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シナリオ詳細

<美しき珠の枝>幕間 戀遊戯

完了

参加者 : 25 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●芳しき花の香
 りぃん、しゃらん。
 りぃん、しゃらん。
 小さな女の童が四人。絹紐(リボン)のついたひとつ鈴を持ったふたりの女の童がりぃんと鳴らせば、神楽鈴を手にしたふたりが続くようにシャンと振るった。
 その音は彼女たちが同道する佳人が一歩歩むごとに、りぃん、しゃらん。佳人とともに人々は一歩ずつゆっくりと進み、それを知らしめるかの如く鈴が鳴らされた。
 佳人の暗闇に輝くように白い手は、肩貸しの肩に。
 着物から伸びた桜貝が彩る爪先は、外八文字を美しくもゆるやかに描く。
 金棒引きの後を鈴を持った禿(かむろ)、そして佳人、傘持ちが続き、更にその後は振り袖新造たちと若い衆が続いている。
 ゆっくりと歩を進める花魁道中に、人々はその姿を人目見ようと集ってきた。何せこの時にでも拝んでおかねば、並の男なぞ花魁の姿を一目見ることすら叶わないのだから。
 ツ、と向けられる、薄花桜の瞳。
 愛嬌紅に彩られた瞳が柔らかに細められ、笹紅を点した花唇がそっと形を変えれば――男たちは俺に向けられた笑みだと恋に落ちた。
 りぃん、しゃらん。鈴の音とともに、遊女が歩く。
 水晶が如く艶めいた角を額に有する花魁の名は――雫石。
 白鴇屋の、若く美しい鬼の花魁だ。

●ローレット
「遊郭でごっこ遊びって興味ないかな?」
 最近仕事で豊穣の花街に足を運んだら、皆が好きそうだなと思ったんだ。
 そう口にした劉・雨泽(p3n000218)は「ねえ、いかない?」と首を傾げて笠から垂れる布を揺らした。
「貸し切りにした見世――『黒鴉屋』でなら好きに遊女の格好をしたり、お酒を呑んだり、友人とごっこ遊びに興じたりできるよ。綺麗な着物だけれど、なかなか着る機会ってないじゃない? 勿論、禿(かむろ)の衣装とかも揃っているから、年齢的にいけない子だってその見世でなら好きにしていいんだ」
 黒鴉屋はローレットの貸し切りだから、その日訪れるのはイレギュラーズのみ。他の一般客に勘違いされるといけないから店の外には出れないけれど、店の中でなら自由にすごして良いのだと雨泽が笑った。
 勿論、酒も肴の用意もされており、遊郭の料理を口にすることも出来る。
 踊りの小道具も、楽器も、お座敷遊戯の道具もあるから、興味があれば触れてみるのも良いかも知れない。
「後は、『鶸茶屋』にも許可を貰っているよ」
 鶸茶屋はローレットの貸し切りではないが、神使が職業体験をしてみたいという趣旨を伝えてある。訪れたイレギュラーズの相手をしてくれるのは、事情を承知している客や遊女のみだ。本物の客や遊女を相手にしたいのなら、鶸茶屋へ足を運んでみるのが良いだろう。
「僕等が神使であることは承知してくれているから、危険なことは起きないよ」
 そういうわけなのだけれど、どうかな? と雨泽は再度首を傾げる。
 そこは、一夜の夢を見る場所。夢を売る場所。
 その一晩は、きっと夢のように泡沫となって消えることだろう。
 けれどもきっと、こころには残るから、夜の夢売る街へ。
「ねえ、僕と一緒に花街へ遊びに行こうよ」

GMコメント

 ごきげんよう、壱花です。
 少し艶めいたごっこ遊びは如何でしょう?

●目的
 花街で楽しく過ごしましょう!

●シナリオについて
 PCさんたちに綺麗なおべべを着てもらいたい……! 遊女姿が見たい……! 長文でイベシナを書きたい……! という壱花の欲望のシナリオになります。
 全て個室内での描写となりますが、【1】を選択した場合は自由度がかなり高いです。
 【1】と【2】は、個室で女子会めいたことをしたり、楽しくお酒を飲んだり、遊女や禿(かむろ)の着物を着たり、お座敷遊戯をしたり、お客と遊女に別れて恋の駆け引きのごっこ遊びをしたりすることが可能です。
 また、花魁にはどの見世でも、楼主に認められている人しか会えません。
 時間軸的には『きさらぎの風』の数日後の出来事となります。舞台が一部関わりがあるため<美しき珠の枝>を冠しておりますが、幕間です。楽しく過ごしましょう!

 今回、追加情報が出る可能性が僅かにあります。
 しかし何処にいっても人の目があるため、動き回る事は出来ません。狙っていない普通の行動の中で、何かの描写が極稀に入る可能性がある、という事です。出ない場合もあります。
 ですので、気にせず雰囲気を楽しんで頂けますと幸いです。

●迷子防止のおまじない
 一行目:行き先【1】~【3】
 二行目:同行者(居る場合。居なければ本文でOKです)

 同行者が居る場合はニ行目に、魔法の言葉【団体名+人数の数字】or【名前(ID)】の記載をお願いします。その際、特別な呼び方や関係等がありましたら三行目以降に記載がありますととても嬉しいです。

【1】黒鴉屋
 いえーい、貸し切りましたー! という訳で、店内に居るのはイレギュラーズのみです。貸し切ったので、男性でも遊女の着物を着て遊べます。花魁の姿も可能です。
 ただし、貸し切ったのでお相手はPCさんのみとなります。ごっこ遊びのお相手が欲しい場合はマッチングを相談掲示板等で行うことをお勧めします。
 でも人見知りするから声がけが恥ずかしいわ……となってしまう方は【★マッチング希望】と『二行目』に記してください。もし他にも『同じ記載が有り』『プレイングが上手くかち合った場合』に限り、GM側でマッチングさせることがあります。合わなかった場合や他の希望者がいなかった場合は【2】へ自動的に移動します。
 ちなみに黒鴉屋は、遊女となる女性を人買いから買わず、雇っている珍しいお見世です。遊女たちにはお給金が出ています。遊女たちには有給休暇のかたちで貸し切りです。

【2】鶸茶屋
 モブNPCさん相手に遊女体験、客体験が出来ます。ソロ参加でもモブNPCさんがお相手をしてくれます。相手をしてくれる遊女さんやお客さんは、こちらがイレギュラーズであることを知っています。お店側がそういう説明を事前にしています。
 陰間茶屋ではないため、男性&性別不明さんは遊女の格好は出来ません。若い衆の職業体験的なことは出来ます。また、見世には本物の花魁がいるため、花魁体験は出来ません。
 此方は一般的な見世で、遊女の割合は精霊種と鬼人種が半々くらいです。

【3】白鴇屋
 基本的には『個別あとがき』に誘導が出ていた人用ですが、他の人でもいけます。
 その場合、前回参加の方や今後の続編に参加される予定の方は『イレギュラーズであることがバレてはいけません』。基本的に今後の展開で不都合となる内容は描写されません。また、こちらは協力店ではないため、客としてしか入れません
 特に追加情報があるかは解らない、けど縛りが強め! な場所となるのでお勧めはしませんが……「俺は鬼人種のお姉ちゃんに囲まれたいんだ!」という強い希望がある方は此方が良いでしょう。遊女たちは鬼人種が多めです。

●同行
 弊NPC、劉・雨泽(p3n000218)が【1】黒鴉屋に同行しています。
 基本的にはお酒美味しい! をしていますが、呼ばれれば着せ替え遊びにだってお付き合いいたします。
 彼は種族を知られることを嫌うので、種族特徴を明かすような行動をシナリオ内で行うことはありません。

●EXプレイング
 開放してあります。
 文字数が欲しい、関係者さんと過ごしたい、等ありましたらどうぞ。
 可能な範囲でお応えいたします。

●ご注意
 公序良俗に反する事、他の人への迷惑&妨害行為、未成年の飲酒は厳禁です。年齢不明の方は自己申告でお願いします。
 直接的な性的な描写もありません。健全オブ健全なシナリオです。

 それでは、愛おしくも艷やかなひとときとなりますように。

  • <美しき珠の枝>幕間 戀遊戯完了
  • GM名壱花
  • 種別長編
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年03月30日 22時35分
  • 参加人数25/25人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 25 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(25人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
優しき水竜を想う
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
リディア・ヴァイス・フォーマルハウト(p3p003581)
木漏れ日のフルール
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
辻岡 真(p3p004665)
旅慣れた
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
高貴な責務
彼岸会 空観(p3p007169)
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
松元 聖霊(p3p008208)
重ねた罪
クロエ・ブランシェット(p3p008486)
奉唱のウィスプ
希紗良(p3p008628)
鬼菱ノ姫
瑞鬼(p3p008720)
幽世歩き
幻夢桜・獅門(p3p009000)
竜驤劍鬼
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う
物部 支佐手(p3p009422)
黒蛇
神倉 五十琴姫(p3p009466)
白蛇
ブライアン・ブレイズ(p3p009563)
鬼火憑き
星芒 玉兎(p3p009838)
星の巫兎
嘉六(p3p010174)
のんべんだらり
唯月 清舟(p3p010224)
天を見上げる無頼
猪市 きゐこ(p3p010262)
炎熱百計
綾辻・愛奈(p3p010320)
綺羅星の守護者
浮舟 帳(p3p010344)
今を写す撮影者

サポートNPC一覧(1人)

劉・雨泽(p3n000218)
浮草

リプレイ

●夜を游ぐ魚たち
 昼はひそりと静まるその一角は、陽が落ちて、大門の提灯に明かりが灯れば別の顔を見せる。水を得た魚のように、羽化した蝶のように、ゆらりひらりと白魚の如き手や美しい羽根のような袖が振られれば、明かりや蜜に引き寄せられるようにふらりと見世へと寄った男の顎が撫でられる。
 此処は遊郭。夜の帳の間にひそりと花咲く街。
 大門は、小魚を飲み込む鯨のようだ。暗がりから現れた男たちが、ひとりまたひとりと大門の向こうの明かりへと呑まれていく。
 ――のだが。
「待て、止まれ」
 門番の男たちがひとりの男の前で手にした棒を交差させて静止を掛けた。「へぇ、すんません」と頭を下げる男の身なりは良いものとは言えない。むしろ、『悪い』と言った方が良い。金を落とさず、悪さを働くのではないかと怪しまれたのだろう。
 如何にも金に困っていそうな行商人風の男――『黒蛇』物部 支佐手(p3p009422)は何度か浅く頭を下げ、一言二言言葉を交わす。すると門番の男たちはその言葉に納得した様子を見せ、棒を退かせた。
「こちらも仕事だ、すまないな」
「なに、わしみてえな者を入れないのがお役目でしょうや。申し訳ねえ限りです」
 お手間を取らせましたと頭を下げ、支佐手は他の男たちと同様に大門へと飲み込まれていった。
「むむむ! き、支佐手の奴め! 仕事とか言っておったのに色町ではないか!」
 それを見ている者が居た。支佐手の幼馴染の少女、『白蛇』神倉 五十琴姫(p3p009466)である。長丁場の仕事になる旨を聞いていたため、何か力になれることを(こっそり)見つけて(こっそり)手助け上げようと思っていたのに、幼馴染は色町へと消えてしまった。どういうことじゃ! と憤慨しても仕方のない話である。
 いそいそと追いかけるべく五十琴姫も大門へと向かった訳だが――。
「何故通さんのじゃ!?」
 支佐手同様に門番たちからの通せんぼを喰らい、五十琴姫は訳が分からぬ! と飛び跳ねんばかりに驚いた。
「お嬢ちゃん、ここがどこが知っているのかい?」
「子供が来る場所じゃないんだよ?」
「わしは成人しておるわい! 子供扱いするでない!」
 子供に言い聞かせるような柔らかい言葉使いも気に入らない。
「あー、ごめんね。そのお嬢さんは僕の連れだから」
「む!」
 突如背後から掛かった聞き覚えのある声に振り向けば、見覚えのある胡散臭い男がいた。
 大門を通してもらえなさそうな未成年者を含む何人かのイレギュラーズを連れた劉・雨泽(p3n000218)は五十琴姫の頭上で門番の男たちと言葉を交わすと、先に話は通してある様子ですぐに会話を止め「それじゃあ行こうか」とイレギュラーズたちとともに大門をくぐった。
 暗い外とは一変。華やかな雰囲気と、どこかしっとりと艶めいた気配。ひるなかの如く灯りを灯した花街が、イレギュラーズたちの眼前に啓かれるのだった。

●白鴇屋
 花魁道中を行う見世は、羽振りがよい。見世がどれだけ儲かっているかを示すものでもあったのだ。
 連日花街で遊び歩いていた『鬼火憑き』ブライアン・ブレイズ(p3p009563)は、今日の気分は――と考えて、最近贔屓にしている白鴇屋へと爪先を向けた。
「ひゃー! 嘉六ぅ! 聖霊ぃ! 花街じゃあ!」
「今回はパーッと遊ぼうぜパーッと。わはは」
「まさか遊郭だったとはな……」
 風情ある佇まいの見世を見上げ、『ヒュギエイアの杯』松元 聖霊(p3p008208)は思わずぽつりと言葉を零した。いつもの悪友たち、『のんべんだらり』嘉六(p3p010174)と『天を見上げる無頼』唯月 清舟(p3p010224)の誘いだったから、今日もどうせ何処かの飲み屋……かと思っていたら「いいとこに連れてってやるよ」と肩を組まれ、あれよあれよと運ばれてここへ着いたのだ。
「聖霊様は行先が遊郭だと知らなかったのですね」
 袖の下でくすりと笑いながら声を掛ける『花嫁キャノン』澄恋(p3p009412)の声はいつもより低い。花街だからと男物の装いと顔半分を面紗で隠した澄恋が、変声機も仕込んでいるせいだ。
「騙されおったな、聖霊……ひぅ」
 ニマニマと笑った清舟が聖霊を見ようとして、澄恋を視界に入れてしまった。初めましての挨拶をした時も挙動不審になっていたが、どうも男装をしていても女性と知っているから駄目なようだ。
「清舟様?」
 見えている顔半分――菫色の瞳が柔らかく弧を描く。可愛い。
 大丈夫ですかと案ずる澄恋が近寄る。とてもいい匂いがする。
「あっ……はい、ひぇ……」
「……清舟」
 スサササササササ、と動いた清舟が嘉六を盾にし、悪友ふたりの視線は半眼となった。この男、これから先、生き残れるのか……?
 しかし、此処で「それじゃあやめよっか」とはならないのが、悪友だ。清舟も行きたがっていたしね? 荒療治って言葉もあるしね?
(……気付け薬持ってきてたっけ)
 思わず薬の心配をした聖霊は、清舟と肩を組んで豪快に笑って見世へと入っていった嘉六を追いかけた。
「ここのお酒、美味しいわね。どんどん持ってきてちょうだい♪」
 せっかく花街にきたのだものと、『炎熱百計』猪市 きゐこ(p3p010262)は傾けた盃を空にして、遊女たちへと明るく告げた。
 今日花街に繰り出したイレギュラーズたちは皆、日々のことを忘れて遊びに来ている。なんだか最近きな臭いこともあるようだけれど、それはそれ。ただイレギュラーズであることだけは知られないようにすれば、雨泽が話を通してある見世以外の見世――白鴇屋でも楽しむことが出来る。
「お姉さんたちも飲んでね。今夜は楽しみましょう♪」
 きゐこの羽振りの良い様子に、遊女たちも嬉しげに微笑んで酒を口にしている。嫌な客に会うことの多い彼女たちにとって、楽しく飲んで楽しくお話をしてくれる客は良い客だ。
(にっひっひ♪ いやぁ♪ こういうお店は70年ぐらいは来てなかったけど……)
 酒を飲みながら囲んでくれている左右の遊女を見ると、鬼人種の遊女はきゐこと視線が合うとにこりと美しく微笑んでくれる。
(それにしても、このお店は鬼人種のひとが多いのね)
 異なる世界で『オニビト』と呼ばれる種族のきゐこにとって、鬼人種は親近感を抱く対象だ。しかしきゐこは、彼らと違って体格だって角だって小さい。……胸だって。
 けれどそんなきゐこに、美しいかんばせの鬼人種たちが侍っている。どの面を取ったってきゐこが素敵だと思える要素を兼ね備えた美女たちが。
「お頭になった気分だわ♪」
 ああ、今日のお酒は格別においしい気がするわ!
 酒が回れば口も回る。
「遊女のネエちゃん、みんな別嬪だな。ん? ああ、口説いてるよ。鬼の女は凛としてて好い。はは、世辞じゃねえって」
(嘉六様はお上手ですね)
 場馴れした様子に感心しながらも、澄恋の視線は彼の臀部に向けられている。ご機嫌そうな尾が、ふわふわゆらゆらしているのだ。吸いたい気持ちを抑えるのも一苦労というもの。酔い潰れたら吸ってもいいですか? 駄目?
「ああ、どうも。うん、頂いているよ。ありがとう」
 遊女の喜ぶポイントを押さえて巧みに会話を楽しむ姿を眺めながら、聖霊がちろりと酒を舐めている間に、いつの間にか嘉六はお座敷遊戯を始めたようだ。いいところを見せたいのだろう、遊女たちの温度に合わせて意気揚々と賽子を手にした。
 因みに、見世に入って早々生まれたの子鹿のようになった清舟は、今はひとりの遊女に膝枕をされている。甘やかされている訳ではない。ただのキャパオーバーによる気絶だ。
(よぉ嬢ちゃん随分別嬪じゃねぇの。ちぃとばかし隣でお酌してくれよ。近くで見りゃええ身体しとるのがようわかるわ。今度外でも儂と遊んでくれや)
 良い夢を見ているのかも知れない。その顔は実に幸せそうだった。
「誰が最初に潰れるかね……んじゃ一投目は俺から……」
 カラカラコロン、一升。
「……ヴエ!」
「さぁさ、主様。男に二言は無しでござんしょう?」
「わぁーってるよ飲むよ!!」
「おい、嘉六。俺の前で堂々とイッキとは肝が座ってんじゃねぇか……」
「んあ? そう怒んなよ聖霊」
(……この枕柔らかいな……)
「次はわたしの番ですね」
 ころんと賽子を澄恋が転がす。しかし澄恋は下戸である。
(……ん、此処は? 儂は?)
 頂きますと一度口に酒を含むものの、傍らの遊女の肩を抱いて口移しで呑ませた。「失礼、つい……。あなたに酔ってしまったようです……」と見つめ合えば、まあと頬を染めた遊女からは咎めがない。
(……え、なんでキスした……? えっ? えっっ??)
「……おっ? おぉ、キスたぁやるねえ。ここの誰より色男だなァ、わはは!」
(……え、澄恋の嬢ちゃ……接吻しとらん? は、破廉恥か!? 破廉恥始めとる……! しかもめちゃモテとるがな!! 羨ましい!)
 大混乱の聖霊、豪快に笑う嘉六。
 そして思わずカッと目を見開いた清舟は――、
「あら、」
(あ……ちょ……近い、綺麗な姉ちゃんちか……この枕、膝……? ひざ……)
 膝に清舟を載せて団扇で仰いでいてくれていた遊女の笑みを受け、そのまままた意識を失った。その様は、まるで安らかな死に顔のようだったと後に友たちに語られる。
「飲んでますか聖霊様! いや~遊郭って面白いところですよね!」
「えっ? 何だ澄恋……酔っているのか……?」
「お美しい花々を近くで愛でることができるなんて! ね、聖霊様!!!」
「聞いてるか……?」
 もう一度言おう。澄恋は下戸である。
 たとえ相手に呑ませたとしても、口に含む以上を酒精は体内に入る。
 楽しげに笑う澄恋を見て、彼女が楽しければいいかと思う聖霊であった――が、この段階で色々と止めておけばよかったのかもしれない、と後に聖霊は思うこととなる。
「せいれぇ……後は任せたから、よ……」
 然程強いわけではないのに良いところを見せようとしてジャンジャン酒を呑んだ嘉六が潰れて。それを皮切りにお座敷遊戯は別のものとなる。
「清舟様、頑張って下さい!」
「わ、わかってらぁ……!」
 経験があるのかこなれた様子で扇を投げた澄恋に続いて、気絶から復活した清舟が扇を手にしたのだが――ぴとりとくっついた遊女に既にもう目が回ってしまいそうだ。
「儂は……儂は男をみせちゃる……」
 震えながらの扇は的を撃ち落とさず、あれよあれよと遊女の勝ちとなる。
「ええとこみせたるんじゃ……」
 そしてモテモテになるのだ……!
 とらとら、金比羅船々、菊の花……どれも。意識をギリギリ保っている状態の清舟は負けてしまう。頼みの綱の澄恋もいつの間にか眠ってしまっている。
(所謂カモってやつにされてんな……)
 終には清舟の限界が来てまたも気を失い、生存者(?)は聖霊だけとなった。
 倒れている友たちと、開けられた酒杯。どう帰ろうかと考え出した聖霊に、美しい笑みを湛えた遊女がすっと何かを差し出した。
 そこに記されているのは、文字と漢数字。沢山の遊女を呼んだため、遊女の人数分。たくさん飲み食いした分。ちょっと驚くような数字が並んでいて、聖霊の口は自然と開いた。
「……え? もしかしてコレ、俺が支払うのか?」
 潰れている友たちからのいらえはなかった。

●鶸茶屋
 鶸茶屋の一室では、華やかに女たちの声が上がっていた。
「今日はよろしくおねがいするねお姉さん!」
 パッと明るく『今を写す撮影者』浮舟 帳(p3p010344)が笑えば、彼の左右についた遊女が微笑ましげに咲う。幼く見える容姿と喋り方のせいで、年若い子が来たと思われているのだろう。
「主様はお酒は召し上がれません、と」
 楼主から先に聞いていたらしい遊女が小首を傾げ、確認を取る。酒が飲めないのなら、お茶か果実水、どちらが良いのかと尋ねているのだ。
「うん。じゃあ、果実水をもらおうかな」
 玻璃の器に注がれる、桃の果実水。甘くて美味しいと素直に微笑み礼を言えば、また遊女たちが微笑ましげに笑った。
「ぼく、遊郭って初めて来たけれど、とっても素敵な場所だね!」
 一応、練達でいうところの風俗みたいな場所という認識はある。けれど雰囲気は少し違うみたいだときょろりと視線を送る。遊女たちはみな華やかで高級感のある着物に身を包み、所作も話し方も上品だ。きっとここが高天京じゃなく、所謂下級遊女だとまた違うのだろうが、様々なところを旅してきた帳の目からも、洗練されていると感ぜられた。
「主様は遠くの場所からいらしたのでありんすか?」
「そうだよ。僕は練達の生まれでね……」
 此処ではない、遠い国、遠い場所。何処で生まれて、何処へ行ったか。帳は自身の話をする。
 遊郭に売られてくる女たちは、大抵が幼少の頃から貧しく、売られ、年季が明けるまで花街の外に出ることはない。帳の話す彼女等の知らない世界の話に、遊女たちは時折質問を交えながらもとても楽しく過ごしていた。
「私ね、一度来てみたかったの」
 ニッコリと嬉しげに微笑む『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は勿論、一夜を買いたいとか”そういう意味”で口にした訳ではない。女性が綺麗な着物を纏い、美しい化粧をした姿がとても素敵だと思うからだ。
 身を飾る――それは、ジルーシャの専門分野の香水も当て嵌まる。
「――というわけで、女子会しましょ! アタシはジルーシャ・グレイよ、どうぞよろしくね」
 華やかな女性たちは袖で口元を隠してくすくすと咲い、ジルーシャへと挨拶を返した。
 遊女たちとの会話は、もっぱらお洒落の話だ。流行りのスイーツや恋バナもしたいジルーシャだが、花街から出られない――そして一夜限りの恋を提供する彼女たちには縁のない話だ。
「その爪紅、とってもいい色ね。着物にも合っているし……何より、アンタ自身が楽しそう。お気に入りの色なのね」
「好いお色でござんしょ? わっちも気に入りでありんす」
 出入りの商人が仕入れてくれた新しいものなのだと、娯楽の少ない遊女たちはジルーシャの言葉に微笑みながら手を見せる。
「その商人さんは他にはどんな物を扱っているの?」
「そうでありんすね……お粉に紅、それから誰が袖……」
「誰が袖?」
「匂い袋のことでありんす」
「まあ、いいわね!」
 香りに関連する話題になったからか、ジルーシャの声が跳ねた。
 ジルーシャが興味を示したことが解ると、遊女たちは着物の袖の形の匂い袋なのだと、柔らかく笑みながら実物を袂から取り出してみせてくれる。遊女ごとに気に入りの香を忍ばせ、客に寄り添えば袖から香りが移り、相手は帰ってからも遊女のことを考えるのだとか。
 思いがけない恋の駆け引きの話に、それで実例はと、今度はジルーシャが会話にのめり込む番となるのだった。
「今日は遊女の恰好をするの?」
「いいや、今日はお客さん。いつも頑張っているアリアに楽しんで欲しいんだ」
「まあ」
 アリア=ラ・ヴェリタが深海のような髪を緩やかに揺らしながら問えば、『旅慣れた』辻岡 真(p3p004665)は愛しの君の瞳を覗き込むようにしてそう口にした。
 海洋の高級娼婦であったアリアにとっては、ここ遊郭は少し懐かしい雰囲気の場所だ。遊女の衣装を纏って真をもてなすのかと尋ねれば、そうではないのだと告げる夫が愛おしい。――あの場所は決して良い思い出ばかりでは無かったけれど、あそこに身売りした過去が無ければ真に出会うことも、真との愛しい我が子を胸に抱くことも無かっただろう事を思えば、懐かしさで胸がいっぱいになる。
(あれからもう四年になるのね。まるでもっと遠い昔のことみたい)
 それぐらい彼と出会ってからの日々は充実していた。
「まさかあたしがお客さん側になるなんてねえ。あなたが労ってくれているのだもの、今日は楽しみましょう」
 お客のふたりは、いつもどおりの装いで。
 少しばかり春らしい装いの遊女たちに囲まれて、酒と肴、そして会話を楽しんだ。
「アリア、お座敷遊戯って知っているかい?」
 真の言葉に、遊女が扇を差し出してくる。それを受け取った真は扇を開き、コレで遊ぶんだよとアリアへと手渡した。
「ねえあなた。この遊びはどうやるの?」
 アリアの視線は、真と扇と、準備をしてくれている遊女たちの間を行ったり来たりする。枕と呼ばれる桐箱に蝶と呼ばれる的が立ったら、察しの良いアリアはああそういうこと、と小さく笑った。
「勝負をしようか、アリア」
「あら。勝負ということはご褒美があるの?」
 笑みで答えを隠した真に、アリアはいいでしょうと不敵に笑む。
 苦労を掛けているアリアに、この旅行中くらいはハメを外して欲しいと思って持ちかけた勝負であったが、その試合はなかなかに白熱し、アリアが少女のようにはしゃぐのを見て、真はここへ来て良かったと心から思うのだった。
「うちはね、こないに綺麗に着飾った格好して、この場所によう似た所におったんよ」
 爪紅に染まる細い指先がちりめんの藤花が垂れる簪を摘み上げ、少女の艶々とした黒い髪に添えられる。こっちがええからしら。それともこっち? 簪を摘む女の指は藤から桜、そして梅へと彷徨って。
「……は、はいっ。蜻蛉さんは、花魁さんだったのですね」
「ええ、そうやの。……お揃いで梅にしよか」
 べっ甲に梅が描かれた櫛を挿した『暁月夜』蜻蛉(p3p002599)が柔和に笑めば、キラキラとまぁるい瞳を向けてきていたひまりがこくこくと頷く。美しい蜻蛉と、お揃い。少女の胸の中に、幾つもの喜びが浮かび上がる。
「ほな、いこか」
 重みのある大輪の花咲く袘(ふき)付きの打ち掛けを器用に捌いて、禿(かむろ)姿になったひまりを引き連れ支度部屋から外へ出た。向かう先は、一般の客が待つ部屋である。
 いつか話そうとしていた蜻蛉自身の話。今日は目で、耳で、この少女に教えてあげようと思う。
「蜻蛉です、今日は楽しんで行っておくれやす。こやってお酌するんは久方ぶりやわ」
 客の隣に寄り添うように座って酌をする蜻蛉と、客側ではない斜め後ろに控えて蜻蛉をじっと見詰めるひまり。不慣れながらも懸命に動いてくれるひまりには時折手伝いをお願いするに留め、蜻蛉は慣れた様子でコロコロと咲った。以前の世界でそうしていたように、今の世界でもそうあれるのが、なんだかどこか切なくて不思議な気分。
 客を交えて過ごす時間は、蝶のよう。
 ひいらり舞う繊手の蝶に、ひらひら躱す言葉の蝶。
 好きだよと告げられる言葉には「うちも」と返すけれど、それは仮初の。
「お相手のことを、好きになってしまったりはしないのです?」
「んー……好いてくれるお人のことは、もちろん好きよ。でもね、ほんまの心は……あげたら駄目やの」
「お芝居みたい、ですね」
 楽しかったよと帰っていく客を見送って、瞳いっぱいに『不思議』を載せたひまりの胸の真ん中をツンと押してから、内緒の仕草で淡く笑む。


 先日少し話した『恋』は、遊女はしてはいけない。
 もし郭の中でその恋をしてしまったら、その先は――。

●黒鴉屋
「ここが遊郭……ですか?」
 今日はイレギュラーズたちで貸し切りだと言う『黒鴉屋』を見上げた『茨姫と感情舞曲を』クロエ・ブランシェット(p3p008486)は、紅玉色の瞳をぱちりと瞬かせた。
「クロエ~」
「はい、うさぎさん。解っていますよ」
 大人が行くところなんだぞと心配して着いてきてくれているうさぎさん――キャンディス・カリーノの側から離れないことは此処へ来る前に約束済み。うさぎさんはなんて優しいのだろうとクロエはもこもこで可愛い友達にしっかりと頷き返した。
(ふふ。遊郭ってことは、綺麗なお姉さん達が僕にメロメロになって可愛い可愛いっていっぱいしてくれるんだぞ)
 なんてキャンディスが思っていることには勿論気がついていない。
 ウキウキルンルン跳ねるキャンディスと見世の中へと入り、お世話になる楼主に挨拶をすれば飛行種用の着物が置いてある部屋へと案内された。
(アレ? 個室? 綺麗なお姉さん居なくない?)
 そもそもがイレギュラーズたちで貸し切っている。他の部屋に綺麗なイレギュラーズのお姉さんはいるかも知れないが、キャンディスが期待していた展開にはなりそうにない。
「どうですか、うさぎさん……ってあれれ? うさぎさん、キャンディスさん?」
 クロエがくるりと回って初めての着物姿を見せたのに、キャンディスは何故だかしおしおしょんぼり。
「よく解りませんが元気だして?」
「ん……」
 優しい手で撫で撫でされれば、キャンディスの頭も上を向く。
(着物姿のクロエも悪くないし、今日の所はお前と遊んでやろう)
 機嫌が治ったことに気づいたクロエは良かったですと微笑んで、室内の探索を始める。豊穣の家具や小物は見慣れないものでいっぱいだ。
「これは何でしょう?」
「この道具はこう、踊りに使うんだぞ。やってみるといい 」
「踊りに使うんですか? うさぎさんはやっぱり物知りですね」
 しゃらん、しゃらん。クロエがこうかなと踊れば、キャンディスもこうだぞと楽しげに飛び跳ねていた。
 遊郭でのごっこ遊び。黒鴉屋はイレギュラーズたちで貸し切ってあるからこそ、色々と試せることがある。
「この線でいきましょう」
 ある部屋で衣装を何度も着たり脱いだりを繰り返して着付けの練習をしながら、『木漏れ日の魔法少女』リディア・ヴァイス・フォーマルハウト(p3p003581)は遊女の『設定』を考えていた。
 ――故郷の深緑から遠く離れた豊穣の地で囲われて故郷に帰ること叶わず、この地では珍しい月の民こと幻想種。
 というのが、本日のリディアの設定だ。
「希紗良さん、準備は出来ました?」
「は、はい。えっと、このような感じで……」
 同じ部屋で着物を選んでいた『鬼菱ノ姫』希紗良(p3p008628)へと振り返れば、彼女は振袖姿――禿(かむろ)の恰好をしていた。
「あら、希紗良さんは遊女の衣装にしないのですか?」
「はい。えっと、年齢的には遊女の格好の方が宜しいのでありましょうが、今のキサでは豪奢な着物に負けてしまうでありますよ。よってこちらの方が似合うかと」
 キサはお座敷の作法をとんと知りませんので……。
 恥ずかしげに顔を伏せた希紗良に、リディアは大丈夫よと小さく笑う。だって今日のこのお見世はイレギュラーズばかりなのだから、作法をしらないのなんてお互い様だし、ちょっと失敗したって誰も気にしない。
「そうですわ、好きな着物を選んで楽しむのが一番だと思います」
「でも、希紗良さんの置物はとても似合っていて可愛らしいですね……」
 同じく同室で着替えをしていた『星の巫兎』星芒 玉兎(p3p009838)は姿見で簪の具合を確かめながら鏡越しに希紗良を見、『亜竜祓い』綾辻・愛奈(p3p010320)は重たくなっている着物の裾を少し持ち上げて振り返り、淡く微笑んだ。
 せっかくだから接客もしてみたいと望んだ四人は身支度中だ。たくさんの着物の中から好みの柄を選び、この柄はどう? 派手すぎない? そんなことない? ありがとう。なんて、互いに着物を当て合いながら沢山の着物中から選びぬいた着物を身に纏っている。着物だけでなく、簪一つにしたってそうだ。ちりめんの垂れ下がる藤の簪は禿姿の希紗良に、少しだけ大人びて――けれど控えめな形を玉兎とリディアが。そして、松葉に珊瑚、前挿に三本櫛といった豪奢なものは――。
「あの……本当に私でよいのでしょうか……」
 結い上げられ、そして沢山の簪で重たくなった頭がふらつかないように気をつけながら、愛奈はおず……と一歩前に出る。その姿は遊女姿のリディアと玉兎とはまた異なり、より豪華なものとなっている。小花の散る伊達襟に、比翼仕立ての間着、大輪の花咲く袘(ふき)付きの打ち掛け――そう、花魁衣装をその身に纏っているのだ。
「愛奈さん、よく似合っていますよ」
「わたくしたちのお姉様――んん、姐さま、でしたかしら。よくお似合いですわ」
「はい、キサもとっても素敵だと思うのであります!」
 抜いた衿から覗くうなじも、白粉も、目元にさされた紅も美しい。
 自分に自信のない愛奈は「私なんかが……」と思わなくもないが、ちらりと姿見へと視線を向ければ別人のような自分が淡く笑み、そして近くにはキラキラとした視線を向けてくる顔立ちの幼い三人が居る。少し、悪くは、ないかもしれない。
(せっかくですもの、今日は楽しく過ごしましょう)
 全員の準備が整ってから、よろしくおねがいしますねと微笑んで、四人は別の部屋へと向かった。


(女性の支度は結構掛かるって劉さんが言ってたが……)
 ひとり綺羅びやかな部屋で握り飯を頬張る『竜驤劍鬼』幻夢桜・獅門(p3p009000)は、廊下に人の気配がする度にそちらへとどうしても意識を向けてしまう。客体験が雨泽に申し出れば「遊郭ごっことして接待したいと言うお嬢さん方がいるからここで待っていて」と言われたためこうして待ってはいるのだが……きっと着物選びや簪選びを楽しんでいるのだろう。かなりの間、獅門はひとりきりで過ごすこととなった。
 しかしそれに対して不満はない。今日は遊郭という場を無料で楽しめて、食事も出てくる。これだけイレギュラーズが揃っていれば剣呑なことは起こるはずもなく、休暇だと思って握り飯を頬張っていた。――因みに、綺麗な膳にお上品に少量ずつ盛られた料理は出てきているが、「もっと腹に溜まるものはないか?」と握り飯を拵えてもらったのだ。
「お。これは鮭か」
 沢山の握り飯は、どれも具が違ったのも良かった。次のを齧るのが楽しみになる。
 そうしてひとり握り飯を頬張っていれば、お待たせしましたの声とともに美しい絵が描かれた襖が左右に開かれた。正座して開けるふたりの遊女に、ひとりの花魁。その花魁の背後には禿がひとり付き従っている。
 互いによろしくお願いしますと挨拶をしあい軽く自己紹介を済ませたら、獅門は他の皆にも食事と酒を進めた。自分がまだ酒を呑める年齢ではないからと断りも入れておく。
(親族にこういった場所へ足繁く通っていると思しき者がおりますが……こういう雰囲気ですのね)
 幼い頃はどんな楽しい場所なのだろうと気になってはいたが、もう”そういう事”をする、くらいの知識はある。けれどそれ以外はよく解らなかったが、酒が呑めずとも、詩(うた)が詠めずとも、楽しみ方は色々とあるようだ。
「それでな、その猫、寝ぼけて縁側から落ちたくせに『落ちてませんが? 自分から下りたんですが?』みたいな顔で立ち去ったんだ」
「人も猫も、そういうところ、ありますよね……」
「転びそうになった時に踏みとどまった時とか、な」
 琴を爪弾く希紗良の音がゆるりと流れる中、お茶を片手に獅門が話せばくすくすとさざなみのように笑みが広がる。
 日常で見掛けたちょっとした面白い話をしていれば、それがいつの間にか仕事の話に転じていた――なんてことは、イレギュラーズあるあるなのかもしれない。
「後は……そうだな。お座敷遊び? あれをやってみたい」
 付き合ってくれるかと問う声に、賛成の声が返る。
「道具は……あ。此方にありますね」
「扇と……他にも色々とありますのね」
 動こうとした希紗良にそのまま琴をと頷きで示したリディアと玉兎のふたり部屋の隅に用意されていた道具を取りに行く。お猪口等は酒を使ったお座敷遊戯なためそちらには触れず、手に戻ってくるのは扇と、『蝶』と呼ばれる的と、『枕』と呼ばれる桐箱――『投扇興』の一揃えだ。
 経験者はいるかと獅門が問えば、みな首を振る。けれどやり方は大体解る。枕に立てた蝶に扇を飛ばすのだ。桐箱の中身を浚えば、役が書かれた紙も出てきた。
 花魁の衣装は重いから、遊女のふたりが細々と世話を焼き、場を整える。
「それじゃあ、俺から一投目」
 琴から三味線へと持ち替えた希紗良が獅門の動きに合わせてベベンとかき鳴らせば、ワッと盛り上がる。愛奈も手拍子で盛り上げて――そうして、ひらり。獅門の手から放たれた扇は、ぽとりと落ちた。
「ありゃ、これ意外と難しいな」
「次は姐さまの番でありますよ」
 ベンと三味線を鳴らした希紗良の声に、頑張りますねと少しだけ眉を上げる愛奈。姐さま頑張ってくださいと妹分たちの声援に背中を押されるように、袖を押さえた愛奈の手からも、ひいらりと。
「惜しいな!」
(……少々暑い気がしますね……)
 顔の火照る感じに、愛奈は小さく息を零す。緊張しているからだろうか、それともいつもより着込んでいるのに動いたからだろうか。衿を広げたい気持ちがしつつも、愛奈ははしたないとふるりとかぶりを振って我慢する。
「それではわたくしが」
 枕に乗せることも、上手く立てかけることも、蝶を落とすことも、投げ方が決まっているせいか想像以上に難しい。
 惜しい。今のすごく上手。等の声を掛け合い、イレギュラーズたちは楽しく夜を過ごすのだった。

 どこかの部屋から響いてくる楽しげな声へと少しだけ意識を向けてから、花魁の衣装に袖を通した『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)はそっと姿見の前に立った。賑やかで楽しそうだとは思うけれど、そこに混ざりに行かないのは、鹿ノ子には想い人が居て、たとえごっこ遊びだとしても想い人以外の相手は出来ないから。
(……僕、どういう風に見えてるッスかね?)
 この姿なら、大人っぽく見えるだろうか? それとも、まだ『足りない』?
 姿見に映る鹿ノ子は綺麗な――『一夜限りの花嫁衣装』を纏い、そっと眉を下げていた。
 きっと彼の人は、綺麗だと言ってくれることだろう。似合っているぞと微笑ってくれることだろう。――けれど彼は優しくて、彼は彼の回りに集う人に惜しみなく賛辞を送る。駆け引きのない言葉は甘くて、彼の本心からのものだけれど、『自分だけ』のものではない。
 会う度にどんどん背の伸びていく彼にも、鹿ノ子は密かに焦っていた。殿方の成長期はすごいとは噂には聞いていたけれど、これではなんだか――置いていかれてしまいそう。否応なく心が焦る。
 背が伸びて、顎のラインがシャープになって、指は骨ばって、どんどん大人になっていく彼。
 彼の隣に立って見劣りしない自分でありたいけれど、背が低くて大人っぽくない鹿ノ子。
 釣り合いたい、と思う。彼の隣を歩くのに、不釣り合いだって思われないように。
 大人になりたい、と思う。大人の定義は解らないけれど、彼の胸を高鳴らせることが出来るように。
(置いていかれたくないッス……)
 どうか、彼に見合う乙女でありたい。
 そんな思いを胸に玉虫色の紅を佩けば、少し大人っぽく見える自分が微笑ながら見つめ返してきて。心の中で、綺麗だと微笑う彼の爽やかな声が聞こえたような気がしたのだった。
「こういった装いも悪くないのぅ」
 普段とは違う装いや髪型をあれやこれやと試した五十琴姫は横兵庫に結い上げた姿を姿見に映し、満更でもない顔をした。
(支佐手の奴にも見せてやりたかったが……)
 外つ国の何処かにあると耳にする、『かめら』なる姿を切り取る装置。魂を抜き取るとも聞くが、あれがあればとつい思ってしまう。しかし豊穣では専門の職人の元で大きな装置や機材が必要となるかなりの贅沢品だ。
(いや、あやつの事なぞ知らん! わしを置いて色町なんぞで遊びおって!)
 浮かびかけた幼馴染の顔を思い浮かべ掛けてかぶりを振った五十琴姫は、その後「支佐の奴め……」と口にしながら深酒をすることになる。これもすべてあやつのせいじゃ!
「ルチア、こっちの方が可愛いんじゃない? ほら、布も刺繍も違うし、手触りだって違うもの。せっかくなんだからもっといい恰好しなさいよー」
「ええ……そういうのはオデットの方が似合うでしょ?」
 遊女の格好をしてふたりで女子会をするつもりだった『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)は『スピリトへの言葉』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)からぐいぐいと花魁衣装を押し付けられていた。せっかく女の子に生まれてそれを纏って楽しむ機会があるのなら、それを逃すのは勿体ない! とは親友であるオデットの言である。
 因みにふたりには花魁や遊女がどういった職業かの知識はなく、綺麗な姿で客をもてなす接客業だと思っている。
(それならまあ、元の世界でやったこともあったわね)
 元の世界を思えば、懐かしさが胸を満たす。
 そう、懐かしかったからだ。オデットの押しに負けたわけではないのだ、と大切なことなので記しておこう。
「しょうがないわね。オデットがこの格好したら、見えちゃいけない所まで見えちゃうものね」
 にんまりと意地悪な笑みを浮かべてルチアがオデットを見れば、その視線を辿るようにオデットは自分の胸元を見て……ハッと意味を理解する。
「いや、ちょっとそれどういう意味よ!? あと数千年もしたらもっと美人でルチアよりも大きくなる予定なんだから!!」
「もう、オデットったら。数千年後まで私と友達で居てくれるの?」
「当たり前よ。私たち、ずっとずぅっと親友なんだから!」
 数千年後まで人は生きていられない。それを木漏れ日の妖精たるオデットが理解しているのかは解らないが、オデットの言葉にルチアはそうねと嬉しげに微笑んだ。
 怒って、笑って、戯れて。言い合いながらも着物を着れば、なんだかいつもと違う親友の姿がとても新鮮だ。
「あ、写真撮っていい?」
「記念撮影ねえ。してもいいけど、そんなの撮って何に使うのよ」
「何に使うわけじゃないけどー、ルチアとの思い出作り!」
 撮るわね。記念撮影~と、持ってきたaPhone10を起動させようとするものの。
「あれ、動かないみたい」
「故障したの?」
「そういう訳ではないみたいだけれど……」
 不思議そうな顔でaPhone10を覗き込むふたり。
 それもそのはずだ。aPhoneは内蔵機能に至るまで『希望ヶ浜でしか動かない』。
「動かないならしょうがないわね。記憶にめいっぱい焼き付けましょう?」
「またこうして遊びに来ればいいだけだものね!」
 一緒にいる限り、何度だって思い出が作れる。形に残せなくても、ふたりの楽しかった記憶はふたりの中にずっと残っていくはずだ。
「それじゃあルチア、次はこれを着て頂戴!」
「また花魁~!?」
「まだまだこれからよ。今日はめいっぱい着せ替えちゃうんだから、覚悟して!」
 夜はまだまだ始まったばかりなのだから。
 たくさんの簪にたくさんの着物。
 花魁の衣装の意味が元は花嫁衣装であることを知らず、ふたりはたくさんの美しい着物に袖を通して楽しんだ。
 細い顎を、白魚が掬う。抵抗なく、ツ、と上がった顎先を中指の腹で固定して、残る片方の小指で 『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は紅を掬った。
「むりょ……空観ちゃん、もう少し動かないでね」
 口にした言葉にいらえはない。閉ざされた瞳の瞼の紅と、薄く開かれた唇がその応えと言ってもいい。化粧を施すアーリアの妨げとならぬよう、彼岸会 空観(p3p007169)は静を保つ。
「はぁい、完成! うん、やっぱり唇にも紅を引いた方が似合うわぁ! むりょ……空観ちゃん、もう動いて大丈夫よぉ」
 最近本当の名を思い出した友人の空観の名は、未だ呼び慣れない。たくさん呼ぶ内にきっと慣れていくことだろうが、きっとそれは空観自身にも言えること。出会った時からずっと『無量ちゃん』と呼んでくれていた声は、既に耳にも身にも馴染んでしまっている。
 今までのままでも良いとも思う。呼び方ひとつだ。既に彼女との間には絆が生じているため、呼び方で関係性が変わる訳でもない。彼女の呼びやすいように、彼女が親しみを篭めて呼んでくれるのなら、それが一番だと空観は思っている。――けれど、彼女は本当の名で呼びたいのだろう。そう解るからこそ、嬉しい。
「匂い袋もありますね……香源も用意されていますから、折角なので作って袖に入れましょう」
「あらぁ、雅やかね」
 おねぇさん、そういうの好きよ。柔らかく溶かすように緑の眸が笑みを刻めば、空観の口端も自然と僅かに上がる。
「袖に入れた匂い袋は『誰が袖』とも申します」
 ――色よりも香こそあはれと思ほゆれ 誰が袖ふれし宿の梅ぞも――
 豊穣で纏う衣は、ゆったりとした袖がある。袖触れ合った時に香りが移った袖に、その香りの元の存在は……と思う。慎ましくも強かなその名が好きなのだと語る空観を見て、アーリアも袂に匂い袋を忍ばせた。
「お着替えも済ませたし、気負わずのんびりとお酒でも飲むことにしましょうかぁ、えぇと……空観太夫さん?」
「ふふ、太夫等と持ち上げすぎですよ。紫太夫」
 美味しいご飯と美味しいお酒。
 大好きな友人との楽しい会話。
 過ぎる時間と言葉が幾度も交われば、呼び慣れぬ名にも慣れてきて。
 身も心も満ちた頃、あらと声を上げたアーリアが扇を見つけた。枕に蝶を乗せ扇を飛ばす、投扇興だ。
「ね、折角だしこれで遊んでみましょ!」
 ひいらりと扇を八の字に動かしたアーリアは、悪戯を思いついた子供みたいに頬を上げて。
「勝負をしましょうよ、空観ちゃん」
「……勝負、ですか? 唐突ですね。ですが、宜しい。勝負となれば手加減は致しませんよ」
「望むところよぉ、空観ちゃん」
 負けたら勝った方の言うことを一つ聞く、ということで!
 そうして始めた、投扇興。これがまたなかなか難しい。
 互いに苦労しあいながらも扇を投げれば、白熱する試合にあっという間に夜は更けていく。
「あーん、私の負けねぇ」
「私の勝ちですので……そうですね。私にあだ名をつけて下さいますか?」
 本当の名を呼んで貰うのも嬉しいが、あなただけの特別の呼び名が欲しい。
 空観の言葉に、ぱちりとアーリアが目を瞬く。勝ったらそうしようと思っていたことを空観が口にしたのだ。なんだか心が伝わっていた気がして、アーリアの頬は砂糖菓子よりも甘くゆるゆると綻んでしまう。
「それじゃぁねぇ、くーちゃんって呼んでいい?」
「ええ、アーリアさん」
 ところでもう一戦どう? なんて持ちかければ、空観は次も負けませんよと好戦的に咲うのだった。
「君にはこの柄が似合うと思うんだ」
「………んと」
 どう? と雨泽に見せられた着物を見て、『燈囀の鳥』チック・シュテル(p3p000932)は控えめにこくりと頷いた。こういった場所に今まで縁遠かったチックは雨泽に声を掛け、雨泽は君とならこういう遊びもいいかなと、時を共にしていた。
「雨泽には……ほら、この柄とか似合いそう……だよ」
 示す着物は当たり前だが全て女性のもの。自分たちがいいのかなと首を傾げるチックに、雨泽は「着付けも髪結いも、全て任せてくれていいよ」と笑った。
「……こういうの、慣れてる……の?」
「ん? ああ、着付け?」
「うん」
 そうだねぇと少し言葉を探すようにしながら、雨泽はチックの衿の抜き具合を確かめる。自分よりも、チックの衿は抜かない。見た目は常と変わらぬくらいで、首後ろが少し開くだけに留める。大きな帯枕でふっくらとさせた帯の色と簪の色を合わせて、化粧もする? なんて気安く笑ってみせてから、やっと雨泽は先程のチックの問いに答えた。
「僕には姉と妹がいるからね」


 紅くらい載せようかと玉虫色の紅を小指で引いたなら、僕の力作を見てと姿見の前にチックを連れていき、お姫様みたいだねと雨泽も背後から一緒に覗き込む。綺麗を二揃えと雨泽は楽しげだけれど、チックは少し、落ち着かない。慣れない恰好の自分たちは別人のようだった。
 ある雨の日を共にしたからか、今、雨泽の頭上に笠はない。いつもあるものが無いとつい視線を向けてしまうが……年末からチックも絡んでいる事件の事を考えれば触れないほうが良いのかなと意識的に視線を外し――ふと、部屋の隅に置かれた楽器に気がついた。
「あの楽器……使ってもいい……かな」
「三味線、弾けるの?」
「ん。たぶん……」
「それじゃあ今日は、僕が代わりに歌おうか」
 歌えるの? 簡単なものならね。即興曲は無理だから、これを弾いてよ。三味線とともに置かれていた楽譜を開いた指がなぞれば、チントンシャンと三味線が鳴いた。
「この服を着るのも久しぶりでありんすなぁ」
 自分で着付けが出来ないイレギュラーズたちの手伝いを終えた『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)もまた、綺羅びやかな着物へと袖を通した。かつて花街で名乗っていた名は『彼岸』だったかのう……という程度にしか思い出せなかったが、郭言葉は忘れてはいなかった。
 懐かしいのうとくつりと喉を震わせて笑い、瑞鬼は思案する。大部屋で賑わう仲間たちに混ぜてもらうか、それとも勝手がわからぬ者の世話をしてやるか……さて、どうしようか。
「ん?」
 とりあえず厨で酒でも貰ってこようかと部屋を出たところで見知った顔を見つけたものだから、流石に瑞鬼も目をぱちりと瞬いた。
「お主はなんでここにいるでありんすか?」
「いや、なに、たまたま近くにいたんだがお前を見つけてな」
 大門をくぐる姿を見つけて後を追ったら、この黒鴉屋へと入っていった。その先も追おうとしたが貸し切りだと楼主に言われて門前払いをくらい、どうしたものかと思っていたところを笠を被った神使がいいよと入れてくれたのだと言う。知り合いというのが偽りであれば、瑞鬼が切り捨てるだけだろう、と。
 刀子の言葉になるほどと得心した瑞鬼は今しがた出てきた部屋を指差して、そこで待っておれと告げて厨へと酒を取りに行った。
「お主は最近何をしていたでありんす?」
「最近はお前たち神使があれこれ動いているからな。我も少しばかり調べていたところだ」
 刀子の手にある盃に酒を注ぎながら問いかければ、かつて刑部省や兵部省に在籍していたこともあったからか、刀子は刑部省が動いていることに感づいていることが知れた。酒盃に揺れる波紋を目で追ってからぐいっと一気に煽り、その姿を見た瑞鬼も自分の盃に酒を注いでぺろりと舐める。
 瑞鬼と刀子は数百年来の知己で、家族に近い間柄だ。刀子にならば知られても良いだろうと、近況を語り終えた頃には幾つもの銚子が空になっていた。
「さて、つまらん話はここまでにして後は楽しませてもらうとしよう。なぁ、彼岸」
「ええ、任せておくんなまし。わっちとの夜はまだまだこれからでありんす」
 ふたりの夜は、更けていく……。

成否

成功

MVP

松元 聖霊(p3p008208)
重ねた罪

状態異常

なし

あとがき

素敵な一夜になっていましたら幸いです。
……一部ハメを外しすぎてしまった方もいらっしゃいますが!

再現性東京辺りのサブカルチャーだと肩出し衣装かもしれませんが、遊郭の遊女は衿を抜いてうなじを見せるだけで半衿の合わせの見た目は常通りだったりします。うなじから背中のラインが見えるととても色っぽいのです。比翼仕立て間着辺りを開いていたり、鎖骨が見えるくらいとかはあります、ね。
ですが、皆さんは個室で個人で楽しんでいるので、着たいように着てくださっていいのです。
綺麗なおべべのイラスト楽しみにしています!!!ね!!!!!!

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