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シナリオ詳細

<深海メーディウム>救いの瞳光

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 この世は『自由』という名の『絶望』に満ちている。
 慟哭が月明かりが注ぐ窓へ反響した。
 どうしてと石畳の床に手を付く女。袴が地面に触れて布が引きつる。
 黒髪を三つ編みにした女の顔には白と赤の大きな眼帯が掛けられていた。
「――救って差し上げます。美咲様」

 美咲・マクスウェルは『虹色の瞳』を有していた。
 その凶悪するぎる力を制御する為に、嵌められた十三の拘束具。
 両手の指全てに嵌めた指輪、二重に掛けた眼帯、首のチョーカー。
 召喚される前の世界ではそれを外す事は許されなかったのだ。
 されど、無辜なる混沌は彼女をその枷から解放し、同時に瞳の力を減衰させた。
 十三の拘束具に封印された抑止の原動力たる存在もまた、美咲に追随するように人の形で混沌へ召喚されることとなる。

 その一つ――『眼帯の従魔』ミサ。
 黒髪の白と赤の大きな眼帯を着けた女。
 美咲の魔眼を抑制していた十三の拘束具のうち、二つの眼帯に封じられた存在が人間の形となったもの。
 彼女は自由や責任から逃れたい、忘れ去りたい、安心したいという願いから生まれたのだ。
 ミサの唯一の望みは美咲を『救いたい』というもの。

 混沌世界に降り立ったミサは、瞳を閉じてすら己が身に降りかかり続ける、容赦ない『自由』を呪った。
「わたくしは何も見たくはなかった。ただ教えて欲しかった、導いて欲しかった、従えて欲しかった」
 ヒトは誰しも、彼女のような存在にとってはなおさら、誰かに従うことさえも、自身が選択した結果となることに絶望した。そして考えてしまった。想像してしまった。推測してしまった。
「美咲様も、同じ絶望を味わわれたのではないでしょうか」
 ミサの眼帯の奥から透明な雫が零れ落ちる。初めての涙だ。
「あまりに、お労しい」
 自我とはこんなにも、苦しくのし掛るものなのか。
 辛いのだとミサは拳を石畳に打ち付ける。
 己がこんなにも苦しんでいるのだ主は更に苦痛に苛まれているはずだ。
 女は静かに息を吐き、眼帯に覆われた顔を上げる。
 ミサは初めて自身の目的を持つに至った。
 従魔であるミサにとってそれはつらく苦しい事でもあった。
 しかし決死の覚悟で、ミサは『はじめての自我』を『芽生えた意思』を握りしめた。
 自由という名の絶望から美咲を救いたいという、切なる――けれど歪んだ――その願いを。

 ――救って差し上げます。美咲様。
 さもなくば、瞳を閉ざして差し上げます。美咲様。
 手も、足も、声も、耳も、邪魔なものは全てなくして差し上げます。美咲様。
 それすら叶わぬなら、せめて意思だけでも奪い去って差し上げます。ねえ美咲様。
 忘れておりました。心などという不幸の根源も無用の長物……そうでしょう。美咲様。

 二度と歩かなくても良いように。
 二度と話さなくても良いように。
 二度とその瞳に何ものをも映しませんように。

「妨げるものは――全て排除致します」
 美咲を自由という名の絶望から解放するために。


 さらさらと波の音が聞こえる。
 宝石を溶かしたような美しい海の色。
 フェデリア島シレンツィオ・リゾートは、かつて絶望の青と呼ばれイレギュラーズとリヴァイアサンの戦いがあった場所だ。
 今は美しい町並みに生まれ変わったフェデリア島。
 しかし、フェデリア島近郊ダカヌ海域には未知なる『深海魔(ディープ・テラーズ)』が出現し人々の生活を脅かしていた。そんな折に深海の『都』からやってきた少女が語る神器『玉匣(たまくしげ)』の神話。
 深怪魔を払う力があるとされる玉匣を直すため、竜宮幣(ドラグチップ)の収集をイレギュラーズは任されていたのだ。

 そんな中で舞い込んで来た一件の依頼は少しばかり趣が違うもので。フェデリア島にあるローレット支部から少し歩いた所にあるレストランで美咲・マクスウェル(p3p005192)はランチを取っていた。
 魚介が多く使われたパエリアを食み美咲に視線を上げたのはラダ・ジグリ(p3p000271)。
 独特の旨味が口の中に広がって思わず「美味しい」と口から零れる。
「……それで、その『眼帯の従魔』ミサっていうのが美咲殿を狙っていると?」
 ラダはグラスに入ったレモンソーダで喉を流してから問いかけた。
「何度か目撃されてるらしいわね」
 イーリン・ジョーンズ(p3p000854)はミサについて纏めた資料をラダに渡す。
 ラダはその紙をじっと見つめた後、隣のジェイク・夜乃(p3p001103)へ寄越した。
「割と派手に動いてるんだな。こういう手合いはもう少し忍んでいそうなものだが……」
 ジェイクは顎に手を当てて眉を寄せる。
「どう思う? 汰磨羈」
 向かいに座った仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)はラズベリーケーキを切り取って、資料を見つめた。
 口の中に広がる甘酸っぱいラズベリーが思考をクリアにする。
「旅人なんだろう? しかもかなり力をつけていると来た。一筋縄では行かないだろうな」
 ケーキ皿の奥に置かれた資料の文字を指で追う汰磨羈。

 ――『眼帯の従魔』ミサ。
 黒髪三つ編みの白と赤の大きな眼帯を着けた少女。
 袴姿で見かける事が多く、美咲を『救うため』に探しているらしい。
 これまでの事件も美咲に似た少女が目隠しをされ拘束されたまま殺されている。
 彼女にとっては、死も救いの内なのかもしれない。

「しかも、今回そのミサってやつが居るのは、相手さんの根城だろ。用心していかねぇとな!」
 ジャンバラヤを豪快に頬張るゴリョウ・クートン(p3p002081)は咀嚼しながら辺りをぐるりと見渡した。
 美咲の隣にはいつも金色の毛並みの少女が居たはずなのだがと首を傾げる。
 アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)もゴリョウの視線に気付いた。
「そういえば、ヒィロ君遅いね? 寄り道してるのかな?」
 目を瞬かせるアレクシアの耳に慌ただしい足音が聞こえてくる。
 焦りと切羽詰まった息遣いにアレクシアは胸騒ぎを覚えた。
「……美咲さん、ヒィロさんが! ヒィロさんが攫われてしまいました!」
 いつもはのんびりしている『Vanity』ラビ(p3n000027)が血相を変えてイレギュラーズへと告げる。
「どういう事なの……? ヒィロに何があったの?」
 務めて冷静に居ようとする美咲の声が僅かに震えていた。
「はぁ、はぁ……ヒィロさんは『眼帯の従魔』ミサに捕まってしまったのです!」
 美咲の瞳が大きく見開かれる。
 よりにもよって、ミサにヒィロが囚われるとは。
 それは美咲自身の『弱点』を知られているということだ。
 そもそも凄腕ばかりのイレギュラーズの中でも、ヒィロの能力はとびきりの一級品である。『避ける』や『逃げる』なら、なおさらだ。それをよりにもよって浚うなど、いまごろ浚った側が壊滅していてもおかしくはないものだが、そうさせるほどの何か(そうさせた思惑なり、可能とした能力なり)があったということか。
「ヒィロ……、待っててヒィロ。お願い、無事でいて……」
 美咲の悲痛な声がイーリンの耳に届く。
 その気持ちは痛い程に分かった。大切な友人を失う事の怖さは誰よりも知っているから。
「行きましょう!」
 集まったイレギュラーズはイーリンの声に立ち上がった。


 石畳の冷たい感触がヒィロのふくらはぎに伝わってくる。
 全身を覆う痛みに身じろぎして小さく息を吐いたヒィロ。
 命に関わるような傷では無いが、後手を縛っている縄は少女の白い皮膚に食い込んでいた。
 ヒィロは薄暗い地下室に転がされている。無理に逃げようと思えば出来るだろう。
 しかし、とヒィロは緑瞳を上げ自分を見下ろす女を睨んだ。
「あなたは誰? 何でボクを捕まえたのかな?」
「わたくしは……この世界には絶望しか無いと思っています」
 編み上げブーツの靴底が石畳に音を立てる。
 ゆっくりと近づいて来る女は、その顔の殆どを眼帯で覆っていた。
「だからこそ、自由という名の絶望から解放してあげたいと思っているのです」
 石畳に転がるヒィロの耳元へ女は「美咲様を――」と囁く。

「なっ!? だからボクをここへ連れて来たの?」
 ヒィロは眼帯の女に敵意を露わにした。
「わたくしは、美咲様の瞳を覆っていた者。『眼帯の従魔』ミサと申します。この自由という名の絶望から美咲様を救う為に私は存在しています。何も見なくてもいいように、考えなくてもいいように。ですから、貴方には協力して頂きたいのです。美咲様を想う気持ちがあるのなら」
「それって、どういう事なの?」
 ヒィロはミサから目を離さずに様子を伺う。
 脱出の機会が無いか、情報を得られないか――生き抜けるか。
「救うのですよ。瞳を閉ざし手足の自由を奪い、怖い事は何も無い揺り籠の中に居て貰う」
「それは、美咲さんを殺すってこと? そんなの嫌だよ」
 その言葉にミサはヒィロの目の前に膝を付いた。
「……あなたはその幼い容姿に似合わず、賢いのですね。その縄は、おそらくあなたであれば全力を出せば解けてしまうでしょう。けれど、それをしないのは、わたくしに敵わないと思っているから。いえより厳密に述べるならば、わたくし『一人』ならどうとでも出来ましょうが――ここは敵地であり多勢に無勢であるからですね。賢明な判断ですよ。ヒィロ様? あなたはかつて抑制される場所にいたのでしょう。生い立ちは違えど美咲様と本質的には同じ境遇に居た。諦める事で自らを縛り自我の尊厳を保っていたのではないですか?」
 普段は朗らかなヒィロが時折見せるドライな思考は、彼女がスラムで育った故のもの。
「ならば、自由という名の元に降りかかる絶望を知っているはずです。強制され命令に縛られることの安心感と多幸感を知っているはずです。あなたがそれを享受しなくとも、目の当たりにはしているでしょう」
 ――あいつに命令されたんだ。俺は悪く無い。
 そんな言葉は吐き捨てるほど聞いた。
「だからヒィロ様、私はその絶望から美咲様を救いたいのです。だから、協力してください」
 ミサの紅い唇が三日月の形になって、ヒィロの緑瞳に映り込む。

 ――美咲さん。ごめんね。でもね、ボク美咲さんを裏切れないから。
「ボクは、あなたに協力なんてしない!」
 ヒィロの凜とした声が地下室の壁に響き渡った。

GMコメント

 もみじです。ヒィロさんを助け出しましょう。

●目的
・ヒィロさんの救出
・ミサの撃退または討伐
(相手の拠点に乗り込む形なので、討伐は難しいと思われます)

●ロケーション
 フェデリア島近郊にある島の屋敷。
 元は貴族の別荘でしたが、この所のダガヌ海域での深怪魔出現により捨てられたものをミサが使っています。
 魔術的な罠が張り巡らされ、深怪魔が居ます。
 ヒィロさんは地下室に囚われています。
 潜入して戦ってヒィロさんをを取り戻しましょう。

●敵
○『眼帯の従魔』ミサ
 非常に強力な敵です。注意が必要です。
 美咲さんを『救う為』に全てを排除しようとしてきます。

 神秘攻撃を中心に、かなりの命中と反応で『封印』『麻痺系のBS』『封殺』『泥沼』『停滞』がある範囲攻撃をしてきます。
 また、『罠』を発動させてきます。
 罠は『HPダメージ』『APダメージ』『回避反応低下』。回避は可能。罠対処も可能。

 他には、おそらく魔物を使役する系統の能力を持っていると思われます。

○深怪魔
 ミサの周りにはモンスターが彷徨いています。
 これらもミサを撃退するための障害となるでしょう。
・レーテンシー×2
 巨大な個体で触手による強力な貫攻撃と厚い装甲の耐久力を持ちます。
・メリディアン×4
 鯨型深海魔です。小型で速く攻撃力が高いです。出血系のBSを仕掛けて来ます。
・フライングヒトデ×多数
 ヒトデ型深海魔です。陸上では飛行します。意外とタフで数が多いのが厄介です。

○虚滅種
・カースドフロウ×4
 嘆きの幻影です。亜竜のような形を取っています。
 神秘攻撃を仕掛けて来ます。

●ヒィロさん
 皆さんの仲間ヒィロ=エヒト(p3p002503)さんです。
 ミサに捕まえられてしまいました。多少の打撲はありますが心配ありません。
 手足を縛られ地下室にいれられているだけなので、戦闘が開始すればミサはそちらに向かい、抜け出すチャンスがあるでしょう。
 ミサが立ち去ってから、合流には数ターン必要でしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●特殊ルール『竜宮の波紋・改』
 この海域では乙姫メーア・ディーネ―の力をうけ、PCは戦闘力を向上させることができます。
 竜宮城の聖防具に近い水着姿にのみ適用していましたが、竜宮幣が一定数集まったことでどんな服装でも加護を得ることができるようになりました。

●特殊ドロップ『竜宮幣』
 当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
 このアイテムは使用することで『海洋・鉄帝・ラサ・豊穣』のうちいずれかに投票でき、その後も手元にアイテムが残ります。
 投票結果が集計された後は当シリーズ内で使える携行品アイテムとの引換券となります。
 ※期限内に投票されなかった場合でも同じくアイテム引換券となります

  • <深海メーディウム>救いの瞳光完了
  • GM名もみじ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2022年08月29日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
イーリン・ジョーンズ(p3p000854)
流星の少女
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳

リプレイ


 晴れ渡る空はアジュールブルーの色彩を広げ、水面は美しく陽光を反射する。
 風光明媚な海の景色も『玻璃の瞳』美咲・マクスウェル(p3p005192)には何処かくすんで見えた。
 傍らに居る筈の大切な人の気配が無い。
 其れだけで世界は色彩を失うのだと、美咲は改めて理解する。
 ――世界とは、救いとは主観でしか語れないものを他者に適用……いや、そういうのいいや。

「相棒を拉致られて日和ってるワケねーよなぁ!?」
 数刻前。美咲は怒りを露わに集まった近辺貴族へ振り向いた。
 いつもの冷静沈着な彼女からは想像も付かない程の怒気を孕んだ声だ。
 集めた貴族へ自分達が向かう屋敷の構造を尋ねればある程度の地理は把握出来た。
 美咲の相棒――『瑠璃の刃』ヒィロ=エヒト(p3p002503)を拉致した程の実力を持つ相手との戦いとあらばどんな些細な情報とて必要になってくる。
『眼帯の従魔』ミサは己に嵌められていた十三の拘束具が顕現した姿だ。
 本来で在れば美咲自身に何らかのアプローチをしてくる筈だった。その覚悟はあった。
 されど、危険に晒されたのは己ではなく大切なヒィロ。明確な『弱点』を狙って来たのだ。

 辿り着いた屋敷の門を潜り、美咲は憤る気持ちを拳を握る事で抑える。
 呼吸を整え相棒の名を呼ぶ――
『ヒィロ……』
『美咲さん? 助けに来てくれたんだね!』
 縋るような美咲の声色に、いつもと変わらぬヒィロの明るい声が重なった。
 其れだけで、じわりと眦に熱いものがこみ上げる。
 美咲はその涙を押し殺し『状況は』と短く尋ねた。
『うん。大した怪我は無いよ。多分地下に閉じ込められてる。目の前にミサってのが居て、身動きが取れないかな。こいつ美咲さんを狙ってる』
 ヒィロを生け捕る事が出来るなんて警戒しなければならない。
『……分かったわ。今からそっちに向かうから、ミサが部屋を離れたら抜け出して合流よ』
 了解と返答を聞いて、美咲は瞳を瞬かせた後、仲間へと振り返る。

「まずはヒィロとの合流だ。ヒィロの事だ、今からでも十分間に合うはず。急ぎ向かおう」
 美咲の隣で門を潜った『天穿つ』ラダ・ジグリ(p3p000271)は玄関までの道に罠が無い事を確認する。
「見た限り玄関までは大丈夫そうだ」
 この美咲とミサの関係性を伝え聞くに。どちらが悪いわけではないと考えながらラダは歩を進めた。
 されど、お互いに『人』の姿だから通じると思うのは驕りであると眉を寄せる。
 実力行使に出る前に、当人同士で少しでも対話するべきだった。
 美咲は彼女が顕現している事を知らなかったらしいから、主にミサが『対話』を行わなかった。
 だからこんな拗れているのだとラダは溜息を吐く。せっかく話せるようになったのだからもっと相互に理解を深めるべきなのだと首を振った。

「ゴリョウ、夫婦円満の秘訣は何だと思う?」
 草が石畳の隙間から顔を覗かせる通路を歩きながら『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は傍の『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)へ問いかける。
「私は互いのリスペクトと尊重。主従でも似たようなものでしょ」
「ああ。そうだな」
 この屋敷の女主人は、それが分かっていないのだ。
「そのミサって子、若いみたいだし教えてあげましょ」
 拳を横に突き出しゴリョウと合わせるイーリン。
「ぶはははッ、カチコミと行きますかねぇ!」
 ゴリョウの声が玄関のドアに反射するのをイーリンは僅か瞳を伏せ祈りを捧げる。
「――神がそれを望まれる」
 イーリンの祈りの声は『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)の耳にも届いた。
 深呼吸をひとつ。ジェイクは「分かっている」と視線を空へ向ける。
 こういう時こそクールでいるべきなのだとジェイクは息を吐いた。
 ミサの話は美咲から聞いた。だからこそ、余計な雑念は捨て去るべきなのだ。
 今最優先されるのはヒィロの救出。ミサの事情についてはその後だ。
 ジェイクは視線を戻し、玄関ドアを挟んで向かいに居る『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)へ合図を送る。
 汰磨羈は注意深くドアノブに手を掛けた。重い音を響かせドアが動き蝶番が軋む。
 救済されたか否かの基準は、常にその対象が決めるものだと汰磨羈は開かれるドアを見つめ考える。
 ――その対象の意思を無視した救済など、ただの害意でしかない……!
 汰磨羈は乱れた思考に首を振って終止符を打った。
 今はヒィロの救出が先決。ジェイクが先行し「ごめんください」と小さく呟く。

 ムっと埃とカビの匂いが鼻をついた。
 薄暗い玄関ホールは大理石の間から雑草が見えている。
 海からの湿気が上がってくるのだろう。湿った空気が屋敷の中を漂ってるようだ。
 ラダと汰磨羈は足音の響く波を追いかける。
 ゴリョウは反響する音を全身で受け止め屋敷内部の構造を大まかに把握する。
 先んじて美咲が貴族から伝え聞いていた情報と相違無いようだ。
「……地下か。幽閉する場所としては定番に過ぎるが」
 汰磨羈は屋敷の構造がロの字型である事を把握する。
 どうやら丘の上に立っているこの屋敷の玄関は二階に当たるらしい。
「ヒィロ君が捕まるなんて、よほどのことだけど……」
 イレギュラーズの中でも、ヒィロの能力はとびきりの一級品である。
 それを捉えるのは至難の業。強敵であるのだと『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は胸元で拳を握る。
「でも、尻込みなんてしてられないね! 必ず無事に助け出す!」
 アレクシアの言葉に美咲は大きく頷いた。

 ――――
 ――

 薄暗い地下室でミサは床に転がるヒィロの傍に佇んでいた。
「協力しない。ええ……そう言うと思ってました」
 ミサの赤い唇が三日月のように歪められる。
「束縛して救うなんて、……そんなの手伝うわけないじゃん」
 ヒィロはミサを睨み付け、その様子をじっと観察していた。
 彼女の行動を美咲達に届ける為だ。
「自由という名の絶望から解放する? ……そんなの黙って見てられるわけないじゃん!」
 地下室の壁にヒィロの声が跳ね返る。
 ミサはヒィロを先に捉えて正解だったとほくそ笑んだ。
「過去しか見えてないお前に美咲さんは絶対渡さない! だって今の美咲さんは――!」

 きっと、この金色の毛並みの少女を奪えば、美咲は少なからず世界を拒絶するはずだから。
 それ程までに、ヒィロは美咲にとって特別であるとミサは実感する。
「成程、貴女と一緒に居れば美咲様も喜ぶという訳ですね。ならば、貴女も美咲様の隣に仲良く並べて上げましょうか。そうすれば美咲様は幸せであるのではないでしょうか」
「く……っ、は」
 ヒィロの首にミサの指先が絡む。
 気道を狭められる息苦しさに歯を食いしばった。
 ――まだだ。まだ此処で『縄を解いちゃいけない』んだ。
 美咲さん、美咲さん、美咲さん……
 ヒィロの眦に涙が浮かぶ。

 瞬間、頭上にあった蝋燭の無いクラシックシャンデリアが揺れた。
「ごほっ、こほ……っ」
「……ふふ、来ましたね。やはり貴女は美咲様にとっての『弱点』であると」
 咳き込むヒィロは、背を向け地下室から出て行くミサを見つめる。
『美咲さん、ミサがそっちに向かったよ』
『分かったわ。ヒィロは大丈夫? 何もされてない?』
『……うん、平気だよ。今からそっちに行くね』
 ミサの足音が聞こえなくなったのを確認して、ヒィロは縄を隠し持っていた小さなナイフで切り裂いた。
「詰めが甘いね、ミサ。ボクは伊達にスラム出身じゃないよ」
 生き抜く為に。こんな小道具は何処にでも仕込んでいるのだから。


 イーリンは罠に出る『ミサの性格』を的確に読み取っていた。
「罠は何らかの意図が出る。追い返す物、知らせたい物、近づいて欲しくない場所、ミスリード」
「じゃあこれは、知らせたい物か?」
 ゴリョウは突如として現れた大量のフライングヒトデの攻撃を天狼盾で防ぐ。
「そうね。『私達相手』と仮定するならば知らせたいものになる。これがただの海賊とかなら、ひとたまりも無いでしょうしね」
 イーリンはロの字の回廊になった下層を見遣る。
「感知されたかしらね……」
「下に向かう階段は何処だ? あれは使えなさそうだしな」
 ゴリョウは回廊の端に設けられた壊れた螺旋階段の他に下層に下れるものは無いかと周囲を見渡した。
「ねえ、ゴリョウ。そっち頼めるかしら。また変な罠があるわ」
「おう任せろ! ジェイク達も居るしな!」
 イーリンは壁の腰板に隠された罠を見つけ出す。
 おそらく大量のフライングヒトデに対応している間に発動する遅延性の罠だ。
「神経毒か……周到なことね」
 多重の罠に破壊された階段。
「誘われている、ということかしら?」
「どっちにしろ下に行くしか無さそうだな」
 ジェイクは先行させていた二匹の鼠が別の罠をこの先で見つけたようだと告げる。

「それにしてもこの数……」
 アレクシアは次々と沸いて来るフライングヒトデに眉を寄せた。
「ヒィロさんが捕まったのはこれが原因かな?」
 並外れた回避能力を持つヒィロを数の暴力で捕えたのだろう。
 美咲を得る上で、ヒィロを抑える事は必須条件である。それを的確に封じてきたのはミサがフライングヒトデや他の魔物を従える能力を持ち合わせている証左でもあった。
「しかし、キリが無いな」
「ああ……」
 汰磨羈とラダは無数の敵を相手に唇を噛む。
 イーリンが罠の配置から予測した通り、このヒトデは『知らせ』と『誘導』の為にあるのだろうと汰磨羈は息を吐いた。
「階段はどこにあるだろうか……?」
 ラダは汰磨羈とアレクシアに攻撃を任せ、感覚を研ぎ澄ませる。
 ――空気の流れ、湿気、微かな物音。地下へ続く道はどれだ?
 ふと、ラダの耳に近づいて来る足音が聞こえる。
「ヒィロか……否、知らぬ足音」
「来たか」
 ラダの呟きに汰磨羈が目を見開いた。
 イーリンはジェイクと美咲を見遣り、階下の広場へ飛び降りることを決断する。

「……ああ、美咲様お待ちしておりました」
 恍惚に満ちた声色。ミサは美咲に腰を折って頭を垂れる。
「来て頂けると信じておりました美咲様」
「様付けする相手に対面前から喧嘩売る真意、聞こうか」
 出来るだけ長くミサを引きつける。それが美咲の役目。
 ヒィロが戻ってくるまで、あと、少しの辛抱だ。彼女は強い。きっともうすぐこの戦場に飛び込んで来るだろう。だからこそ、美咲がここで時間を出来るだけ稼ぐ。
「14色の魔眼に拘束具が13である意味……2個分じゃわからない?」
 多重に掛けられた『眼帯の従魔』ミサ。
 美咲が元の世界で嵌められていた拘束のうちの二つ。
「私の目は閉ざされた事なんてないし、あの世界にも混沌にも絶望なんてしない」
「ああ、お労しい。この世界に来て自由という絶望に苛まれてしまっているのですね」
 大仰にミサは眼帯の下から涙を流す。
「ええ……ええ……美咲様。わたくしが救って差し上げます。何もかも。わたくしに身を委ねて下されば絶望を見ずに済むのです。ですから……わたくしの手を取ってください。さあ」
 美咲へと手を伸ばすミサの爪先をジェイクの弾丸が掠めた。
「……何を!」
 階下の広場へと飛び降りたジェイクは銃口をミサへと向け口の端を上げる。
「美咲を救えるのはこの世で唯一人」
「ええ、ええそうでしょう! それはこのわたくしですわ!」
「いいや違うな。お前さんみたいな卑劣な悪党じゃねえ!」
 ミサの頬を弾丸が走る。僅かに目を見開いたジェイクは『一筋縄では行かない』と舌打ちをした。
 己の命中精度を加味しても、相手は相当な実力を持っているとジェイクには分かった。
「気を付けろ。こいつ、強いぜ」
「ええ……」

 ――――
 ――

 階下に飛び降りたジェイクと美咲を一瞥したゴリョウはフライングヒトデを引き連れ、ミサの後から新たに現れた深怪魔と虚滅種へと突撃を掛ける。
「ラァアあああ!!!」
 雄叫びと共にゴリョウは盾を大きく振りかぶった。
 ゴリョウの巨体から繰り出される威圧に敵は怒りを露わにする。
 声を上げすぎたかと横目でミサ達を見遣るが、美咲にしか興味が無いような雰囲気を感じた。
 ゴリョウが集めた敵をラダは的確に狙いうつ。
 鋼鉄の雨が多くの深怪魔達を巻き込めば、ヒトデが大量の海水を血の代わりに吐き出した。
 一瞬こちらを一瞥したミサの視線に気付き目を細めるラダ。
「こっちに目移りしてられる状況かい?」
 ラダの弾丸の嵐が戦場に降り注ぐ。

「悪いわね、これでも『器用貧乏』なのよ――!」
 イーリンの剣先がレーテンシーの甲羅の隙間へ突き刺さった。
 翻るように刃を避けたレーテンシーの触手が甲羅の中で蠢き、ずるりとイーリンの身体の上に滴る。
 滑りを帯びた本体をイーリンは遠慮無く切り裂き、剣尖を深く押し込めた。
 最後の力を振り絞りレーテンシーはイーリンの身体を締め付ける。
 されど、イーリンは一欠片も動じない。剣柄を掌で推し進めた。背骨が軋む。
「おいおい、信頼しすぎじゃないか?」
 霊刀がイーリンに纏わり付いた触手を割った。
 視線を上げれば手を差し出す汰磨羈の姿が見える。
「あら、こんなに手際よく助けておいて言う台詞? ありがと汰磨羈」
 汰磨羈の手を取ったイーリンは痛む身体に歯を食いしばった。
 アレクシアは薔薇の魔法杖を手に魔力を込める。萼を思わす緑の花弁は濃く色づいた。
 花弁と共に戦場を覆い尽くすは運命を司る女神の声だ。
 ゴリョウやイーリンを苛む敵の攻撃が不自然に歪められる。
 美しい花と共に敵の運命をもねじ曲げるアレクシアの魔法にラダは目を瞠った。


「さあ……美咲様。わたくしと共に参りましょう」
「……っ!」
 美咲の身体を束縛したミサの声が戦場に木霊する。身動き出来ない美咲は苦しげに息を吐いた。
 ミサの指先が美咲の頬を伝い、唇が黒く美しい髪を撫でる。
 束縛されているだけならば美咲も抜け出す事は出来るだろう。
 されど、抗えない何かがミサの指先から伝わってくる。
 侵食される感覚に怖気が走った。

「美咲さんを離せぇえええ――――!!!!」
 鋭いナイフがミサの喉元目がけて迫り来る。
 それを危うく躱したミサは目の前に現れたヒィロに舌打ちをした。
「美咲さん! 大丈夫!?」
「ヒィロ……」
 美咲は戻って来たヒィロを見つめ安堵したように頷く。
「ったく! おせえじゃねえか!」
 ジェイクは怪我も無さそうなヒィロに微笑みを浮かべた。
「ごめん皆! 助けに来てくれてありがと!」
 美咲の拘束を解いたヒィロはミサへと向き直り怒りを露わにする。
「お前には誰も傷付けさせない! 誰の人生も邪魔させない!」

 ヒィロの帰還。それは仲間の士気を高める。
「ぶはははッ! 黙って殴られてただけの甲斐はあったかねぇ!」
 戦場に響き渡るのはゴリョウの雄叫びだ。
 もう大人しくしている必要はないと、盾で敵の攻撃を大きくはじき返す。
「おぅ、あっちの邪魔はさせねぇぞ。俺と遊べや海産物!」
「ようやくだな。派手に行くぞ」
 汰磨羈の霊刀の刀身は鋭い一閃でメリディアンの肉を絶ち斬る。
「では遠慮なく……」
 それに続くラダの弾丸はメリディアンの心臓を打ち貫いた。

 アレクシアはミサへと視線を合わせ、言葉を叩きつける。
「救うだとかなんだとか言って、勝手な想像を押し付けてるだけでしょう!
 ほんとに救いたいなら、まずは話すところからはじめなさい!」
 対話無くして理解など有り得ない。
 ミサは美咲を己の中の想像で偶像化し崇拝しているだけだとアレクシアは叫ぶ。
「そうだぞ。無関係の娘すら殺した貴様に、救済という言葉を口にする資格は無い!」
 汰磨羈はミサの喉元を狙い剣を走らせた。
 辛うじて躱したミサの胸元に赤い血が散った。
 追い打ちを掛けるジェイクとラダの弾丸はミサの腕を貫く。
 ゴリョウはミサに操られた敵が、主人を守ろうと動くのに合わせその巨体で立ち塞がった。
「行かせるかよ!」
 その敵の行動はミサが劣勢を悟ったと判断したイーリンは低い姿勢から剣を閃かせる。
 これは陽動。後に続く彼女達への道しるべ。

「美咲さんの「絶望」をお前が決めるな!」
 イーリンの影から飛び出したヒィロと美咲。
 ヒィロは渾身の一撃でミサを殴り付ける。
「美咲さんの『自由』をお前が嘆くな!!」
 広間に反響するヒィロの声は鬼気迫るもので。

「今の美咲さんは束縛を必要とする人じゃない。
 自由に絶望する人じゃない。
 ――空っぽのボクが生を感じられるように束縛して
 自由っていう虚無から救ってくれる人だもん。
 ね、美咲さん!」

 振り向かず、其処に居てくれる美咲へヒィロは言葉を乗せて繋ぐ。
「ヒィロはね、私の世界を別の視点で彩ってくれるの」
 自分だけの彩りであれば、目を覆いたくなる事だってあったかもしれない。
 支配される揺り籠の心地よさに揺蕩っていたかもしれない。
 けれど、ヒィロと二人で世界を巡って開眼した『虹の先』に見えたものがある。

 美咲の瞳が遊色に揺れる。
 歪んだ過保護は不要なのだと刃に込めた。
「わからないなら、服従か死を選べ」
 冷酷なまでに降り注ぐ美咲の言葉。己を支配する服従すべき主。
 されど、ミサには未だ救いたいと願う強い気持ちがあった。
「……それはまた今度にいたしましょう」
 ミサの言葉と共に一斉にヒトデが砕け散り視界を覆う。
 滴る水滴はミサの姿を隠し、広場にはヒトデ達の死骸だけが残っていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

イーリン・ジョーンズ(p3p000854)[重傷]
流星の少女
ジェイク・夜乃(p3p001103)[重傷]
『幻狼』灰色狼
ゴリョウ・クートン(p3p002081)[重傷]
黒豚系オーク

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 無事にヒィロさんを助け出す事ができました。
 お疲れ様でした。

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