シナリオ詳細
<黒曜の錬金術師>ものを作るもの
オープニング
●美容業界の裏表
美容商人リウェール・アスタリスタからの依頼で、深緑の山奥で猛威を振るっていた魔亀を退けたイレギュラーズ達。
「リウェール様、このようなものが魔亀から」
討伐の際に潰した魔亀の眼から発見された、謎の黒い欠片。アリシスは本来の目的である魔亀の血液を持ち帰ると共に、この欠片についても彼女に尋ねてみた。
リウェールは、不思議そうに黒い欠片を眺めるばかりだった。
「何やろうねぇ……こんなん眼に刺さってたらえらい痛そうやし、それで暴れてたんかもしれへんけど。ウチは血液専門やからなぁ」
黒い欠片は、その外観は豆皿ほどの大きさだ。形も『元々綺麗な円形だった何か』を割ったようにも見える。『割れた』のかもしれないが。
「ちょっと預からせて貰ってええ? 時間かかりそうやけど、ウチでも聞いてみるわ」
「どなたか心当たりが?」
何か思い当たったような様子のリウェールに珠緒が尋ねると、彼女は綺麗に笑った。
「んー……どないやろねぇ。この世界(美容業界)、研究熱心なお人ぎょうさんいはるから」
訳すると、こうだ。
『心当たりが多すぎてわからない』。
●時は流れ
それから、一年近くの月日が流れようとしていたある日。魔亀退治に対応したイレギュラーズ達へ、再びリウェールから連絡が入る。
一度、ローレットのギルドヘ集まって欲しい、と。
「コネやら伝手やら、色々使(つこ)てみたんやけど……時間もお金も、えらいかかってもうて」
「こちらこそ、お忙しい中調べて頂いて!」
丁寧に頭を下げる蛍に、穏やかに「ええんよぉ」と返すリウェール。後で血を要求されても甘んじて受けよう……と思ったのは、珠緒の内心の話。
「それで、何かわかったかい?」
行人が尋ねると、穏やかな態度を崩さないままリウェールが告げる。
「『黒曜の錬金術師』。神秘が多く残る深緑を根城に、なんや怪しい研究をしてる、ゆう噂がある……ウチが辿れたんはそこまでやわ」
――『深緑で暗躍する錬金術師』。
そのような存在であったとある人物を、イレギュラーズ達は知っている。
かつて妖精郷を陥れたその存在は、もうこの世に存在しないことも。
「何故、その『黒曜』が関わっていると?」
「あの黒い欠片な。神秘を帯びた生物に埋め込んで、死後に取り出して砕くと貴重な魔法薬になるとか。それが『黒曜』はんのやり方らしいわぁ」
マナガルムの問いに、リウェールはそのように答える。
今のところ、『黒曜』が直接人を殺したという話はない。巧妙に隠されている可能性は無いとは言えないものの、少なくともリウェールの耳には届いていない。
あくまで錬金術師が『素材』を製作する過程で、他の生物を利用するだけの話。その点では、他の生物の血を利用するリウェールもさして変わらない。
だが、彼女はどこか不服そうだ。
「ウチは、ただええなぁ思った素材の血を貰うだけなんよ? けど、ずっと深緑におる『黒曜』はんは『人様に迷惑かけてんのわかってて』、あの欠片埋めっぱなしやったんちゃうかなぁ、て。
人様のやり方に口出すんも野暮やけど……」
「つまり、探し出してぶっ飛ばせばいいのか。その『黒曜』を」
「深緑のどの辺におるんじゃ? また山奥か?」
風牙とアカツキが、彼女の意図を汲み早くも『黒曜』に目標を定める。
「それが、ようわからんのやわぁ。『黒曜』はんと取引したはる貴族はんも、直接は会(お)うたことないー言うてて」
『黒曜』が寄越す遣いの人間も毎回変わるようで、全く足取りが掴めないという。
――そこでだ。
「実は、その貴族はんに『黒曜』はんから魔法薬取り寄せてもらう約束なんよ。魔法薬を届けたら、遣いは帰るやろ?
その後、つけてみてくれへん?」
『黒曜の錬金術師』が、どこにいて、何の目的であのような研究をしているのか。どのような人物なのか。
いずれ何かしらの片を付けるとしても、同じく『物を作る者』としてそれが知りたい。
それが、リウェールの今回の依頼だった。
「探求の道は、自由であるべきとは言え……無関係な人々の犠牲を、何とも思わないようになれば……」
リンディスは、過ぎる『最悪』の再来を思い心を新たにする。
『黒曜』を、放置できない。知らないままでは、いられない。
●黒曜の錬金術師
正直、一時はどうなるかと肝を冷やした。
妖精郷の妖精達は実に魅力的な素材だと思っていたが、既に先を越されていたとは。
しかも、『彼』は妖精郷の騒動で命を落として、それにローレットのイレギュラーズが関わっているらしいときた。
自分は『彼』とは分野こそ違えど、ローレットの本拠地である幻想の貴族とは取引も多い。今のところはまだ隠せているが、どこから足がつくやら。
「これが今回の品だ。『待ち合わせ』場所は向こうにも知らせてある」
今回の取引に使う『遣い』がやってきたので、約束の魔法薬を渡す。報酬の半金は、取引成立時に受け取っている。残りの半金は、今夜にでも受け取れる手筈になっているはずだが。
一部の『遣い』にしか道を教えていないとは言え、この工房がいつまでも隠し通せるとは思えない。残りの半金を貰ったら欠片や資料を引き揚げて、引っ越しを考えるか。失敗作の廃棄もしないと。
深緑も悪くないが、久し振りにラサに戻るのも手だろうか。
忙しくなりそうだ――。
- <黒曜の錬金術師>ものを作るもの完了
- GM名旭吉
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2021年07月22日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談9日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●地元の旧友
「やあ、久しぶりだね……」
待ち合わせの時間にはまだ早い頃。『北辰の道標』伏見 行人(p3p000858)はあるハーモニアの女性を訪ねていた。約束もなしに尋ねてきた彼を女性が家へ招き入れて歓迎しようとするのを、やんわりと断る。
「この近くで用事があってね。森のガイドと精霊の紹介を頼みたいんだけれども、大丈夫かな?」
古い友人は彼の頼みを二つ返事で快諾する。そのことに感謝して行人が帰ろうとするのを、女性は僅かに不安を滲ませて呼び止めた。
「ああ、今回は荒事は多分無いから……大丈夫さ。帰りに寄らせて貰うから、その時にでも時間を取ろう。
じゃあ、頼むよ。エリー」
帰りの約束をして念を押す行人を、女性――エリーは、今度こそ見送った。
アリス・クローヴン。愛称エリー。
行人が旅の途中で出会った、一時の旅の伴でもあった人だ。
●深夜の待ち合わせ
待ち合わせ場所に向かう最中、『比翼連理・攻』桜咲 珠緒(p3p004426)は少しだけ気が遠くなる心持ちだった。
「馴染みの方からの素材収集依頼が、随分な厄介ごとになったような……」
「調査に一年もの時間とお金もかかったってことは、相当用心深い相手みたいね。こっちもしっかり連携して、慎重に動かないと……」
『比翼連理・護』藤野 蛍(p3p003861)が今回も頼りにしていると比翼の片割れに告げれば、珠緒も応えて頷く。
「これほどの用心深さ。自分の研究が表沙汰にはできないものであるという自覚はある、という事でしょうか。その上で深緑に工房を構えている……となると……」
「言われてみれば、そもそも疚しい所のない研究なら、こんなとこで隠れてしてないわよね」
以前の依頼で得た黒い欠片を持参した『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)。そこから推理できるものを口にした時、蛍にも納得できるものがあった。
納得したのはもう一人。
「そもそも、錬金術師という存在に良いやつがおった覚えがないのじゃが……久し振りの深緑で、何となく妾のファイヤー欲も出てくるのう……」
「決定的な証拠や、あちらから戦闘を仕掛けてくるのなら兎も角ね。少なくとも、魔法薬の件については世間から評価を受けている御仁だ。俺達の今回の目的はあくまで情報収集であること、忘れるなよ」
「わはは、わかっておる! まあ冗談じゃ冗談。お仕事なので頑張るぞ」
『焔雀護』アカツキ・アマギ(p3p008034)がちらつかせるファイヤー欲を、『黒狼の勇者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が念の為釘を刺す。もちろんアカツキとて本気ではない。
「研究肌の人間は特に人付き合いに対してあまり興味を持たなかったり、付き合い自体を拒絶する傾向もあったりするからな……」
取引相手すら直接会うことが適わないという『黒曜』。その未知なる人物は白なのか、黒なのか。
「研究、探究という点においては……その道を究めようとすることは、彼らにとっての使命でありライフワークでしょうから。私はそのものを咎めは致しません」
「でももし、他を顧みないようなヤツなら……ってことだな」
『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)の言外の言葉を、『よをつむぐもの』新道 風牙(p3p005012)が続ける。風牙は『黒曜』からの遣いに渡す予定の金貨袋に香水を仕込み、森に紛れやすいミントが微かに香るのを確認すると、視界に見えてきた待ち合わせ場所の樹を見据えた。
「よし、そろそろこの辺りで分かれとこう。渡すのは任せた!」
「やれるだけはやってみよう。……諸々、杞憂であれば良いんだが、な」
報酬の半金を直接遣いに渡すマナガルムへ金貨袋を預けると、彼のみを待ち合わせ場所に残して、風牙をはじめ他のイレギュラーズ達はそれぞれに身を隠した。
ほどなくして、木箱を手にしたハーモニアの男性が現れる。彼は周囲を見回した後、マナガルムの他に人がいない事を確認して声をかけてきた。
「そちらが報酬の残り半金ですか」
「そちらも、黒曜の遣いとやらで間違いないかな」
警戒心を抱かせないように。しかし、初手から信頼し過ぎて疑われないように。
金貨袋に刻まれた貴族の家紋を見せると、男性も木箱の蓋を開けて中身を見せた。見たところ、硝子瓶に入った暗色の液体のようだ。
物品を互いに確認したところで、それぞれを引き取る。ハーモニアの男性は袋の中身を確認すると、納得したように頷いて「では」と来た道を去った。
(いよいよだな……責任重大だ。絶対撒かれたりしねえからな……!)
目印の香りを見失わないぎりぎりの距離が離れるのを待って、風牙は月夜の闇に紛れ尾行を開始した。
●迷宮森林
香りを辿る風牙は、正確には一人ではない。
後から来る仲間達との連絡のために、珠緒のファミリアー達が傍に控える。小さな鼠のものは風牙の肩に。蝙蝠のものは近くを飛んで周囲を警戒していた。
他にも、アリシスとリンディスのファミリアーがそれぞれ別行動で空から遣いを追っている。
(今のところはバレてないな……急ぐ様子もなし……)
『新道さん、そのまま聞いてください』
その時、肩の鼠から珠緒のハイテレパスの思念が伝わった。
『伏見さんのご友人から情報を頂きました。ここは『止まってはいけない』迷宮森林だそうです』
『なるほどな。尾行を撒くにはうってつけじゃないか』
尾行は目標の状態に左右される以上、物陰に隠れて立ち止まり様子を見る場面が生じる。だが、この森でそんな事をすればたちどころに森に呑まれてしまう。
『黒曜』がそこまでして完璧に隠さねばならない『工房』とは何なのか。
(迷宮森林には遺跡が点在しているはず……工房はその何れかの中かもしれませんね)
森の夜行性の蝶をファミリアーとして契約し、森の外からその視界を共有することで遣いを追うアリシスは考えていた。
「……遣いが止まりましたね」
「『止まってはいけない森』で?」
アリシスの言葉に行人が思わず聞き返す。しかし、ガイドとして同行しているアリス曰く『止まってはいけない森』を抜ければ問題ない、とのことらしい。つまり、距離を取って尾行している風牙はまだ止まってはいけない――珠緒を通してその注意を伝えながら様子を見ていると、今度は森の奥の方から近付いてくる別のハーモニアがいるという。
「金貨袋を渡して……二手に分かれました。私はこのまま金貨袋を追う新道さんに」
「では、私は最初の遣いの方を」
珠緒とアリシスが、それぞれのファミリアーを手分けさせてその先の尾行を続ける。リンディスのフクロウのファミリアーはいつでもカバーに入れるよう、森の上から皆の位置関係の把握に努めていた。
「結構長い道程になりそうじゃなー。道案内もおることじゃし、『止まってはいけない森』が切れる所までこちらも進んでおくか? 妾もいくらか植物さんと会話できるしのう」
「用事も無いのに、外部の人間が複数同じ場所に留まっているのも確かに不自然……か」
アカツキの提案にマナガルムが納得すると、「じゃろ?」とアカツキ。
「そうと決まれば、よろしくエリー。精霊達に話は通してくれたかい」
「殿はボクが務めるね。二重尾行も警戒しておかないと」
蛍が一行の最後尾へ移動すると共に、行人が案内役のアリスと共に先頭へ立つ。
ひとまず周囲には他者の影が見えない事を確認してから、ファミリアーと感覚を共有する三人を守る形で『止まってはいけない森』へと足を進めるのだった。
●森を抜けて
行人がアリスに紹介を頼んでいたのは、闇と森の精霊だった。闇の精霊には自分達を追跡する存在の報告を、森の精霊には先に進んだはずの遣いが進んだ方向についての情報を尋ねてみる。
「俺達はここを通るだけで、森に危害を加えたりしないからさ。教えてくれないか」
止まってはいけない森なので歩きながらの頼み事になってしまったが、闇の精霊は快く協力してくれた。森の精霊は遣いが『止まってはいけない森』を出たことまでは教えてくれたものの、その先はテリトリーが違うのでわからない、とのことだ。
「ま、とりあえずはこの落ち着かん森と早くおさらばしたいのー」
いざとなったら妾にも頼って良いぞ! と威勢の良いアカツキ。
「あ、ついでなんだけど。もし俺達の後を追ってくる人がいたら遊んでやってくれないか?」
行人の『遊ぶ』意味を精霊達はどう取ったか。不思議そうな雰囲気を醸してはいたが、承諾はしてくれたようだ。後にイレギュラーズ達が用事を終えて戻ってきた時には木々の枝の伸び方が変わって景色が一変しており、精霊達は文字通りの意味で『遊んで』くれていたようだった。
一方、金貨袋を追う風牙達。
『ここは……?』
『金貨袋に匂い付けといて正解だったな。視覚だけじゃ完全に見失ってた』
鼠越しの珠緒と風牙の視界に映っていたのは、一人しかいないはずの二番目の遣いが何人にも増えて違う方向へ歩き去って行く様子だった。幸い、金貨袋から匂いがするのは本物だけであったため、今も迷わず尾行を続けられている。
だが、これほど複雑な迷宮森林を進んでいるならいよいよ本命が近いだろう。アリシスのファミリアーが追っていった最初の遣いはそのまま集落の小さな家に入ったきり出てこず、その家も工房と呼べそうなものではなかったという。
『……リンディスさんから、『このまま進んだ先に開けた場所が見える』と』
『そこが目当ての工房でいいのか?』
珠緒からの情報に気を持ち直し、己の鼻を頼りに進み続ける風牙。
そしてついに、二人はそれを目にすることになる。
巨大な大樹の切り株のような場所に建つ、苔で覆われた建造物。半球を複数接続したようなそれの中央に、若い樹が育ちつつある。
金貨袋を持った遣いが入っていったその建物は、『錬金術師の工房』と称して支障の無いものであった。
●黒曜の工房
森の精霊や草花達、そしてアリスの案内もあり、後続のイレギュラーズ達もようやく工房へ辿り着く。今度は情報を集めるべく、工房内へ立ち入る者と外で待機する者とに分かれることとなった。
「蛍さん、くれぐれも気を付けて」
「珠緒さんがいてくれるから大丈夫よ」
風牙に預けていた鼠を蛍に預け、蛍と分かれる珠緒。
皆が配置についたことを確認して、風牙は正面から工房の扉をノックする――も、反応無し。
「夜遅くに失礼します」
「あなたの研究に興味があり――お伺い致しました。ここまで尾行という手段を用い、申し訳ありません」
それでも中にいることを確信して、風牙とリンディスが礼儀正しく挨拶して詫びる。
「暴れていた魔亀から回収された、黒い欠片がここにあります。こちらについて調べた結果、『黒曜の錬金術師』……あなたに辿り着いたので、お返しに上がりました。
先客がいらっしゃるようですが、お話を伺っても?」
更にアリシスから『黒い欠片』の話が出ると、ようやく工房の窓に明かりが灯り内側から声が返ってくる。
「……扉に小窓があるだろう、欠片はそこから返しておくれ。この研究は誰とも共有するつもりは無いよ」
どうあっても直接対面する気が無いらしい『黒曜』。
「ただ魔術師の興味として秘密を知りたい、というだけではありません。製作者であるあなたから直接話を聞いた上で、顧客として購入も検討してみたいのです。高価な物なら、又聞きではない情報が必要ですから」
「この欠片は、『黒曜』さんが作られたもので……間違いない、のですよね?」
アリシスが『黒曜』にとっての利益を示した上で、リンディスが改めて確認する。アリシスが誠意の印として持参した黒い欠片を小窓から差し出すと、小窓の向こうに欠片が消えて再び声がした。
「いかにも、この欠片は僕が作ったものに違いない。『収穫』にはまだ少し早かったようだが、迷宮森林を越えてまで返却に来てくれたことは礼を言おう。
購入の契約は、本来は遣いを通して欲しいんだが……」
そこで一旦言葉が途切れた後、さほど間を開けずに扉の向こうに人が近付く気配があった。
「わかったよ、入りたまえ。話したいことがあるなら聞こうじゃないか」
それまで徹底して接触を避けたがっていた『黒曜』が、一転して対話の姿勢を見せる。
扉が開かれ、そこへアリシスと珠緒、リンディスと彼女の護衛として風牙が入ると、直ちに閉められた。
この瞬間、密かに工房への潜入を果たしたイレギュラーズが――もう一人いる。
●黒曜の錬金術師
「アカツキさん、何を探してるんだい?」
「錬金術師の工房など見るのは初めてじゃしな! 色々見てみたいと思ってのー」
工房の周囲を警戒しつつも観察して回っているアカツキに、行人が声を掛けた。
「ところで、半金をここまで運んだ遣いはまだ出てきていないのだよな? 同居人であれば何も問題は無いのだが……」
何か、マナガルムには漠然と嫌な予感がしてならなかった。
アリシスが持参していた黒い欠片の形状を、蛍はよく記憶していた。その記憶を元に、工房の壁越しに透視を行っていたのだ。
見えたのは、入り口から入ってすぐの生活空間。それからいくつかの素材倉庫と、実験室と思しき部屋、書斎らしき部屋――めぼしそうな部屋はいくつもあったが、外壁を擦り抜けて蛍が最初に潜入したのは実験室だった。
(黒い欠片を神秘を帯びた生物に埋め込んで、死後に取り出す……そこから魔法薬を作るとしたらここよね)
そういえば、あの魔法薬はそもそもどんな効果の薬なのだろう。珠緒から情報が流れてくるだろうか。
(……? この人は?)
部屋の中央の台に横たわる人がいる。よく見れば、壁にも何人か立ったまま眠っているような。皆ハーモニアだ。彼らは一体……?
一方、招き入れられた四人は『黒曜』と対面することとなった。
「『黒曜』さんは、宝石はお好きですか? 私はある宝石を探しているのですが、黒曜石を名に持つ方であれば、何かご存知かなと」
最初に珠緒が尋ねると、『黒曜』は思案に耽る。
「例えば……竜種。あれらは、身に宝石を宿しているとか。脳に力を秘めた宝石を持つとする伝承もありますから」
人為的に欠片を埋め込み、変質させることでそれに近いものを生み出そうとしているのでは――というのが、珠緒の推測だった。
「竜種の宝石か、流石の僕でも実物は提供できないな。既存の宝石を魔法薬で変質させる程度なら可能だがね」
テーブルに出されたのは、炎の形に捻れた水晶。見た目も一見美しくはある――が。
(……これは)
アリシスの妖精眼がそれを凝視する。
これは、呪いだ。死して呪いと化した炎の精霊だ。
苦悶の形相の精霊が、恨めしそうに宙を見ているのが彼女にだけは見えた。
「『黒曜』さんの魔法薬……いえ、その原料の欠片は、どのような目的で埋め込むものだったのでしょうか。埋め込まれた生物が暴走することも、目的の内だったのでしょうか」
続いて問うたのはリンディスだった。
「詳細は答えかねるが、錬金術師とは可能性を探し続けるものだからね。生物の暴走は目的ではなかったが、予想できる範囲ではあったよ」
「予想できる暴走だったなら、アフターケアも可能だったのでは……? この研究によって得られるリターンとは、人々の犠牲も厭わないほどのものなのですか」
リンディスは、『黒曜』の研究自体を否定しているのではない。探究者としての在り方には理解を示してもいる。だからせめて、危険な方針を変えて欲しかったのだ。
「この研究の成果……魔法薬の効果のことかね。取引した客は皆満足してくれているとも。
僕は、僕の客の幸福以外は考えない主義でね。欠片を埋め込まれた生物による被害なんていうのは取り扱い範囲外だとも」
『黒曜』の手には、アリシスから返却された『収穫には少し早かった欠片』。それを見つめながら、『黒曜』は溜息をつく。
「長寿の亀に植え付けたこの欠片。完熟まで待てば若返りの薬にでもできただろうが……」
その時、建物の奥から何かが壊れる音が立て続けに起きたかと思うと、『黒曜』は席を立ちローブを翻して足早に去った。
『蛍さん、まさかそちらで何か』
『皆とそこをすぐに離れて! 実験室にいたハーモニア……多分、これ失敗作か何か、』
蛍に預けた鼠の視覚から、珠緒があちらで起きている状況を確認する。床に倒れている何人かのハーモニア男性の他に、術台で起き上がりつつあるのは――ここへ来る時、風牙の視界から追っていたあの男だった。
『黒曜』にとって遣いとは、人間の実験台候補だったのか。
『わかりました、蛍さんもすぐ外へ』
短く思念を飛ばすと、他の三人にも説明して珠緒は外へ脱出する。その頃には蛍も壁を擦り抜けており、外で待機していたイレギュラーズも異変を知る所となる。
「外には薬草とかキノコっぽいものが育てられていたくらいで何もわからんかったが……やっぱり錬金術師にろくなやつはおらんではないか」
「それより、ここで見つかっては何かと面倒だ。早々に帰って報告するぞ」
「じゃな。また森のお花さんに道でも聞くかの」
マナガルムとのやり取りもほどほどに、一行はアカツキとアリスを先頭に来た道を急ぎ引き返していくのだった。
それが、何の引き金となったのか。
この時の彼らはまだ、予想すらできずにいた。
成否
大成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お待たせしました。『黒曜』との接触に成功です。
評判の良い『黒曜』の魔法薬。しかし、それが生み出される過程には闇も多かったようです。
GMコメント
旭吉です。
この度はシナリオのリクエストをありがとうございました。
欠片の調査を、とのことでしたので、短めシリーズでお送りしたいと思います。
今回は情報収集と調査がメインです。
●目標
『黒曜の錬金術師』の情報を集める
●状況
深緑の『待ち合わせ』場所からスタート。
特徴的な、枝にいくつもリボンが結ばれた一本の木です。
深夜にやってくる遣い(※最後まで一人とは限りません)を見失わずに尾行できれば、『黒曜』の工房に着くでしょう。
接し方次第では、堂々と対話も可能かも知れません。
『黒曜』の人となり、その目的、研究の正体、方法――ひとつでも多く情報を集めてください。
必要であれば、取引した魔法薬そのものを持ち込み・調査することも可能です。
●ターゲット情報
『黒曜の錬金術師』
魔亀に黒い欠片を埋め込んだ張本人(推定)
生物に同様の欠片を埋め込み、死後に回収して砕くことで魔法薬の材料とする(推定)
本人の人柄、仕組みや目的等は一切不明。
魔法薬の出来に関しては希少価値が認められており、高値で取引される。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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