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シナリオ詳細

<咎の鉄条>雷暝降り注ぐ地

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●雷冥の落ちる場所
 曇天が稲光を孕み、ゴロゴロと鳴いている。
 空の下、身を屈めて慎重に傭兵達が前に進んでいた。
「隊長、この天気、おかしくないか?」
「ええ、そうですね……というか、恐らくですがこれは……」
 部下の言葉に隊長らしき傭兵が頷いた。
 空を見上げれば鮮やかに走る雷光。
 ひときわ大きく、鋭く、短い雷光が走り、遅れて雷鳴が轟いた。
「落ちた!?」
「……」
 部下の呟きに、隊長の表情はますます険しい物へと変わっていく。
「隊長?」
「……しっ、息を殺して身を屈めながら進みましょう」
 口を閉じるよう命令して、益々慎重を期して進めば、ひとまずの目的地へたどり着く。
 そこは幻想種達が同胞のために用意した休息所にして、警備隊達の駐屯地。
 茨に覆われ、もう先へは進めそうにない。
 開けた駐屯地には複数の影がある。
「あぁ――やはり、そういうことですか」
 その光景を見て、隊長は感嘆の息を漏らす。
 先程から立ち込めているその雷雲が、稲妻が、自然現象でないことは、薄々と分かっていた。
 まず第一に、雷雲が地上に近すぎる。せいぜいが地上2、30m程度しかない。
 第二に、幾度も落ちているのに一度も気が焼ける匂いも音も火の手も上がらない。
 それは、この現象が何者かの意識をもって行われている現象――ありていに言えば魔術の類であることを示している。
「……あれのせいですか」
 隊長は立ち止まると共に小さく呟いた。
 視線の先、そこには怒れる何かが雷光を伴って立っていた。
 それはまるで深緑に住まう幻想種のように、耳が長く、人のような形を取っている。
 ただ、それが物理的な生物ではないことは明らかだ。
 それの身体は、文字通り、雷で出来ていた。
 それを取り囲むのは、人型の魔物と数匹の大型狼のような魔物。
 羊角の生えた獅子頭人身に大鷲の翼、合成獣を思わせるその魔物は狼を率いているようにも見える。
 戦場のそこかしこには稲妻に撃ち抜かれたらしき狼の死体が転がっている。
 人型の魔物はその手に闇色の球体を生み出したかと思うと、そこから複数の小さな闇の刃が放たれ、人型の雷へ炸裂する。
 直後、まるで鏡写しのように放たれた雷光が人型の魔物を撃ち抜いた。
「隊長、あれ、なんすかあの魔物……!」
「……さぁ、よく知りませんが魔物ですから、そういうのもいるでしょう」
 雷光の塊よりも魔物に注意が言っている部下にそれだけ返して、隊長は静かに敵の様子を見る。
(多分、あの雷の塊みたいなのは、たしか大樹の嘆きとか呼ばれているやつでしょうか)
『――――』
 大樹の嘆きが、なにがしかの声を上げて手を空へ掲げ――雷鳴が轟き、傭兵の視界は白く塗りつぶされた。
 眩い白光が収まれば、狼の一匹が痺れながら体勢を崩す。
 怒るように猛る狼の魔物が雷光の塊へ飛び掛かり、対応するように伸びた腕を喰らいつき、反撃の雷光が槍のように伸びて狼を貫く。
 相次ぐ狼たちの吶喊の最後に、人型の魔物が手に闇色の剣を召喚して襲い掛かり、そのまま自身の身体に闇を纏って格闘戦へ。
 そして、それらを受け止め切った後、稲光が爆ぜた。
「どうやら、こっちにはまだ気づいてないみたいですね」
「えぇ、退きましょう。依頼主にこのことを知らせるほうが先決です」
 部下の言ったことに頷いて、決断を下した隊長の指示を受け、彼らはそっとその場を後にする。
 後ろから、再び雷光の降り注ぐ音と輝きが背中越しに感じ取れた。

●遥か遠く閉ざされた私の故郷へ
 深緑を覆いつくした茨の調査は徐々にだがその成果が伝わってきている。
 それらの情報を見やすい環境であろう情報屋の立場を考えれば、不安な気持ちが増してもおかしくはないか。
 君達が招集されて情報屋の下へ訪れると、そこにいたアナイスと言う幻想種の女性は少しばかり俯き気味だった。
 どこか申し訳なさそうにも見えるのは気のせいだろうか。
「……皆様、私の故郷を見てきてくださりませんか?
 自分の私情のように思えてしまって、今までどうしてもお願いできなかったのですが。
 こういったことは、その……情報屋としてどうかと思うのです。
 ですが、やはりどうしても気になってしまって、傭兵の方に偵察をお願いしたのですが」
 明るい黄緑色の髪の間から覗く耳は長く、彼女の種族が幻想種であることを教えてくれれば、彼女の故郷も深緑の向こう側なのだと分かる。
 どうやら罪悪感のようなものが滲んでいたのは一部私情のように感じているからのようだ。
「私の故郷へと通じるルートに休憩所兼警備隊の駐屯所があるのですが、
 その地に大樹の嘆きが出現していました。
 雷で出来た女性幻想種のような姿をした大樹の嘆きは、魔物と交戦しているようでした。
 その魔物が直接大樹を傷つけた結果に嘆きが生じたのか、居合わせた魔物に攻撃しているのかは不明です。
 大樹の嘆きである以上、この個体も恐らくは無差別に攻撃を行なうでしょう。
 どうか、鎮めてください。私にはそれをお願いすることしかできないのは、歯がゆい事ではありますが……
 皆さんなら、大丈夫だと信じていますから」
 そういうアナイスは罪悪感と不安、心配なんかが入り混じった表情を覆い隠すように笑った。

GMコメント

こんばんは春野紅葉です。

●オーダー
【1】大樹の嘆きの討伐
【2】魔物の討伐

●明確な失敗条件
【1】フィールドの消滅

●フィールド
 深緑国内の郊外部。小川が流れる開けた広場のようになっており、警備隊の駐屯地兼休憩所であるとのこと。
 戦場の周囲には大型の狼のような魔物の死体がゴロゴロと転がっています。
 休憩所の中には警備隊や休憩中だった人らしき幻想種が眠っています。

●エネミーデータ
・『雷樹』フードル
 雷が幻想種を象ったような姿をした大樹の嘆きです。
 皆さんの介入後も一応は魔物の優先的排除を試みます。
 一応は知性もあるかもしれませんが、対話を試みることはできません。

 非常に豊富なHPと高い神攻、反応が特徴的な反面、防技や回避はさほど。

 空に浮かべた雷雲から雷を振り下ろす単体or域相当攻撃のほか、
 自分の身体を構築する雷を槍のように伸ばして貫通攻撃を行ないます。

 また、この雷には【痺れ】系列、【乱れ】系列、【麻痺】をもたらす効果があります。
 その他の特徴として【反】を持ちます。

・『冥路の亜獣』リオーグル
 頭部に羊角を生やした獅子の頭部に人の身体、大鷲の翼を持つ魔物です。
 皆さんの介入後は皆さんを優先的に攻撃してきます。
 一応は知性もあるかもしれませんが、対話を試みることはできません。

 物攻、防技、EXAが高めな反面、HP、回避は並み、それ以外などはさほどありません。

 闇色の剣を召喚して攻撃してくるほか、
 全身を闇で包み込んで格闘に持ち込んでくるなど、近接~至近系の攻撃が主体です。
 その他、物質化した闇の刃を飛ばす遠単攻撃も行います。

 攻撃には【邪道】【追撃】効果がある物が多く、【足止め】系列のBSを用います。
 またその他の特徴として【復讐】を持ちます。

・狼型魔物×8
 大型の狼型の魔物です。
 フードルへと攻撃を試みますが、ぶっちゃけ雑魚です。
 ほっといてもフードルの攻撃で勝手に死にます。

●その他状況
 なお皆さんが介入しない場合、
 大樹の嘆きとリオーグルは焦れたように自爆的な超高火力攻撃を行ないます。
 その場合、この駐屯地一帯が文字通り吹き飛びます。

 そうなれば駐屯地にいる人々は消し飛ぶでしょうし、
 皆さんも相当な大けがを負ってしまうでしょう。

 この場合、当依頼は失敗となります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <咎の鉄条>雷暝降り注ぐ地完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2022年03月20日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
優しき水竜を想う
サイズ(p3p000319)
妖精■■として
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)
蒼剣の秘書
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
Я・E・D(p3p009532)
赤い頭巾の魔砲狼
煉・朱華(p3p010458)
未来を背負う者

リプレイ


 雷光が視界を白く染め上げた。
 やや遅れて雷鳴が落ち、破裂音が轟く。
「深緑が茨に覆われたうえに、大樹の嘆きですか……」
 戦場へ足を運んだ『永訣を奏で』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は小さく息を漏らす。
 他にも同様に存在する案件でクラリーチェが相対してきたのは、この戦場でも広がる茨が敵であったもの、その正体こそ定かではないが、炎で出来た何らかの存在だ。
 目の前にいる雷光爆ぜるナニカは、どちらかといえば後者に近いものに思えるが。
「ここでも嘆きと魔物の戦いか……残念だな。
 会話が出来れば今起きていることの事情が聞けるかもしれないのに。とても残念だ。
 嘆息する『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)の言葉もさもあらん。
 魔物と嘆き――いわば当事者同士、対話さえ可能であれば確かに重要な情報が聞き出せたかもしれない。
「こういう状況を見てると大樹の嘆きも悪いやつには思えないというか、防衛機構とかいうのも納得なんだけど。
 いや、放置すると吹っ飛ばすんだっけ? やっぱり駄目だわ」
 ぶつかり合う2つの尋常ならざる存在を眺めつつ、『スピリトへの言葉』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)も広場の中へ入りつつ、視線を『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)に向けた。
 視線を向けられたサイズの方は、表情が酷く硬い。
 幸いにして、妖精郷自体は封鎖されていて多くの妖精たちは無事という話だが。
(妖精郷から外出して、そのまま深緑に取り残された妖精達が心配だ……)
 その一方で、妖精郷の外、深緑に外出していた妖精の消息はつかめていない。
(ふう、落ち着け……今は出来ることをやらないと……そうだ、目の前の敵……目の前の敵を撃破しないと……)
「こら、相変わらず張り切りすぎなのよ
 無茶して怪我しちゃだめよ? あなたが大怪我したらなんか私のせいみたいに思えるんだもの」
 握る『本体』に力が籠るサイズをオデットが小突いてやれば、彼はハッと我に返ったような様子を見せる。
「そうですね、オデットさんが後衛にいるんだ。
 妖精武器として無様な戦いは出来ないし、心配かけたら妖精武器の名折れ……全力で行くぞ!!」
 そういうや飛び出したサイズにオデットは少しばかり呆れた様子を見せつつもついていく。
「大樹の嘆きは兎も角として、交戦している相手の方は……
 複数の既知生物の特徴を部分部分で組み合わせた生物など、明らかに自然の存在ではありえない。
 まるで……錬金術で製造されたキメラのよう……」
 合成獣(キメラ)を思わせる――組み合わせで出来た生き物、と言うカテゴリーで見ればそのものともいえる――存在に視線を向けるのは『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)である。
「要するに連中をぶっ倒せば良い訳だ。
 シンプルで分かりやすくて、良いじゃねえか、HAHAHA!」
 少しばかりステップを踏んで身体を温め、『喰鋭の拳』郷田 貴道(p3p000401)も真っすぐに走り出す。
 もちろん、目的が人助けだってことは分かっているが――『楽しむ』ことで結果として勝つのだから気にするほどではないと。
「故郷が気になるのは当たり前だよね……私だって、ファルカウの人たちがどうしているか毎日とても心配だもの」
 そういう『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)も、実質的な依頼人である情報屋アナイスの気持ちはわかる。
 師匠の無事こそ確認できたが、茨の向こう側、深緑の奥地には両親がいる――はずだ。
「故郷が大変な事になっているのなら不安になるのは当然でしょ。
 朱華だって故郷が……フリアノンに危機が迫っているなら同じように動こうとするしね」
 長剣を抜いた『炎の剣』朱華(p3p010458)は情報屋の言っていたことを思い出しながら、近くて遠い自らの故郷に少しだけ思いをはせた。
「アナイスは事前に傭兵を偵察に出して、その上で依頼を出した。
 朱華達はその依頼を引き受けた。そこにいつもと違いがある訳じゃないもの。
 だから――此処から先は朱華達の仕事ね」
 闘志を燃やして、前を向いた。
「どうあれ、悪いけれど、そこに居座られる訳にも自爆される訳にもいかないのだわ
 本当は、対話をして道を譲って貰えればそれが何よりなのだけれども……」
 そういう『嫉妬の後遺症』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)が一歩前に出る。
 当然、対話してどうにかなるような相手ではないことは明白だった。
 事実、イレギュラーズの登場に気づいたらしい獅子頭の魔物リオーグルが大きく跳躍して間合いを開けて、視線を雷光からイレギュラーズ側に向けてきた。
「そうだね、大樹の嘆きと魔物が争っているのなら、本当は放置してたいんだけど……」
 両者の状況を見ていた『赤い頭巾の断罪狼』Я・E・D(p3p009532)も頷きながら戦場へ入る。
 大樹の嘆き――フードルは全身からより一層と雷光を迸らせ、リオーグルはそんな雷光さえ飲まんばかりに闇を濃いものに変質させつつあった。
「今回は仕方が無いよね、キッチリ素早く両方とも蹴散らそうか」
 あのまま放っておいたら、2体が放つ大技は互いに干渉しあい、最悪の事態を呼んでいただろう。


 戦場にいる敵のうち、Я・E・Dの反応速度に追いつけるものなどいなかった。
 闇色の鎧に身を包んだ魔物、そこへ照準を合わせ――Я・E・Dは身体の中から呼び出したマスケット銃を握る。
 幻影より放つは不死者を殺す魔弾に非ず。
 より破壊的に、より効率的に相手を破砕するための極限の魔弾。
「近づかれる前に、打ち倒せばいいだけ!
 全霊を以って放つ魔弾は3発。その全てがリオーグルの身体へと叩きつけられた。
 守りを貫通し、遥かな向こう側まで届く砲撃の3連撃にリオーグルの視線がЯ・E・Dを見る。
「さあいらっしゃいな、私程度を倒せないようではどちらにせよお話にならないだわね!」
 そう華蓮が宣告するのと同時、目を眩ませる緑色の閃光が瞬いた。
 鮮やかなる閃光はリオーグルの視界を一瞬にして焼きつけ、痺れを引き起こす。
 それは、華蓮を見守る神の加護に彩られた躱すことの出来ぬ因果の魔術。
 それだけでは終わらない。
 唸るリオーグルのその足元、フィールドにある茨とはまた別の茨が絡めとっていく。
 それは嫉妬の発露。茨を象る魔術さえも、神の加護は十全だ。
「涙の日、裁きの時。 罪深き者よ、灰の中より蘇らん。神よ、主よ。彼の者の罪を赦し給え――」
 Я・E・D、華蓮の圧倒的反応速度に続くように、アリシスは詠唱を終わらせた。
 簡易なりし鎮魂と浄罪の秘蹟。
 放たれるは神の裁き。鮮烈たる輝きはリオーグルの身体を包み込んでいった。
 浴びせられたそれは聖者の罪を暴き灼く。
 光の収まる頃、魔物は雄叫びを上げた。
 先手を取ってリオーグルへと連撃を叩きつけた――その直後、一瞬の隙間があった。
 ゴロゴロと音が鳴り、雷雲が孕む稲光が激しく瞬く。
『――――!!』
 言葉にならぬ声が響いて、雷光が降り注ぐ。
 先手を取ったイレギュラーズがどちらかと言えば間合いを開けて戦う手合いであったことも幸いし、雷光はリオーグルとその周囲にいた狼のみを撃ち抜いた。
 全てを白に塗り潰すような閃光を受け、笑ったのは貴道だ。
「HAHAHA! ナニで出来てるのかは知らねぇが、たっぷり楽しませてくれよ!」
 凄絶に、獰猛に笑って、貴道はリオーグルの懐へと跳び込んだ。
 全身のバネを利用して、思いっきり画竜点睛を穿ち、打ち上げられたリオーグルがやや放物線を描いていく。
 それをステップで追いながら、ウィービングしながら少しだけ前に出て、懐に合わせるように拳を抜いた。
 美しく伸びた拳は、リオーグルの懐へ突き立つように刺さる。
 流れを絶やさず、もう片手でブローを撃ち込んで、けれど立ち上がった魔物に、胸が躍る。
「エクセレント! それでこそだぜ!」
「全力で斬り伏せてやる!」
 貴道の速度に追いつかんばかりに走り出したサイズが飛翔し、リオーグルへと駆ける。
 血色の鎌はサイズの思いを乗せるようにより紅く染まり、それを塗り潰す黒が刃先に揺蕩う。
 それはもしかすると、焦りから来るものであったか。
 あるいは、それほどの気迫があるが故であったか。
 鋭く走る斬撃がリオーグルを2度に渡って捉え、大きな傷を生み出す。
「咲いて! ――ラヌン・シレリフォリス!」
 クロランサスを用いた魔力制御でリオーグルの足元へと方陣を構築したアレクシアは、鋭く短く叫べば。
 パスの通った魔方陣が鮮やかな光を放つ。方陣の中心へ描かれた小さな黄色の花がより強く輝けば、そこから茨状の魔力がリオーグルを捉えた。
 美しく咲く花が毒を持つように、リオーグルを絡めとった茨がその内側に持つ毒性を露わにした。
 ウィリアムはその後を継ぐようにして走りだす。
「あれにあまり時間をかけると拙そうだしね……」
 杖の切っ先、幾重にも魔力を集めては圧縮を繰り返し、先端には眩いばかりの輝きが放たれる。
 全体重を乗せて、思いっきり殴りつけるように先端を突きつけ、後は抑えていた力を外し――それだけでいい。
 抑え込まれた魔力は炸裂と同時、リオーグルの身体へどうしようもないほどの痛烈なる傷を刻み付け――ミシリ。
 その身体に、僅かながら罅が入る。
 その身体をそのままに、一度体勢を崩したリオーグルが小さく唸り――その姿を消す。
 同時、アリシスは咄嗟の判断で槍を構え、衝撃が腕に伝わった。
「なるほど――中々重い攻撃を」
 大本の闇の剣を槍で防ぎ――剣身からあふれ出した小さな刃を、魔力障壁で抑え込む。
『グゥゥル!!!!』
 唸り声と同時、連撃が始まった。
「今日の私は悪戯モードよ。その足、動けないようにしてあげるんだから!」
 リオーグルより放たれた連撃は幸いにしてオデットとは別の仲間達に向けて撃たれたものだった。
 だがその脅威的な回転率は間違いなく無視するわけにはいかないものだ。
「熱砂の精よ、どうか手伝ってちょうだい!」
 オデットの言葉に応じて、ふわりと姿を見せた熱砂の精がゆらゆらとリオーグルの方へ飛んでいき、その周囲を旋回する。
 乱れの生じた魔力は、砂嵐となって具現化し、リオーグルをその中心へと捉える。
 それに続けるように、鐘の音が響く。
「回復を怠るつもりはありませんが、今回はやや攻撃的に参ります」
 普段よりもやや前のめりに、クラリーチェは葬送の鐘を鳴らす。
 静かな音色が呼び寄せるは、大地より奏でる迎えの歌。
 四方よりリオーグルめがけて盛り上がった土がその身体に覆いかぶさっていく。
『ぐぅぅぉぉ!』
 耐えるように魔物が吼えるのに合わせて、クラリーチェはもう一度鐘の音を鳴らす。
「森に住まうのは、幻想種だけではありません。精霊種もいれば、自然の生き物も沢山います。
 動植物全ての命の揺り籠でもあるこの場所は、常に静かで優しくあるべきです。
 その邪魔をするというのであれば、赦すわけには行きません」
 それは断罪にも似た音色でリオーグルを押し込めていく。
「近づいたら危ないっていうのなら、近づかせなければいいってわけね」
 朱華が静かに手を天へ掲げれば、その掌に炎が渦を巻き始めた。
 それは朱華が持つ力。その身が支配する烈火――それはやがて、朱華のイメージに合わせて炎の剣へと姿を変えていく。
 宙へ浮かび上がった炎の剣へ、朱華は留めなく魔力を注ぎ込んだ。
 質を、規模を膨張させ、朱華が手にもって振るうには到底不可能なほどに大きな長大なる剣としたところで、手を振り下ろす。
 刹那、高速で飛翔した炎剣は真っすぐにリオーグルの身体へと炸裂する。
「もう、一発!」
 もう片方の手で同じようにして構築した炎の剣を今度はアンダースローで投擲するように振り払えば、追撃となったそれもまたリオーグルへと炸裂する。


 迸る雷光と呑み込まんとする闇。
 交錯するように2つの力は、その矛先を異としている――とはいえ、それはどちらがイレギュラーズへの味方を意味するものではない。
 視界を塗り潰すような雷光が落ちて、リオーグルごとイレギュラーズを焼くことは多い。
「いつか見た私の友達、どうかまた、手を貸して頂戴」
 オデットは目を閉じ、静かに術を起こす。
 呼びだされるはこの世に存在する物とは異なる精霊たち。
 その羽が美しく燐光を放ち、思い起こす古き友人との絆を世界へ反映する。
 リオーグルの足元に陣が浮かび上がったかと思えば、足場は突如として泥へと変質を遂げる。
 同時、空に浮かんだ魔方陣より突風が放たれ、リオーグルの膝辺りまでを泥の奥にまで押し込んだ。
 駄目押しとばかり、その足元が凍り付いていく。
「あなたのような異物を長く留めておくわけにはいきません。
 私の力は森に静寂と優しさを、人々の眠りに安らぎを与えるために……」
 クラリーチェは、静かに鐘の音を鳴らし続ける。
 鐘の音に導かれて隆起した大地がリオーグルの鳩尾辺りを撃ち抜き、一瞬の怯みをもたらす。
 その刹那、背中へのしかかった土が引きずり込むように抑えつけた。
 朱華は既に炎を剣に変えていた。
 そのまま生み出された灼炎の剱を幾つもの小さな剣へと分裂、次いで形を変えて無数の鏃とする。
「魔物を優先するって言ったって、こっちに遠慮してくれる訳でもないし、さっさと決めるだけね!」
 無数の鏃のようになったそれを空へ浮かべれば、一斉に射出。
 炎の鏃と化した灼炎の剱は雨のようにリオーグルの身体へ降り注ぎ、焼き尽くす。
 死を齎す魔王の焔雨を受けて、零れるようにリオーグルが放り出される。
 気づいた時には、既にリオーグルの身体は怯んでいた。
 其は神の意志。華蓮の身に映る三位一体、三柱一組が神の意向にして神威である。
 それは華蓮の身へと牙を剥かんとする愚か者への神罰である。
 神威を伴う攻勢防御、巫女を守るべく相対する悪意がリオーグルを呪い潰す。
「そこでじっとしているのだわ!」
 動きを止められたリオーグルへ、華蓮は静かな宣告を告げる。
 その視線の先、奇跡に愛されぬ亜獣は神の罰に身動きを封じられている。
「敵の傷が増えてきたね、一気に畳みかけよう!」
 Я・E・Dは再び全霊の魔力を束ねるや、魔弾に変えてぶっ放す。
 3発の魔弾は戦場を抉り、大気を裂いて走り抜ける。
 直線上を穿つ鮮烈の魔力砲撃を受けて、身動きのとれぬリオーグルの身体に複数の致命傷が刻まれる。
『――――』
 手を空へ掲げたフードルが言葉に至らぬ声を上げれば、再び白が戦場を塗り潰す。
 刹那の間にあったのは獣の一瞬の断末魔と、それを掻き消す雷鳴。
 襲い掛かってきた狼全てを瞬く間に消し炭に変えた雷の化身は、そのまま視線をイレギュラーズとの交戦を続けるリオーグルへ向けた。
「アレクシアさん――!」
 それに気づいたЯ・E・Dが叫ぶのとほぼ同時、魔力の花弁がフードルの身体を切り裂いた。
 それはアレクシアが放った魔術だ。
「皆の戦いを邪魔させない……! あなたには聞きたいこともあるから!」
 ふわふわと残された魔力の残滓が秋に咲く小さな花のように散っている。
『――――』
 言葉のない声が響き、フードルの腕が伸びる。
 稲光が徐々に質量を増していく。
 アレクシアは花を思わせる魔力障壁を展開しながら、真っすぐにフードルと視線を交え続ける。
「あなたはどうしてそうも荒ぶるの!? 森に何が起きているの!?」
 叫びながらも縋るように問いながら、フードルの思考を読もうと試みた。
 だが、感じ取れたのは嘆きのみで――次いで怒り。
 その怒りはこの事態に対するものではなく、アレクシアのリーディングに気づいたがゆえのものだ。
(流石に至近距離での戦闘は分が悪いですね……)
 アリシスは思考する。
 戦乙女の槍は槍の残骸より再構築した魔道具。
 あまり物理で結ぶようなことに使いたいわけではない。
 一気に後退して間合いを開ければ、追わんとリオーグルが動く。
 ほぼ同時、アリシスは戦乙女の槍へ魔力を注ぎ込んだ。
 発言するは黒の聖典が業の1つ。
 槍の穂先をリオーグルへ向けて構え――放たれたのは衝撃の刃。
 赤い蛇を思わせる蛇行と色を以って疾走したそれらは、リオーグルの身体へ食らいつけば、そのうちにある悪意を注ぎ込む。
 その上、リオーグルは執拗だった。
 視界を塗り潰す闇が剣を受ける者へ襲い掛かる。
 それはフードルの放つ雷光さえも呑むように、幾つもの傷を刻んでいく。
『メザワリナ、オンナメ!』
 唸るような声と共に飛び込んだ魔物は、その身体を闇の鎧に包み込み、その剣は当初よりも遥かにそのキレを増している。
 魔物の言葉は理解できる。けれど、それと意思疎通を図ることはできなかった。
「HAHAHA! オレを無視できるってか?」
 獰猛に貴道はリオーグルの猛攻の間を縫うようにして拳を撃ち込んだ。
 餓狼の拳より放たれる苛烈なる根源的なる暴力が、罅いるリオーグルの身体へ幾つもの致命傷を生み出していく。
 小さな唸り声など何するものか。
 左ジャブから始まった尋常ならざる拳の連打の終息へ向け、最後の一発。
 握りしめた拳は真っすぐに走り――魔物の心臓部分を貫いて、何か硬いものを粉々に破砕した。
 たたらを踏んだリオーグルは、心臓であろう部分を撃ち抜いてなお、倒れていない。
 貴道の拳は必殺を為す。それでなお、死んでいないという事はまだ根本的な体力は残っているのだろう。
「……死にぞこないか」
 ほんの僅かに残っているであろう命を刈り取るようにサイズが飛び出した。
 握る鎌に力が籠る。
 その刃に乗せるのは、サイズ自身の精神性――あるいは妖精を守るという使命への覚悟。
 振り払う斬撃は美しくも残酷に首を狙う。
 振り払った勢いを利用して、より鋭利に、より必殺の気迫を乗せて斬り降ろした。
「もうそろそろか……皆、小休止も入れとこうか」
 愛杖を立てるようにして持ち、静かに詠唱を紡ぐ。
 ウィリアムが紡いだ詠唱は魔力を帯び、仲間達の魔力を、闘志を回復させた。
「これで――」
 過剰なまでに魔力の籠められた杖の先端は淡く輝きを放つ。
 体重を乗せるようにして思いっきり叩きつけた刹那――撃ちに秘められた魔力が暴発を起こす。
 接地面が崩壊するように砕け、次いで全身に罅が入ったかと思えば、ボロボロと自壊するようにして崩れていった。


「貴方が暴れてるのは理由があっての事かもしれないけど、
 これ以上暴れられると困る人が沢山出てくるんだ。
 ここから先は、わたし達も本気で倒させて貰うよ?」
 Я・E・Dは静かに手に持っていた携行品を幻影の銃へと籠め、魔弾として装填する。
「いくらこの魔弾があろうと、長期戦になるのは避けたい……速攻で片を付ける!!」
 ドウ、と放たれた閃光は黒きオーラのその先端、魔弾として籠められた灼熱が如き赫に引きつられて戦場を突っ切った。
 魔弾の炸裂と同時、赫の魔弾はフードルの身体へと浸透し、内側から封じ込める。
 同時、Я・E・Dは続けた魔弾をぶち込んでいく。
 華蓮は連撃を受け、そのたびに雷光を放つ雷の塊を真っすぐに見つめた。
 追走する緑光。目を眩ませる緑の閃光は、白き雷光を塗り潰すように瞬いた。
 刹那の瞬きであった幻惑の光はフードルの身体、その一部を緑色の輝きに塗り替える。
 同時、手を伸ばした華蓮に合わせるように伸びた茨は雷光の身体を縛り上げ、蝕んでいく。
「ほら、私を止めない限りこの攻撃は止まらないのだわよ!」
 宣告するように告げた言葉はある種の自負であった。
『――――』
 雷光が戦場を貫いた。
 全てを呑むような白が視界を覆いつくし、身体が焼けるように痛む。
 戦場を焼く雷光はあまりにも眩く、やや遅れて静寂を切り裂く雷鳴は鼓膜を突き破らんばかり。
『――――』
 言葉なき声にあるは怒りと嘆き。
 それにはイレギュラーズと魔物の別などあろうものか。
「あとは……貴女を鎮めるだけですね」
 眼前、雷光を迸らせるフードルへ、アリシスは静かに視線を合わせる。
 戦乙女の槍をやや前へ向けて翳すようにして構えれば、魔力が飽和して小さな有翼の魔力体を作り出す。
 小さな妖精のようにも天使のようなものにも見える謎の存在は、アリシスの意識に応じるようにしてふわふわと舞いながらフードルに向かっていく。
 放たれた妖精は小さく、けれど扇状に広がる魔術のように、一斉にフードルを呪う。
「HAHAHA、生木の化け物たぁ殴り甲斐がありそうで結構結構!
 そこらの樹木だったら大した抵抗感も無くぶち抜いちまうが……ユーはどうだい?」
 貴道はその反撃を見ながら笑うと、フードルの懐へ飛び込んだ。
 アッパーカット気味に撃ち込んだ拳が雷光を穿つ。
 触れているのかもよくわからない感触のそれに、そのまま連撃のデンプシーロールを叩きつけた。
「HAHAHA! いいね! 期待は裏切らないな! もっと殴り合おうぜ!」
 白く塗り潰すような雷光と轟く雷鳴を物ともせず、いや――雷さえ穿ち貫く拳でもって真正面から殴りつける。
 サイズは深呼吸を繰り返していた。
 心を落ち着かせよう。落ち着かせなくては、勝てるものも勝てなくなる。
 そう、自らに言い聞かせるようにして、深呼吸を繰り返す。
 そうやって、自らの周囲に氷の結界を張りなおして敵を見た。
 眩き雷光の化身は天へと手を掲げ、次の一撃を狙い澄ましている。
 意識を後ろに向ければ、オデットもそこにいるはずで。
「勝つ――勝って、次に行くんだ。
 ――姿の見えない妖精たちのためにも」
 握りしめた『自分』に、力を込めた。
 やがて血色のオーラを帯びた大鎌を引きずるようにして走り抜け、フードルの首筋めがけて鎌を薙いだ。
 自分自身を軸にして遠心力を生んだ斬撃の軌跡は、美しく残像を残しながら血色の閃光を払う。
「私達は森を守りたいの! 住んでいる人を、自然を、動物たちを助けたいの!
 貴女に聞こえるのかは分からない。でも、これだけは分かってほしいの!」
 パンドラの加護に包み込まれて、アレクシアは眼前の化身へ視線を合わせる。
 2つのブレスレット型魔道具の出力を限界まで高めていく。
 その直後、足元へと広がったのは美しくも禍々しい大輪の花。
 溢れ出すのは悲しき慟哭、眩く輝く呪いの花は、フードルを包み込んで鮮やかな光を放つ。
「此処で決着をつけよう。深緑に炎は厳禁だけど……君を鎮めるにはこれが一番だからね」
 ウィリアムは愛杖を構え、手を差し伸べるようにして掌を軽く上に向ける。
 その手に浮かぶは極小の炎。ちりちりと燃えながら、まるで花弁のようにふわふわと浮かぶ。
 やがてそれは渦を巻きながら天へ上がり、風に乗って戦場を駆け抜けた。
 フードルへと叩きつけられた極小の炎は、花吹雪の如く咲き乱れる。
 それは何度も何度もフードルの身体を指し穿つ。
 炎はフードルの身体を塗り替えるように散り散りに燃えている。
「あんたを悪い奴には思えないけど、やりすぎだわ」
 オデットはフードルへと告げながらも、静かに熱砂の精霊を呼ぶ。
「だからちょっと落ち着きなさいな!」
 精霊に願いを告げた刹那、フードルの雷光を遮るように砂塵が吹き荒れる。
 重くのしかかるような砂塵は白光を呑み込み、グルグルと渦を巻いて熱砂の嵐を吹き荒れる。
 嵐はフードルを縛り付け、その身体の動きを抑えつける。
 砂嵐の向こう側、苛立つように雷光がその輝きを増したように見えた。
 クラリーチェは葬送の鐘を鳴らす。
 美しき音色は人々を落ち着かせる音色。
 聖歌にも等しき荘厳にして穏やかなる歌が響き渡る。
 輝かしき讃美歌の音色は前線にて傷つく仲間達を癒していく。
「貴女の嘆きには思うところがないとは言いません。
 ……ですが貴女の行ないによって、眠りを妨げられる魂もあるでしょう」
 フードルへと寄り添うように声を掛けれる。
 けれど、フードルから聞こえてくるのは深い嘆きのみ。
 あるいはそれは、それが出来るほど秀でた存在ではないからか。
「例え、アンタが反撃の手を取り戻そうと、蘇rを恐れて手を緩めるなんて戦士の名折れ――全力で行くわっ!」
 朱華は深く鮮やかな真紅の剣を作り出し、温かくも鋭き紅蓮の炎を剱として、投擲する。
 空を往く紅蓮の剣がフードルへと貫いて。
「大方さっきの魔物達が暴れてアンタが出てきたんでしょうけど、アンタまで暴れる必要はないでしょうが!」
 朱華は続けるように叱責の言葉と共に次の1本の剣を生み出して射出する。
 全く同じ場所に炸裂した炎剱が鮮烈なる爆発を引き起こす。


 長い激闘の末、フードルは雷光を残して消失し、雷雲が晴れていく。
 戦いを終え、サイズは少しばかり息を漏らす。
 自分でも、焦っているのは分かっている。
 妖精郷の無事は、そこにいる妖精たちの無事は、知らされている。
 それでも、空回りしてしまっているのは、妖精郷の外――深緑に出かけていた妖精たちがどうなっているのか不明であるが故。
(駄目だなこのままじゃ……)
 どうにも急くような心持に、ふるふると小さく首を振る。
 と、そんなときだった。
 不意に、ぐいっと身体を引っ張られた。
「うわっ! ……ちょっ、オデットさん! そんなに引っ張らないでください!」
 思わず驚き見れば、オデットが引きずりおろす姿。
「あんたは寝てないんだから引っ張ってもいいわよね?」
 オデットに引っ張られるサイズは驚きつつも、そのまま座らされる。
「全く、無茶ばっかして……張り切るのは良いけど、無茶しちゃだめよ。
 あなたが大怪我したら、なんか私のせいみたいに思えるんだもの」
 そのまま、怪我をしていないかどうかを確かめていく。
 幸い、傷は数こそおおけれど、その一つ一つは軽い。
「特に問題なさそうね! ならいいわ! さて……と。あとは……」
 調べおえて、オデットは視線を周囲に向けた。
 精霊との会話を試みる――が、その気配はない。
 眠っている、というよりもそもそも周囲にいないような――そんな感じだった。
 だが、よくよく考えてみれば一帯を消し飛ばしかねなかった状況から離れているのもおかしくはないか。
 その感触を抱いたのはウィリアムもだった。
(少しくらいはいてもおかしくはないだろうけど……
 流石に隠れてしまってるかな……)
 少しばかり考えて、そちら方面は諦め、視線を奥の方へ。
「茨の方も、特に奥へと行こうとしたら拒んでくるね。
 ひとまずは鎮められたことを喜ぶべきかな」
「あとは……あそこの中にいる連中も保護しないとよね?」
 そう言ったのは朱華だ。
 扉を開けて中に入ってみれば、そこには茨の影響か眠りにつく人々の姿が散見された。
 これまでの報告書を思うに、動かすことは推奨できなさそうだ。
「とりあえず、危なくないようにしないとよね」
 毛布をそっと掛けて回ってから一息入れて窓から顔を出してみる。
「大樹の嘆きに魔物、茨。問題は山積みね……」
 そこは静謐ばかりの森林が広がっている。
(……なら、今の朱華に出来るのは牙を研ぐ事だけね)
 雄大なる、深緑の木々。
 次が始まる――それさえ予感させる静かな、けれどどこか不気味な森がそこにある。
 各々が自らの持つ技術を駆使して調査を試みている中、クラリーチェはふとフードルのあった場所をみる。
 既に雷光はなく、ただ少しばかり焦げただけの地面があるだけのそこ。
(……そういえば、今、あの子は)
 脳裏に浮かぶのは、どうしてか今の今まで考えすらしていなかった彼女のこと。
 村の人々はたしか、フロースと、そう名付けていたか。
 精霊のような、幻想種のような、幼き頃のクラリーチェが――そして故郷の子供達が出会い、世話をしていた可愛らしい存在。
 純真で、無垢で、無知な、そんなあの子の事。
(今、どうしているのでしょうか……あの子は)
 既に滅んだ、クラリーチェにとっての大切な故郷にいた、あの子。
 どうして不意に彼女のことを思い起こしたのかクラリーチェ自身も分からなかった。
 それはあるいは、虫の知らせのようなものだったのかもしれないが――
 アリシスは眠っている人々の安否を確認し終えると、再び外に出ていた。
 足を運ぶのは、リオーグルだったものが僅かに残るところ。
「……ふむ、胴体は人間か人型の種族、他の部位も大きさこそおかしいですが、
 恐らくは見た目通りの種族、あるいは魔物のものでしょうか」
 戦闘時の事を振り返り、そして溶けて崩れたような魔物の残骸を見れば。
「戦闘時に縫合痕のような物はなかった。それに、この痕跡……
 何らかの魔術、あるいは錬金術のようなもので作られた存在、と考えるのが妥当でしょうね」
 眺めていたアリシスはふと不思議な物を見て、しゃがみこんだ。
「これは……」
 拾い上げたのは、不思議な手触りの何か。
 ――じゃりじゃりとした、固形物の手触りだ。
 それはまるで――そう、何かの種のような。
 周囲の探索を進めていたアレクシアは、フードルの本体とでもいうべきか、如何にも神聖そうな霊樹を見た。
 傷を負ったその大樹は、雷光のように白く、稲光のように枝が伸びている。
「あなたはきっと、森を守ろうとしていただけなんだと思う。
 でもごめんなさい、今は、静かに眠っていて」
 そっと、手を触れる。
 自然との会話を試みたアレクシアへ、霊樹からの返答はなかったが――それでも、自分の心を決めるには十分だ。
「……私達が必ず、元凶を払って見せるから!」
 稲光のように伸びる枝が、風に煽られたのか揺れ動く。
 それはまるで返事のようにも感じられた。

成否

成功

MVP

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。
MVPはクラリーチェさんへ。
『彼女』がどうなるかは、あちらにて語られることでしょう。

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