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シナリオ詳細

【呑兵衛】春山にて実をかきむしる。また楽しからずや。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 吾輩は幻想のあらゆる果実を口にした。あらゆる果実を口にし吟味し煩悶した上で断言する。葡萄であると。しかし、葡萄と言ってもまた奥が深く、どれも甲乙つけがたい。吾輩ははたと気づいた。すでに各地方で一流の醸造家が素晴らしい単一品種の酒を造っているではないか。だが、吾輩は一介の道楽者である。これは遊びである。壮大にして本気の遊びである。命と財をなげうってする遊びである。では、一流の醸造かがしたくてもできない無作法をするのが使命である。そもな味わいは複雑な混合具合が肝要である。甲乙つけがたいならば、混ぜればいいのだ。最高の葡萄を最高の割合で混ぜればいいのだ。吾輩はようやく吾輩が作るべき至高の酒の指針をつかんだのだ――。
                    ――コートベンター伯爵の手記より――


「ありんした」
 エマ・ウィートラント (p3p005065)は、一冊の書物を掲げて見せた。
「これですの? これですのね!?」 
 ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)が目を輝かせた。
「良かったね、ヴァリューシャ。美味しいお酒に一歩近づいたよ!」
 マリア・レイシス(p3p006685)が、ヴァレーリヤに抱きついた。
「ん~。でもこれ、ずいぶん大変そうねえ」
 アーリア・スピリッツ(p3p004400)は、開かれたページに目を走らせると、あららぁと声を上げた。自分が非力なのは自覚している。

 美食家として後世に名をはせるコートベンダー伯爵のお抱えに、高名な酒造りの職人がいた。
 腕のいい職人ということもあって、その職人が造るお酒は好評を得ていた。
 だが、物足りない。もっと良いお酒を造りたい。
 コートベンダー伯爵は、職人の夢に私財をなげうった。
 試行錯誤の日々。情報収集もした。そして幻のお酒のレシピが完成した。
 それを作るために、コートベンダー伯の領地の生産力は著しく下がり年貢量は減ったという。
 よって、たった一度きり醸された至高の酒。
 うわさを聞き付け、伝手をたどり、コートベンダー伯爵家の書庫にもぐりこんでその製法を記したノートにようやく発見し、写しを作ることに成功したのだが。
 どうやら、その材料を手に入れるのはなかなかに難しい。
 コートベンダー伯は領民を動員して人海戦術で賄ったというが――。
「ローレットに頼もう」
 困ったときはローレット。ローレット・イレギュラーズならどうにかしてくれる。ソースは自分自身だ。


 ローレット本部。談話スペース。
 あたしゃ酒よりお茶がいい。という、情報屋が奇声を発していた。
「え~。マジで。これやるの。本気で? うわ~。え~。まあ、食い合わせとか、作ってみたら変な味~ってことにはならない。うん。具合悪くなるもんも入ってない。美味しいんじゃない? 手間暇かかると思うけど」
『そこにいる』アラギタ メクレオ(p3n000084)は、目をらんらんと輝かせている四人に詰め寄られて若干引き気味だ。
「あ~。四人では人手が足りないからヘルプ募集としてローレットを通す。かしこいね。というか、自腹切ってイレギュラーズ雇ってまでこの酒飲みたいの? 愚問? だよね~」
 情報屋は、そんじゃまあ。と、四人に向き直った。覚悟を決めたらしい。
「せせこましい方から行っとく?」

『葡萄とは秋に実る果実である。しかし、いかなる理由か定かにあらねどもその山葡萄は晩春に熟す。葡萄にあらざるか、いや、葡萄である。面妖なれども群を抜いて美味である。しかし、その皮の異臭たるや、さすがの吾輩も辟易する代物。最も近しいのはカメムシの腸であろう――』

「――季節もいい感じだし、春成の山葡萄をとってきたらいいさ。非常に美味。果汁も豊富で芳香も芳醇。特にとろけるようなのど越しが夢に出てくるなんて代物なんだけど。とりあつかいがめんどくさい」
 だよねー! そうでなかったら広く栽培されてるもんねー!
「小粒で皮も繊細。すぐ破ける。いや、破けるのはいいんだけど、その皮がすごく臭い」
 青臭いのに動物臭いというか鼻の奥の粘膜に残っていつまでも消えない吐き気を催すような匂い。
「種が熟すまで食べられたくないという葡萄の強い意志を感じる。熟すと匂いはかえってすごくよくなるんだけど――くさいのが熟して腐るまでがこれまたあっという間なんだ」
 一日二日で熟して腐る。一気にやらないといけない。
「果肉が溶けててらてらになるんだよ。そんですぐ虫がたかって、腐る。だから、現地ではもっぱら熟したのを見つけられたらラッキー的な。だが、醸造家と伯爵はそれをどうにか酒にしようと知恵を絞った」
 いやな予感がする。
「もう臭い中に飛び込んでいい匂いがした途端に収穫してその場で果汁を絞った。人海戦術で」
 カメムシ臭の中に飛び込め。と。
「あ、あと葡萄の熟し具合は妖精のキスによるって話もあるから、幻想種は有利かもね」
 うまく交渉すればナビしてくれるかもしれない。
「でも、見返り要求されるから、上前はねられるぞ」
 収支、合うだろうか。
「――だからすごく面倒だって言ってるだろ。中堅どころの伯爵家の身代傾きかけるってどんだけだよ。まあ、事の顛末を書いた本が売れたから家が潰れることはなかったみたいだけど、領民からはもうこりごりです。これきりにして下さいって嘆願書が上がったそうだよ」
 まず、嗅覚が試される。観察眼が優れていれば、熟すタイミングも予測できるようになるかもしれない。忍耐と手際の良さと嗅覚がよすぎても地獄悪すぎても地獄。それもこれも最上の酒を飲むためだ。がんばれ、呑兵衛は一日にしてならず! ――手伝ってくれた人の延べ人数分も仕込む必要があるかもしれない。

GMコメント


 田奈です。
 リクエストありがとうございます。
 とりあえず、山に分け入り、カメムシの臭いがする葡萄がいい匂いになった瞬間に加工して下さい。山葡萄は小粒ですので手間と根気が大事ですね。

<注意!:この依頼はお酒を造り、最終的に飲酒を楽しむ主旨の依頼なので、20歳以上PC推奨です。>

*春成の山葡萄
 *山に生えています。野生です。栽培されていません。植物図鑑で形は確認できます。カメムシの臭いかいい匂いかのどっちかなので、他の品種と間違えることはありません。
 *熟すと皮がはじけて果汁がみるみるしたたり落ちて虫が寄ってきます。苦手な方は対策してくださいね。
*タイミングは、房によって違うので流れ作業とはいきません。自分の鼻が頼りです。
*妖精ナビは有りですが、交渉いかんでお友達価格から壮絶に上前はねられます。

場所:春の山
*お天気快晴です。熱中症に注意。春のもわっとした湿り気のある空気が堪能できるでしょう。
*まったく手入れしていない山の中、鶴の先から紫色の小粒の房が垂れ下がっています。軍政はしていません。
*斜面は滑りやすく、低木が生え、ひっかき傷は想定してください。転げ落ちると大惨事です。
*斜面を行ったり来たりしますので、装備に気を付けること。プレートアーマー着てたら肉体的には死なないけど、心が死ぬぞ。出発直前キャラシのチェックはイージーがっさーとのお約束だよ。

*作業工程 (手に入れたレシピにびっしりと書いてあるので、PCは詳細まで知っています)
(1)葡萄を摘む。積んだ瞬間から腐敗が始まる。
(2)枝からとる。この際、実が恐ろしく繊細なのでつぶさないように注意する。(FB10で判定します)
(3)実を皮ごと瓶に詰め、密封する。腐敗防止魔法をかけられれば望ましいが、効果:永続だと発酵しなくなるので注意する。籠などに放置するとすぐ腐る。臭いが腐敗臭に変わる。
(4)瓶を背負って山から下りる。とにかく空気に触れさせないこと。
(5)樽に移し替える。発酵が始まる。発酵と腐敗は紙一重なので、温度と湿度に注意する。

 味見として、樽に入りきらなかった分の果汁を飲むこともできます。

 山の中に分け入って、カメムシの臭いから芳香が香ってきた気がするあたりからスタートです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 【呑兵衛】春山にて実をかきむしる。また楽しからずや。完了
  • GM名田奈アガサ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年05月03日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費200RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
※参加確定済み※
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
※参加確定済み※
エマ・ウィートラント(p3p005065)
Enigma
※参加確定済み※
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
※参加確定済み※
ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)
私の航海誌
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切

リプレイ


「ヴァリューシャ! このホットワイン飲み干してくれるかい? 空にして保温容器を運搬に使おうと思ってさ!」
『雷はただ前へ』マリア・レイシス(p3p006685)が笑顔で言う。恋人の頼みなら飲まない訳がいかない。
 それぞれ手に水筒を持って、威勢よく飲んでいく。
 採取した葡萄の果汁をいい感じの温度でキープしたい。で、ちょうどよさげな容器は中身入りだった。中身飲んじゃえばいいじゃないという合理的な発想だ。
 いや、よくないだろ。なぜ、これから過酷な作業があるとわかっているのに――アルコールの大部分は飛んでいるとはいえ――酒を飲むのだ。わからない。酒飲みの心がわからない。他の容器に移し替えて、飲まないで誰かに譲るとかじゃダメなのか。
「もしかしたら、既に発酵の進んだ天然のお酒に出会うかも知れないでしょう? 酔っ払ってお仕事をできなくなっては一大事! リスクには備えておくべきでございますわ!」
『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の吐息から牛乳の気配。ミルクのにおいがする赤ちゃんはかわいいが、アルコールの吸収抑止のための防壁投入はなんていうか――お空、きれい。
「ふふー! ヴァリューシャはお酒飲む準備は万端みたいだね!」
 マリアは、恋人の牛乳ラッパ飲みからホットワインのがぶ飲みに移行するのを微笑を浮かべて眺めている。あなたの笑顔で日光浴ができる。
「うっうっ、私はとっても非力な女……」
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)がしゃくりあげている。しゃくりあげながら、ホットワインを嚥下している。
「だからそう! 皆さんの力が必要!」
 わかっている。酒飲みは何かと理由をつけて酒を飲む生き物なのだ。
「よし、これで保温容器と胃の下地・そして試運転の準備はOK!」
 保温容器の確保までは許容できるが、胃の準備は必要なのかな。
「醗酵学的には興味深い葡萄ですね。貴腐ワインと似たようなメカニズムでしょうか」
『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)がスーツじゃない。ローレットの自前の戦闘装束を持ち合わせていないヒト向けの軽装だ。めっちゃ安い――というか、支給品なので実質タダ。使い捨てる気満々である。多分、クリーニング代の方が高くつく。
「そんな希少なワインであれば、投資する価値もあると言うものです」
 ファンドマネージャーが、ちゃんと生業に励んでいる。
「完璧に備えたお陰で超ダサい格好になってしまった私ですが、これも全て極上のお酒のため!」
『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)も、風通しの良い、臭いが付いたり葡萄皮の汁が付いたりしてもいい安物の服を着てきた。大丈夫、誇りという名の武装をしているから。
 靴には「鎖爪かんじき」を装備して、悪路も安定して移動できる。更にお腹にレンタルひよこちゃんまで入っているのだ。
「身代を持ち崩すほど美味い酒……なのでありましょうな、本当に!!」
『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)は、ホットワインを喉を鳴らして飲みながら、相いれない親友と油断ならない親友を睥睨した。
「嘘だったら承知しないでありますよ」
 品質がエッダの基準に及ばなかったとき、身代を揺るがすほど飲まれる覚悟をしなければならない。
 そんなやる気十分の三人の助っ人の後方。
 未成年ゆえ、ホットミルクを飲むにとどまる『霊魂使い』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は、自分のアクセサリーにとりついている霊魂と同じ人種がローレットに思ったより存在していることに若干の驚きを感じていた。
(……後払いと言った報酬を忘れたことがあるのは認める、今は反省している)
 先日受けた依頼で、ちと想定外な事態に陥り、余分に使役して、報酬を後払いにしたまま失念していたのである。マジでヤバい。お前が報酬だと頭からかじられても文句が言えない。
 そういう訳で珍しい酒の話に首を突っ込んだのだ。酒のことは何にもわからない。
(酒蔵の聖女、勿論あんたにも頑張ってもらうぞ)
 件の霊魂は幾分曲げていたへそを元に戻してくれているようだ。酒飲みには酒飲みの効用が分かるらしい。
(飲めない俺が実務担当する事で埋め合わせどころか溢れてるのでは?)
 情けは人の為ならず。という奴だ。きっと、酒蔵の聖女は溢れた分報いてくれるだろう。多分。死人に良心があるのなら。


「目的の場所に来てみたはいいんすが……わあ、本当に整地されてない……」
『Enigma』エマ・ウィートラント(p3p005065)は、おおう。と、うめいた。
 見上げる緑の山に山道はない。分け入るしかない。というか、この時点で吹き下ろしてくる風にカメムシの気配がする。
「うっお……! っぐぁ……! うへぇ……! くっっさ……!」
 妙齢な娘御にあるまじきうめき声を上げるウィズィをとがめることはできない悪臭だ。これ、吸って人体に影響はないですか、ひたすら臭いだけらしい。
「成程、匂いが酷い。これに比べたらイシュミルのスムージーは人類に優しい」
 アーマデルは穏やかに言った。ボトルにこびりついて落ちない程度にインパクトある臭いがやさしく感じられるほどだ。というか、作業前に悟りを開いたような目つきはまずい。
「ひええ、なんですのこの坂道、そして臭いと虫……これは強敵でございますわ」
 ヴァレーリヤは身震いした。
(でも全然貢献しなかったらきっと飲ませてもらえないし、ちゃんと探さないと。できれば取りやすい場所にあるのが良いですわね)
 きょろきょろしていると、二股の木の間から垂れ下がる群生発見。
「あっ、でもあの木からぶら下がっているの取りやすそ――」
「「本当にすごい坂だね……」
 マリアの視界からヴァレーリヤが消えた。
「ど」
「――って」
「おおーーー!!?」
「ヴァリューシャぁぁぁぁ!? 気を付けてぇぇぇぇぇ!?」
 マリアは恋人の名前を叫びながら思った。手遅れだ。
 ずべべべべと滑落していくヴァレーリヤ。カメムシの臭いの汁がくっつき、摩擦係数を低くする。潰れた葡萄はぬるぬるしていていい感じにクッション性があるのだ。
「今助けるから! ヴァリューシャああああ!」
 ヴァレーリヤの耳に恋人の絶叫。
 主よ。私達にどれだけの試練を課し給うのですか。
 差し伸べられた救いの手をつかむように、触れた固いものをしっかりつかんだ。

 ほぼ同時刻。
「幻想種の人手を集めましたよ」
 新田のコネは、企業の上役を前面に出しつつ、やや薄暗いところに張り巡らされている。
 招集された幻想種は葡萄がなる木の位置特定を頼まれた。いつの間にか現物支給が現金報酬にすり替えられている。その額を小耳にはさんだアーマデルはきょとんとした顔をした。そんなに出すのか?
「投資ですよ。収量を増やし、生産量を増やし、増えた分は私が買取る。私には販売ルートとなるパイプが各方面にありますからね。バルツァーレク伯爵など、良いお値段を付けてくれるのではないでしょうかね」
 今ここで現物を渡したら、これから錬成される価値を乗せる絶対量が減ってしまう。ならば、今ここで「この時点での破格の報酬」を出しておけば、今後の収穫時に「同じ賃金」で雇える。
 うろんなものをみるような目つきなアーマデルに新田はビジネスマンらしい笑みを浮かべた。
「ご安心ください。怪しい者ではありません」
 妖精の助けを借りるには、他にも大切なことがある。
「……ってことで力を貸してくださいなぁ、妖精さん達ぃぃ」
 アーリアは、語尾を盛大に震えさせた。
 好奇心旺盛な妖精を楽しませる泣き落としだ。必死になってるヒトって、赤くたったり青くなったりしてとっても面白い。
「どこか、いい実がないでごぜーますかね?」
 エマの妙ななまりが面白いと妖精たちはきゃらきゃら笑い声をあげる。
、もっとも、それがエマのあえての選択であることは妖精にとってはどうでもいい。気があったからちょっということを聞いてやろう。という、気まぐれだ。
 これ、いいよ。あれは臭いよ。と、ひょいひょいとエマの反射速度を試すように指さす妖精たち。エマは、「はいはい」などと相槌を打ちつつ、せっせと瓶に身を詰めだした。
 エッダは、地道だった。
 実直に斜面に這い、かぐわしい房を確保した。
「なあに、山歩きなんてお茶の子さいさァァァァーーー!!!」
 紅白の――文化によってはおめでたいと称する――物体が高速で接近してくると思ったら足首に被弾。バランスが崩され背中に痛烈な痛み。
「ヴァリューシャああああああっ!」
 上空から、耳をつんざく絶叫。あ、この紅白の、相いれない方ですね。
 茂みに突っ込んだ。上では、ヴァリューシャ、ヴァリューシャ、返事してというマリアの必死の捜索が続いている。
「ぜえぜえ、酷い目に遭いましたわ。次こそは上手くやらなくては」
 ひどい目に遭ったのはエッダの方である。赤毛の司祭はそそくさとがっしりつかんで離さなかった足首から手を引いた。
「おお、幾多の戦場を共にくぐり抜けた戦友よ。お願いしたい事があるのです」
 こういう時、キラキラを飛ばしながら、説教台の上でするかのようなボディランゲージを決めるのが司祭の嗜みである。信徒よ、私の説教を聞け。
「あの奥の方から、いい匂いが漂って来ているのを見つけたのだけれど、私としたことが足をくじいて動けなくなってしまいましたの。私の代わりにあのカメムシ葡萄の中に飛び込んで、いい感じのを取って来て頂けませんこと?」
 エッダは知っている。親友なので。この程度の滑落で痛む足首なら、とっくの昔にヴィーシャは死んでいる。
 エッダは、その辺にある房をむしり、ヴァレーリヤの足元にほおった。
「ちょっと、それカメムシの臭いがするヤツではありませんの! 近付けないで下さいまし!」
 すっくと立ちあがりダッシュで逃げるヴァレーリア。それみたことか。
「あ、ヴァレーリヤちゃん捻った脚にはカメムシ汁が効くらしいわよぉ」
 本物の。と、付け加えるアーリアに、ヴァレーリヤがキイイイと声を上げた。そして、また盛大に滑る足。葡萄の実はぬるぬるしているのだ。
更なる滑落――と思いきや。
「マーナガルム!」
その襟首を、黒い狼の妖精ががっちり加えている。荒い鼻息がヴァレーリヤの赤毛をふわふわいわせている。
「ふう、良かったでごぜーますね? ヴァレーリヤ様。うちの子が間に合って」
 少し上の斜面から、エマが言った。親身になっているようにもからかい半分にも事務的にも聞こえる。
「……っ、……っ!」
 ヴァレーリヤが無言で噛まれているアピールをしている。声を出したら刺激すると思っているのだ。目がマジだ。
「え? 身体を思いっきり噛まれてる?」
 またまた、そんな御冗談を。と、エマは一蹴した。
「さあ、そんな事よりも仕事をいたしんすよ! ヴァレーリヤ様! お酒は待ってくれないでごぜーますよ! マリア様、こっちでごぜーますよぉ」
と言った次の瞬間、マリアはヴァレーリヤの鼻先にいた。リニアドライブの加速が恐ろしい。愛の力ね。
「カ、カメムシなら私に任せて! うおおおおおお!!!」
 止める間もなく、マリアは茂みに突っ込んでいった。愛に生き急いでいる。
「ヴァリューシャー! みんなー! やったよー!!! ヴァリューシャが言ったとおり、中の方はいい感じに熟れたのがいっぱい――」
 満面の笑みで皆の元へ飛んでくるマリア。笑顔、まぶしい。カメムシ。生物的反射で皆、防衛反応を示す。具体的に言うと後ずさる。
「え、どうして――」
 もう、慣れ切ってしまったマリアには自分がカメムシ臭を放っているのが分からないのだ。
「泣かないで!――愛してますわっ! マリア!」
 愛の前にカメムシ臭を蹴散らしたヴァレーリアが抱擁を以て恋人を迎えた。


「こんなこともあろうかと、練達性の断熱保存パックを持ってきたのです」
 ウィズィは、パックに詰めた葡萄を密封すると、温まらないように冷たい飲み物と果汁を密着させた。
「あとはスピード勝負!」
 鎖爪かんじきは伊達ではない。
 全速力で斜面を駆け下りる。
「その籠もいただいていきます!」
 通りすがりに、収穫済みのブドウを受け取る技を見せつけていく。今、ウィズィが斜面の女王。
 秘毒の香水を以てカメムシ臭をねじ伏せた、悪臭だけはしない相克状態の空気の中心で機械のように確実に収穫を続ける新田と一瞬目が合った。虚無があった。心はなかった――ことは、次の瞬間、忘却の淵に叩き込んだ。
「腐敗防止魔法? 俺よりそっちの分野なのでは……殺菌用の弱い死魔法の系統だろうか、完全に殺菌すると発酵に支障が出そうだから更に弱く……不殺……?」
 見えない何かとお話してるアーマデルはほおっておいていいのだろうか。
「大丈夫だ。アクセサリーに取りついた霊としゃべってるだけだから」
 気ぜわし気なウィズィの視線にアーマデルは慌てて弁明した。
 なるほど。納得して葡萄を受け取り、ウィズィは再び走り出す。
「だんだんカメムシ臭がいい匂いのような気がしてきたぞ……」
 背後から聞き捨てならない独り言。本当に大丈夫ですか!? 戻るにはすでに離れすぎていた。


 マリアが最後のブドウの籠を持って斜面を降りてくる。
「そっちの様子はどうだい? 皆で美味しいお酒を呑めたらいいね」
 かわいらしく語尾を跳ね上げたマリアはかわいいなぁと思いつつ、キャッキャうふふをより楽しくするために、ヴァレーリヤは戦わねばならない。
「ええい、ちゃんと運ぶくらいしますわよ! だから一口くらい良いでしょう!?」
 働いたというか、ヴァレーリヤが転がり落ちる方向は葡萄が熟しているから滑りやすいという経験則により、重宝された。が正しい。
「ところでこれだけ頑張ったからには、このワイン、試飲できますよね? できなかったら駄々こねますよ!」
 斜面を激しく往復したウィズィとしては、地べたに転がってじたばたする心の準備はOKだ。
「――『酒は飲んでも呑まれるな』という警句の意味が良く分かった気がする」
 アーマデル――素面の未成年の冷静な正論が酒飲みの心臓を抉る。
「まったく飲むなとは言えない。でも、俺にはわかる。酒飲みの『一口』ほど信用できない単位はない」
 素面の未成年が酒飲みの概念を刺し殺す。ソースは子飼いの霊魂。
「貴重な果汁なんだろう? その一口を許すと俺も契約に基づき同じだけの取り分を要求させられる」
 厄介な霊魂と契約しています。異様に酒好きの聖女です。
「俺の使役霊魂は体があるわけじゃないから、一口がえげつないことに――」
 呑兵衛、酒のためならいかなる詭弁も使う。
 つまり、熟成させる量が著しく減りかねない。ここから更なる熟成と工程を経てこその至高の美味なのだ。レシピはまだまだ続いている。
「身代を持ち崩すほど美味い酒…………ところでこの酒に合うサカナの話は本に書いてあったのでありますかね?」
 エッダがうめいた。斜面を滑落した後も無数のコバエと戦い果汁を守り通した戦士だ。面構えが違う。
「醸造が終わるまでしばらくかかるでありましょうし、その辺よーく本を読み直して浚う必要があるでありますよ」
 しばらくとよーくに重たいアクセントが乗っていたのを聞き逃さなかったヴァレーリヤとウィズィのバッドエンドフラグゲージがちょっと減った。
「これほど濃厚な果汁で作ったワインなら野趣溢れるジビエとかどうでありますかね? よーしシシ狩りにいくでありますよ、ヴィーシャ」
 味見と称してぐびって、醸造必要量がまかなえなくなったら、死ぬことも許してもらえない目に遭わされる。食えなかった肴の恨みも上乗せされる。お前が二肢鹿になるんだよ。もちろん、エッダはそんなことは言っていません。エッダはお酒に合う料理の話をしただけです。
「発酵が進んで、混ぜるのはためらわれるもののみいただきましょう」
 新田の折衷案。品質管理の名のもとに、明らかに酒と化している房を選び取り、どうにか全員ショットグラスで一杯くらいの分量は確保された。アーマデルのためにジュース一杯分の葡萄が寄り分けられたのはヒトとして当然のことである。
「なるほど、醗酵が早いのですぐ飲めるワインもある、と。いわばコートベンダー・ヌーヴォーというわけですね」
 新酒とは思えぬ濃厚な口当たり。フルーティーさに溺死する。今日はこの一杯のために生きていたし、一日の労働を癒すに値する一杯だった。
「も、もういっぱ――」
 ふらふらと酒樽に歩み寄る呑兵衛達。理性はない。本能だから仕方ない。だから、依頼人――エマは、保険をかけていたのだ。
「――やっぱり。マーナガルム。出番でごぜーますよ」
 エマの忠実な妖精狼は、カメムシ臭溢れる未成熟の葡萄の実を理性をなくした呑兵衛たちの口にほおりこんだ。
「あっ、待って匂いがこみ上――」
 カクテルっと果汁に突進かけていたアーリアが天を仰いだ。余っている果汁などない。
 もう、今日は何飲んでもカメムシの味しかしない。
「まだ、第一段階でごぜーますよ。至高の美酒はこんなもんじゃねーのでごぜーます」
 悪臭にのたうち回る呑兵衛たちにエマが言った。俺たちの酒造りはまだまだこれからだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

リクエストありがとうございました。第一段階終了ですが、このまま熟成させて飲んでもとてもおいしいです。ゆっくり休んで次のお仕事頑張って、余暇でお酒を造ってくださいね。ご縁がありましたら、お手伝いさせていただきます。

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