シナリオ詳細
<Sprechchor>闇を掬って眺めるような
オープニング
●
「正直、あの人の事は思い出したくはなかった」
ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)は心配そうに彼を見る武器商人(p3p001107)、Tricky・Stars(p3p004734)、そしてアーマデル・アル・アマル(p3p008599)とテーブルを隔てる形で(そして武器商人はヨタカの横に座り直した)ローレットの一室を借りて情報の整理と聴取を行っていた。
「我(アタシ)は何があったか大体把握したけど、皆が皆そこまで小鳥に詳しいワケじゃないからねえ。改めて説明してあげなよ。我(アタシ)のみた映像だけじゃ……」
武器商人はそこで言葉を切ると、他の2人をちらと見る。彼らは何れ劣らぬ優秀なイレギュラーズであることは明らかだが、さりとてヨタカについて武器商人ほど詳しい者というのは類を見ない。
そもそも、彼ら4人が何故一同に会しているのか、だ。
きっかけは、一月ほど前に現れた魔種『煮え炎の殺生石』に端を発する。
全く能動的な攻撃をせず、反撃行動に思念を籠めて飛ばす、まるで「私の無念を受け止めて、その原因を突き止めて」と言わんばかりで、およそ魔種としての戦闘力に乏しいその存在の異常さは参加した者の誰もが理解できた。
その情報に過敏に反応を示したヨタカ、そして彼の精神の変化を深く憂慮する武器商人を中心に編成された討伐隊のなかで、魔種の出現に貢献(?)した謎の集団の意図を積極的に量ろうとしたStarsと、霊魂との疎通を円滑に行ったことで武器商人も知り得ない情報を引き出したアーマデルの2人が改めて呼び出されたのである。
誰に? 武器商人と、誰あろうヨタカにだ。
「シュプレヒコール」なる人物の名前が武器商人の口から出たのをきっかけにして、ヨタカは数日間の静養を余儀なくされた。その間、彼を介抱しながらローレットに保管されていた資料を漁った武器商人はヨタカから寄せられた資料を調べていた……とまあ、それが今日までの経緯。
シュプレヒコールについての上っ面の情報はあるが、ヨタカから聞けなければ具体的なディテールがつかめないのである。
「紫月は知っているかもしれないけど、あの人は旅人なんだ。あの人に囚われた3日間は忘れたくても忘れられなかった……思い出さないようにしていたんだ」
「わからないな。その人物は旅人なんだろう? つまりイレギュラーズだ。敢えて『反転』を促す行為に手を染める気がしれないし、旅人は反転もしない。到底理解できない行為だ」
「自分がそうならないから、だろう。『反転』は純種特有の病理だ。研究者肌の人間、しかも旅人がそれを研究するためだけに一般人をどうにかしているすれば……」
「好奇心か。厄介だねえ」
アーマデル、そしてStarsがどこか理解し難いと言いたげに顔を見合わせると、武器商人が言葉を引き継ぐように告げる。
旅人である以上は呼び声で反転することはない。だからこそ、反転する純種達をより委細に観察できる立場から、好奇心の赴くままに立ち回れた可能性がある……とも、言えるだろう。
「あの人は口が上手いんだ。きっと俺にそうしたように、他の人達を言葉巧みに操って自分に協力させたりしてるのかもしれない。あの人に心酔した人達が今の今まで見つかってないのも、そういう人達を含めてある程度、組織的に動けている……から、かもしれないんだ」
ヨタカが告げた事実、というかシュプレヒコールの厄介さは、しかし謎だらけで雲を掴むような話に一定の説得力をもたせた。つまるところが、『シュプレヒコールは組織だって魔種を生み出す存在である』という、荒唐無稽ながらも事実に即し、そのうえローレットが動くに値する存在である……そんな、余り欲しくはなかった説得力を。
暫し言葉を失い(そして続ける言葉がなかった)4人は暫くしてから、改めて情報屋に報告書を交えて調査依頼の発布を打診した。
仮に、シュプレヒコールが秘密裏に、しかも大胆極まりない手口で手広く『反転』を促しているのであれば『イレギュラーズは悪事とてパンドラを稼げる』どころではない。『滅びのアーク』を増加させる原因を次々と作り出しているのなら収支は大幅にマイナスに――世界の終わりを加速させていると言える。
最早、当事者達のみでなんとかするフェーズを離れた。数多ある懸案を縫うようにして、イレギュラーズは幻想国内に蔓延るシュプレヒコールの影を暴くため、一路調査に向かう。
- <Sprechchor>闇を掬って眺めるような完了
- GM名ふみの
- 種別長編
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年11月27日 22時10分
- 参加人数20/20人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 20 人
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参加者一覧(20人)
リプレイ
●幻想・裏側の世界にて
幻想王都メフ・メフィート。人いきれの中にあっても、イレギュラーズの存在というのはとかく浮く。
「反転や魔種を生み出す人物と組織が何処かに居るんっすね」
「ヨタカ君の話マジヤバだったよね。好奇心で反転促すとか超こわ!やっぱどの世界にも頭おかしい奴って居るんだな」
『赤々靴』レッド・ミハリル・アストルフォーン(p3p000395)と『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)、『虚』と名乗る側の彼は話に聞いた相手の危険性を十二分に理解していた。そして、後ろ暗い人間は表沙汰にできない場所に現れるであろう、とも。
「レッドも俺も、幻想(このくに)では悪い意味でも名が通ってる。そういうルートの連中にアプローチをかければ、話が聞けるかもしれない。……そしてその末に死に果てた連中の怨嗟の声ガ、霊術士の俺にも聞こえたりしてナ?」
『遺言代行』赤羽・大地(p3p004151)は、話す途中でやや声のトーンを変え、少しおどけたように付け加えた。彼の言葉通り、幻想の暗部を調べる者としてこの2人は適任だ。少なくとも、依頼達成と情動を天秤にかけることはない。
「……理解できない連中だ。何より不幸な死者が増えることは許容できない」
『誰かの為の墓守』グリム・クロウ・ルインズ(p3p008578)の言葉は、恐らくイレギュラーズの総意だ。人ひとり反転した代償に、どれだけの人間が犠牲になるのかなど考えることすら億劫なほど。
「そーいえば、私こっち来てから魔種に関わったの一回あるかないかなんスよねー。貴族達のアレコレついでに、見聞を広めまスかね。あ、スラムに行く皆さんはお気をつけて」
「旅人が反転現象に興味を持ち研究を……おぞましいですけどよく考えたものですこと。練達だとバグ技、っていうのかしら?」
『ダメ人間に見える』佐藤 美咲(p3p009818)はレッド達を見送るようにゆるやかに手を振り、仲間達を見送る。彼女は『翼より殺意を込めて』メルランヌ・ヴィーライ(p3p009063)同様、『下』ではなく『上』に用があるタイプの調査のためである。
「組織立って魔種を生み出す存在か……これ以上に厄介な奴はいないな」
「ま、でも貴族絡みの起点だった事はわたくし達にも好都合ですし? 魔種を広める存在を倒す前に、魔種をよしとする貴族を見つけられると思えば」
シューヴェルトの言葉に柔らかい笑みを浮かべ返したメルランヌの目は笑っていなかった。
「俺は街中を歩いてみるよ。多少の危険は、あの2人のことを考えれば安いものさ」
『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)はそう言ってスラムと貴族街の何れにも赴かず、ひとり王都の雑踏へと消えていく。ひとりで動くなら、人混みに紛れるのは良い判断だ。
「へェ、コンナ所でコンナ物を売るなんてナ」
「なんだよ、冷やかしならお呼びじゃないぜ」
――スラム街、その「商店街」とも言える粗末なテントが集まる一角で、大地は「それ」を拾い上げた。店主の渋い表情を無視してしげしげと眺めたのは、だいぶ使い古された医学書だ。旅人である彼からすれば粗末な技術や知識の羅列ではあるが、幻想で調達できるものとしては上々だ。食い詰め者達が見るようなものでもないが。
「売れるのカ?」
「どうだか。この辺に迷い込んだ若いガキが後生大事に抱えてたんだがな、ついこの間……な」
「ヘエ。……で、『亡骸』は高く売れタかい?」
「その口ぶりじゃ、言う必要もねえだろう?」
『赤羽』のからかうような口調に、商人は『俺の河岸じゃねえよ』と話を打ち切った。『この辺は物騒になったもんだ』とも、ぼやいたか。
結果的に死んだが、医学書を持ってスラムにくる医学生か。赤羽はほんの少し、その情報を心に留めた。
「す、すまない。物騒だというなら……魔種かなにかの噂は聞いていないだろうか? その死んだ青年についてでもいい。自分は不安で仕方ないんだよ。どんな小さなことでも知っておきたい」
「俺モ気になるナ」
終わりかけた2人の会話に割って入ってきたのは、どこかおどおどした様子を隠しもしないグリム。赤羽はそれが演技と知っているが、店主はその身なりを見て怪訝な顔をした。
「傭兵さんが怖がってどうすんだよ。護衛なら間に合ってるぜ」
「そ、そう言わないでくれ。危険は避けたい」
「……はぁ。そうだな、その坊やは唇と喉仏。『その前は』髪が頭皮ごと、右足親指。それから」
偉丈夫であるグリムの涙目は、殊更に滑稽に見えたか、哀れに見えたか。考え込んだ店主の口から漏れた言葉に、2人は思わず「何の話だ」とハモってしまう。
「死体の欠損だよ。最近死んだやつは、鋭い刃物で切り裂かれたように体の一部がなくなってんだよ」
「なあなあ君達、魔種とかに興味ない? 無いかあ。そっちの君は? ……え、お前はあるのかって? うーん、ちょっとね?」
「あなたは神というものを信じてるっすか? 今ではない別の何かになりたいと願望抱いたことはないっすか?」
他方で。レッドと虚はスラムの居住区、それもひときわ悪人が多そうな区画に突撃すると、あちらこちらにそんなふうに聞き込みをして回っていた。
聞き込みというか完全に悪人の勧誘だ。聞かれる側の驚いた様子も当たり前といえよう。
「興味ぃ? 魔種にだぁ? 俺達を誰だと思って話してやがる? 魔種も恐れねえツヨツキー一家からしちゃ、あんなのになった時点で終わってるぜ!」
「オメー等みたいに魔種だのなんだのに憧れる連中はごまんといるけど、強さってのはそういうのじゃねえんだ。一昨日来な!」
(あれぇ? 悪人連中ならノってくると思ったんだけどなぁ?)
(なーんかノリ悪いっす。『あの方』って振っても首かしげてたっすよ)
虚とレッドは互いの顔を見合わせ、マフィアじみた連中を一瞥した。その中に明らかにバツが悪そうに縮こまっている若者がいたが、しかし話しかける猶予はないようにみえた。
「そうっすか。あの方に会ったら、よろしく伝えておいてくれっす」
「そうそう、俺達は忠実だよーってね!」
騒がしく立ち去っていく2人を不思議そうに見送った一同だったが、若者はといえば……。
「最近、王都でなにか噂とか立ってないかい? 怪しい連中の情報でもいいんだ」
「ざっくりした話だねえ……そうだな、ここんとこ大きな事件は起きてないけど、貴族のお偉いさんは最近よく見るよ。北の方で騒ぎが、とかカイオーシュ? がどうとか……」
ヴェルグリーズは、一人目の情報屋からいきなり聞き捨てならない言葉を聞き耳を疑った。怪王種。いわば動物などが反転したとも言えるそれは、近日とみに現れるようになった『滅びのアーク』の軍勢である。それが、北で。鉄帝絡みか? と一瞬考えたが、彼らが自分の力以外で攻めてくるのは考えにくいか。
「あとは……ああ! そういえば王都(ここ)ではともかく、最近奴隷取引が活発になったとか、ラサが騒がしいとは聞くね」
「なるほど、ラサか」
となれば、繋がりが深いこの国でも奴隷絡みでまたなにかが起きている……の、かもしれない。
彼の推察が悪い方向に当たったのは、各国の調査が終わった後の話である。
●海洋・知られざる航路
「餅は餅屋。カルトにはカルトをぶつければいい」
「そのあたりの手際は弾正の方が手際がよさそうだな。頼りにしている」
『Nine of Swords』冬越 弾正(p3p007105)と『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は、海洋の中心部からやや離れた小さな島へと訪れていた。群島国家である海洋は、複雑に航路が入り乱れ、ときに私掠船などの往来も見受けられる。小さい島であればあるほど、見落とされがちな『なにか』があるというわけだ。
アーマデルはその島に降り立った時点で、霊魂の流れ、その異常さに気付いていた。
弾正は周囲の精霊がどこか気もそぞろであるように見えた。……精霊など気まぐれなものなのに、歌を通して語りかけた彼を見ても、どこか余所余所しい。
「なんだよ、お前等。この島は個人所有だぜ」
「だったら看板くらいかけてほしいものだがな」
「俺達はこのあたりの地形と航跡図を見て回っていてね。なんていうか……ほら、波もでてきただろ?」
少しいいかな? と目をやったアーマデルの視線の先では、先程まで凪いでいた海がやや波を高くし始めている。強気の反論に出たと思わせつつ、弾正が精霊へと語りかけた結果である。ガラの悪い男は鼻を鳴らして「どこにも近づくなよ、おとなしくしていろ」と言い捨てると、何処かへと消えていった。
「それなら見張りでもつければいいだろう、不用心だな」
「あの態度じゃ、真っ当なものは扱っていないな。探してくださいと言っているようなものだ」
アーマデルがすかさず近場の建物に向けて手を出したり引っ込めたりして確認している傍ら、弾正もまた周囲に罠がないかを確認する。見られて悪いものがあるのに2人きりにはしないだろう、と考えたからだ。
「…………」
そんな2人を窺う影は、ほどなくして姿を消す。
先程まで2人に食って掛かっていた怪しい男は、その影の足元で不自然な格好をして命を落としていたのだが……。
「この航路図、明らかに不自然だな。わざわざラサに運ぶなら幻想から陸路に切った方が安価で済むはずだ。危険も少ない。海峡を通ってまで運ぶか?」
「積荷の中身が見当たらないのは出払った後だからだろうが、書面が残されているのは迂闊だったな。大方、探られないとたかを括っていたか」
ややあって、2人は港の一角で捜査を進めていた。先程の見張りが人を連れてこないのが気がかりだが、その甲斐あってか多くの情報を掴むことができた。
この島は奴隷貿易に使われている可能性が濃いこと、『何故か』それなりの身なりの者が混じっていること、そしてラサへの不自然、というかリスキーな航路。
幻想を避けているのは、内陸部に到達する前に見咎められるのを避ける為か? 考える弾正の耳に精霊のささやきが響き、アーマデルの探知能力が『敵』の存在を察知する。……強くはないが、多い。ゆうに20は超える人間が近づいてきている。
「テメェ等か、ピーパの野郎を殺しやがったのは! どぎつい毒使いやがって!」
「シノギを見たんじゃ帰しておけねえなァ!?」
見られて困る物をおいておくからだ、とアーマデルは口にしかけたが、聞き捨てならぬ話に眉根を寄せた。死んだ? 毒で?
「待て、俺達は毒なんて」
「聞くかよ洒落臭ェ! 潰せえ!」
アーマデルの制止に耳を貸さず、男達は襲いかかる。奇しくも倉庫内、数で押し込まれれば脱出が厳しい。そもそも弾正は壁抜けができないのに、どう逃げろというのか?
両者はなんとか、相応の数まで敵を減らせたものの脱出には厳しい。そんな状況で、しかし突如として男の1人が悶えはじめた。
喉に手をやる姿はまたたく間に紫から黒に染まっていき、黒の部分は次いで崩れていく。致死毒よりも更に恐ろしい何か。
「あら……?」
それを為したのは女だ。褐色の肌に、ラサで見るような装束を身に着けた、異世界で言えば『オリエンタル』とでも呼ぶべき外見の。その亡骸が風にさらわれ消えたとき、彼女は小首をかしげていた。
『魔種だ』
弾正は咄嗟にアーマデルに光の楔を打ち込み、声を送る。本人に聞こえるように『そう』告げたときどうなるか、十二分に理解しているのだ。
「行くぞ」
アーマデルは『逃げるぞ』とは言わなかった。聞かれればさらなる妨害を招く。混乱している今なら、魔種と悪党の脇をすり抜けられるかも知れない。
両者は死にものぐるいで駆け、彼女らの脇を抜け。
「待って」
「……っ!」
僅かに触れられた女の指を、駆け上がる不吉の予感ごと振り払う。面立ちや雰囲気は似通っている。後ろ暗い世界を見た者のそれを、彼は直視できなかったのだ。……だから、それからどう逃げられたのかを彼らは覚えていない。
●海洋国・貴き者、癒やされざる者
「海洋、懐かしいですね。ジェイク様を守るために、どれほど僕が心を砕いてどれほど廃滅病とその原因である冠位魔種を憎んだことか」
「あの時は本当に助かった。……ヨタカや武器商人の助けにもなりたいが、それ以上に魔種を作り出す奴が許せない」
「そうで御座いますね。反転は力の代償として孤独を与える。孤独がどれほど辛いことか……」
『『幻狼』灰色狼』ジェイク・夜乃(p3p001103)は、『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)の語る過去を思い返し、やや渋い顔をする。『静寂の海』と今は名を変えた海域に赴いた際の命の危機は、結果として2人の絆を強固にしたことは相違ない。が、あれも魔種の仕業。それらを強く憎むのは、ジェイクとしても当然なのだ。
「げに恐ろしきは人の業と申しますが……世界が変わってもその真理は変わらないのですな。スケさんはその"業"から生まれた"被造物"ですゆえ語る言葉を持ちませぬが、せめて少女の無念、青年の憂いを払う手助けをわずかばかりでもさせていただきたいのですぞ!」
「なんとしてでも元凶にたどり着く情報を手に入れないと。彼女の様な被害者を増やさないためにも、『寂しい』者が現れぬようにも」
『陽気な骸骨兵』ヴェルミリオ=スケルトン=ファロ(p3p010147)と『陽色に沈む』金枝 繁茂(p3p008917)は、この国に対して多くを知る立場ではない。されど、魔種の脅威は、それが生む悲しみは十二分に理解している。弾正とアーマデルの動向も気がかりだが、今は自分達が何をできるかを、身を以て証明するターンだ。
「そっか。私がかつてカオスシードに憧れたようにそれ以外になりたい子もいるんだ。その気持ちを、愛を利用された。……なんてひどい話。ヨタカを傷つけたことも、その無責任さも、大嫌い」
「僕もヨタカ団長にそのような輩が寄り付くのは我慢なりません。早々に探し出しましょう。……ジェイク様、今回は医師を探すのでしょうか?」
『陸の人魚』シグルーン・ジネヴィラ・エランティア(p3p000945)にとって、愛を利用し、そして捨てるような行為は逆鱗にほど近いところを撫で付ける行為にほかならず。それを親しい仲間にされれば、怒りもする。親しいのは幻も同じ。だからこそ、調査にはより気合が入る。幻の問いにジェイクはああ、と返してから付け加える。
「エイリスの特徴からすると、獣種と飛行種の被害者がいるはずだ。飛行種なら海洋、幻想貴族の情報を得ていたなら海洋貴族も……と、そのくらいだな、反転を唆す集団も探したい」
「なら、私が貴族達に何か知らないか聞いて回ってくるわ。この国にあの男の繋がりがあるなら、『そういうゴシップ』として人々から聞き出せばいいものね」
シグルーンはジェイクの言葉を引き継ぐ形で胸を張ると、意気揚々と貴族街へと歩いていく。なんと頼もしいことか。
「それじゃあ俺達は医者をあたるか。街の人達に話を聞けば、絞り込んでいけるはずだ」
「私も霊魂達にあたってみましょう。シュプレヒコールや反転に関する研究の犠牲者や親戚筋の魂が捕まれば、いけると思います」
「なに!どんな人であれ人である以上は何かしらの痕跡は残すでしょう! 目を皿にして、耳をタコにして情報収集と参りましょうぞ! フフッ……スケさん、目も耳もありませんが!」
ジェイクの言葉に応じた繁茂とヴェルミリオに、彼は「頼もしいぜ」と笑みを深めた。使い魔に依らぬ俯瞰能力をもつヴェルミリオ、そして死と隣合わせの医師を探るのにより精度を上げられる繁茂の死霊操術は、ジェイクの洞察力と交渉力をより高める筈である。
「僕が情報をまとめた上で、一番怪しそうな医者に接触……ですね。ジェイク様、御願い致します」
「ああ、任せとけ!」
愛する者に、肩を並べる信頼を以て求められることを喜ばぬ男がどこに居ようか? 彼は仲間達と友に、力強く歩を踏み出した。
「ねぇ、面白い話が聞きたいの。どんな眉唾物でもいい。ゴシップにしてはありきたりな酷い貴族の話! ゴシップで例え話で眉唾物なんだから、それが貴方の知り合いなわけがないもんね」
「い、いきなり凄い事聞いてくるのね? あなた、イレギュラーズかなにか?」
「そんなところ!」
シグルーンは海洋貴族のなかでも、とりわけ市井に溶け込んでいる庶民然とした……言ってしまえば貴族の家で冷遇されがちな『下の子』達を収集対象に選んだ。口さがない彼らなら情報を持っているはずだ。十分な程度の。
突飛な語りかけに応じた少女は、身なりもよく品がある。だが目の奥に不満を抱えているようにとれる。そして、華やかな女性がいれば男達も自然と集まる。かといって、公で悪口雑言をばら撒くほど貴族を捨てているわけでもなし。貴族達とシグルーンは、『それなり』の食堂へと歩いていく。個人の言行を外に漏らさない程度の場所へ。
「……ってェ訳でな! 『俺の友達の弟』がだいぶ前にいなくなっちまったって聞いたんだよ! 俺はそもそも『弟』なんて見たことねえけど、そりゃそうだよな! 外に出てねえ『らしい』んだから!」
「ああ、『私の遠い親戚筋』でも似た話をきいたことあるわ。もともと多産な気質の家系だったはずなのに、その奥様の代……当代だけどね? その人の子供がやけに少ないって話は聞くわ」
「へぇ! そんな話よく知っているね!」
そして、貴族といえどヒトである。酒が入れば口も緩む。驚くほどに回る口から出てくるのは、『貴族の子供でだいぶ下、4~5人目になろうかという子供や妾腹の子らが生まれた事実はあっても表沙汰にはなっていない』という話だった。それが事実なら、闇が深いでは済まされない話である。
「楽しい話をありがとう。お礼に、面白い話を教えてあげる。……女王派のインディアクティス家には実は隠し子が居たんですって」
ひとしきり『楽しく』話を聞いたシグルーンは、そう言い残して席を立った。貴族の子女達が、先程まで溜め込んだ酒気と鬱憤をその言葉一つで吐き出したのは、なかなか滑稽な光景ではあったが。
「僕は人が突然変異する現象について解明したいんだ。君はそう思わないか?」
「……反転のことか? それとも、『それ以外』のことかね? あの、不完全な反転ともいえる醜い現象の?」
幻は変装した姿そのままに、医師然とした調子で相手に語りかけた。ドクトル・ミステ――ジェイクの割り出した怪しい医師――その男の口から漏れた言葉は、彼女の心をわずかに乱した。それをおくびにも出さぬのは、熟達の奇術師ゆえか。
「不完全な、反転?」
「知らないのかね? あの医者、そう、彼は『ガイアキャンサー』といったかな。何者かから人に感染する呼び声とは異なる現象。壊しても構わない、そのつもりで弄ったら『戻って』しまったと彼は笑っていたね。いい笑顔だった」
幻は彼が『あの医者』を思い出しながら恍惚とした表情を見せていたことに心からの……そう、これは落胆というべきか。そういうものを覚えていた。腕の立つ医師であろうに、人を貶めた話をかたる言葉に悲哀が感じられない。
(教えて、この医師が人を絶望させるようになったきっかけの男のことを)
彼女は立て掛けてあった、古ぼけたノートに手を添え問いかけた。そして、医師の思考にも指を這わせた。
――その男の名は。
続く名前、その羅列は『シュプレヒコール』ではなかった。旅人に多そうな名前、和名というべきか? その羅列を記憶するのと、男の口から血が散ったのとは同時だった。
「え、」
言葉は続くことはない。
内部から膨れ上がったような彼を視認することなく、幻は窓へ飛んだ。外からの銃撃音を聞きながら。
すり抜けようとした窓枠が硬い感触を返し、いきおい、外へ落ちていくのを見て、彼女は察した。その部屋が罠であったことと、ジェイクが外から窓枠に沿って銃弾をバラ撒いたことに。
そして、そんな事件が起きてなお騒ぎにならないのを見るに、周囲は繁茂やヴェルミリオが素知らぬ顔で人払いを済ませていたということか。
「有り難うございました、ジェイク様、そして皆様。シュプレヒコールの名は聞き出せませんでしたが、別の男の名を――いえ」
幻は『その名』を告げようとし、しかし踏みとどまった。記憶を覗き見られただけで死んだドクトルの事を考えれば、不用意に名前を口にする愚を悟ったのだ。
「こんな町中で爆破沙汰まで起こすとは、肝が冷えましたな! スケさん、キモの一つもありませんが!」
「今死んだ医者の霊魂は漂っていますが……色々な単語を喚くだけでとても意味を為していませんね」
ヴェルミリオのおどけた調子は、一同の張り詰めた気分を僅かに緩めた。繁茂の冷静な言葉を聞き、死亡直後でもコンタクトを取れるとわかったジェイクは小さく頷く。
「わかった。幻は名前を覚えておいてくれ。ヨタカなら知っているかもしれない。繁茂は単語をできるだけ覚えてくれれば、何かつかめるかもしれない。できればこのまま――」
「あ、いたいた! ……って君達どうしたの?! 凄いことになってるけど!」
仲間達に指示を飛ばし、ジェイクは他の面子と合流しての撤退を検討する。そんなところに現れたのは、シグルーンと弾正達だ。恐らく、先に合流していたのだろう。
「弾正、それとアーマデルも。随分手酷くやられたように見えるが大丈夫か?」
「俺は大丈夫だが、アーマデルがちょっと変なのに絡まれてな……」
「途中で帰ってくれたんだけど、アレは明らかに魔種だろう? 生きた心地がしなかったな」
何らかの毒を受けた痕跡が残るアーマデルに、彼とと同じかそれ以上の着衣の乱れをみせる弾正。お互いロクな目に遭っていないのは明らかな様子であった。
●幻想・貴族達の狂宴
「イーノ・ミステ男爵が北でことを起こすに際し、戦力が心許ないと嘆いていてな。この際魔種でもなんでもいいから戦力を得たいと仰せだ」
「だ、男爵殿の依頼ぃ? あっしにはちと荷が重い話を持って来やすね。そんなリクエストに答えられる連中、見つかるかどうか」
「見つかるかどうか、の話は聞いていないんだ。見つけて貰いたい。……わかるな?」
尊大な声音で木っ端の情報屋をどやしつける豊かな体躯をした男は、ひとにらみされた情報屋が慌てて駆けていく姿を目で追い、姿が見えなくなったのを確認してからふうと息を吐いた。
「こんなとこッスかね。人を人とも思わないでスし、魔種絡みに手を付けていてもおかしく無いので大丈夫でしょう」
喉元を緩めたイーノ家の使用人――に、変装した美咲は、胸糞悪い出来事を思い出しながら周囲に視線を巡らせた。魔種を探しているとか、戦力にしたいなんてだいそれた事を口にする人間を官憲が見逃してくれるだろうか、情報屋は売らぬだろうか。そう思考を巡らせた矢先、何の特徴も無い男達がおもむろに自分に歩み寄ってきた。
「もし、貴方はイーノ男爵の使いでいらっしゃる?」
「そうだが、何か」
「『魔種』を探しておられる? それとも、『我々』かな? ……ローレットの使い走りが何の企てかな?」
男達がすべて言い切るより早く、美咲は手近な人間に一撃を叩き込む。だが、浅いのは明らかだ。両者の剣呑な空気を嗅ぎ取った周囲はそそくさと距離を取るが、彼女の思考には激しい疑念が渦巻く。
どこでしくじった? 何が悪かった? 変装する前からすでに?
「なるほど、イーノ家と君達は繋がっていたわけだ」
そんな疑念が目まぐるしく思考を駆け抜けるさなか、横合いから声が響いた。シューヴェルトだ。
「シューヴェルト氏?! 貴族の調査じゃなかったんでスか?」
「うん、調べてたよ。そうしたら、聞き捨てならない噂を聞いてね。そこに君の話し声さ。……君達、イーノ男爵に何を吹き込んだ? 怪しい連中と取引して怪王種を手懐ける、もしくは作ろうとしているという与太話は本当かい?」
シューヴェルトがまくし立てた内容に、美咲と信徒達はぎょっとしたように彼を見た。
そう、彼は腹に一物ありそうな貴族達にあたりをつけ、シュヴァリエ家の家名の下に怪しい人間を探っていたのだ。それこそ、官憲への密告に対する猶予と家の金の両輪でもって。
そんな中、シュプレヒコール当人には行き当たらなかったものの、『かつて魔種のような変貌を遂げて何某かによって回復させられた』事例の存在に行き当たった。口さがない噂と捨て置くなかれ、肉腫と考えれば合点がいく。延長線上で、イーノ家が怪王種を戦力とすべく怪しい輩と接触したというではないか。その名を使って美咲が芝居を打っているのだから、冗談ではない。……おおむねそのような流れだった。
「ローレットに語る口は――」
「その一言で全部ゲロってまスよ」
何事か言おうとした信徒は、しかし美咲の動きを見切ることがないまま昏倒させられた。
「あら、こんなところで大立ち回りね」
昏倒した者たちを縛り上げていた2人のもとに、遠くからメルランヌが駆け寄ってくる。
彼女は彼女で、『不老を求めている』『後ろ暗い事をしてでも老いたくない』とか、暗に奴隷になった者達の犠牲を容認してでも若さを保ちたいと嘯き、資本家階級の者達に取り入り、情報を集めていたらしい。
その流れで、別の『信徒』と思しき者達がいい情報がある、とすり寄ってきたらしい。彼らを使い魔に尾行させていた流れで、ひとりでは手に余ると判断した為調査を別方面から行うつもりだったらしい。口ぶりから、多くの富裕層に声をかけているのは間違いないという。
「でも、魔種が、とかそういうことはともかくとして反転が、とか、シュプレヒコール本人と繋がりが深そうじゃないのよねえ」
「経過についてではなく、結果を求めている感じだね。僕もそれは気になっていた」
「ひとまず、こいつら吐かせてイーノ家になに吹き込んだのか確認が先でス」
●傭兵・砂煙に舞う(上)
「前回の依頼の記録を見たけど……おぞましいものだね」
「エルは、ヨタカさんに怖い思いをさせる人が許せません」
『評判上々』フラーゴラ・トラモント(p3p008825)が自らの感情を抑え込むような声音でぽつりとつぶやくと、『ふゆのこころ』エル・エ・ルーエ(p3p008216)は彼女の背に決意を滲ませるような言葉を投げかける。香水の力で気配を薄めているが、おおっぴらに前に出ることは避けたいという彼女の配慮だ。
フラーゴラにとって魔種は不倶戴天の敵であるとともに、自らの心を揺るがせる暗い記憶の象徴だ。その感情を抑えるためには、自分と同じ思いをするものを増やしてはならぬという思いが強い。
「反転した兄上も、シュプレヒコールという男も……なぜ魔種という醜悪な力に興味を持つのか。俺には理解できません。したくもない、というのが本音ですが」
『ホストクラブ・シャーマナイト店長』鵜来巣 冥夜(p3p008218)の脳裏を過ぎったのは、行方を眩ました己の兄、朝時の存在である。正義のために力を求め、されどそのままでいては正義をなせぬと魔の路を選んだ高潔な兄が、興味本位で反転の種を蒔くシュプレヒコールと同類とは思いたくはない。自分にそう言い聞かせているだけではないか? そんな語りかけに抗いながら、冥夜は唇を噛んだ。
その、やや前を歩くのは冥夜や、海洋で行動する幻やジェイクらを束ねる旅一座の団長である『断片の幻痛』ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)、そして彼の『つがい』たる『闇之雲』武器商人(p3p001107)。武器商人の能力でもってエルが行使する使い魔を失わぬように、と距離をとっているのだ。
(もう少し辛抱しておくれね、物事には順序があるから)
「……紫月、表情が優れないね。大丈夫?」
「小鳥の方が調子が優れないようだよ」
自らの思考を揺蕩う憤怒、エイリス・ヴェネツィーエのそれを抑え込むように胸に手を当てた武器商人の姿を、ヨタカは気遣わしげに覗き込む。前髪の向こうから注がれた慈愛の視線は、機にするなと強く訴えている。これ以上は野暮というものか。
「この先の路地に入れば酒場があります。そこなら、情報を得るにうってつけだと思います」
「了解だよぉ、セパード。何か怪しい点や疑問があったら言っておくれよ」
冥夜の道案内に従って歩く一同の眼前に、少し寂れた様子の酒場の扉が現れる。冥夜曰く、ここは音楽に興味を持ち、かつ表通りに面していない場所。翻って、多少の会話に他人は首を突っ込まない。そういう場所なのだという。
「さっき調べた奴隷たちの情報も気がかりだねぇ。どこから流れてるのやら……」
武器商人は、酒場に赴く前に予め調べた内容を思い返す。
奴隷商達と高い交渉力とサヨナキドリのパイプを以て聞き出した話だが。
望んで、もしくは他の道がなく已む無く奴隷になった者とは別で、攫われ、奪われた結果として奴隷になった者の比率がここ暫く大きく増えているらしい。せいぜいが希望者:拒否者で4:1が適切であろうに、これが五分にまで押し上げられているのだと。それも、そこそこ育ちの良さそうな海種や飛行種が交じる形で。奴隷商だって国際問題は『できるだけ』避けたいはずなのに。
「エイリスさんに獣種のパーツが使われてたから、奴隷以外の線でもなにかあると思う……ひとまず、聞き込みからだね……」
「うん、俺も演奏を頑張るから、フラーゴラにも頑張ってもらおうかな……よろしくね」
フラーゴラが軽く声を出し、喉の調子を確認すると、ヨタカもヴィオラを取り出し演奏の準備に入る。武器商人はエルが使い魔越しに情報を得ることを期待しつつヨタカを注視し、冥夜は式神「蓮」とともにホストらしいその美貌を存分に活かして周囲に笑顔を振りまいた。
「俺達は色々なことを知りたくて、こうして演奏をして回ってるんだ」
「歌や演奏が気に入ったなら、いろいろ……教えてほしいな……」
そんな前口上から演奏が始まるなか、周囲は声を潜めながらもその演奏に耳を向ける。冥夜が人々を周りながら情報を聞き出すべく立ち回る中、エルは武器商人へと視線を向けた。だがその目には戸惑いの色が見て取れた。
●幻想・イーノ炎上
「ナア、美咲」
「……何っスか」
赤羽は、間近に迫った貴族邸の方角から漏れる熱気に顔をしかめながら美咲に言葉をかけた。当の本人の表情は、荒事なれした赤羽ですらぎょっとする無表情だ。
「あの貴族、イーノって言ったっすか。今までやってたのは一般女性をアレコレして戦場に慰み者として送ってただけっすよね? で、自称『信徒』は既にこの家と取引していたと」
「大筋は、そうでス」
「つまりつまりー、この火の手は怪王種をなんとかするのに失敗して? 自分達が燃えちゃったってカンジ?」
「悪趣味にも程があるだろうがそういう事になるね……!」
レッドが話を続けると、美咲の声はとぎれとぎれにそれを肯定した。理解できていないのは彼女も一緒だ。結論を虚が急くと、ヴェルグリーズの顔が不快感に引き歪んだ。
怪王種をどうにか制御しようとした連中がイーノ家であり、しかし怪王種は下位のそれであろうと貴族勢力程度が捕縛できるものではない。となると、『人為的に作ろうとしていたのか』。
「魔種を生み出す方法、か。なるほど面白い発想だね。結果がちっとも面白くないけれど」
「怪王種本体は使い魔が見つけたわ。数がそこそこいるけど、私達なら十分倒せるわ。住人は……期待できないけど」
シューヴェルトとメルランヌも似た話を聞いたとはいえ、冗談か噂の類と笑い飛ばしたかった。でなければ、『肉腫化を経てシュプレヒコールと手を組んだ貴族』と『怪王種の兵器利用』、『新たな魔種の跋扈』というクソッタレな案件のバーゲンセールがこの国で開かれていることになる。
「なら、手筈通りに。俺が突っ込み、足を止める。一気に蹴散らそう」
グリムはそう告げると、真っ先に飛び出し、炎の中暴れまわる怪王種の初撃を受け止める。ヴェルグリーズが背後から一撃のもとにそれを叩き潰すと、続いて現れた個体が近づくより早くシューヴェルトが抜刀術で切り伏せる。浅い。咄嗟に手の動きで指示した彼にしたがい、メルランヌ、大地、そしてレッドの3人が散開、神気閃光で押し包むように制圧を勧めていく。
美咲はその中を外観にそぐわぬ驚異的な身のこなしで舞い、次々と個体を蹴散らしていく。
(イレギュラーズなら十分倒せる、けど従える手段なんてこいつらには無い。反転することそのものに興味を持つシュプレヒコール、『動物の反転』といえる怪王種を人為的に作ろうと唆す連中……)
食い詰め者達がそれを売り込もうとするシナリオもあったが、貴族自ら作るときたか。そんなものを作るのに、どれだけおぞましいことがなされたことか。大地の思考は、強烈な嫌悪に彩られていた。
「……これで全部っすか。でも、お屋敷はもうどうにもならないっすね」
「こんな事をしていたんだから、研究成果みたいなものは残していた筈だけど、それどころじゃないね」
降り出した雨で消え始めた火の手を見るレッドに、空を見上げながらヴェルグリーズは応じた。イーノ家は確かに悪辣極まりないことをした。裁かれるべきだ。だが、これは違う。
制御できなかったのか、『敢えてどうにかされたのか』。
「うわー、景気よくボーボー燃えちゃいましたね! 大きなお屋敷でしたからいっぱい死んじゃったでしょうね!」
と。
一同が途方に暮れた状況下で、朗らかに笑う女の声がした。虚の表情が目に見えてこわばったのと、彼女がそちらを向いたのはほぼ同時だった。
「あれ、麻資郎くん? ボーボー燃えちゃったと思ったんですけど生きてたんですね! クズ男はおとなしく死んでればよかったのに!」
「……なんでここにいる、正義巛巛(せいぎがわ)」
「眼鏡に話は振ってねーんですよ、引っ込め」
即座に『稔』に姿を変えたStarsに、女――正義巛巛亜心(―・あこ)は心底不機嫌そうに顔をしかめると、「まあいいや」と踵を返す。
「亜心は正義が大嫌い。ローレットでしたっけ? アナタ達なんてゲロゲロですよ」
「この人数を相手に、そんなことをのたまうヤツが逃げられると思っているのかい」
「わたくし達の前で丁寧にゲロってくれたんだからお礼はするわよ? 王都の牢屋で3食アクセサリつき。首に荒縄のネックレスが待ってるわ。寝床? 一晩石畳のあとゆっくり眠れるわね」
亜心の挑発に、シューヴェルトとメルランヌが構える。一同の戦闘態勢が整うより早く、瓦礫を突き破って人――でありながらフォルムを逸脱した者が現れた。
「複製肉腫――?!」
「悪(あこ)がやるっていったらやるんですよ、悪が正義に負けるわけねーだろ!」
突如現れた肉腫の存在は、実力ではなくその事実がイレギュラーズの動きを鈍らせた。即座に踵を返した亜心は、信じられない速度で消えていく。
「つまり、俺達がスラムで怪しまれたのは」
「ああいうのが居たからっすね」
稔とレッドは、そこでやっと合点がいった。あのときのツヨツキー一家の言葉が線でつながる。
幻想の闇は、イレギュラーズが想定した何倍も深いところで根を張っているのかもしれない。
●傭兵・砂塵に舞う(下)
「最近、ラサ周辺で凄く演説がうまい人とか、催事をしている人……見たことはない……?」
「どうだったかなあ。大々的にやってるとは聞いたことがねぇが」
「皆は、魔種についてどう思う? 俺は滅ぼさなきゃいけないと思ってる。世界の為にも、俺の為にも」
「そりゃあ……そうだろうがよ……なあ?」
「シャンパン戴きましたー!」
「お、おおっ……! こんなもん、いいのかい?」
「知っていること、そうですね、この人相書きとか、あとは魔種やそれに似たものを好む人達を見なかったかとか、そういうのを教えて頂ければ!」
フラーゴラ、ヨタカ、冥夜の3人はめいめいに場を盛り上げながら、巧みに情報を聞き出そうと腐心していた。人を巻き込み、周囲の雰囲気ごと掌握する。ヨタカの手練と冥夜の盛り上げ、そしてフラーゴラの歌唱力こそが為せる業といえた。
「どうかしたかい、冬の娘。顔色がすぐれないよ」
「エルは、幻想の鳥さんから話を聞きました。……怪王種を飼い慣らそうとして燃えた貴族の家に、肉腫が出たそうです」
武器商人は前髪の奥の眼光を細め、エルの様子がいまだ優れぬのを見て取った。
「……それだけかい?」
「エルはネズミさんが、こっちに来ている人達を知らせてくれたのを見ました。……冥夜さんに似た人の顔も見ました。多分、この中にも」
武器商人はおもむろに立ち上がり、ヨタカの側に近づくとその肩に手を回す。ヴィオラを脇に置いたヨタカは、視線だけで相手が何を意図したかを理解し、仲間達に合図を送る。その直後、武器商人の背に暗器の針が突き立つ。
「なんだ、バレバレってか。面白くねえな」
「我(アタシ)達を出し抜けるなんて思ってたんなら面白い提案だねぇ」
酒場の奥に潜むように話を聞いていた数名の男が立ち上がる。手に手に暗器を持つ姿を見るに暗殺者のたぐいか。視線を真っ直ぐヨタカに照準シているのを見るに、シュプレヒコールに連なる者らしい。
それとほぼ同時に、扉を蹴破って顔を隠した面々が現れる。数は10あまり、驚く様子の客がいるのをみると全員がグルではないようだ。フラーゴラは武器商人と入れ替わりにヨタカの前に立ち、武器商人は冥夜につく。冥夜、ヨタカ、エルは戦闘態勢を整え、前後の敵に視線を送った。
「ヨタカさんは私が守るよ……!」
「トラモントの方、小鳥を宜しく頼むよぉ。セパードは我(アタシ)の後ろに」
「では、おふたりの分まで頑張りどころですね」
「一気に勝負をつけよう。長居はしたくない!」
「エルも、同じ気持ちです。このままだと、危ないです」
ヨタカの呪歌を合図にして、敵味方が入り乱れる。我関せず、関わりたくないと他の客は机の下に隠れ、呪いと符術、そして訪れる冬の波長の暴威に目を見張った。
対して、敵方には複製肉腫も混じっているのか、隠していても人間離れしたフォルムを隠しきれていない。何者かが肉腫化を強いたのなら、あまりに酷い。殺さないことは鉄則として、もとに戻してやらねばと皆が決意を固めた。
「こんなところで戦うなんて……人の命をなんだと思ってるの……!」
フラーゴラの叫びが、雷雨を呼ぶ。肉腫を含む者達を横殴りに叩くそれは、視界を曇らせ判断を鈍らせた。そう、冥夜の動きもエルの次の一手もわかりはしない。
「皆様、そろそろ限界でしょう。あなた達にはシャンパンの代わりに、この雨をご馳走いたしましょう」
パチン、と冥夜が指を鳴らすと同時に降り注いだ黒い雨は、近場の敵をまとめて巻き込んでその動きに致命的な遅れを生む。畢竟、死を恐れぬ物に『立つな』と強制する術式でもある。
「……なるほど、それがオマエの術かい、冥夜」
「兄、上」
冥夜は、唐突に聞こえた声に、戸口に立った男に、確かに覚えがあった。
鵜来巣 朝時(うぐるす ちょうじ)。冥夜の、兄である。
●傭兵・鵜来巣 朝時+EX
「兄上。あなたはシュプレヒコールと関係があるのですか」
「それをわざわざ教えると思うのかい?」
「――俺は!」
はじめは静かに問いかけていた冥夜は、しかし朝時の態度に思わず声を荒げた。常に冷静で飄々としている彼からは考えられぬ剣幕で、だ。
「俺は、兄上は世界平和のため、力を求めた代償として魔に堕ちたと信じていた、信じている……だから、魔種を、反転を愛でるあのような男と関係があるはずがない!」
「違うね冥夜。俺は世の平和を求めた、それは間違いない。力が欲しかった。それも事実だ。だからこそ、彼のような男とも手を組む」
冥夜は信じられない、というような顔で朝時を見た。朝時は、心からの侮蔑を籠めて冥夜を見て、それからヨタカを見た。懐から取り出されたものに、すわ武器かと身構えた一同はしかし、それがなにかの破片であることを理解する。
「『今日は』何もしないでおこう。こいつらが好き放題やったんでね。ただ……あちこちで嗅ぎ回るなら、それだけのしっぺ返しも覚悟しておくことだ。『これ』がなければ、彼を見つけられないと思うがね」
そう言うと、朝時は入ってきた時と同じように唐突に去っていく。あたりに残った寒気は、恐怖と冷気の何れもだろう。
「痛、ったた……いやあ、派手にやってくれたねえ」
「店長さん……?! ごめんなさい、ワタシ達が来たばっかりに……」
すべてが終わり、静寂が訪れた後。敵を縛り上げていた傍らで起き上がった酒場の店主は半ばあきらめたようにフラーゴラ、そしてエルに手招きした。
「いいさいいさ、可愛いお嬢さん達が戦ったんだ。それだけ真剣な話だったんだろう? それに、今の騒ぎのショックで一つ思い出してねえ」
そういうと、「お嬢ちゃん達だけに、ね」と前置きして2人に耳打ちする。
――それが『調査対象になかった国』で暗躍する、この場にいる誰も知らぬ何某かの話。
そしてこの日を境に、傭兵に蔓延る悪夢の噂が、ヨタカの夢にまで現れることになろうとは。
この時点では、誰も知る由もない。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
個別あとがきは一部にしか配布しないと言ったな? あれは嘘(になってしまった)だ。
そんなわけで「リプレイで知り得る情報」「一部の人しか知らない情報」などが個別あとがきで入り乱れています。
公開しなくても話は進みますし、公開する・しない何れを選んでも対象の皆さん的には色々な展開がある感じです。
一気に調査対象が広がったような展開に、今後もお待ち頂ければ幸いです。
=======
Get Tips!!
幻想
・『蒐集魔の殺人』
・『イーノ家の失敗と没落』
・『正義巛巛亜心』
・『元・複製肉腫の貴族達』
傭兵
・『鵜来巣 朝時』
・『夢で蠢くもの』
・『奴隷潮流(傭兵)』
・『ヴィジャ・ボード』
海洋
・『彼の研究日誌(1)』
・『???』(限定公開)
・『奴隷潮流(海洋)』
・『海洋貴族の影』
・『謎の魔種(女)』
???
・『???』(限定公開)
GMコメント
さてさて、記録も映像として見られるようになりましたので色々はかどりますね! 主に武器商人さんがパンドラ減らしてまで確認したどえらい量の情報とかそういうのがね!
●成功条件
・「シュプレヒコール」の情報収集、特に彼に関するシンパや波及した魔種の出現情報の収集
・(オプション)他国への彼ないしはシンパの流出情報の有無の確認等
・(オプション)魔種・純正肉腫・強力な怪王種を除く、平和を紊乱する適正存在の排除
●重要な備考
このシナリオに参加したイレギュラーズが既にローレットに寄せている魔種またはそれに関連する敵性存在の情報を参考に、当該対象を発見する可能性があります。
(今後の登場も有り得ます。意図せず登場するのが構想の外である方は、プレイング冒頭に【NG】の記載をお願いいたします)
●前提情報(読まなくても大丈夫ですけど知ってたほうが楽しめるかな? 程度の情報)
拙作『蒼く燃える程熱く、燃え尽きぬほど濃密に』の記録映像を見ておく(リプレイを確認する)とそれっぽいです。忙しい方は3節のみとか、いっそ見なくてもいいです。
(3節は「武器商人さんが諸々の事情で受け取った情報群」ですが、映像化された扱いとなっております)
ざっくり言うと「幻想南部に出現した『能動的に攻撃してこない魔種』を討伐ついでに調査した結果、シュプレヒコールの息のかかった狂信者集団によって体を弄くり回された絶望から反転した少女が判明、シュプレヒコールの影響力がデカ過ぎるので調査が開始された」という話です。はいこのカギカッコ内だけ覚えてれば「聞いたことがある」ムーブができますよ。
●『原罪のシュプレヒコール』
旅人。ヨタカ・アストラルノヴァさんの関係者です。
どうやら彼と重大な関わりがあるらしく、大召喚がなければヨタカさんが反転していたともされています。
もとは医者として混沌を生きていましたが、『反転』を混沌特有の病理としてとらえ、これを調べているうちに反転そのもの(事象)にたいし異常な興味を示すまでとなりました。
結果、あらゆる手段を用いてあらゆる人々を使って反転するまでの過程や反転する理由などを調べ上げ、実験対象が反転したら完全に興味を失う……というのが常のようです。
大召喚の折、手を離れてしまったヨタカさんに執心しており、彼は記憶を封じていたため直近までその存在を忘れていました。
もしシュプレヒコールにヨタカさんの所在が確認された場合、どうなるかは言うまでもないでしょう。
まがりなりにも旅人(第一世代)なので行動がそのままパンドラの増加に繋がりますが、行動の結果として魔種が増加し、「滅びのアーク」を増大させるためプラマイで劇的にマイナスになるとみられ、ローレット側としても放置しておくのは得策ではないと思われます。
とはいえ、ローレット側も『豊穣の魔種』『R.O.O』『覇竜への接触』etc...と重大案件を抱えている関係上、調査は少数精鋭で行う必要があります。
●『シュプレヒコールの信望者』たちの調査
幻想各地に存在すると想定される、反転に対して何らかの好奇心や興味を持つ団体群です。
シュプレヒコールが『反転そのもの』のみに興味を示しているのに対し、一部集団は魔種に対して興味を有している、ないし信望している団体も存在すると思われます。
彼等を調査、情報を掌握し襲撃計画を立てるまでが今回の流れのメインです。場合によっては早巻きで襲撃を兼ねた戦闘になる可能性も含まれます。
なお、人間(純種全般)のみが構成員ではない可能性もありますので注意が必要です。
主に聞き込みに関わる人脈掌握や懐柔、直接調査の際の隠密系統の非戦スキルがこのシナリオでは大きな成果を期待できるものとなります。必須ではないですが参考までに。
信望者が匿っている、ないし知っていて情報を隠匿している魔種などの発覚もこれに類する調査となります。
幻想のどのあたりを調べるのか等によって色々変わってきます。取得する情報量とか。
●シュプレヒコールの足跡の調査
こちらはより情報が少ないのを必死こいて探すコース。
基本的に各国国境付近(北部戦線を除く)あたりの調査になります。国境線絡みのためあんまり整備されてない区画等に向かうので、不意遭遇戦もありえます。
調査で成果が出そうなのは、多分海洋とかラサ付近。他の調査も出ないわけではないですが、前述の2つより人数が必要になるので振り分けキツいと思います。
この場合、出現するエネミーは怪王種の弱い~そこそこ強い(人数次第で全然余裕で倒せます)奴がでてくるかも知れません。
そうでなくても魔物、動物、工房跡に残っている魔法オブジェクトなどによる襲撃を警戒して下さい。
●最後に
このシナリオにおける個別あとがきは、各地の情報絡みとなります。
全員配布は想定しておりませんが、配布された情報が今後のシナリオに絡んでくる可能性がありますので予めご了承願います。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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