PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<リーグルの唄>零れ落ちた明かりが照らすは暗雲の影

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「お越しいただきありがとうございます、皆様」
 そう言うテレーゼ・フォン・ブラウベルク(p3n000028)の表情は、珍しくも明確に『不快』を滲ませていた。
 ギフトもあって彼女はイレギュラーズに『貴族的な表情』を見せることも多く、その際は基本的に己を殺すような凛とした貌をみせる。
 そんな彼女が、明確なまでの不快感をイレギュラーズに見せている理由――それはここ数日における『裏市場』についてだった。
 『幻想』ことレガドイルシオン王国は封建的な王侯貴族による統治が為されてきた。
 あまりに長い国の歴史は建国王の理念を澱ませ、伝統と誇りさえも既に驕りに満ちている。
「皆様はファルベライズなる遺跡群で盗賊団との戦いに従事されてきたと思います」
 執務机の向こう側、椅子に腰を掛けて厳しい顔を向けるテレーゼは、文書を取り出すと君達の方へ差し出してくる。
「結果として、皆様は『ラサにおけるある裏稼業の一つ』に少なからず影響をもたらしました。
 分かりやすく申しますと、奴隷市場というやつですね。
 動乱の只中にあるラサ――そのブラックマーケットを活動の中心とすることは困難である。そう考えた者達もいたわけです」
 資料に向けて、ゾッとするほどの冷たい視線を向けたテレーゼは、その視線を君達に向けた。
「彼らは商品――すなわち奴隷を売りさばく場所として、ラサから見れば隣国でもあるここ、幻想を選んだらしいです」
 そもそも、幻想はそう言った『奴隷市場』なんぞ見たところで過半数は咎めることもありはしない。
 数年前、サーカス事件の一件とそれに続く新生砂蠍による攻撃もあって、筆頭たる三大貴族の当主達、国内の主要尾勢力とローレットの距離が縮まり、国難といえるほどの腐敗は止まっている。
 だが、元来的に見ればこの国の貴族たちは民政の「み」の字だって興味が無い。
 一部を除けば、彼らは所詮、『己の願望をかなえるため』にのみ力を使う生き物だ。
「さて――本題にいきましょうか。
 ……今回の奴隷市に、私の領民(かぞく)が出ることが分かりました。
 正確に言うなら、本来は私の領民……というべきですが」
 幻想南部ブラウベルク――そしてその隣であり、イレギュラーズの領地として一部が開放されたオランジュベネは、砂蠍事変においては北上する主力の途上にあり。
 後にはイオニアス・フォン・オランジュベネという貴族の北伐も勃発した。
 ごく短期間、二度にも渡る戦乱の傷跡はそう容易く癒えるものではない。
 特に、戦乱を逃れる為に逃散し、或いは故地を失い、家族を失った者というのは出てくるもので。
「奴隷として展示される者達の中に私の領地で農民をしていたあるご一家がいるようです。
 どうやら、夫を失い、母娘共に奴隷商人に捕まってしまったようで……それを隣家だった別の領民から教えていただきました。
 ――となれば、彼女たち以外にも、私の領地で密かに攫った者を奴隷にしている可能性はあります。
 私としても、領民はできる限り保護して元の生活に戻れるようにしていますが、見つかっていない領民もいます。
 この人たちもその一部です」
 そこまで言うと、恐ろしいほどの無表情で淡々と君達を見据え。
「――領民を傷つける者だけは、取り除かなくてはなりません」
 底冷えするほど冷徹な声色でそう告げた青色の乙女の視線は、君達の手元の資料を射抜くように。
「解放後につきましては皆さんにお任せしましょう。
 少なくとも奴隷商や買い付けに来た輩に貰われるよりは皆さんの方が彼らのためになるでしょうから。
 難しければ私が責任もって面倒をみさせては頂きます。
 どうか、よろしくお願いしますね」
 そう言ってテレーゼはぎこちなく笑っていた。


「く、ふ、ふ……やはり、痩せこけてはいますが、食事を与えれば光りそうではありますね」
 線の細い男は、女性の前に屈みこみ、女性の伸び放題な長髪を掬って払う。
 仄暗い茶色の髪の向こうで、琥珀色の瞳が覗く。
 死んでいるように霞んだ瞳で男を見る女性は、諦めているのか、薬でも使われているのか――或いはその両方か。
「中古品なのは商品としては欠点ですが、母娘共にとなれば中々どうして、利点にもなろうというもの」
 霞んだ瞳の女が、びくついたように瞳を揺らす。
 動揺したのは、娘に言及されたからだろう。
「ほら、食べなさい。貴方の美貌は霞んでいてもらっては商品にならないのですよ」
 そう言って女の口をこじ開け、そこに離乳食のようになった食事を流し込む。
 それが終わった後、静かに男はその場を後にして、彼女の娘がいる隣の小部屋に足を向けた。
「おい、一旦、ここ出た方がいいんじゃねえか?」
「はい? 何を言っているのです?」
 言ってきたのは、眼帯をして、ライフルを持つ男。
「なんかよ、嫌な予感がするぜ? 俺たちゃこれでも傭兵だ。
 こういう嫌な予感は当たんだよ」
「その嫌な予感に対処するために貴方達のような無頼者を雇っているのでしょう、馬鹿ですか?」
「……そうかよ」
 舌打ちして、男が踵を返す。彼の背中を見送りながらも、くるりと背中を向ける。
(とはいえ、ここで何らかの力に邪魔をされても困るのは事実。
 貴族の殆どは奴隷市を規制する気はないでしょうけど……逃走の準備も進めるべきでしょうか)
 おくびにも出さず、男はその場を後にする。

GMコメント

さて、そんなわけでこんばんは、春野紅葉です。
げきおこのようです。
それでは、さっそく詳細をば。

●オーダー
【1】奴隷商人の捕縛
【2】母娘を含む奴隷たちの解放

●フィールド
 奴隷商がラサから移してきた拠点、そこそこの大きさをした三階建ての邸宅です。
 女性奴隷は身体こそ拘束されていますが一室を与えられ、食事などもしっかり取らされています。
 一方で男性奴隷は地下牢に適当にぶち込まれている模様。
 理由はまぁ……その、ね? 言葉を濁して察していただきたい奴です。

●エネミーデータ
・『奴隷商人』アルトリート
 邸宅の主、奴隷商人です。基本的に銃を駆使する中遠距離神攻型ですが、単純戦闘能力はさほどです。
 ただし、脅威といえる部分は外にあると思われます。非戦が重要になるかもしれません。

・『隻重瞳』ゼルギウス
 隻眼に短髪をしたライフル銃を持つ傭兵です。
 とある傭兵団にて部隊長を務める人物で上が受けた依頼の実行部隊を務めてみれば、奴隷商護衛でした。
 本人的には気が乗らない任務ですが、上の命令もあるので一応従っています。
 物理型中~遠距離バランス型。そこそこ優秀です。

<スキル>
C・シュート(A):優れた洞察力より放たれる狙撃は未来視のよう
物遠単 威力中 【必中】【停滞】

B・ショット(A):その銃弾は鮮血を纏い戦場を奔るのです。
物遠貫 威力中 【万能】【追撃】【麻痺】【致命】

G・ハウンド(A):猟犬の如く爆ぜる扇状爆撃です。
物中扇 威力大 【必中】【麻痺】【恍惚】【泥沼】

迎撃砲撃(P):その引き金は貴方を狙っているのです。
【反】


・狙撃傭兵×2
 ゼルギウス配下の傭兵。邸宅の屋根の上で周囲を警戒しています。
 全員がライフル銃による超遠距離狙撃を主体とし、屋根の上からの狙撃の他、情報を邸宅の中に送るでしょう。
 彼らがいると奇襲できません。

・巡回傭兵×18
 2人一組で邸宅内部を巡回する傭兵達です。
 前衛の剣士型が1人、後衛の銃士型が1人のペアです。

<剣士スキル>
剣閃氷蛇:その剣の閃きは蛇のようです。
物至単 威力中 【連】【弱点】【崩れ】【氷結】

<銃士スキル>
疾風迅葬:狙い澄まされた銃弾は敵を括り付けて討ち取ります。
神遠単 威力中 【万能】【必殺】【ブレイク】【ショック】

●NPCデータ
・奴隷共通
 戦後は皆さんの手にあずかっていただくもよし、テレーゼの下へ預けていただいても構いません。

・女性奴隷×6
 邸宅の2階に用意されている10の個室のうち、6つに1人ずついます。
 薬でも盛られているのか、ぼんやりしてこそいますが、それを除けば健康です。
 それ以外の4つの部屋のうち、1つは奴隷商人の部屋、2つは傭兵団の待機部屋、1つは余ってます。

・男性奴隷×10
 邸宅の地下室に存在する座敷牢に適当に詰め込まれている男性の奴隷たちです。
 薬を盛られて大人しくさせられているのに加え、食事も適当なのか、健康状態はよろしくないです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <リーグルの唄>零れ落ちた明かりが照らすは暗雲の影完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年03月11日 22時20分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
傲慢なる黒
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
サイズ(p3p000319)
妖精■■として
セリカ=O=ブランフォール(p3p001548)
一番の宝物は「日常」
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣
マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)
想光を紡ぐ

リプレイ


 イレギュラーズは物々しい様子を見せる邸宅が見える場所までたどり着いていた。
「……お早く、皆様方。一刻も早く、彼らに安寧を」
 少し急くような様子を見せるのは『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)だ。
 弱き者へ傅き、救いたい者の騎士たらんとするエッダの根底にあるモノが気づけば先を急がせる。
「奴隷商人と呼ばれる人達は本当に人間を何だと思っているんだろうね。
 人は物じゃない、売り買いなんて以ての外だよ。早く捕まってる人たちを解放してあげないとね」
 そういう『全てを断つ剣』ヴェルグリーズ(p3p008566)は呆れたような様子を見せる。
 とはいえ、ヴェルグリーズ自身は突入段階での取れる行動はない。自分の役割は侵入後だ。
「ええ、奴隷は勿論ですが、母娘の情に付け込むのも中々の下衆。
 人の親として、いち女性として、許し難き所業ですね」
 目を閉ざしたまま、『永久の新婚されど母』マグタレーナ・マトカ・マハロヴァ(p3p009452)は粛々と告げる。
 かつての世界で、孤児院の下で多くの子供を育てた母は、母娘の情を利用したという商人に不快感を抱いていた。
(人の自由を無視して己の私欲と金に換える、か。
 ――ホントお貴族様だのクソみたいな商人って存在は気に入らない奴が多いもんだよ)
 『偽狼送り』クロバ・フユツキ(p3p000145)が屋上を見上げれば、2人の狙撃手が周囲に油断なく見渡している。
(そうだな、ラサで立ち行かねば幻想へ流れるだろう)
 愛銃を構える『剣砕きの』ラダ・ジグリ(p3p000271)は事情を聴いて頷いていた。
 ラサで起きた大鴉盗賊団がある種の要因の一つとなっているこの奴隷売買事件。
 ラサを活動拠点の大本としているラダは少しばかりの思うところが無いとは言わない――むしろ。
「だが南部は砂蠍に続いて二度目だ。
 始末の手伝い程度せねば申し訳も立つまい」
 気配を遮断し、敵の視線が逃れる一瞬に徐々に前に進む。
(元から敵対する気はないが……テレーゼさんとは敵対したくないな。
 あんな冷たい声初めて聴いた)
 『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は依頼人の事を思い起こす。
 そのまま、今回、テレーゼが言っていたことを思い出した。
 資金力だけで言えば3人程度であれば面倒をみれるだけの余裕がサイズにはある。
(人間の面倒を見れるほど……俺は責任感は強くない……)
「素直に捕まってた人達はテレーゼさんに託そう」
 小さくうなずき、邸宅の方を見上げた。
「たくさんの人が奴隷に……! 助けてあげないと!」
 拳銃を握り締める『一番の宝物は「日常」』セリカ=O=ブランフォール(p3p001548)も邸宅を見上げた。
「ブラウベルクとオランジュベネはまだ安定してない復興途上、それだけ隙も多いという事でしょうが……
 堂々と拠点を設けよう等と、好き放題な振る舞いですね」
 『春告げの』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は魔晶剣へ静かに魔力を収束させていく。
「今の内に芽を叩き潰さなければならないでしょう」
 鮮やかな緋色の輝きが、剣先を形作る。
「ファーレル、渡しておく」
 ファミリアーの鳥を腕に乗せる『曇銀月を継ぐ者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は、その鳥をリースリットに渡す。
 邸宅への潜入後、イレギュラーズは5人ずつの班に分かれて行動する。
 その連絡をファミリアーで取る予定だった。
「ええ、お預かりします」
 それに頷いたリースリットが鳥を肩に乗せる。
「さて、行こうか」
 槍を構え、少しばかり身を屈めて疾走する準備をする。
(この状況で奴隷の解放と奴隷商人の確保とは中々面倒な事を言ってくれる。
 受けた以上ベストは尽くすがあまり期待しないでおいて欲しいものだ)
 やれやれといった雰囲気を見せる『貧乏籤』回言 世界(p3p007315)も邸宅に視線を巡らせる。
 そろそろ行こうかと、誰からともなく言葉を告げて走り出す。

 射角を整えたラダは、引き金に手を置いた。
 動きを止めたラダの気配が薄れ、景色と一体化し始めた頃――静かに弾いた。
 グルグルと回転しながら放たれた銃弾は、静かに真っすぐに屋上に立つ1人へと炸裂する。
 ほぼ同時、エッダは動いた。静かに呼吸を整え、拳を構える。
 穏やかな軌跡を足掻く拳は空気を撃ち抜き、狙撃を受けていないもう一方を撃ち抜いた。
 鮮烈に撃ち抜かれた2人の傭兵達が、何かを誰かに告げたような仕草を見せ、そのままこちらに向かって移動し始める。
 クロバは呼吸を整えながら、こちらに向かってくる2人に視線を合わせた。
 身を焦がす憎しみが焼き付くように左目が熱を帯びる。
「落ちろ、猟兵」
 ガンブレードが帯電し、激しく地表を砕く。
 迸る稲妻を、真っすぐに振り抜いた。
 鬼気と共に放たれた雷撃が駆け抜け、片方に袈裟状の傷を刻む。
 リースリットは魔晶剣を振り抜いた。
 刺突の要領で撃ち抜いた魔力は、一条の緋炎と化して、走り抜ける。
 烈しき閃光は真っすぐに2人の傭兵を諸共に撃ち抜いた。
 マナガルムはグロリアスペインを構えなおして、投擲のように握りしめた。
 収束する黒狼のような魔力が、魔槍に纏わりつく。
 膂力に物を言わせた投擲が真っすぐに走り抜け、2人の傭兵を貫いた
 狼の遠吠えのように空気を劈く音を掻き立てた一撃に片方が倒れ、屋根から転げ落ちる。
 セリカが拳銃を構えると直ぐに複数の魔方陣が浮かび上がり、銃口に浮かんだ陣がぐるぐると回転を始める。
 魔力が複数の魔方陣に反射しながら銃口のソレへ収束し、やがて形を成していく。
 顕現するそれは、一本の剣。模造品に過ぎぬ――望んだものとは異なれども、確かな力を秘めた魔剣。
 引き金を弾いた刹那、射出された魔剣は風を切り、健在の傭兵を貫いた。
 マグタレーナは白鉄の杖を弓に添えた。
 杖より生じた白い輝きが、まるで矢のように形成されていく。
 弦を弾くような動作と共に放たれた一条の白き輝きは魔力の矢となり、大きく傾いた傭兵を貫いた。
 仰向けに倒れていった傭兵は、そのまま立ち上がることなく、屋根を滑って落ちていく。

 2人を片付けたイレギュラーズは、そのまま走り抜け、屋敷の扉を粉砕して中へと入っていく。
 屋敷へ突入してすぐ、エントランスのような場所には6人の傭兵がいた。
 屋根の上の傭兵が敵襲の情報あたりをほうこくしたのだろうか。
「侵入者を発見! 交戦する!」
 叫ぶように言う傭兵に意識を向けながらも視線を巡らせ、イレギュラーズは5人に分かれるながら階段を見て、頷きあう。
 1人の傭兵がイレギュラーズへ銃弾を撃ち込み、戦端が開かれた。
 サイズは傭兵の銃弾の殆どを氷のバリアで防ぎながら、立ちふさがる傭兵の一人へ、一閃。
 血色の鎌の斬撃を受けた傭兵が、防いだはずの刃が到達したことに目を見開いた。
(色々と探索した方がいいだろうけど……まずはこいつを倒すことだな)
 剣を握り、構えなおした傭兵を見据えながら、サイズも大鎌を構えなおす。
 世界は傭兵達を見ると、呪詛を励起させた。
 白衣の裏に描かれた呪詛は静かに魔力を励起させていく。
 陣形を整えたままの傭兵の頭上、虚空描き出すは白蛇の陣。
 陣より生み出された白蛇は、眼下の8人めがけてその牙で食らいつく。
 実体のある痛みこそないものの、その牙に描かれた複数の式が傭兵達に強烈な毒を齎した。
 踏み込みと同時、ヴェルグリーズは先頭にいる傭兵へと至近する。
 その目に傭兵を取り巻く縁が見える。
 至近の勢いをそのままに、ヴェルグリーズは剣を振るう。
 幾重にも結ばれた縁を両断し、別れを告げる剣閃は、傭兵の身体に大きな傷を描く。
 実体を切らぬが故の防御不可能の斬撃は、剣を握る傭兵に確かに刻まれた。
 交戦が始まろうというのに、1階にいるであろう他の傭兵が追加で現れる様子はない。
 あくまで、たった今5人になった6人の傭兵だけが迎撃してきた。
(敵の増援は来なさそうだね……さて、これはどう見るべきか)
 剣を構え、ヴェルグリーズは静かに思考する。


 ――イレギュラーズが突入を開始する直前のこと。
 隻眼の男は眼を細めた。
「金食い虫め、なにかあったのですか?」
「嫌な予感が的中したぞ。ここにいろよ、アンタにどっかいかれると俺達が困る」
 言い捨てて、隻眼の男――ゼルギウスは奴隷商、アルトリートの下を後にして、すぐ隣の部屋の扉を荒々しく開け放つ。
 その部屋の中には、複数の小動物と、6人の傭兵がいた。数にして9――それが、一斉にゼルギウスを見る。
「1階を巡回中の奴はエントラスに集結しろ! 敵襲だ。2階の連中が集結、隊列を整えるだけの時間を作れ。
 2階連中は今すぐに近くの奴と合わせて下階への援護に行け。
 それから――そこの6人、俺と共にあいつを護衛するぞ。準備しろ」
 9匹のうち、6匹が鳴き声を上げる。
「団長、奴隷はどうするんです?」
「――捨ておけ。俺達の任務は『あの奴隷商の護衛』だ。
 商人の保証まで契約してねえだろ」
 手を上げて問うた一人の傭兵に答え、ゼルギウスが踵を返す。
 その耳が、扉を破砕する音を捉えた。
 務めて冷静に、ゼルギウスが商人がいる部屋の戸を開き――
「――おいおい、やってくれな、あの糞野郎」
 ――もぬけの殻のそこを見て、舌打ちした。


 クロバたち5人は2階へと通じる階段を走り抜けていた。
 結局、1階では6人以外の遭遇はなかった。
 敵の動きが見えない。敵があくまでも冷静に要所を抑えているのか、或いは逆に間抜けなのか。
 階段を駆け抜けるその視線の先で、確かに銃口が3つ見えた。
「――来るぞ!」
 それを見据えたラダが告げるのとほぼ同時、銃声が3つ轟いた。
 躱す場所はほとんどない。豪奢な邸宅であるとはいえ、そもそも階段に自由に動ける場所はそれほど多くない。
 ぶちまけられた複数の銃弾を、イレギュラーズは最低限の動きで躱し、或いは受けながら前を向いた。
「……6人か」
 前列に並ぶ3つの銃口を向ける銃兵の後ろから、剣士が走り抜けてくる。
 ラダは射角を調整し、引き金を弾いた。
 天井目掛けて放たれた銃弾は天井で跳ね、3人の銃を握る傭兵を諸共にその驟雨の只中に引きずり込んだ。
 クロバは静かに剣を構えた。
 最前衛、先頭の剣士へと合わせるように走り抜け、紅黒の太刀を振るい抜く。
 合わせるように構えられた剣を、鬼哭・紅葉で抑え込み、本命のもう一本を剣士の首目掛けて走らせる。
 無理な動きで躱そうとした剣士が、傷を負うと同時に、大きな隙を作る。
「なるほど、階段で迎撃すれば躱しにくいのは道理。
 ですが、それはそちらも同じですよ」
 リースリットは静かに緋晶を煌かせる。スパークを引き起こす赤い炎がやがて風に感応して変質していく。
「荒れ狂う連環の雷、其は紫電の牙持つ光鎖の蒼蛇」
 静かな詠唱を伴い振るう緋晶の剣が、まさしく蒼き蛇の如く伸びて駆け抜けた。
 後ろで並んでいた銃を握る傭兵3人を纏めて撃ち抜いた。
(回復は任せて!)
 セリカはハイテレパスで階段にいる仲間達に声をかけると、魔術を行使した。
 自身を中心に展開した魔法陣が鮮やかな色を描き出す。
 美しき術式により放たれた魔力は仲間の傷を温かく癒していく。
「邪魔でありますよ」
 エッダは一気に走りぬけて銃兵の方向へ到達すると、真っすぐに己の拳をそいつに叩きつけた。
 それは脈々と受け継がれし彼の青薔薇への模倣。
 己が錬鉄の拳を槌に見立てた打撃が敵の身体を縛り上げ、動きを封じ込めると同時、注意を引きつける。
 跳躍と同時に元の場所へ帰還しながら、エッダは静かに敵を見る。


 階段の方から銃声が聞こえる。
 1階にいるイレギュラーズ達は6人の敵を打ち倒して縛り上げた後、邸宅の内部の探索を進めていた。
「敵の迎撃に遭ったが問題ない。進もう」
 マナガルムはリースリットに預けたファミリアーからの視覚情報を下にそう告げる。
 廊下にある幾つかの扉を開いて、キッチンやらなにやら、会っておかしくない部屋の数々を探りながら、遂に最後の一つの前で立ち止まる。
 世界が扉に仕掛けられていた罠を対処して、扉を開けると、そこには階段が存在していた。
 灯りの類は見られず、真っ暗な空間が開いている。
「奥から声が聞こえます。これは……うめき声ですわね」
 マグタレーナの言葉に互いを見合わせて、イレギュラーズは階段を下っていく。
 降り続けるイレギュラーズ達は、やがてそこへ足を踏み込んだ。
 ぼんやりと、蝋燭の火があるばかりの暗い空間の奥には、鉄格子が2つ。
 苦悶とも何とも言えぬ声が反響している。
「こいつらだな」
 サイズは静かに声を上げると、机にあった鍵を拾い上げ、格子に付けられた鍵を開けていく。
「ひとまず俺に任せてくれ」
 世界は他の面々に声をかけ、牢屋の奥へ入ると、奴隷たちの様子を確かめ、薬抜きを開始する。
 丸薬を投与して、ついでに懐から取り出した小さな1粒のお菓子を奴隷の口の中へ放り込む。
 その瞬間、じわりと溶けだしたお菓子に、奴隷たちの眼が見開かれた。
「ぁ――ぁぁ――だれ……」
 10代だろう少年が声を上げる。
 長らく出してないのか、酷くかすれた声だった。
「ローレットだよ。助けに来た。もう少しだけ待っていてくれるかな?」
 ヴェルグリーズの言葉に、ひとりが殆ど落ちるようにこくんと頷いた。
(しかし、ここの守りがいなかったのはなぜだ?)
 マナガルムは黙考する。もう一つの視野で、仲間達が交戦を続けていた。
「急ごう。ここに敵がいなかったということは、彼らはきっと、上階にいる」
 マナガルムは声をかける。


 クロバたちのA班は緒戦の傷を残しつつも、傭兵達を退けつつあった。
 あと剣士が3人。これを倒せばそれで済む。
 互いがタイミングを整えるその最中――風を切って仲間たちの後ろを走り抜けたのはサイズだった。
 くるりと身を翻して、目の前に立つ剣士へ赤き鎌を振り抜いて、そのままの勢いでくるりと敵の背中に至近距離で立ち止まる。
 ほぼ同時に、クロバはその傭兵へ至近する。
 合わせるように剣を振るった傭兵へ、再び振り抜いた二本の愛刀が変幻に閃く。
 鬼気より放たれる焔が爆ぜ、鬼哭・紅葉の紅黒の刃が剣を弾いて、肺あたりへと撃ち抜かれる。
 大きく開いた隙を狙い澄ましたように放たれたのは一条の稲妻。
 リースリットが放った一条の雷霆は真っすぐにその傭兵を焼き切って見せた。
「立ち塞がるというのなら、容赦はせん──が、退くのであれば追わんぞ、傭兵」
 マナガルムは、2人となった傭兵に静かに告げる。
 しかし、帰ってきたのは斬撃だった。
 何ともなしにそれを槍で受け流しながら、もう1人と一直線になるように整え――槍を振り抜いた。
 峻烈たる黒狼の咆哮が階段を劈いて響き渡り、傭兵2人を諸共に貫く。
 セリカは下の階を担当していたはずの2人の登場に少しほっとした息を漏らす。
 ここに彼らがきたという事は、下の階にいた奴隷たちは無事なのだろう。
 ハイテレパスで問いかければ、小さくうなずいて答えられた。
「それじゃあ、後は上にいる人たちだけだね!」
 傷の深い前衛へ向け銃口を構え、引き金を弾いた。
 放たれたのは、自らの調和のより作り上げた賦活の力。
 美しき輝きを放ちながら齎された光に、それに触れた仲間の傷が急速に癒えていく。
 ラダは今にも倒れそうな奥にいる剣士を狙いながら、射角を調整して、静かに引き金を弾いた。
 完璧なまでに計算された致死の弾丸は、傷を受ける剣士を巻き込み、後ろのそいつの脳天を撃ち抜いた。
 最後の一人となったそいつ目掛け、エッダは走る。
 推進力をそのままに、強かにそいつへ掌底を叩き込み、揺れた剣士の襟元を握り締め、そのまま投げ叩きつける。
 階段へと強かに打ち据えられた兵士が呻くそのままに、極め落とす。
 宛ら榴弾の如き爆発力の一撃に、そいつもそこまでだった。

 階段での迎撃戦を終わらせた10人は、ようやく2階へと踏み込んだ。
 すぐ手前にあった扉を開いてみれば、褐色肌の女性がぼんやりと虚空を見つめていた。
 世界はそれを見るや彼女の方へと近づき、様子を確かめる。
 男性の奴隷に使われた薬と同様と察しを付けると、直ぐに毒抜きを開始する。
「……よし、大丈夫そうだ」
 世界は頷いて視線を仲間達に向ける。
「依頼を受け助けに来た。あと少し辛抱してくれ」
 ラダが声を掛ければ、女性はまだわずかに焦点の合わない目でラダを見て、こくりと頷いた。
「……あの、お気を付けください」
「うん、わかってる! 任せて!」
 セリカの答えに、女性がふるふると首を振る。
「あいつは、あの本棚を通じて、部屋を行き来します」
 そう言って指し示されたのは、部屋の壁面――扉から見れば奥側にある本棚だった。
「まさか……」
 ヴェルグリーズは物質透過を試みた。
 確かに、本棚の向こうには何かの空間がある。
「何かあるね。本棚をどかそう」
 引き抜いて、本棚に触れた――その時だった。
「待ってください。何かが――」
 マグタレーナがその微かな音に気付いた直後――本棚の方から、横にスライドする。
 その奥、ぽっかりと開いた通路らしきものと、商人風の男が姿があった。
「なっ!?」
 驚愕を見せた男――アルトリートがくるりと踵を返してが走り出す。
「逃がすものかよ――!」
 クロバが爆ぜるように追いかける。
 それに続くように、イレギュラーズは走り出した。


 アルトリートはイレギュラーズから逃れると、通路の向こう側にあった部屋で立っていた。
「おっと、お待ちくださいな、貴方達。
 それ以上こちらに近づけばこの女を殺しますよ!?」
 手に握る拳銃を、抱き寄せた女性の額に押し付け、ひきつった笑みを浮かべる。
「クソ野郎……!」
 油断なく剣を構えるクロバが舌打ちする。
「はは、そうですよねぇ! 大方、こいつらを救いに来たのでしょう? まさか殺すわけにもいきませんよね!
 くふ、中古でも盾ぐらいになる。捕まえておいてよかった」
 アルトリートが口走る。
「中古? 中古品と言ったか?」
 その言葉は、エッダの逆鱗に触れた。
 一足飛びにその身をアルトリート目掛けて走らせる。
 口をあんぐりと開けたアルトリートが引き金を弾くよりも前、エッダの身体はその眼前にたどり着いていた。
 放たれた雷神の槌が如き掌底が懐をねじ伏せる。
「――大丈夫だ。どっちにしろ死にはしない」
 続けて、ラダは静かに引き金を弾いた。
 高速で放たれた弾丸は、寸分の狂いもなく、アルトリートを撃ち抜いた。
 衝撃にアルトリートが女性を手放す。
「なっ――くっ――」
「だが、死ぬほど痛いから覚悟はしろよ」
 ころころと落ちたゴム弾を敵が視認するのを見止めながら、ラダは淡々と告げた。
 倒れそうになった女性をサイズが受け止めて横たえる。
「それじゃあ、眠ってもらおうか」
 サイズは疾走する。ゴム弾による衝撃を除き、殆ど無傷なアルトリートへ自身を鎌の一部とでもするように疾走。
 大振りな振り抜きを描きながらアルトリートへ突撃すると同時、大きく斬撃を振り抜いた。
 血色の鎌を、アルトリートのどす黒い血が濡らす。
「火事場泥棒とはいい趣味してるじゃないか。
 俺達もその趣味に乗っからせてくれよ」
 至近したクロバの瞳が鬼気を宿して胡乱に揺らめいていた。
 アルトリートが行動を起こすよりも先に振り抜かれた変幻なる刃は、真っすぐにその身を切り裂いて大きくのけ反らせた。
 動作の終わり――その一歩を、クロバは大きく踏み込んだ。
 無理矢理に身体を起こして、両手に握る両刃を重ね、煉獄の焔諸共に斬り下ろす。
 凄絶なる一閃に、アルトリートがその口から血を吹きだした。
 身体を抑え、イレギュラーズを見据えるアルトリート目掛け、リースリットは静かに剣へ魔力を籠める。
「貴方の捕縛も私達が受けた依頼の一つです。逃がすわけにはいきません」
 収束する静かな雷撃が、一閃と共に駆け抜け、アルトリートの身体を強かに焼き付け、浸透する。
 雷撃は内側からアルトリートの身体を焼き付け、ひきつらせる。
「ちぃ――」
 舌打ちしたアルトリートは、懐から取り出した何かを地面へ叩きつけた。
 試験管らしきそれは床にたたきつけられた瞬間に気化して一帯へ立ち込めていく。
 中心地にいたエッダは強靭な意思をもってそれを耐え抜き、サイズとクロバは一瞬、意識を持っていかれた。
 世界はそれを見るや前衛へ向けて自身の調和を変換させた術式を発動させる。
 鮮やかな光が輝き、深い傷跡を瞬く間に癒していく。
 セリカもほとんど同時に術式を展開すると、エッダの下へ駆けつけ、引き金を弾いた。
 パン、という乾いた音と共に炸裂した弾丸は、強烈な光を瞬き、3人に齎された毒物を浄化する。
「やっぱり、使ってくると思ったよ!」
 敵を見据えれば、アルトリートの眼が忌々しそうにこちらを見ていた。
 マナガルムはその視線を断ち切るように、アルトリート目掛けて槍を投げた。
 真っすぐに駆け抜ける弾丸と化した一条の黒狼が隙だらけのアルトリートの腹部を貫いた。
 ずるりと、敵の身体が落ちかける。
 マグタレーナは杖に魔力を籠めると、やがて術式がアルトリートの足元に浮かび上がる。
 目を閉ざしていようと、疲弊に喘ぐ男の声は容易に聞き取れる。
 術式から浮かび上がった触手状の魔力糸が、アルトリートの足元から絡みついてその全身を包み込む。
 糸がアルトリートの生命力を奪い取っていく。
 ヴェルグリーズは既に虫の息に近いアルトリートが持つ縁を見据え、ただの一刀でその全てを斬り伏せた。
 その瞬間、目を見開いたアルトリートがその場で糸が切れたように倒れていく。


 アルトリートを縛り上げたイレギュラーズは部屋に本来ある扉を開いて外に出ると、廊下の奥に構える傭兵達と視線を交えた。
「――はは、参ったな……」
 銃を構えて、ゼルギウスが笑う。その声は驚きが半分、諦観が半分といったふうに思える。
 それもそうだろう。護衛対象である人間が、縛り上げられて出てくれば誰だって驚く。
「もはや仕事を続ける意味は薄い。手を引け」
 引き金に手を置きながら、ラダは静かに告げる。
「そうだ、君達はこの後の商売もあるだろう? 影響は最小限にとどめたくないかな?」
 ヴェルグリーズが続け。
「勝敗は決しました。――これ以上の戦闘は無意味です」
 リースリットが締めくくれば、ゼルギウスが肩を竦めるようにして首を振った。
「よく言うこった。殺気を隠す気もないくせによ。端から殺す気だろ、とくにそっちの嬢ちゃん」
 その視線はエッダに向いていた。
「あぁ、全て殺す。必ず殺す。――弱い者を餌と思わない奴等は死ねば良い」
 私怨だと分かっていても、エッダの言葉には揺るぎがない。
 弱きものが生きられぬ国――そこで生まれたからこそ、その言葉はあまりにも重い。
「まぁ実際、最初は知らなくとも、知ってなお雇われてたのは俺達だ。
 憎まれても文句はない。仕事だしな」
 今にも飛び出しそうなエッダを他の面々がほんのりと制止する中、ゼルギウスは静かに溜息を吐いた。
「だからまぁ、『護衛までは』仕事をするが……勝手に逃げて挙句の果てに勝手に捕まってるアホの面倒は見れないわな」
 すぅ、とゼルギウスの隻眼が細くなる。
「立ち塞がるというのなら、容赦はせん──が、退くのであれば追わんぞ、傭兵」
 容易に分かる敵対の意思表示に、マナガルムは槍を構えたまま、反撃の準備を整える。
「とはいえ、だ。殺されるってわかってんのに降伏も馬鹿馬鹿しい。
 くそ下らねえ戦いではあるが――戦争と行こうか、砲撃用意」
 そういうや、ゼルギウスが部下の傭兵達に構えるよう指示を与え――合図と同時に3つの銃口が火を噴いた。
 開かれた戦端、最速で動いたのはやはりクロバだった。
 疾走し、敵の最前衛を飛び越え、最後衛、ゼルギウスの懐へ。
 星の深蒼をいただく刀身が鬼気を纏い揺らめき、紅黒の刀身が熱く燃え上がる。
「――お前らの命、いただこうか」
「そりゃいい! ぜひ頼むぜ」
 言葉少なに、苛烈極まる双刀の斬撃をみわせれば、敵の身体が微かに引きつるのとほぼ同時、ゼルギウスが撃ち込んだ弾丸がクロバの身体に傷を刻む。
 煉獄の焔を双刀に生みながら、クロバは深呼吸した。
 力を入れ、斬撃と同時に紡ぐ爆炎が、ゼルギウスの身体に連続して傷を刻み付け、反撃の銃弾がクロバの身体に傷を付ける。
 続くように走るサイズは、最前衛にいる剣士へと突撃していく。
 自身の持つ燃費の良さに加えて仲間の支援でまだ魔力は十二分に存在しているとはいえ、連続する戦いに損耗してないといえばうそになる。
 深く刃を降ろすようにして引きながら、至近すると同時、跳ねるように体をねじる。
 瞬間、血色の鎌は鮮やかな軌跡を描きながら、下から上へ。
 剣を構える敵が軌跡の読めぬ攻撃に目を見開いたと同時、スパン、とその片腕が飛んだ。
 リースリットはその様子を見据えながら、少しばかり前へ進み出た。
 射程の調節とほぼ同時、剣身へ魔力を収束させていく。
 鮮やかに描かれた緋色の魔力が、風を纏いながら、渦を巻いていく。
 やがて、荒れ狂う雷へと性質を変じる刃を振り抜いた。
 降り注ぐは敵陣の後衛、ゼルギウスのやや手前。
 そこにいる銃士を中心に、紫電の雷霆が爆ぜた。
 銃士の身体に纏わりついた雷霆が、合図と同時に形を放ち、その蒼蛇の本質を露わにまばゆく輝いた。
 世界はサイズの攻撃で傷を負った傭兵に視線を合わせた。
 術式がその足元に浮かび上がれば、陣の中心から漆黒の線が伸びて、立方体を描き――ブン、と漆黒のキューブを形作った。
 吸い込まれていった傭兵がうめき声をあげ、ぱたりと地面に落ちてくる。
 複数の呪いを受けた傭兵は明らかな疲弊を見せる。
 マナガルムは爆ぜるように銃士が並ぶ敵陣の奥へ走り抜けた。
 そのまま、敵陣を薙ぎ払うように、両手に握る双槍を振り抜いた。
 黒き魔力が迸り、鮮やかな槍さばきで打ち出される薙ぎ払いは銃士たちに深い傷を幾つも刻み付けていく。
「てめえら――一か所にまとまるな! 前に出ろ。
 陣形が少しぐらいズレても構うな! 一網打尽にされるよりはましだ!」
 ゼルギウスの指示が飛ぶ。
「そっちを向いてる余裕があるのか?」
 煉獄の焔を見せ、クロバは啖呵を切る。
 それに応じるように、ゼルギウスが笑っていた。
「まさか――そんなわけないだろ?」
 そう言って、ゼルギウスが引き金を弾いた。
 弾丸が撃ち込まれたのと合わせるように、クロバは煉獄の太刀をゼルギウスめがけて振り抜いた。
 傭兵達が狭い廊下なりに間合いを広げていく。
 そのうちの何人かが動き出すよりも前に、セリカは術式を展開していた。
 引き金を弾くと同時に放たれた魔術は、複数に分裂しながら迸り、僅かに近かった2人の銃士を巻き込んで炸裂する。
 鮮やかに放たれた魔術は峻烈なる閃光。
 破邪を為す信仰の輝きに、傭兵達が呻きながら身動きを乱す。
 ラダはほぼ瀕死の傭兵目掛けて引き金を弾いた。
 真っすぐに弾いた弾丸は、ただの弾丸。射程の調整が難しく、うまく望むようにはいかないゆえの弾丸。
 それでも、ラダが放つ正確無比なる弾丸は運命に導かれるように傭兵へと炸裂し、今にも倒れそうだったそいつを床に叩き落とした。
 ヴェルグリーズは疾走する。
 陣形を崩したことで容易に描き出された敵陣の最奥への道。
 到達した最奥で、剣に自身を反映させる。
「見るからに、君は射撃手のようだ。
 なら、この距離なら攻撃の種類は制限される」
 そのまま、全身を押し付けるように踏み込んで、流麗な軌跡を描きながら押し通す。
 完全な両断にこそ至らぬものの、ゼルギウスの身体に浅からぬ傷を刻み――反撃の銃弾が撃ち込まれた。
 エッダは銃士へと至近すると、傷だらけのそいつへ腕の捩じりを利用しながらの拳を叩き込む。
 強かな打撃は鮮やかなスパークを瞬かせ、エッダ自身の脆弱な身体に馴染むことは未だなく。
 貫き手より足払いへ以降した投げが身体を軋ませながらも銃士の気力を奪い、自身の気力を取り戻させた。
 マグタレーナは杖から生みだした魔力を矢へと変換し、弓へ番えた。
 静かに弾き絞り、集中する。聞こえてくる微かな敵の呼吸音に合わせるように、矢を放つ。
 魔力をもって駆け抜けた矢はやがて疑似生命体へと変質してさらに疾走、銃士に食らいついて混乱をもたらした。

 既に数的優位を確立した状態のイレギュラーズの猛攻に隙はほぼ存在しなかった。
 世界とセリカが支援に集中すれば、ゼルギウスと激闘を繰り広げていたクロバとヴェルグリーズを支えるに十分だった。
 狭い戦場故、射程は時によって調整しやすさががらりと変わっていたが、そもそも持久戦では圧倒的に部のあるイレギュラーズを前に、敵は削れていった。
「くそみてえな仕事をさせられたな……」
 舌打ちと同時、ゼルギウスが銃に弾丸を装填し、引き金を弾いた。
 撃ち抜かれた弾丸は無数。弾丸は戦場を扇状に覆いつくしてイレギュラーズに傷を与えた。
 しかし、その傷はセレカによって前衛が。世界によって中衛が癒されて、問題にもならない。
 お返しとばかりに撃ち込まれた連続攻撃は、たった一人で負うには重く――その身体が床へ倒れこむのも時間の問題だった。


 戦いを終わらせた後、館から全ての奴隷を見つけ出したイレギュラーズは、そのままブラウベルクの依頼人の下へ訪れていた。
「ありがとうございました、皆様。
 ええ、責任をもって、預かりしましょう」
 小さく笑って、テレーゼは安堵の息を漏らす。
 今回救い出した奴隷達は全員がそのままブラウベルクに預けられることになった。
「彼らはこの後どうなるのでしょう?」
「人にもよりますが……ひとまず、元の生活が出来そうな人はその生活に戻せるように。
 それが難しいようであれば……休息させた後、何らかの仕事に従事していただきます。
 まぁ、殆どは農民になって所有者のいなくなった畑を耕したりしていただくことにはなると思いますね。
 子供には最低限の教育は施さないといけないでしょうが」
 テレーゼはそう言って、ちらりと小さくまとまっている奴隷に微笑を浮かべていた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

クロバ・フユツキ(p3p000145)[重傷]
傲慢なる黒

あとがき

お疲れさまでした、イレギュラーズ。
皆様のおかげで無事に奴隷は救いだされたようです。

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