シナリオ詳細
<潮騒のヴェンタータ>暗闇に浮かぶフロスティ・ブルー
オープニング
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それは水中の中で弾け飛んで、いとも簡単に海流へと呑まれた。浮き上がり、沈み、また浮き上がって――元の場所から果たして、どのくらい移動してしまったのか。
海面近くまで押し上げられたなら、海上から照らす陽の光がキラキラと反射して居場所を知らせたのだけれど。その光すらも届かないほどの暗闇に沈んでしまったら、まるで闇と同化したようにわからなくなってしまう。
一体どこまでの深さなのだろう?
誰かが見たらそう思ってしまいそうなほど、終りはなく。しかしそんな最中に暗闇へぼうと映る光があった。光はぼんやりとした輪郭で、上下に揺れながら少しずつ移動している。
ゆっくりと、緩慢な動き。それは近くまで来ると、小さなそれを飲み込んでしまう。消化できると思っているらしいが、生物ではないものを消化できるのか――消化できるとしたら、どれほどかかるだろうか。
ふぅわり、ふわふわ。
先ほどまでと同じような動きでまたどこかへ行こうとした光る物体は、不意ににゅるんと素早い動きを見せた。闇に同化していた深海生物が口惜しそうに去っていく。
しかしそれは逃すことを許さず、触手のような――腕のようなものだろうか――ものを伸ばして深海生物を絡めとる。もがいていた深海生物は、徐々にその抵抗を失っていった。
仕留めた獲物をほんの少しだけ。それをゆっくり消化しながら、光る物体はふわりとまたどこかへ向かっていく。その後ろに繋がる、もっともっと大きくて暗い影を引き連れて。
――その体内に、1枚のコインを残したまま。
●
「クルーズツアーってどんなものなんでしょうね!」
「……まだ始まってないけど?」
目をキラキラと輝かせるブラウ(p3n000090)に、『Blue Rose』シャルル(p3n000032)は肩をすくめて見せた。
この度、シレンツィオリゾートは開拓二周年の時を迎え、各国の威信をかけたクルーズツアーが始まろうとしている。しかしクルーズ船はまだ出航できないのが実情だ。
「ええと……この辺りですね。ダカヌ海域と呼ばれる場所にモンスターが現れていて、安全を確保できないんですって」
シャルルが広げた地図をぴょいと見下ろして、ここですね、足跡マークをつけるブラウ。この周辺に深怪魔(ディープ・テラーズ)なる未知のモンスターが出現しているのだそうだ。
各国の威信がかかったクルーズツアーである。中止というわけにもいかないし、加えて各国の重鎮と利害の一致する依頼があったのだ。
「深海にある都から来られた方が、なくしものをしているんです。それを集めれば深海魔を追い払えるとか……」
真偽は定かでないものの、本当ならば願ったり叶ったりである。ゆえに、その"なくしもの"を拾い上げる依頼がローレットへ持ちかけられたのである。
「これには各国の方も意欲が高く、『どの代表者が最もそれを集めるか』という勝負にもなっているとか」
回収はイレギュラーズだが、依頼人は各国の重鎮もとい代表である。つまり回収したものは代表のもの。我が国が一番貢献したぞと胸を張るために、どこも負けてはいられないようだ。
「ボクはどこが勝ってもいいけれど……アンタたちは推したい代表とかいるわけでしょ。頑張れば何かいいことあるかもね」
どんな良いことか――そもそも良いことがあるのかはさておいて。シレンツィオリゾートの開拓二周年を祝うためにも、憂いは退けておきたいところだ。
「皆さんには海中でもいつも通り動ける装備が貸し出されますので、ディープシー以外の方もどうぞ依頼をご確認くださいね! あと深い場所まで潜るなら明かりを持って行ってください!」
早速の依頼です! と羊皮紙を嘴で摘もうとして――うまくいかずにでんぐり返しするブラウ。イレギュラーズが受け止める傍ら、シャルルがあーあとため息混じりに羊皮紙を彼らへ渡した。
「これが標的なモンスター。断定はできないけど……最近になって見かけるようになったみたいだから、何処かからやってきたのかも」
どこから現れたのかは不明だが、周囲の精霊が荒れている報告もあることから、望まれざるモノではあるのだろう。
チョウチンアンコウのように獲物を誘引する光を持っているようだから、深い闇の中でも見つけられないことはない。あとは暗いフィールド――しかも海中だ――での戦い方が、鍵を握るだろう。
- <潮騒のヴェンタータ>暗闇に浮かぶフロスティ・ブルーLv:30以上完了
- GM名愁
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年08月06日 22時14分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
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太陽の日差しを受けて煌めく海面に、複数の水柱が次々と上がる。無数の泡が光の方へ向かっていくのとは対照的に、竜宮幣(ドラグチップ)回収のため海へ飛び込んだイレギュラーズたちは暗闇へと沈んでいった。
(クルーズツアーの安全確保、か)
『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)はクルーズ船に乗るだろう者の様子を思い浮かべ、思わず表情を緩める。きっと仲間同士で羽を伸ばしに来た者や、子供のいる家族などが乗船して、大変賑やかに違いない。
海に喜び、カモメにはしゃぐ子供を思えば、脳裏に浮かぶのは大切な子供達のことだ。遠出なんてしたこともなかったから、想像するのはあまりにも眩しい――願望と言っても良いのだろう。
いつかはそういったツアーも行ってみたいし、元の世界に帰れたのなら海水浴だって良い。出来なかったことを成すには、きっとまだ、遅くない。
「おお、息ができる。なんかいつもより動きやすい気もするな!」
すいすいと底へ泳いでいくのは『なけなしの一歩』越智内 定(p3p009033)だ。水着ゆえに水中の抵抗は少ないだろうが、それだけではない気がしてくる。これが竜宮の加護というものなのか。
「それにしても、いつのまにか竜宮幣なんてものの投票が始まってるんだよな」
マニュフェストなどを出すあたり、字面だけは立派に選挙なのだが――果たして、豊穣と海洋のマニュフェストは本当の本当にあれで良いのか。
「あれもよくわからないんですよね」
海の中でも香ばしい匂いを出す『不屈の障壁』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)がつぶやく。たかってくる小魚たちがくすぐったい。あいててて噛まれた!
よじるベークの体に巻かれた布が、ひらひらと水に躍る。ウェールはどさくさに紛れて魚の1匹をファミリアーとして使役し、偵察のため深海へと向かわせた。
「やれやれ……まあ、チップとやらを集めれば良いんですよね」
「そうだね。早く集まると良いけれど」
ドラグチップが集まれば深怪魔を追い払うことができ、シレンツィオが準備していたクルーズツアーも催すことができるだろう。それに――放置していては練達まで被害が及ぶ可能性だってある。海はどこまでも続いているのだから、と定は練達のある方角を見遣った。
「けれど、深怪魔ってホント何なのかしらね?」
『銀青の戦乙女』アルテミア・フィルティス(p3p001981)がシースルーのパレオを靡かせながら水を掻く。この先に潜むそれらは封印されていたと言うが、ならば凶悪なモンスターや悪魔、もしかしたら魔種に類するナニカですらあるかもしれない。
少しずつ深海へと近づき、光が届かなくなってくる。小魚たちも周囲の水圧に危険を感じたのか、ベークの周りから離れていった。視界の悪くなる中、ぼうと『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)が発光する。
ウェールは光源と暗視の力で海の中を見通し、逃げてしまった小魚に代わってファミリアーになるような生物を探し始めた。幸い、ゴリョウという光源に近づく生物もいる。
「俺は食べ物じゃないんだがなあ」
ちょっと噛まれて追い払ってみたり、触れてくる魚がくすぐったくて笑ってみたり。ベークはそんなゴリョウを見て、さっきの自分みたいだなあとぼんやり思う。
「あちらは進めそうだ、行ってみるか?」
「ええ、そうね。岩場の陰などは警戒しておくわ」
エコーロケーションで周囲の地形を感じ取ったゴリョウは、平坦に続く海底を示す。闇ばかりの周囲だが、海底まで届けば足はつくし、天地がどちらかわからないということにはならなさそうだ。
「日中だってのに夜みたいっスね。これが深海か」
「そうだね。明かりがないと手探りになりそうだよ」
感心して周囲を見渡す『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)に定が頷く。普通ならば深海など来ないから、テレビで見る程度だろう。それがまさか異世界へ渡ったことで自ら赴くとは、人生何があるかわからないものである。
しかし一寸先も見通せぬような暗闇だ。こんな環境であっても生物がいるのだから、適応力というのはすごいものだ。この暗がりの下でも地上と同じように、適応できるものが生き延び、適応できないものが死に絶えているのだろう。
(興味本位で関わらないのもまた生きる術ってやつだな)
葵は暗視で映る、海藻のようなものを一瞥する。ともすれば見逃してしまいそうな、目立たないものだが――しゅるんっと海藻が岩陰に隠れる。どこかへ移動していったのか、息を殺しているのか、再び姿を認めることはできない。
だが、それならそれで良いのである。標的に出会う前から戦闘は避けたいし、ましてや手を伸ばしたが故に不意打ちされても困る。
「お、また何か寄ってきたな」
発光するゴリョウが徐に近づいてくる海底生物を見る。ゆっくりとした動きの魚――にも見えるし蛙にも見える――に攻撃性は無さそうだが、こちらをじっと見つめられてしまえば、ついつい見つめ返してしまうものだ。
「深海魚というモノは中々、美味いモノも多いようだが」
それをさらにじっと見つめる『戦飢餓』恋屍・愛無(p3p007296)。しかし戦闘は避けたいと、定はちょいと脅かしてそれを追い払う。脅かすというより、魚に近づこうとした途端弾かれるようにどこかへ消えてしまったのだが。随分と臆病な性格だったらしい。
「出会うのが深海魚なら良いけれど、深怪魔なら厄介よね」
深い山の中へ消えていった魚を見送って、アルテミアがつぶやく。周囲の精霊が荒れ狂うほどの招かれざる魔物となれば、それもまた深怪魔なのかもしれない。
「何にせよ、少々急いだほうが良さそうだ」
「いいお付き合いはできないかな?」
「さて、ね」
首を傾げる『あなたの世界』八田 悠(p3p000687)に愛無な肩をすくめてみせる。向こうの言葉などわからないのだから、是とも否とも言い難い。
「親近感わくんだけどなあ」
海域は違えども、同じ深海に住むモノ同士。できることなら領地にいる鯱や鯆、鯨と同じように矯正できたら良いのだが。
(うーん、それにしても。いっぱい居なくてもいいから、少しでも連れてこられればすごく楽だったんだろうけど)
響く音で周囲の地形を把握する能力に長けた生物がいれば、彼らに先導してもらえれば良い。残念なのはここまで彼らが至るには距離のある海域ということか。
「皆。あれがそうだろうか」
愛無が不意に手を伸ばす。闇を濃く感じるからこそ光を眩しくも感じるもので、周囲の地形はエコーロケーション頼りになるが光には気付きやすい。
ゴリョウの発光でわずかに照らされた薄闇の中、すらりとした愛無の指先が滑る。その示す先には淡い光を放ちながらゆらゆらと移動する、クラゲのようなものがいた。
「そうみたいですね」
「シーエレメンタルは……うーん、ここからだとまだ見えないな」
頷くベークの傍ら、暗闇に紛れる葵がじっとその周囲に目を凝らす。同じように暗闇と同化しているのか、それともそもそもが見つけづらい希薄なものなのか――いずれにしても、もっと近づかなければわからないだろう。
「ま、奴さんはこちらに気づいたみたいだな」
ゴリョウの言う通り、メディヌは相変わらず緩慢とした動きながらも明確にこちらへ向かっている。戦いの火蓋が切って落とされるのも時間の問題だ。
「それなら早速――夏にぴったり、気分の盛り上がる曲でも奏でようか!」
悠の詩が魔力を帯びて、昏い闇の中に響き渡る。それを聞いてニッと笑ったゴリョウは、クラゲに向けて肉薄した。
(ま、そういう陣形だよな!)
近づいていけば、不自然な潮の流れが感じ取れる。視線を向ければそれらはあちこちで渦を巻き、こちらを威嚇するように揺らめいていた。
これがシーエレメンタルというわけだ。この距離で渦を巻いていれば流石に視認することも難しくない。
「オメェさんらには悪いが、こっちも引けないワケがあるんでね!」
敵陣に単発飛び込むゴリョウの声が、静かだった深海を悠の詩とともに震わせる。
「ゴリョウさん、元気だなぁ……」
あとに続くベークの声は明らかに気乗りしていない。だって近づくものを食べてしまうクラゲだ。対する自分はたい焼き。ではないね。鯛のディープシーなんだよね。
何はともあれどう考えても、大変遺憾ではあるのだけれど、今のベークは明瞭な『餌』なのだ。
(いえまぁ、多分僕に似合の役なんでしょうね…………)
遠い目になるベークの体臭に、メディヌがふと体の向きを変える。もちろん、ベークの方へ向けて。
「あっ来る? 来ちゃいます?」
「来るわね」
アルテミアの返しにそっかぁと深いため息混じりな返事をして、ベークは腹を括る。海の底にいる生物なだけあって多少、理の違いを感じるというか。未知を肌で感じているというか。それでもやらねばならぬのだ。
「これ相手に餌役って嫌ですね……いえいつも嫌ですけど。――ほら、こっちですよ!」
甘い匂いに釣られて、ベークの向かう先にメディヌもまた向かっていく。頼もしいたい焼きの姿を横目に、アルテミアはシーエレメンタルたちを引き寄せたゴリョウの方を見た。
「まずはあちらをどうにかしないとね」
「ああ」
肉薄するアルテミアの細剣が下から切り上げ、次へと流れるような動きは素早く澱みない。ウェールの放ったカードがシーエレメンタルのみを確実に鋭利な吹雪の中へと閉じ込める。しかし海流がうねったと感じた次の瞬間、大きな渦がカードを吹き飛ばし、イレギュラーズを巻き込んだ。
「っ……ゴリョウさん!」
「おう、まだ大丈夫だ!」
ゴリョウの返事を聞きながら、定はシーエレメンタルの懐へ飛び込んでいく。肌で触れて感じるのは怒り、だろうか。
「凄い怒ってるっぽいのだけれどなんで!?」
「なんだろうね。僕たちみたいな部外者が来たから?」
視界に――思っていたより近くに――潮の流れを見て、悠は反撃に移る。まだゴリョウも余裕があるならば、敵を叩いておいた方が早く殲滅できるだろうから。
「それにしては僕たちが来る前からこんな感じじゃない!?」
「部外者という意味なら深怪魔もそうなる」
メディヌへ槍状のものを投擲する愛無。その矛先は襲ってくるだろうクラゲの触手部分ではなく、大元たる本体を狙う。
(それなら、メディヌとシーエレメンタルは共存関係ではない?)
一緒にいるようであったのはただの偶然なのだろうか?
戦いながらも定の脳内には疑問が浮かぶ。それを解消するために手を止めるわけにもいかないので、真実がわかるのはもっと先か、あるいは迷宮入りか。
定たちの狙うシーエレメンタルへ向けて、暗闇の中からサッカーボールが砲弾の如く飛来する。闇に隠れた葵はすぐさま居場所がわからなくなるように、闇の中を移動し始めた。
息も止まりそうな強い海流を操るシーエレメンタルに対し、ゴリョウはひたすら耐え続ける。彼らに用はないので無理に倒す必要もない――が、用を済まそうとすれば邪魔をしてくるのは必然ゆえに。
「皆、もう十分だ! あっちは頼んだぜ!」
1人でもその攻撃を耐え続けられると直感が訴えたなら、ゴリョウは力強く仲間達をメディヌへと促した。これ以上討伐を遅らせるわけにもいかないだろう。いつ目的のドラグチップが消化されてしまうかわからない。
「ならこっちはお願いね!」
アルテミアがゴリョウへ声をかけ、メディヌへと向きを変える。彼女が飛び込むよりも早く、再び闇の中からサッカーボールがメディヌめがけて飛んでいった。一瞬遅れて続いたアルテミアは、周囲の水を蒸発させながら蒼と紅の一閃を放つ。
「アルテミアさん、後ろにいます!」
ベークの鋭い声。咄嗟にその場から離れれば、先ほどまでいた場所を黒いもの――濃い影だ――が強く叩きつけ、すぐさま引っ込んでいった。あれはなんだとベークを除くイレギュラーズは顔をこわばらせる。
「このクラゲは本体の"一部"のようですよ」
例えるなら、チョウチンアンコウの誘引突起。
警戒されないように、ともすれば食べられそうなほどに無害な生物を模したもの。チョウチンアンコウと異なるものといえば、その誘引突起が口でもあり、消化器官も備えていることだろう。
闇の中で騒めきが聞こえる。
沢山の餌(イレギュラーズ)が、やってきたのだと。
●
「まさか、本体は闇に紛れているとはな……」
ウェールのカードが風を纏い、水も触手も絶っていく。それ以上に蠢く触手がイレギュラーズへ叩き込まれるが、悠は素早く体勢を立て直した。
「手厚いですね」
「過保護な位が丁度いいのさ。水着なんて普段より傷つきやすいんだから」
そうですね、と返しながらベークは甘い香りを放つと共に自身を一時的に強化する。クラゲ以上にやばそうな本体を後ろに持っているようだが、そう易々と食べられるわけにはいかない。
(シーエレメンタルとメディヌの同士討ちは――いや、高望みはするべきではないか)
シーエレメンタルはゴリョウが引き付けている。さほど遠い距離ではないし、強い海流を起こすあの攻撃ならメディヌも巻き込むことが出来るだろう。しかしまかり間違って仲間を巻き込んでしまったら本末転倒だ。
「これ以上沢山の生き物が暴れても困るからね、ご退場願っちゃうぜ!」
力強い定の一撃がメディヌへ向かって叩き込まれる。大きく揺らいだその体の中で、同じようにドラグチップが揺れるのを定は見た。
(あれが竜宮幣か……!)
生物ではない故か、コイン上のそれはまだ形を保っているように見える。しかしいつ消化されてしまうか分からない以上、時間はかけられない。
「随分息切れしてきたんじゃないか?」
暗がりから聞こえた葵の声と共に、サッカーボールがクラゲの口元へ向かって蹴り出される。後ろの大きな図体――メディヌの本体だ――の触手による攻撃は動きを読みづらい。けれどもその動きに若干切れ味の悪さを感じてきたのも、攻撃を受け、耐え凌いできたからだ。
サッカーボールはクラゲの触手に阻まれるが、素早く潜り込んだアルテミアがそれらを一気に斬り伏せる。何本かは逃げられてしまったが、クラゲの体が大きく揺らぎ、周囲から伸びた太い触手がアルテミアを海底へ叩きつけんと先端を振り上げた。
「こっちにもっと適任がいるでしょう!」
そこへ香る甘い匂い。傷だらけになったベークが、それでも自己治癒と悠の回復で耐え凌ぎながら体を張って注意を向ける。ゆらり、と闇の中で影が揺れる気配がした。
「あら、傷つくだけ切れ味は冴えわたるのだから問題はないわよ?」
「僕が必死に引き付けて丁度良いくらいでしょう。それにこれが役目ですからね」
嫌だけど、とはもう口にしない。始まってしまえばあとは終わりまで駆け抜けるだけで、ベークは皆が終わりを勝ち取るまで餌役として、されど本当に餌となってしまわないよう立ち回るだけだ。甘いことなど言っていられようか。
(こちらも中々大変だけど、ゴリョウさんの方も回復してあげないと)
ベークもゴリョウも自己回復手段はあるものの、このままではジリ貧だ。攻撃に回る余裕もなく、悠は天使の歌を海底に響かせる。闇の中だろうと海の底だろうと、そこに震えるものがある限り音は届くのだ。
「ブハハハハッ! 悪ぃが輝きじゃこのオークの方が上のようだねぇ!」
ゴリョウの元にはシーエレメンタルだけでなく、無害そうな生物たちも光に寄せられて集まってきている。残念ながらそれらは時折、シーエレメンタルの攻撃に巻き込まれて無惨に命を散らしたり、幸いに命拾いしたものの遠くまで流されてしまったりと様々ではあるが、ともあれこれならメディヌもやすやす捕食は行えまい。
「――おっと、逃げられては困る」
容易に食べられないのならば生存本能を優先させる。生物としてごく当然の行動を行ったメディヌは、しかし愛無の妨害に逃げることもままならない。自身が目印の様に光らせるクラゲを漂わせているからこそ、なおさら。
「そこだ……っ!」
「ああ、今なら!」
定とウェールがすかさず渾身の一撃でドラグチップを目指す。大きくクラゲの一部が抉り取られ、メディヌの持つ光源の大部分が失われ――ゴリョウの周囲を除いて、辺りは暗闇に呑まれる。
「逃げたか……? ならば先に解体を行おう」
「また飲み込まれたりしたら敵わんからな」
愛無の言葉に頷いたウェールが、暗視を持つ仲間に切り落としたメディヌの一部を見つけてもらい、手探りでドラグチップを回収する。これで他の生物に食べられる心配もなければ、海流に流されてしまう心配もない。
あとは、ゴリョウが引き付けているシーエレメンタルをどうにかすれば水面へ向けて泳ぎだせるだろう。イレギュラーズたちは残るモンスターたちも蹴散らし、辺りに散った海底生物の死骸に他のモンスターが寄ってくるより早く、海底から脱出したのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
メディヌは撤退したものの、無事にドラグチップは回収されました。
それでは、またのご縁をお待ちしております。
GMコメント
●成功条件
エネミーから竜宮幣(ドラグチップ)を回収すること
●情報制度
このシナリオの情報精度はCです。不測の事態に気をつけてください。
●フィールド
ダカヌ海域の光も届かぬ深い場所。光源か暗闇を見通す力が必要となります。アイテムはこのシナリオに限り『防水されている』としますが、火を扱うものに関しては消えます。
一帯の地形情報は不明で、メディヌの他にもいくつかの生物が生息していると見込まれます。(それら全てが敵対するとは限りません)
●エネミー
・『暗闇に灯る光』メディヌ
深怪魔(ディープ・テラーズ)と呼ばれるモンスターです。深海に存在し、近づいてきたモノや襲いやすそうなモノを捕食します。
暗闇の中でクラゲのような輪郭を光らせ、獲物を誘き寄せます。移動自体は比較的緩慢ですが、腕となる触手の動きは存外素早いです。
基本的には手数と回避で攻めてきます。触手による攻撃は【スプラッシュ3】の性質を持っており、【毒系列】【麻痺系列】といった類のBSが想定されます。また、捕食行為を行うことで一定時間の【充填XX】が付与されます。
よく目を凝らすことで、体内に竜宮幣が存在していることがわかります。きっと食べてしまったのでしょう。まだ消化されていません。
・シーエレメンタル×5
海中に現れる特殊な精霊系モンスター。視認しにくいですが、その周辺は潮が渦を巻いています。近づいてくる者に向かって攻撃を仕掛けてきます。通常攻撃に【窒息】を持ちます。
また、強い海流を放つ貫通攻撃や、渦の中に閉じ込めて【足止】してくる場合もあります。その他の攻撃手段は不明です。
何らかの原因で荒れ狂っているようですが、倒すことで鎮めることができるでしょう。
●ご挨拶
愁と申します。
水中戦闘では、普段と違うこともできるでしょう。敵の動きもまた然り、環境をうまく使いながら戦ってください。
それでは、よろしくお願いいたします。
●特殊ルール『竜宮の波紋』
この海域では乙姫メーア・ディーネ―による竜宮の加護をうけ、水着姿のPCは戦闘力を向上させることができます。
また防具に何をつけていても、イラストかプレイングで指定されていれば水着姿であると判定するものとします。
●特殊ドロップ『竜宮幣』
当シナリオでは参加者全員にアイテム『竜宮幣』がドロップします。
このアイテムは使用することで『海洋・鉄帝・ラサ・豊穣』のうちいずれかに投票でき、その後も手元にアイテムが残ります。
投票結果が集計された後は当シリーズ内で使える携行品アイテムとの引換券となります。
※期限内に投票されなかった場合でも同じくアイテム引換券となります
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