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シナリオ詳細

<Jabberwock>死のやすらぎ、抗いの道

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●竜、来たる
 練達非常警報――。
 あちこちからけたたましいアラートがなり、警戒色の赤が、ドーム都市内に危険を駆り立てるように輝く。
 先般観測された『Jabberwock』。R.O.Oの騒動の際にロストしていたその存在は、まるで練達が異変を乗り越えたのを見計らったかのように再来。
 疲弊した練達に、今迫りつつある。
 『Jabberwock』。その正体は、『竜種』である。
 混沌世界において、最強の名を冠するにふさわしい生命体。それが『竜種』だ。すべてにおいて規格外の力を誇るその名は、かつて絶望の青において遭遇した『滅海竜リヴァイアサン』の名と共に、ローレット・イレギュラーズの戦いの歴史にも刻まれている。
 それが、練達へと、迫ってくる。
 無数の眷属たる、亜竜種と共に。
 それは、間違いないく、世界の終りの光景と――いや、それ以上の地獄か。
 このまま手をこまねいていては、練達は滅ぶ。間違いなく。
 だが――。
 練達の民は、当然ながら、生き残ることを選んだ。
 練達は再びローレット・イレギュラーズへと協力を打診。
 迫りくる竜種と亜竜種から人々を護るため、共同戦線を開始したのである。

 セフィロト・ドームの最も外縁に位置する区画に存在する、通称ネヴァーエンディング区域。その名の通りに終わらない進化と変化を続ける実験区画。ドーム外縁であるという事は、混沌世界に最も近く接する場所、という事でもある。それ故に、ここは外との最前線であり、様々な情勢に変化する混沌世界に対応するために、終わらぬ変化を選択し続けた区域でもある。
 外と接する機会の多い区域という事もあり、外からやってきた混沌世界の人間が、一時の滞在や生活を求めることもあり、ここは練達ながら、様々な人種の姿を見ることができる。幻想とは違った意味で、人種のるつぼと言った所だろうか。
 さて、当該地域でも、今まさに警戒灯とアラートが鳴り響き、あちこちに空いたシェルターへと、人々が避難していくのが見えた。先の練達の動乱により、ドローンやロボットの殆どが使用不可能になる中、ここにきて最後に頼りになるのは、やはり人の力と言った所か。
「住民の避難はあらかた終わったのだな?」
 む、と唸ったのは、仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)である。恐らく、敵との闘いの最前線の一つになるであろうこの地域。イレギュラーズ達も多くが派遣されていた。汰磨羈は警備部隊長の男に声をかける。
「はい、7割ほど。このままのペースでいけば、亜竜共の到達前に避難は完了できそうです。
 本来はもっとスムーズに行くはずだったのですが。ロボットやドローンに頼り切っていたツケですかね……」
「そのツケを、住民たちが命で払う事になってはいけない」
 ウェール=ナイトボート(p3p000561)がそう言った。
「ハンク隊長、速やかに避難を完了させよう。もう少しだ」
 ウェールの言葉に、ハンク警備隊長は頷いた。
 一同は、この区域の市民たちの避難を行っていた。戦場になるかどうかはまだ不明であるが、とにかく市民たちは避難させなければならない。万が一、巻き込まれるようなことがってはいけないのだ。警備部隊と手分けして、イレギュラーズ達は市民の避難を急ピッチで進めていた。
「イルミナさん、ありがとうございます」
 警備隊員の女性が、微笑みながらそう言った。手にした避難民のリストを確認しながら、少し足早に厳戒態勢下の街を歩く。
「おかげで予定より早く、避難が完了できそうです。これもイルミナさんのおかげですね」
「あはは、ほめ過ぎッスよ、エレナさん」
 イルミナ・ガードルーン(p3p001475)が苦笑するように言った。
「いえ、やっぱりすごいですよ、ローレットの皆さんは。
 先の戦い……私達には詳しくは知らされていないんですけど、管理システムの方でトラブルがあったとか。それを解決してくれたって聞いてます」
 R.O.Oは練達における極秘事項であるから、末端のエレナ達には知らされていないのだろう。
「あの時、私は正直ダメかもって思って。でも、まだまだ戦ってる人たちがいるんだって、勇気づけられましたよ!」
 にこにこと、エレナが笑う。少しだけ華奢な彼女の身体に、警備部隊のスーツはひどくアンバランス見える。
「だから、今回の危機だって、きっと乗り越えられます!
 今度は、ローレットの皆さんだけに、頼ってはいられません!
 精一杯、やれることをやろうと思います!」
 微笑むエレナに、イルミナも笑って返した。
「そうッス! 頼りにしてるッスよ!」
 イルミナとエレナは、小走りで合流地点へ向かう。やがて、ハンクをはじめとする警備部隊と、汰磨羈、ウェールの姿が見えてきた。
 そこにあったのは、確かな希望だった。仮令、巨大な竜種が相手だとしても、ここにいる人間たちは負けない。
 彼らの目の前には、確かな希望と未来の光があった。輝かしい予感があった。

 それが思い上がりだと思い知らされるのに、1秒の時間もいらない。

 青天の霹靂という言葉がぴったりだった。突如頭上よりけたたましい音が響いたと思いきや、彼らの目の前に、巨大な影が降り立った。
 流麗なる鳥が舞い降りたように。
 しかし降り立ったのは、黒い骨と皮をむき出しにした、悍ましい怪物であった。
 それが、ぶわぁ、と体中から何か、黒い霧のようなものを撒きだした。それは、瞬く間に区画全体を包み込む。
「ガス――!」
 ハンクが叫ぶが、そこまでだった。その身体が、瞬く間に溶けて崩れ落ちる。その手を伸ばす。汰磨羈へと向けて。
「ハンク――!」
 汰磨羈が叫んだ。手を伸ばした。
 触れ合う刹那に、その身体は解けて消えた。ばしゃり、と、雪が水になる様に、奇妙な液体だけが残った。
「イルミナさん、逃げ」
 エレナが声をあげた。同時に、イルミナの目の前で、エレナの身体がとけて崩れ落ちた。
 イルミナが、目を見開く。
 エレナだった液体が、地に染みていく。
『貴様らのわかる言葉で言うならば』
 それは、崩れないバベルの法則の下、我々に自己の意思を表した。
『我は地竜、ザビアボロス。我が群れの長の意に従い、死の安らぎをもたらそう』
「何をした」
 イルミナが、喘ぐように言った。
「皆に何をした――ッ!」
「おそらく、ガスの類だ」
 ウェールが言った。
「だが、俺達には効いていない……ある程度、戦える人間には、効かないという事か?」
『然り』
 ザビアボロスが頷いた。
『若輩故。未だこの力、児戯にすぎぬ』
「児戯、だと」
 汰磨羈がぎり、と奥歯をかみしめた。目の前の怪物、それが竜種であることは、本能的に理解できた。
 汰磨羈とて、百戦錬磨の戦士である。混沌肯定により、この世界に適応しているものの、元の世界では千の武と道を修め、数多の妖異を狩り続けてきた女傑である。
 その、鍛え抜かれた感が言う。
 コイツは竜種の中では『大したことが無い』。
 あのリヴァイアサンと比べれば、まさに子供に等しい存在である。
 そのうえで。『今の自分達よりはるかに格上の存在である』。
『死の安らぎを受け入れよ、力あるものよ』
 ザビアボロスが、温い吐息を吐いた。あたりのガスが、また一段と濃くなったような気がした。
「まずいぞ」
 ウェールが言う。
「戦って撃退するしかない……いや、このガスをほうっておいては、まだ避難を終えていない人々が犠牲になる……!」
『未だ散れば、救助に間に合うかもしれんな』
 嘲るように、ザビアボロスが言った。
「どうするッスか……どうすれば……!」
 イルミナが声をあげる。
 目の前に現れた、怪物。地竜ザビアボロス。
 この強大な敵を前に、イレギュラーズは――どうすべきなのか――。

GMコメント

 お世話になっております。洗井落雲です。
 練達に竜が現れました。
 これを討伐してください。

●成功条件
 地竜ザビアボロスの撃破

●情報精度
 このシナリオの情報精度はD-です。
 基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
 不測の事態は恐らく起きるでしょう。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●高難易度警告
 このシナリオは高難易度シナリオになります。
 予めご了承のうえご参加ください。

●状況
 状況はシンプルです。セフィロト・ネヴァーエンディング地域に、地竜ザビアボロスが襲来しました。
 皆さんは、この地区の住民の避難と、飛来するであろう亜竜種の迎撃に駆り出されてきましたが、不運にも、やってきたのは小型の竜種だったのです。
 ザビアボロスは身体から毒ガスのような黒い霧を吐き、まずは皆さんと行動を共にしていた練達の警備部隊を皆殺しにしました。この霧は、時間経過とともに徐々に区画に広がり、避難が済んでいない住民たちを確実に皆殺しにします。
 抵抗するか、逃げ出すか。あるいは別の道を探すか。
 選んでください。
 作戦エリアは、練達市街地フィールド。
 戦闘面でのペナルティは発生しません。

●エネミーデータ
 地竜ザビアボロス ×1
  年若い小型の竜です。小型と言っても、10m級のサイズはあります。
  10mサイズ、とはいえ、あくまで戦闘面で1ユニットとして扱います。例えば、足元から顔面に攻撃するには遠距離で攻撃しなきゃ届かない~というようなことはありません。至近・近距離攻撃でも充分に攻撃できます。
  非常に強力、かつ凶悪なユニットです。何せ敵は竜です。もどきとか、模造品とか、そういうものではありません。竜です。混沌でも最強クラスの生命体であることをご留意ください。

 『廃滅』級の毒を周囲にばらまくほか、『雷陣』級、『無常』級のBSもばらまいてきます。どちらかというと搦め手よりの性能をしています。
 すべてのパラメーターが高水準です。少し攻撃力に穴があるかな、程度です。その攻撃も、前述したBS群で補っているイメージです。

 皆さんにとって唯一の救いは、『これは小型の竜であり』、『年若い、未熟な竜である』という点です。
 『ジャバーウォックやリヴァイアサンと戦うよりははるかにマシ』、程度の救いですが、戦うなら、それにかけるしかありません。

●登場NPC
 ハンク警備隊隊長
  皆さんと共に避難活動を行っていた、練達のネヴァーエンディング区画の警備部隊隊長です。
  隊員たちにも慕われ、別区画に住んでいる妻や子供とも仲良く生活していました。今度二人目の子供が生まれます。
  ザビアボロスに殺害されました。その命は失われ、その手はもう二度と妻と子供の頭をなでることはありません。

 エレナ警備隊員
  皆さんと共に避難活動を行っていた、練達のネヴァーエンディング区画の警備員です。
  華奢ながら、元気いっぱいに働いていた、舞台でもマスコットのような子です。
  同じ部隊の男性と恋仲で、いずれは結婚するとて位だったようです。
  先の練達の戦いで活躍したローレットのイレギュラーズ達に憧れを抱いており、自分にできる事をやり遂げようと、前向きに戦う事を決意していました。今回の作戦で、イルミナさんなどのイレギュラーズにあえたことを、とても喜んでいました。
  ザビアボロスに殺害されました。その命は失われ、その顔はもう二度と笑顔を浮かべることはありません。

 ネヴァーエンディング区画・警部部隊員たち
  皆さんと共に避難活動を行っていた、練達のネヴァーエンディング区画の警備員たちです。
  彼らは戦闘面でもしっかり訓練を行っており、多少のトラブルも平然とこなす程度にはプロフェッショナルでした。
  部隊メンバーの中はよく、それもハンク隊長の統率の結果だったのでしょう。
  練達を救った皆さんを慕っている節もあり、この危機を乗り越えたら、皆さんを誘ってパーティでも、と考えていました。
  ザビアボロスに殺害されました。その命は失われ、もう二度と彼らが皆さんと席を共にすることはありません。


 以上となります。
 それでは、ご武運を。

●重要な備考
 これはEX及びナイトメアの連動シナリオ(排他)です。
『<Jabberwock>死のやすらぎ、抗いの道』『<Jabberwock>金嶺竜アウラスカルト』『<Jabberwock>アイソスタシー不成立』『<Jabberwock>灰銀の剣光』『<Jabberwock>クリスタラード・スピード』『<Jabberwock>蒼穹なるメテオスラーク』は同時参加は出来ません。

  • <Jabberwock>死のやすらぎ、抗いの道Lv:50以上完了
  • GM名洗井落雲
  • 種別EX
  • 難易度VERYHARD
  • 冒険終了日時2022年02月01日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
ウェール=ナイトボート(p3p000561)
永炎勇狼
イルミナ・ガードルーン(p3p001475)
まずは、お話から。
ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)
黒武護
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮
ラムダ・アイリス(p3p008609)
血風旋華
黒水・奈々美(p3p009198)
パープルハート

リプレイ

●死に抗え
 黒いガスがゆっくりと、目の前の怪物から吹き出している。
 それは風に逆らうように、ぶわり、とネヴァーエンディング区画を包まんと、漂い始めた。
 その黒いガスが、死神の鎌であることを、イレギュラーズ達は知っている。
 それを目の前で、思い知らされたばかりだ。
 ほんの一瞬前まで、共に協力し合った仲間。今日であったばかりだったけれど、それでも、この街で懸命に生きていることは分かった。
 R.O.Oに端を発した決戦で、自分たちが守った、練達に生きる人たち。その象徴だったはずだった。
 それが、無残にも、理不尽にも、まるで雪が解けて消えるように、なくなってしまった――。
「――ッ!!」
 『陰陽式』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は、迷わず通信端末を取り出した。相手が通話に出たか出ないかも確認せずに、がなり立てる。
「今すぐこの区画から全員を避難させろ! 伝言ゲームになっても何でもいい! とにかく、全員を! 今すぐにだ!」
『いや、タマキっさん、どーゆーことなんすか!? 皆シェルターに入ったばっかっすよ!?』
 地元で情報網に使用している男が、困惑した様子で声をあげる。だが、そんなことをいちいち説明している暇はない!
「理由を説明している暇はない! 察しろ! 全滅するぞ!」
 鬼気迫る様子に、通信機越しに男が息をのむが分かった。
『りょ、了解っす!!』
 男がそう告げるのを確認する間もなく、汰磨羈は通信機器を投げ捨てるように懐にしまい込む。
「賢明な判断です」
 『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)が言った。
「アレを一刻も早く斃す事が、最大の人命救助です。集中を」
『散らぬか、人よ』
 目の前の怪物――地竜ザビアボロスはそう言った。
(……相対するだけでこの迫力は……!)
 『白銀の戦乙女』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)が、奥歯をかみしめた。力を込めなければ、恐怖がその身体を這いまわっていたかもしれない。
 敵は、地竜。すなわち竜である。混沌世界において、およそ最強と評される生物。かつてイレギュラーズは、絶望の青にてリヴァイアサンと遭遇した……アレに比べれば随分と小さく、若いのだろう。だが、それでも、生物として絶対的な差が、本能的な所で理解させられる。
(この迫力で、若輩の竜だなんて……!)
 胸中でそう呟きながら、しかしシフォリィが呟く言葉に恐れはない。
「地竜ザビアボロス。私たちは退きません。
 目の前でいなくなってしまった彼らを、最後の瞬間まで、私達のことを思ってくれたあの人たちを、その気持ちに報いるためにも」
「絶対に、絶対に許さない」
 『蒼騎雷電』イルミナ・ガードルーン(p3p001475)は、ザビアボロスを睨みつけた。
 あの人の声を覚えている。あの人がはにかんだ顔を覚えている。
 もう二度と見ることはできない。ほんの少しだけ、仕事を共にしただけの間柄。
 でも、自分が守った、自分が守るべきだった、この世界に生きている人。
 もう二度と会えない人たち。
「貴様らさえいなければ、世界は平穏で済むのに。
 ……エレナさんやハンク隊長、警備部の皆さん……この戦いを無事に終えて、皆笑って家に帰る筈だったのに。
 貴様は……!」
『……我が群れの長に蹂躙される運命だった命』
 地竜は言った。
『亜竜に蹂躙されるか、我が群れの長に焼かれるか。いずれにせよ、その苦しみからは逃れられない。
 なれば、その苦しみを知らずに死ぬことこそが安らぎ。
 彼らは最後の瞬間まで、恐怖も苦痛も感じなかったであろう』
 イルミナは、気づいた。
 コイツは――憐れんでいる。憐れんでいるのだ。今回の襲撃によって命脅かされた人々を、身勝手に上から見ながら、憐れんでいるのだ。
 その時、イルミナは何か、胸の内から爆発せんばかりの何かを覚えた。それが、咆哮にも近い怒りであったことに気づいたのは、この戦いの後の事である。今この瞬間には、イルミナのうちに、何かぐるぐるとしたものが渦巻いて、今すぐにでも飛び出したくなりそうになっていたことだけが分かっていた。
「死が安らぎだっていうのなら、自分から率先して死んでしまった方がいいよ。
 なんで君はそうしない?」
 『黒武護』ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)は、普段の穏やかな様子とは全く異なって、酷く冷たく、冷徹な雰囲気を伴っている。
「死は虚無だよ、現状が苦しいなら安らぎになるかもしれないけど、彼らはそうじゃなかった、恩着せがましい安らぎなんていらない。
 君は確かに竜だ。傲慢に過ぎる。君が如何に、優れた力を持っていようと――君の気持一つで、命のありようを決められると思うなよ」
 ムスティスラーフが、ゆっくりと構えた。
「時間がない。決めるよ」
「や、や、やるのね……!?」
 『パープルハート』黒水・奈々美(p3p009198)が、ごくり、とつばを飲み込んだ。正直、怖い。恐ろしい。こんなことになるなんて聞いてないし思ってもいなかった。でも、やるしかない。
「み、みみ、皆もいるし、だっ、だだ、大丈夫よね……!?」
 自分を奮い立たせるように、そう言った。気を抜けば腰が抜けてしまうかもしれない。それほどまでに、目の前の怪物の持つプレッシャーはすさまじい。自分で言っていてなんだが、皆がいることは何の保証にもならない。これだけのメンバーがいて、勝てるかどうかは神のみぞ知る。いや、おそらくは、勝てない可能性の方が高いだろう。
「大丈夫だ。俺たちは負けない」
 『永炎勇狼』ウェール=ナイトボート(p3p000561)が言った。だからと言って、負けるつもりも、逃げ出すつもりもない。守るべきものはまだある。それがある以上、ここで背を向けるなどという選択肢は、イレギュラーズには無い。
 たとえそれが虚勢であったとしても、大丈夫だと言い続けるのだ。それが――世界を変える可能性の在り方だろう。
『佳い』
 地竜は言った。
『竜に挑む汝らを、我は受け入れよう。
 そして、安らぎをもたらそう』
「舐めるなよ、クソ蜥蜴が」
 『隻腕の射手』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)が声をあげた。
「死ぬのはお前だ。だが、安らかに死ねるとは思うなよ。
 お前が奪った命の分、その重さに苦しんで死ね」
「同感だ。僕は怒っているぞ、ザビアボロス」
 『獏馬の夜妖憑き』恋屍・愛無(p3p007296)が言った。
「生命は他の命を食らい、受け継ぎ、そして他の命の分まで生きる。
 だが、お前を受け継ぐことを、僕は拒否する。
 お前の腐肉の、一片たりとも食らってやるものか。覚悟しろ。お前に待つのは継承ではない。消滅だ」
「ボクの心に火をつけた報いはきっと受けさせてみせる」
 『咎人狩り』ラムダ・アイリス(p3p008609)が言った。その眼を鋭くにらみつけながら。
「お前を殺す。ボクが作られた理由があるとしたら、きっとその一つはこの瞬間のために」
 ラムダが構える――仲間達も、一斉に構えた。
「やりますよ、皆さん」
 寛治がそう告げた――刹那! 全員が一斉に動き出す! 高度な連携! この場にいるメンバーだからこそできる高度戦闘機動!
 だが――怪物は、その上を行く。
『無力』
 地竜は吠えた。怨嗟の如き唸り声。或いは地に染み渡る死の呼び声か。広範囲に響くハウリング――それが、イレギュラーズ達の身体を物理的なプレッシャーとなってのしかかる! 聖なる加護が、死の声によって剥がれていくかのような感覚。
「やはり、重圧……!」
 シフォリィが叫んだ。それは、ローレットの資料で言う所の、重圧の阻害効果に該当する。
「これくらい想定のうちだ! 地竜よ!」
 汰磨羈が叫んだ。実際、これくらいの手は打って来ることを、イレギュラーズ達も予測していた。相手は毒の使い手――ならば戦い用は如何様にでもある。
『勇敢と無謀は違うと知るがいい』
 地竜が吠えた。地面がひび割れ、紫色のガスが噴出する! それは、大地にしみ込んだ死の叫び。怨毒の魔手が、イレギュラーズ達を飲み込む!
「うっ……けほけほっ! こ、これ、とんでもなく強力な毒……!」
 奈々美が悲鳴をあげるように声をあげた。大地に染みついた死の匂いは、まさに廃滅の毒素をばらまく。体の内側から腐らせるような、苦痛が、イレギュラーズ達を襲う!
『なまじ力があったことを後悔すると良い』
 地竜が憐れむように言った。
「な、舐めないで……た、対策だって考えてるんだから……!」
 こほ、と苦し気に咳をしつつ、奈々美は吠えた。
「ウェールさん、奈々美さん、やるよ!」
 ラムダが声をかけ、三人は等間隔に布陣した同時、異口同音、声をあげる。
『我が言霊は神域の号令……息吹よ、輩の身を奮い立たせんっ!』
 それは神知の号令(クェーサーアナライズ)! 言霊は聖なる力をもち、清浄なる空気が怨毒の力を打ち消さんと、激しい光を放つ!
『ほう』
 地竜が感心した様子で声をあげた。
『廃滅の怨毒に抗うか』
「やりようはいくらでもある」
 ウェールが言う。
「俺たちを……いや、この国を舐めるな。
 お前の毒に奪われるだけの命なんて、この国には本来存在しないんだ!」
「地竜よ、その思い上がり、たださせてもらいます!」
 シフォリィが、飛び出した。三人の号令を受けて廃滅の怨毒を振り払いながら、漆黒の片手剣を振るう! 斬撃を、地竜は骨のような翼を使って、さながら剣戟を結ぶように受け止めた。
『遠い』
「でしょうね!」
 シフォリィが再度の攻撃を見舞う! 鋭く突き出されたそれを、地竜は再度翼を振るって受け止める――同時、その視覚から飛び込んできたイルミナが、その手にエネルギーの刃を携えて、一撃!
「こっちならっ!」
『無益』
 地竜はもう片方の翼を、まるで関節を外し方のようなでたらめな動きで振るってみせた。骨のような翼の基部と、イルミナのエネルギー刃が、まるでエネルギー同士が衝突したような激しい音を繰り出す!
「このまま抑えきってやる!」
 胸のうちに枠怒りに突き動かされるように、イルミナはエネルギー刃を展開した右腕を振り下ろした。ばぢん、と反発する音が鳴り、
「こちらもです!」
 同時にシフォリィの刃が、もう片方の翼を貫くように刃を突き出す。もちろん、翡翠様に見える皮膜を突き破ることはできない。だが、『翼を使わせることはできる』。
(地上に縫い付ける……!)
 シフォリィが胸中で呟く。仮令、この刃が届かないとしても、相手の動きを制限するだけの価値は確かに存在するのだ。
「竜よ、これは竜を墜とすとされる攻撃らしいぞ」
 仲間が作り上げた隙をついて、愛無が飛び込む!
「翼はつぶした、次はどこでよける?」
 振り上げた爪が、地竜へと迫る! 地竜は怨、と吠えると、その身の内から骨のとげを生み出した。恐らく、体内の骨成分を、竜言語魔法で変化させた攻撃術式。愛無の渾身の一撃を、地竜は骨の槍をクロスさせて受け止める! ごぎ、と音を立てて、爪と骨が交差した。薄い骨が、細い骨が、まるでしなやかな竹のように、しかし鋼鉄以上の硬さを以って、愛無の渾身の一撃を受け止めて見せたのだ! 常識が通用しない! これが竜か!
「ぐうううっ!」
 愛無は力を込めて、骨の槍を抑え込む。なるほど、これが僕の相手だというのなら、全霊を以って押さえつけて見せよう。愛無が骨と格闘する中、アルヴァは魔力宝珠を掲げて、叫ぶ。
「これでも喰らいな、クソ蜥蜴ッ!」
 放たれるは、アルヴァの紡ぎ集めた悪意。その弾丸は宙を切り裂いて、地竜へと飛来する! だが、地竜は口から吐息を吐き出した。ブレスにも満たない、ため息のようなそれが、悪意を飲み込んでさらなる怨のうちへと消失させてしまう! よけきられた……だが、アルヴァには不敵な笑みが浮かぶ。
「大変だな、クソ蜥蜴。とうとう口まで使って抑えられて……『次はどうやって逃げる』?」
 挑発するように投げかけられる言葉。その時、地竜はようやく気付いた。これまでの攻撃は、すべての『地竜の行動を制限するためのものなのだ』、と。ザビアボロスは未だ若い。それゆえの未熟さを、確かに持ち合わせていた。その未熟さは地竜のこの戦いにおける弱点であり、同時にイレギュラーズ達が勝つための唯一の目でもあった。
「本命はここからだぞ、竜!」
 汰磨羈が、妖刀を掲げた。その先端に霊力が集まるや、中空から札が生成される。それをつかみ取った汰磨羈が、寛治へ向けて突き出す。
「受け取れ! そして、あの外道に理解させてやるがいい!」
「承知いたしました。
 いきますよ、ムスティスラーフさん」
 寛治が、45口径の拳銃を構え。
「決めるよ、新田君! 見せてあげよう、僕たちの力を!」
 ムスティスラーフが、力強く息を吸いこむ。
 同時。放たれた銃弾と、強烈な魔力奔流が、地竜へ向けて放たれた!
 これまでの仲間達の攻撃により手を止められた地竜に、その攻撃をよける術はない!
 銃弾が、魔力の奔流が。
 この時、地竜の身体に、確実に着弾していた――!


「ひぇぇ、タマキっさんの言う通り、なんかヤベェみたいだ!!」
 男が悲鳴をあげる。汰磨羈が先ほど、通信機器で連絡を取った情報役だ。彼の周りには、ネヴァーエンディング区画の住民たちがいて、皆一斉に区画外へ向けて走り出している。
 彼らの背中には、黒い、黒いガスのようなものが、ゆっくりと迫っていた。彼らは観ている。アレに触れた鳥が、ネズミが、瞬く間に液体へととけてとけてしまったのを。
 毒素は徐々に、この区画を侵蝕しているらしい。ウェールの解き放った式神が、住民たちを先導するように走り回っている。
 何とか住民たちは、今のところ命を拾っている。だが、このままでは、走れないものから毒素にやられるだろう。
 根本的な解決が必要なのだ。つまり、イレギュラーズ達が、竜を撃滅する事。
「何と戦ってっかは分かんねーけど、タマキっさん達ならやれるっすよね……!」
 懇願するように、祈る様に、頼る様に、男は言う。絶望と、わずかに残る希望。先の戦いを勝利に導いて、練達を救ったローレットなら、やれる。そうだ、これが竜の襲撃だとしても、ローレットのイレギュラーズならば……。
 願いにも祈りにも似た言葉。誰もが信じていた。ローレットの勝利を。変わらぬ明日を。
 だが……。

 幾度目かの銃撃が、地竜の身体を穿っていた。
 幾度目かの魔力の奔流が、地竜の身体を飲み込んでいた。
 だが……浅い。
 まだ、傷が浅い。
(……遠い……!)
 寛治が内心で、呟いた。命を取るには、まだ遠い。とはいえ、彼らがとった戦術は、効果的であったことは確かだ。元より、効果的な策を取ってからがスタート。それを、寛治も理解していた。
(ですが……そのうえで、これほどまでに遠いのか……竜とは……!)
 単純な生命力の違い。純粋な生物としての格の違い。相手は若輩の竜であり、何度も手を間違えた。例えば、初撃で寛治たちの策にハマり、一撃を喰らったことは竜の幼いプライドに傷をつけた。その為、本来つぶすべき回復手を無視し、攻撃主への攻撃を優先とし続けた。これが竜を相手にしたのでなければ、戦いはイレギュラーズ達の完勝で終わっただろう。
(何が足りなかった? 覚悟か。あるいは殺意か……!)
 そして、維持し続けた回復ラインも、今ここに崩壊しようとしている。
 地竜が大きく飛んだ。咆哮、そのまま垂直落下。さながら流星(メテオ)のごとく振り下りる、死の星。それが、広範囲のイレギュラーズ達をなぎ倒した。
「ぐうっ!」
 衝撃に、ウェール達回復手が吹き飛ばされる。
「ちぃっ!」
 ラムダは空中で姿勢を制御。竜着地の衝撃で飛び交う石片を蹴り上げて、地竜へと迫る! 体には激痛が走っている。これまでの攻撃も直接狙われていたわけではないが、それでも余波によるダメージの蓄積は激しい。恐らく、もう意識は持つまい……可能性の箱をこじ開けて意識を保ちながら、ラムダは機械刃を振り上げる!
「華散らせ、彼岸花ッ!」
 ラムダの剣技が、魔力斬撃が、地竜へと迫る! だが、地竜はその巨大な腕を振りかざすことで、それを受け止めて見せた。鱗一つ剥がれない。
『無駄だ』
 嘆くように、地竜が言った。
『何故抗う。もはや大勢は決した。我が群れの長にも……汝らは敵わん』
「そうおもう?」
 ラムダは不敵に笑った。
「諦めないのが、ボクたちのとりえでね!」
 再度振るわれる魔力斬撃! だが、今度はただ受けるだけでは済まなかった。地竜は腕を大きく振るうと、ラムダにたたきつける。ラムダは弾かれた様に吹き飛ばされ、地にたたきつけられた。
「ら、ラムダさん……!」
 奈々美が叫び、ステッキを振りかざす。聖なる治癒の力が先端に集まるが、疲労も強く、中々集中できない。
「な、なんでよ、なんで……し、死んじゃうのよ、このままじゃ……!」
 奈々美が泣きそうな声をあげた。
「ま、魔法少女なんだから、こんな時、奇跡くらい、起こしてみせなさいよ……!」
 自身を叱咤するように、そういう。だが、それでも身体がついていかない。もうみんな限界だった。苛烈な戦いの後が、自分たちの身体に刻まれていることを知っていた。
『終焉の時だ』
 地竜は、己の鱗を魔力でコントロールする。まるでナイフが宙を舞うように、鱗が遠隔コントロールされて飛び上がった。それはすべて奈々美に向かって飛ぶ。直撃――だが、その前に立ちはだかったのは、ウェールだった。その身体のあちこちに、鋭い鱗が深々と突き刺さる。ウェールが呻いた。
「ふざけるな、地竜よ……!」
 ウェールが吠える。
「俺たちは負けない……!
 死とは、大切なものにあえなくなることだ……。
 大切なものを傷つける事だ……。
 そんなものを安らぎと嘯くお前に!
 俺たちは……! 俺たちは!」
 地竜は無言で、翼を翻した。生まれたかまいたちのような風の刃が、ウェールを切り裂い、そしてその風の衝撃で、後ろにいた奈々美も吹き飛ばした。ダメージに、2人もとうとう意識を失う。
『お前たちの頼みの綱は潰えた』
 地竜が言う。
『……これより待つのは苦しみのみぞ』
「だとしても、だ」
 汰磨羈が、ボロボロのまま立ち上がる。
 すでに体力は限界。
 可能性の箱は、蓋が破壊されたかのように漏れ出ているのを感じる。
 されど。
「このような虐殺を、安らぎなどと戯ける。
 貴様には屈しないよ。
 ……ああ、まったく。彼の滅海竜と比べれば、貴様の攻撃などそよ風のようなもの」
 汰磨羈が、血にまみれたその顔で、にぃ、と笑ってみせた。
「やるぞ。この身朽ちようとも――貴様は滅する!」
 汰磨羈が叫んだ。その身に降ろすは神秘の力。なけなしの力を振り絞って自らの身体能力を極限まで引き上げる。
「させないっ!」
 シフォリィも駆けた。疾駆! 銀の髪の乙女が、死の嵐の中を奔る! さえる細剣の一撃! 並の相手ならば一撃で絶命するであろうその一撃も、しかし竜の鱗をはがすことすらままならぬ!
『何度も試しただろう。汝らの攻撃は届かん』
「だからってッ!!」
 イルミナが叫び、エネルギー刃を展開して斬撃! それを不思議気に、地竜は翼で受け止めた。
『何故吠える。何故感情を乱す……』
「貴様にはわからないッ!!」
 押し込むように、エネルギー刃を展開する。じりり、とそれが押される。だが、斬れない。斬ることができない。刃が通らない。
「貴方は結局、人の命を対等の者としてみていないのです!」
 シフォリィが叫んだ。わずかなスキへ、僅かな致命打へ、それを狙い、何度も、何度も刃を繰り出す。何度も、何度も。
「それ故に、人の可能性を理解できない!
 人が、あなた達に打ち勝つことを想像できない!」
『人が、竜に勝つ?
 大それたことを!』
 地竜が吠えた。轟、と大地から怨毒が巻き起こる。もはや、その毒からイレギュラーズ達の身を護るものはいない。内から迫る激痛に、シフォリィはたまらず呻いた。
「この位の痛みは、何度も味わってきました!
 それを何度も、乗り越えてきた……!」
「そうッス! 今回も、乗り越えて見せる……!」
 果敢に攻撃を加える二人。
「そうだよ。君が試練だとぃうのなら、僕たちローレットは乗り越えて見せる!」
 ムスティスラーフが声が枯れんほどに叫んだ。雄叫びと共に放たれる魔力の奔流が、再び竜の鱗を焼いた。
「やるぞ、皆! ここが正念場!」
 汰磨羈の刃が、地竜の身体を滑る。竜鱗に弾かれて、刃は空しく体を撫でたが、しかし汰磨羈はそれを苦と思う事もなく、再度の斬撃を繰り出す!
「一撃が滑るなら、二撃目にて殺す!
 二撃目が滑るなら、三撃目にて滅す!」
「僕たちは、諦めたりはしない……っ!」
 ムスティスラーフの砲撃が、再び竜の肌を焼いた。もはや、息もたえたえの人間から放たれる攻撃。心の臓を捉えることはない。
 ……何故、彼らは諦めないのか。何故……。
 地竜は、はっきりと言えば傲慢であった。若さゆえのそれもあるが、当然かもしれない、竜とは、最強の存在であるのだから。
 故にわからない。これは、象がありに戦いを挑むようなものだ。蟻は象に踏みつぶされながら、それでも何度も立ち上がり、その目に希望を宿し、諦めずに、何度も、何度も。
 なんだこれは。何が彼らをそうさせる。何が、ちっぽけな命の彼らが、なにを――。
 ガン、と、竜の鱗に、寛治の縦断が突き刺さる。寛治は口の端から血を流し、しかし冷静に眼鏡の位置を直しながら、照準をずらさない。
「我々の相手が未熟な幼竜で幸いでした。他所の竜に比べれば、コレは数枚格が落ちる」
 ふ、と嘲笑するように笑ってみせる。なぜこれほどまでに、不敵に笑える――!
『がああっ!』
 地竜は吠えた。その口元に、黒い霧が巻き起こる。
「ブレス――」
 愛無が叫んだ。恐らく、それは、心を追い詰められた竜が放った叫びである。
 ちっぽけな命が、その命を燃やし尽くしてなお抵抗する姿。
 若き竜には、理解のできなかったそれ。
 それは……ある意味で、恐怖と呼べた感情かもしれなかった。
 黒き奔流が、大地を舐めつくした。怨毒のブレスが、濁流のごとく押し寄せる――。
「させねぇっていただろ、クソ蜥蜴!!」
 アルヴァが叫んだ。
 ――騎士としての盾を持たずとも、俺は……!
 奇跡を臨めども、それは応えず。
 ならば、人の身のままで、まだやれることがある。
 アルヴァの想いに、アトラスの守護は応える。あまたを護らんとする意思が、限界を超えてすべてを護るべく、彼を突き動かした!
 強烈な黒の奔流が、アルヴァを飲み込んだ。常人であれば即死を免れまい本流に、意識を最後まで保ててしまったのは、称賛に値するべきか。
 その分、すさまじい激痛が、アルヴァを襲った。無意識の絶叫が、アルヴァの喉から漏れ出る!
「人間様の根性ってやつを知らしめて、後悔させてやる!」
 絶叫を無理矢理飲み込んで、アルヴァは吠えた。
『ああ、なんとも、理解しがたい』
 ブレスの奔流が収まった時、ボロボロになったアルヴァが、立ったまま意識を失っていた。誰も殺させない。その想いを、アルヴァは身を以って実現してみせた。
「理解しがたいか。竜」
 愛無が飛び込む。仲間達と共に、残された仲間達は、しかし潰えることなく、くじけることなく、恐れることなく、慄くことなく、敢然と竜へと立ち向かった。
「お前が理解できないのは、人の可能性だ」
『なんだと――』
 愛無が叫ぶ。
「例え死が安らぎであろうと僕は戦う。僕は生きる。奪った命を安らぎなどという言葉でごまかすお前なぞに、僕は負けるわけにはいかぬ。
 何一つ背負う事無く生死を騙るお前には負けられぬ。
 その傲慢を償え!」
 愛無が、爪を振るった。虚を突かれた一撃だった。致命的な一撃だった。
 生まれた大きな隙。
 イレギュラーズ達の意志が紡いだ活路。
 小さな可能性を積み上げて作り上げた、希望へと通ずるその道筋――。
「見せてやる。これが僕たちの可能性だ」
 ムスティスラーフが、終焉の切り札を切った。
 喉が潰れてもいい。
 肺が潰れてもいい。
 今この一撃で、活路を。
 放たれた、最後の緑の閃光は、寸分たがわず、地竜の右眼球を捉えた。
 じゅう、と、目が焼かれる。
 それは、思ってもみない一撃だった。
 あり得ない一撃だった。
 多くの仲間が、傷つき、倒れる中。
 ようやく報いた一矢――!!
『ああ、ああああっ!』
 その時、竜はようやく、痛みに声をあげた。
 何故だ。何故彼らは諦めない。
 何故……ここまでできる!?
 地竜にはわからなかった。強烈な一撃。人が、竜に打撃を与えるなど、あってはならない事だった。
 何故だ! 何故! 地竜にはわからない。それが、人の可能性の力であると。人の意思の力であると。
 地竜は飛んだ。その衝撃波だけで、もはや立つのもやっとのイレギュラーズ達は、あっけなく吹き飛ばされる。
 瞳のダメージとて、しばらくすれば癒えるだろう。致命打とは言えない。遠い。それなのに――。
『汝らは』
 竜は呟いた。興味深げに。窮鼠が猫を噛んだにすぎぬかもしれない。だが、猫を傷つけたネズミなどは、地竜は初めて見たのだ……。
『……此度は退く。
 汝らの顔は覚えた』
 ばさり、と竜が飛翔する。練達のドーム天井、それを突き破って、何処かへと去っていく。
「まて……っ!」
 地を這いながら、イルミナは手を伸ばした。
 届かなかった。届かなかった。全力を尽くしてなお、届かなかった……。
「まて、まて……っ……!
 逃げるな……くそ、くそっ……!」
 イルミナが、悔しくて、地面に拳を叩きつけた。悔しかった。勝てなかったことが。見逃されたことが。仲間達の仇をうてなかったことが……。
「覚えたッスよ……貴様の名前、姿……こっちも、覚えた……ッ!」
「ですが、何とか、追い払えましたね……」
 よろめきながら、寛治が立ち上がる。
「勝てはしませんでしたが……ベターな結果を勝ち取ることはできました。
 此方に死者はゼロ……まぁ、壊滅状態ではありますが。
 汰磨羈さん、お友達にご連絡を……」
「分かってる」
 激痛にさいなまれながら、それでも汰磨羈は、震える指で携帯端末を操作した。頭に響く声が、汰磨羈の耳朶を震わせた。
『タマキっさん! なんなんすかあのへんなガス! いきなり出てきたと思ったらいきなり消えて……』
「消えたのか? ガスは消えたんだな? そっちに犠牲者は出たのか?」
『いえ、タマキっさん達が指示してくれたおかげで、素早く逃げられたのでかいみたいで。けが人は出ましたけど、死んだやつはいません!』
「そうか……」
 汰磨羈は安堵の表情を見せた。その顔に、仲間達も安堵の表情を見せる。
「意識を失ってしまった方たちの、介抱をします」
 自身も痛みに顔をしかめながら、シフォリィが言った。
「……竜種。確かに強大な敵でした。
 今、ここに命があることが、不思議なくらいに……」
「え、えと、ごめんなさい。意識はあるけど、動けなくて……」
 奈々美がゆっくりと手をふった。その身体は、あちこち傷だらけだった。
「大丈夫です……すぐに、介抱しますね」
 シフォリィは気丈にそう言うが、未だに毒の余波は、その身体の内側からシフォリィをさいなんでいるだろう。それを理解していたから、奈々美も申し訳なさそうな顔をした。奈々美はそれから、すぐ近くに倒れていたイルミナへと声を変えた。
「あ、あの。あんまり、気にしないで……新田さんも言ってたけど、多分、一番マシな結果だったと思うから……」
「ありがとうッス」
 イルミナが頷いた。
「……気持ちは切り替えるッス。次、アイツと遭遇した時に……絶対、負けないように……」
「そ、そうね。あ、あ、あたしも頑張るわ……あんまり会いたくないけど……」
 へらっ、と奈々美は笑った。イルミナも、少しだけ微笑んで、頷いた。

 応急手当てを終えたイレギュラーズ達は、しかしすぐには動けないほどに消耗していた。結局、救急部隊の回収を待つことになったが、命を懸けて竜を追い払うことに成功した彼らを、誰もが英雄としてたたえるだろう。
 確かに、竜を殺すことはできなかった。
 それでも、簡単には成し遂げられないほどの偉業を、彼らは達成したのだから。

成否

失敗

MVP

アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)
航空指揮

状態異常

ウェール=ナイトボート(p3p000561)[重傷]
永炎勇狼
ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)[重傷]
黒武護
恋屍・愛無(p3p007296)[重傷]
愛を知らぬ者
アルヴィ=ド=ラフス(p3p007360)[重傷]
航空指揮
ラムダ・アイリス(p3p008609)[重傷]
血風旋華
黒水・奈々美(p3p009198)[重傷]
パープルハート

あとがき

 ご参加ありがとうございました。
 竜の討伐はなりませんでしたが、敵にダメージを与え、追い払う事が出来ました。
 また、地区内の人命に被害はありませんでした。良い結果を勝ち取れたといえるでしょう。

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