シナリオ詳細
UnderDogとジョハリの窓
オープニング
●算盤は冒険譚の瑕に背を向けて
何かを駄目だと思うモヤモヤがずっと胸に巣食っている。
扇・右旋(シャン・ヨウシャン)の仲間は遺跡で死んだ。
逝く瞬間は綺麗じゃなかった。生き残った右旋が彼らを想う時は痛みと後ろ暗さと不可解な感情の嵐が身の内で荒れ狂う。
心臓が動いていなければ、只の物体だ。
もう、痛くない。悲しくない。感情なんて無い。何も考えない。死ぬというのは、そういう事だ。だからだから――だから、何と言いたいんだ。この気持ちはなんだ。
――怖いんだ。
銀瑠璃の星天と地上の夜灯りが細道を淡く照らしている。
細く薄く浮かび上がる道は右旋に遺跡の記憶を蘇らせる。心に瑕がある。腫れて膿んでじくじく熱を持って痛む傷が。少年時代の冒険。輝かしいはずだった其れを。同じ年ごろ同士で語り合い共有した宝石よりも美しい何かを、正視できない穢れ堕ちた醜くどろどろした何かに変えてしまった。
『今まで、このフロアから先に進んだ者はいないと聞く』
扉が開かなかったんだ。
行き止まりのフロアを調べ廻った。何処かに仕掛けがあるはずだと皆で探した。悉く罠だった。罠はあるのに、先に進む仕掛けだけ欠落したようなフロアだった。
『攻略してやろう。オレ達が』
庭先で震えながら鍛錬用木人に向かって新月刀を振る。雑念しかない。恐怖。葛藤。悔恨。失望。羞恥。罪悪感。喪失感。無力感。もどかしさ。自分への怒り――悲しみ。奮う腕に風を感じる。水の家系なのに水の加護を貰えなかった。その時点で既に、自分では自分を落ちこぼれだと思っていたのかもしれない。でもデキると思ってた。自分はイケると思ってた。平凡じゃないと拳を固めて背筋を伸ばして顎をあげた。あの頃は。
軈て大人になるのだと、漠然とあの頃、不可解な感情を持て余していた。
右旋は一文字姓の家の男子で、属性的には風属性であった。生まれた順番も三番目で、程々に恵まれつつ期待や責任は軽く、如何にも平凡に奔放に生きられる立ち位置であった。事実、そうであった。
大人になって大人のように生きていく。それは、どんな生き方か――周りにいる大人のような生き方だ。少年の目に映る郷の彼らは、概ね善良で、好ましく身近で、それほど振れ幅が大きくない人生に思えた。
それなりに生きて普通にありふれた時間を過ごして無名で死んでいく。そんな未来図が時間と共に濃くなっていく。
少年達の足が外に向いたのはそんな生涯で終わらないという熱が胸に猛り燃えていたからだ。
つまらない、満足しないと魂が叫んでいた。叫ぶ自分が気持ちよかった。まるで特別に思えた。生きるってそういうことなんだろって拳を振り上げた。
『オレは天才だ。オレに敵う奴はいるか? いねえよな!』
右旋は貴重な紙に綴られた書物を読み耽る事が出来たから、他の者よりその分物事を良く知り、算術にも優れていた。栄養がある食べ物も食べられた。武術の先生もいて、それなりに鍛えてもらえた。家名あっての称賛もあったのは間違いないが、よく褒められた。持ち上げて貰えた。文武両道と讃えられた。ふんぞり返り自信満々にオレは特別なんだと吠えて野望を語れば、子分ができた。そして、冒険団を結成して遺跡に挑んだ。
『右旋様、この新月刀は?』
『お前にやるよ。オレの隣に立つんだ。見栄えのイイ武器持たなきゃな』
一の子分に武器を贈り、喜ぶ横顔に破顔した。親友と呼んでやってもいいぞ、と思っていたけれどなかなか伝えるタイミングがないまま。でも、わかっているだろ。
――オレはお前らを気に入ってた。友達だと思ってた。大事な仲間だった。当たり前じゃないか。
互いの目が語っていた。わかりあってた。通じてた。笑いあえて、ふざけ合えた。同じ歩調で歩いて走って、駆ける先も見上げる空も共有してた。
自分達は勇者だ。歴史に名を残すんだ。余人にできない事をやるんだ。この燃える情熱を、若き衝動を抑えきれぬ魂を、全霊で解き放ち限界に挑み、走って戦って綺羅星の如く――逝く瞬間は綺麗じゃなかった。
冒険団は勇敢に挑み、幾多の罠を作動させて、最終的に右旋以外一人残らず全員が死んだ。
あの日、遺跡の外は異様なほど美しい快晴の青空だった。地上の罪過を全て明るみに照らして追い詰めるような眩さだった。
多感な時期だった。自身も重傷を負った右旋は這う這うの体でがちがちに震えてた。心は出鱈目な感情の鍋みたいにぐちゃぐちゃになって、親友の遺体の手から抜き取った新月刀を握りしめ、恐ろしい現実から逃亡した。命からがら帰還して、一切合切の現実を拒絶して家族に守られた。意識を失い、取り戻し泣き喚き、宥められ寝かしつけられ、悪夢と高熱に魘され生死の境を彷徨って――。
乾いた土に新しい雪が潤いを生む。過去は淡々と流れていって、実家の手伝いに勤しむようになって、人が変わったようだと言われるようになった。大人になったのだと傷に蓋をしてもらった。それでいいのだと。塞がれた蓋の下に向き合えば痛みの向こうに錆びれた勇気がまだ燻っているかもしれないのに、心はどうしようもなく折れて涙が火を消してしまうから、だからだから――だから、何と言いたいんだ。オレはもう遺跡もモンスターも怖くてよ。格好悪いが、想像しただけで震えちまう負け犬なんだ。
●その遺跡へ
覇竜領域デザストル。ラサへと繋がる『竜骨の道』を辿ることで亜竜種達の集落へと到達したイレギュラーズ達は、亜竜種達と接触し縁を紡ぐ事に成功し、亜竜種『フリアノン』の里長である珱・琉珂はイレギュラーズ達に提案した。
「これも何かの縁。あの『滅海竜』を封じて『怪竜』と戦う……それに私たちへと力を貸したいとアナタ達が言うのだもの! なら、覇竜領域トライアルをはじめましょ?」
『覇竜領域トライアル』。
覇竜領域で力と心を示し、そこに生きる民と絆を結び、信頼を勝ち取る冒険の始まり、始まり。
「ウェスタの名家・扇家から依頼が届いてますよ」
情報屋の野火止・蜜柑(p3n000236)が依頼書を見せたのは、穏やかな昼下がりであった。
「扇家の三男坊、扇・右旋様を連れて攻略済の遺跡ファン・レウルを一通り歩いて帰ってくるだけの護衛任務です。遺跡は行ける範囲すべて探索済、罠も解除済。どうも、右旋様は数年前に仲間と件の遺跡の地下、大量の罠群地帯で仲間を失ったのをいつまでも大変に気に病んでいらっしゃるということでして、見かねた親御さんがショック療法的にですね、安全になった遺跡の地下を直に見て、「もう終わった事なんだ」と過去と決別してスッキリしてこい、と今回の依頼を考えたらしいんです」
遺跡の入り口までは安全に辿り着くことができた。右旋は集落を出てから終始ガチガチに怯え震えて、遺跡の入り口を見ると両腕で頭を抱えてその場で蹲り、「やっぱり無理だ」と繰り返す――尾は丸まって声は弱弱しく、目に見えて尻込みしていた。
亜竜集落の人達と仲良くなる為にできることを、と依頼を受けたスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)はそんな右旋の正面にしゃがみこみ、それじゃあ少し休憩しよっか、と優しく微笑んだ。
「右旋さんは、どうしたい?」
入り口近くの柱の影に座り込み、果実の香り付けをした水筒を傾けて。カップに水を入れて差し出した。水音は柔らかく心を落ち着かせ、寄り添う少女の声は理性を取り戻してくれる助けとなった。
「オレだって、本当は行けるもんなら行きてえよ。こんな情けねえ自分を治してえよ。でも体が震えちまうんだ」
先に地下の扉まで様子を見に行ったアーマデル・アル・アマル(p3p008599)はあやしい気配が地下から漂うのを感じていた。地下にはアンデッドがいるようだが、この情報をどう共有したものか、とアーマデルは首を傾けた。
- UnderDogとジョハリの窓完了
- GM名透明空気
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2022年03月10日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●地上
――攻略済、か。
緑と土の匂いが季節の移ろいを感じさせる昼下がりに、猫耳がぴこりと揺れる。
『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)が既知の遺跡に視線を巡らせ。
「過去との決別か。それは中々に難しいものだ。かくいう私も、いまだに過去を引き摺っている」
声が帯びる色に気を惹かれて顔を上げた商人を爽空めいた色の瞳が待っていた。
「だからと言って、それへの抗いを無駄だと言うつもりも無い……まずはやってみるといい。その結果がどんなものになろうとも。仮に、過去と決別できなかったとしても。その行いによって、初めて見えてくるものがあるだろうさ」
――こういうのは気の持ちようだと思うんだよね。
私だって恐怖という気持ちが無いわけじゃない、と『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は小鳥のように首を傾げて仲間達を見た。
(……親しい誰かや一緒に戦っている仲間が傷つく方が怖いかな?)
『嵐の牙』新道 風牙(p3p005012)は肩を竦めた。風牙とて嘗ては死を怖いと思い歯の根を鳴らして、ちっぽけな勇気でいい、と己を奮い立たせたものだった。
(色々あったことはわかるし、他人が口出しするのもどうかとは思うんだけど……ウジウジしてるヤツを見るとケツ蹴っ飛ばしたくなる!)
「たぶん、ちょっとトラウマになってるのかもしれない、けど……右旋さんの、その、自分をなんとかしたいって思い……こたえてあげたいねっ」
『自在の名手』リトル・リリー(p3p000955)は甘えん坊のワイバーン『リョク』の頬を妖精の小さな体でぎゅっとして「がんばろうね!」と囁いた。
「護衛任務、ねぇ……」
『お父様には内緒』ディアナ・クラッセン(p3p007179)は帽子の鍔を指先でふにっと摘まんで仲間達を見た。
「右旋殿、伝えねばならない事がある」
『Utraque unum』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の声だ。
「この下に善からぬ霊の気配がある、状況から見て『遺跡の守護者』の類ではない……恐らく、過去にここで亡くなった者だろう」
秘密裏に退治して、敵がいない地下に連れていく事も出来た。けれど友人に対し、大事なことで騙し打ちしたくない、と震える手に手を重ねた。
「強制は出来ない。だが、俺は、行くべきだと思う」
「何が大事なのか考えてみるのも良いかもしれないね。それで頑張れることもあったりするから」
スティアの声はそよ風のように柔らかい。協調の数だけ培われたのは、押し付けない距離感と示唆する優しさ。スティアは人が自分の理想通りに反応を返すとは限らないという現実を知った上で希望を諦めない。
「大事な、何か」
右旋が繰り返す。それは、ずっと自問していた事だから。
「ふむん」
『元ニートの合法のじゃロリ亜竜娘』小鈴(p3p010431)は従竜の背で見下すような目を見せた。その筋の人ならばご褒美と拝みそうなふんぞり顔。わざとである。
「なんというか。結論から言えば、お主の事を蹴っ飛ばしに来たのじゃ」
「なんでっ!?」
「昔の事は聞いたのじゃが、お主、つーまらん奴になったみたいだのう。キレッキレだった冒険心溢れる男だった奴が、今では尻尾を丸めて家の手伝いか?」
ぷんすこロリボイスが強めに詰ると、右旋は「お前に何がわかる!」とキレ返した。
「当たり前ね」
ディアナはつい口を挟んだ。
いつだったろう、囁きを耳にしたことがあった。
――お嬢様は貧民の気持ちなんてわからない。
その時は、思ったものだ。
――それは、そうね。けれど、束縛に辟易する私の気持ちもわからないわよね。
ディアナは紺碧の瞳に強きな光をのぼらせた。
「例えば『過去を分かち合う』とか。初対面なのに軽々しいことは言えないわ」
ディアナは肩から胸元に垂れた銀髪を後ろに払って腕を組んだ。
「言わなくてもわかってくれるとか、手を伸ばさなくてもなんでも良い方向にいくなんて、きぼ――」
『宝食姫』ユウェル・ベルク(p3p010361)が燥いだ声を挟めた「きぼーてきかんそく!」「――それですらないのよ」。
くるる、と従竜がリリーのリョクと鼻を寄せ合っている。「なかよし♪」とリリーが喜んで、小鈴は袖を口元に寄せて頷いた。汰磨羈がリョクの顎を撫でてやるとリョクは目を細めて気持ちよさそうにした。小鈴が言葉を重ねる。
「死んだお主の子分たちが見たら、きっと怒り狂うと思うのじゃ。そんな尻尾の小さく丸まったやつなんかの友達になった覚えはない!! とな」
尻尾の小さな、というのは亜竜族のスラングだ。右旋からすれば「ざぁこ」と言われたようなものだった。
「貴方が歩きだそうとするならば、その歩みを守ることならできる」
ディアナが言えばアーマデルも頷いた。
「最後の機会だ。……俺はきちんと別れを告げられず、後悔してる」
右旋は成程と思った。誰かと何かがあったのだろうとは感じられるが、右旋にアーマデルの過去はわからないからだ。
「俺も出来る限りを尽くして護る。そして、俺達も死なない」
「……よく」
「何だ?」
「よく断言できる。オレとは場数も違うだろうに」
ユウェルがその袖を引く。「まだぁー?」行こう、はやく――紅玉めいた瞳がきらきらしていた。右旋はその笑顔に、仲間達を思い出した。
「共に行こう。右旋殿が前を向いて歩き出す為に。そして死者が未練を脱ぎ捨て、往くべき処へ逝けるように」
アーマデルが神聖な儀式に誘うように厳かに告げて。
「レイスってなに!? おばけ!? うおー! おばけ退治だー!」
ユウェルが龍尾をびったんびったんさせている。右旋はくすりと笑った。
「ヨシ。オレは行……ああ、やっぱ怖」
「蹴っ飛ばすのじゃ」
「痛っ!?」
「え!? おばけって結構いるの!? 知らなかった……」
「御主ら、緊張感がないな……?」
一行は寄り道せず地下を目指した。
ディアナの使い魔鼠が前を往く。ユウェルと汰磨羈が音や匂いを知らせ、スティアを先頭に道中の戦闘を回避して。
「遺跡探索といやあ、それなりの戦闘力と、罠とかの知識が必要だよな。そういうのはちゃんと勉強してたのか?」
風牙が問いかけている。右旋はこの中性的な相手が少年だと思いながら頷いた。
「武器はイイヤツを持ってった。気合で倒してやるって思ってたよ。遺跡の攻略法なんて本には書いてなかったし、罠は踏んでった」
風牙はまじまじとその顔を視た。
「ストッパーになるヤツがいなかったのか。それとも、お前が聞く耳持たなかったのかな?」
「その時はそれがイイと思ったんだよ! みんなが!」
亜竜の顔に一瞬羞恥や反発の色が浮かんで、拳を固めて殴りかかった。容易に拳を受け止めた風牙は「まだ怒れるんじゃないか」と相手の勢いを活かして床に投げ飛ばした。蛙が潰れるような奇声をあげて転がる右旋は、咲き始めの花に似た少女のような顔を視る。射るような目は、心を見透かすようだった。右旋はこの時「少年は少女なのかもしれない」と思った。
「右旋、アンタに逆らえるヤツなんていなかったろうな」
――腕っぷしの強い、いいとこのボンボンなんだから。
「……オレが悪い」
右旋が喘ぐ。誰も今まで、こんな目で見なかった――視てくれなかった。言わなかった――言ってくれないのは当然だった。護衛の身分でも、言いにくかろう。
「ありがとう」
呟いて視線を巡らせれば、ディアナが安心させるように微笑んでいた。
ほぼ打ち合わせなしの説得劇となっていたが、小鈴は従竜を撫でながら首尾に頷く。
小鈴はレイスに出会った右旋が何を思うかを考えた。ショック療法がリスキーだと踏んだのだ。最悪なのは死んだ仲間達が死の原因の自分を恨んで出て来たと思う事。故に、レイスへの印象を変えようと考えていたのだ。
●地下
地下に踏み込むと、
風牙が裂帛の『気』を炸裂させていた。
先手を取られて動きを止めた半透明なレイスは、冒険家といった出で立ちの亜竜種の少年達だった。
「ほんとに透けてる!? こっちの攻撃は効くのかな? まずはお試し!」
ユウェルが好奇心と驚嘆の入り混じる声をあげてハルバードを勇ましく振りかぶる。踏み込む足には迷いがなく、至近に無邪気に戯れかかるような竜爪は豪快。
「へーい! ごーとぅーへーる!」
思い切りの良さは味方への信頼の証左でもある。
「うおー! 殴れるならおばけだって怖くないぞー!」
(……やるしかないよね。……仕方ない、よね……)
リリーは切なく覚悟を決め、汰磨羈が霊気を練り上げて爻を綴る。背後で右旋がへたりこんで絶叫するのを励ますようにスティアが凛然と前に出て堅守の構え――春色花扇をひらき、舞うが如く本型魔導器セラフィムを起動する。
ひらり、ふわり。
白い羽が右旋の視界に舞う。それは優しく、救済の象徴めいていた。
「皆は私が守ってみせる!」
声は決然として、荘厳な鐘に似た福音の旋律を伴う。楚々とした仕草で花扇を口元にあてるスティアへとレイスは誘われたように手を伸ばした。右旋など目に留まらぬ様子の彼らに、青年の喉から空気が漏れた。
「な、なあ……?」
――でも、当たり前じゃないか。
「オレが、ここにいる、ケド……?」
――オレと彼女は違いすぎるもんな。
「オレ、来たんだぜ! ……なあ」
(あんな風にオレが皆を守れたら)
「見ろよ、……オレだよ!!」
目を閉じる事はなかった。けれど、動く事はできなかった。その耳朶を叱咤するのは、心臓を抉るような小鈴の呼びかけだ。
「見よ!! お主がつまらん生き方をしておるからじゃ!!」
なんて一生懸命な声。右旋にはわかった。わかっていた。
護衛が皆、彼を前に向かせようとしてくれているのが理解できていた。
「実体は無いようだが。さて、この霊気の刃は通用するかな?」
鞘走りの音も清らかに汰磨羈が白い袖を振り、妖刀を躍らせている。床すれすれを這うように切っ先奔る刃長は存在感に溢れていた。
「此れ成るは親無き鬼子が携えた刀」
その眼差しは戦域を広く把握し、刀は大地と天を結ぶ儀式めいて逆袈裟に斬り昇る。
「知らぬ温もりを求めた鬼子は、其の刃で数多の絹を剥ぎ」
ふくらが霊体を抉り啼く。刃先が手応えを返して。
「絹では足りぬと皮を剥ぎ。それでも足りぬと御霊を剥いだ」
『絹剥ぎ餓慈郎』と名を呼ぶ声に刃がぎらりと鋭さを増したように見えた。
「アンデッドになったのは」
敵の透き通る腕が光壁に抱き留められている。スティアの形見の指輪が守っていた。間近に覗いたレイスの顔に未練があるのかもしれないね、と呟く声は悲しげに。
「新しい一歩を踏み出せない右旋さんのことが気になって……とかね」
「右旋さん……」
きらり、リリーの耳で大切な番鷹のピアスが煌めいて魔術書がぱらぱらと頁送りの音を奏でて魔力を帯びる。魔力の軌跡でハートを描くように空中で一回転して、えーいと放つのはリトル・スタンピード。赤羽の魔力波が一体を鮮やかに射抜いた。
「つらいよねっ……」
リリーはレイスに首を振る。もう、生きていた頃の彼らではないのだ。
「ごめんね、でも……お別れしなくちゃ。さよなら、言わなくちゃ」
「ええーい!」
小鈴が魔砲と激励の声を響かせている。
「剣を取れ、馬鹿者!! 友に怒られたく無かったら、昔のように自信満々で冒険心溢れる姿を見せてやるのじゃ!!」
――遺跡で死ぬ前の子分達ならたぶんそう言うのじゃ!
アーマデルが蛇銃剣を躍らせて頷いた。
「温もりは冷め易く、未練は魂に絡みつくもの」
得物を持たない一体に干渉を試みれば、怒りが解けた様子で右旋を視た。
「右旋殿も、お前達も。『大扇屋』を捨てるのではなく、卒業してそれぞれの道を歩む時だろう?」
人の儚さを知っている声は、少しだけ寂しくて優しかった。
扇さん、と呼びかけるのはディアナ。茨を纏い傾国の鉄扇を繰り、黒域でレイスを抱いて。蒼銀の髪がゆるくふわりと背で踊る。
一人暮らしを始めた事。本では分からないリアル。落とし穴を掘った事。深緑の食事。まだ何も描かれていない紙にこれからを綴ると思った時の鼓動。
「扇さん達は、どうして遺跡に来たの?」
踵がダンスみたいにステップを踏んで、くるりと回転して背で銀髪を巻き鉄扇を躍らせる。
右旋の胸に仲間の声が蘇る。
『――オレら、イケてるよな!』
「夢をみてた」
夢から醒めた声が言った。
――こんな風にしたらもっと、きれい。
リリーが空間を支配するように敵の冷気の上に妖精の凍気を上塗りした。凍てる世界に身を躍らせるのは、風牙。春の大地を思わせる彩の髪が靡く。彗星めいて繰り出す槍は『烙地彗天』。
封じ穿つ槍を廻して風牙が問う。
「お前が怯えてるのは何に対してだ?」
時が止まったような一瞬。槍を引き、秒を待たず突進しながら突いている。
「自分を襲った化け物や罠への恐怖か?」
戦う背は、表情が見えない。ただ、槍薙ぎが空気を裂き唸らせる音がした。
「己の愚かさ、未熟さに対する羞恥か?」
足は前に踏み込み、気付けば槍が振りかぶられ降ろされている。無駄のない動作は、鍛錬を繰り返して得られるのだと右旋は識っている。
「死なせてしまった子分への罪悪感か?」
仲間が死んでいく――過去と現在が重なった。
「前を見ろ。そろそろ前に進んでいい頃だろ。あんたが真に、何をやりたいかは知らないけどさ」
右旋はその時、砂時計から砂が落ちている現在を意識した。
「この人達は大事な人達だったんだね」
スティアが右旋を振り返る。その姿は右旋にとっては眩しくて仕方がなかった。
「もう大丈夫っていう姿を見てもらおう?」
今しかないんだとその眼が言っていた。護衛達の好意を感じて、右旋は思った。
『ああ、わかる必要はない。本当である必要もないんだ』
右旋は立ち上がった。
『もう、ガキじゃねえんだから』
アーマデルが断言したのは、こんな感覚なんだな、と右旋は頷いた。武器を持たない旧友が両手を広げて哂っていた。彼に贈った新月刀を抜く。名前を呼んだ。友も右旋の名を呼んでいると感じた。
「オレはスゲー奴なんだ」
そんな未来はもう思い描く事が出来ないが、さも自分が特別な存在であるかのように、自信に満ちた顔で笑った。
「誇れよ! オレの仲間だった事をさ!」
英雄面で刀を振るう。何かが壊れた音がした――ずっと前から壊れていたんだ。
「ハハッ……オレの親友になれて、幸運だったな!」
『オレの仲間になっちまって、不運だったなあ!!』
鬼哭啾々、悲しき亡霊の慟哭が鳴り響く。号哭の中でスティアは死者に祈りを捧げた。
(安らかな眠りを得られるように。右旋さんの新たな門出に幸あらんことを)
お墓を作ってあげたいね、とユウェルが無垢な目を向ける。
「右旋も一緒に作ろ。ちゃんとばいばいしよ? 死んだ人を想うのはいいことだけど囚われるのはよくないっておかーさん言ってた」
「かーさん、ね。アンタが無事に帰ってくるか心配してそうだな」
「かえったら宝石の『収穫』をてつだうよ!」
「これで、彼等も成仏出来た事だろう。それだけでも、来た甲斐はあったんじゃないか?」
黙祷する汰磨羈。右旋は吹っ切れたような顔で頷いた。
●冒険の果て
リリーが右旋と語り合っている。
「交易行商をしてるんだよねっ。……よかったら、亜竜のそとのひとたちとも交易してみるのはどうかなっ?」
「そりゃあいい。……世の中にはオレが知らなかった物珍しい品物がたっぷりあるんだろうな」
右旋はイレギュラーズではないので、「そと」に行けない。そのため、集落で待っていると告げた。
「珍しい品や売れそうな物があったら持ってきてくれ」
地下空間は1階までと言われていたが、と汰磨羈は首を傾げて仲間に声を掛けた。
「リリー、この隙間の向こうに空間があるが、様子を見て貰えるだろうか?」
呼べば、リリーが頷いて隙間を通る。
「危険だと感じたらすぐに此方へ」
「んー。スイッチ? なにかな~?」
カチリ。音が響いて、ずしんと地下空間が振動した。身構える一行。一拍置いて行き止まりの壁がスライドして扉を出現させた。全員が集まり、扉を開ければ小部屋があった。壁画めいた壁に囲まれた部屋は、埃が舞うばかりで特別な物は何もなかった。念のため他の場所も一通り調べたが、何もなかった。故に一行は『遺跡の真の踏破者』として依頼を終える事にした。
「これで、ばいばい」
ユウェルがニコッと笑う。
「これからはあの人たちの分まで頑張らないとだ! 右旋!」
ディアナも笑顔を向けた。これからどうするの、と。
「ゆっくりでもいいの。貴方が進みたい未来へ――立ち止まりながらでも進みましょ?」
(ああ、こんな連中が本当の冒険屋なんだ)
右旋は負け犬の自分を胸の奥に仕舞いこんで、ニィと笑った。
「ありがとよ。オレは、アンタらと冒険できてよかったよ」
太陽が地平に沈んで、茜に世界を染めながら眠ろうとする。小鈴は美しい夕映えの中で従竜の首を撫でて、右旋が友の墓の前で新月刀を鞘ごと持ち、葛藤する様を視ていた。
「のう、妾は思うのじゃが。
おぬしは命ある限り、己を見つめ続けずには生きられまいて」
それは呪詛のようでもあり、祝詞のようでもあった。
「へへ、――オレも、そう思うよ」
右旋は新月刀が収まった鞘を腰に佩き、過去に背を向けた。
――これが、顛末。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
依頼お疲れ様でした。
右旋は無事に帰還し、「護衛は良い仕事をしてくれた」と家族に報告をしました。この冒険をきっかけに、彼はたしかに「どこか変わった」ようです。
MVPは精神を別の方向に曲げ直したあなたに。タイトルにもつながる素敵なプレイングでした。
GMコメント
透明空気です。今回は覇竜です。
●オーダー
・遺跡ファン・レウルの地下に扇・右旋を連れていく。
●場所
・攻略済の遺跡ファン・レウル
地上に入り口がある遺跡です。過去に隅々まで探索されており、攻略済と言われています。攻略後は数年放置されており、訪れる者はいませんでした。地上1階2階は神殿風の建築。地上階には外から入り込んだ魔物や亜竜がいるかもしれませんが、まっすぐ寄り道せずに地下に向かえば遭遇する確率はかなり低いでしょう。
1階から階段を下りて厚い扉を開けると地下に行けます。地下空間は1階までです。全て罠は解除済。地下に入ると実体(肉体)のないアンデッド・レイスが襲い掛かってきます。
●敵
・レイスX7体
扇・右旋の過去の冒険仲間です。実体(肉体)のないアンデッド。触れることができない半透明の体、生前と変わらぬ姿をしています。周囲の熱を奪い戦場を凍えさせる幻惑の蝶々を放ち、触れた相手の生命力を吸収する能力あり。生前の想いや記憶は薄らいでおり、現在は生きる者への妬みや恨み、苦しみの念が強く好戦的。右旋の気配には覚えがあり、懐かしむように積極的に手を伸ばして生命を奪おうとすることでしょう。
●味方
・扇・右旋
亜竜集落ウェスタの商家・扇家の三男。
扇家は歴史ある家柄で、元々を辿れば水竜の祭祀の家系だった。
現在は『フリアノン』『ペイト』他周辺小集落を対象に行き来し、他の集落で得た物資を現地集落にある物資とトレードする集落間交易行商をしている。扇家の名には信頼があるが、右旋の評判は芳しくない。
三男である右旋は容姿端麗で、10歳頃までは貴重な紙に綴られた書物を読み耽り物事を良く知り算術に優れ武術もそれなりと文武両道の優秀ぶりで知られていた。
やがて『大扇屋』という名の冒険団不良グループを結成。子分を連れて無謀な遺跡探検やモンスターハントを繰り返すようになり、色を覚えると女遊びにも嵌り、派手に放蕩していた。ある時『ファン・レウル』という罠が大量に仕掛けられた地下遺跡にてつるんでいた子分全員を失い、彼自身も大怪我を負って命からがら帰還。以来、彼は冒険ごっこも辞め女遊びも控え、実家の手伝いに勤しむようになった。
武器は新月刀『乱(みだれ)』。嘗て『大扇屋』を結成した際に家の倉庫から勝手に持ち出して一の子分であり親友の『流汪(リュウオン)』に贈った一品。友の形見である。
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)さんの関係者です。
●情報確度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
以上です。
それでは、よろしくお願いいたします。
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