PandoraPartyProject

シナリオ詳細

We can’t go back to yesterday.

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 長い、長い、夢を見ている。
 何もなかった、平凡で平和だった頃。家族がいて友達がいて詩織ちゃんがいて――楽しく学校に通っていたあの頃を、夢に見ている。
 こんな夢を見たのはいつぶりだろう。気が張った状態じゃ夢を見る余裕なんてなくて。あれ、今はどんな状態なんだっけ。
(……なんでも、いい)
 夢はあまりにも愛すべき日々だったから。まるで時を巻き戻ったような感覚。わたし、いつから狂った世界に落ちてきたんだっけ。
(ずっとこの世界に、いたい)
 夢なら醒めなくていい。
 夢でしかないなら目覚めなくて良い。
 現実は、この奇妙な世界は、結月 文という1人の少女にとってあまりにも恐ろしくて、不気味で、孤独だった。

 その意識が急激に、上へと引きずられる気配がした。
 嗚呼、怖い現実が来てしまう。いや、いやだ。あそこには行きたくない。けれど流れに抗うこともできず文は目を覚ます。

 知らない場所だった。寝心地は悪くないけれど、周りにいる『化け物』に文は悲鳴を上げる。
 何かを言っている。けれど文にその言葉はわからない。咄嗟に逃げようとして四肢を拘束されていることに気づく。
「なにこれ、いや……っ!」
 ヤワそうな拘束は存外頑丈で、文が暴れても千切れる様子はない。そのうちに押さえ込まれ、ちくりと小さな痛みが走る。急速に意識が遠のく。
(こわい……)
 自分は、どうなってしまうのだろう。
 考えるより先に訪れるのは、夢も見ないような深い、深い眠り。文は真っ暗な空間に押し込められた。



「準備は良いかしら」
 『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は水晶玉のようなそれをテーブルへ安置した。夢見 ルル家(p3p000016)はそっと振り返る。
「ヴィオ、大丈夫ですか?」
「……ええ」
 ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)がゆっくり立ち上がる。そこに眠る結月 文の呼吸はずっと穏やかなまま。眠らせているから、しばらくは起きないだろうと医者が言っていた。けれど目覚めて暴れることを警戒してか、柔らかな布で手足は拘束されている。
「文ちゃん……また、あとで」
 彼女を名残惜しげに見て、ヴァイオレットは仲間達の方へ視線を戻す。
 これは文を救うための作戦である。これまでイレギュラーズは精神の内へ入り込むためのマジックアイテムを借り受け、対象者の身柄を保護した。なれば躊躇している暇もない。
「――テールグリーン」
「え?」
 ヴァイオレットが顔を上げると、プルーが「そんな顔をしてるわ」と小さく苦笑した。そして小さく首を振る。
「思うこと、悩むこともあるでしょう。けれど、どうか心にライムライトを。あの子を導いてあげてね」
 彼女の心に長く巣食った狂気は簡単に手放しはしないだろう。生半可な覚悟であれば逆に取り込まれる可能性だってある。その際にどうなるのかは――わからないし、考えたくもないだろう。
「さあ、『心覗の球』に手をかざして目を閉じて……」
 言われるがままにイレギュラーズたちは水晶玉の上へ掌を出す。目を閉じればぐん、と何かの力に引き込まれた。
 いいや、きっと引き込まれているのは自身らの精神。肉体は精神との繋がりが切れない限り、あの場所で水晶玉に手をかざし続けている。
 だからなのだろう。一瞬意識がブラックアウトする直前、プルーの「帰ってきてね」という声が聞こえた。



 暗い。意識が途切れているわけではなく、実際に暗いのだと気付くのにほんの少し時間がかかる。見慣れてくればぼんやりと地面や壁が見えた――が。
「これは……」
 肉壁、というのだろうか。弾力のあるそれが地面や壁を形成している。視線を上げれば空は昏い赤であることに気がついた。
「何か、音がしませんか」
 例えば、何かが甲高く嗤っているような。
 例えば、風もないのにカサカサと葉が擦れるような。
 イレギュラーズが後ろを振り返ってみれば、そこにはトンネルのような黒い穴が開いていた。恐らく出口なのだろう。ここに飛び込めばプルーの待つあの場所へ帰れるはずだ。
 だが、ここまで帰りつけなかった場合は――なんて、考えるべきではないか。
「……行きましょう」
 ヴァイオレットは道の先へ視線を向けた。
 まだ、スタート地点にだって立ってない。全ては文を救って、それからだ。

GMコメント

●成功条件
 結月 文の救出

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

●フィールド
 狂気に満ちた世界。ストラフと仮称します。
 地面と壁は肉の壁でできており、遠い空は昏い赤。非常に不気味で気持ちの悪い空間となっています。毎ターン【混乱系列】BSの判定が全員に入ります。
 世界は進もうとする者を感じとり、喰らおうとしてきます。突然壁が襲ってきたり、床に穴が開いたりするかもしれません。

 肉壁に攻撃は通りませんが、内側は通るかもしれません。危険と紙一重となりますが、もしも世界自体にダメージを与えられるのであれば、この世界と繋がっているフェルブラ(後述エネミー)の弱体化を目指せるでしょう。
 上記含め、この世界で何か行動を起こすことは、文救出のきっかけになりうると同時に危険なものだと考えてください。

●エネミー
『凝った狂気』フェルブラ
 この世界の最奥で待つ異形。肉壁から生えた巨人の体はその場から移動できません。しかし非常に遠くまで攻撃することが可能です。言葉は解しません。
 その体は人らしい造形ですが、いたる箇所に眼があります。対面時、【ショック】BSにかかる可能性があります。
 文はエネミーの体内に囚われているようです。どこにいるか初期段階では不明。彼女の居場所を見つけ出し、エネミーから引き剥がす必要があります。

 パッシブで再生(HP継続回復)効果を持ちます。これは文が囚われている間は強化されます。
 両腕による強力な攻撃の他、眼からの戦闘干渉がある可能性があります。詳細は不明。
 頭部は眼による攻撃が主となります。表皮が硬質化しており、これは割り砕いても時間経過で元に戻ります。なお、頭部を破壊してエネミーが倒れるかは不明です。

●結月 文
 ヴァイオレットさんの関係者。同郷の友人ですが、狂気を宿して召喚されました。現在は他者を正しく認識できず、言葉も通じない状態です。
 しかし今回は狂気を打ち払い、その精神世界から文を掬い出すことで状況の打破を試みます。

 精神世界において、文は現実と同様の姿をしています。至って正常であり、皆様の姿を見ることも、言葉を理解することも可能です。
 ただし、狂気に呑まれて以降の記憶はなく、戦闘能力のない少女です。エネミーに囚われている間は気を失っています。
 文はストラフのことを夢の世界と思っているため、目の前で戦闘が行われていたり、皆様の造形がおおよそ人からかけ離れていたとしても、現時点で大きなショックは受けません。

●ご挨拶
 愁です。
 文は本シナリオにおいて、再び狂気に落ちることはありません。ただし、本シナリオで見せた姿が今後の関係性に影響する可能性はあります。
 それではどうぞ、よろしくお願いいたします。


関係シナリオ:
『Alice in ...』https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/4721
『Almost everyone is mad here.』https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/5304
『How do you get to ――?』https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/7104

  • We can’t go back to yesterday.Lv:30以上完了
  • GM名
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2022年02月15日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)
黒鎖の傭兵
白薊 小夜(p3p006668)
永夜
ソア(p3p007025)
愛しき雷陣
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
フラーゴラ・トラモント(p3p008825)
星月を掬うひと

リプレイ


 一瞬の暗転。そこから目を慣らすこと暫し――見えてきたのは生々しいピンク色の壁であった。
「うわぁ……」
 『雷虎』ソア(p3p007025)が引いた面持ちでそれをゆっくりと見渡す。どこまで行っても肉壁。足元もなんだかブヨブヨしていて気持ちが悪い。空は昏い赤に染まっており、どこかに光源があるというわけでもないが、全く見えないというわけでもない。不思議な空間であった。
「ここが文殿の世界ですか」
 『挫けぬ軍狼』日車・迅(p3p007500)も何とも言えぬ顔である。現実世界では安全のため、強制的に眠らされている結月 文の精神を映しているというが。
「狂気に侵された世界ってわけだ。確かにしっくり来る景色だ」
 誰もはぐれていないことを確認した『黒鎖の傭兵』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)。報告書では人間を化け物と呼び、被害を及ぼしていたと聞くが、これを見ればさもありなんというものである。
(可哀想に)
 この世界にいた時間は定かでないが、多少などという言葉で縛れる長さではなかろう。ここにいるだけで胸の奥がざわつくような、そこはかとなく嫌な気分になってくる。
 そんな様子を察したのだろうか。『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)は案ずるように仲間たちを見回した。
「皆様――」
「大丈夫ですよ、ヴィオ」
 これくらい平気だと『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)が笑う。こんな事で逃げ出さないわと『盲御前』白薊 小夜(p3p006668)が頷く。
「あの約束もそうだけれど。『誰かを救う』為に私の旅路と、得た剣があるのよ」
 救うべき者がこの先にいるのならば。そしてそれが他ならぬヴァイオレットの大切な友人で、救うことが頼みだと言うのならば、それを跳ねのける理由などありはしない。
「こんな場所で放っておくわけにはいかないしね!」
「道具は、問題なく使えるみたい……現実とも違いはないから、いつも通りに戦えるよ……」
 にっと笑うソアの隣で、淡々と装備品の確認をしていた『進撃のラッパ』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)が皆へ共有する。自分が現実と遜色ない装備であるのならば、仲間の誰かだけ異なると言う事もないだろう。
 人助けセンサーに何も引っかからないのは、範囲内に助けを求める相手――この場合は文――がいないのか。それとも、この世界による抑制がかかっているのかは、まだ定かでない。こればかりは進みながら確かめる必要がありそうだ。
「この穴の向こうは……何もなさそう? それならあっちに進むしかないかな」
 自分たちが通ってきたと思われる黒い穴、その奥をソアが脇から覗くも、それ以上先は肉壁が塞ぐのみ。進むならば穴の正面から続く1本道を行くのだろう。
 五感を研ぎ澄ませれば、どこかから笑うような声が耳に残る。皆何かしらの護りか、強靭な精神力で大きく揺らがされることはないが――それでも不快であることに変わりない。目を凝らす限り何もいないようだが、油断は禁物だ。
 うねる道を行くと、程なくして道が分かれた。ソアが空気の流れを探るも、匂いも何もが停滞している。出口がないかのような錯覚に囚われてしまいそうだ。
「ヴァイオレットさん」
「ええ」
 くるりと振り返ったソアに頷き、ヴァイオレットはカードを取り出す。
(この世界へアプローチをかけても、返ってくるのは狂気だけかもしれません)
 不確かな世界に問いかけても導が得られないのなら、信ずるべきは己の直感。文を助けたいその心。迅のテスタメントで世界の干渉をいくらかでも阻み、ヴァイオレットはカードの示す道へ足を踏み出す。
「ルル、そちらはどうですか?」
「言うなれば敵の腹の中、といったところでしょう」
 敵はイレギュラーズの侵入に気付いている。そしてこの世界そのものが敵であるのだと言うように、四方八方から敵意を向けている。それを剥き出しにしないのは、まだ様子見といったところなのだろうか。
 それを聞いたマルク・シリング(p3p001309)は考えながら進む。この壁や床も敵意を発しているのだとしたら、そのような意志があるということだ。このように道を形作っているものの、正しく道と言うわけでは――。
「マルクさん……!」
 フラーゴラの声、そして横合いから迫る影に素早くマルクは手を突き出す。ぐわりと穴をあけた壁へ腕だけ突っ込むようにして、発動した魔術は逃れるすべなくその先へ向けて発動した。
「っ……」
 しかし腕を引っ込める寸前、壁がマルクの腕をもぎ取らんと収縮する。腕だけを穴の中へ取り残す事態にはならなかったものの、ぽたりと鮮血が足元へ垂れた。
「大丈夫、自分で治癒できるよ」
 マルクは一同へそう告げ、腕の傷を治そうとする。その前にと小夜は彼へと近づいた。
「少し体に触れるわね」
 この調子で文を見つけた頃には疲弊しきっている、なんてことがあってはならない。小夜はより少量の力で術を発動できるように、マルクの気の流れを整えた。
「ありがとう。でも……これだとどんな影響があるか、判断が難しいね」
 マルクは治癒を始めつつ、すっかり元通りになった壁を見やる。大人しくなったと言う事は多少のダメージを受けているのかもしれないが、文への影響が定かでない。
「必要最低限の反撃に留めた方が良さそうですね」
 迅が呟く。攻撃を与えなければひたすら襲い掛かられる可能性がある、というのは厄介だ。ここまでほぼほぼ予測の範囲を出ないのがもどかしいが仕方あるまい。
「不意打ちの予兆のようなものはなかったわね。勘の優れる方は頼りになりそうだわ」
 再び進み始めながら小夜が先ほどの事を思い出す。フラーゴラが声を上げたのは、壁が穴を開ける音より僅かに早かった。ブルーブラッドの血が騒ぐのだろう。
「ええ、お任せを! 捜索はお任せする分、襲撃に備えましょう」
 ドンと胸を叩く迅。フラーゴラもこくりと頷いて周囲の景色を覚えながら進む。瞬間的に記憶するスキルもしっかり働いているようだ。踏み出した足が宙を切る直前、フラーゴラは軽やかに飛んで回避する。
「まっくら……」
「どこまで落ちるんでしょうね!」
 迅が穴周囲の地面に打撃を加える。穴はすぐさま小さくなり、初めからそんなものはなかったかのように閉じてしまった。試しにフラーゴラがつんつん、と足先で突いても再び穴が開くことはない。
「どんどん進みましょう。出来るだけ余力を温存して文殿まで辿り着かなければ」
 ルル家の言葉に一同は首肯した。ソアや迅たちが周囲の異変を看破し、あとはなるべく早足で駆け抜けていく。
「また分かれ道だ」
 マルクは3つになった道を見比べた。帰りの道も合わせれば4本の道が交差している。帰りはフラーゴラの記憶頼りになりそうだ。
 ソアが気配を探り、仲間たちが襲撃を警戒しながらヴァイオレットの占いが終わるのを待つ。再び進むこと暫し――フラーゴラが「いた」と呟いた。
「助けてって……聞こえた」
「行きましょう。きっと文殿です!」
「ええ」
 イレギュラーズたちの歩調が早まった。文の元へ近づいているのだろう、より頻度を増した世界からの攻撃を、ソアがそれを上回る勢いで封じていく。
「この先は開けているようですよ!」
 迅の言葉通り、うねる道は終わろうとしていた。その奥にいるソレを見て、ヴァイオレットは瞠目する。
「あれは……あの、『眼』の化け物は」
「ヴァイオレットさん……?」
 フラーゴラが見上げる。ヴァイオレットは瞳を揺らしながらも、ソレを凝視していた。
 肉壁から生えた巨体。人のようなそれは、しかしそのあらゆる表皮に眼を持っていた。ぎょろりと蠢く無数のそれは、それぞれが意思を持つかのように四方八方へ忙しなく向けられる。
 この世界も、あの化け物も。文へ植え付けたのは他でもない――。
「ヴァイオレットさん」
 その声にヴァイオレットははっと我へ返った。視線をゆっくりと巡らせれば、真っすぐと見上げるフラーゴラの視線が絡み合う。
「文さんを、助けたいんでしょう……?」
「……ええ。もう、大丈夫です」
 小さく頭を振る。罪悪感に押しつぶされている暇などあるものか。この状況を作ったのが自身ならば、そこから救い出すのもまた責務だ。何よりも、フラーゴラが行った通り助けたいと切に思っているのだから。
「行きましょう」
 世界はあの化け物の一部。否、化け物が世界の一部か。どちらだって良い、いずれにせよこちらの存在は気付かれているのだ。不意打ちなどかけられるわけもなく、イレギュラーズたちは化け物へと駆けだしていく。

 ――彼女を日常に還してあげよう。
 ――その為ならば。彼女をすくい上げる為ならば"私"は何だってするのだから。



 小さく吸って、息を吐く。マカライトは大丈夫だと自身に言い聞かせ、そのショックをやり過ごす。あの不規則に動く眼がこんなに精神を揺さぶるものだとは。
「大丈夫……負けないよ!」
 ソアが動揺を抑えようと呟き、恐れを吹き飛ばすが如く吠え声を響かせる。複数の眼がソアを見た。ぞわりとソアの尻尾が膨れる。
 その脇をすり抜け、迅が鋭く雷撃をぶちかました。硬い感触、されどぴしりと微かな感触が響く。
「なかなか手ごわそうですね」
 これが狂気の源なのだろうか。そう言われれば納得してしまいそうな風体だ。
(こんなものが巣食ってしまうほどの衝撃……先ほど僕たちが受けたものとは比にならないのでしょうね)
「燃やそうとしたら……燃えるのかな……?」
 フラーゴラから放たれた地獄の業火が化け物の一部を包む。酷い悪臭があたりへ垂れ流され、フラーゴラはうっと口元を覆った。そして焼けただれた表皮が、見る間に再生していく瞬間をその目が捉える。後方からエネミースキャンしていたルル家もそれをしかと目にした。
「厄介ですね。今のところ、文殿が囚われている場所も不明です」
「なら、戦ってみるしかないわね」
 小夜はマルクへの按摩を終え、ソアの前へと滑り込んだ。その間にもマルクが破壊的魔力を術に乗せて敵へぶつける。迅の狙った場所へ続いたそれが、小さな罅を作り出した。
「ルル家さん、どうだい?」
「あの表皮の下は随分柔らかそうな――伏せて下さい!」
 ルル家は迫りくる腕に気付き声を張り上げる。ブオン、と空気が唸る音がした。軽やかに避けたヴァイオレットの前髪から、開いた第三の眼がのぞく。
「『眼』が使えるのはアナタだけではありませんよ」
 その眼が強烈な金色の光を幻視させる。化け物の身体で蠢く眼がかっと見開かれた。
 戦いの最中は全リソースを化け物が使っているのか、壁や床が襲い掛かってくることは今のところない。加えて、ソアの咆哮が敵を怯ませにかかる。
「迅さん、フラーゴラさん、色々な場所に満遍なくダメージを与えてみて!」
「わかった……!」
 フラーゴラが頷き、迅が真っ先にと拳で硬い場所を突く。フラーゴラは先ほどと異なる場所へ魔弾を生成した。
(文さん……ヴァイオレットさんが待ってるよ……!)
 彼女の為にも、助けてあげたい。その身がどこにあるのかと視線を隈なく動かしながらフラーゴラはあちこちへ魔弾を当てて感触を確かめる。
 それより後ろの方で小夜に庇われながら、ソアは傷の治り方を見ていた。どこが早いのか、どこが遅いのか。導き出すという程考えているわけではないが、本能がそうではないかと語りかけてくる。
「っ……皆、眼に気を付けろ!」
 ひとつの眼と視線が合ったマカライトは小さく息を詰め、それから仲間たちへ叫ぶ。
 これは良くないものだ。心を乱し、浸食するモノ。きっと呑まれてしまったら負けてしまう。
 呪いの一撃を繰り出すマカライトに続き、ルル家の刀が敵を追い詰めんと猛攻を繰り返す。久々に握る刀は、しかしこれまでずっと握っていたかのようにしっかりと手へ馴染んだ。
「拙者は大切な友人の為に戦うのです。未だ慣れずともその為に奮戦出来ぬ程……ここで負ける程、落ちてはおりませぬ!!」
「……ええ。負けるなどとんでもない。ワタクシたちは文ちゃんを救出し、アナタも倒してみせましょう!」
 ヴァイオレットの眼が怪しく煌めいた。その姿は残像を生じさせながら化け物を翻弄し、同時に手数で傷つけていく。追いかけるように敵の眼が蠢くが、その瞳が起こすモノをすぐさまマルクが鎮めた。
「小夜ちゃん、上!」
 ソアの声と同時、影となっていた拳が降ってくる。それをしかと受け止めた小夜は、不意にゆらりと構えを解いた。まるで、全てを諦めてしまったように――すぐに殺せそうなほど、無防備に。
 ソアへと攻撃を向けていた敵の眼がちらほらと小夜へ移り始める。その瞬間、ソアが「そこだ!」と駆けだした。光の如く飛び込んだソアは、その勢いのままに頭部の表皮を割り砕く。
(硬い……!)
 打ち抜くつもりだったのに、表皮が割れるだけとは。しかし、その下の表皮はもっと柔らかくて、治りも遅い。そこへフラーゴラのCode Redが叩き込まれる。化け物が頭部の付近を手で払うが、フラーゴラの身は避けるべく空へと高く跳躍し、ソアはその手をがっしりと受け止めた。
「そこだな」
 マカライトの武器や腕から生成された鎖が龍の顎の如く編み上がる。強力な魔力と共にけしかけられたそれは化け物の頭部を大きく抉った。
「おいおい……普通、頭部を潰されたら倒れるもんだろ!?」
 ほとんど首から下しかないようなものなのに、それでも化け物はまだ起き上がる。体にびっしり存在する眼はイレギュラーズたちを凝視し、惑わそうと。未だ残る両腕はイレギュラーズたちを握りつぶさんと動き出す。
 マルクの癒しによりすぐさま動きを取り戻したルル家は、抉られたさらにその先へと三撃を展開した。硬く守られた、その先には――。
「ヴィオ!!!」
 ルル家が友を呼ぶ。その間にも化け物は露わになった『弱点』を隠そうと、少しずつその肉を膨張させていた。薄い膜のようなものに包まれた文を見失わない様、ルル家は刀を振るって肉を削ぐ。
「手短にね。そして、早々にこの敵も片付けてしまいましょう」
 小夜は自身の傷を癒しながらも敵本体を引き付ける。存外に厄介なこの敵は、しかしあともう少し程度の時間なら1人で引き付けていられよう。彼女を癒しながらマルクは頭の抉れた敵へ視線を向ける。
(何が彼女を捕えているのだろう)
 罪悪感か、諦念か。本人でなければわからない。いや、本人でさえもわからないかもしれない。
「僕らができるのは、この世界を破壊して、連れ戻すだけだよ。君の、本当の友達がいる世界へと」
 ぎょろり、とマルクへ眼のひとつが向く。しかし素早くその前へマカライトが滑り込んだ。ここでマルクが不調を来せば、一気に瓦解する可能性もあるだろう。この大事な局面において、それだけは許されない。
「ヴァイオレット、行ってやれ!」
 今の内だと言葉が背中を押す。その時ぶるりと化け物が大きく体を揺らし、両腕で空間全体を薙ぎ払った。イレギュラーズたちの身体が舞い、地面へ落ちる。
 その瞬間に、想う。かつて文と過ごした思い出と――ここまで到達するに至った、その心を。
「まだ……まだです」
 ふらりと立ち上がったヴァイオレットが化け物の身体を駆けあがり、塞がりかけている傷口へ到達する。見えなくなってしまいそうな文の姿を短剣で切り払って露わにする。
「文ちゃん!」
 彼女の意識はない。意識が戻ったとしても、気付かないかもしれない。
("私"は、それでも)
 手を伸ばし、その体を抱き寄せる。体はとても軽くて、けれどこの世界でもとくとくと規則的な音を小さく響かせていた。
「ヴァイオレットさん、こっち……!」
 フラーゴラの声にヴァイオレットは化け物から飛び降りる。文を取り返そうとするように化け物が動き出すが、イレギュラーズたちはそれを阻むように立ちふさがった。
「手出しさせないよ!」
 響く咆哮。ソアのそれに続き迅の拳が大きく振りかぶられる。
 その間にも後方へ下がったヴァイオレットは、フラーゴラによって治療される文を心配そうに見下ろした。まだ意識はないが、大きな怪我もなさそうだ。あとは目を覚ましてさえくれれば良い。
(精霊よ、感謝します)
 ルル家は刀を化け物へ向け、ここへ至るための力添えをした精霊へ感謝の念を送る。命を奪うことなく、恐れ(狂気)のみを斬る。まさしく、ルル家が嘗て望んだヒーローの姿だ。
 故に。あとは人間が頑張らなくてはならない。大団円となるための大切な一歩は、今だ。
「お待たせ……!」
 治療を終えたフラーゴラが参戦し、敵を痛めつけていく。マルクの治癒と、小夜の按摩があと少しのギリギリを持たせ、仲間たちの攻勢を支えた。
「これで仕舞いです!」
 迅の拳が化け物を上向きに跳ね上げ、次いで地面へとめり込ませる。何かが潰れるような、嫌な音を響かせたのち――化け物の身体は、さらさらと灰のように崩れていった。



 酷く、悪い夢を見ていたような気がする。そういう時に限って、内容もロクに覚えていないのだけれど。
 それどころか、殆ど記憶もない。お医者様は記憶喪失だと言っていた。
 不安はあるけれど、それでも比較的穏やかでいられるのは――目覚めた時からついていてくれる、優しい人がいるからだろう。

成否

成功

MVP

ソア(p3p007025)
愛しき雷陣

状態異常

夢見 ルル家(p3p000016)[重傷]
夢見大名
白薊 小夜(p3p006668)[重傷]
永夜
ソア(p3p007025)[重傷]
愛しき雷陣

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 無事に文救出となりました。怪我をした人は休んでくださいね。

 それでは、またのご縁をお待ちしております。

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