PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<太陽と月の祝福>アンダーテイカーと謂わず色

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 薔薇の棘はちくりと痛い。
 指先から滴り落ちた紅の気配に、痛覚と呼ぶべき神経の反応。
 生き物としての感覚は酷く歪に研ぎ澄まされた。木々の焼ける匂いが鼻腔を擽り脳へとシグナルを上げ続ける。
「何てこと」
 戦慄く唇から滑り出したのは絶望にも似た吐息。
 さめざめと泣く隣人の背を撫でる者も居た。微睡みの淵より身を起こし、森に救いの手を差し伸べた者に感謝を述べながら――酷く、怨みがましい言葉を並べ立てるのだ。

 ――森が燃えている!

 どうして、と問えども答えは返るまい。心臓に杭を打たれたように苦しさだけが胸に滾った。
 親愛と呼ぶべき情が滲んで、それが怒りとして昇華されて行く感覚。
 同胞達の切なる叫びは心にどくりと血を送り込むかのようだった。女は――ゴシックロリィタのドレスにシャベルを背負った女は、息を呑む。
「あたくし、お手伝いをしませんと」
 葬列には不似合いな豪奢なそれに身を包んでいた墓守は死者に手向ける白銀の薔薇をもこの炎に飲まれてしまうのではないかと唇を震わせた。
 良き旅路には、良き花を。
 幻想の墓地を離れ、良き旅路に沿えるための花を育てにやってきた。
 この地は、彼女にとっての故郷であったからだ。
 ルーツを辿り、然うして辿り着いた自身のガーデン『アルジャンローズ』は妖精郷に存在する。美しき春の辺に、みかがみの泉のかおりを添えた優しい庭園だ。
 その場所に、今は辿り着くことも出来ない。閉ざされた門の先はどうなっているのかが女は心配であった。
「あたくしの花が、待っていますもの。
 それに、それに……あたくしの『守るべき方々』の夢(ねむり)はこの様な残忍な方法で与えられるものではないのだわ」
 アンダーテイカーは唇を震わせた。
 冬の名残を遠ざけた、常春のガーデン。その地に咲く花は死者への手向けであったのに。
 森が燃えてしまっては、神に望まれぬ死が横たわる。ああ、それは『墓守』として許し難い事だもの――


「御機嫌麗しゅう」
 深緑、大樹ファルカウのその傍で微笑みを浮かべ待っていたのは『アンダーテイカー』と名乗る幻想種であった。
「お見知りおきの方は、お久しゅうございましてよ。ご存じない方に改めて自己紹介いたしますわ。
 あたくしは『アンダーテイカー』、白銀の薔薇を胸に一刺しする墓守なのだわ。
 どうして薔薇を刺すかって? 死者の命の花を咲かせてるだけなのだわ、深い――それほど深い意味などないの」
 風変わりな乙女は昏色のロリィタドレスに無骨なシャベルと似合わぬ装備を手にしていた。
「お願いがありますの。『ガーデニア・リリア』の花をお届けに行きたいのだわ。
 ええ、ええ、何を素頓狂な事を申しているのかという表情でしょう? 勿論、分かって居るのだわ。『とても強敵』が来ている事位」
 アンダーテイカーは眼を細め、爽涼のファルカウを眺める。あの白群の空に無数の竜の影が飛来していた事を、知らぬ訳ではない。
「妖精郷に、あたくしのガーデンはあります。今は閉ざされてしまってゆく事が出来ないけれど。
 二人の要請が屹度世話をしてくれていることでしょう。ええ、其れを信じてあたくしはあたくしの出来ることをしようと思いましたの」
 アンダーテイカーは花籠に入っていた梔色の花をそっと差し出した。

 ――『水寄せ草』ガーデニア・リリア。

 それは深緑の端に群生する小さな花だという。水場を好んだ霊樹の傍に無数に咲き誇った美しいその花は梔子にも良く似ている。
「森を閉ざされてはあたくしだって本意ではありませんの。
 幻想にはあたくしの帰る墓地(ばしょ)がありますし、妖精郷には皆さんと作ったガーデンだってある。
 ……それで、このガーデニア・リリアをファルカウに届けに行きたいのです。
 この花は、炎を押し止められると言われておりますの。ファルカウに回る火の手を少しでも食い止められた、なんて」
 其処まで口にしてからアンダーテイカーは小さく笑った。
「あたくし、死ぬ事は恐ろしくありませんでしたけれど……。
『死者が増える』事はうんと、恐ろしくって堪りませんのよ。だから、『美しくない眠り』は赦して置けませんもの」
 ご一緒に、森を取り返してはくれないかしら。
 ドレスの裾をそぅと持ち上げてからアンダーテイカーはくすりと笑った。
「向かうのはファルカウの中層部、あたくしの生まれ故郷……『花織の地』なのだわ。
 これは、あたくしからの一寸した我儘なのだけれど。……そこに、あたくしの母が居るはず――助けてくださる?」
 故郷を捨てて幻想の地まで遙々、飛び出した奔放な娘であれど。
 愛おしい家族のことは救いたかった。アンダーテイカーの表情に浮かんだ哀愁は、愛おしい人を見詰めるかのようだった。

GMコメント

 日下部あやめと申します。
 アンダーテイカーと水寄せの花を持って、幻想種を助けに。

●目的
・『花織の地』を奪還すること
・『水寄せ草』ガーデニア・リリアをその周辺に降らせること

●花織の地
 ファルカウ中層に存在する居住区域です。火の気が回ってきています。内部の幻想種は操られているようです。
 花や蔓が絡み合った美しい居住区。ファルカウ内部に存在するとは思えない程の居心地の良さを感じさせますが、今は木々の燃える匂いが鼻につきます。
 商店なども建ち並んでおり、幻想種達が眠りについています。

●夢魔『大怪王獏』&『怪王獏』
 大怪王獏が2体、怪王獏が10体ほどうろうろとしています。
 本来は悪夢を食う妖精ですが、冠位怠惰カロンの影響により変質し、怪王種(アロンゲノム)化しています。
 ここに居る個体は、魂を食う恐ろしい怪物です。
 近距離物理攻撃を得意とし、スマッシュヒット時に稀にパンドラを直接減損させます。

●夢魔『スロースアルプ』 3体
 本来は世界にあまねく邪妖精『夢魔』ですが、冠位怠惰カロンの影響により変質し、怪王種(アロンゲノム)化しています。
 神物両面攻撃を得意とし、HP吸収を伴います。
 この3体はお喋りです。この3体の内誰かが幻想種を操っているようです。

●操られた幻想種 5人
 アンダーテイカーの母親『メリアンヌ』も含まれます。
 夢魔によって操られているのか、意識はなく眠りながらにして身体をいいようにされています。
 痛みを与える事で覚醒し、戦闘の最中である事に驚くかもしれません。

●アンダーテイカー
 実年齢は不明。少女の外見をしています。長い髪に硝子の色の瞳。
 ロリータドレスにシャベルを背負った墓守。本名不詳です。
 墓守の一族の娘。白銀の薔薇を使者に一刺しする事で安寧へ導くそうです。妖精郷にアルシャンローズと呼ぶガーデンを持っています。
 故郷を思い、戦う事を決めました。ある程度の戦闘はこなせるようです。それなりに鍛練を積んできました。
(過去登場はとっても過去になりますが、『アンダーテイカーと(花の名前)』というタイトルです。ご存じ無くとも大丈夫です。)

●『水寄せ草』ガーデニア・リリア
 梔色の小さい花です。アンダーテイカーが花籠一杯に用意してくれました。人数分在ります。
 二つ名の通り、水を呼び寄せる(水の精霊を呼び、水を生み出す)ため、ファルカウに回った火の手を少しだけ鎮める事が出来ます。
 燃え広がる事への対処にぴったりのお花です。

 戦闘後、『花織の地』にこのガーデニア・リリアのシャワーを作りましょう。親しんだ地が燃えてしまうのは悲しいですから……。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • <太陽と月の祝福>アンダーテイカーと謂わず色完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年06月28日 22時06分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)
Le Chasseur.
フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守
刻見 雲雀(p3p010272)
最果てに至る邪眼

リプレイ


 赤い花は燃えるように咲き誇る。アネモネの愛らしさ、ラーレの並ぶ丘、グラジオラスが花開けば鳳仙花が燃える。
 若葉の茂るその国がアンダーテイカーは好きだった。それでも、その国を出たのは窮屈だと感じたからだったのだろうか。
「あたくし、本来の名前はメイベルと言うのだわ」
 母メリアンヌが彼女に『メイベル』の名を授けたのは花のように愛らしく咲いていて欲しいからだったという。
 思い出話が唇から羽ばたけば、家族の尊さが『Le Chasseur.』アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)の身体を包み込む。
『おかあさん』と呼ぶべき人はフラスコチャイルドには存在しない。彼女は消耗品たるヒトの形をして、命を制御して生きてきた。
 羨む気持ちがあれど、表には映さぬ銀青の瞳は薄く光を帯びた。大樹ファルカウの花筵は蛍火のような火種をその腕に抱え続けて居る。
「……家族を助けたい──我が儘なんかじゃないさ。その想い、しかと受け取ったぜ」
 故郷を捨てて、遙々幻想王国に居所を移した己に今更、家族への親愛を抱く赦しがあるのだろうか。苦く呟いたアンダーテイカーに『祝呪反魂』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は首を振ってその願望こそ相応しいものだと言葉に紡ぐ。
 家族の繋がりは尊く、決して脆いものではない。時に、鎖となるのだとレイチェルは知っていた。そうでなくては己の中に燻った火は理由をもなくしてしまう。
 自ら鳥籠を飛び出した女とは対照的に、追われるように故郷を後にした『最果てに至る邪眼』刻見 雲雀(p3p010272)は立場は違えどアンダーテイカーの抱えた願いが不相応ではないと首を振る。
「血の繋がった家族だもの。相手からどう思われていようと、無事でいて欲しいと願うのは当然のことだ。
 誰もそれをわがままだなんて否定できないし、させないよ」
「本当に、宜しくて? 私は、長い年月を墓所(かえるべきばしょ)で過ごしてきましたの。
 母は赦して下さるかは分からないのだわ。ええ、だって……あたくし、たったひとりぼっちになりたかったんですもの」
「それでも、良いのです。
 仮に其れが我儘なのだとしても。心の赴く儘、願う儘に行けば良いのです。だから、取り返しましょう。大切な場所と、大切なひとを」
 貴女がそう望むのであれば。アッシュの声音を食んだのはちりちりと音を立てた焔の気配。滲んだ汗は火に照らされたものであったか。
 太陽が落ちてきたかのような感覚を齎すほどに、その焔は勢いを増して行く。フェニックス、召し喚ばれたそれが灰燼の道を作ることがないように『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)は行くかと花織の地を見遣った。
 ファルカウを救うが為には必要な犠牲であった。火の手が回ろうとも、路を開くために焔は不可欠であった。戦は多くを奪い去る。理解をしながらも犠牲を少しでも減らせるというならばおとこは努力する道から外方を向くことはなかっただろう。
「……ありがとよアンダーテイカー。この国を少しでも守れるチャンスをくれて」
「あたくしの我儘が力になれますのかしら」
 エメラルドの眸に乗せられた不安は、縢る蔦に巻き付くようにして巡り征く火の気配によるものだったのだろう。
 花籠を抱きかかえたアンダーテイカーの不安を『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)はひしひしと感じ取る。
 その身は同じように長い命のみちを辿る。縺れては、連なり、そして直ぐに解け征く。儚くもヒトを見送る側の、長耳の乙女達。
『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)も、アレクシアもその耳で確かに聞いた。森の嘆きと、恐ろしさを。
「あたくし、恐ろしいのです。森が泣いている。……花が、恐れるように叫んでいる」
「うん、そう、そうだよね……もうこんなところまで、火の手が回ってきている……。
 木々も、花々も……幻想種にとって、ひとつひとつが隣人なんだ。
 だからだよ。だから、このまま黙ってみているわけにはいかないよ! みんな助け出して、ファルカウも守ってみせる!」
「そうだよ。故郷をめちゃくちゃにするだけでは飽き足らず、ここに住まう人達も弄ぶなんて許せない!
 アンダーテイカーさんのお母様達も救って花織の地も取り戻してみせるよ!」
『あなた』の声が聞こえたから――
 その不安を、恐怖を、抱えたすべてを解き放ってあげたいと願ったならば。
 母を思う気持ちも、森を思う気持ちも、我儘だとするなら、其れを貫けば辿り着く場所があるはずだと信じていたいから。


 花は雨のように降り注ぐ。天蓋をも覆う花々は蔦より垂れ下がり、薫り立った。
 常春の気配のするアルヴィオンよりも、初夏の瑞々しさを近づけたその場所で『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)はうすにびいろの鳥籠をそうと抱きかかえる。
「久しぶり、だね。アンダーテイカー。あの時は……墓地に眠る人達を護る為に、『お手伝い』……した。
 今回も、君の力になりたい。……行こう、花を届けに。大切な人を、場所を。取り戻そう」
 花籠には沢山のガーデニア・リリア。梔子は謂わずの色。その花が言葉もなく降り注ぐ様は雨の如く美しい。
 アンダーテイカーは『水月花の墓守』フリークライ(p3p008595)の背にガーデニア・リリアをそっと差した。その身に植えれば花々は喜び潤う。輪廻を願う花を育む土壌をその背に持ったフリークライをそうと撫でてから「あなたも墓守なのだわね」とアンダーテイカーは囁いた。
「ン。同ジ。我ラ 墓守。死 護ル者。ダカラコソ 生命 尊ブ者。
 死 安寧 納得デキルモノデアレト祈ル者……護ロウ。生命ヲ。故郷ヲ。祈リノ花ヲ。家族ヲ」
 フリークライから漂った清冽なる気配は木々を安堵させるように漂った。鷲が、小鳥がするすると花の回廊を掻き分けて眠りの淵に漂うけものを探し求める。
 草木の燃える匂いが鼻先を擽り表情を歪めたルカはその地を歩き回る夢のけものを探すようにとその意識をピンと張り詰めた。大怪王獏と喚ばれたアロンゲノムは脅威となる。身を操られる幻想種達の恐怖を早くも拭いたくとも、敵の只中で混乱を引き起す事は想像に易い。
「……花が目隠しのように覆う程。美しい場所ではあるけれど、夢魔は何処だろうね」
 隈無く周囲を見回した雲雀の懐には執念の刃が昏く気配を讃えた。花弁が青年の白髪へと落ちる。破滅の気配を漂わせた青年の傍らでレイチェルの薄い唇が震えた。居たぞ、と。
 遠い過去に置き去りにされた故郷であれどアンダーテイカーの記憶を辿っての索敵は、見通す先を定める事を容易としてくれた。のそりと身を揺さぶった夢魔は地を啜るように俯き花々を踏みつける。
「……ひどい」
 踏み潰された花の嘆きは聞かずとも理解出来る。苦しげに呻いたチックの傍を駆け抜けてファル・クロランサスに願いを込める。ひとときだけ、力を貸して。花の魔力は焔のように炸裂した。赤い花は燃えるよう。火のように踊り夢魔のその視界を覆う。
 テロペアの鮮やかさ。言葉を交わす事の出来ない怪王獏にもアレクシアは「ごめんね」と呟いた。一度、いきものの命を奪う刹那が胸をぎゅうと締め付けるからだ。少しずつ、敵を倒して脅威を打ち払う。花咲き誇るこの郷で悪戯めいて笑った怪王種の姿はまだ見えない。
「郷の皆はどこかしら」
「全員保護する。それは決定事項だ。幻想種を全員守った上で敵をぶちのめす!
 ここで幻想種を見捨てるようなら何のために来たんだかわかりゃしねえからな。だから安心してろよ、アンダーテイカー」
 ルカの脹脛に力が籠もる。踏み込む足裏が地の感覚をその爪先にまで伝えた。両腕で握るべきそれを力任せに振り上げて、勢いも良く叩きつけたのは絶え間ない嵐。吹き荒ぶ風の如く、淀みない攻撃は重く鋭く、ルカ・ガンビーノのセンスと力技だけで為された一撃だ。
「近付いて、きます」
 小鳥の囀り。アッシュの感覚を共に宿した小鳥はちちちと鳴いて旋回する。始まる戦闘に反応したように夢魔がずんずんと鈍間な肉体を押し進めてくるかのよう。
 踏み潰された路肩の花に、気も配られぬ草垣のあはれさ。苦く吐き出す暇もなく、アッシュの銀の刃がひらひらと暗闇に舞う蝶の様に光を灯す。
 聖なる光に目も眩み、怪王種の呻きを聞きながらスティアは周囲に幻想種が居ないかと見回した。羽の残滓のひとひらが、魔力の旋律を響かせて。
(……おしゃべりさんはどこかな?)
 焔、太陽のように眩んだ狂乱。その隙間から覗いた瞳は楽しげにイレギュラーズを眺めている。
 おやおや、誰か来たようだ。どうする、どうする。遊ぼうか。遊ばないか。楽しみだね。
 くすくす笑う声が響いた。耳を欹てたアッシュに頷いたレイチェルの鷲がぴゅうと風を切る。突進を仕掛けた怪王獏を前にして味方の回復に専念するフリークライは背の花からみずみずしい気配を感じ取りながら、龍の如く飛び交う火の粉を受け流す。
「……居たか。スロースアルプ。さて、誰が『操り人形』の糸を引いているのだか」
 呟く雲雀にチックの眸がゆらゆらと揺らいだ。水面に漂ったのはひとの心を読む気配。
 破滅を求めた歌姫(セイレーン)はひとの心を魅了するらしい。その歌声の旋律のようにスロースアルプの心へとひそりと入り込んだ甘い蜜は、悪戯めいた小さな邪妖精の心を絡め取る。
「操っているのならきっと……手元にいさせたりするのかな、って。
 けれど、悪戯っ子……お喋りな子達だけど、零す言葉が本当だとは……限らない筈」
 さあ、きみのこころをおしえて。そんな囁きに。

 ――さあ、いっちゃえいっちゃえ! ともだち? ともだちならぶんなぐって、なかしちゃえ!


 小さな邪妖精はいたずらめいて囁きあった。三人の内のひとり。尖り鼻でのっぽのスロースアルプこそが『操り人形』の糸を束ねる。
 お喋りなその一体は幻想種達を全員保護するまでは斃さない。三体纏まっているならばとスティアが惹き付け福音の旋律を響かせた。
 周辺に展開された聖域は眩くひかり乙女の身体を包み込む。アレクシアとスティアが小さく頷き在った。柔い羽に瞬き落ちた赤い花。ふたりのもとへと惹き付けられて行くスロースアルプの背後で泣き声が響き渡った。
「たすけて――!」
 悲痛な声音は広がる光と共に。何かの余波に身を捩った幻想種。ナイフを握りしめ、叫んだ友に斬りかかろうとするおんなへとルカは勢い良く接近した。
 ばちん、と指で弾いた額はあかいいろ。まるで幼い子供にするような仕草であったそれにぱちくりと瞬いたのはアッシュ。
「俺達はイレギュラーズだ。詳しいことは後で話すから、今は俺らに守られてろ」
「ひ、」
 叫ばないでと首を振るアッシュにルカは頷いて。今は静かに身を任せて欲しい。髪に飾られた鮮やかな花に火の手が降りかからないようにと払除け、アッシュは囁いた。
「此の戦いは、此の日々は。屹度、此の国を、どんな過去よりも傷付け、多くを失わせた筈。
 だから……もう、此れ以上奪わせるわけにはいかないのです」
 萎れ草臥れる花々は狂おしく散って行く。火の気配を振り払うべく、この地を護る為に戦うイレギュラーズの背中は幻想種達にとってどれ程にまばゆいものに見えただろうか。
「この場は私達に任せてついてきて! 何が来ても守ってみせるから!」
 華奢な、幼い少女は逞しく胸を張る。スティアの笑みに幻想種は救援を信じられないとでも云う様に、声音を震わせた。
「ン。驚カセテ ゴメンナサイ。フリック達 メリアンヌノ娘 アンダーテイカー 友達。アンダーテイカー 故郷 救援 来タ」
「アンダーテイカー……」
 呟いたのはメリアンヌ。アンダーテイカーと良く似たかんばせであるからこそフリークライは直ぐに気付いた。褐色の肌に流れるような銀の髪、瞳の色だけは彼女と違う夕焼けの色を燃やしている。
 赤いラーレが揺らぐような美しさ。フリークライは背のガーデニア・リリアをそっと差し出して「ダイジョウブ」と頷いた。
 大丈夫。皆を護ってみせる。その決意は、勝利の証明。墓守として、死をも愚弄するものを赦さぬ響き。
「お目覚めか? 詳しい状況は後で説明する。俺らとメリアンヌの娘さんが護衛するので、落ち着いて行動してくれ」
 その身を苛む操り糸から連れ出すまではまだ少し。レイチェルが纏っていた影の如き暗澹は安寧の揺り籠のように幻想種のからだを包み込んだ。
 美しきけもの。そのからだが纏う永遠と研ぎ澄まされた牙は月下美人薫り立った『不死』の名残を揺らがせる。
「メイベル……?」
「ご機嫌麗しゅう。アンリエッタ、あたくし、助けに来ましたの。
 ……ここは、花々が美しく萌え咲き続ける場所であるべきでしたのに。すこぅしだけ辛抱なさって」
 ゴシックロリィタのドレスを持ち上げて、囁き声のアンダーテイカーにレイチェルは頷いた。ひとつ、ふたつ。声を掛ければ心に生まれる不安は僅かでもなりを潜める。
「あたくしのおともだちなのだわ。だから、だから信頼なさって。おかあさん、それから、あたくしの大切な友」
 アンダーテイカーの緊張した面立ちに小さく頷いてから雲雀は皆を見ていてやって欲しいと囁いた。幻想種達は全員、アンダーテイカーと共に。
 ならば、手加減も、匙をひとさし差すように細かな調整も必要ない。雲雀の周囲に妖精達が踊り出す。
「力を貸してくれるか」
 囁く声音に応えるように飛び交う妖精達は蜂のようにぷすりと怪王種を刺す。フリークライの説得に、心を惹いた声音で安堵を齎せた。
 ならば――アッシュの握った刃はひとひら、赫々たる雷へと変化をし敵を裂く。熱したナイフがバターを溶かす様にすとん、と降ろされたナイフの切っ先は朱色ではなく、黒い穢れを夢の様に纏わせて。
「ああ、花が――!」
「此処、火の気……回ってきてる。もしも燃え広がる危険……近づいてきたら、おれの分を使って」
 火をも遮るように。チックは花籠をメリアンヌ達へと手渡した。オラシオン、真白の旋律が幻想種の心を静めたように燈籠の灯りが惑いを打ち払う。
 白き器の旋律の記憶はたおやかにチックの身を包み込む。もう、誰もこの地を傷付けないでと苛むものを否定する虚無の響きは怪王種たちの脚を竦ませて。
「これ以上、皆の大切な場所を奪わせはしないんだから!」
 アレクシアへと近付く怪王種の背後に火の手が躍る。駄目と、指先から飛び出した魔力が怪王種を惹き付けた。ガーデニア・リリアの花がひらりと夢魔の身体の上を躍る。
 これ以上は近づけさせない、セラフィムの残滓は魔性と変化し呪いの旋律を辺り一面に響かせた。
 運命を歪めることが出来るなら、よりよき場所へと導く為に。レイチェルは悲しき運命をも歪め、なきものとする。
 だからこそ、拳は真っ直ぐに走った。ルカの眸が眩く光る。フリークライの周りに感じた水の気配。それを届けるように、夢魔よりこの地を解き放って。


 降り注いだ謂わずの色は言葉もなく水を呼び寄せ雨のように花を降らせる。フワラーシャワーのように、ひらひらと、踊り落ちたその色彩は何処か奇妙にも思えて。
 何れは森へと緑を取り戻すその一助になるはずなのかとアッシュは手を差し伸べた。レインコートも傘も此処には必要はない。
 この雨が、ヒトの縁をたぐり、絆を取り戻してくれるような気がしたからだ。
「……折角なら、お母さんとお話をすべきかと」
 お母さん。そんな慣れない言葉を口にする少女にアンダーテイカーは「ええ、ええ、そうだわ」と緊張を孕んで頷いた。
「いってらっしゃい」と背を押してくれる雲雀が降らせたガーデニア・リリアは花の絨毯のように、舞い踊る。
「こんな時に何だが、こりゃ綺麗なもんだな」
 呟いたルカは花と蔦が絡み合ったその地に降り注ぐガーデニア・リリアは風靡であるとさえ感じていた。
 屹度、この火が巡る前はもっと美しい場所だった。夢魔に傷付けられたいたましさ。花を愛でる余裕さえも拭い去った国のありさまに心が痛む。
「戦いが終わったら、また寄らせて貰うぜ」
「ええ、是非。あたくしもご一緒に……まだ、一人で母と話すのは、緊張するのだわ」
 アンダーテイカーのかんばせにルカはふ、と吹き出した。ああ、長く生きても少女めいているのだから色褪せぬ花のように彼女の惑いは良く分かる。
 この地を守ってと願うアレクシアは「いつか、また綺麗な華を咲かせてね」と地へと囁いた。
「綺麗な花、また咲いてくれるかな?」
「うん。スティア君も、私も、アンダーテイカーさんだって。望んだんだもの」
 魔女の言葉は力になると揶揄うアレクシアにスティアは喜ばしいと微笑んだ。
 チックの花が降り注ぐ。レイチェルは「綺麗だなァ」と呟いた。花から、湧き出すように水が踊った。水の精霊達はガーデニア・リリアの傍を飛び回り幸福そうに笑い続ける。
「雨……」
 差し伸べれば雨粒が指先を踊る。さいわいを齎すような、それにチックはぱちりと瞬いた。
 雨を祈ったフリークライはふと、いつかの火に聞いた言葉を思い浮かべた。
 雨降って、地固まる。
 この梔子色の花々が花織の地に齎す平和と幸運を願って――

成否

成功

MVP

フリークライ(p3p008595)
水月花の墓守

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加ありがとう御座いました。
 アンダーテイカー『メイベル』はPPPさんの開始時からずっと一緒に居たNPCなので、彼女が故郷で母と再会することになって感慨深いです。
 大変な戦いが続いていますが、どうか、皆さんがこの郷を護ったように森を助けられますように。

 また、ご縁がありますことをお祈りしております。

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