えた。
「クッ、全く気配がなかった……水瓶のひとつに化けていたなんて!」
「! すみません私、私の所為でッ!」
状況を察したイレギュラーズの言葉で、補給用にそれを使っていたミネアの顔から血の気が引く。
「な、んだ……あれは」
誰かが思わず呟いた。現れたのは、青みがかった銀の尾鰭を持つ、人魚のような存在。
けれど人魚と呼ぶには、あまりにも――上半身が、ヒトならざるものだった。薄い青の花たちが咲き誇るその身体は、ひどく女性的な艶めかしさを感じさせる形を模っている。けれど女性の形をした花たちの奥にも花が咲き、まるで中身など無いかのよう。
人魚めいたそれが、虚空へと徐に腕を伸ばす。
「助けて」
伸びてきた青白い腕は、どことなく震えていて。
「おなかが、すいたの」
うら若き乙女を思わせる声で、愛らしく、弱々しく助けを求めてきた。
「水を……水をください」
「何か、たべものを……お願い」
そこかしこで生まれた他の個体も、似た言葉を発していて。
しかし、彼女たちは助けを誰かに求めたのではない。
イレギュラーズが瞬時に戦闘態勢を取る中、助けを乞う言葉を零しつつ、十二体の女たちは室内に積んである補給物資へ向かおうとしていた。
「ま、まさかメリュジーヌ!?」
デニスが蒼褪めながら声を漏らす。
「メリ、ジ……なんて?」
辛うじて聞きとれた響きを紡いで、イレギュラーズが問い返す。
するとデニスはかぶりを振り、己の内に沸いた在りし日の恐怖心を、どうにか押し込めながら告げる。
「人魚のような姿の……怪物です。自分が子どもの頃に聞いた、御伽噺の一種で」
「水や食べ物を欲しがって、それらを喰らいつくした後は悪い子の命まで食べると言われてまして」
ミネアまでもが声を揺らしながら連ねたものだから、イレギュラーズたちは気付く。
――なるほど、幼子にはよく効く物語だったのだ、と。
だが、軍人二人にとって昔話の怪物を想起させる姿だったとしても。
今ここに居るのは間違いなく、魔種パトリックの能力によって凶暴化された――倒すべき古代獣だ。
- <Stahl Gebrull>飢渇のメリュジーヌ完了
- GM名棟方ろか
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年09月01日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
その腹を満たせるのは、命ではない。
その渇きを潤せるのは、命ではない。
だからエピトゥシ城の一角で寂しく枯れ渡る『飢渇のメリュジーヌ』の嘆きに、イレギュラーズは迷わず床を蹴った。はいはーい、と雲上を渡り歩くかのような軽やかさで、『超合金おねーさん』ガイアドニス(p3p010327)が群れへ突撃し、生まれたばかりの勢いをけん引する。
「じゃあじゃあ、早速おねーさんにお任せでーっす!」
ウインクひとつを皆へ傾けるかれがいる一方、蒼褪めたデニスとミネアを片腕で制すのは、槍を構えた『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)だ。
「デニス様、ミネア様。お退がりを」
「し、しかしアリシス殿……!」
惑いに暮れる二人へと『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)も言葉を授けた。
「デニスさん、ミネアさん! 私たちのフォローをお願いするね!」
狼狽える二人へ役割をしかと託せば、わかりましたと力強い首肯が返る。
そうなればスティアとアリシスも、後は頷き合うだけ。
敵へと目線を移したアリシスの睫毛が、微かに震えた。
(成程、確かにまるでメリュジーヌのよう)
どこにでもある水瓶を通して紛れ込んだ、敵性生物。その厄介さから、敵の道ゆきを塞ぐように立ったアリシスの目許も硬くなる。かの者の見目に因る衝撃は、『鋼鉄の冒険者』オリーブ・ローレル(p3p004352)の眉根をも僅かに寄せさせた。
(あれが擬態する古代獣ですか)
三白眼に刻み込まれた姿は、気味悪さを抱かせるもの。しかも。
「助けて……おなか、すいた」
「水、ほしい……水が」
花の群れが人型の半身を模し、次から次へと偽りの腕で宙を掻く様は、『戦支柱』マニエラ・マギサ・メーヴィン(p3p002906)にも寒気を与えた。言い知れぬ感覚がマニエラの肌膚を滑るも、厄介だな、と呟いた彼女の面差しは揺らがない。
そうしている間にも一体は突進やまぬガイアドニスへ。一体は行く手を阻むアリシスへ。また別の個体は物資を欲し、動いていた。
「まあまあまあまあ! お腹が空いているのね!」
けれどガイアドニスは哀れみも持たず不気味にも思わず、笑みを咲かせるばかり。
「ならならええ、ええ! おねーさんはどう? たんと召し上がれ!」
「どう、なのかしら」
ガイアドニスの高めた戦いの鼓動がメリュジーヌを惹きつける後ろで、『神翼の勇者』ジェック・アーロン(p3p004755)が首を傾いだ。ジェックが気にかけたのはおねーさんの味ではなく、デニスやミネアが寝物語に聞かされたという御伽噺。そこに登場する怪物が実在している事実は、ジェックの胸の内で好奇心を膨らませていく。
発揮するには少しばかり時機を逸したジェックの近くで、『あなたの世界』八田 悠(p3p000687)はふうんと小さく唸る。
「おとぎ話の怪物が実在したら、確かに怖いよねえ」
「人間も食べちゃうかもしれないなら、尚更放置できないよね!」
悠の一言を耳にし、スティアも福音を招きつつ告げた。スティアの鳴らす福音は、魅入られし人魚の意識を自らへ向けさせる。こっちへおいで、と片手を揺らしたスティアが物資から距離を取れば。彼女からの報せに心奪われた異形を邪魔せぬよう、悠が英雄叙事詩を詠う。
(御伽噺に登場すると言っても、実際は……)
悠の視線が、異形から僅かに逸れた。
(もっとそれっぽい、ウォーカーなんてものが居たりするけど)
神話にせよ文学にせよ、ウォーカーほど「実在する物語のかたち」は無い。そう考えるや悠が持つ二色のまなこは、詩によって奮い立つ仲間たちの雄姿を映す。
そしてジェックの触れ方は――英雄を称える詩の下、美しき恐怖劇を人魚たちをキャンバスにして描いた。空腹で死にそうだと呻く人魚たちの源に興味が湧きながらも、かの者らの足取りを鈍らせる。
ふと、吸いつくような可憐さでスティアとガイアドニスを襲うメリュジーヌめがけ、『黒鋼二刀』クロバ・フユツキ(p3p000145)が踏み込んだ。
「精霊ってのは得てして悪戯好きだと聞いたが、俺の知ってる水の精霊は……」
ふらふらと身を揺らす敵の懐へ飛び込み、研ぎ澄まされた光を灯すのはクロバの瞳。
その眼差しが射抜けば、彼は邪の道における正しさを実行するのみで。
「人に害を与える存在じゃなかったなぁ!」
刀身を滑りゆくクロバの意志が、艶めかしいメリュジーヌの身を、そこで咲き誇る花を――切り裂いた。はらはらと舞い散った薄青は濡れ、泣き声に似た音も零れる。しかしクロバの歩みを止めさせるものには、決してならない。
さあ次はどいつだと言わんばかりにクロバが標的を見定める間、怒りに惑わされることのなかったメリュジーヌをマニエラが阻害する。マニエラの闘気で編まれた無数の棘が、獣に罰を下した。
「無駄だよ」
端的な一言が、人魚めいた者へ戦慄をもたらす。
だがぶるりと震えはしても、メリュジーヌはやはりこう云う。
「助けて……なにか、何か食べたいの」
補給物資を求める訴えは、幾ら痛みを植え付けても消えない。
突破を試みる個体は尚も多く、クロバやマニエラと同時にオリーブも覇竜穿撃で仕掛けていた。まるで呪文の如く聞こえてくる飢餓の声を受け、オリーブの冴えた眼つきも鋭さを重ねていく。
「理解は、できません」
するつもりなど毛頭なく、オリーブはメリュジーヌへそうとだけ囁いた。
そのとき、ガイアドニスの叫びがこだまする。
「食べ応えイマイチ!? おねーさんの身体、硬すぎ……?」
この上なく美味しそうな肉の香りを漂わせるガイアドニス。
そんなかれを四囲するメリュジーヌらへと弾む誘い文句も、消えはしない。
「旅人さんたちだって、宝石より硬いアイスがあるって言ってたもの!」
それより柔らかいはずとの主張を打ち出したガイアドニスへ、渇望の権化である獣らが迫る。魚を連想させる下半身をうねらせて、夢幻めいた頭部を揺らし、続けるのは。
おなかがすいた。喉が渇いた。
同じ言ばかり繰り返すかれらを押し返すアリシスは、乞う青き腕を前に溜息をつく。
「これもまたアーカーシュの古代獣、ですか」
かれらの飢渇を満たせるものなど、此処には無いというのに。
アリシスは思わず瞼を落とした。望みを果たすべく傷つき、傷つけられ続けるかれらの生き様が、それこそ辺りを舞う光の蝶のようで――ゆめまぼろしに似ていたから。
●
ほらほら見て、と笑みと共に身を躍らせるガイアドニスへと、最後の執着を感じるような烈しさでメリュジーヌがしがみつく。愛でくるめば包む分だけ必死の抱擁が返るものだから、ガイアドニスの頬もふくりと上がる一方だ。
「よーし、今ならおねーさんに美味しいおうどんもつけちゃうわ!」
溢れる旺盛な元気さは、縋る古代獣らをも惑わせる勢いだった。
顔も無いのに一驚を表したらしきメリュジーヌの頭部へ、ガイアドニスから愛情が降る。
「お味は間違いないのだわ!」
そうして敵陣を引き受け続けるのはガイアドニスと、補給物資に注視しながら構えるスティア。有限のものに手を出させる訳にはいかないと、スティアは深く息を吸う。眼前には、飢えた人魚の腕があった。
かの腕ごと奪うのは、命。スティアより解き放たれた神滅が、しがみつき、或いは花を咲かせてきた個体を聖なる刃で死に至らしめる。やがてスティアからパラパラと破片が落ちていった。いずれも彼女に咲いた花の残滓だ。
「散ると硬くなっちゃうんだね」
ぽつりとスティアが零す。
「硬く、ですか?」
聞き留めたオリーブが、敵へ竜撃の一手を捧げ徐に尋ねると、スティアはこくりと肯う。
「このお花たち、役目を終えたら水分が根こそぎ無くなるみたいで」
死した花弁の痕跡を目で追い、告げた。
すると思考を巡らせていたオリーブが、静かに言葉を結ぶ。
「……豊穣とやらが失われた証拠かもしれません」
花を咲かせる行為が、メリュジーヌにとっての豊穣ならば。
何の気なしに考えていると、水色の花を植え付けられて間もないマニエラが、近くで肩を竦めた。
「見えざる豊穣が相手では、勝敗を決するのも難しいな」
「勝敗??」
今度はマニエラの一言にスティアが首を傾げる。
「命を吸い取る花と私のパンドラ。どちらが先に削りきられるか、勝負をしてみたくてな」
花が次から次へ開いていくにも拘らず、マニエラの関心は勝負にあった。
交わされる話を耳にしたクロバが、縋りつく細腕へ型無しの剣舞を贈ったのち、振り返る。
「で、その行く末は?」
「まあ無理のある勝負だが、それはそれとして結果は見えているからね」
この戦いを制するのは、他の誰でもないイレギュラーズだと。
マニエラの言が仲間たちの間にも伝播する中、花を咲かせた術者のメリュジーヌを、ジェックがじっと見据えていた。
「……花、ね」
ほぼほぼ吐息のみで呟く。
たとえば生気を吸いとった分、綺麗に咲く花がいたとして。果たしてそれは、綺麗に咲いていると呼べるのだろうか。たとえば血を吸い上げて生きる花があったとして。それらは果たして、咲き誇っていると胸を張れるのか。
いくら考えを張り巡らせても、ジェックには理解できずに。
(随分と……儚い生き物だ)
しかも『豊穣』を冠する花弁が、いつしか枯れて硬くなってしまうなんて。
皆の話を頭の中で結いながら、ジェックは狙い澄ます。他者の生命の糧を奪おうとする悲しき獣を。未だ吸い続ける花の主を、死神が嘲笑う。
「アタシからは、逃れられないよ。……外さないから」
言うやジャミル・タクティールが青き花たちに降り注ぎ、目も眩むような色で染め上げた。嗚呼、と花が嘆こうとも。そんな、と花が絶望に打ち拉がれても。ジェックの生み出した力は、揺らぎを知らない。
未練を思わせる花弁が、涙で輝いた。
輝きはしたが、生き残ることは叶わずに。
その間、己の剣舞でメリュジーヌを看取り終えたクロバに、鬼気が顕現する。昂る情で白銀の如く燃える髪を靡かせて、彼は冷たい唇で言葉を模る。握る得物へ復讐の意を注がせながら。
「花は咲けど、それはお前らにとっての彼岸花……」
刃がより冴えれば、クロバの織りなす幻想が女の面差しを――目鼻立ちひとつ解らないながら物憂げな顔を――歪ませた。
「……あぁ、意味を理解する必要はない」
けれどクロバには、揺れ動く彼女の情意を慮る理由など無い。
「要するにお前らをより素早く殺せそうだ、ということだ……!!」
床を蹴り、吠えたクロバが青へと沈む。
集っていたメリュジーヌたちを彼が叩けば、マニエラが戦いの威勢が引かぬよう残影百手を連ねる。速さと手数で攻め立てたマニエラは、凝りもせず抱き着く人魚に双眸を細めて。
「御伽噺で、弱点の一つや二つ伝えておいてもらえないかな、全く」
「戦略に取り込めたかもしれないから?」
呟きを悠が掬い上げる。すると、それもあるけど、とマニエラはまじろいだ。
「私、どちらかっていうと悪い子だから」
「おねーさんも悪いおねーさんだから、弱点を知っていたら違ったかも!」
人魚に追われている最中のガイアドニスが言葉を挟み、なるほど、と悠は顎を引く。
物語の怪物と対峙するのが英雄なら、次に悠が紡ぐのは――魔神黙示録。
(イイ感じに役もそろっているから、今はこれが丁度良いはず)
吟遊詩人は奏で、謡う。
英雄たちの勇猛なる戦いを世に伝え遺し、悲惨なる怪物の末路で人々へ希望を教えるために。
メリュジーヌがいかに御伽噺の怪物に酷似していたとしても。
そこに実体を持って存在するならば、話は早い。
「うち倒せばいいだけだからね」
どんなに短い詩も、悠の手にかかれば世界を一変させる力となる。
此度の戦いの始まりから悠の詩に支えられたまま、オリーブが人魚の持つ幻想を穿つ。かれらメリュジーヌの想いを理解せずとも、叶わない願いだと断言してやる義理もなく。だから代わりに断ち切ってやるだけ。
タンクや壁を担う仲間、それと物資に接触する古代獣の飢えと渇きを、真っ二つにする。
(向こうから寄ってきてくれるのは、都合が良いですね)
間合いが狭まるにつれ、至近距離での戦を得意とするオリーブが優勢になっていく。
「皆さんへ施した豊穣が何であれ、自分に近づくのであれば相応に思い知らせてやります」
術者の命を絶てばまたひとつ、仲間に咲いた花が崩れ落ちるのだから。
迷いなきオリーブの一撃で、あえかな花が生涯を終える。
一方、物資へ忍び寄ろうとしたメリュジーヌらの魂を、紫雲ゆらめくアリシスのまなこが捉えていた。なんて煌めきなのでしょう、と瞳を揺らさずにいられない。メリュジーヌの水面(はだ)を揺蕩う彩が、あまりにも美しくて。
「誠に残念ながら……」
アリシスは色の欠片をそっと吸い寄せるや、蝶へと変じさせた。
「物資を差し上げる訳には……行きませんので」
嗚呼、それはまるで――幻燐の如く。
どうして、とメリュジーヌの嘆声が響き、アリシスの肌に『豊穣』が生じる。
「愛らしい花ではありますが……」
なんと寂しげだろうかと。そう感じたアリシスは睫毛を震わせ、スティアへ目線を流す。
潤んだ眼差しを受けて、スティアは花咲きの主へ歩み寄った。
「その人は悪い人じゃないよ。ほら、私の眼を見て」
まばたきを忘れるぐらいに、メリュジーヌを真っ直ぐ見つめる。
「だって悪い人はパトリックだしね!」
両腕を広げて仰々しく呼びかければ、まるで時を失ったかのように、悲鳴(こえ)を挙げ続けていた人魚たちが停まり。そして。
「……信じられない?」
そろりと窺うスティアの素振りも、メリュジーヌを惑わせるまじないと化す。
一芝居打つスティアを眼差しのみで見送り、悠はスティアではなくアリシスの回復に勤しむ。神秘を帯びた声で織りなす悠の歌が、エピトゥシ城の一室で響き、その瞳は腹が減ったと訴えて続けた古代獣の残滓を捉える。
(皮肉だよね)
悠は意識せず唇を引き結ぶ。
(豊穣をもたらす存在が飢えているだなんて)
――だよね、メリュジーヌ。
人のカタチを成したメリュジーヌという名の『世界』が消滅していくのを、悠はただただ記憶に刻んだ。
●
聡い眼で幾度となく一瞥するも、人魚めいた獣から零れる寂しそうな声音が、幸福を覚える日は来ない。しかし憐れむより先にジェックが選ぶのは恵みであるかれらの花を、振り払うこと。しがみつく腕を、拒むことだ。
「アタシを簡単に捕らえられると思わないで」
こんなもので。アタシをどうにかできるなんて思わないで。
そう睨みつけたジェックに、払われたばかりのメリュジーヌの手がひくつく。
「アタシの大切な人は、アタシから何かを奪って行ったりはしない」
大切という言葉の意図を、形を伝えた途端――絶望の気配を帯びたかの者は、ジェックに触れられたのを最期に溶け消えた。美しい生き様を、目の当たりにしたまま。ぴちゃりと水音を立てて。
残り数体となったところで、メリュジーヌが互いを見やり、集まり始める。
「させません」
真っ先にオリーブが経路を抑え、割り込む。割り込むと同時に、鋭利な乱撃で標的を鮮血の徒にした。攻撃の手こそ烈しいものだがしかし、オリーブが紡ぐのは、駄々をこねる幼子をあやすのに似た静穏だ。
「おやすみなさい、青の夢」
別れの挨拶も聞き飽きた頃だろうから。
子守歌めいたさようならが、腹をすかせたまま死した獣を見送った。
同じ頃、もう一体へと仕掛けていたのはマニエラだ。
「残念、と言ってあげた方がいいのかな」
情けも慈しみもない指先は宙を掻き寄せ、むなしい獣へ終の熱を与える。
「助けを乞われても倒すしか無いからね?」
抱きしめる仕草で今回の本命へと届けた、オーラレイ・ピアース。
空色の残り香が鼻腔をくすぐるより早く、マニエラは夢の跡を手放した。
そして合体を目指していた別の個体へ、クロバの二振りが迫る。
「好き勝手なつまみ食いも試合中のよそ見も、立派なマナー違反だぜ」
ふ、とクロバが浅い吐息で笑う。小さな声ではあったが、裂・掠風花の威を痛感したメリュジーヌが、それを聞く日は訪れない。クロバが閉ざした瞼の向こうで、命の消える音がした。
いつしか、しとどに濡れた終焉が戦場となった一室を満たす。
メリュジーヌと呼ばれた古代獣にも、眠りの時が来た。
「いじらしくて可愛いお花だったわ!」
はしゃいだガイアドニスが声を弾ませる。直後、ちらと瞥見した先にはアリシスがいて。顔を揃えて、頷き合う。そうして二人は悠の歌を纏い、スティアが展開した花天の舞いを背にして、残されたメリュジーヌに寄り添う。
どんなに縋りつかれても、ガイアドニスは眦を和らげる。すると、まだ眠たくないと言い張る童女みたいに、メリュジーヌは頭を振った。そんな花のうなじへガイアドニスが手を置き添えて祈る。きっとおなかいっぱいになる夢が見られるわ、と。
そこへ光の刃が飛び込んでいった。アリシスが束ねた浄罪の剣だ。
まもなく脆い青の花は、永遠の眠りに沈む。笑みを咲かせたガイアドニスに、抱きしめられたかたちのままで。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした!
お蔭さまで無事に物資を守り切り、メリュジーヌの殲滅も叶いました。
またご縁が繋がりましたら、そのときはよろしくお願いいたします。
GMコメント
お世話になっております。棟方ろかです。
●TARGET
・古代獣『飢渇のメリュジーヌ』の撃破
・補給物資への被害を抑える
以上二点の達成が成功条件となります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。不明点もあります。
●LOCATION
エピトゥシ城の一角、主に食料の配給を担うための一室が舞台。
部屋の出入口は一か所のみ。天井は高く、窓はありません。
なお、水瓶に入れていた水はただの水ですので、補給した先への影響はございません。
●ENEMY
・古代獣『飢渇のメリュジーヌ』×12体
上半身は、薄い青色の花が無数に集まり、女性を模った姿。
下半身は、青みがかった銀色の魚の形をしています。
サイズも人間の女性並みなので、どことなく人魚チックな外見。
元は強力な1体でしたが、瓶が割れたおかげで弱体化して出現。
そのためか仲間の数が減ってくると、合体して1体の姿に戻ろうとする傾向にあります。合体すると、すべて能力がかなり強化されてしまいます。
どの個体も俊敏で攻撃力が高いです。それと飛行能力持ち。
そして物資を優先して狙い、吸収しようとします。
状況にもよりますが、積んである補給物資の塊を6回ほど吸収されてしまうと成功条件未達となるので、対策が要るでしょう。
標的に縋りついたり、抱きついたりすることで、相手の体力や胃の中身といったエネルギーを吸い取ります。結構な量を吸われるため、注意が必要です。
吸われる際、標的は激しい空腹や喉の渇きに襲われながらも、この上ない安堵感……大切な誰かに優しく抱きしめられたような心地よさで満たされ、動きが鈍ります。(麻痺系列&ショック)
彼女の『豊穣』の力は、対象の肌に瑞々しい水色の花を咲かせていき、やがて全身を花で埋め尽くすもの。
花が咲いている間は体力を削られ続け、いつかは倒れます。
術者のメリュジーヌを倒すと、この花は散ります。
それとは別に、『豊穣』を与えてはならない相手だという認識を植え付けるなど、術者に何かしら働きかけて術を解除させることも出来るかもしれません。
●FRIENDLY
・軍務派の軍人デニスとミネア
イレギュラーズと一緒に食糧の確認や、補給を担ってくれている男女です。
イレギュラーズに比べると、あまり戦力にはならないでしょう。
それでは、ご武運を。
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