シナリオ詳細
    ヴァニタス・ヴァニタートゥム
  
オープニング

●
 ラサの広大なる砂漠の中には廃集落の跡が幾つもある。
 厳しい気候故に人が去ったか、或いは全滅したか……理由は分からないが、とにかくそういう寂れた所もあるのだ。そして建物だけが残った地には得てして――時折流れてくる者が臨時の宿とする事がある。
 旅の者か、もしくは……
「――時は来た」
 普通の街に入る事が出来ない――お尋ね者などが、だ。
 言葉を紡ぐはオーランドという『元』商人だ。彼はその肩書の通り、元々は商人……特にラサの首都ネフェルストに居を構えていた者だった。
 しかし彼は追われた。
 かつてラサと深緑の間で発生したザントマン騒動――その結果によって。
 彼は当時ラサを分裂させるべく動いていたザントマン……本名オラクル・ベルベーグルス側に付いた人物だったのだ。幻想種を売りさばく事に賛同し、より富を集めんと。
 されど複数の戦いにおいて敗れ去ったオラクル派は壊滅状態に陥った。オーランドは辛うじて戦域からの脱出には成功したものの、もはやネフェルストに戻れるような状況ではない。魔種に協力した者として、警戒されている事だろう。商人としての地位は完全に堕ちて……
 だが。
「今まで耐えて潜伏し続けていた甲斐があったというものだ――大鴉盗賊団とやらの影響で、ラサの目は全く違う所に向いている。この機に我々は行動に移す。もう一度、やろう」
 オーランドの目には未だ野心の炎が燻っていた。
 いやむしろ同業の者達の多くが壊滅した事によって、上手くいけば『一人勝ち』出来る様な状況とも言える。もう一度。もう一度――だ。
 幻想種を捕え、隷属させ、屈服させる。
 あの美しい者達は、誰かの所有物となる為に生まれてきたのだと教えてやろう。
 先日の大鴉盗賊団の襲撃でネフェルストの目は復興や遺跡の方に目が向いているらしい――ならば付け入る隙はある。
 あのザントマン騒動の折。幻想種達を売りさばいた者達がいたのが全て悪いのか?
 否である。
 『買い手』がいたから『売り手』が存在したのだ。
 そしてあの騒動でも――『買い手』は未だ消え去ってなどいない。
 幻想種達の麗しい魂を求める者達はいるのだ。
 他者を蹂躙する喜びは永遠に存在するのだ。
 誰しもがザントマンに成り得る機会は転がっている。
「ふ、ははは。ははははは! そうだ今こそ――謳歌するのだ!
 もう一度やろう! もう一度!」
 計画を練るオーランド達。深緑への侵入か、ラサ国内にいる幻想種を攫うか。
 彼の手には首輪があった。
 幻想種を捕える為に生み出された首輪――グリムルートが。
●
「ザントマン事件――ああ、豊穣に現れた方じゃなくて、ラサであった事件の方ね。
 あの残党がまだ潜んでいるらしい」
 同じ頃。ローレットでイレギュラーズに説明を行うのはギルオス・ホリス(p3n000016)だ。
 ラサ商会からの依頼で悪党どもの残党がいないか地道な調査を延々と繰り返していたギルオスは、かの残党が潜伏している拠点を割り出したのだ。過去の地図を引っ張り出して、廃村や廃集落となった場所を一つ一つ潰して。
「どうにもまだ幻想種を奴隷にする事を諦めていないらしい。ほんの微かにずつだが、物資を集めている様でね……武器やら食糧やら。恐らく準備が整い次第どこかに襲撃をかけるつもりなんだろう。或いは誘拐、かな?」
「正気かよ。今更オラクル派の残党が同行できるような情勢でもねぇだろ」
 舌打つように顔を歪めるのはルカ・ガンビーノ (p3p007268)だ。
 最早ラサ商会は壊滅したオラクル派など敵ではない。最盛期には少なくない賛同者と勢力があったものの……かの動乱で失われたオラクル派の軍勢としての規模はもうどこにも存在しないのだ。
 諦めの悪い馬鹿共がまだいたのか――
「かといって放置する訳にもいかないしね、なんとか潰したい所だけど問題がある」
「――問題?」
「どれだけの規模が集落に存在しているのか分からない」
 恐らく多くはない。しかし、一人でも逃がせばまたイタチごっこになるだけだとギルオスは語る。そしてそれを抜きにしても集落の傍には警戒網が敷かれている様で――近付けば高確率で見つかるだろうと推測されている。
 戦いになっても勝つ、という事は出来るだろう。
 けれど『誰一人として逃さない』事を勝ちの条件とするなら――難しい。
「大人数で動けばより気付かれるのが早いだけ、か……」
「ああ。だから……そうだね。うん。提案がある」
「提案?」
「奴らが求めているのは『幻想種』だ。彼らは新たな商品に飢えている。
 もう一度栄光を取り戻す為にね。だから――――囮を出そう」
 瞬間、ギルオスの提案にシラス (p3p004421)の眉が顰められた。
 囮。囮? 出すというのか囮を。
 幻想種を求める獣共の中に、幻想種を。
「待てよ。けどそれは――」
「無論、危険はある。だからどうするかは君達次第だ。ただ幻想種の面々が捕えられれば確実に隙が出来るのは間違いない。そもそも彼らは集落が発見されていないと思い込んでいるからね。久々に得た商品があるなら、警戒網が緩む可能性は高い」
 それは効率的だと、ギルオスは述べる。
 しかし『危険はある』と簡単に言ったが――その危険とはどれ程のものだ?
 商品として確保されるのであれば少なくとも命の危険はないだろう。だが、命を奪われないだけであって、その代わりに何をされるのか分かったものではない。当然武器などは奪われるだろうし、隙を見て上手く拘束を解いたとしても――拠点の奥に囚われれば周りには多数の敵。
 襲撃の別動隊と合流出来るまで孤立無援だ。
 いや……最悪の場合、再び捕えられ連れ去られる可能性も――
「何度かシミュレートしたが、これが一番敵の殲滅を行うに確率が高いと判断された」
「待てよギルオス。幾ら確率が高いからって……」
「分かってるさ。でもね、奴らを逃せば今度はどこに隠れるか分からない。
 僕は一番効率的だろうと思われる作戦を提案するだけさ。
 繰り返すが、どうするかは君達次第だ。この作戦をやらなくてもいい」
 けれど。
「オーダーは敵の全滅だ。一人残らず倒す事だ。その為には『必要』な事もある」
 幻想種を餌の如く彼らの前に囮とし。
 緩んだ警戒網を別動隊が突き進み――襲撃する。
 拠点に戦力が近付く事が出来れば、残党共も逃げる余裕はほぼ無くなるだろう。
 この作戦は効率的なのだ。
 ――ただ一つ。囮となった幻想種の面々の安全性を除いて。
「さて――二人はどうする?」
 同時。ギルオスが向ける視線は依頼の為に集っていた二人の幻想種。
 そこには――フラン・ヴィラネル (p3p006816)とアレクシア・アトリー・アバークロンビー (p3p004630)の姿があった。
- ヴァニタス・ヴァニタートゥム完了
 - GM名茶零四
 - 種別リクエスト
 - 難易度-
 - 冒険終了日時2021年02月28日 22時20分
 - 参加人数8/8人
 - 相談7日
 - 参加費150RC
 
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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 『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は許せなかった。
 苦しむ者が生まれる可能性を。
 再び幻想種が嘆きの中に放り出される事を。だから――
「無理はしないでね。怖いと思ったら私の後ろに隠れて」
「うん、大丈夫だよ……私は大丈夫」
 『緑の治癒士』フラン・ヴィラネル(p3p006816)と共に往く。
 ……大丈夫? 嘘だ。
 本当は怖い。獣が開けている口の中へ自ら飛び込んで往くなど……
 何か一つ掛け間違えば二度とその腹からは出て来れぬと想像すれば――けれど。
「信じてる……皆が、必ず助けに来てくれるって……! だから囮、やる!」
 彼女の瞳には確かな決意が宿っている。
 操られた幻想種なんてもう見たくない。その為ならば、と。
 ……歩く事少し。集落に近付いていると思えば、鼓動が早くなり。
 同時。フランは自分の袖を己が鼻へと。
 それは――ある人物から託されたオアシスの花の香水をつけていた為。
 香ればいくつかの花を掛け合わせた匂いが彼女の心の臓を多少落ち着けて……
 瞬間、至る気配。
 賊か。アレクシアはフランを庇う様に前に立ち、そして。
「……何? なんなのあなた達! 離れて! それ以上近付くと……容赦しないよ!」
「へっ。こんな所に幻想種が迷い込んでくるとはな――おい。捕まえろ、丁重にな」
 始まる。
 敵の数は多数。抗う様に魔力を放つも、全力ではない。
 そもそも服装からしていつもとは異なるモノだった――武器は仲間に託している。一見しても戦闘に慣れている者とは思えないし……実際そのように振舞った。魔力を放てど立ち回りにも隙を見せて。
 奴らの手に落ちる。
 数の暴力で取り押さえられ腕を縛られ。
「やめ、やめて! 何するの離してッ! こ、の!!」
 寸前。フランは一度だけ全霊をもって手を伸ばしてきた男の急所へと一撃。
 蹴りは見事直撃し――一人悶絶。
 周囲の仲間は無様だと笑う。こんな小娘にと下劣に笑いながら……
 やがてフランをも取り押さえる。
 声を大きく。無力な感じを――装って――
「あんの、おんどれりゃあ共……! 女の髪に雑に触れおってただじゃ済まさんぞ……!」
「ばーちゃん。気持ちは分かるが、まだだぜ。もう少ししてからだ」
 その様子を確認したのは『元気なBBA』チヨ・ケンコーランド(p3p009158)と『風の囁き』サンディ・カルタ(p3p000438)である。少し離れた所。見つからぬであろう場所に他のメンバーはいた。今にも跳び出しそうなチヨをサンディは抑えて。
 フラン達が拉致されるのを――見据える。
 作戦の為……そして本人たちの希望であるが故、だ。捕えられるのは。
「本人たちがやるって言うんだ。是非もない。
 ――アレクシアは、いつだって半端な覚悟で物はいわない」
 闇夜に紛れ述べるのは『鳶指』シラス(p3p004421)だ。
 彼の手の中にはブレスレットが一つ握られている。それは――アレクシアの物だ。
 作戦の為に別れる前に、預かっていて欲しいと。
 ――シラス君、私なら平気。心配しないでよ。
 五指に力が籠る。彼女の顔が瞼の裏に張り付いて離れない。
 でもまだだ。まだ駄目なんだ。今出ていったら囮の意味がなくなる。
 もどかしい。
 けれど――焦ったら二人の努力が無駄になってしまうから。
 顎に手を当て瞼を伏せ、今か今かと彼は待つ。
「……悪意の音は深いモノだね。何度踏み躙っても出て、欲望に満ちた花を咲かす。そしてどこにでも……彼らを育てる水がある。或いは土壌も、かな?」
「種を滅ぼせなかったのがまずかったわね。
 オラクル派残党……まだそんなのが残っていたなんて」
 暇があるなら是非ゆるりと愛おしみたいものだが、我が共に危害を加えよう都市うなら話は別だと――『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)は語り、一方で『竜首狩り』エルス・ティーネ(p3p007325)は静かに決意する。
 オラクル派を壊滅させると。
 あの時は随分とディルクのラサ商会に迷惑な事をしてくれた――これは決断の時。
「よし……もういいだろ。行こうぜ助けによ」
 そして『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)が言う。頃合いだ、と。
 あの二人は守られるだけの女ではない。
 自分で道を切り拓いていけるだけの魂を兼ね揃えた――最高の者達だ。
 それでも……いや。
「だからこそ、か」
 下衆共にこれ以上フランやアレクシアの身柄を委ねてなるものか。
 もう指の一本も触らせない。
 ――行き先は分かる。彼の優れた嗅覚が、捉えているのだ。
 己がフランに渡したオアシスの花の香りが――彼女らの位置を存分に。
●
「やっぱりこれは幻想種の首にあるのが似合うな」
 拉致されたアレクシアとフランは集落の中にて『ソレ』を付けられていた。
 隷属の証。幻想種にとって因縁深き『グリムルート』
 ……効力は弱っているようだがしかし、体から力が抜けるような感覚が確かにある。こんなものを――かつての幻想種達は付けられていたのか――
「こんな、ので……! やめてよッ何かしたら……タダじゃすまさないんだから!」
「フンッ。威勢のいい小娘だ。そういうのこそウケがいいから助かるがね」
 アレクシアは叫ぶ。恐らく目の前にいるのが主犯のオーランドという商人……アレクシアらの顎に指を沿わせ、顔をまじまじと。まるで品定めするかの様な視線で二人を交互に眺めている。
 これらは一体幾らで売れるだろうかと。
「離して、離してよ……! やだよ、こんなの……!」
「まぁいい。楽しむのは後にしておくとしよう」
 フランも騒ぐ様子を見せれば、恐怖に怯えているかのような様子に満足するものだ。
 ……アレクシアもフランも互いに互いを想い、騒いで自らに注意を引き付けんとしている。ターゲットを己へと。勿論あまりに騒ぎ過ぎれば危険であるかもしれない故に、徐々にグリムルートの効力が聞いているような――フリをする、が――
「本当に……酷い道具……こんなのに、体の自由を奪われて……」
 しかし本当に目の前がぼやけてきた。
 うっかりすれば意識を持っていかれそうだ。これがグリムルートの力、か。
 下劣な笑みを見せるオーランドが部屋から出て行けばアレクシアは奥歯を噛み締め、支配に耐える。
 苦しい。けれど……けれどずっと心に決めていたんだ。
 私はヒーローになるんだって。
 悲しみや苦しみを拭い去れる人になるんだって、そう決めたんだ。
 ――だからこんなものには屈せない。
「アレクシア先輩、大丈夫……?」
「なんとかね……やっぱり首輪の中に魔力が無いからだと思う。それより……」
「うん。私も……気を付けておく」
 フランと会話を。
 今のところ二人共朦朧とする程ではないが――精神が弱れば持っていかれそうだ。
 ……考えてはいけないけれど。
 もしも皆が来なかったら。
 もしも皆が失敗したら。もしも皆が――あたし達を見捨てたら。
 やだな、こわいなぁ、もしかして……このままあたし達は……
「……ううん! そんな事無いッ!」
 心の中に負の感情を盛り立てるのもグリムルートの効力か?
 フランは頭を振り正気と活力を取り戻し、決して思考を止めない。
 脱出口。どこかに繋がっているのなら、風の流れを感じる事が出来ればと――今の己に出来る事を全力で成し遂げんとする。
 だって彼らは近くにいてくれている。
 そう信じてる。だって、だって――
「この匂いが……思い出させてくれるんだ」
 ルカから貰ったオアシスの花の香り。
 それは未だにフランに届き、その度に自分達だけでは無い事を思い出せてくれる。
 必ず来てくれる。だから――
「行くぞ。こっからは速度も重要だ……フラン達を探し出して合流するぜ……!」
 往く。安易に解かれた警戒網をルカ達は突破し――集落の近くへと。
 やはりまだ彼らは気付いてもいないようだ。久々の『商品』に浮かれ気分か。
 ならばまずは地上の敵を掃討しよう。
「出番じゃな! 任せておけぃ! わしの目が黒い内は悪さで稼ぐなぞ承知せんぞい!!」
「ばーちゃん、はええって! ばーちゃん……思い立ったが吉日ってゆーけど、行動早すぎるぜ……! マジで何歳だよばーちゃん……ま、その勢いは頼りになるけどな……!」
 チヨとサンディは一気に行動を開始する。
 迅速に敵の数を減らしていくのだ。地下に入る前に、建物周囲の敵を一人ずつ。
 夜であれば周囲は中々暗闇に包まれているが、だからこそ見つかり辛い。そしてイレギュラーズの多くは暗視の力を宿しており――闇夜で行動するにもさほど問題はなく進んでいく。
 チヨの駆ける速度にサンディが連鎖的に行動を。
 敵を見つければ静かなるBBAとなり素早く昏倒させる事を主眼に闇夜より討つ。
 ――仲間を呼ばれない様にの配慮だ。気絶した人間は縛り上げて影に転がし……
「脱出口は潰せるように立ち回るわ――建物の捜索も進めておくから、また後で」
「ああ。流石に集落の中にトラップはないだろうが……私もあれば潰しておく」
 エルスも二人に付いていくように行動を開始し、一方でマルベートは警戒用のトラップが無いかと周囲に視線を巡らせるものだ。地上にあれば敵自身がある故ないだろうが、建物の中などはそうでないかもしれないと。
 ――いずれにせよまずは数減らしも同時に、だ。
 浮かれている彼らの首を削ごう。誰一人として生かしてはおけない。
「さぁ、一息に喉を裂いてあげよう――静かに儚く散ると良い」
 マルベートの声が聞こえた時にはもう遅い。
 悪の心を抱いた者を潰してゆき……そして。
「――ハーモニアの二人はどこだ、答えろ」
 シラスは背後から打ち倒した敵の一人へと言を投げかける。
 サンディ達が脱出口を探す役目を主とするのならば――シラス達はアレクシア達を優先して探す事を目的としている。ルカの嗅覚によってこの近くに運び込まれたのまでは分かっているのだ。
 だが嗅覚では匂いが途切れる事も薄れる事もあり限界がある。
 後はどこだ? どこにいる? 知っているだろう、言え。早く言え。
「ひ、ひぃ! あの二人ならこの先に……」
「嘘じゃないだろうな?」
 直後、シラスは拳一閃。
 どの道、真偽の確認は出来ないのだ……意識を残してやる意味はない。
 急がなければ。彼女達がどういう扱いを受けているのか、気が気でならない故に。
 ああ。
 ――直ぐに行くから。
 そう言ったのに、まだ遠い。まだ彼女の息遣いが感じられない。
 必ず。
 必ず取り戻す。
 誰にも触れさせない。
 強き決意。ある種、負の感情に転じかねない程の熱量を抱きながら――それでも歩を進めていた。
●
「ヒーロー! って立ち位置じゃあねえが。ま、やってやろうかね……!」
 サンディは突き進む。脱出口と目される地点は、おおよそ検討はついた。
 ――ならばそろそろいいだろう。隠れながら行動するのにも限界がある。
「うむ! 後は地獄耳のババア・イヤーに任せるがよい! 建物の中であればババア・アイのいいお目目よりも効果がありそうだからの!」
 故に往く。チヨが突き進み建物内に侵入――反響音を感じ取り、地下に空洞がないか探すのだ。無論、建物の中にまで侵入すれば灯りはあるし敵に気付かれるだろうが……しかし先述の通りそれはもういいのだ。
「なっ!? て、てめぇら何者だ……?! 一体どっから!」
「こんな所に隠れて、未だに卑劣極まりない事しか考えられないあなた方……ディルク様の手を煩わせる程でもない。私がこの手で殲滅してみせるわ」
 ここからは力をもって制圧するとエルスは往く。
 こちらに気付いた者の懐へと跳躍し、一閃。大鎌に全力・全霊を込めて――薙ぐ。
 響く怒号。侵入者に気付けば来るわ来るわ愚か者達が。
「あら、威勢のいい方々が残ってらっしゃる。そっちから来てくれるなんて助かるわ。
 それでは……いきましょうか」
「まぁだこれだけザントマン騒ぎの悪ガキどもが残っておったか! かー! ぶちのめしてやろうかの!」
 エルスが更に追撃を重ね、それに追従する形でチヨのドロップキックが炸裂。
 チヨ婆ちゃんの拳骨は痛いんじゃぞ! 脳髄に響く一撃じゃ――!!
「こっちは順調だ。シラス……そっちは任せたぜ。失敗したらタダじゃおかねぇ!」
 同時。更にサンディが地下への入り口を見つけながら、敵の注意を引くべく名乗り上げる。
 ――裏方もしっかりこなせるのが『アニキ』ってもんだと。
 そしてチヨらへの被弾を阻止すべく立ち回る。
 アレクシアとフランを救うために行けと、魂で伝えて。
「うん。間違いない、この先だ――匂いが淀んでる。拘束されてるんだろう」
 さすれば捕らえられた二人を探すマルベート達が、ついに辿り着いた。
 嗅覚がフランから香る香水を捉えている。
 侵入前に――中を窺えば、流石に敵がいるものだ、が。
「関係ねぇな」
「ああ関係ない」
 ルカもシラスにも迷いはない。
 障害は全て排除して――二人の下へ向かうのだ。
 跳躍。前進。ルカの黒き刃が敵を切り裂き、シラスの拳が顎を撃ち抜く。
 地下か。見つけた階段を駆け下りて、往けば既に気配も感じる。
 襲撃に気付かれればオーランドは脱出を果たそうとするだろう。そして二人を連れて行くのも間違いなく……だからその前に辿り着かねばならない。頼む、消えるな気配よ。このままそこに居てくれと――飛び込んで――
 さすればそこには。
 二人に乱雑に手を伸ばす男達。
 瞬間。脳髄が沸騰するかのような感覚が訪れ――
「シラス君!」
 ――それでも。
 彼女の声があれば正気を取り戻せる。
 シラスを包んでいたあらゆるが吹き飛んだ。憤怒の様な感情も焦燥の様な感情も。
「悪ぃ、待たせたな。さぁどけよ三下共。そいつらは……テメェら程度には勿体ねぇ!」
 直後。ルカが男へ打撃一閃。
 二人から弾き飛ばす様に壁へと打ち付けてやれ、ば。
「――お待たせ、おかげで助かったぜ。遅くなってごめんな」
「ううん。約束通り、すぐ来てくれたよ」
 アレクシアの顔に疲労の色が見える。
 だけれども負けなかった。グリムルートなんかには。
 だから――もう少しだけ頑張ろう。
「くっ! わ、私の商品を……私の幻想種を奪うつもりか!!」
 瞬間。声はオーランドのものだ。
 何がお前の幻想種だ。何が奪うだ。
「……アレクシアが、なんだって?」
 もう一度言ってみろ。誰が、誰のものだと?
 同時――アレクシアは思考する。今、目の前にいる人は多くの悲しみを生み出す人。
 それを見過ごしてたら……何がヒーローだ!
「タダじゃ済まさないって言ったでしょう! もう逃さない!」
 シラスから受け取る空色の石が埋め込まれたブレスレット。
 己が戦闘の為の、本来の服装へと至れば――もう容赦はしない。
「さっきはよくも乱雑に取り押さえてくれたよね……反撃だよッ!」
 であればフランも同様に。淡い光の種を宿せば、皆の傷を回復して。
「ふふ。さぁ邪魔はさせないよ……君達の粗暴な肉と魂の味見をさせてもらおうかな?」
 オーランドは部下を前面に出そうとするが、防ぐのはマルベートだ。
 因果律を歪ませ己にとって都合のいい運命を手繰り寄せれば、災厄の鱗片を顕現。
 邪魔をする部下を一掃せんと彼女は魔力を奔流させるのだ。
「あぁ、残滓のような悪意……ちょっと物足りないかな? ふふ。美味しければ同胞に与えた危害も、まあ、少しなら許してあげるつもりだったけどね――」
 これならその必要もなさそうだと。
 壁も弾き飛ばせば奴を守る者など、もうおらず。
「ま、待て! 金なら――」
「こいつらに触ったんだ。相応の報いは必要だろ――尤も、命ですら足りねぇけどよ」
 直後にルカが一閃する。
 逃げるどころか命乞いの暇すら与えまい。
 一刀の下に割断する。この部屋に至るまでの総ての敵は排除していたことを考えれば……これで最後だろう。
「お、終わった? 終わった……よね? ええーん! ルカさん、ほんとはこわかったよ――!!」
「おーおーよく頑張ったな。ま、帰る時ぐらい楽にしとけよ」
 であればと思わず座り込むフラン。外れたとはいえ首輪による弛緩の影響が、緊張が解けて復活したのか――体に上手く力が入らず。だから。
 ルカはフランを抱きかかえる。膝裏と肩を抱いて、所謂お姫様抱っこの姿勢。
「でもあたし……がんばったよね?」
「ああ――中々出来る事じゃねぇぜ」
 フランの瞳が潤む。
 とにかく終わったのだ――帰ろう。
 安堵すべき場所へ。
「シラス君」
「んっ?」
「――ありがとう」
 来てくれてと、アレクシアは言う。
 ここまで気が気でなかったのだが、さて……彼女の笑顔には弱い。
 感情が和らぎ自然と口端が緩んでしまう。
「おぉ~い! 無事かの~~!?」
「よっ。ちゃーんと王子様やれたみたいだな、へへっ。譲った甲斐があったもんだぜ」
 更にチヨとサンディらも合流する。向こうも上手くいったようだ。
 ――これにてオラクル派の残党は壊滅した。
 念のためにとエルスは見て回るが、もう残存はおらぬ様で。
(これでオラクルも終息、ね。あの頃は力不足だったけれど……今はここまで強くなれた)
 同時。手応えを実感する。
 悪意を弾き、そして――仲間を助ける事が出来たのだ。
 帰還しよう。あぁ……
 美しき星が瞬き、まるで皆を祝福するかのように――輝いていた。
成否
大成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
 依頼、お疲れさまでしたイレギュラーズ。
 危険な立場に身を置き、しかし――勇気の果てに勝利を掴むことが出来たのでしょう。
 お見事だったかと思います。
 それでは、ご参加ありがとうございました!
GMコメント
リクエストありがとうございます。
悪意は潰えた様に見えても、どこまでも――永遠に。
●依頼達成条件
拠点内にいるオラクル派残党を一人残らず全滅させる事。
●フィールド
ラサの砂漠の一角に存在する廃集落です。周囲は特に障害物となる者がなく、延々と砂漠が広がっています。砂漠の中には凹凸というか、微かな窪みぐらいはあったりしますが……
集落はいくつかの建物がぽつぽつと並んでいます。
下記残党グループはこの集落を中心として、用心の為周囲に偵察を常に巡らせている様です。
連絡は何度も取り合っている様で、不審な事があればすぐに気付く事でしょう。
ただし自分達の拠点が既に発見されているとは全く思ってもいないようです。
また、この中の建物の一つに『地下』へと通じる建物があります。
この地下にはいざという時の脱出口が備えられている様で、歩いていくとどこか距離の離れた別の外に繋がっている様です。その為残党グループがよく集う、事実上の重要拠点と言える家でしょう。
時刻は昼でも夜でも選ぶことが出来ます。
特に指定が無ければシナリオでは夜に決行されます。
●残党グループ
人数は不明です。恐らく全メンバー含めて10~20人の間だと思われます。
主犯はオーランドという人物で、元商人です。
オーランド自身の戦闘力はさほど高くありませんが、周囲のメンバーを指揮・鼓舞する事に優れており彼の周辺にいる残党はある程度強化される事でしょう。反面、彼を倒す事が出来れば指揮系統が崩壊し、残党グループの統制がかなり乱れます。
オーランド以外の人物は元々オーランドに従っていた私兵の様な連中です。
戦闘能力はまちまちですが、突出して強いという人物はいません。
●囮作戦
この依頼では『幻想種』の方は囮となって接近する事が出来ます。
オープニングでギルオスが提唱していますが、迷い込んだ幻想種という体を取れば残党グループは喜々として皆さんを捕える事でしょう。この際に抵抗して何人か倒しても構いませんが、あまりに強く、激しい抵抗だと不審に思われるかもしれません。
囮として囚われると久々の商品に残党グループは歓喜し、警戒網が一時的に消滅します。(全ての残党が集落に集います)
ただし囚われれば当然武器などは没収されます。
拘束されるのは間違いないでしょう。その後どういう扱いを受けるかも不明です。
かなり危険な場合があります。ご注意ください。
●グリムルート(弱)
かつてのザントマン事件でも使われた、隷属の証の首輪です。
オーランドがまだ魔力の残っていた物を所有していたようでした……が、オラクルが潰えて、更に当時の事件から随分時間が経っている事もあり、その神秘の効力は弱まっています。
これを身に付けられた人物はある程度身体の自由が利きづらくなりますが、強い意志(プレイング)があれば跳ねのける事は可能です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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