シナリオ詳細
【水都風雲録】悲嘆を越え、責を負い
オープニング
●総大将の討死
「うぬも、所詮はこの程度であったか!」
敵の胸板を槍で貫いた凶相の騎馬武者が、得意げに勝ち誇る。一方、槍に貫かれた白髭の騎馬武者は、ごぽり、と口から大量の血を吐いてその髭を紅く染めた。武者鎧に空いた穴からも、どくどくと紅い血が流れ落ちている。
「貴様……その力、魔に転じたな……?」
「だったら、どうした? 結界で護られておる高天京は別として、最早この神威神楽には戦雲が渦巻いておる! 強き者だけが、生き残れるのだ!」
落馬しそうになるのを堪えながら、白髭の武者は残る力を振り絞り、凶相の武者に問いかける。だが、凶相の武者は重蕃の問いを嘲笑い、槍から手を離すと刀を抜き、すかさず白髭の武者の首を刎ね飛ばした。
(無念……翠、すまぬ……)
最期に白髭の武者の心によぎったのは、愛娘の姿とその行く末への憂いだった。もう護ってやれないことを、これから困難に直面させることを詫びながら、白髭の武者は逝った。
「朝豊 重蕃(あざぶ じゅうばん)、坂下 道源(さかもと どうげん)が討ち取ったりぃ――!」
道源が重蕃の首を掴んで掲げ、高らかに叫ぶ。その声に、道源の兵達は沸き立ち、重蕃の兵達は浮き足だった。一方の大将が討ち取られたのだから、当然であろう。
そして、この時点で戦の勝敗は決まったも同然だった。主君の敵を討たんと道源に迫る者もいたが、容易く道源に蹴散らされていく。そうなれば、もう後は重蕃の軍は道源の軍に蹂躙され、這々の体で逃げ延びるしか出来なかった。
●領主として、父の後を継ぎ
これより少し前、豊穣の治政を壟断していた天香・長胤はイレギュラーズ達によって討たれ、『眠りの呪い』より醒めた霞帝が豊穣に君臨するようになった。だが、高天京の地方への影響力は弱まっており、各地の大名や豪族の中には覇権を巡って争いはじめる者が出た。
重蕃が治めていた水都(みなと)も、その影響からは逃れられなかった。西に隣接する沙武(しゃぶ)が攻め入ってきたため、重蕃は迎え撃つべく出陣し、そして討たれた。
「嘘でしょう? お父様が? …………そんな、ねえ、嘘だと言って!」
「……残念ながら、嘘ではござりませぬ」
重蕃の討死と水都軍の敗走を聞いた朝豊 翠(みどり)は、我が耳を疑い呆けていたが、やがて報せを否定するように家臣を問い詰める。だが、家臣は無情にも首を横に振った。
ふらり、と倒れそうになる翠を、家臣が支える。つう、と翠の頬に一筋の涙が流れ落ちた。だが、翠はいつまでも悲しんではいられない。重蕃が斃れたならば、唯一の子である翠がその後を継いで水都を護らねばならないのだから。
「…………それで、沙武の軍は?」
「さらに進行しております……姫は殿を亡くされたばかり。戦は、家老衆にお任せしても……」
「……いいえ。心配は有り難いのですが、お父様の娘として為すべきは為します」
自身を慮る家臣に翠は感謝しつつも、その身体を支えにしてすっくと立ちながら、きっぱりと答えた。
●魔種たる将を討て
翠は軍議の後、道源を討つ依頼をローレットに出した。何故なら――。
「その道源が、魔種と見られているからです」
翠からの依頼を受諾した『真昼のランタン』羽田羅 勘蔵(p3n000126)が、普段にはなく真剣な口調で目の前のイレギュラーズ達に告げる。
重蕃が討たれる際、道源を「魔に転じた」と言ったのを、生き延びた水都軍の兵士が聞いている。さらに、重蕃は近隣では武勇で知られており、並の兵や将がそう簡単に討てるものではないと言う。故に、魔種である可能性が極めて高いのだと。
「依頼があるなら受けるし、魔種を討伐するのは理解する。だが、敵は軍を率いているんだろう?
そんなところにのこのこ行って、大丈夫なのか?」
話を聞いていたイレギュラーズの一人が、疑問を口にした。だが勘蔵は、その問いに深く頷きながら続ける。
「水都の軍は道源の軍に再度防衛戦を仕掛けるそうで、大半の敵はそちらが引き受けてくれます。しかし、道源が魔種である以上、水都の軍では討てません。
つまり、水都の軍で道源の軍を相手しているうちに、皆さんで将である道源を討つ必要があります」
ただし、戦場である以上、道源だけを相手にするというわけにはいかず、供回りとの戦闘は避けられないだろう。
「楽な依頼でないことは承知しています。しかし、父親の後を継いで領主の責を果たさんとする娘とその領土を、よりによって魔種を将とするような勢力に好き勝手にさせるわけにはいかないでしょう。
皆さんなら、道源を討てると信じています。どうか、よろしくお願いします」
イレギュラーズ達に向けて、勘蔵は深々と頭を下げるのだった。
- 【水都風雲録】悲嘆を越え、責を負いLv:20以上完了
- GM名緑城雄山
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2021年03月21日 22時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●戦陣にて
平原の上で、二種類の旗幟がそれぞれ固まってはためいている。片やこの地を領する水都の軍のものであり、片やその水都領に侵略してきた沙武の軍のものである。
そのうちの沙武軍の将である坂下 道源を討つために、イレギュラーズ達は水都領主である朝豊 翠から依頼を受け、水都軍に加わっていた。これは、道源が魔種である故だ。魔種の戦闘能力は極めて高く、常人では相手にならない。事実、武勇で知られた先代の水都領主朝豊 重蕃でさえも、先の戦で道源に討たれてしまっている。
「……神威神楽は、確かに当面荒れるのでしょうね」
『月下美人』久住・舞花(p3p005056)は、自軍と敵軍の旗幟を見比べると、独り言ちた。何しろ、今の高天京には地方を抑える武力はない。それどころか、結界に守られている故に高天京が戦場にならずにすんでいると言う有様だ。
「だからこそ、高天京が力を取り戻す前に既成事実を作り上げる事に躍起になっているのでしょう」
「はぁ……まぁ、百歩譲って覇権争いの戦には目を瞑ろう。けど、その為に魔種に堕ちるなんてまともな思考をしていない」
舞花の独語に、『騎士の忠節』アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)が深く溜息をつく。覇権のために魔種となるような者達が、実際に覇権を握ってしまえばどのようなことになるか。それを考えれば、沙武に覇権を握らせるわけにはいかなかった。
「これだから戦という奴は嫌いなので御座る……こうも易々と力に溺れ、無為に誰かを貶めんとする。全く以て、愚かも良い所……」
辟易したように、『裏咲々宮一刀流 皆伝』咲々宮 幻介(p3p001387)は吐き捨てた。戦乱の中においてはどうしても力こそが価値観の中心となり、幻介の言うように覇を求める者は力に溺れ、弱い誰かを足蹴にするものだ。
「戦乱を生き延びるために、呼び声に応えるのも、魔種に転じた武将に忠誠を捧げ続けるのも分からないでもない」
その中にあって反転したこと自体は、『魔剣鍛冶師』天目 錬(p3p008364)にも理解は出来なくはない。
だが、錬に言わせれば原罪の呼び声に堕ちるのは易きに流されることでしかなく、それが強さとは到底思えなかった。
(それなら、イレギュラーズとしても個人としても、父の後を継いでその責を果たそうとする者の方が好感が持てる)
何より、いくら豊穣がローレットから離れていようとも、魔種の好きにさせていい道理はないのだ。
(強き者だけが生き残れる……それは一つの真実であり結果だろう。
だが、魔になってまで生き延びた先に何が残る? 魔に堕ちた者が未来に何を残せる?)
胸の前で腕を組み、瞑目して考え込んでいるのは『背負い歩む者』金枝 繁茂(p3p008917)だ。
(――俺は俺の求める未来の為、魔を討つ。成すべき事を、為そう)
そう意を決した繁茂は、クワッと目を見開いて、沙武の軍勢を見据えた。
「遮那さんのおわすこの豊穣を乱す者……僕が許さないッス!」
「そうだねぇ。私も大事な友の国を乱されるわけにはいかないよ」
『琥珀の約束』鹿ノ子(p3p007279)と『龍柱朋友』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は、共に豊穣で大切な存在と出会った身だ。鹿ノ子は天香・遮那に想いを寄せ、シキは黄泉津瑞神と黄龍の二人と心を通じ合わせた友となっている。それだけに、想い人の国を乱す者を捨て置けないと意気込む鹿ノ子の心情が、シキにはよく理解出来た。
『死角無し』白薊 小夜(p3p006668)は、「剣を取る者は皆、剣で滅びねばならない」と言う信念を持つ。故に。
(武士の、人の道を外れて唯、武のみを求めるのならば――必ず、斬る)
そう意を決しつつ、小夜は仕込み刀の白刃を視覚障害者用の白杖から引き抜いて、陽光に煌めかせた。
「魔種の将ねぇ……呼び声とかあるだろうに、沙武とかいう国大丈夫なのか?」
不思議そうに首を傾げる『撃劍・素戔嗚』幻夢桜・獅門(p3p009000)だったが、すぐにその思案を打ち切った。何故なら、獅門は久しぶりに戦場に出ることもあって、敵よりも自身の心配をせねばならかったからだ。それでも、獅門は臆したりすることはない。
「数も多くて質も高い敵で、錆びた腕にはちょいと辛いかもしれないが……だからこそ楽しいぜ」
厳しい状況であれば逆に燃えるとばかりに、獅門は気持ちのいい笑顔を見せた。
●幻の槍衾
「ほう……水都はローレットとやらに救いを求めたか。よし、貴様ら。戦が始まったら、あの一団に突撃するぞ!」
他の兵士とは異質な格好をした一団が水都の軍にいるのを認めた道源は、本能的にそれがイレギュラーズであることを察し、獰猛な笑みを浮かべた。そして、軍配をイレギュラーズ達に向けながら、二十人ばかりの供回りに指示を出した。いずれも、逞しい軍馬に乗っている。
「敵は騎馬部隊……地形も、人数的にも不利な状況だけど……依頼ならやるしかないわね! 全力で挑むわよ!」
その様子は、『狐です』長月・イナリ(p3p008096)の目にも見えていた。平地で歩兵が騎馬隊を迎え撃つのは、イナリの言うように相性が悪いものである。ましてや、それが味方の倍いるのだ。だが、依頼を受けたのであれば何としても達成しなければならないし、何よりイナリ達イレギュラーズでなければ魔種を討つことは出来ない。自分を、そして仲間達を鼓舞するべく、イナリは叫んだ。
「全軍、突撃じゃーっ! 蹴散らせええっ!」
「させるな、迎え撃てええっ!」
道源の号令が、沙武軍全体に伝わる。騎馬隊で構成された沙武の軍勢が、ドドドド、と地響きをならして水都軍に突撃せんとする。一方、歩兵主体である水都軍は槍を構えて沙武軍を迎え撃たんとした。平原の至る所で、両軍の兵士達は衝突する。
「横に広がって……鶴翼陣のつもりか? ならば、その中央を食い破ってくれる! 続けえっ!」
道源が自分達を狙って来ると確信したイレギュラーズ達は、横に長く広がった。左右がやや前に出て、逆に中央がやや後ろに下がっているその隊形は、道源の言う様に鶴翼陣を思わせた。そして、道源は誘われるようにイレギュラーズ達の中央辺りに供回り共々突撃を仕掛けた。
だが、その突撃を遮るように、イナリが幾多もの槍襖を敷く兵士の幻影を創り出す。
「ぬ……槍衾だと!?」
「虚仮威しよ! 構わず進めぇ!」
突然出現した槍衾を、道源は幻影と看破し、突撃の続行を指示した。だが、馬の方はそうはいかない。本能的に槍衾に恐怖した軍馬達は、スピードを緩め、走りを止めた。
「ええい、みすみすこのような虚仮威しにかかるとは! やむを得ん、全員、馬を降りよ!」
槍衾に怯えて歩みを止めた軍馬に苛立った道源が、供回りに下馬を指示する。もちろん、その隙をイレギュラーズ達は放っておかない。
「お美事で御座る!」
道源達の突撃を食い止めたイナリの幻影を褒め称えつつ、幻介は鶴翼陣の端から七色に輝く夢幻の斬撃を放つ。斬撃は馬を降りたばかりの供回りの側へと飛翔すると、馬もろとも道源と供回り三人を巻き込み、避ける暇も与えずに傷を刻み血を流させる。
「人ならば人として、人でないならせめて花として散りなさい」
「ぬうっ、小癪な!」
幻介に続き、小夜が周囲の供回りもろとも、道源に仕掛けた。『落花狼藉』――狼藉と言う言葉が似合わぬ花の如く美しく、花と言う言葉が似合わぬほどの狼藉たる剣閃が、二度、三度と道源と供回りを襲う。道源は斬られながらもまだ余裕であったが、供回りの三人は幻介に斬られていたこともあり、耐えきれずに地に倒れ伏した
「馬に罪は無いが、避けて撃つわけにも行かなくてな」
「ぐわああっ!」
アルヴァは小夜からは距離を取りつつ、馬ごと供回り達の多くを巻き込むようにして、『魔導狙撃銃BH壱式』を乱射する。何人もの供回りが、銃弾を太股や脚に受けてよろけたりガクリと膝を突いたりした。
「馬から降りたとなれば好都合だ! まとめて叩っ斬ってやる!」
「ぎゃあああっ!」
獅門は大太刀『啾鬼四郎片喰』を乱舞させ、アルヴァの周囲にいる供回りを斬りつけていく。獅門は大太刀を滅茶苦茶に振り回しているように見えるが、アルヴァや軍馬には一切その刀身を当てることなく、供回りだけを血に染めていった。供回りの四人ばかりが、出血多量で意識を失った。
「魔に転じた弱き者よ、かかって来い! この金枝 繁茂が相手してやる!」
「儂を弱き者と言うか、洒落臭い! 儂が弱いかどうか、貴様の身で思い知るが良いわ!」
繁茂の、道源を弱者と断定する口上は、自身が強者であると自認する道源に見事に刺さった。道源は怒気を漲らせ、強い敵意を繁茂に向ける。
「ただの術師と侮るなよ? 俺に苦手な距離はないぞ! ――薙ぎ払う!」
「がああっ!」
錬は式符から氷の薙刀を創造すると、小夜を挟んでアルヴァや獅門とは反対側にいる供回りに駆け寄り、横薙ぎの一閃で供回り達を薙ぎ払う。ザックリと、氷の刃は供回りにも軍馬にも横一文字の傷を刻んでいった。
「坂下 道源、いくッスよ! ――月の型『狂禍酔月』! 月に魅入られた兎の如く、さぁ踊り狂え!」
「ふん、この程度……何だと!?」
道源を狙って、鹿ノ子は『黒蝶』を振るう。道源は最初こそその刃を大したことはないと侮っていたが、すぐに自らの間違いを思い知った。鹿ノ子の真骨頂は、その手数にあったのだ。
斬られた傷から、狂気が道源を侵食する。その狂気に耐えようとしている間に、鹿ノ子はさらに執拗に攻撃を重ね、刻まれた傷をますます深いものとしていった。
「好機ですね。お覚悟を」
「ぐあああっ!」
錬が斬った供回り達を仕留めんと、舞花は刀を幾度も閃かせる。既に錬から傷を負わされている供回り達は舞花の刃によってさらに斬り刻まれ、立っているのさえ厳しい満身創痍の状態となった。
「魔種の部下となったことを、悔やむのだな」
「うぐっ……無念」
そこに、止めを刺すべくシキが迫る。処刑用の大剣『ユ・ヴェーレン』で、シキが深手の供回り達を次々と斬っていくと、その一撃に耐えられるだけの力が残されていない供回り達のうち、四人が倒れた。
「貴方も魔種なのね! 私と仲良く遊びましょお!」
イナリは自身に書き込まれた式によって四足歩行の魔種の姿に変化すると、異界の炎神迦具土をその身に宿し、炎を纏って身体能力を強化する。そして手近な供回りの一人を爪で斬り裂き、牙で食い千切り、その命を奪った。
●道源の求めるもの
本来、イレギュラーズ達は供回りの半数以上を倒したら道源に攻撃を集中する心算でいた。イレギュラーズの中に癒やし手がいない以上そもそも長期戦自体が無理であり、またここが戦場であることから時間をかければ沙武の兵がいつ道源の救援に現れるかも知れなかったからだ。
しかし、足を止められたところを狙ったとは言え、初手で供回りの半数以上を倒したことから、もう一手かければ供回りを全滅させられるのではないかと、イレギュラーズ達は方針を転換する。
事実、供回りはもう一手で全滅した。これで、救援が駆けつけるまでは道源に集中して戦うことが出来る。
「魔に堕ちてまで、そこまでして主は一体何を求めるというのか。富か、名声か……はたまたはその双方か?
よもや、自らの領民を護る為等とは言うまい?
堕ちたる力により、血塗られた道の先に築かれるものは……また新たな戦のみ、その先に未来等ありはせぬ!」
「儂が何を求めるかだと? 決まっておる。主に天下を取らせ、その下で栄華を極めるのよ!
強き力で主が天下を取れば、新たな戦など起きはせぬ! 起きたところで、力で叩き潰せば良い!」
道源と鍔迫り合いを演じながら、幻介は眼前の敵に問う。だが、道源の答えは到底幻介が受け容れられるものではなかった。
「そのために、年端もいかぬ娘から父親を奪ったと言うで御座るか……断じて許し難い!」
「戦場に立つならば、討たれる覚悟は当然であろうが! ぬるいことを言うでないわ、小童ァ!」
「その戦を起こしたのは、貴様ら沙武で御座ろうが! 貴様らが戦を起こさねば、翠殿が父親を喪うことはなかった!
仇討ちとはいかぬまでも、貴様に討たれた重蕃殿の無念……始末人として、この咲々宮 幻介が性根に叩き込んでくれよう!」
道源の言い様に怒りを覚え、ギリッと歯噛みした幻介は、渾身の力を込めて太刀を道源に叩き込むと、道源から距離を取った。
道源の身体には縦に深い傷が刻まれたが、まだ道源には堪えないようだった。
「……やはり、あなたは剣で滅びねばならない人ね」
「儂を滅ぼせるつもりでおるか! 小娘ェ!」
幻介と道源の会話を聞いていた小夜は、改めて道源が依頼に関係なく斬らねばならない手合いであることを実感した。小夜の振るう変幻の邪剣は、その切っ先で道源を惑わし、その身体に今度は横に深い斬撃の跡を刻む。
「偽りの力で総大将を討って、さぞ気分が良いだろうな?」
「偽りだろうと何だろうと、これが儂の力よ!」
アルヴァは皮肉を交えつつ瞬時に道源との距離を詰めると、『魔導狙撃銃BH壱式』の銃口を道源に押し当て、弾丸を放った。弾丸は道源の腹部に深く埋まったが、まだ道源は余裕であるようだ。
「主に天下を取らせ、その下で栄華を極める。そう言ったな……その先に、何かを残そうとは思わんのか?」
「何かを残す? わけのわからんことを。この国に、主の天下が残るではないか!」
「くっ、そう言うことではなくて……もういい!」
道源への問答を仕掛けてみたものの全く話にならない答えが返ってきたため、繁茂は問答を打ち切って邪悪を灼く聖光を放った。聖光は道源の身体を照らし、ジュウジュウと焦がしていく。聖光は既に刻まれた傷にも当たっており、さすがにこれには道源も顔をしかめた。
「魔種の力で民の命を背負えるものかよ。強さを勘違いして責任を放り出して甘言に乗っただけだ──!」
「民の命だと? そんなもの、知ったことではないわ! 儂は儂のために、この力を受け入れたのよ!」
「だが、魔種となったところで個の力が増すだけ。周囲を蝕み俺たちイレギュラーズと戦う羽目になる!」
「それがどうしたァ! 儂の力が増せば、沙武は覇を唱えられる! 貴様らのようなイレギュラーズが何度立ちはだかろうとも、勝てば良いだけの話よ!」
錬は味方を巻き込まないように位置取ると、再度式符で氷の薙刀を創造する。そして、話にならない苛立ちをぶつけるかのように、道源に叩き付けた。表面が聖光で焼けた道源の身体に、また一つ新しい傷が刻まれる。
「勝てば良い? 勝てるものならなぁ! その首、もらい受ける!」
「舐めるなァ、餓鬼がァ! 儂の首、取れるものなら取ってみよ!」
道源の咆哮に、獅門は『啾鬼四郎片喰』を幾度も振るう。数多の斬撃は道源に同じだけの傷を刻み、血を流させた。それまでに受けていたものも含め、常人なら死んでいてもおかしくはない傷を負っているが、まだ平然と動き続けるのは道源が魔種である故だろう。
「儂など、これで一網打尽にしてくれるわ!」
イレギュラーズ達は道源の言葉に一瞬耳を疑ったが、次の瞬間、道源はその言葉の正しさを示すように槍の穂先を自らの方に向け、自らの胸に突き立てた。
「!? な、一体何が……!?」
ハッと正気に戻った様子で、道源が自らの行動に驚愕する。驚いたのは、イレギュラーズの側も一人を除いて同じだった。
「僕の技が、しっかりと効いていたッスね。この国を乱す輩には、当然の報いッス!」
「お、おのれおのれぇ! 小癪なあああ!」
ただ、鹿ノ子だけが得意満面の笑顔を見せつつ、激昂する道源をさらに狂気で侵食するべく『黒蝶』を振るう。道源の脇腹に傷が刻まれたかと思えば、それで終わらずに、重ねて放たれる斬撃がさらに道源の負った傷を深いものとしていった。
「敵将、坂下 道源。貴方を討ち取ればこの戦は終わりです。御覚悟――!」
「黙れい! 儂は討たれんぞ! この程度の傷、どうと言うこともないわ!」
舞花は黒き大顎を創り出すと、道源へと放つ。口を大きく開いた大顎は、道源の肩口に噛みつくと、その牙を突き立てる。道源の肩には牙に噛まれた跡が深々と穿たれ、どくどくと紅い血が流れ落ちていった。
「さあ、さあ。やっと邪魔者もいなくなって、貴方としっかり遊べるようになったのよ。もっと、楽しませて頂戴?」
「ええい、貴様の方が余程魔に近いではないか!」
魔獣の如く四足で歩き、供回りをその爪牙にかけたイナリが、ニヤリと道源に笑いかける。その姿と言葉は、魔種である道源にさえ魔を感じさせるものだった。道源の怒声に、イナリは何処吹く風で道源に襲い掛かり、脚を爪で斬り裂き、牙で抉っていった。
「さぁ、魔種の『心』をもっと私に見せて、教えておくれ」
元より『心』を持たず『感情』を知らなかったシキにとって、『心』は未だ理解し得ないものであるが、故に興味深いものでもある。それが、魔種のものとなれば如何なのだろうか。他のイレギュラーズ達との問答でその片鱗は見えたが、もっとその深奥を見たいと望む。
シキは舞花と同じように黒き大顎を創り出すと、舞花が噛みつかせたのとは逆の肩口に噛みつかせる。立て続けにイレギュラーズ達からの攻撃を受け続けた道源には避けることはままならず、大顎は道源の肩を深々と噛みしめた。
●道源、討たれる
その後、イレギュラーズに集中攻撃されている道源を救いださんと沙武の兵が迫ってきたが、イレギュラーズの敵ではなくすぐに蹴散らされた。そして、常人なら何度死んでいてもおかしくない程に傷つけども血を流せども倒れることのなかった道源だったが、その限界は程なくして訪れた。
だが、道源の攻勢も激しく、イレギュラーズ達もただではすまなかった。まず道源の敵意を煽って攻撃を引き付けた繁茂が深手を負い、次いで道源の攻撃を引き受けたアルヴァ、錬も深手を負うことになった。
さすがに不利を悟った道源は逃走を図ろうとしたが――。
「絶対に、逃がさぬ! 此の場で、その首を貰い受ける!」
俊敏さでは一日どころではない長を誇る幻介に、回り込まれて行く手を塞がれた。そして。
「これで終わりだ! 辞世の句を考える暇も与えない!」
後ろから追いついたシキの処刑剣『ユ・ヴェーレン』によって、首を刎ね飛ばされた。
「敵大将、坂下 道源!『処刑人』シキ・ナイトアッシュが討ち取った――!」
降ってもいない雨音の幻聴を耳にしながら、シキが道源の首を掲げて高らかに叫ぶ。それを耳にした沙武の軍は、絶対的な強さを誇っていた大将が討たれたことに狼狽し、士気が崩壊したところを水都軍に衝かれて敗走した。
「……動乱勃発は仕方ないとしても、戦場に魔種が現れたとなれば流石に捨て置けないという事ね。
負の感情が渦巻く戦場では、呼び声が狂気と反転を次々と起こし得る。
そもそも戦乱自体が、魔種の発生の呼び水となりかねない……」
「また道源みたいな魔種が生まれたら仕事が増えるし、俺としてはさっさと終わって平和になって欲しいんだが……」
水都軍が勝ち鬨を上げる中で、舞花は喜んではいられないと言った表情で呟き、アルヴァがぼやくように応じた。
だが、この戦乱はまだまだ続くだろうとは、鹿ノ子も小夜も、錬、獅門、イナリも、感じていた。もっとも、戦乱の中で魔種が現れるなら現れるで、イレギュラーズとして討つまでではあるのだが。
繁茂は、捕虜となった沙武の兵を尋問し、沙武についての情報を集めた。結果、領主が魔種かは不明だが、道源と同格の『四天王』と呼ばれる将がいることを知る。
道源と同格と言うからには、おそらく『四天王』も魔種なのだろう。確証はないが、繁茂はそう断じざるを得なかった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
シナリオへのご参加、ありがとうございました。皆さんの活躍によって道源は討たれ、水都軍は再度の防衛戦に勝利しました。
MVPは、槍衾の幻で1ターン目の道源達の騎馬突撃を阻止したイナリさんにお送りします。
それでは、お疲れ様でした!
GMコメント
こんにちは、緑城雄山です。今回は豊穣の戦場で、魔種の敵将を討って下さいますようお願い致します。
●成功条件
坂下 道源の死亡
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●ロケーション
広い平原です。時間は昼間、天候は晴れ。
環境による戦闘へのペナルティーはありません。
戦闘開始時の彼我の距離は100メートルですが、道源と部下の乗っている馬はその距離を1ターンで詰めてきます。
●坂下 道源
今回の討伐対象です。沙武の領主に仕える武将であり、魔種です。
特に攻撃力と生命力が高く、その他の能力も全体的に高水準となっています。弱点としては、やや回避が低めな程度です。
武勇を頼みに水都軍に突入しようとしますので、それを迎え撃って下さい。
騎馬に乗っていますが、騎馬から落としても基本的な戦闘能力は落ちません。
・攻撃手段など
大身槍 物至単 【弱点】【災厄】【出血】【流血】
薙ぎ払い 物至列 【流血】
衝撃波 神超単 【災厄】【痺れ】【崩れ】【体勢不利】
無明疾風突き 物至単 【必中】【防無】【出血】【流血】【体勢不利】
騎馬突撃(※騎乗時のみ) 物超貫 【移】【弱点】【出血】【流血】
相互行動:配下の兵士
●道源の兵 ✕20(初期)
道源の供回りの兵士です。一国の騎士程度の実力はあります。能力傾向はバランス型で、回避がやや低めです。
道源同様騎馬に乗っていますが、騎馬から落としても基本的な戦闘能力は落ちません。
また、道源の指揮下にあるため、【怒り】は効きにくくなっています。
・攻撃手段など
大身槍 物至単 【弱点】【災厄】【出血】
薙ぎ払い 物至列 【流血】
騎馬突撃(※騎乗時のみ) 物超貫 【移】【弱点】【出血】
相互行動:坂下 道源
【怒り】耐性
※特殊ルール
戦闘開始から6ターン経過するごとに、1D6体の兵士が道源を護るため参戦してきます。
●<水都風雲録>とは
OPに記したとおり、豊穣の地方では各地の大名や豪族による覇権を巡っての争いが始まりました。
水都領を巡るそうした戦乱をテーマにした単発シナリオを、<水都風雲録>として、不定期かつ継続的に運営していく予定です。
それでは、皆様のご参加をお待ちしております。
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