PandoraPartyProject

シナリオ詳細

アラネアの糸

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●ノクスノヴァの悲劇
 nox-nova――それは幻想王国南西に位置するノックス男爵家の領地の名であった。

 散々な催花雨が降りしきる頃、花の芽吹きの萌しにさえも気付かぬこの地は悪政が敷かれていた。
 ノックス男爵家は医術で成上がった。故に、領民を愛し尊び、共に生きて往くと家訓に誓っていたはずであった――
 それは、数十年前の飢餓であった。ノクスノヴァを襲った長雨で作物が実らなかったのだ。
 だが、男爵家は他領から物資を得るだけの資金を持っては居なかった。食物を得る事もできず、多くの人が死んだ。
 税を余り課さず友人のように過ごしてきた領民達と変わるのは『爵位』だけだという有様だった。
 故に、ノックス男爵家は方針を一転した。重い税を課し、領民を支配する。
 医師であるノックス男爵家は自身の血筋の者以外の医者をノクスノヴァの敷居を跨がす事を禁じた。
 治療を受けたくば、その地ではノックス男爵家の言葉には全てYESを返さなくてはならなかったのだ。

 故に、レジスタンスはノックス男爵家と渡り合った。
 理不尽な横暴に、生きて行く事さえ苦しい課税に、煮え湯を飲まされ続ける日々に。
 今まで、共に生きてきた愛すべき領主の顔から変貌してしまったノックス男爵に許に戻って欲しいと願いながら。

 ああ――英雄だ!
 ありがとう、ありがとう――君たちがいたから!

 レジスタンス達は領民達にとっての英雄だった。領主の譲歩まであと一歩、もう少しでこの悪政から解放される。
「ノックス」と呼んで笑い合ったあの懐かしい日々のために。もう少しだと――そう、誰もが認識していたはずだった。

 散々な催花雨が降りしきる頃、花の芽吹きの萌しに気づき始めた頃。
 一人の女が死んだ。ユリエル・ノエル・ノックス――それはノックス男爵の末の娘であった。
 レジスタンスとの衝突に巻き込まれたか、それともユリエルの命を狙ったのかは分からない。
 だが、男爵は末の娘の命を奪った者達を赦すわけがなかった。
 黒雲の立ち込めた街に、柔草を踏み躙って兵はやってきた。

「ユリエルを、殺した奴等め――!」

 領主は領民の命など省みない。『末の娘の死』の真実など耳を傾けることはない。
 思い知らせてやらねばならないのだ。誰の地で生きて誰のお陰で過ごせているか。能も知恵も無い、阿呆共に。
 領主はそう宣言した。

 領民は頭を抱えた。彼等は只、あの頃のノックス男爵と友人のように手を取り合いたかっただけだった。
 誰がユリエルを殺したかなんて問う時間も無かった。迫ってくる男爵達。

 ――如何すれば、丸く収まるのだろう?
 ――如何すれば、最も被害が少ないだろう?

 そして――そして、至った結論は。

●『救いの手』
「ノクスノヴァと呼ばれる領地、領主の名前はノックス男爵。
 彼が、末の娘ユリエルをレジスタンスに殺されたと兵を率いて街へと向かっているんだ」
 情報屋は眉を寄せて、苦しげにそう言った。此の儘では領内を蹂躙し尽くして、領民達に多数の犠牲が出るはずだ、と。
「それで――今回は『領民』からのお願い。まあ、胸くそ悪いかも知れないけどさ、聞いて欲しい」
 領民側、ならば、領主を鎮圧して欲しいと言うことだろうか。
 違うと情報屋は首を振った。はらはらと降りしきる雨が花をも腐らせそうなほどに続いている。長雨だ。

「『レジスタンス』――彼等の英雄を殺して欲しい」

 は、と息を飲む音がした。誰の物かは分からない。
 だが、情報屋は続けた。
 元から領主と渡り合ってきたのはレジスタンスだ。領民達にとっては英雄で、後少しで『平穏』を齎すはずだった存在。
 だが、こうなった以上はユリエルを殺した犯人をレジスタンスだとして捧げてしまえば良い。
 彼に全ての責任を押しつけて、その首を領主に捧げて怒りを収めて貰う。
 街を蹂躙する兵は『今まで交渉に訪れていたユリエル殺しの犯人』の首を得て満足して帰るだろう。
 領民達は悪政の敷かれたノクスノヴァで過ごし続ける事となる。それでも、死ぬよりはましだと。
「この依頼は、領民達から秘密裏に来たものだよ。レジスタンスが……彼等の英雄がユリエル嬢を殺したかどうかは分からない」
 どうして貴族令嬢が死んだのか、そんな真実を探るのは最早どうでも良かった。

 英雄を殺せ。
 領主を納得させてくれ。
 俺達を助けてくれ。

 その声に、応えて欲しいと願うかのように。

「……今まで、レジスタンスの彼等は頑張ってきた。嘗てのノクスノヴァの平穏を求めて。辛い生活を変えたくて。
 そうやって、英雄だと呼ばれて持て囃されて、あと一歩まで辿り着いて……その最後が、暗殺だって。
 俺は、彼等と偶々あったよ。依頼を受けて旅をしてる人の振りをして。そしたら、彼等、俺が落とした林檎を拾って笑ってくれたんだ」
 情報屋はぎこちなく笑った。心優しいレジスタンス。英雄と呼ばれたその末路が、生贄になるだなんて。
「――『大変ですよね、旅も。仕事も。がんばってください』って」
 報われない、と口にするのは憚られた。
 その彼等を殺すのはイレギュラーズ達だから。

GMコメント

 リクエスト有難うございます。英雄を殺しに参りましょう。

●成功条件
 『ノクスノヴァ領の悲劇を抑えること』
 1.領民の死を出来る限り防ぐこと
 2.ノックス家の兵を街から退かせること

●ノクスノヴァ領
 ノックス男爵家の領土です。医者であり、その功績を称えられて得た領地です。
 ノックス家は故に、自身を支えてくれた領民を友のように扱い穏やかに生活をしていましたが未曾有の危機が領地に訪れてから方針を一転、悪政を敷いています。
 搾取され続けるだけの領民達は苦しみ足掻き、レジスタンスが出来ました。
 彼等の交渉も後もう一息、ですが、ノックス家令嬢ユリエルが死去した事で状況は一転、男爵は犯人はレジスタンスであると睨み兵を率いて迫ってきています。

 レジスタンスが死んだことを確認すれば兵を退くでしょう。此れが簡単な選択肢です。
 街から領民を逃すのは得策ではありません。其れなりの広さの領地です。
 兵士達を相手取るのはこちらも人数で分が悪いでしょう。ノックス男爵との交渉も中々難しいです。
 レジスタンスを投降させる、レジスタンスの3名の内誰かを差し出すのもノックス男爵は兵を退く判断をすると思われます。
 どのように対処をしても構いません。ただ、見過せば大勢が苦しむことになります。

●レジスタンスの『英雄』
 3名の青年。ノックス男爵家と懇意にしてきた家系の青年達です。心優しく、志高く、誰が見ても英雄だと祀り上げたくなるような、そんな素晴らしい三名。
 知恵に優れたアクトに熱血派で真っ直ぐの心根を持ったジョウ、穏やかで誰よりも心優しいミヒャエル。
 幼馴染みであった三人が『人を殺すわけがない』と誰もが知っています。ですが――仕方が無いのです。

 戦闘では連携をとって戦ってきます。前衛タイプのジョウ、ヒーラーのミヒャエル、BS豊富で司令官のアクト。
 彼等はイレギュラーズに問うでしょう。「どうして?」と。
 彼等三名が晒し上げられ死去すれば、この領地ではレジスタンスはもう生まれないでしょう。

●ノックス男爵家令嬢ユリエル
 彼女がどうして死んだのかは分かりません。ですが、外出先で馬車から引きずり下ろされ凄惨な死を迎えたのは確かです。
 レジスタンスがやったか、はたまた男爵家か、それともレジスタンスが邪魔だった者か。
 そんな思惑は、もう関係ないのかも知れませんね。事態は進んでしまっていますから。

  • アラネアの糸完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2021年04月03日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

コゼット(p3p002755)
ひだまりうさぎ
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
シラス(p3p004421)
超える者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)
雷神
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)
薄明を見る者
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士

リプレイ


 花の芽吹きを喜ぶ春に、似付かわしくない喧噪が迫る。足早に事を進めねばと影の中を進むのはイレギュラーズであった。
 唇を引き結んで、綻ぶように指先が弛緩する。恐怖にも似た、不安定な心模様を形容することが出来ないままに『ひだまりうさぎ』コゼット(p3p002755)は「どうして」と辿々しく言葉を紡ぎ出した。
「……どうして、こうなっちゃったんだろう。領民のみんなのためにがんばって……みんなも応援してたはずなのに」
 その言葉に、魔女帽を目深に被り直した『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は悔しげに息を漏らした。
「――ッ、平和な未来を夢見ているのは誰だって同じはずなのに……どうしてこんなことになってしまうのかな……」
 二人の表情を盗み見てから僅かに心がざわめいたことを悟った『鳶指』シラス(p3p004421)は肩を竦めた。
 この手の依頼は何度かあった。『良く在ること』だとは言い切りたくもないが人間は自己都合で掌を返す生き物だ。特に『この国』では罷り通る。
 少年は整ったかんばせに常の通りの感情を乗せていた。首尾良く済ませて依頼人を満足させて終わらせれば良い――筈だった。

 ――シラス君。信じてる。

 あの時、隘路を進む様に手探りであった感情。露命を繋ぐ為ならどんな事だってしてきたシラスにとっての変化(アレクシア)。こびりついて離れない「殺さないで」の言葉は、彼の考えを大きく変容させていた。
 あの日から手探りに手を伸ばせるだけ伸ばし続けた。今日もそうしてみせればいい。傍らの暗い表情の彼女が、前を向くように。
「……それでも、まだやり直せると信じているから……私は、私なりに全力を尽くすよ!」
「要するに助けてくれって話でいいんだよな?」
 小さく頷いたアレクシアは、シラスと同じ結論に至っていたのだろう。
 それでも、飲み込み切れない感情は溢れ出る。コゼットは「酷い」と呟く。酷い、身勝手な依頼。酷く、虫唾の奔る程の身勝手さ。
「証拠もないことで恨まれて、助けようとした領民から『殺してほしい』なんて依頼をだされて。
 彼等のがんばりは、なんだったの? 自分達が生き残るためなら、しょうがないの? そんな裏切りって……悲しいよ」
「そうねぇ……誰だって、自分が一番かわいいのは当たり前。だから、その生活を守る為なら誰かを犠牲に……って、私には解っちゃう」
 困った話でしょうと『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は肩を竦めた。一人の犠牲で街が平和になるならいい。三人の英雄にして叛逆者。彼らの内の一人だけでもその頸を差し出せば街と残る二人は救えるのだから。
「……でも、救いたいって気持ちもあって……若いって、眩しいのね」
 笑みを零したアーリアは己の言葉が嘘であると気づいていた。『もう無理』と諦めた方が楽だから。それでも、抗う気持ちを否定はしない、自身とて『本音』はそちらであったのだから。
「人は弱い……だからこそ上に立つものが導かねばならない。そう思っていたのだがな……」
 これではあまりにも救いがない。人を導き正す者が大いなる悲しみに沈み、苦しみが故に人を害する。『猪突!邁進!』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は首を振り、自身の言葉を否定する。
「いや、私はそう信じている。これまでも、これからも……それを為すのが貴族というものだ」
 貴族とは。
『金獅子』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)という女にとっては当たり前の責務。正しく在れと、存在に義務付けられたそれ。
 正しさとは時に脆く傷口となる。英雄たちが、苦しみながら得ようとした栄光は『正しさ』が故であったか――
「正しき行いと思ってした事が、自らの首を絞める。そんな事は生きていれば多々ある。
 それは本当に正しい時も、正しい事だと思い込んでいる時にも……今回は、どちらなのだろうな。遥か未来でしか、それは分からぬのだろう」
 ああ、それでも。『天地凍星』小金井・正純(p3p008000)は苛立ちを隠せなかった。
「誰も彼も勝手な話です、腹が立つ。
 救いを求めながら、最後まで救いに殉ずることも出来ない領民も、己の根源を忘れ、怒りのままに力を振るわんとする領主も、板挟みとなり、自身の結末すら決められない英雄たちも――!」
 人は弱いから。ブレンダが言った通り、人は弱い。アーリアが感じたように、『都合がいい結論』で武装した方がいい。
「ええ、ええ。まるで戯曲のよう。
 英雄も、用が済めば蛮勇。誰が此の様な配役のシナリオを書いたのか。今となっては如何でも良いのでしょう」
 苦しむ領民の為に立ち上がったレジスタンス。民にとっての英雄、領主にとっての叛逆者。
『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)は脆く崩れる足場の上で命を削る青年達を想い、唇を震わせた。音は掠れた声となる。

 嗚呼、只、かみさまにでもなった心算でおいでですか――


 一刻を争う。ノックス男爵家は兵を挙げ、自領の犠牲も厭わずに愛しき娘の仇討ちと。美談にすらならぬその勢いは波の如く襲い来る。
 炉端で三人の『英雄』――元とつくのが正しいのだろうかとシラスは皮肉に笑った――の姿を見かけ、包み隠さず自身らの立場を打ち明けたシラスへと三名は愕然としているようであった。
「戦いに来たわけではない。剣を納めてくれないか。時間がないのだ、遠回りして話している余裕はない」
 ベルフラウは淡々と告げて三人の青年のかんばせを眺めていた。「嘘だ」と最初に声を絞り出したのはジョウと呼ばれていた青年であった。
「うそ、ではありません。この一件でぼく達がうそをついても何も益はないのです。
 簡単に、もう一度。有り体に謂えば、あなたさまがたは売られたのです」
「嘘だ!」
 もう一度、叫ばれたその声音は萎んで往く。まるで、全てを察しているとでも言うように彼の傍らでアクトが首を振ったからだろう。
「……聞いても、いいですか。あの優しくて応援してくれていた街の皆が、ですか?」
 ミヒャエルは震える声音でベルフラウへと問いかけた。ベルフラウは頷き、アクトへ此度の見解を教えて欲しいと告げた。
「……有り得ない事じゃないと思ってますよ。勿論、どうしての方が強いですけどね。
 ユリエルを殺したのは僕らを邪魔だと思った人物だ。僕らと一件に巻き込まれたって誰しもが考えるからね。街の人だって――それで収まるなら」
 唇を震わせた青年にベルフラウは何も言わずに頷く事しかできなかった。男爵も、領民も己たちの事ばかり。身勝手に犠牲になれというのだ。
「……失望したかい? 俺もだよ。ただ無理もない話とも思ってる、なにせ大混乱だ。彼らには頭を冷やす時間が必要だろうな」
「その時間も望んでられねぇんだろ」
 吐き捨てたジョウにシラスは「まあね」と肩を竦めた。「それでも、時間は俺達が作ってやる。作戦を聞いて貰っても?」と。
 身を隠し『偽の犯人』を点てると提案した三人に英雄たちは驚き、そして作戦に同意する事は出来ないと叫んだ。正しく、彼らは英雄だとベルフラウは感じていた
「手中に入れる寸前であった金は、最早卿らの手から零れ落ちたのだ。
 前に進むだけが英雄ではない。背中を見せて逃げる事もまた、勇気だ。
 何より今此処で卿らが死ねば遠からず領民は更に荒む。卿らの嘗ての友であった男爵家を、救う者もいなくなる」
 ベルフラウの言葉にジョウは唇を噛み、ミヒャエルは涙を流した。それでも、と請う言葉にシラスは首を振る。
「時間がない」
「それでも――……君たちが危険な目にあるだろう!」
 優しい男であると、ミヒャエルを見遣ったシラスは溜息をついた。この際になってもイレギュラーズの命ばかりを気にしているのだ。
 シラスは己がイレギュラーズである事を、そして自身の名を英雄たちへと知らせた。小さな領地で小競り合いをしている者達よりももっと死地を乗り越えてきたのだとアクトは感じ取り「作戦の詳細を」と問いかけた。
「身を隠すに良い場所があれば其方まで護送すると同時に、逃走ルートのご教授を願います。
 地図もあれば、後の作線にも有効かしら。鞭を打つ様で何ですが、全てを理解して崩れ落ちるのは後で、です。今は、足を、頭を動かして下さいませ」
 厳しい言葉であろうとも未散はしっかりと三人へと言った。作戦は完璧に組み立てたつもりであった。後は彼らの意見を聞き組み込むだけだと。
 ならばこそ、彼らは「どうして」ともう一度言った。宛てのない問いかけに未散は小さく笑みを零す。
「只、我々がしょうもなくお人好しで、只、エゴで生かす事を望んだ。それだけです。
 全てが終われば、領民と対話をする時間も取れるでしょう。ですが、其処から先、何を考えて、何を成すか――其れは、あなたさまがたの自由意思だ」
 未だ英雄たらんとするか。絶望の末に非業の死を遂げるか、己の名を見限るのさえも。人の仔はそんなに強く出来ていないことを知っている。
 応えんとするアクトを制してシラスは「行って」と言った。
「そんなことよりアンタらにはまだこの街でやることが残ってる。そうだろう? 諦めんなよ、正念場だぜ」
「其れではさようなら――お心に良き様に、進む事を祈ってはおりますが」


 喧騒の中で、イレギュラーズを待ち望んでいたと彼らは言った。だが、望んでいたものが存在しない事に声を荒げる者、不審がる者、涙を流す者。三者三葉の姿を見せてコゼットの前に存在する。
「レジスタンスには逃げられちゃったけど……捜索の途中で、男爵令嬢を殺したって人を捕まえたよ。
 どうする? いまからでもレジスタンス探してこようか? 真犯人いるんだし、いちど男爵と交渉してからでも遅くないんじゃないの」
「犯人――?」
 民のざわめきを聞きながらコゼットは頷いた。地の利を生かして逃げられたが、彼らも調査をしていたのだろう、と。
 アーリアは血糊を使ってひと悶着があったように装い、ぐ、と血を袖口で拭って見せた。今日の自分が役者であるというならば舞台の上では演技を行い続けるべきだ。
「ええ。犯人を連れてきたわ。真犯人はレジスタンスではないの。別の者がなすりつけようとしていたという事に彼らも気づいていたみたい。
 その追及のためにと逃げた彼らを追いかけて、真犯人を捕まえるに至ったの。情報はここへ来る際に全て集めておいたもの」
 アーリアは己の傷を庇う様にしてそう言った。彼女の様子を見遣れば確かな戦いの後が見える。喧騒の中で、ブレンダは「犯人は此処だ」と捕縛したアレクシアと正純を領民の前へと引きずり出した。
 他の誰でもない、そして自分でもない。別の顔を作り出したアレクシアと正純――領主の圧政によって家族を失った姉妹は「やめて!」と叫ぶ。
 アレクシアがナイフを握りしめブレンダにとって掛かろうとするが、危ないと叫んだ此れっとがその刃をわざと身を張って受け止める。
「ッ、どいて! どいてよ――!」
 叫ぶ二人を見遣りながらブレンダは「事情があるようだが、それも必要のない事だろう?」と領民をちらりと見遣った。
 二人はノクスノヴァの領民であるらしい。民を想わなくなった領主の仕打ち、税を支払えず困窮した家族が死したという。姉妹は家族の計らいで親戚の元へと奉公に出ており家族の死に目にも会えなかったのだと苦しくも演じ続ける。
「……だ、そうだが? 彼女たちを犯人として差し出せば君たちの命も助かるだろう。……悪くない提案だと思うが?」
 ブレンダの言葉に、領民は息を飲んだ。彼らは己の命可愛さに英雄を売ろうとしたのだ。この提案は飲まざるを得ない。
 それでも、と信じられないと渋る領民達を前にコゼットはアーリアを振り仰ぐ。イレギュラーズとしてこの場に立つ、依頼を受けた女は酷く苛立つように声を荒げた。
「貴方達の選択が、英雄を殺せと言うなら私はそうする。けれど、今が最後。貴方達が思い描くノクスノヴァには、誰が映っているの!?」
 そうだ。ノクスノヴァの為ならば『真犯人』が居た方がいいではないか。英雄は何も知らず戻って来て貰って、領を改革し――ああ、そんな『身勝手』が罷り通ると彼らは信じているのだろうか。アレクシアと正純を縛る縄を受け取る領民達は「分かった」と頷いた。
「……それとこれは一つ忠告だ。目先の問題を解決するために楽をしようとするものじゃあない。もっとよく考えるんだな」
 もう遅いかもしれないと、ブレンダが告げた言葉は――もはや意味をなさなかった。


 領主の前へと引きずり出されたアレクシアと正純は、激昂をその双眸に映す男をまじまじと見つめていた。
 顔を隠し、コゼットとアーリアはその様子を眺めている。無事に引き渡せたとブレンダが身を引いてから領主は「こ奴らは」と静かに問いかけた。
「ユリエル様を殺した犯人です。領民はユリエル様が身罷った事を哀しみ調査をしたのです。どうか、彼女らの命で、怒りをお収め下さい」
 頭を垂れて、額を擦り付ける領民達を見ながらコゼットは唇を噛んだ。シラスは「どう?」と囁く。
「……悪政ってこれ程なんだね」
「……まあ、どこだってそうだろう」
 捕縛され、領主の前へと蹴り出されたアレクシアを見てシラスの心は痛まなかった訳ではない。正純の苦し気な顔にベルフラウは「済まない」と囁いた。
 領主は、ふたりの娘をまじまじと見ている。二人の姉妹、元はこの地に住もうていた一家であったそうだ。
 領主が沙汰を決定し口を開こうとしたとき、アレクシアが身を乗り出した。正純はアレクシアを支える様にそっと手を添える。
「どうしてここまで皆を苦しめる必要があったの!?」
「何……?」
 領主の眉がぴくり、と動く。アレクシアは未来を見越す様に――己が逃げ延びた後のこの地を護る為に、叫んだ。
「あなただって、いつまでもこんなことが続けられないってわかってるでしょう!
 ……多くの人が死んだ。だから男爵家も生き延びるために必死だった。それはわかる。
 でも、こんなやり方……男爵家の人も含めて誰も幸せになってないじゃない! 諦めないでよ……みんなを少しでも幸せにできるのは、この土地ではあなただけなんだよ……」
「それでユリエルを殺したと? 一人が死ねば変わるとでも思うたか」
「何人死ねば良いのですか?」
 男爵を見据えて正純は淡々と問いかけた。瞳に乗せられたのは痛みよりも尚、悍ましい怒り。何人死んでも世界が変わらないならば、一人の犠牲など掃いて捨てるようなもの。所詮は変化のない下らない事象でしかないではないかと、怒るように。
「……救いを求めるだけの民も、その救いにただ応えるだけの英雄も、そんな状況に追い込んだ領主も。誰も彼もが愚か極まりない」
 正純のその言葉に――領主は叫んだ。憤りは雨の様に降り注ぐ。剣の切っ先が迫る。その刹那、ばちり、と音がした。
 兵が何者かに襲われていると敵襲を告げる声に男爵が顔を上げる。シラスは隙を付くようにアレクシアと正純の解放へと走った。
 コゼットが地を蹴り素早くも二人の元へと駆けこんで往く。男爵は誰が飛び込んできたかを把握することが出来ない。娘殺しの犯人の捕縛を解きに賊がやって来たのだ。
「何者だ! ――此処をどこと心得る、この地はノクスノヴァ。私はノックス男爵であるぞ! そのものを捕えよ!」
 錯乱する兵士は、その声に応えない。見守る民も、動くことはできない。虐げられた歴史が、男爵の為という『言葉』を否定していた。
 捕えよと雨の様に言葉が降り荒む。混乱する戦場から逃げ出したイレギュラーズは領境にて三人の青年と出会った。
「……貴方達は」
 アーリアのその言葉にアクトは肩を竦める。沈痛の面差しを向けるジョウは「これで良かったのか」と問いかけた。
 アーリアとて思っていた。此れで、良かったのだろうか、と。
「……どういう意味だ?」
「俺達は、『犯人を見つけた』としてみんなの元に戻って、平気で暮らす。領主は娘殺しの犯人を捜して血眼になるだけ。
 屹度、この領は何も変わらない。……それに嫌になったって言えば?」
 未散の言葉をなぞるようにジョウは言った。心までは、指図できない。英雄たらんとするか、非業の死を遂げるか、名をも見限るか。
 三人の青年が選んだのは一番最後であった。己たちの名を捨て、どこか遠くの場所で『普通の青年』としてのさいわいを求めたいと。
「……連れて行ってくれないか。遠くがいい。そこで、やり直したいんだ」
 ジョウは哀し気に囁いた。唇が重たく、言葉を紡ぐのもやっとだと言うように。
「――もう、疲れてしまったから」

 もしも、民が『真犯人』を差し出して保身に走らなければ。彼らの為の英雄であれたのだろうか。
 同じ境遇であった筈の子達が凶行に及んだ故の暴動。それを治めるために皆で力を合わせて居たら――?
 そんな有り得もしない未来を描くことに『英雄』は疲れてしまったのだと微笑んだ。

 ――その後、ノクスノヴァは、否、ノックス家は立ち行かなくなったと知らせが入る事になるだろう。
 血眼になり『どこにもいない犯人』を捜す領主は最早、領も民も、何も見てはいなかったのだから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はリクエストありがとうございました。
 名声は『行動』に合わせて割り振りさせていただいております。
 誰かを救うために、嘘を吐くことは誰かの人生を歪める事になるのでしょうね。

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