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シナリオ詳細

<ヴィーグリーズ会戦>獣の呪い

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――弱い女だった。
 線は細く、病にも弱く、外を出歩くには難儀するばかりの、弱い女だった。
 それでも、若い頃は領民にも慕われ、蝶よ花よと愛されて育ったという、美しい女であった。
 彼女の為にわざわざ贈り物をする者も、なけなしの財産を寄進して病を癒せるようにしてほしいと願う者も、多くいた。
 だからこそ、あの美しき華を手元に寄せた時から、私は彼女の為にならなんでもしたのだ。
 忌まわしき呪いの品など、この地に保管しては毒だからと別の場所に捨て置いた。
 彼女が『私を見ているよう。だからあの子を助けてあげて』といえば、その娘を身請けすることだって、厭う必要さえなかった。
 黄昏のオレンジに照らされながら、男――オースティンは視線を彼らがいるであろう方向に向けた。
「陛下も陛下ではあるが――やはりミーミルンド卿もミーミルンド卿であったか」
 オースティンは、思わずそう溜め息を洩らす。
 計画が悉く彼らに防がれた時、幾度、その言葉を漏らしたか。
 ミーミルンド卿は甘かった。それを揶揄することも、だから駄目なのだともいうつもりはない。
 どちらかといえば、『最愛の女のためにと手を伸ばしたところには好感さえ持てる』。
 それでも――いや、だからこそ。賭けるにはあまりにも『甘すぎた』のだろうか。
「……この段においては、もはや是非にもない」
 自分が致命的に失敗の賭けに出ていたことを再認識して、溜め息を一つ。
 風や日差しに逆らうように『影(のろい)』が躍る。
「――あれがどうしても憐れでならないが……」
 目を閉じれば思い浮かぶ、どこまでも弱い女。若い頃より領民に慕われた美しい女。
 誰よりも愛おしき女。人々の喧騒に侵され、日の光で容易く倒れるような、そんな弱い女だ。
 『自然豊かな領地を持つ私に愛されていることで』生きていけているような、か弱すぎる女だ。
 自分が死んでもなお、あの女が生きていくにはどうすればいいか。分からない。
「……あの女が穏やかに生きられる、任せておける者がいればよいのだが」
 もう一度、溜息をついた。
 あの女は、あの樫の木に満ちた領地の中で自然に愛されることで比較的無事であったのだ。
 今後がどうなるのか――オースティンにはまるで分からない。
「……獣の呪いは潰える。……後は俺が死ぬだけでいい」
 影が躍る。何かに抗うように、何かを拒むように。
 恐怖はない。今更、恐怖などあろうか。
 滅亡と手を取ったあの日から、いつかこんな日が来ること自体は分かっていたのだから。
「……ふ、ふふ、ふははは」
 乾いた声が漏れた。
「あの鳥娘が何をする気か知らぬが――もう、知ったことではなかろう」
 男の身体を漆黒の闇が包み込む。
 土を踏み、金属がこすれ合う音がした。
「主様」
「準備はできたか、バーンハード」
 聞き馴染んだ老兵の声に反応して、オースティンは振り返るまでもなく呟いた。
「最後まで卿に従いましょう。道はないのですからな!」
「ライダル……お前にも悪いことをした」
「……いえ、私が決めたことでございますよ」
 声を掛ければ、もう一つ、聞き馴染んだ声がする。
「是非にあらず。愚かと笑え、憐れと嗤え。――最悪に賭けたこの愚か者を」
 自嘲気味に鼻で笑って、オースティンは振り返る。
「――この身に滲む傲慢なる気を、貴様らにも与えよう。
 これは天啓である。死を前にしてなお、この愚か者に従いゆかんとする傲慢なる愚か者どもへの、天啓である」
 脳髄まで響くような不協和音にも似た声色に、バーンハードとライダルが跪いた。


 ベルナール・フォン・ミーミルンドと彼に与するミーミルンド派が引き起こした数々の事件はイレギュラーズの手により鎮圧された。
 進退窮まったミーミルンド派やイミルの民、古代獣は遂に勢力を集結させてヴィーグリーズの丘にて決戦を挑まんとしている。
 着々と決戦に近づく中、ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)はオークランド家の情報を集めていた。
 その結果として判明したのは、オークランド家がミーミルンド派に属してヴィーグリーズの丘に布陣したという事だった。
「オースティン……それがオークランド家の現当主の名前か」
 集められた情報が纏められた資料を見下ろして、ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は静かに呟いた。
「……やはり、アダレードの方はいないようですね」
 マナガルムの従者たるリュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は敵の情報を見て呟く。
 アダレード・オークランド。オークランド家の養女であった彼女は魔種に変じた後、イレギュラーズと語らってどこかへ消えた。
「……彼も魔種であることは彼女の口ぶりからして事実だろう。どちらにせよ、止めなくては」
 敵の陣地は戦場でも見晴らしのいい小高い丘――戦術的に見れば、そこを抑えられるのは困る、そんな場所だった。

GMコメント

 ついに起こってしまったようですね。
 そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
 幻想全体依頼2本目でございます。

●オーダー
【1】『獣の呪い』オースティン・オークランドの討伐。
【2】オークランド軍の撃退

●フィールドデータ
 ヴィーグリーズの丘の中に存在する、見晴らしのいい丘の1つに築かれた野戦陣地。
 オークランド軍は向かってくる皆様を陣地の中で迎え撃つつもりのようです。
 多少の隆起はありますが、戦闘には支障はありません。

●エネミーデータ
・『獣の呪い』オースティン・オークランド
 『傲慢』の魔種です。どことなく自暴自棄のようですらあります。
 外見は40代前半~後半辺りの紳士風の男性ですが、戦闘中は呪いのオーラに包まれて大きな黒い狼に見えます。
 群を抜く反応、高めの神攻、HP、防技、EXAを持ち、それ以外は並みからやや低め。

<スキル>
ダークファング(A):全身を覆う呪いが対象に食らいつきます。
神至単 威力大 【万能】【復讐・低】【追撃:中】【致死毒】【反動:大】

フォールダウン・ダークウルフ(A):対象の足元に狼の影を出現させ呑み込みます。
神中範 威力中 【復讐・低】【猛毒】【致死毒】【廃滅】【反動:中】

ストーム・ダーク(A):自身を覆う呪いに身を任せ、対象へ突撃して吹き飛ばします。
神超単 威力大 【万能】【多重影】【復讐・低】【移】【飛】【体勢不利】【反動:大】

ジェノサイド・ビースト(A):呪いの暴走により対象者全てを殺すべく最適な行動を行います。
神超扇 威力特大 【万能】【背水】【復讐・低】【移】【追撃】【スプラッシュ2】【反動:特大】

獣の呪い(P):その身を覆う積年の呪いは自他ともに食らいつくすでしょう。
【反】【ダメージ:中】【通常攻撃:致命】【通常攻撃:猛毒】【通常攻撃:弱点・小】【通常攻撃:邪道・小】

・『朽ちぬ老兵』バーンハード
 大薙刀を握る筋骨隆々とした人間種の男性で、長年オークランド家に仕えてきた60代の人物です。
 オースティンへ絶大な忠誠を寄せており、裏切ることはあり得ません。
 場合によってはオースティンを庇うこともあり得ます。原罪の呼び声の影響を受けており強力です。
 HP、物攻、防技、抵抗の高めのタンク型。

<スキル>
老兵大喝(A):大喝して戦場を震わせ、対象の注意を弾きつけます。
物特レ 威力無 【自身を中心とする2レンジ以内の敵】【怒り】【足止め】【停滞】【恍惚】

老当益壮(A):意気軒昂に自身を奮い立たせます。
物自付 【瞬付】【副】【物攻:大アップ】【命中:大アップ】【防技:大アップ】

老武熟練(P):長年にわたって培われてきた卓越した豪勇を有します。
【通常攻撃:レンジ2】【通常攻撃:邪道】【通常攻撃:崩れ】【通常攻撃:体勢不利】

・『魔境の弓』ライダル
 長大な弓を握る筋肉質な幻想種の男性で、同じく長年オークランド家に仕えてきた人物です。
 幻想種ゆえか見た目でこそ30~40代ですが、実年齢は分かりかねます。
 原罪の呼び声の影響を受けており強力です。
 神攻、命中、EXAが高い神攻型スナイパーです。

<スキル>
城貫之矢(A):熟練の矢は城門さえ砕く破壊力を有します。
神遠貫 威力中 【万能】【氷結】【氷漬】

陥陣扇矢(A):扇状に広がる矢を以って敵陣を纏めて貫きます。
神遠扇 威力中 【万能】【氷漬】【絶凍】【崩れ】【体勢不利】

必中殺矢(A):たとえどこだろうとその矢は対象を撃ち抜く熟練の一撃です。
神遠単 威力中 【万能】【変幻】【必殺】【致命】【氷漬】

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <ヴィーグリーズ会戦>獣の呪い完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2021年07月05日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

グレイシア=オルトバーン(p3p000111)
勇者と生きる魔王
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
蓮杖 綾姫(p3p008658)
悲嘆の呪いを知りし者
ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌

リプレイ


 戦場、見晴らしのいい場所に築かれた陣地へ、誘われるようにイレギュラーズは足を踏み入れた。
「黒幕と言って良いのかわかりませんが、討つべき相手には変わりありませんね。
 こちらへ手を出してきたことを後悔すると良いでしょう。
 それでは参りましょうか、御主人様。このリュティス、いかなる時でも支えましょう」
 宵闇を握り、静かに告げた『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)は主の方を見た。
 槍を握り、『黒狼の勇者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はその言葉に頷いて。
「魔種は俺達にとって討ち果たすべき相手だ。
 リュティスの言う通り、すべき事に変わりは何もない。
 強敵だ──頼りにさせて貰うぞ、リュティス」
 槍を持つ手に力が籠る。
 それは金色に輝く竜の爪、あるいは黒き狼に授けられたこの世に唯一つの槍。
 ここにいる自分がなんであるかを示すように、マナガルムは一歩前へ。
 最後の一歩を踏み入れる。
「……ようこそ、イレギュラーズ」
 踏み入れた陣地の内側で、紳士風の男がイレギュラーズを見つめている。
「俺の名はオースティン・オークランド。こっちの男がバーンハード、そっちがライダルという」
 そこには3人。たったそれだけだった。それは傲慢さか、あるいは諦観なのか。
(人生とはギャンブルである……とは、誰の言葉だったか。
 常に選択肢を選び続け、引いたカードを見てはまた次の選択を行う。
 なるほど、此度の相手はその選択肢に置いて『誰に付くか』という賭けに失敗したということか)
 パイプを燻らせ『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)は敵の方を見る。
「思ったよりも、ミーミルンド男爵に味方して兵を挙げる貴族は多いのですね」
 戦場に集った敵陣を思い、『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は思考する。
(勝ちの目を本気で考えている者がそれほど居るとも思えませんが……義理か、個人的な理由か。
 傍目に見て無謀な挙兵に最後まで付き合おうとする理由としては、そんな所でしょうか)
 言葉に出さずにまとめた推測を胸に、眼前に立つ敵を見れば――後者に見える。
「なんだかなりふり構わないというか……自棄になっているような感じがあるのはどうしてだろう……?」
 それに続けるように足を踏み入れた『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)も、敵の様子を見て同じような感想を抱く。
「倒さなくてはならないのは間違いないけれど……少し、戦う理由も聞いてみたいね……」
 油断なく、けれど緩やかにこちらを見る魔種を見定めるようにアレクシアは視線を巡らせる。
「貴族って奴は、理想の為何の為と言いながら、気楽に戦を起こすからたまったもんじゃない。
 しかも魔種と来た。いくら理想が高くとも、人の道を外れちゃそれはお終いだ」
 ギターを抱えるように持って『陽気な歌が世界を回す』ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)は敵を見た。
「キミ達の事情をアタシは知らない。だから──全力で倒すだけ、だよ」
 最後に、『神翼の勇者』ジェック・アーロン(p3p004755)が告げれば、敵が静かに短く笑った。
「あぁ、それでよかろう――我らも同じよ」
 紳士を装っていた男の、魔種の全身を黒い靄が包み込み、獣のように変貌を遂げる。
 獣の咆哮が、戦場に開戦を告げる。
 それを受け流し、ジェックは静かに二丁の狙撃銃を構えて後退する。
「中々厄介な場所に陣取りますね……派閥のいざこざと縁のある身ではありませんが、
 イレギュラーズの端くれとしてできることはさせていただきましょう」
 音を以って煽られた黒髪を靡かせ『断ち斬りの』蓮杖 綾姫(p3p008658)は鋼華機剣『黒蓮』を構える。
「同じ幻想種のよしみ……というわけでもないけれど、お相手してもらえるかな!」
 後退しようとしたライダルめがけて近づいたアレクシアは2つの魔道具より魔力を活性化させる。
 鮮やかに輝く顕毒の秋花が舞い散り、ライダルの身体を穿つ。
 鋭く走った紫の魔力に毒され、ライダルの視線がアレクシアを見る。
「ええ、そうさせていただきましょう。花の魔術師さん」
 近づきながら、ライダルの弓に矢が形成され、真っすぐにアレクシアの身体に殺到する。
 胡乱な瞳が漆黒の闇を引いて獣の如くマナガルムへ食らいつく。
 対して蒼銀の腕を構えて黒い闇のようなその口を受け止める。
 追撃とばかりに撃ち込まれた牙に見舞われながら、それよりも前に反撃の槍を叩きつけた。
「俺は貴方の事を殆ど知らない。それ故にこの戦いの中で貴方を知ろう。この戦いに臨む者の義務として」
『ゥゥゥゥオォォ!!!!』
 バチリと閃光。黒い瞬きを受けながら、マナガルムは静かに敵を見た。
(一撃、一撃に少しで良い。反撃し、勝利の為の礎となろう……!)
 受けた傷はまだ浅く。胡乱な敵の瞳は邪悪に歪む。
 最後衛にいるヤツェクは古びたギターを奏でて自らの効率化を進め、手を放すと同時に懐に潜ませた銃の引き金を構えた。
「堕ちたとはいえ武人だ。意気は受け止め――その上で、全力で撃ち落とす」
 静かに敵を見据え引き金を弾いた。弾丸は鋭く戦場を駆け抜け、オースティンの太腿――らしき場所を撃つ抜いていく。
「――主様ッ! オォォォ!!!!」
 バーンハードが雄叫びを上げた。
 戦場を震わせる大喝が響く。自らを奮い立たせた老兵は眼をカッっと見開いて大薙刀を振り下ろした。
 斬撃が駆け抜け、射程圏内にいたマナガルムへ牙を剥く。
 アリシスは変貌を遂げた魔種に静かに視線を向ける。
 見えざるものを見る両の魔眼がその力を滲ませる。
(オークランド卿の纏っている狼の様に見えるもの……あれは……)
 視線を、そちらから老兵へ戻す。
 刻まれた意味を失った文字が魔力を帯びて輝きを放つ。
 放たれた輝きは殲滅の意志を抱いて老兵を包み込み、彼が振り絞った気迫を削り落とす。
 ほぼ同時、ジェックはスコープ越しに老兵の心臓辺りを静かに見定めていた。
「厄介なキミからだ。悪く思わないでね?」
 摂理の視座より見渡す戦場はスコープ越しでも広く、引き金を引けば音と閃光を抑制された弾丸が真っすぐに風を切る。
 それは老兵の身体を静かに貫いた。回避など意味をなさぬ。ジェックの集中力とそこから来る圧倒的な命中精度を前に、生半可な回避性能は塵に等しい。
 急所を撃ち抜かれたバーンハードが動きを緩めた瞬間にグレイシアは前へ走り抜けた。
「失敗が即座に負けとなるわけでも無い。
 数多の選択肢の中から選んだ道を、如何に最善の結果に繋げるか……結果が決まるまでは、どう転ぶか分からないものだ、が」
 ゆらゆらと空へ昇っていく煙の越しに、グレイシアは静かに敵を見据えた。
 敵は老兵。本命の方も4、50代といったように見える。
「……選択肢を最善に繋げるには、遅いと思ったか」
 人の生は短い。老い先短き方であろう彼らにすれば、『もう後はない』のだろうか。
 魔力で生じた弦をリュティスは弾いた。
 それはまるで楽器のように美しき音色を放つ。
「御主人様……皆様も、援護は私にお任せください」
 豊かな音色は最も傷の深い主の下へと降り注ぎ、福音の音色となってその傷を癒していく。
 人々を癒し、落ち着かせる月夜の子守歌のような音が響き渡る。
「歪なる門、繋ぎて閉じよ――」
 綾姫が黒蓮を収め、改めて抜いたのは歪な剣。
 二本の刃が螺旋を描くようにねじれたそれに、呪言を紡ぐ。
 異次元へと接続する鍵ともいえる黒き剣。
 振り抜かれた剣が不完全な次元接続を起こす。
 それは空間を越えて、捩じ斬る斬撃。
 遥かな遠くのバーンハードの足元を、斬撃が抉り取った。


 深呼吸を一つ。集中して、綾姫は黒蓮を握る。
 綾姫の魔力を吸い上げ、刀身が延長していく。
「――励起せよ」
 それは綾姫が本来持つ異能。
 手に握る剣へ眠りし異能を起こし、解き放つ御業。
 吸い上げられた魔力にずきりと身体が痛む。
「黒蓮!!」
 真っすぐに振り払う。
 機剣の持つ本来の性能を超過させて振り払った斬撃は漆黒の魔力を以って鋭く戦場を裂いた。
「お、おぉぉぉ!!」
 正面からソレを受ける老兵が声にもならぬ声を発し、後ろを見たのが見える。
「主様……爺は、先に失礼いたしますぞ!」
 そう叫んだ言葉を最後に、バーンハードの身体は文字通り真っ二つに斬り開かれた。
「オースティン・オークランド! この戦いの先に何を見る! 死ぬぞ、多くの人間が!
 あなたに忠誠を誓う者達も、その道程を共にするだろう!」
 その様子を横目に見ながら、マナガルムはオースティンへ声を張り上げた。
『ぐ、ぐぅ――――』
 深い闇に身を任せたオースティンが飛び掛かってくる。
 それを蒼銀の腕で何とか防ぎながら、槍を構えた。
「何を望む。魔種となった今の果てに──あなたは、何を!」
 竜爪を振り上げ、力の限り撃ち抜いた。
 苦難を打倒すべく撃ちぬく真っすぐな刺突に合わせ、呪いのオーラが爪のようになって振り下ろされる。
『――何かを望めれば、どれほど楽になれただろうな――』
 微かに小さくなった呪いの影の向こうで、オースティンが自嘲気味に笑った気がした。
「――なにも、残らぬ。故にこそ、私は、この道を選んだのだ」
 何かを拒むように、呪いが躍る。
 それは牢獄に閉じ込められた罪人のように。
 ヤツェクはギターを響かせた。
 戦場に満ちる音色は近くにいる綾姫とジェックに呼吸を入れるタイミングを作る。
 落ち着かせ一息を入れるタイミングを作りだす。
「アダレードはお前を憐れだと嗤っていたぞ」
 それと同時に、オースティンへ声をかける。
 手に持つ銃でオースティンを撃ち抜けば、反撃の呪いが弾丸となって帰ってくる。
「――あれとあったか」
 驚いた様子はない。そういうことをする女だと分かっているかのようだ。
「――あれと会えたなら伝えるがいい、お互い様だとな」
 オースティンが笑う。
 アリシスはそんなオースティンを見据え、魔術を発動させた。
 円環を為す組紐模様の指輪が輝きを放ち、手に握った槍のような魔導器へ魔力を通す。
 それは七つの戒め。注がれた七色の光が鎖となって魔種を締め上げていく。
 引き金を弾く。
 彼らの事情も、彼らの思いも。イレギュラーズとのかかわりも。
 ジェックは知らない。ただ、目の前で黒い獣と化した相手は魔種で、これは受けた仕事に過ぎない。
 だからこそ、引き金を弾く指に雑念など混じり様がなく。
 一発目の弾丸は真っすぐに風を斬り開いて、人体であれば急所となりそうな箇所を撃ち抜いた。
 一瞬で持ち替えたもう一丁の銃で同じく弾丸を撃つ抜いた。
 敵から受ける連続する反撃の魔弾はジェックの身体を苛烈に痛めつける。
(アタシがこんなに痛むなら……それだけダメージを負ったってことだね)
 反撃で受けた傷の火力から敵の傷を感じ取り、ジェックは敵を見る。
 スコープ越しに見る敵の表情はオーラの向こうで見えなかった。
 続けるようにグレイシアも魔力を抱いた。
 その手に魔力が集束し、膨張して漆黒の牙を形作っていく。
 叩きつけるようにソレを払えば、漆黒の獣を為した魔力の牙がオースティンの呪いとぶつかり合い、食らいあう。
 オーラを貪り喰らわれた事への報復とばかりに放たれたオーラがグレイシアを穿つ。
 リュティスは同じく前衛近くへと移動していた。
 範囲内に出来る限りの仲間を巻き込むように、黒の聖域を描き出す。
 夜の帳を降ろした聖域は人の心を落ち着かせ、癒していく。
 帳が晴れる寸前、リュティスは静かに弓を構えた。
 晴れていく帳の刹那、精製した魔力の矢を撃ち抜いた。
 続けて綾姫は黒蓮を地面に突き立て、再び歪曲の魔剣を構えた。
 身を低く屈め、開かれた深紅の瞳が軌跡を見据え、払うように放たれた斬撃は空間を越えていく。
 空間を裂き、斬撃がオースティンの呪い、その脚辺りに大きな傷をつける。
 矢は蝶の形を象り、オースティンの身体に溶けていく。
「――悪いな、爺よ」
 オースティンが薄っすらと、けれど呪いを抑え込んで悲し気に笑う。
「――何、すぐ俺も行くとしよう』
 黒い闇へオースティンが溶け込み――刹那、闇が戦場を迸る。
(……! これを彼が受けてはまずそうです)
 地面へ突き立てた黒蓮を引き抜いて駆け抜け、咄嗟に綾姫はヤツェクの前に躍り出た。
 闇に包み込まれ、大剣を盾のように構えれば、全身を駆け巡る激痛に身体が悲鳴を上げた。
 漆黒の闇の外となったヤツェクは、幾つかのパンドラの輝きが放たれるのを見た。


「ねえ、あなたは何のために戦っているの? この戦いに勝てば何があるというの!」
 オースティンから離れるようにして移動させられたアレクシアは、得意とする射程ではない位置から無理矢理に矢を撃ちこんでくるライダルへ問うた。
「――何もございませんよ」
「どういうこと……?」
 アレクシアの足元で魔方陣が描かれ、薄紅色の魔力の花が開く。
 花は閉ざすようにアレクシアを包み込む。
「私達には、何もないのございます」
 静かに笑っている。
 それは『死ぬことを分かって受け入れてしまった人間が浮かべる諦めた笑みだった』。
「――地獄までお付き合いしましょう」
 ライダルが弓を横たえ引き絞り、扇状に広がる氷の矢を放った。
(一旦はこれで打ち止めですか……)
 握る螺旋剣に込められる魔力の量を感じ取り、綾姫は深呼吸を一つ。
 そのままライダルの弓めがけて空間を斬り払う。
「申し訳ございません……私もすぐに参りましょう」
 遠くを見据えて謝したライダルが弓を構える。
 それを見ながら、アレクシアは立ち上がった。
「どうして、そこまで……」
 小さく燃えるような魔力のかけらが舞い散っていく。
 それをライダルに向けて走らせながら、アレクシアは声を震わせる。
 舞い散る花弁と燐光は火花の如く、炸裂した場所を華やかせる。
「人と言うものは、どうにも理解が難しい物だ」
 グレイシアは撃ち抜かれた矢を浴びながら、静かに呟いた。
 割り込むように反撃とばかりに放つ魔王の魔力。
 黒き顎を為した魔力は真っすぐに戦場を駆け、ライダルに傷を残す。
「……ここまでです」
 アリシスは戦乙女の槍を天に向けて突き立てるように構えた。
 淡く輝く穂先から生み出されるは断罪の秘蹟。
 いける者も、死せる者もその罪ごと滅ぼす、浄罪の輝き。
 祈りを束ねて生まれた光剣は真っすぐにライダルめがけて駆け抜ける。
 光刃は瞬く間にライダルを切り刻んでいく。
 合わせ、リュティスは弓を番えた。
 もはや必要のない事であるのは明らかだが、ひと先ずはアレクシアへ幻想福音を奏でた後、狙うはライダルの額。
 静かに放たれた矢は蝶の姿を為してライダルの周囲を飛び回り、静かに打ち据えた。
 崩れ落ちるライダルを見ながら、そっと弓を降ろす。


「……――見事、だ」
 風穴の開いた腹部を抑えたオースティンが引きつった笑みを浮かべる。
 全身を覆う黒い呪いが息を潜めていた。
「一体何を、そんなに悔い悩んでいるのだろうか」
 グレイシアは、そんな敵へと問いかけた。
 顔を上げたオースティンがこちらを見た。
「ミーミルンドに組し何を求めたのです?」
 アリシスの問いかけ。それにぴくりとオースティンが顔をこわばらせた。
「魔種故という訳でも無いようですね。
 根源は呪念の類……獣憑き、狼憑きか。それを祓ってほしい、というわけでもなさそうですが」
「ああ、そうだ『美しき獣』の話も聞いたなあ。オークランド家が獣の呪いを受けた血筋であることも。
『美しき獣が脅され犯され殺された積年の恨みが染みいている』銀麗のナイフ。
 それが呪いと関係あるのだろう、とな」
 アリシスの言葉に続けるようにしてヤツェクが言えば、微かにオースティンの表情が驚きに揺れる。
「――あの鳥娘か、奴め……家の秘密まで……まぁ、いい。
 そう、そうだ。我らオークランドは幾代か前に呪いを受けた。
 末代まで祟り続ける呪いをな……なに、俺が末代ゆえ、もう続かぬが」
「ただ興味本位での質問ですが、ナイフは何の為に求めていたのでしょうか?
 今回は欲しそうでもないので気になったもので……」
「……それは――なに、ちょっとした腕試しだ。
 あの雑魚(チンピラ)盗賊共に勝てもしない奴らに、あのナイフは預けられん。
 アレの呪いはまだ収まっていない。故に」
 アレとは、先程も出た銀麗のナイフの事を指しているのだろう。
 チンピラとは――殺してでもナイフを奪えと命じられて襲い掛かってきた盗賊モドキのことか。
「何のために戦っていたの? それに心残りは……ない?」
 それはミーミルンドへの義理なのか。野心なのか――それとも。
 アレクシアが問いかければ、オースティンの双眸がすぅ、と細くなった。
 まるでだれかを、遠いどこかを見ているかのような表情だった。
「あなたがどんな人であれ、私はその想いを大切にしたい」
「優しい子だな……」
「そうですね、浮かない顔をされているように思えます。
 何か気になることでもあるのでしょうか?
 どうせ今際の際です。話すのであれば聞いて差し上げましょう。
 罪人でないのであれば私は気にしませんし、御主人様も断ることはしないでしょうから……」
「――あぁ、俺の出来得る限りをする事を誓おう。
 それが誰かを害する事では無く、この国を憂い、或いは誰かを想った物だったのなら」
「――そう、か。勇者と言われるだけはある……」
 その双眸のハイライトがぼんやりと変わっていく。
 どうやら、命は残り僅かになっていっているようだ。
(──こんな戦いは、幾度と経験はしたくはない。
 だからこそ、俺達はこの戦いを忘れず、学ばねばならないんだ)
 見下ろすオースティンと視線が合う。
「アンタが守りたかったのは『誰』だ。
 そこまで無茶をするからには、守るべき者、もしくは望みがあったのだろう。
 この戦いには人の意地をかけておれ達が勝つ。だが、アンタが守りたかった『それ』を叩きつぶす気はない」
(分かるのさ、自暴自棄になってる奴ってのは。鉄火場をくぐってきた身だ。
 守りたいものがある故に、戻れなくなる、人は)
「ふ、であれば託すとしよう、私の妻を。あの憐れな女の事を……
 あれは今頃、俺の家で待っているだろう――頼むぞ、英雄ども」
 胡乱な瞳から、光が消えていく。

成否

成功

MVP

ヤツェク・ブルーフラワー(p3p009093)
人間賛歌

状態異常

グレイシア=オルトバーン(p3p000111)[重傷]
勇者と生きる魔王
アリシス・シーアルジア(p3p000397)[重傷]
黒のミスティリオン
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)[重傷]
黒狼の従者
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)[重傷]
戦輝刃

あとがき

お疲れ様でした、イレギュラーズ。

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