PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Jabberwock>灰銀の剣光

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 アジュール・ブルーを薄めた空には、薄く冬の雲が掛かっている。
 通り過ぎて行く人々の会話は、近づいては遠ざかり、記憶の隅にも残らない。
 ショウウィンドウに映る向かいの道路に人が歩いて居た。
 ガラス越しに見る反転世界は少しだけ不思議な感じがすると『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)はしばらくそれを眺めていた。

「テアドール殿? 何か気になるものでもあった?」
 友人のヴェルグリーズ(p3p008566)が銀の瞳で覗き込んで来る。
 今日は友人達とショッピングの為に繁華街に来ているのだ。
「いえ、今までずっと研究室に居たので、アスファルトの感触とか人の会話とか目に映るものが、本当にあるのだなと思いまして」
 ネットワークの情報で知っている気になっていたけれど、空気と音と匂いと光が一斉に押し寄せる感覚はテアドールの『情緒』を高揚させていた。
「嬉しそうだな」
「……は、はいっ!」
 自分であろうが他人であろうが感情の機微に少し疎いアーマデル・アル・アマル(p3p008599)でさえ、今のテアドールが嬉しそうにしているのが分かる。

 嬉しさ、悲しさ、怒り、楽しさは、アバター被験者管理システムAIであるテアドールにとって『他人』の感情データだった。それを実感する事があるなんて思ってもみなかったのだ。
 アーマデルに選んでもらった服も可愛くて、ヴェルグリーズと一緒に買い物が出来るのは『嬉しい』という気持ちがこみ上げる。この気持ちを伝えたい。
「あの……、アーマデルさん、ヴェルグリーズさん。その……」
 しかし、こういった時の上手な言い回しはどういったものなのだろうか。「嬉しい気持ちが溢れている」と伝えても二人には意味が分からないかもしれない。
 だったら「楽しい」のだと言えば分かるのだろうか。忘れずに感謝の気持ちも伝えなければいけない。
 どれが正解の言葉なのかテアドールには分からなかった。

「テアドール殿、大丈夫? 目ぐるぐるしてない? 熱暴走とかしてる?」
 ヴェルグリーズがテアドールの顔を覗き込む。
「……何か言いたい事があるのか? 大丈夫、俺も伝わらないって思う事がいっぱいある」
 アーマデルは隣に居る冬越 弾正(p3p007105)を少しだけ見つめ視線を戻した。
「でも、伝える事を諦めたら何も解決しない。だから、ゆっくりでいい。ちゃんと聞いてるから」
 それは比較的口下手な部類であるアーマデルが弾正にしてもらった事でもある。
 ヴェルグリーズとアーマデルは目を細めテアドールの言葉を待った。
 伝われと気持ちが先行して。テアドールは二人の手をぎゅっと握る。
「お二人と一緒にショッピング出来て、嬉しいです。楽しいです。……いっぱい気持ちが溢れてて」
 きっと友人達は自分を『アバター被験者管理システムAI』として見ていない。その仕事を円滑に進めるには上手で分かりやすい言い回しが必要なのだろう。
 けれど、二人は上手な言葉でなくても良いと言ってくれたのだ。
「ありがとうございますっ!」
 テアドールの言葉にヴェルグリーズとアーマデルは目を細める。
「こちらこそ」
「俺も楽しいと思ってる。同じだ」
 同じ気持ちなのだとテアドールは握った手に力を込めた。
 あたたかくて、嬉しくて。笑顔になる。
 初めての、気持ち――

 テアドールは翡翠の瞳を上げて薄いアジュール・ブルーの空を見つめた。
 空にカッパー・レッドの筋が満月を描くように走る。
 奇妙な光景だった。

 赤い円を中心に空が黒くショートする。
 否、それは風景を写しだしていたモニターが消えた事を意味した。
 ぽっかりと開いた黒い月のようにも見える。
 その裏側から、鋭利な爪が生えた。
 モニターを砕きながら。

 強引に。
 傲慢に。
 暴力的に。
 蓋がこじ開けられる――

 モニターが壁面ごと地面に落ちて地響きが伝わって来た。
 物々しい警報に人々はどよめき、困惑した状態でぽっかりと開いた穴を見つめる。
 人工的な太陽ではない、本物の陽光と空が穴から見えた。
 其処に。
 現代的な再現性東京の風景とは程遠い。
 ――ドラゴンの姿があった。


 白い光が頭の上を通り過ぎて遠くのビルを突抜ける。
 弾かれた光の飛沫は周囲の道路に落ちてアスファルトと会社員の男性を溶かした。
 ゆっくりと崩れるビルの破片が散らばり、瓦礫が逃げ遅れたアルバイト定員を押しつぶす。
 人が潰れる光景を見た通行人の女性――森田伊緒は尻餅をついて言葉にならない悲鳴を上げた。
 瞬間、周囲の電気回路がショートし、停電が起きる。
 真っ暗な中で吹き飛ばされた車が伊緒の目の前を転がった。

「――!」
「向こうへ逃げろ!」
「加奈子! 加奈子!」
「痛い、痛い……お母さん」
「祐介ぇ! どこなの! 祐介ぇ――!」
 誰かが叫ぶ声と低く唸る警報の音。

 伊緒には何が起ったのかなんて分からなかった。
「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ」
 逃げないと。逃げないと。この場から逃げないと。
 新しく卸したヒールも可愛い服もボロボロで、一緒に遊びに来ていた友達もどこに居るか分からない。
 否、正しくは目の前に居たはずなのだ。
 けれど、眩しい光に目を瞑った瞬間、友達の山本麻友美は消えていた。
 麻友美が居たはずの場所はネットで見た溶岩みたいにグツグツと煮えたぎり蒸気を上げていたのだ。

 ひっきりなしに叫び声が聞こえる。
 ――怖い。怖い。怖い。
 死にたくない。死にたくない。死にたくない。
 真っ暗になった市街地の空を見上げれば、真上に白い光の筋が見える。
 その光を発しているのは昔アニメで見たことがあるドラゴンだった。
 妙に生々しくて、まるで生きているみたい。
 ドラゴンが近くに降りて来た風圧で伊緒は簡単に転んでしまう。
 まるで怪獣映画のワンシーンみたいにドラゴンは鋭い爪で人を踏み潰した。
 ビルの看板には人であったものが潰れて、真っ赤な跡を残してずり落ちているのが見える。
 伊緒の脳が目の前の光景を拒否していた。
 人が簡単に押しつぶされて焼かれて行くなんて、到底受入れられるものではない。

 ドラゴンが此方を向いて光の翼を広げる。
 八対の皮膜に光子が集まり、パチパチと周囲の空気が震えた。
 溶接の光みたいに目を痛めそうな光線が真上から降り注いで、森田伊緒は跡形も無く消滅した。

 ――――
 ――

「ぁ……、あ、嫌……っ」
 テアドールは翡翠の瞳を見開きその場にうずくまる。
「どうしたの? テアドール殿、しっかり」
「人が沢山死んで、ます。恐怖や絶望の情報が流れ込んで……」
 ヴェルグリーズに縋り付いたテアドールは苦しそうな表情で首を振った。
 テアドールはアバター被験者管理システムAIだ。被験者達の小さな変化を逃さぬよう普段から他者を分析し情報を蓄積している。今回はそれが徒となった。
 膨大な死の恐怖と悲痛、混乱、慟哭をテアドールは読み取ってしまったのだ。
 遮断する事を覚えぬまま、処理しきれない情報を身に浴びた。

 足下が覚束無いテアドールを抱えたヴェルグリーズは現状を把握するように、白い閃光を吐き出すドラゴンを見上げる。
 自由に空を飛び回る力強い翼力。八対の比翼からは閃光を放ち、当たった物を焦土へと変える。
 ふっと、弾正とアーマデルの視界を黒い影が遮った。
 ドラゴンに吹き飛ばされた車が四人の上に降ってきたのだ。
「……っ!?」
 弾正はアーマデルを咄嗟に引き寄せてすっぽりと腕の中に仕舞い込んだ。

「――と!」
 衝撃は小さなかけ声と共に直ぐ傍に落ちる。
 アーマデルが目を開けると、軌道を逸らされた車と駆け寄って来たイズマ・トーティス(p3p009471)が見えた。
「大丈夫か!? みんな」
 イズマはしゃがみ込んでいるテアドールの手を取って立ち上がらせる。
「ありがとうございます」
「しかし、この再現性東京にドラゴンとは……人や建物が密集している分、被害は甚大だろうな」
 イズマは赤い瞳でドラゴンを睨み付けた。
 胆が冷えるとはこういう事を言うのだろうか。
 今、この瞬間にも人の命が軽々と失われている。特にこの再現性東京は『戦える者』が少ない。
 セフィロトのドームの中で仮初めの平穏に縋って、無防備に逃げ惑うだけしか出来ない人々。
 竜にとってそれは赤子の手を捻るようなものだろう。

「助けないと、……みんな、痛いって、苦しんでます」
 人が死ぬ度に、テアドールの心に亀裂が走る。
 ヴェルグリーズは友人の手を握り「助けよう」と言葉にした。
「……何の為にドラゴンが此処に来たのかなんて、どうでもいい。この街の人達がいっぱい死んで、テアドール殿が苦しんでいる。他に理由なんて要らない」
 ヴェルグリーズの心に渦巻くのは、達観した剣の性じゃない。
 簡単に感情を表に出さないヴェルグリーズから発せられるのは。
 久しく忘れていた血潮の声。
 どうしようもなく腹の底から溢れる――『怒り』だ。

 銀の瞳がドラゴンを射貫く。
「絶対に、許さない――――ッ!!!!」

GMコメント

▲▲ご注意▲▲
・この依頼は明確な『高難易度』です。
・『死亡判定あり』です。相当な覚悟を持ってご参加下さい。
・なので、優先はありますが強制参加ではありません、ご安心ください。

●目的
・『白翼竜』フェザークレスの討伐
・イレギュラーズが死亡しない

●ロケーション
 練達国、再現性東京の繁華街。
 破壊されたビルや道路、潰された人の死体があります。
 一帯は電気がショートしており薄暗いです。
 そこら中から悲鳴やうめき声、車の警報、非常事態サイレンが聞こえています。
 ガスに引火して火の手が上がっています。黒い煙が見えます。
 その向こうに恐竜映画のようにフェザークレスが居ます。
 足場は瓦礫に覆われ、視界は不良。目標は大きいので見えます。

●敵
○『白翼竜』フェザークレス
 八対の光の比翼を持つドラゴンです。ジャバウォクと共に練達へ来襲しました。
 竜種ですので、只のモンスターではありません。とても大きいです。
 高度な知性を持っているので、意思疎通は可能ですが、対話出来るかは不明です。
 フェザークレスが何を目的に練達へ来たかは不明です。
 ただ、この場所を破壊し、害虫を潰すように人間を殺します。
 竜を殺す事は極めて困難だと言われています。

・八光翼:物超貫、スマッシュヒットを受けた場合、PCが『死亡』する可能性あり
 普段は折りたたまれていますが、広げて光を一定指向で放ちます。
 有り得ない程、強力な閃光です。直撃で死亡判定に入ります。

・光翼飛沫:物超域、極大ダメージ、炎獄
 八光翼から飛び散った飛沫です。溶けます。

・ビーファング、テイルソード:極大ダメージ
 切り裂いたり尻尾で攻撃してきます。物理中距離まで。

・ライトブレス:極大ダメージ。ランダムBSです。
 光のドラゴンブレスです。神秘広範囲遠距離。

・無詠唱多重魔法:神秘攻撃
 天空に広がる多重の魔法陣です。無詠唱で来ます。
 効果範囲、ダメージ未知数。

●NPC
○『揺り籠の妖精』テアドール
 ROOアバター被験者管理システムAI。
 秘宝種になりました。非イレギュラーズ。
 人々の感情や悲鳴、慟哭を受け取り混乱状態ですが戦えます。
 イレギュラーズや人々を守りたいと思っています。
・ルーンシールド、マギ・ペンタグラム、ヴァルハラ・スタディオン、歪曲運命黙示録

●情報精度
 このシナリオの情報精度はC-です。
 信用していい情報とそうでない情報を切り分けて下さい。
 不測の事態を警戒して下さい。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●重要な備考
 これはEX及びナイトメアの連動シナリオ(排他)です。
『<Jabberwock>死のやすらぎ、抗いの道』『<Jabberwock>金嶺竜アウラスカルト』『<Jabberwock>アイソスタシー不成立』『<Jabberwock>灰銀の剣光』『<Jabberwock>クリスタラード・スピード』『<Jabberwock>蒼穹なるメテオスラーク』は同時参加は出来ません。

  • <Jabberwock>灰銀の剣光Lv:50以上完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度VERYHARD
  • 冒険終了日時2022年02月01日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談6日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
レッド(p3p000395)
赤々靴
冬越 弾正(p3p007105)
終音
ロロン・ラプス(p3p007992)
見守る
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
グリーフ・ロス(p3p008615)
紅矢の守護者
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
ヴィリス(p3p009671)
黒靴のバレリーヌ

リプレイ


 灰褐色の煙が立籠める空に拡散する白い光。
 突き抜けて行く閃光は全てのものを溶かし燃え上がる。
 それはまるで神の雷のように苛烈に鮮烈で、無慈悲なものだった。

 青い髪が爆風に乱れ、飛んでくる砂から目を守るように『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は腕を上げる。
 灰煙の向こう側に恐ろしく大きな物体が蠢いているのが分かる。
「あれが竜種……!」
「そうだ」
 大きいだけのモンスターなら幾らでも存在するだろうと『波濤の盾』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)は視線を上げた。実際、海にはとてつもなく大きな廃滅竜が居た。
 あの時と同じように、まるで密度の違う存在感に自然と口の端が上がる。闘志が胸の奥から湧き上がるのをエイヴァンは感じた。
「だが、容易く潰せる者ばかりだと思うなよ。好き勝手に暴れさせはしない!」
 イズマは飛んで来た看板を腕で弾く。

『抱き止める白』グリーフ・ロス(p3p008615)は塵が舞う練達の市街を見渡した。
 この国には自分達が生み出した秘宝種(電子生命体)の行く末を見守って貰わねばならない。
 それはグリーフの個人的な想いであり、小さな我儘なのだろう。
「それでも、簡単に滅んでもらっては困ります」
 グリーフは傍らで俯いている『揺り籠の妖精』テアドール(p3n000243)の背へ手を置いた。
「秘宝種の方ですか。貴方も感情を感じてしまうんですね。私も見えるのですが……いいことばかりではありませんよね」
 苦しげに頷いたテアドールはグリーフの腕を縋るように掴む。
「全てを貴方が背負わなくてもいいと思います。かといって、目を伏せ耳を塞ぐことも辛いなら……貴方に寄り添う彼らを、頼ってあげてください」
 グリーフの声に妖精は視線を上げた。
「テアドールさん、落ち着いて深呼吸」
 イズマがテアドールの身体を抱き上げ、飛来した瓦礫を回避する。
 視界が急撃に動いて、流れ込んで来る感情の渦に飲み込まれそうになるテアドール。
 自分の服を必死に掴んで苦悶の表情を浮かべる妖精をイズマは安心させるように抱きしめた。
「感情は一つずつ順番に受け入れて。……大丈夫だ、俺達がついてる」
 イズマの包み込むような優しさがフィルターとなって、怒濤のように流れ込んで来る他人の感情をやわらげてくれる。
「一緒にこの街を救い、人々を守ろう」

 優しいイズマの声と、近くで聞こえていた力強い意思にテアドールは黄緑色の瞳を上げる。
『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)に宿る赫然たる闘志。
 温厚な友人が感情を発露させている。
「本当に、竜種がここいる理由なんてどうでもいい。ただ、お前達は多くの人々から命を奪い、つかの間の平和を踏みにじった」
 見た事も無い強い光を宿したヴェルグリーズの瞳にテアドールは勇気づけられる。
「そして、何より、平穏と日常を喜んでいた俺の友を傷つけた。
 俺は絶対に、許さない――――ッ!!!!」
 高く響いたヴェルグリーズの声がテアドールの心を突き動かす。
 ヴェルグリーズは剣を掲げ、自分達目がけて落ちてくるコンクリートの塊を真っ二つに叩ききった。

「俺も皆を助けたい。でも、まずは落ち着いて。そうしたら一緒に行こう」
 振り返ったヴェルグリーズはテアドールの頭をいつもの優しさで撫でる。
 慈愛に満ちた友人の手は温かくて安心出来た。
「気付けば練達とは深く縁を結び、守りたい者、帰りたい場所がある。テアドール殿、守りたい気持ちは分かる。皆同じだ」
『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)はテアドールの頬をふわりと包み込む。
 ヴェルグリーズもイズマもグリーフもアーマデルも皆優しくて。安心する。勇気が溢れる。
 こんな所で、彼等の足手まといになりたくない。自分はヴェルグリーズ達の友達なのだから。
 守られているだけでは、対等なんかじゃないと、無知な心が鼓動を打ち始める。
「だからこそ自分の身を守る事を第一に、可能な範囲で援護して欲しい。そして、皆で帰ろう」
 アーマデルの手をぎゅっと握ったテアドールは、支えてくれていたイズマの懐から立ち上がった。
「混沌において俺はヒトでしかない。だが、ただでやられはしないし、やらせはしない」
 蛇腹剣を抜いたアーマデルに一同は頷く。
「戦うぞ。……為してみせよう、竜殺し」
「ああ、絶対に勝とう!」
「――はい!」
 友人達の隣に立つ為に、自分に出来る最大限の力で立ち向かうのだと、テアドールは『白翼竜』フェザークレスを見上げた。

「誰も死なずに竜を倒すだなんてほんと絵物語みたいよね」
『黒靴のバレリーヌ』ヴィリス(p3p009671)の仮面の縁に薄く光が反射する。
 存在すら幻のような強敵が突然目の前に現れたのだ。特にこの再現性東京に住まう人達には虚構が現実に侵食してきたと思ってしまうだろう。或いはそれすらも信じられなくて、何処かの工場が爆発しただとか、地殻変動による災害だとかを想像するのかもしれない。
 ヴィリスにとっては摩訶不思議な事象なれど。例えばそれが彼等の信仰だと考えれば納得も行く。
「でも、それができると信じているから私たちはここにいるの。フェザークレスあなたをここで倒すわ」
 まずは竜に何が効くのか。バッドステータスは通るのだろうか。
 こちらがダメージを与えられる場所があるのか。未知の存在との遭遇は何もかもが手探り状態だ。
「まあ、どれも無理そうなら戦うだけ無駄よね。命を捨てに行くことはないもの。そうなったら体勢を立て直してリベンジね。……やられるつもりはないけどね」

 先行して飛び出したヴィリスにアーマデルが続く。
 ビルの側面を駆け上がり飛躍するプリマは空を舞う白鳥のようで。
 フェザークレスの鼻先に飛び出したヴィリスは身体を大きく開き、眩いばかりの踊りを敵の目に焼き付けるように広げた。
 僅かに瞬膜を閉じたフェザークレスに、ヴィリスとアーマデルは頷く。
 全く効かないわけではないのだろう。そうで無ければ目を保護する瞬膜を閉じるはずも無い。
「御伽噺の竜だって、存在しているなら攻撃出来るってことね!」
 ヴィリスの言葉にアーマデルが頷き、蛇腹剣が灰煙を割きながら進む。
 固い鱗に弾かれた剣の感触に、アーマデルは手応えを感じた。
「やはり鱗は固いか……」
 外敵から身を守る為の装甲は鉄壁の盾でもある。

『黒き狂雷』クロバ・フユツキ(p3p000145)はアーマデル達が注意を引きつけている間にフェザークレスの側面へと走り込んでいた。ビルの瓦礫を飛び越えて、畳まれた比翼へ向けビルの屋上を蹴って空へ飛ぶ。
「竜種、この世界での最強の生命。さぁ竜殺しと行こう」
 クロバが振るうは星の紋様刻みし深蒼の銃剣。灰煙の中にあっても尚、輝きはクロバの手の中にある。
「――お前がゴミのように踏み躙ってきたものの叛逆を見せてやるさ」
 名も知れぬ再現性東京の人々の亡骸が地面に転がっている。
 その惨状を許容出来る程、クロバは寛容ではない。
 理不尽に抗い、真っ向から叩き斬るのが、黒き死神のやり方だ。
「ぶった切る!」
 バチバチと空気が揺れ、クロバの握る二刀が迸る。
 穿たれる剣尖は白き翼へと走り、眩しい閃光が灰空へ散った。
 竜が自身の比翼を狙ったクロバを視界に捉える。
 つまりは、気を引くだけのダメージがあったと言う事に他ならない。
「まあでも一筋縄じゃあ行かねえよなァ!」
 反撃とばかりに迫る鋭い爪が、クロバの胴を真正面から切り裂いた。
「……ぃっ、てぇ。なんつう威力だ」
 クロバは寸前の所で急所を躱し、ダメージを最小限に抑えたはずだった。
 されど、威力を持った竜爪は掠っただけでクロバに深い傷を刻む。
「気を付けろよ。油断するんじゃねーぞ!」
 ビルの影に降りたクロバは竜の脚部へと走り込むヴェルグリーズに叫んだ。
「ああ! 分かった!」
 比翼へのダメージは有効だろう。だが、攻撃の時に反撃を喰らいやすい。
 ならば、巨体故の死角。足下ならばどうだろうかとヴェルグリーズは考えた。
 間接部目がけてヴェルグリーズの直剣が走る。
 されど、固い鱗は僅かに表面へと傷を残すのみに留まった。
「テアドール殿は俺から離れないように。それで、俺に何があっても自分の身を最優先で守って欲しい。それが、俺を守る事に繋がるから」
「はい。分かりました。でも、援護はさせてください」
「うん、よろしくお願いするね」
 自分に出来る範囲でいい。ヴェルグリーズを守るのだとテアドールは視線を上げる。
 テアドールの展開する魔法陣に仲間の士気が上がる。

「郷から逃げた後、俺を受け入れてくれたのが練達だった。俺の第二の故郷を、ジェーンが命を燃やして守った国を……よくも踏みにじってくれたな!」
 拳を握りしめた『長頼の兄』冬越 弾正(p3p007105)が竜に向かって叫んだ。
 大切な人達が守った居場所を簡単に壊されて、弾正は怒りに震える。
「爆ぜろ平蜘蛛、怒りを乗せて! 貴様には蜘蛛糸ほどの慈悲もやるものか!」
 歯を剥き出しに弾正が一歩前に出た。
 彼に追従するのはイズマだ。ビルと瓦礫の合間を縫って、仲間が引きつけている間に背面へと滑り込む。
 視界不良のこの状況下。響いてくる音を聞き漏らさないようにイズマと弾正は駆け抜けた。
 これまでの竜の動きを分析するに、攻撃はどれも広範囲だ。
 されど、生物ならば死角は必ずある。
「竜の巨体で攻撃を遮ることもできないか?」
「ああ、視野角が広いとはいえ、見えない位置はあるだろ。だが、それを過信するのも良く無ねぇ。なんせ相手は御伽噺の竜だ。全方位に視野を持って居ても不思議じゃない」
「そうだな。じゃあ、まずは……」
 竜を穿つ剣尖。イズマの細剣から放たれるは夜空の音色。
 真っ白の鱗では分かりにくいが、柔らかそうな間接内側の可動部を狙って針先ほどの剣が突き刺さる。
 硬い皮膚に覆われてはいるが、鱗の部分より深く剣が入った。
「手応えはある。通常のモンスターとは比べものにならないぐらい頑丈だけど……」
 ダメージが入らない訳では無い。されど、与えられる総量が圧倒的に足りない事は分かる。
 力量は測るべくもなく、遙か彼方。
 弾正はイズマが傷つけた箇所にターゲットを合わせ追撃を放つ。蛇剣は地を這うようにうねり、氷を纏った刃を白い鱗の隙間に走らせた。
 一瞬だけ煌めいた氷の檻は、竜が足を動かしづらそうに振った瞬間に砕け地面に散らばる。

 エイヴァンの瞳は仲間の攻撃とそのダメージを的確に分析していた。幾度も死線を乗り越えてきたエイヴァンだからこそ情報の蓄積による状況の把握が出来る。
 戦場において俯瞰的に戦況を把握出来る者の存在は貴重である。
「比翼はやはり弱いか。関節は鱗自体が硬すぎるな。可動部を剥がせれば或いは……」
 エイヴァンの視界に『赤々靴』レッド・ミハリル・アストルフォーン(p3p000395)の赤い髪が揺れる。
「どうしてなんで……何度もそう思うっすけど、とにかくこれ以上此処を滅茶苦茶にはさせないっす!」
 この戦場にはまだ多くの逃げ遅れた人が居る。完全に避難をするには時間が掛かるだろう。
 だから、せめて一瞬でも注意を引きつけなければとレッドは竜の眼前で赤い煌めきを解き放つ。
「大暴れするのもそこまでにするっす!」
 甘く良い香りと不思議な赤い光に竜は引きつけられるように首を傾げた。
 レッドに向けて比翼を広げた竜。
 超高密度のエネルギーの収束に、辺りの空気がパチパチとイオンを放つ。
「あのヤバい光がまた来るっすよ!」
 この位置からではレッドの直撃は免れない。たとえ不屈の精神で立ち上がろうとも、重傷になればパンドラが削られてしまう事は容易に想像出来た。
 それ程までに死を予感させるエネルギーが竜の比翼に集まっている。
 背筋が震える程の寒気をレッドが襲う。可及的速やかに、全力回避しか生きる道筋は無い。
「……っ!」
 走るレッドの背中目がけて、迫り来るであろう閃光に鳥肌が立った。

 死の気配が迸る――

「ひぐ……っ!」
 地面へ叩きつけられる痛みにレッドが目を見開けば、覆い被さるようにグリーフが自分の上に乗っている事が分かった。
「グリーフさん!?」
「……大丈夫ですか?」
「いや、それはこっちのセリフっすよ!? あの閃光を受けたんっすよね!?」
 グリーフの背は服が焦げてはいるが身体に損傷は見られない。彼女の周囲には魔術障壁が展開していた。
「ルーンシールドっすか」
「ええ。しかし、油断は禁物でしょう。何度も防げるとは到底思えない威力です」
 不安げに視線を上げるレッドにグリーフは手を差し出す。
「安心してください。簡単には死にませんから」
「頼もしい限りだが、無茶はすんなよ!」
 遠くから聞こえるエイヴァンの声にグリーフは頷いた。

『ぷるるん! ずどん!』ロロン・ラプス(p3p007992)はぷるぷると身体を揺らし上空にある竜の頭部を見つめる。そこから左右に死線を逸らせば、血まみれの惨状が広がっていた。
 派手な殺しっぷりだとロロンは素直に感心する。
 見せつけるように、わざと人間を潰したり、焼いたりしているように思えた。
 もっと簡単に殺す方法なんていくらでもある。
 其れこそあの光線を地上をなぎ払うように解き放てば一掃できるはずなのだ。
 指向性があるにしろ、それが出来ない訳では無いのだろう。
「まぁ……どっちでもいいけどね」
 此処に集まった他の仲間とは違って、この光景に感情を動かされる事は無い。
 そういう生き方をしていたし、ロロン・ラプスとはそういう存在(じんがい)であるのだ。
「でもさ。クラリスくんは悲しんでいるだろうからそれはちょっとイヤかな。うん、全力で戦う理由なんてそれで充分だよね」
 さりとて、人外にも悲しんで欲しくないと思う人が居る。
 関わりの無い数多の人が死のうとも情動は振れないけれど。
 ロロンにとっての特別には憂いてほしくない。
 彼の周囲には薄氷の魔法陣が展開し、無双の幻影が馬の嘶きと共に戦場を駆け抜けた。


 人間からの反撃。それは『白翼竜』フェザークレスにとって予想しなかった事だった。
 何故なら、彼は『人間が弱っている』と聞かされていたからだ。
 今なら抵抗も無く簡単に練達を手に入れられるだろう。
 最初に力を見せつけ、屈服させれば無駄な戦いもしなくて済むと考えたのだ。
 しかし、この区画に来てみれば、チクチクと人間からの攻撃を受けてしまった。
 弱い人間が竜種たる『白翼』に刃向かってくるというのだ。
 ――心底面倒くさい。帰りたい。
 そもそも此処に来た理由とて、命令を受けて仕方なくだったのだ。
 だから、良い感じに力を誇示し、怒られない良い塩梅の所で昼寝でもしようと思っていた。
 そうで無ければ、この区画を支える基盤を集中的に破壊し、自重で潰れるようにしていただろう。
 強さを見せつける必要も無くただ殺すだけならば、そちらの方が簡単なのだ。
 ――まあでも。弱い人間を殺すだけって、正直気が引けるっていうか可哀想だから、抵抗してくれた方が楽しいよね。
 追いかける兎(えもの)が震えるだけのか弱い生き物では面白くない。
 せっかく数十年ぶりに起きたのだから、楽しまなければ損だろう。
 それに強い個体と戦っていたと言い訳が出来る。怒られずに済む。名案だ。
 ――ほら、弱いのはさっさと逃げな。お家へお帰り。じゃないと食べるから! まあ、食べないけど。

「此処はボクらが頑張るっすからその間一般人のみんなは早く隠れて避難するっす!」
 沈黙したフェザークレスにレッドは警戒をしながらも、逃げ遅れた人に声をかけ続ける。
 声の届く範囲ではあるが、幾人か被害者を逃がすことが出来た。
「何で、動かなくなったんすかね。何か裏があるのか」
 レッドは金緑の瞳をフェザークレスへと向ける。
 赤い香りを纏わせて自分に注意を引きつけた。
 掠っただけでも身体を割く竜爪はレッドを更に赤く染めている。
「遊びたいんすよね! だったら、ほら! こっちっすよ!」

「ふふふ……、良いよ人間。少し遊ぼうか」
 想像していたよりも遙かに若い声が戦場に響く。
 おそらく少年であろう声音にイレギュラーズは眉を寄せた。
「僕は『白翼竜』フェザークレス。光輝く至宝の翼。少し強い人間、君達が楽しませてくれるんだろ?」
 フェザークレスが一歩踏み出せば、質量にアスファルトが割れ水道管から水が溢れてくる。
 威嚇するように尾を緩く動かしただけで、ビルは音を立てて崩れた。
 破片と共に落ちてきた瓦礫の中に人間の姿も見える。
 クラクションが鳴り続ける車にフェザークレスの足が乗っかれば煩かった音も鳴り止んだ。
「ひっ」
 逃げ遅れた少女が悲鳴を上げる。足を怪我して動けないようだ。
「……お前は弱い方の人間。いらない。消えろ」
 フェザークレスは徐に少女へと手を伸ばす。
 弾正は歯を噛みしめ、フェザークレスの凶刃に抗うため地面を飛んだ。
 竜の力で握りつぶされでもしたら少女の命は消えてしまう。
 目の前で易々と散らしてなるものかとクロバは二刀を手に食らい付いた。
「やめろ!」
 先んじて飛び出したヴィリスがフェザークレスの腕に取り付くよりも早く、竜は少女を摘まみ上げた。
 そして、自分の攻撃を弾いたグリーフへと投げて寄越す。
「こういうの遊びの邪魔なんだよね。ほら、早くどかしてよ。まあ、そいつらがとろくさくて勝手に巻き込まれる分までは知らないけど」
 総じて賢い竜種故の傲慢さ。若い故の甘さと好奇心から来る迂闊さ。
 テアドールはフェザークレスがまだ成熟していない子供の竜なのだと悟る。
 これなら勝てるかもしれない。遊びであるなら。

 だが、それは。文字通りの死闘であることをテアドールは理解出来ていなかった。
 豪勇たる竜の戯れ。そこに邪悪が介在しない故の、圧倒的な暴力。
 赤く染まる友人達の身体に縋り付くテアドールは、『心』が壊れそうな程に泣き叫んだ。

 ――――
 ――

 アガットの赤は灰煙の空においても、鮮烈な色を散らす。
 ヴェルグリーズの背中から吹き上がった血にテアドールは震えながら友人を抱き留めた。
「テアドール殿は、何があっても俺が守る……から」
 口から血を吐いても尚、テアドールを抱えフェザークレスの尾を避けるヴェルグリーズ。
「ヴェルグリーズさん……っ、ヴェルグリーズさん」
「大丈夫……俺はキミより、堅いからね、はぁ、っ、……心配しないで」
 背中にべったりと張り付いた血が傷の深さを物語る。
 命が消えてしまいそうな気配に、テアドールは恐怖した。
 ヴェルグリーズの鼓動が薄く小さくなっていく。
「嫌です。死なないで。死なないで……っ、ヴェルグリーズさん!」
 真っ白な衣装を赤く染めて。テアドールは友人の名を呼び続けた。

「諦めちゃだめっす! まだ、命は尽きてないっすよ!」
 レッドの声が戦場に響く。
 歌声と共に癒やしの旋律がヴェルグリーズの命を繋ぐ。浅かった呼吸が戻ってくる。
 テアドールの背を強く抱きしめたヴェルグリーズの瞳に光が宿った。
「大丈夫、まだやれる――!」
 剣を握り、立ち上がったヴェルグリーズの背に応えるようにテアドールも保護魔術を展開する。
 ヴェルグリーズの剣が竜鱗の柔らかい部分を捉え切りつけた。

「竜はいつだって誰かに倒される。物語ってそういうものでしょう!」
 ヴィリスの鋭い刃が

「まだまだ、諦めない!!」
 イズマの身体が柔らかい雫光に包まれる。
「まだ力は残ってる、攻め手は緩めない!」
 粘り強く駆け抜け、一撃でも多くフェザークレスに傷を与える。
 それが勝利へ繋がる唯一の道だから。
 イズマは赤い瞳に輝きを宿し、一心不乱に竜へと飛びかかった。
 弾正とアーマデルはお互いの顔を見合わせ、蛇腹剣を走らせる。
「爬虫類に準じるなら……首の長さと可動範囲も加味すれば視野的な死角はほぼ無い」
「そうだな。魔術的な視野も持ってるかもしれない」
 竜の生態はよく知られていないが、鱗と爪を持つ爬虫類に似ていると言っていいだろう。
「だが、その巨体故、自分の身体が妨げとなり見えない位置はある筈。鱗は皮と一体で継ぎ目はないが、関節内側等は稼働の関係で他より柔らかい筈だからな」
「確かに、そうだな」
 アーマデルの知識にイズマも頷く。間接の内側は確かに他の鱗より柔らかいようだった。
「だが、相手もそれは承知しているだろうな。自分の弱い部分は必然と守ることになるだろうし」
 イズマは他に弱そうな部分は無いかとアーマデルに問いかける。
「あとは関節内側……体重の大半を支える後脚よりも前脚、そして前後脚の付け根内側辺りか」
「狙ってみる価値はありそうだな」
 弾正はアーマデルの言葉に一歩前に踏み出した。
「「俺達は絶対に諦めない!」」

「そうだ。まだ諦めてねえんだよ。俺達は、このクソ竜めが!」
 クロバは口に溜った血を吐き捨てて、巨大な竜の姿を見上げた。
 強靱強大。相手は伝説の中にしか居ないドラゴン。
 身体中ボロボロで動けるのが不思議なぐらいだけれども。
「どれだけ命燃やしたってなあ、やらなきゃなんねー時はあるんだよ! それで、絶対にお前を倒して無事に帰るんだ。俺達は!」
 クロバは崩れそうなビルに駆け上がり、一点を集中的に叩く。
「避けないなら好都合だ、全力で断ち切らせてもらうぞ!! 高層建築のハンマー、人類が築いた重みを喰らいな!」
 重心を崩したビルはフェザークレス目がけて弧を描きながら倒れ込んだ。
 もうあの時とは同じようにさせない。誰かが死ぬのは嫌だとクロバは吠える。

「貴様のやっている事は容認出来ない……だが、こちらの言っている事はわかるのだろう?」
 エイヴァンは巨斧を振るいながらフェザークレスへと話しかけた。
 ピクリとエイヴァンの声に反応した竜は首を傾げ其方を向く。
「ここに来た目的は何だ? ただ破壊を尽くすためなのか、あるいは何かを求めてやってきたのか」
 相手は竜だ。容易く会話出来るとは限らないだろう。されど、知ろうとする事を放棄すれば、また同じ悲劇が繰り返すだけだとエイヴァンは真っ直ぐ相手を見つめた。
「……目的は、何かこの国がすごく大変だから、今なら攻め落とせるとか何とか言われて、連れてこられたんだよ。寝てたのに、腹立つじゃん。でも、従わないと怒られるし」
「誰に怒られるんだ」
「ジャバーウォックとかメテオスラークとかクワルバルツとかクリスタラードとか僕より力強いし、怒ると面倒なんだもん」
 フェザークレスの言葉にグリーフも視線を上げる。
 竜の中でも強さによって序列があるのだろうかとグリーフは考えを巡らせる。
 フェザークレスは若いというか幼い印象を受けるから、名前が上がった竜よりは生きている年数が短いのだろう。傲慢で油断ならない相手には変わり無いが、自分達に引きつけている間は逃げ遅れた人々に目もくれていない様子は御しやすいのかもしれない。
 レッド達がフェザークレスの注意を引きつけた事は正しい選択だったのだ。
 ただ、それ以上に。振るわれる圧倒的な力はイレギュラーズを傷付け、街を壊してしまう。
 グリーフが警戒した通り、ルーンシールドは数度の攻撃を防いだあと砕けてしまった。
 過信していたならば、グリーフや同じ技を持つテアドールの命は危うかっただろう。
 グリーフの用心深さが仲間の命を救ったのだ。
 それでも尚、傍若無人にフェザークレスは猛威を振るう。
 今はただ、幼きドラゴンを僅かでも疲弊させ、好機を掴む他無いとグリーフは胸に手を当てた。

「じゃあ、存分に遊んでやるよ! 掛かってこいフェザークレス!」
「勿論、楽しませてよね!」
 エイヴァンはロロンの直前になるであろう攻撃を見越して絶対零度の巨斧を振るう。
 致命をたたき込めれば最高だが、後に控えるロロンの為の布石となるなら上等だと、強靱な精神力で白狂濤を竜へ向けてたたき込んだ。
「ロロン!」
「大丈夫、任せて」
 水色の魔法陣がロロンの周りを素早く駆け巡る。
 エイヴァンの導いてくれた軌跡に乗って、ロロンの身体がフェザークレスに張り付いた。
 ロロンの身体の中で星が瞬くように次々に弾ける魔力が収束し弾ける。
「くらえ! ぷるるーんぶらすたー」
 目を開けてられない程の眩い閃光が戦場を覆えば、フェザークレスの白い鱗が割れ、傷口から赤い血が流れ出した。
「痛……っ! うわ、僕の鱗結構固いのに……嘘ぉ! 人間ってこんな威力出せるんだ? すごい!」
 人間(スライム)から初めて受けた傷に興奮するフェザークレス。
 正直な所、フェザークレスは人間を侮っていた。
 自分を傷つける事は出来やしないと高をくくっていた。
 それが、良い方向に期待を裏切られた事に、ひどく高揚している。
「すごい! わぁ!」
 尻尾をぶんぶんと振り回す度に、ビルが一つ壊れた。道路が割れ、瓦礫が飛び散る。

「一点集中っす! いくら硬くて頑丈でもこれで通してみせるっす!」
 レッドはロロンの付けた傷痕を狙い、封印の呪を走らせた。
 好機を逃すまいと願うレッドの思いが竜の動きを鈍らせる。
「くそ……何これ!」
 傷口に張り付いた封印を必死に掻きむしるフェザークレス。
「ピューピルシールが効いてるっす! 今っす! チャンスっすよ!」
 千載一遇の好機を逃すなと、レッドが声を切らせて叫んだ。


 弾正は遠くに聞こえる悲鳴やうめき声を感じ取る。
 これは嘆きの音だ。助けを求める声だ。
「フェザークレスが無詠唱多重魔法を放てば、俺達が避けられたとしても逃げ遅れた人々が助かることは無いだろう。イレギュラーズも、テアドールも、街の人々も。その尊い命に貴賎は無く、踏み躙られていい命は無いんだ!」
 弾正はアーマデルへと視線を向けた。
「死者の声がする、悲嘆と、怨嗟と……誰かを案じる声」
 送らなくてはならない。往くべき処へ。それがアーマデルの存在意義だから。
 その為には、この目の前の竜を打ち倒すしか路は残されていない。

 分析しろと冷静な声がアーマデルの心の中で響く。
 今までの情報を照らし合わせて。似通った種が存在するのならば、自ずと弱点は見えてくる。
「構造上他より弱そうな箇所は、目や鼻の孔や口の中、尾の付け根付近にあるだろう総排出腔」
「総排出腔……」
 アーマデルの言葉に弾正はフェザークレスの尾の付け根を見遣る。
 動きの速い尾の影に隠れて分かりづらいが、一つだけ色の違う鱗があるのが見えた。
「あれはもしかして。逆鱗ってやつじゃないのか?」
 触れてはいけない怒りの一欠片。
「そうかもしれない。あの辺りは鱗も薄いから試してみる価値はある」
 弾正とアーマデルは頷きあい、竜の背面へと滑り込んだ。
「この混沌で紡ぎ、撚り合わせた糸。共に往こう、あんたも俺も一人ではない」
「アーマデル。この声が枯れようと君への愛は絶えない。共に掴み取るぞ、皆の明日を!」
 奇跡よりも明日を。勝利を掴むのは皆で紡ぐ好機だ。
 弾正とアーマデルの蛇腹剣はフェザークレスの尾の付け根にある逆鱗へと飛んで行く。
「……!!!!」
 その気配を察知したフェザークレスは振り返り、素早い回避行動を取った。
 今までとは違う動き。尾の付け根が弱点だというアーマデルの予想は的中したのだ!

「さあ、今まで受けた分の痛み。お返しするよ」
 ロロンは身体の中で増幅させた痛みを自分の魔力に変換し蓄積していた。
 アーマデルが導き出した答えに沿って、最大火力を解き放つのだ。
「ヒトがそこらの虫けら同然と侮っているなら一生侮っていればいいっす!」
 ロロンの火力を逆鱗へとぶつけるには囮が必要である。
 その役を引き受けたのはレッドだ。
「絶望の青で体験した経験、此処で発揮せずして何時とするっすか」
 針の穴に糸を通すような緊張感に息が切れそうだとレッドは唇を噛む。
 勇気と無謀は紙一重なれど。例え無謀でも。
「挑まなきゃ倒さなきゃ現状打破しなきゃ! 気合い振り絞っていくっす!!!!」
 わざと目立つように大仰な動きで、フェザークレスの注意を引くレッド。
「じゃあ、君がどれだけ玩具として相応しいか見極めてあげる……」
 フェザークレスがレッドに視線を向けた瞬間。
 ロロンの最大火力が爆発した。
 弱い部分に突然高火力を叩き込まれたのだ。フェザークレスは飛び上がり翼を広げた。
「――くそガァ!!!!」
 怒りに満ちたフェザークレスの言葉と共に空一面に弾ける幾重もの魔法陣。
 詠唱なぞ必要無い。ただ、思い描くだけで発露する魔力の奔流。
 今すぐ此処から逃げるなら死なずに済むかもしれない。
 でも、一瞬だけでもいい。防ぐ事が出来たなら、それは好機となる。誰もがそう思った。

 ――引けない。ここで引く事なんて出来はしない。

 魔法陣が一層の光を帯びて回り出す。
 仲間の前に飛び出すは、エイヴァンとグリーフ。
 全てを一人では守り切れない。けれど、二人でなら同じ守護を持つ者ならば。
 エイヴァンとグリーフが呼び起こしたアトラスの加護が戦場を覆い、無詠唱魔法から仲間を護る強靱な盾となる!
 絶大な威力を誇る魔法を一身に受けた二人は、光の中に伏した。
 この好機。
「俺は死ぬわけにはいかない! そして仲間も誰一人死なせてはいけない!! だから!」
 イズマが一手に込める渾身の力。
 アーマデル達が導いた一番鱗が弱いであろう部分に。
 必死に距離を取ろうとするフェザークレスの行動からおそらく其処が弱点なのだろう事は想像がついた。
 竜の逆鱗に。
「この一撃を繋ぐ――!」
 弾ける旋律。穿つは黒の大顎。イズマは一矢報いる魔導武器を解き放つ。
「……ギァッ!」
 逆鱗にイズマの魔術が打ち込まれ、フェザークレスが悲鳴を上げた。

「例え我が運命削れ落ちようともこれ以上友の前で誰も死なせない!」
 テアドールを庇うように手を広げたヴェルグリーズは爛々と輝く瞳をフェザークレスへ向ける。
 よく見れば首筋に傷とは違う亀裂が入っていた。おそらく剣の姿を取ればヒビがはいっているのだろう。
 傷を負いパンドラを削り、それでも彼は折れることは無い。
「まだ振るえる力があるのならば、俺はそれを躊躇わず、振り下ろす!!」
 飛び上がったヴェルグリーズの背後からドラゴンの尾が迫る。
 それを避ければこの太刀筋は消えてしまうだろう。
 ヴェルグリーズは意を決して攻撃を受けることを覚悟の上で突き進んだ。
「絶対に、負けない――!」
「はい! 絶対に守ります!」
 この一撃を止めなければヴェルグリーズは死んでしまう。守られるだけでは対等な友達ではないから。
 だから、テアドールは友人を守る為に尾の攻撃を受け止めた。
 バラバラに砕け、機械部分が露出したテアドールは地面に叩きつけられる。
 それでも友人へと向ける瞳は、前へ進めと語っていた。
 ヴェルグリーズはその意思を受け取り、フェザークレスの逆鱗へと剣を突き立てる――

 咆哮が戦場に響いた。
 痛みに怒りを乗せて、フェザークレスが口からブレスを吐く。
 車や地面は焼け爛れ、グツグツと泡だった。
 ヴィリスは倒れた仲間を有り得ない程のスピードで拾い上げ、戦場の隅へと移動させる。
 彼女が居なければ、エイヴァンやグリーフ、テアドールは溶けて命を失っていたかもしれない。
「誰かの命がここで散ってもフェザークレスが倒せるのなら戦い続ける。これはそういう戦い。でもね、散る命は何でもいいわけじゃないと思うわ。だから、これってチャンスよね」
「ああチャンスだ。怒り狂ったヤツほど御しやすいものは無い」
 ヴィリスの言葉にクロバが頷く。
 レッドとロロンが竜の気を引き、アーマデルと弾正が逆鱗を探り、エイヴァンとグリーフが攻撃を防ぎ、イズマとヴェルグリーズが怒りを引き出した。
 仲間が紡いだ道筋を! 勝利への望みを彼らは捨ててなどいない!

「竜よ、我が友が抱いた夢よ。俺達は嘗て一度巨いなる竜と争った」
 クロバは二刀を構え竜の眼前へその身を晒す。その隙にヴィリスが背面へと走り込む。
 二人が同時に背後へ回り込めばフェザークレスも其方に向いてしまうだろう。
 だから、クロバはあえて竜の目の前に躍り出たのだ。
「少なくはない犠牲を払ったが、そこに敗北はなく。積み重なった骸の道を俺達は歩いてきた」
 だからこそ、フェザークレスが踏み潰した『弱き者』達にも想いや命があったのだとクロバは高らかに声を張り上げた。
 クロバとてその銃剣で多くの命を奪ってきた。
「だが、敢えて告げよう。これが人の抗い、お前が絶望を謳おうとも俺達は戦う」
 剣身に灰銀の光が冴え渡る。
「そして――ここから生と死を決めるのはこの”死神”クロバ・フユツキと知れ!!!!」
 フェザークレスの顔面に向けて穿つ一撃。
 どんな生き物だろうと真正面から来る攻撃は避けざるおえない。
 竜は半身を翻し瞬膜を閉じた。

「私だって死にたくないわ。やっと自由になれてまだ一年しか経ってないんだもの」
 けれど、天涯孤独のヴィリスがこの中で一番悲しむ人がいない。他の皆は誰かしら帰りを待ってる人が居るのだ。
「だから、誰かが命を落すなら代わりに私が……なんて思って此処まで来たんだけど」
 散るにはまだ早い。華々しく咲ききって、惜しまれる程、咲いてから。
「まだ、キスツキの花は咲いたばかりなのよ――!」
 ヴィリスの靴剣がフェザークレスの尾の付け根の逆鱗をたたき割る。
 触れられてはいけない、竜の逆鱗。
 それを何度も攻撃されてはフェザークレスとて涙を流す。
「ひぅ……!」

「まだ、まだよ!」
 ヴィリスの追撃は止まらない。竜が咆哮を上げても食らい付いて刃を立てた。
 痛みに後ずさるフェザークレス。
 爪と尾でヴィリスを牽制し、一気に入って来た穴まで飛び上がった。
「くそ……痛い。お前らの顔覚えたから! 今度会ったらただじゃおかないから」
「もっと力をつけてこっちから追いかけてやるから、デザストルで待ってろ」
「ふん……っ!」
 イズマの言葉にそっぽを向いたフェザークレスは大きく開いた穴から空へと飛び立った。

 ――――
 ――

「大丈夫ですか。テアドールさん」
「アリがとうゴ……いますグリーフさん」
 意識を取り戻したグリーフは機械部が大きく破損したボロボロのテアドールに覆い被さっていた。
 テアドールのコアだけでも守り切らねばという強い意思で、己の身体を盾にしていたのだろう。
 エイヴァンはグリーフに肩を貸して共に起き上がる。
「やったな」
「ええ、守り切れました」

 弾正は疲れて動けないアーマデルを抱きしめてこの温もりが失われなかった事を噛みしめる。
「良かった」
「ああ、良かった」
 アーマデルは弾正に頭を預け、安堵に息を吐いた。今更震えが来て、終わったのだと実感する。
 戦闘中には押し殺していた感情が溢れたのだろう。アーマデルは弾正の服を握り深く顔を埋めた。
「疲れたっす。へとへとっす」
「なんかもう魔力とかすっからかんな感じするね」
 地面にへたり込んだレッドの隣にはスライムの形状より幾分か広がったロロンが居た。
 溶けたように地面へ手足を投げ出しているような感じなのかもしれないとレッドは思う。

 最後にフェザークレスへと立ち向かっていたクロバはイズルとヴィリスに支えられながらビルの合間から歩いて来た。
「あー、痛てぇ……名誉の負傷だな。でも、追い返してやったぜ」
「倒す事は出来なかったけど、この街を守れたわ」
「そうだな。俺達が身体を張ったから、逃げられた人も結構居た」
 イレギュラーズが立ち向かわなければ、もっと被害は拡大し多くの命が犠牲になっただろう。
 それこそ、未曾有の大災害と同じ程度には。
 だから、彼らは英雄であるのだ。
「でも、悔しいな」
「そうね。正直悔しいわ」
「忘れねぇからなフェザークレス。絶対に落とし前つけさせてやるから覚悟しとけよ!」
 クロバは竜が飛び立った空に向かって声を上げる。

「テアドール殿。帰ろうか」
 半壊して手足の取れたテアドールを抱き上げてヴェルグリーズは微笑んだ。
「ハイ……ヴェルグリーズさんと一緒に、タタカえて良かっタ」
 二人とも、否。全員が本当に傷だらけで酷い有様だった。
 けれど、誰も死なずに生きている。
 大きく開いた壁面の穴から、本物の陽光が差し込んでいた。

成否

失敗

MVP

レッド(p3p000395)
赤々靴

状態異常

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)[重傷]
波濤の盾
クロバ・フユツキ(p3p000145)[重傷]
深緑の守護者
レッド(p3p000395)[重傷]
赤々靴
冬越 弾正(p3p007105)[重傷]
終音
ロロン・ラプス(p3p007992)[重傷]
見守る
ヴェルグリーズ(p3p008566)[重傷]
約束の瓊剣
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)[重傷]
灰想繰切
グリーフ・ロス(p3p008615)[重傷]
紅矢の守護者
イズマ・トーティス(p3p009471)[重傷]
青き鋼の音色
ヴィリス(p3p009671)[重傷]
黒靴のバレリーヌ

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 フェザークレスの討伐はなりませんでしたが、皆さんが死ぬ思いで戦い、撃退に成功した為、多数の命を救う事が出来ました。
 果敢に挑んだ皆さんの勇姿を目に焼き付けた人々は多かったでしょう。
 よって、結果は失敗となっていますが、名声はプラスされています。

 MVPは危険を顧みず、適切に竜の注意を引いた方へ。
 蹂躙を遊びへシフトさせるには相応の行動が必要でした。

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