シナリオ詳細
静かなる呼び声
オープニング
●迷子の迷子の
海洋諸島の中でも北西に位置する小さな島。海岸から僅か遠くにある、崖に面した町で彼女は奇妙な出会いを果たした。
町の北端。時々崖下から空洞を風が抜ける様な音が響いて来て、子供たちの間で不気味だと有名な町長の家。そこにある秘密の遊び場で彼女は見つけたのだ。
漁師でも海種でもない。まだ十歳になったばかりの飛行種の少女に島の外を知る機会がある物でもなく。正体の分からない『それ』に彼女はただ首を傾げるばかりだった。
ただ、虫の類のように思えた。
「あなたはどこから来たのかしらー」
キシリ、と返事は一鳴きのみ。大きさにして大人の頭部程度、『それ』は少女に抱かれながらボロボロの羽根を動かした。
フォルムやシルエットは蝿に近いのだが、甲殻が少し頑丈に見える。甲虫か、或いは内陸の動物か、少女は帰路に着きながら思う。
「迷子さんなのは間違いないわよね。だってあなたと一緒のカタチをした子は見た事が無いし、絵本の冒険譚みたいな洞窟やダンジョンはこの島に無いものー」
キシリ。鎧兜の様な頭部から出た鳴き声は肯定のつもりだろうか。
「町長さん知ってるのかな? ……知らないよね、あそこは私だけの遊び場だもん。あ、でも奥には錆びた梯子があったっけ……もしかしてあなたはそこから来たのかな」
なんにしても、少女が『それ』に好奇心を抱いたのはただの虫とは明らかに異なる知性を覚えたからである。頭が良いなら、それは自分達と同じだ。少女はそう頷く。
もしかしたら母親が何か知っているかもしれない。そう考えた少女は飛べなくなってノロノロ歩いていた『それ』を抱えたまま、自身の家の扉を開いた。
「ただいまー!」
「おかえりなさい、ってなぁにそれ!? あなた、どこでそんな……」
「海が見える崖の近くで拾ったのよー」
「えぇ……それ魔物じゃないの……!?」
ぴぃぴぃと騒ぐ少女の母親。娘がよく分からない巨大な蟲を抱いて帰って来たのだから無理もない。
その様子に『それ』はキシリ、と鳴いて。初めて頭部がゆっくりと左右に揺れた。
まるで少女の家の中を物色するように。少女達に見えないほど頭部の殻の奥から赤い眼球が蠢いて、その視界に本棚が映る。
「ねえねえママ、この子羽根が潰れちゃってて可哀想なのよ。お薬塗ってもいい?」
「うーん。虫だから違うんじゃないかしら……」
殻の中から光る赤い眼光に飛行種の母娘は気付かない。
部屋の奥で少女の母親は窓を閉じて、カーテンを閉める音が同時に聞こえて来る。『それ』は鋭くも先端が目に見えない程繊細な手を広げて頭上へ伸ばした。
少女は家の中へ入り。扉が閉まり、鍵が掛かる。
キシリ、と。『それ』は鳴いた。
数秒後。町の東端にある唯一赤い屋根の家に二つの悲鳴が上がった。
●招かれざる者
『完璧なオペレーター』ミリタリア・シュトラーセ(p3n000037)は首を傾げていた。
「……? 今、視線が……気のせいですか」
ギルドの雑踏の向こうから気配を感じて振り返ったミリタリアは、何事もない事を確認すると首を振って向き直った。
彼女の前には卓と、集まったイレギュラーズの面々。
「海洋での仕事です。依頼主はとある島にある町の町長から、今回の依頼で調査に当たって欲しいとの事です」
「遠いな、リッツパークより田舎か」
「ええ、その通り。比較的辺境地とも言える諸島の端に位置する島です。
調査に当たる島には幾つかの町や都市があり、皆様が向かう現場は海岸沿いにある小規模の町ですね」
一枚の写真が卓上に置かれ、一同の視線が集まる。
「その町で何故か次々と行方不明者が出たのが一月前。そして依頼主の町長とそのご家族が近くの都市へ逃げ込んで来たのが先日の事です。
現在、町とは連絡が取れません。住人の数は約40前後、彼等は全員謎の生物によって姿を消してしまったそうです。町長は逃げる際、その生物をそちらの写真に収めました」
「これは……虫、か? でかいけど」
そこに映っていたのは何処かの家屋の中だろうか。画像はブレているものの、部屋の中を飛んで男性らしき人影の頭に細長い脚を伸ばしている場面に見えた。
「事実、その通り。それは虫に見える何らかの魔物の類です。町長によれば家から逃げ出した際に虫は追いかけて来て、銃弾を弾いたり魔法を駆使して襲って来たと言っています。
彼は町が静まり返っている事に気付き。町に常駐させていた傭兵の元へ駆け付けた所、そのような場面に遭遇したそうです。
まぁその程度なら皆様もきっと慣れて来ているでしょう。不測の事態に備え、装備や道具、能力(スキル)を携えてこれの調査ないしは解決に当たって下さい」
ぼやけた画像の中央で見る怪虫をミリタリアは覗き込んで、背筋を駆ける震えに首を傾げる。
「……心配してるわけではありませんが、気をつけて下さいね。この件は何か、おかしいです……」
「たしかに」
と、イレギュラーズの一人が声を挙げた。
「その町長、気付くのが遅過ぎやしないか」
- 静かなる呼び声完了
- GM名ちくわブレード(休止中)
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年08月11日 21時45分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●静寂を這う音
――『光を、視た。みえたんだ。 光線だ。きれい、だった。写真を撮った。傭兵は襲われていた。
私は家族と逃げようとした、して、それで、追いかけられて、光を、視た』
何度も。
何度も。
何度も、壊れた人形繰りの様に。
『緋道を歩む者』緋道 佐那(p3p005064)の問い。
――「被害から一ヶ月、貴方はどうしていたの?」
――『……そら、を。そらをみていた。 美しい星の、マンゲキョウ……可能性がひつようとは、なんのことだあれは』
『屍の死霊魔術師』ジーク・N・ナヴラス(p3p000582)ギフトで見た彼の『魂』は消失していた。嘘も何も無く、色が無くとも形は存在する筈の魂が見えなかった。
――『にげ、なきゃ。傭兵さん、小屋、から。光、赤い光にとられちゃ、うの。 あなた、あなたはどこなの』
――『わあああ……銃弾を弾いたぞ、たすけてくれえ。にいさ、ん。嫌だ、助けて……あにき、ぃ。ほしがぁ、星が、目から剥がれないぃ』
(これは……一体何があったのだろうね)
彼の家族である妻も、若い弟も、皆同じく。抜け殻となって同じ言葉を紡いでいた。どういう理屈なのか。或いはジークの知らぬ法則によるものなのか、町長達は魂無くして生きる人形と化していた。
「……ひどい」
とてもではないが『夢見る狐子』ヒィロ=エヒト(p3p002503)にはこれが鮮明に物を憶えている者の姿とは思えなかった。
イレギュラーズは島の小規模の都市へ向かうと、そこで調査を任された町の町長達に会った。成果は無い。分かった事は、彼等は決して無事に逃げ果せたわけでは無かった事だ。
そうして彼等は目的の町へ足を踏み入れようとしていた。海上から高い位置にある崖上だからか、町の奥から不快とも思える温い潮風と地の底から響くような、籠った音が聴こえて来る。
静か過ぎる町。盗賊に襲われた村の方が恐らくまだ生活感がある。
「奇々怪々な失踪事件。どんな真相が飛び出るやら、ね」
「敵に記憶を弄る能力があるかもしれん、町長の事がある……警戒が必要だろう」
佐那と『聖剣使い』ハロルド(p3p004465)は痛ましい光景を思い出して顔を顰めた。
「予定通り調査する人数を分けるぜ。
……このヤな予感は杞憂だと良いんだがよ、さっきの町長を見ただろ。『全員油断するな』……いいな?」
「うん……ミイラ取りがミイラになることが無いように、僕達も慎重に調査しないといけないね」
『盗賊ゴブリン』キドー(p3p000244)の声にそれぞれ頷き、町の南と東を探索する二班に分かれる。『絆の手紙』ニーニア・リーカー(p3p002058)は東側だ。
町の入口にある井戸から水が滴る音が鳴る。首筋を這う様な潮風。その風が吹く度に聞こえて来る、不快な音色。
闇に呑まれた町は静かな呼び声と共に……イレギュラーズを迎え入れた。
●探索……B班の結果
ニーニアは『花に集う』シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)と共に背の羽根を動かす事を忘れかけた。
「ずっと向こうまで続いてますね……」
「上に戻るのです……佐那さん達に報告しないと」
エリスタリスの声が震えていた。
崖下でぶつかる波の音すら粘液を思わせる。彼女達が見下ろす先で光源に照らされて浮かび上がっていたのは、無数の『手』だ。赤く、紅く、朱い。
数え切れないほどの『手』が、崖の壁面にびっしりと粘液と共に張り付いていた。
彼女達は直ぐにそれを仲間に話した。ニーニアは愛犬のヴィンターを抱き締めながらほうと、息を吐いた。
赤いシミは壁面を伝って何処かへと向かっていた。外周に沿って行くならば……その先には彼女達がキドーの班と合流する地点。『町長の家がある北端の崖』があった。
「あれは『何が海から上がって来たんだろう』」
●
不快な音色が風と共に響いて来る。
町の東、崖沿いから順に探索するB班は赤い屋根のある家を見つけた。それまでの町並みと異なり、その家の周囲には風化の兆しが見えた。
先頭を行くヒィロは胸の内にある恐怖心を抑える。ニーニア達の話が確かなら町には必ず何かがいるのだ。子供の玩具が錆びている姿に言い様の無いものを感じる。
「消えちゃった人達が心配だよ……すごく怖いけど絶対解決しようね!」
装着しているゴーグルと、手に持つカンテラによる光源は視界を最良の状態に保っている。軋むドアを開けてヒィロは家屋の中へ入って行く。
「後ろは私に任せてね、シルフィさん」
「ありがとうなのです」
中の様子は比較的荒れていない。ニーニアの愛犬が部屋を駆け回る横で彼女達はダイニングやリビングらしき部屋をそれぞれ回って行く。
若い飛行種の夫婦と共に映る少女の写真。家族を描いた写真。クマのぬいぐるみ、散乱している本。
町の改装計画だろうか、彼女達のいる東区の周辺地図が見つかった。
「これで探索が捗りそう!」
「そうですねっ、あ、でも……
――――「わん!」
その時、いつの間にか二階へ上がっていたニーニアの愛犬が吠えた。
「ヴィンター?」
一同が速やかに警戒を強めると共に二階へと向かう。軋む階段の音に混じって未だ吠え続けている事で彼女達の背中を冷たい何かが這う。
二階へ上がって直ぐ、閉ざされた部屋の前でヴィンターは吠えていた。その部屋の扉には幾つもの爪痕らしき傷があった。
ニーニアは愛犬を抱きかかえて、扉から距離を取る。明らかに異様な空気を直感的に悟ったのだ。
「この部屋、なにか居る……?」
「……!!」
後ろを警戒しながら様子を見ていた佐那の目が見開かれる。
「シルフィさん、みんなそこから離れて……!」
抜刀した佐那が前へ出ようとした、が。遅かった。
ヒィロがすぐ後ろに居たニーニアを庇う、しかし扉を粉砕して現れた『それ』は怪力を振るい、その腕を薙ぎ、鋭い爪で一閃したのだ。
轟音と共に鮮血が壁に飛び散る。先手を取られ、一切の防御姿勢を取っていなかったエリスタリスがそのまま10m後方の部屋へ飛ばされた。
「シルフィ……! このッ――――!!」
佐那の刀が縦一文字に天井ごと一閃した。
『それ』は音も無く両断され、強かに破壊された扉の向こうへ残骸と共に斬り飛ばされた。
しかし、その奥から更に飛び出した『それ』は佐那の隣にいるヒィロを殴り付け、その手を自壊させながらも低い唸り声を上げる。金切り声に一瞬狼狽えるも、素早く佐那とヒィロが前へ躍り出る。
「っ! ニーニアさんは下がって、彼女を! ヒィロさんは……」
「大丈夫! 私なら受け止められます!」
……十数秒も経たない後に、彼女達は追撃に現れた敵を打ち倒した。しかし不意打ちの襲撃をまともに受けたエリスタリスの傷が深い。
一瞬騒然とする中、ニーニアの魔法でどうにか仲間の傷を塞ぐことに成功する。
「エリスタリスさん、聞こえますか……!」
「ぅ……わたし……」
「無理に話さなくて大丈夫よ、少し良くなるまで休みましょう」
刀を鞘に納め、佐那は改めて倒した敵をカンテラで照らす。
一切の出血も無い。まるで人の皮を被った肉の塊が破壊された扉の部屋の中に転がっている。断面は黒い、硬い印象を与える物が詰まっている。
だが、二体とも一点だけは不気味に共通している部位が在った。
「頭の中が空っぽ、それにこの人達は……」
直視せずに棒でそれとなく確認したヒィロが耳を伏せる。グールの様な彼等がこの家に住む飛行種の夫婦だという保証は変わり果てた外見しかない、だがそれでも吐き気すら感じた。
「……この部屋は書斎かな、どうしてこんな狭い部屋にこの二人は居たんだろう」
ヒィロが中へ入る。夫婦のどちらかが魔術師だったのか、本棚や机上には魔法陣の描かれた物が大量に置かれていた。と、部屋に入って来たニーニアの愛犬が本棚の下に落ちていた紙を咥えて吠えた。
「どうしたのヴィンター? これ、何かの『おまじないの札』かな」
五芒星の中に描かれた多面体。ニーニアは何処かで見たような気のするその箱、多面体の絵をじっと見てから直感のままにポーチへしまった。
「ここもこれ以上は無いみたい……外にも今の敵が隠れているかもしれないよね、気をつけて行こう」
「隊列はその点正解だったわね。ヒィロのおかげで最悪の混乱は防げたもの」
負傷したエリスタリスが動けるようになるのを待って、彼女達は赤い家を出た。
●探索……A班の結果
「…………」
キドーは町の南端にある宿舎へ到着してから、『無視できないレベルの視線』を感じていた。
なるべく気配は殺しているつもりだった。だが、仲間と相当の距離を空けて、尚且つ暗闇を縫う様に移動しているにも関わらずその視線を拭いきれない。
見られている。仲間のものなら良い、だがそうではないのなら……
吐息が酷く鬱陶しく感じる事があるなど彼にとって初めてだったかも知れない。
(少なくとも目には見えねえ……その筈だ。気にするな、空気に呑まれるんじゃねえ)
不快な風が吹き、耳障りな風が抜ける音が鳴る。彼は空に向けて手を伸ばした。
「大丈夫かキドー、何かずっと周囲を見ていた様だが」
後方から様子を見守っていたハロルドが合図を見て他の者と近付いて来る。キドーはその問いに首を静かに振ると、小屋の扉の鍵を調べた。
「各々離れすぎない程度に探索だ」
「ああ、分かっている」
少し大きな音で施錠されていた鍵が開くのと同時、彼等は傭兵詰所の探索を開始した。
●
『血吸い蜥蜴』クリム・T・マスクヴェール(p3p001831)は翼を広げて小屋の屋根に上がった。下ではハロルドやキドーが中を、ジークは小屋の裏手に見えた墓所を調べている様だ。
(何もないですね、では私も参加するか……)
普通の、黒く塗装された屋根に着地する。何かが落ちているわけでも無い、普通の、『真新しく塗られた屋根』だった。
クリムは軽く首を振ってその場から飛び降りようとする。
―――― キシリ 。
「……!?」
それは、仲間達がほんの一瞬だけ互いを見ていなかった隙。
ただならぬ気配を感じて振り返った彼女の視界を、赤い眼光と細長い脚が埋め尽くした。
●
ハロルドは建物の中が恐ろしく綺麗に掃除されている事に奇妙な物を感じた。争った形跡も無い、まるでつい最近まで誰かが住んでいたかの様だった。
「ハロルド、こいつを見ろ」
「それは?」
「町長の日誌だ。虫の侵入経路が分かるかと思って通気口を調べたら隠されていた」
キドーが見つけた一冊の本には、五芒星と四角い……どこかで見たような多面体が描かれた箱が表紙に刻まれている。ハロルドはその中を手に取って目を通した。
「……これは俺達じゃなきゃ解決できなかったな」
本をしまい、彼はキドーと頷いた。『事件の元凶の居場所に見当がついた』。
●
「おやすみ、安らかに眠りたまえ」
ジークは詰所の裏手にあった墓石の前で浮遊していた霊魂とコンタクトを取る事が出来ていた。彼はここで自害した傭兵に一人だったのだ。
『町の連中が次々におかしくなっていった後、奴は、あの化け物は俺の仲間から脳を取り出して行きやがった。俺は恐ろしさのあまりに奴に組み付かれた時、頭を吹っ飛ばしたんだ』
そう語った傭兵の彼は、ジークの手によって安らかな眠りに着いた。
『町の連中がおかしくなった』とは、町長の話と食い違う点が遂に出てきた。ジークは踵を返すと仲間の方へと戻ろうとする。
――『きゃぁaaああアッ!!!』
その瞬間に響き渡る悲鳴。
それは事前にジークが放っていた練達上位式の類である式神の物だ。だが、その悲鳴は一つではない。10m離れた草陰、建物の裏、表通り、裏通り……全ての式神が叫んだのである。
「……まずい状況かな?」
●仮定、仮想、推定
道中。『彼女』はここまでの情報を頭の中で整理していた。
(町長さんの記憶は“無かった”。頭に脚を伸ばしてる写真、ジークさんのギフト、襲って来た町の人。頭の中が空っぽの敵……もしかして町長さんも同じ様に? 何故町長さん達だけ逃げ出せたんだろう……)
浮かび、消えて行く情報の欠片。
静かな暗闇の中を手元の光源と暗視装置で照らし覗き見る彼女の視界は、それでも暗い。
(あの後、牧場を見たけど動物は一匹もいなかった。『綺麗に掃除はされているのに』、どうして?
この町は変。だって余りにも綺麗で、あの赤い屋根の家以外はどこも人が生活してるみたいなんだもの。でも『植物の手入れは放置されてる』ってエリスタリスさんは言ってた。この違いはなんだろう?)
それが何なのか『彼女』は解りかねていた。或いはもっと些細な事にも目を向けるべきだったのか、探索に綻びが在ったか。
(そういえばニーニアさんとエリスタリスさんは崖の壁面に赤い手痕があったって、それは虫じゃないよね? 町の人でも無い筈。
もしかして他に黒幕とか、悪い人が潜んでいるかもしれない。その人は町の人を襲った。襲って、どこかへ連れて行っ……!)
彼女は。
ヒィロ・エヒトは、脳裏を過ぎようとした事実を掴み取った。
それは余りにも非現実的で、けれど捨て置けない様な、何故か妙に納得できる真実。
「違う。町の人達を連れ戻したんだ……この町に “必要だから” 」
●旅行者――【ウォーカー】――
町の北端。町長の邸宅。B班が到着した時、既にA班の面々がそこに集っていた……傷だらけの姿で。
「無事か」
「ハロルドさん!? その傷、何があったの?」
佐那がニーニアと共に駆け寄る。
「傭兵の詰所で大勢の敵に襲われた、頭の中が空洞の胸糞悪い相手だったぜ」
「突破自体は容易かったが、行く先々で襲われたんだ」
「私達も同じ敵と遭遇しましたが二体だけで……変だな、静かだったけど」
ヒィロが首を傾げる。裏付ける何かを得た様に、ジークがハロルドと目を合わせた。
「我々に何か見つけられたくない物でもあったか。これで信憑性が出てきたな」
「ああ、町長の日誌』に記された事は奴等にとって不都合って事だ。
佐那達にも話しておくぜ。日誌には依頼される以前、つまり町長が逃げる直前の事が記されていた。彼は逃げ出そうとする前に傭兵に同行を願おうとして、捕まったんだ」
血に濡れた日誌を放りながら、ハロルドはニーニアから治癒魔法を受ける。彼の背負っていたクリムも何かの毒に侵されているのか、体が麻痺している様だった。
「え? でも、逃げられたから近くの街に辿り着けたのではないのです?」
エリスタリスの言う通り、それでは辻褄が合わない。だがそこでヒィロが声を漏らした。
「……記憶の操作」
ヒィロに視線が集まる。
「そうだ。もしくは何らかの偽装で誤認させたなんてのもあるが……考えたくはないが、例の町長はもう人間じゃない何かなのは違いない。
勿体振る様ですまない。先に言わせてもらうが、俺達は罠にかけられた可能性がある。元凶を討ちに行っても無事に帰れる保証は無い。
だが俺は見た。悲痛な顔の町の奴等を、町長が怯えながら最後に必死に隠したこの日誌を。今なら調査報告するだけでも依頼は成功する……アンタ達はどうしたい」
ハロルドは漸く麻痺から解放されたクリムを、エリスタリスを見た。
キドーも、佐那も、ジークも。
彼がそれ以上言う前からヒィロとニーニアは頷いていた。共に行くと。
「――この周辺に井戸がある。古い井戸だ。そこから町長は『呼ばれていた』らしい」
意を決したハロルドは立ち上がり、エリスタリスに目を向けた。
「この近くにそれらしい物が見つからねえ以上、恐らく草か何かで隠れてるに違いない、頼めるかシルフィ」
●
―――― キシリ 。
かの旅行者は【イレギュラー】が舞い込んで来た事を察知すると一鳴きした。
どうやら厄介な護符を手に入れた者が居るらしい。あの、退魔の魔術師が住んでいた家を漁ったのだろう。向かわせた眷属は全て撃退され、旅行者の工房から逃げ出した男の日誌を見られた。
事の顛末として最大のイレギュラーだったのは、あの最近幻想からやって来た町長一家が何故か眷属となっても尚逃げ果せた事か。
無粋な足音と共に波打ってくる魔力の波紋。臨戦態勢の兆し、そして明確なまでにそれは旅行者の不得手とする魔法陣を介した物だった。
「虫ケラだからって油断はしねえ、だが――――」
「犠牲になった町の人達の為にも、勇気を出していかないと……!」
「死者を弄ぶその愚行……絶対に許しはしない」
「……必ず、元の場所に戻してあげるからね」
「目指す頂に至る為に……斬る!」
「――――そういうわけだ。まぁ何にせよ、“魔”の存在は皆殺しだ。そう決めているんでな……『俺達』は!」
それぞれの『可能性』を象徴する物が、或いは魂が光り輝く。
旅行者は地下大空洞の奥でその姿を赤い瞳で見つめて、暫くして地下全域に描かれた魔法陣を起動させた。
「……! 町の植物達から、水底から魔力を感じるイメージ……やっぱりこれまでの『音』はここと繋がっている井戸の!」
クリムと互いに肩を貸し合いながら構えていたエリスタリスが叫ぶ。
「決戦みたいになってしまいましたが、先手必勝なんて言葉もある事ですし。行きましょうか……ッ」
恐るべき地響きの最中、エリスタリスを微かに庇いながらクリムが魔法を展開する。
静かな呼び声に招かれし者達の戦いが、夜明けを目前にして遂に始まる――――!
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でしたイレギュラーズの皆様。
成功です。
皆様の事前に得た情報、物品により、判定としても無事に怪異の虫の討伐を果たしました。
GMコメント
今回の依頼は少しホラー強めとなっております。
●依頼成功条件
町を襲った怪異を突き止め、解決する
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
以下情報
●静まり返る町
リプレイ開始時は船の都合により、夜間に到着となります。
連絡の途絶えた町。消えた住人達。
潮風が吹く小さな町に、なにが起きたというのだろうか?
本シナリオにおいて重要なのは皆様の索敵や探索、捜索のスキルだけでなく各種アイテム、通常のダンジョンや洞窟にアタックする際に必要な行動(プレイング)になります。(アイテムやスキルを駆使しなくてもプレイングの内容でカバーは十分に可能です)
町の構造は白い屋根の石造りの家屋が十数棟。どの家屋も全て四人が満足に行動できる広さで、最大R3相当の距離感を保てます。
慎重に行動する事がポイントです。
●怪虫
戦闘力や能力については未知の生物です。
分かっているのは住人に一切気付かれず。なぜか勘付かれず、彼等を何処かへと連れ去った事のみ。
町長の話では光線のような物が虫から放たれたともされていますが詳細は不明です。
ただ、町の傭兵は町長が訪ねる直前まで争っている様子だった事から、『町の南端にある小屋』へ行けば何か手がかりが見つかるかもしれません。
●怪異
そもそも、洞窟や遺跡も無い島で住人達はどこへ行ったのか。
これを明らかにする事で解決になる可能性がありますが、その限りではありません。
町は海上数十メートル切り立った崖の上にあり、或いは何らかの空洞が存在するのかもしれませんが……
なるべくプレイングを探索や推理、遭遇戦闘への対応などで埋める事が出来ると成功率が上がります。
以上、皆様のご参加をお待ちしております。
※アドリブ歓迎、NG等の記載はキャラクタープロフィールで通信欄などに書いていただければプレイングに記載無くても確認してリプレイに反映します。
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