シナリオ詳細
<Sprechchor al fine>Auswahl
オープニング
●馳駆の旗、遥かに
――荊に覆われし『故郷』は遠く。
侯騎の報せは怠惰なる長耳にも届いていたがグリム・サンセールは魔旗のもと陣奥に座して微睡むように冬の香を身に抱く。瞳は夢見るよう閉じて、現在この人郷を巡る戦火など知らぬとばかりに。
グリム・サンセールは色を知らぬ。故にあの森でかのシュプレヒコールが玩具めいて弄んだ妙な精霊種一族には首を捻ったものだった。どうでもよかった。あんな連中の去就など――『介入するのも面倒だった』。
グリム・サンセールの視界は無彩色の灰世界。花の色も、木々の色も、晴れ渡った空も。父と母がどれほど世界の美しさを教えようと努めても、彼には何もわからなかった。二者の体から流れ出でる液体の色も、今この国に蔓延る悪逆が無辜の民に染め塗る絶望の色も、空の色も、水の色も、春も冬も、喜びも怒りも、悲しみも――。
ああ……つまらない。
けれど、特異運命座標のなかのただ一つの名には少しだけ心が動く。無表情の瞳が睫毛をあげて幼き彼女を夢見るように瞬いて。名を呟く声は少年の声色。たいせつに優しく、精霊に言い含めるように。
「フラン」
君はこの戦場にいるのかな。
人は、患った。腫れていた。痛んでいた。壊れていた。棲家に隠れて震えて身を寄せ合う体温が順に生暖かい液体をまき散らしていく。鉄錆びた血の匂いが、汗と涙と肉の臭いに混ざっていた。暴性を露わに歯を剥いた夫が子を抱く妻を噛み殺し、子は狂った喜声をたてて幼い手で母の首を絞めた。壁を攀じ登り窓から乱入した兵士崩れの群れが死を公平に撒き散らし、隣室で衣装棚に隠れる姉妹の臭いを辿り涎を垂らして廊下を進む。己だけは助かりたいのだと病人を押しのけて逃れようとした医者が外で集団に襲われていた。悲鳴を遠く耳にした瀕死の病人が絶望のふちに薄っすらと笑みを浮かべた。その部屋の扉も激しく叩かれ、今まさに打ち破られようとしている。暖炉で火が燃えていた。あたたかな部屋だった。素朴な木のテーブル上の花瓶には可憐な一輪の花が咲いていた。花の色を楽しむ気持ちがグリムにはわからない。花瓶が殺戮の余波で倒され、散らされた花弁が火中に転げ落ちて儚く燃える。一緒に床に落ちた葡萄を肉腫の靴がぐしゃりと潰し、獲物を探して奥の部屋に進んでいく。
痛いと叫ぶ声がする。
苦しいと呻く者がいる。
怖いと震える瞳が閉じることすらできなくなって、
助けを求める手が虚空を過ぎて力を失う。
狂気を溢れさせて嗤う聲がする――、
ねえ――君は、この戦場で何をするの?
●戦況報告
ギルド・ローレットの窓際で情報屋の野火止・蜜柑(p3n000236)が床に正座し、報告書を若干棒読みがちに読みあげた。
「皆さんに縁がある魔種一派『シュプレヒコール』一味についてのご報告です。メフ・メフィートから西、ラサ国境北部に座する幻想貴族『アルフラド・ノウェル』の領地がシュプレヒコールの本拠地である可能性が高まりました。
ギルド・ローレットは幻想王国にノウェル領が魔種や怪王種、複製肉腫の量産に手を貸している可能性を開示、ノウェル領への政治的介入を果たしました。
ところが派遣された兵士達は「霧に包まれていて領地の場所が掴めない」「仲間が何名か忽然と消えた」と話しており、何らかの力が働いていることが考えられています。
これを幻想王国への反抗とみなし、幻想からも正式にノウェル領への介入が依頼されることとなりました。『不完全なヴィジャ盤』がローレット側にあることで、イレギュラーズはノウェル領に立ち入ることができるようです。
ノウェル領内は閉ざされた時点から混乱に包まれており、多数の怪王種、一般人が複製肉腫と化した者達、純正肉腫、それらに襲われる人々で地獄絵図と化しています。
そして、領主の館にはシュプレヒコールを始めとする悪性の旅人や魔種が徘徊しています。最終目的はシュプレヒコール及びアウスグライヒの撃破ですが、周囲を捨て置くことはできない状態です」
●市街地を駆け抜けて
――そして今、イレギュラーズは戦場にいる。人の尊厳を踏み躙られ、複製肉腫に変えられて無辜の民を襲う化け物になり果てた民や兵が跋扈するこの寒々凶狂とした戦乱の嵐吹き荒ぶ領内に。掲げるは、幻想の旗。だが、旗がなくとも見逃すわけにはいかない案件なのは間違いがなかった。
旗を掲げるイレギュラーズに助けを求めて逃げてくる人々がいた。必死に駆ける人々の後方で倒れて起き上がれない負傷者がいた。恐怖に引きつる喉奥から悲鳴にすらならない音が消える前にスティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が駆け寄り、助け起こした。
大きな屋敷の塀を複製肉腫と化した兵が乗り越えて、扉に斧や剣を打つ音が響いている。樹木に群がり登る肉腫らが枝から家屋の窓へと手を伸ばす。あの中に生存者がいるなら、助けなきゃ、とアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)が言いかけた瞬間、窓が開いて中から複製肉腫が数体零れ落ちた。
「橋上に魔種の影あり」
イレギュラーズと共に戦場に出陣した友軍『秋永一族』の柳生 達郎が膝を突き、頭を下げてその知らせを齎した。
魔種は、人類の敵。『原罪の呼び声』を受け『反転』した者。
存在するだけで、『滅びのアーク』と呼ばれる、『パンドラと反対の性質を持つ力』を蓄積する者。
イレギュラーズが蒐集するパンドラは、やがて必ず来ると予言されている世界滅亡を防ぐ『可能性』であり、対する『滅びのアーク』は、世界滅亡の可能性を高めてしまうエネルギー。故に、必ず倒さなければならぬ存在なのだ。
彼らは、理不尽なぐらい強力な戦闘能力を有している。
「「ならば、主力は温存して戦わなければならないね」」
友軍『秋永一族』の指揮を執る秋永 長頼は知らせに頷き、あなたたちに申し出た。
「「我ら一族が市街地に溢れる複製肉腫の群れを抑えよう。市街地を駆け抜け、どうぞ魔種のもとへ」」
よく響く声は格好つけて、気取るように。自信に溢れ、恐れるものが何もないと言わんばかりに。共に頷く一族の面々は嘗て彼がシュプレヒコールに唆されて堕ちた時にも付き従い、新天地でやり直すという夢もまた共に抱いた者達。気心知れて艱難辛苦を共にする忠誠心高き友達、仲間達。皆士気高く、昂然と唱和する――「「我らにお任せあれい!!」」
「「達郎を貴方達に先導させる。後ろは任せて、魔種討伐に集中してほしい」」
達郎が深く顔を伏せ、愛刀『削丸』を強く握る。
「「達郎、成し遂げてくれるね」」
「はっ、必ずや」
長頼が手を振ると、数人が首肯して達郎の後ろに就いた。
「イレギュラーズの皆様。我らが必ず皆様を万全の状態のまま、敵のもとまで導きまする。魔種との戦いにおいても、全力で援護する事を刀に誓いましょう」
鳥曇、木陰に潜みて小声を挟むは秋色の忍。出陣を見送る少年の聲が密やかに囁く。
「弾正様は弟さんの言いなりになられます? 俺が見るに、達郎様はなにやらお辛そうやなぁ。……他にも味方の別動隊が動いていますし、市街地の混乱を確実に収めるのも一手やと俺は思いますよ」
そういえば、弟さんとお話はどれほどなさいましたん? 救出なされてひと月ほどになりますか。さぞ、沢山ことばを交わされたのでしょうね。心からの言葉を――? 問う瞳は冬越 弾正(p3p007105)に向けられていた。
長頼の言葉は、理に適っている。魔種がいるなら可能な限り討伐する事が望ましい。逃せば、また別の地で暗躍し悲劇を生む。『滅びのアーク』を蓄積されてしまう。発見し、剣が届くなら狙うべきだ。そして、強敵である魔種討伐を狙うならば市街地で消耗してはならない。全力で戦わねば、勝利はあり得ないだろう。
「俺もちらっと見て来たんで、情報を渡します。橋にいるのは『グリム・サンセール』。深緑出身、怠惰の魔種や」
フラン・ヴィラネル(p3p006816)が小さな肩を震わせて息を呑む。唇が微かに動いて、名を呼んだ。それは、知っている子の名前だったから。今、魔種って――情報を飲み込むよりはやく、話が進んでいく。砂時計の砂がさらさらと無機質に流れ落ちるみたいに、現実の時間は、敵は、世界は、少女を待ってくれなかった。
「あの魔種は市街地戦には介入しないでぼんやり大人しく観戦してますが、橋にちゃっかり魔術罠を仕掛けてもいます。なにより、市街地の混乱ぶりを甘くみてはなりません。長頼様を疑うようで悪いですけど、あんな人数で抑えられるもんですか」
灰色の冬に風が吹く。
一本道は取り返しがつかない未来の象徴めいて、敵陣深く橋上に静謐な魔種グリム・サンセールが佇んでいる――。
――Jeder ist seines Glückes Schmied.
倖運の道は切り拓かれるだろう。
あなた自身の手によってのみ、其れは可能となる。
- <Sprechchor al fine>Auswahl完了
- GM名透明空気
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2022年03月13日 23時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
あたしの世界がぱぁって色付いたみたいに、グリムの世界が色付いてくれればいいなって思ってた。
それが見えない色だって、きっと色付くはずって信じてたのに。
少女が震える瞳で健気に『敵』を睨む。
橋に佇む少年の左右を河の水が流れていく。天運を願う術を数人が施してから、天の応えより疾く墨色の紋様を踏む。
水が揺らいだ。
少年は手をひらいて何かを手放した。声は灰色に何かを足したがるように。
『春に咲く花は、不思議だね。人が皆、優しい顔をする』
●betrachten
特異運命座標は6人が橋に、2人が市街地に向かった。
「戦いを終わらせて皆の安寧を取り戻す!」
『純白の聖乙女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)と『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)が罠を故意に踏み、終焉の花と葬送の霊花を放つと罠が作動して透明度の高い水壁が立ち、花を吸収した。
「攻撃を吸収する結界かな。一度発動すれば効果を失うのか、何度も作動するのかも確認したいね」
「私達なら破れると思う。先に罠を踏み尽くしてしまおう……!」
呼びかけに後続が動いた。『青と翠の謡い手』フラン・ヴィラネル(p3p006816)は憧れの先輩たちの背を支えて守るように両の手のひらを突き出した。
「フランの大切な仲間なんだね」
「そうだよ。スティア先輩とアレクシア先輩――
あたし達は、誰かが傷付くよりも……っ」
そんなのより、自分が傷付く方がいい――グリムには、理解できないだろうけれど!
「フラン、その紋様は危ないよ」
「あたしたちが罠を潰すから、焦ってるんだ」
接敵時、既に敵対殺意を高めていた攻勢パーティにとって敵の言葉は勇気の追い風になった。『Utraque unum』冬越 弾正(p3p007105)は環境を確認しながら友軍一族に指示を出す。一族は士気高く罠を踏み、水壁に攻撃を叩き込んだ。
「警戒すべきだ。ボクたちは攻撃せず回復の準備をしておこう」
後方の指し手『ロクデナシ車椅子探偵』シャルロッテ=チェシャ(p3p006490)は稀なる盤面の落し所を探っていた。厳しいと理解した上で攻略人数を減らし罠も踏む超攻勢。今回の仲間達は勝利に対して非常に強欲だね、と呟けば、『魔刻福音』ヨハン=レーム(p3p001117)が教科書通りの戦い方しか出来なかった過去を思い出しながら「そりゃあね」と頷いた。瞳の奥には純真ばかりでいられなかった歴戦の色がある。
「僕らはそういう生き物だ」
「無被害とはいかない。故にこそ戦果は上げねばなるまいよ」
ヨハンは頷いた。
(敵は観てるだけ、か)
敵の非好戦に気付き、
(僕も鬼じゃあない。少しくらいのイチャイチャは許容するが?)
縁者と戦う味方を慮り、
(時間をくれるのであれば罠の解析や対処にあてる)
という結論に達して。
ヨハンの鉄火場での発想力、天性の勘のようなものは過去にも何度か発揮して全滅を防いでいる。場数に研がれて精度を増した勘は現場では何より心強い武器だ。
「味方も止めた方がいいんじゃ?」
シャルロッテは思案する。
「方針は――余裕のある内に罠を作動させる。一度しか作動せず、喰らっても全然平気な罠は全部潰すくらいの勢いで作動させる――戦闘が激化した状態で踏んでしまうよりは良いとの判断。罠の被害は堅牢な味方と回復を持ってすれば致命に至らぬとの希望的観測。パンドラを持たない友軍は状況が掴めてから協力を仰ぐ」
車椅子が軋む音を愉しむように指揮杖が振られる。
「肉を切らせて骨を断つ意思が強いのさ。人数不足を補う奇策を練らなければ戦果は見込めないと。ボクたちは撤退の打ち合わせもしていない。せいぜい有機的連携をしよう」
誰も、自殺しに来たわけではないのだ。ボクもね。
橋下の河に多様な映像が浮かんでは消えていく。視えるのは――観ているのは。
『君は、この戦場で何をするの?』
●auswahl
市街地の端から端まで一軒ずつ並ぶ家を手あたり次第に巡る特異運命座標、2人。
肉腫が近づいて、隠れている姉妹が死を覚悟して目を瞑った。足音と声が響いたのは、その時だった。金属音、衝突音、呻声悲鳴断末魔。姉妹は助けを求められなかった。声を出そうにも、恐怖で音が出なかった。
「霊が此処にいると言っている」
『Utraque unum』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は姉妹の隠れ場所を見つけ、『ヒュギエイアの杯』松元 聖霊(p3p008208)が衣装棚を開けた。もう大丈夫だと声をかけ、震えて泣きじゃくる姉妹を抱きかかえた聖霊とアーマデルは長頼と3人で急拵えの避難所に駆ける。
藤袴5名と葛刃3名が肉腫の群れに応戦する奥に姉妹を届け、瀬戸際の防衛戦を任せて再び3人で家々を巡る。
無数の民が至る所で救いを待っていた。救った後は放置するわけにもいかず、連れて次の家に行くわけにもいかない。故に彼らは避難所を設けた。人が集まる場所を作れば敵が押し寄せてくるのも道理。結果、防衛を8人に任せつつ3人が限界まで救出に走るに至った。
挑発したアーマデルへと肉腫の群れが飛び掛かる。直前まで肉腫に襲われていた瀕死の医者を長頼が抱き、聖霊が命を繋ぐ。数秒遅れれば間に合わなかっただろう。走れるかと2人に問い、返事も待たずに道を戻る。群れを倒す余裕はなかった。敵を引き連れ救助者を連れて避難所へ――防衛戦力は減っていた。救助者を降ろして全員で敵数を減らし、残存戦力で耐久可能な敵数を見定めて後を任せ、次の家に出発する。
道中で敵に気付けばまたアーマデルが敵視を取る。敵の数を増やしながら命がけの追いかけっこだ。飛び込んだ家では事切れたばかりの死体が喰われていた。「ここは間に合わなかった」と叫んで止まる事無く次の家へ――まるで、悪夢だ。状況的に助けては戻る救助行をするしか無いが「ここも――間に合わなかった!」死を数える聖霊の耳に小さく悲鳴がしてアーマデルが倒れていた。追いついた肉腫が背に群がって歯や爪で肉を抉る。我武者羅に払い、助け起こしてまた次の家へ。一分一秒、無駄に出来ない。立ち止まる時間の分だけ命が何処かで消えていく。
「――助ける!」
疲労が限界に達し、力尽きかけても無理やり力を振り絞った。
生を諦めていた病人が奇跡を視る顔で涙を流した。足の悪い老夫婦が「私達よりも孫を連れて行ってください」と奮える手で赤子を差し出した。赤子の親子は家の庭で力尽きていた。数軒先で黒煙が上がっていた。肩で息をしながら病人を背負い、赤子を抱いて駆ける背後で命が零れる音がする。道に面した家の窓から新手と一緒に泣きじゃくる子どもが落ちる。病人が肩を叩く――「僕はどうせ病で助からないのです、あの子を僕の代わりに助けてください」。
避難所に戻れば、藤袴3名と葛刃2名が疲労困憊満身創痍で壊れた機械のように戦い続けている。加勢、激励、懇願。「頼む、もう一度行かせてくれ」子どもと赤子を置いて次に向かう。駆ける視界に病人の死体が過ぎる。燃える家屋の前を走る。悲鳴に群れる肉腫を引き付け、血溜まりの噴水に治癒光を溢れさせ、少女を抱える。避難所では救助した医者が負傷者の救護を始めていた。少女を預けて再び首を巡らせた袖を必死に引く医者が罪悪感を決壊させた。
「私の患者を救助できませんか。見捨ててしまったのです、我が身可愛さで」
言葉を吐く秒を惜しんで走り出す。
『必要なのは現実の行動だ』。
――そんなの、わかってるんだ。
俺が言葉を吐いてた隣で仲間が腕を喰って見せたあの時から!
救った分だけ救われる。だから2人は限界を越えて絶望の市街地を駆けずり回った。絶念諦念悲観禍殃の帳を切り裂く彼らは、紛れもなく民にとって救済と希望の使徒であった。厭わず、恐れず、優しく、温かく、限界を越えて人を救わんと奮う者――人々はその姿を生涯忘れず、語り継ぐだろう。
●beitragen
揺らぐ水に泡沫めいて過去が流れる。
色弱の少年を慮る家族。世界を観よと森の外に連れ出して。この美しさが解るだろう――期待と落胆――狂ったように世界を巡る、環境を変える。何処に行っても少年に問題があるのだから、解決しないのに――瑕を深めるだけの旅なのに。悲しませてしまう。期待に応える事が出来ない。皆と同じになれない。出来損ないのために父母が苦労している。
馬の嘶き。悲鳴と怒号。下卑た賊の粗暴な笑み。閃く凶刃。旅馬車が襲われている。父母が死んだ。少年が囚われる。殺してくれればよかった。
競売所で商品が受け渡しされる。打たれる薬液。洗われ、摩られ、舐められ、噛まれる。戯れに傷付けられ、征服され、所有され、弄ばれ、玩具めいて踏み躙られ屈服させられる。死すら自由に手に入らない。
――魔種の事情など知ったことか!
「解った」
軍師は指揮杖をくるりと廻す。
「どうやらこの罠は時限か何かで効果を返す情意反射陣だね」
「わからないんだが?」
「踏んだ人数分、踏んだ者らの力が増す。ただし殺意は自身に反射する――皆、即攻撃停止したまえ」
シャルロッテが指揮杖を廻した。大分潰されているからおかげで避けやすい、とヨハンが罠を避けて数歩前に出る。
滂沱と叩き込まれる攻撃を吸っていた水の壁が一斉に揺らいだのは、その時だった。破れた、と思った瞬間、攻撃していた者たちの口から血が溢れた。
「あ……っ?」
流れ出す血流で喉が詰まった。酸素が欲しいのに喉から溢れ出る苦い液体で隙間がない。痛みは遅れて訪れた。何か強力な攻撃を受けたのだと思った。気付けば倒れていた。
つまりああなる、とシャルロッテが呟くがもう遅い。常人であれば反応できない秒に満たぬその一瞬、超反応を見せていたのはスティアだった。
(せめて手の届く範囲の人は救いたい――絶対に守りきってみせる!)
華奢な躰が達郎を庇い、血飛沫をあげて橋から河へと落下した。
泡沫に映るのは、幾人もの選ばれし者。危機的状況から瞬間転移され、空中庭園にて可能性を頂く。移ろう映像は選ばれなかった者。危機を脱せず死ぬ者。呼び声を聞き、自らの手で危機を破壊する者。次いで『市街地を駆ける特異運命座標』が観えて――少年は靜かに全てを観ていた。
●abbrennen
市街地が燃えていた。
「諦めるのは一番最後でいい……俺が希望を語るのもおかしいが」
火炎に包まれ崩れ落ちる建物の中、外に向かう廊下を駆けていたアーマデルが想うのは、弾正だった。追い縋る肉腫は数を増やし、そのまま連れて避難所に戻れぬほど――共に肉腫に追われる長頼が頷く。藤袴めいた必殺音波を支柱に向けて。
「「でも今は、兄さんの大切な人を守りたい」」
「……え?」
聖霊とアーマデルが背を押された、と思った次の瞬間、轟音と衝撃、振動。
炎熱。
倒壊音。
破壊音。
悲鳴。
飛散破片。
濛々とあがる燃料の煙と土埃。灼熱感。激痛。混乱――アーマデルは床に尻をついて座り込んでいるのだと自覚した。突き飛ばされたのだと気付いたのは、聖霊が炎の壁に突っ込んで行こうとした時。燃えて苦痛の声を殺せず、それでも腕を伸ばし、燃え盛る柱や天井を退かそうとする姿に冷静な思考と腕が仲間を引き、首を振った。取り返しがつかない一本道はもう戻れない。庇われ、逃がされたのだと実感したのは霧が晴れた明るい外に出てから。炎に呑まれる崩潰建築の中と外と、死線は明らかだった。
残る戦力は藤袴2名と葛刃1名。避難所の防衛が限界を迎えていた。これまで救った命をせめて生かそう、と聖霊が決断する。
「俺らの仕事は生き残る事! 生命を捨てるな!」
救助された民、十数人を守り退く撤退行――集る敵に囲まれ、葛刃が制止を聞かずに囮となって逆方向に走って行った。
「長頼様は『イレギュラーズの為に生命を捨てよ』と仰ったのです」
●beteuern
記憶が過る。
『達郎。長頼は見栄を張って無理をしがちだ。無謀を諫めるのも側近の務めだぞ』
「「なら、兄さんを諫める必要があるかな――兄さん。罠を張って待ち構える手の内も知れない魔種に正面から6人で挑む意思が固いなら、僕が指揮権を持つ一族の兵は減らさせない」」
弟とその取り巻きは兄のため嘗ては肉種となり、悪として討たれようとした。故郷を焼いた彼らの本質はあの時から変わらない。兄の生存率を高めるために橋に臨む兵数は減らせないが、兄の婚約者を守るために市街地を巡る兵数も減らせない。どちらも人が足りないねと笑っていた。
――光が溢れていた。
シャルロッテとヨハンが治癒の術式を展開していた。
可能性と治癒の光の中、一族の者達が何人も絶命していた。
光の円陣の中央で薄青の髪の毛先を魔力に揺らめかせ、八重歯を覗かせたヨハンは悪戯っ子のようだった。
「スカした顔してないでさぁ……僕とも遊んでくれよ!」
魔力の大きさを窺わせる巨大な火球が頭上に生成される。グリムが周囲に木の葉を生成し、ヨハンに向けて放った。火球が木の葉を飲み込み、後退する敵に押し寄せて。着弾。グリムが炎に包まれながら濃い霧を喚んで消火する。鎮火ののち、少年は被弾前と同じ十全に視える姿を見せていた。でもダメージはあっただろ、とヨハンが読んでいる。空気は読まないが、と月の魔力が籠められた外套を翻し木の葉を防いで堅守して。
術戦を背景にパーティは立て直しに努めていた。フランがギフトで蔦を伸ばして流されかけたスティアを絡め取り、アレクシアが力を添え、治癒光を合わせながら引上げる。途中で本人が飛行し、橋上で3人が抱きしめ合って治癒術をシェアした。3人揃ってぼろぼろだ。でも、生きている。
「私達はみんなで無事に帰るんだから!」
橋上に局所的な雨が降っていた。
「グリムのばか、だらだら怠惰に負けちゃうなんて」
フランの傷も癒されて、流した血が雨に流れていく。この雨が泣きそうなのだって隠してくれる。治癒の光が、手を繋いでくれる2人の体温が温かい。
――ほんとは助けたい、けど。
6人がかりで奇跡を起こして、不可逆だと知ったんだと語られた時の顔を思い出す。
無理なんだ。
「あたしは皆を守って、グリムを倒す!」
――そう決めたんだ!
――選んだんだ。
弾正は出身一族に良い思い出が少ない。彼を認めなかった過去があり、自分が観て来た広い世界と比べると如何にも井の中の蛙といった一族だった。参戦したのは弟と共に堕ちて森を焼き、皆で弾正の引き立て役になろうとするほど弟への忠誠心が高い連中だった。救えたと思っていた。新天地での未来図を描いて導いた。
「ッ、」
「――っあああああああああっ!!」
血溜まりに弾正が跳ぶ。
鬼気迫る形相で凄絶に奮うは蛇鞭剣。繰り出すは崩滅の呪刃。
尊敬され、慕われる温度があった。
指示を仰がれ、望まれた。
「グリム殿」
フランが、アレクシアが、スティアが、シャルロッテが、亡骸を河から救いあげていた。必殺音波と不吉の刀を反射されたパンドラを持たない藤袴と葛刃の亡骸を。
「一族のために俺は武功を上げねばならない」
「――その首貰い受けるぞ!」
刃が届く。敵が腕をあげた。魔力障壁を強引に破り、その下の腕に刃を届かせる。血花飛沫。激情を籠めて断ち切る。斬り落とす手応え。敵の左腕がごとりと音を立てた。苦痛に歪む敵の顔。追撃を避けるように大きく後ろに跳び、霧に消える。逃げられる。
「――ッ、待て!」
背後でフランが達郎に「呼び声を受け入れちゃだめ!」と叫んでいるのが聞こえて振り返る。達郎は『感情に敏感だ』。どうやら踏み止まった青年の肩を掴み、声を掛けようとして弾正は迷った。その肩にぽん、と手を置いたのは、アレクシアだ。
私達はちゃんとこの橋を制したんだよ、と幻想旗を掲げるアレクシア。背筋を伸ばし凛とした眼差しを見せるのは――そうしなければ犠牲者が浮かばれないから!
(厳しい戦いになるのはわかってた。でも、見過ごすことなんてできなかった!)
「俯いている場合じゃない!」
――味方と合流する。情報を共有して、次に備えるんだ。
●abprallen
気付けば、アーマデルも聖霊も道端に倒れていた。安全圏まで逃れられたのかも定かではないが、泣きじゃくる子の声や苦痛や疲労に喘ぐ気配が傍にある。瞼を閉じれば意識を手放してしまいそうだ。意識を手放せば終わりだという思いがある。自分に言い聞かせる――痛みは生きている証だ、生への渇望だ!
朦朧とした視界に影が差す。覗き込む人影は少年だろうか。痩せていて迷子のように頼りなく、流血が酷い。聖霊は手を伸ばそうとした。
「……だ、……今、助けるぞ」
強がって笑って、辛うじてそう言った。
霞む視界で少年が呟く。
「あなたたちは、助けを求めてる人を助けるヒーローなんだね」
「ああ――あ……たり、まえだ」
「……ヒーローは んだよ」
橋を攻略した仲間達が駆け付けた時、市街地を駆け巡った仲間と民は並んで倒れていた。名を呼び駆け付ける胸には最悪の結末が過ったが、傍によって確かめると皆、生きていた。
季節は万人に等しく寄り添って、春の萌芽が冬に眠る。それは平等だった。
嬉しいと苦しいは仲良しだ。
――なのに人は、俺達は、仲良しでいられない。
『この花をあげたかったんだ、なんて』。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
透明空気です。
このたびは依頼へのご参加ありがとうございました。
結果は成功となっております。
グリム・サンセール…負傷(左腕欠損)・逃亡(戦意上昇)
戦場A:
(死亡)秋永 長頼、『藤袴』X3名、『葛刃』X3名
(生存)『藤袴』X2。
一般人:死亡するはずだった民のうち十数人が救命されました。救助された医者は病人を見捨てた事を悔いており、赤子を引き取り育てると言っています。
戦場B:
(死亡)『藤袴』X10名、『葛刃』X4名
(生存)柳生 達郎。
想定戦略は、「全員で戦場Aを攻略する」「全員で戦場Aを攻略してから戦場Bを攻略する」「全員で戦場Bを攻略する」「友軍全てを戦場Aに回してイレギュラーズ全員で戦場Bを攻略する」「友軍とイレギュラーズの数を両方調整してチームを分け、2戦場を同時攻略する」「友軍の分け方は調整せずイレギュラーズだけチームを分け、2戦場を同時攻略する」「その他の発想による攻略」。
各戦場の主要戦術要素に関しては「罠のある橋上で挑むか、罠のない場所での戦闘に持ち込むか」「罠のある場所で戦う場合は罠にどう対処するか」「パンドラを持たない精霊種の友軍の死亡・反転リスクをどう考えるか」「撤退条件などの安全マージン」「市街地の放火・火災示唆に対処するか」「敵にどう接するか」「複製肉腫の対処方法」「他」。
MVPは「向こうから来ない・時間をくれる場合を想定」「イチャイチャ(原文)許容」「分散の危険や堅牢な防御が必ず安心とは限らない点への危惧」「空気読まない」のセットがツボだったあなたに。
犠牲を恐れずアグレッシブに攻略するスタイルはとても好みでした。勇気を出して大切な関係者やPCの命を賭し、思い切ったリスキーな挑戦をしてくださった皆様に心から感謝申し上げます。
GMコメント
透明空気です。
今回は<Sprechchor>シリーズの戦い、難易度はHARDとなっております。
※<Sprechchor>シリーズについての特設ページ( https://rev1.reversion.jp/page/Sprechchor )。
このシナリオをシンプルに説明すると『1、敵の本拠地である幻想貴族『アルフラド・ノウェル』の領地に乗り込むよ。2、友軍が「ここを任せて先に行け!」と提案しているよ。3、戦場でどう行動するかはあなたしだいだよ』。この3点を踏まえれば、過去のあらすじがわかっていなくても問題ありません。
●成功条件
戦場AもしくはBどちらかを制する。制限時間は30分。
●戦場
・戦場A『市街地戦』
橋の手前に広がる市街地。複製肉腫と化した一般人や兵が暴れている。
足元:薄く雪が積もっている。
並ぶ家は2~3階建て。固く閉ざされ扉を複製肉腫が破ろうとしている家は中に異変に怯える生存者がいる可能性が高い。扉が破られている家は複製肉腫が雪崩込み、今まさに生存者が殺されようとしているか、手遅れかのどちらか。街道は複製肉腫が獲物を探して彷徨い歩き、蹂躙された家の屋根や窓からは複製肉腫が降ってくる。
・戦場B『橋上の戦い』
ミール河と呼ばれる幅広の河に架けられた、ノウェル邸方面に通じる橋。魔種グリム・サンセールが守っている。情報屋曰く『魔術罠が仕掛けられている』。橋上で戦闘となった際は、高確率でなんらかの罠が作動することでしょう。
足元:薄く雪が積もっている。
ミール河:川幅約160m、水深22m、水温3℃。
●エネミー
〇戦場A
・複製肉腫と化した一般人
老若男女様々。武器:手近にある物を片っ端から投げたり振り回したり。不殺で倒すことで人に戻せる状態の人もいれば、手遅れの人もいます。
・複製肉腫と化した兵
全身鎧に槍や剣、弓と武装した兵。不殺で倒すことで人に戻せる状態の人もいれば、手遅れの人もいます。
荒れ狂う敵の中には、樹木や家屋に火を放つ者もいるかもしれません。
※肉腫について
肉腫は『パンドラを持たない存在(通常の人間・動物・植物・魔物)』に感染する病気の様なモノです。生まれながらの肉腫(オリジン)から干渉を受けて肉腫になった者を『複製肉腫』(ベイン)といいます。
肉腫となった後は例外なく狂暴化(魔物化)します。肉腫の前の意識を宿しているかは個体次第です。複製肉腫は『戦闘不能』にすることによって肉腫から戻せることもありますが、今回の混乱極まる現場で咄嗟に見極めるのは難しいでしょう。戻せる者も戻せない者もいて、倒してみないとわかりません。
〇戦場B
・魔種【灰色の世界】グリム・サンセール
深緑迷宮森林の村出身、色弱の少年であり現在は『怠惰』の魔種。
フラン・ヴィラネル(p3p006816)さんの関係者です。戦域すべてに働きかける範囲攻撃を多用します。その能力や技は明らかではありませんが、目撃情報の断片には『怒らぬ怠惰』『灰色の霧』『灰色の木葉』『橋上に一定間隔で描かれた墨色の紋様』『歪に揺らめく水』という単語がありました。
※PL情報となりますが、戦場Aを選んだ場合は攻撃することなく皆さんの戦いぶりを大人しく観戦し、場合によっては少しだけ会話をしに来て深緑方面に退くことになります。
●Danger!
戦場Bにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
※魔種
純種が反転、変化した存在です。
終焉(ラスト・ラスト)という勢力を構成するのは混沌における徒花でもあります。
大いなる狂気を抱いており、関わる相手にその狂気を伝播させる事が出来ます。強力な魔種程、その能力が強く、魔種から及ぼされるその影響は『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』と定義されており、堕落への誘惑として忌避されています。
通常の純種を大きく凌駕する能力を持っており、通常の純種が『呼び声』なる切っ掛けを肯定した時、変化するものとされています。
またイレギュラーズと似た能力を持ち、自身の行動によって『滅びのアーク』に可能性を蓄積してしまうのです。(『滅びのアーク』は『空繰パンドラ』と逆の効果を発生させる神器です)
●味方
〇秋永一族
全員が音因子の精霊種。冬越 弾正(p3p007105)さんの関係者一族です。
・秋永 長頼……「「戦場Aは我らに任せて戦場Bに行ってほしい」」と言っています。弾正さんの弟です。祭司『藤袴』X5名、近衛『葛刃』X3名を連れてA戦場の制圧に尽力すると言っています。
・柳生 達郎……「この達郎が必ず皆様を無被害万全の状態のまま、戦場Bまで導きまする」祭司『藤袴』X10名、近衛『葛刃』X4名を連れてイレギュラーズを無傷無消耗のまま戦場Bに届け、到着後は共に戦うと言っています。
・襲われている一般人や兵士
戦場Aには、まだ生きている人々がいます。彼らはどこかに逃げ潜んでいたり、見つかって逃げていたり、襲われていたりしています。
●情報確度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
以上です。それでは、よろしくお願いいたします。
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