シナリオ詳細
人形は笑わず、人は笑う
オープニング
●死はいつだって人の心に傷を残す
九歳を迎えたばかりの娘の愛らしさを、父親も母親も大層誇りに思っていた。
彼女の前に授かった二人の子は、産まれる前に亡くなった。
だからこそ、産まれた娘を大事に可愛がっていた。
しかし、幸福な時は終わりを迎える事となる。
就寝中に起きた娘の突然死は、夫婦に悲しみをもたらす。
特に父親の狼狽ぶりがひどかった。
彼はようやく産まれた我が子に愛情を注ぎ込んでおり、過保護だと母親から笑われもしたものだ。
それほどまでに愛していた娘を突如失った父親の悲しみの行き先は、一つへと行き着く。
彼は人形師であった。
記憶がいかに色あせるものかを知っている彼は、娘の姿を残すべく、人形を作り出した。
完成した人形は彼女にそっくりであったが、唯一うまく出来なかったのは、その口元。
どんな風に笑っていただろう。思い出せなくて、口元は一直線のまま。
「あぁ……あぁ……どうすれば笑ってくれるんだ……?」
作業室で娘そっくりな人形と一日中向き合う彼を気味悪がり、母親は何度も現実を見るよう進言するが、全く聞き入れられず。
ある日、彼女はとうとう耐えきれず、作業室に向かって彼に言った。
「いい加減にしてよ! 気持ち悪い! あの子はもう帰ってこないのに!」
人形師としての夫の事は尊敬していた。だが、こんなに悲しみを歪ませた夫の姿はこれ以上見たくなかった。
娘に似た人形から顔を動かして、父親は彼女を振り返る。悲しみで痩せこけた頬に、隈が出来ている目。瞳は既に悲しみではなく歪んだ狂気をたたえていた。
「なんて事を言うんだ……! あの子はここにいるだろう!?」
「人形よ! 本物じゃないのよ!」
反論する彼女の目に映った、近付いてくる夫の姿。
彼の手に握られている、ナイフ。
足が後ろへ動く前に、引っ張られる。作業室の中に引きずり込まれ、彼女は床へ倒された。
男は馬乗りになるとナイフを振りかぶると、彼女の悲鳴や声が聞こえなくなるまで何度も振り下ろした。
周囲に飛び散った血は、傍らの人形にも降りかかる。
我に返った父親は、彼女の事よりも、人形の方を気にかけた。
「あぁ、ごめんよ……! 怖かったねぇ……おや」
拭おうとして、彼は気付いた。
人形の口元にかかった血が、偶然にも口の端を持ち上げるように付いていた事を。
それを見て、父親が笑う。
「やっと笑ってくれたね。……あぁ、どうせなら……」
歪んだ狂気は、彼を深く蝕んでいて。
「君の友達を、作ろう」
●狂気が生み出す深い闇。その手が伸ばす先は――――
ローレットに集まったイレギュラーズへ、情報屋の男が依頼内容を説明する。
「最近、少し離れた町で女児の誘拐並びに殺人事件が起きていてね。
犠牲者はいずれも九歳になったばかりの子達で、発見された時には既に死亡していた。
その上、死体発見時には必ずどこか一カ所が無くなっている」
「愉快犯という可能性は?」
「無くもないだろうけど、まぁ、低いだろうね。何せ、無くなった箇所が箇所だ」
「どういう事?」
「現時点での犠牲者は五人。無くなっていたのは、右腕、左足、右足、左腕、胴体」
「証拠の絵でも見る?」と憂鬱な顔で言われたが、遠慮した。
「と、まあ、そういうわけだよ。組み合わせたらどうなるかは、わかるよね?」
無くなった一カ所。合計五つのそれを脳内で組み合わせて、顔をしかめる者多数。
「そして、調査の結果、彼女達の共通点が年齢の他にもあった事が判明した。
郊外に住む人形師の娘と交流があったそうだよ。そして、その人形師の娘は事件の前に亡くなっている」
「容疑者としてはその両親か」
「どちらも顔を最近見てないそうだ。訪れても顔も見せずに追い返されているらしい。
そして、娘と特に仲良くしていたという子が昨日誘拐された」
「何で先に助けに向かってなかったんだ?」
「偶然見つけた人が言うには、屈強そうなならず者に見えたそうだよ。それが見ただけで三人ぐらいだったらしい。
死体が発見されるのは誘拐されてから数日後。それを考えると、昨日今日で死ぬ事は無いだろうけど、救出は早い方がいい。
今から向かえば、着くのは昼過ぎかな。何にしても、悠長には出来ないから、急いで向かってほしい」
依頼書から顔を上げて、男はイレギュラーズに一言を投げる。
「頼んだよ」
●待つは人か人形か
恐怖で気を失っている女児を前に、人形師の男は準備を始めていた。
台に並んでいるのはこれまでに収集した女児達の身体の一部だ。
娘に似た人形へ、父親は語りかける。
「もうすぐ君のお友達が出来るよ……。皆、君と仲良くしてくれた子達だ、これなら寂しくないだろう?」
人形は何も言わず、一つも笑わない。
だけど、まるで会話をするように男は話を続けている。
作業室のドアを叩く大きな音。
「煩いなぁ、なんだい!」
「招かれざる客が来るみたいだぜ。どうすりゃいい」
「……君達で追い払えそうかい?」
「厳しいな。手を貸してくれ」
「やれやれ、仕方ないな……彼女達を貸そう」
等身大の人形達が音を立てて歩き、作業室のドアをくぐって行く。
夜会ドレス姿の貴婦人、猟師、騎士などの合計三体。彼らの手にはバットや銃、レイピアがあり、それで応戦する構えのようだ。
等身大の人形達を見て、屈強そうなならず者達が思わず呟く。
「うわ……すげぇなこれ……」
「あんまり刺激するんじゃねぇぞ」
眼帯をしているリーダー格の男が仲間に諭す。
自分達に依頼してきた男のアレコレには詮索しない事、目をつぶる事が生き抜く秘訣だ。
人形達を引き連れて、去って行く男達。
人形師の男が怪しく笑う。
「さぁ、お出迎えしてあげよう」
- 人形は笑わず、人は笑う完了
- GM名古里兎 握
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2021年01月31日 22時20分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●想い。罪には罰を、願いに力を
目的の丘に辿り着く前に、イレギュラーズは作戦を立てる事にした。
今回の依頼は誘拐された女児の救出。
一連の誘拐殺人事件の犯人と思われる両親の捕縛ならびに、彼らが雇ったと思われるならず者達の撃破も必要だ。
ならず者達と戦っている間に女児が命を奪われる可能性もある。
そこで、二手に分かれる事になった。
女児を救出し、両親を捕縛する組。
ならず者達を相手する組。
前者の担当として、『こそどろ』エマ(p3p000257)が挙手する。
「私が向いていそうですし、やりますよ。けど、一人じゃ心もとないですねぇ」
「えひひ」とどこか引きつった笑いを浮かべる彼女に、『蛇に睨まれた男』蛇蛇 双弥(p3p008441)が鼠を召喚し、それを見せながら協力の旨を口にする。
「俺がこの鼠を使って偵察させる。居場所を特定したらアンタに鼠越しで連絡するんで、それでどうだ?」
「えひひ、それなら、まぁなんとかなるかと思いますが……」
承諾したのを見て、『萌芽の心』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)が口元に笑みを浮かべる。
「捕縛の方もそのままエマに任せよう」
「えっ」
「ふふ、大丈夫だろう? 信じているさ」
「えひ、えひひ……」
引きつり笑いでしか返せなかったが、もうなるようになれだと腹を括る。
「念の為、辺りを警戒しておくよ。家の中に何か敵らしきものを関知したら、双弥に伝えてエマに伝達してもらおうと思う」
フォローするように続けたシキの言葉に対し、双弥からも特に反対の声は出なかった。
彼の熱源を視覚出来る力を使うのでも良いのだが、思わぬ敵が居ないとも限らない。ならば、手段は一つでも多くあった方がいい。
『白き不撓』グリーフ・ロス(p3p008615)も、彼女にサポートを告げる。
「私の方も、エマさんに一つサポートをいたします。どうか、お気を付けて」
「なんとか、やってみるでございますよ、えひひ」
自信は無さげのようだが、後でグリーフから付与されるものを得れば、少しは自信がつくだろうか。
救出&捕縛組の話が纏まったところで、『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)は持ってきた旗を持ち直して口を開く。
「私達は正面突破ですわねー。どのみちバレますし、旗を掲げ、出来るだけ目立つように館へ向かいますー」
彼女の持つ旗は氷水晶が先端について二叉の槍で、それに旗を括りつけた戦旗だ。
「こちらに出来るだけ注意を向けさせて、双弥さまの偵察やエマさまの行動がスムーズに行くよう時間を稼ごうと思いますー」
『ぽやぽや竜人』ボルカノ=マルゴット(p3p001688)も同意だと深く頷く。
「とても悲しい事であるが、それに人を巻き込むのは許せぬ! 裁きは受けて貰わねばであるよ!
積極的に戦う事で、惹きつけよう」
三メートルもある巨躯だけで十分惹きつけられるような気がしなくもないが、さておき。口の端から炎がちろちろと出ているのが見えた。
顔に憤怒を浮かべている彼と対照的に、グリーフの顔は暗い。
「……私は、人形師の方を否定することはできません。
彼のような存在がいなければ、私は生まれませんでしたから。
けれど、仮に姿形がそっくりであったとしても、それは、別の誰か……」
そう言って、唇を結ぶ。拳を握りしめるグリーフの手に、『獅子心王女<ライオンハート>』獅子神 伊織(p3p009393)がそっと自分の手を重ねる。
「ええ、例え狂気に堕ちた故に犯した罪であろうとも……。だからこそ償わせなければなりませんわ」
彼女の赤い目が力強く輝く。
「未来のアイドルとして! この獅子神伊織、全力全霊を尽くしますわよ!」
大切なものを喪う痛みを知っている。失意の内に狂う気持ちも知っている。
だからこそ、止めなければならない。これ以上の犠牲を出さない為にも。
彼らの様子を見ていた『Enigma』ウィートラント・エマ(p3p005065)は肩をすくめる。
口には出さないが、指で隠した口元には笑みが浮かんでいた。
(ああ、楽しみでありんすなあ?)
現実を受け入れられず狂気に堕ちた人間。
そういった者は、行き着いた後、狂気の輝きが色褪せていく。
そんな物に興味など無い。ならば、壊してやろうではないか。
人形師が作った人形を壊した時、どういった反応をするのだろうか。
思えば思うほどに、彼女は口元に笑みが広がりそうになるのだった。
そしてグリーフに闘志を付与されたエマが双弥の放った鼠と共に離脱し、残る者達は戦旗を振るメリルナートを先頭に丘を登っていく。
丘の上にある家から出てきたのは、ならず者達と人形達。
対峙する二つの組。
ボルカノが問う。
「そこのお家の人に用があるのであるが、通してくれないであるかな?」
「わりぃな、それは出来ねえ話なんだわ」
「なら、交渉決裂であるな。押し通らせてもらうである!」
駆け上がる者。迎え撃つ者。
抜く武器の音が、開戦の合図となった。
●義理と大義。力に込めた想いはいずこか
眼帯の男がリーダー格だろうか。
男の「仕事だ、恨むなよ!」という声の後に、後ろのならず者達も続く。
最前線に飛び出したグリーフの、名乗りを上げる声が響いた。
「グリーフ・ロス! お相手願います!」
近接の武器を携えた男二人がグリーフへと向かう。物理攻撃を防ぐ盾を展開し、彼らの攻撃を受ける。
同じく近接武器を携えた人形二体は、代わりに伊織が引きつけてくれた。攻撃に対して回避の道を繰り返す伊織。
その間にと、遠距離の武器を持つ者達を潰しにかかる。
列の真ん中辺りを位置取るメリルナートより、命中精度を上げる援護を受けながら、突撃していく。
人形ならば銃、人ならばダーツ持ちの者を狙う。
まずは、ボルカノが咆える。咆哮は力となりて辺りに拡散していった。それは彼の知る闘法の一つだ。咆哮による一撃は、一体と一人に傷を負わせた。
「お仕事だから、というのであれば。我輩もお仕事なので容赦はしないであるよ――」
シキが猟師の人形に向けて大きな攻撃を放つ。黒の大顎を形作ったそれは、目標の人形を飲み込む。
しかし、まだ倒れるとまではいかない。
「観念しなよね、完膚なきまでに砕いてやる!」
意気込む声を腹の底から発した。
ウィートラントが狙うのはダーツを持ったならず者の男だ。手をかざし、男へと攻撃を仕掛ける。
それは『呪い』。回復手段を持ち得ないだろう人間には有効な一手。そして、一撃となって男の身体を射貫く。
「な、なんだ……?!」
狼狽える男。しかし、彼が彼女を視認する前に、箒に乗った双弥が男へと矢を放つ。火線となった矢は男へと命中し、燃やしにかかる。
悲鳴を上げる男を見下ろしながら、吐き捨てる。
「多苦処に落ちろ、下郎が」
そして彼は次の標的へと狙いを変え、攻撃を再開した。
メリルナートは戦況を見極めている。
仲間が血を流したり、混乱するなどの様子が見られれば、背中に光翼を生み出して羽ばたかせて回復させる。仲間が怪我を負えば、戦旗を使った音で癒やしていく。
時には自身の血を用いて敵へと攻撃もする。そうやって彼女は戦況を見て使い分けていた。
伊織のギターが奏でられると同時に多くの火が生まれた。それらは扇形となって飛散する。仲間に当たらないように識別した火は、彼女へと引きつけていた人形二体へと当たり、燃やす。
「オーホッホッホ! 私を誰だと思ってるんですの! 未来のアイドル、獅子神伊織様ですわよ!」
さしずめお嬢様系アイドルという形なのだろうか。
ギターをもう一度かき鳴らす。今度はパフォーマンスだ。
そうして人形から潰し、ならず者達への容赦ない攻撃を加え、少しずつ数を減らした。
残りは近接武器を持った人形とリーダーのみとなった頃、双弥が舌打ちする。
「中のエマが危険だ!」
鼠を通じて知った情報を告げ、彼は箒を動かして家へと近付く。
突破するように、ボルカノが入る。
残った者達で、人形とリーダーとの決着をつけるのに、そう時間はかからなかった。
●狂気と正気。彼らの違いは線引きにて
時は少し遡り。戦闘組が戦闘を開始するのとほぼ同時刻。
匍匐前進にて家に辿り着いたエマは、先行していた鼠が偵察から戻ってきた所と合流した。
家は木造の平屋建て。作業室も一緒になって造られているようで、広さは部屋が五つ、その内作業室と思われる部屋は独特な匂いがしたという事で確認したところ、ビンゴ!
熱源を確認し、赤が二つある事も確認出来たという。
人形師が作った武器を持った人形が他にあるか確認して貰ったが、現時点ではそれらしきものは見当たらないとの事。シキや、ウィートラントからも敵になりそうな影は見当たらないと鼠を通じて連絡を受ける。
気配を消し、音を立てぬように足を忍ばせて裏手から回り、窓から侵入する。鍵をかけても彼女の前では無意味だ。
鼠に先導してもらい、最短ルートで作業室へ向かう。
作業室のドアを見つけると、ドアノブを確認する。穴は無く、その扉は薄く開いている。
中の人物達の位置関係を把握する前に、中から男の声が聞こえてきた。
「あとは君の頭だけなんだ。そうしたらお友達全員と一緒だ。この子と一緒に過ごせるんだから、幸せだろう?」
くぐもったような声は女児のものか。
狂人の台詞に吐き気をもよおしながら、エマは様子を窺う。
「さあ、そろそろ君の頭を貰おうか。大丈夫。すぐに楽になる……」
その言葉を聞いて、エマの反射神経が働いた。
ドアを思いっきり開ける。男が斧を持ち上げようとしており、床には女児が猿ぐつわをされ、手足を後ろ手に縛られた状態で転がされていた。
気配も無かった突然の乱入者に動きを止めている男。
迷わずエマが動く。俊足が生み出した速度は力となって男へと放たれる。よろめき、後ろへ数歩進む男。
女児と男の間に入りながら、エマはこの後どうするか逡巡する。
(このままこの子を抱えるにも、リスクが大きい……どうしましょうか)
視界に入る、椅子に座った一体の人形。血に染まった少女の人形に、エマの本能が「使える」と囁いた。
女児を姫抱きして立ち上がるエマ。
「邪魔をするなぁぁぁ!」
男が斧を振り回すのをかろうじて避ける。そしてエマは人形の横に移動した。
思った通り、男はそれ以上の動きを躊躇っているようだった。下手に武器を振り回せばこの人形に傷が付くし、材料に使用としている女児の身体を無事に手に入れる事も出来なくなる。
だが、いつまでも膠着状態でいられる訳では無い。
男の武器が斧からナイフに変わる。このまま突撃されてしまえば、防ぐ手段は無い。
彼女が悩んだ末に選択したのは、少女の人形を人質に取る事。
「いいんですか! このまま武器を振るって娘さんに傷が付いても!」
「っ……!」
口八丁で上手く切り抜けられるかは微妙だが、これで時間を稼ごう。
その後も似たような言葉で男の行動を制限する。
男が痺れを切らすのも時間の問題だろうと、空気から察するエマ。
ちょうどその時、大きな足音がした。その数は多い。
エマにはそれが仲間のものであると、何故か分かった。
先頭を走っていた双弥が一番乗りで部屋に入るやいなや、人形師へとひと睨みする。ヘビの目に睨まれたカエルの如く、男は固まり、意識を失った。
次いで、ボルカノが入る。彼は頭をかなり低くして部屋に入ると、エマが抱える女児を見つけてホッと胸をなで下ろした。
エマの代わりに抱え直すボルカノ。そしてエマは、女児の手足を縛っていた縄を切り外した。
ボルカノが巨躯からのギャップを感じさせる優しい声を発する。
「怖かったであろう……もう大丈夫であるよ。遅くなってごめんである」
人の温もりと、助けられた実感を得たのだろう。泣き出してしまった。
床に転がっている男の捕縛を、双弥とエマが行なう。
少し時間が経って、残った仲間達も家の中へと合流したのだった。
●葬送。人形は土に、魂は空へ
地面に転がった男性(捕縛済)を見下ろし、エマは溜息をつく。
「悲惨ですねぇ……捕まえたところで、死罪は免れないでしょうよ」
彼女の呟きに対し、ウィートラントはバッサリと切り捨てる。
「父親の行く末になど興味はごぜーません。どうせこの先も変わる事はないでありんしょうし……」
そう言って爪先で男の脇腹をつつく彼女に、ボルカノが「やめておけ」と言った。
彼の後ろには救出した女児の姿がある。彼女の視界に男性の姿を入れないよう、彼の巨躯を生かして隠していた。
グリーフが女児へ、英雄の鎧にして闘志を分け与える。少しでも彼女の恐怖が和らぐようにと祈って。
メリルナートが反対側に回って自分へと注意が向くように仕向けた。持参していた水とお菓子を差し出すと、女児はお礼を言って受け取ってくれた。
そのまま食べてくれた彼女の頭を撫でながら、「もう助かったんですよ」と話しかける。これで暫くは後ろを振り向く事はしないだろう。
そこへ、屋内へ姿を消していたシキと双弥と伊織が戻ってきた。双弥の手にはスコップ、シキの腕には少女の人形、伊織の腕には袋に包まれた何かがある。幸いにして、それらの姿はメリルナートが咄嗟に女児を抱きしめる事で彼女の視界に入る事は無かった。
「……埋めるのですか?」
察したグリーフが問うと、二人は一度頷いた。
「母親らしき人は見つからなかったよ」
シキの言葉を聞いたか、男が口を開く。
「彼女なら、もうこの世には居ない。その子を分かってくれなかったからね!
それより、その子をどうするつもりなんだ! 返せ! その子は大事な娘だ!」
「うるせぇよ」
双弥の低い声と赤茶の瞳が男の背中を蛇のように撫でていく。
「人形は人形だ、代わりにゃなれねェ。
それでも代わりとして置いておきてえ、笑わせてェってのも分かる。
だけどそれは傲慢だぞ人形師。お前ごときの矜持で娘の命の価値を貶めるな」
口をつぐむ男を一瞥した後、彼は最後に一言吐き捨てる。
「全部失った生き地獄と、死んでからの地獄。両方で罪を償え」
隣で、伊織が語りかける。
「貴方がするべきだったのは死んだ子供に友達を作る事ではなく……ただ彼女の死後の安息を願い、立ち直る事だったのですわ……もうそれさえもわからないかもですが……。
貴方は犯した罪を償いなさいませ……亡くなった子の為にも」
双弥と含む三人は家から少し離れた場所へと移動していく。スコップを土に挿し、少しずつ掘り起こしていく双弥を手伝おうと、エマが家の中に入ってスコップをもう一つ持って出てきた。彼が掘り起こそうとしている場所から数歩離れたところを掘り始める。
シキは少女の人形を地面に寝かす。グリーフがやってきて、その瞼を閉じようとしたが、動かない。シキが少女の人形と一緒に持ってきた白い布を差し出すと、グリーフは受け取ってそれを乗せた。
顔や服に残る赤い血の跡に、彼女は悲しそうな顔で言葉を零す。
「こんなに綺麗なのに…なんで血で汚してしまうんだろう」
人の思いが篭められたものは綺麗だと、彼女は思っていた。たとえそれがどんな思いで作られたものだとしても、そこに嘘は無いのだから。
双弥やエマと交代したりを繰り返し、大体の大きさの穴を二つ掘り終える。
窪みへそっと少女の人形と袋を下ろし、土をかぶせていく。
少し盛り上がった土に、エマが屋内にあった適当な木の板を二つ持ってきて挿した。
その間、父親が動かないようにウィートラントは踏みつけていた。
伊織が口を開き、歌を唄う。
彼女のギフトは鎮魂歌。その歌声は生者に安息を、死者に安寧をもたらすもの。
今は亡き親友と唄い合った鎮魂歌。
せめて狂ってしまった男を慰める事が出来ればと、犠牲となった死者が成仏できるようにと、祈りながら彼女は唄う。
鎮魂歌が唄われている間、聞いている者は死者に祈りを捧げた。
どうか安らかに、と。
歌が終わった後、真っ先にウィートラントが口を開いた。
「助けた子供を家に帰すようにいたしましょう」
「その前に依頼の報告をせねばならん」
「まぁ、すぐにとはいかないのはわかっておりんしたが、出来るだけ早めに帰したいでありんすな」
ボルカノの言葉に肩をすくめ、彼女はボルカノに前を歩くようジェスチャーで示す。
少女をお姫様抱っこして歩き出すボルカノ。出来るだけ男の姿が視界に入らないように配慮して先頭を歩く。その後を、出来るだけ男を隠しながらイレギュラーズが後を追う。
ウィートラントだけが後で行くと告げて、その場に残る。
丘を降りて、家から大分離れた所で、後方から何かを破壊し、崩れ落ちる音が聞こえてきた。
それが何なのか理解しているイレギュラーズは、振り返る事も口にする事もせず、ただ足取りを速めるのみ。
重い空気の中で、空だけが何も知らずに青色を映していた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。
人の狂った心は戻らぬ事もあれば、戻る事もあるでしょう。
この父親に関しては、どうなるのかはわかりませんけれど…。
ご参加ありがとうございました。
GMコメント
人の想いは狂う時があるというものです。
●成功条件
・人形とならず者の撃破
・女児の救出
・父親の捕縛
(オプション)・女児を無傷で救出
●戦闘場所
・見晴らしの良い小高い丘の斜面
・草花が多く、道は砂利道
●敵情報
・人形(共通)
通常攻撃に神秘を有する。【流血】【猛毒】【混乱】あり。
貴婦人:バット
猟師:銃
騎士:レイピア
・ならず者達×三名
剣、ダーツ、ブラックジャックなどの武器を持つ
【出血】【麻痺】【毒】【ブレイク】を有する。
●父親
ナイフや斧といった武器を所持していますが、基本的に攻撃力は高くありません。
捕縛の方向が望ましくあります。
狂気に侵されてる為、説得しようとしても聞く事は無いでしょう。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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