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シナリオ詳細

<アアルの野>かつて磔の聖女だった貴女へ

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●アアルの野
 ある男はこう言った。

 ――良いかい? 死者の霊魂とは肉体を離れてから死後の楽園へ向かうんだ。
 『取り戻したい』なら……そう。死後の楽園に入る前に『呼び出して』しまえば良い。

 魂の名を。土塊の体に。
 魂の名を。幽世と現世を結び付けるが如く――

 ホルスの子供達は博士と呼ばれた旅人による錬金術の代物だ。
 数種類のハーブと人体を煮込んだ煮汁に漬け込んで固めた粘土の人形の体に色宝を埋め込み作り上げる。器とした人形に『名前』を与える事で色宝は答えるように死者を再現するのだそうだ。
 その手法が、名前だというならば。
 名前は人の魂を縛り付けるのだろうか。
 それとも……心のどこかで『誰か』への未練が存在していたのだろうか。
 それは、誰にも分からない。ただ、死と言う永遠の別れは心に何らかの感情を抱かせることだろう。

●天の王に捧ぐ凱歌
 ――如何な犠牲を払おうとも戦わねばならぬ場面がある。
 子らよ、今がその時である。
 我らの主を疑うなかれ。
 信を持ちて進み凶暴な敵に当たれ。
 恐れるなかれ。
 神は我らと共にあり。
 我らの屍の先に聖務は成就されるであろう。
 前進せよ。恐れるなかれ。主は汝らを守り給わん!――

 その女の墓標は鉄帝に存在している。歯車大聖堂(ギアバジリカ)。
 そう称された動く要塞、古代兵器は反転した堕ちた聖女アナスタシアを動力源とした。
 自律移動要塞型古代兵器は女の死と共に停止し、現在は鉄帝では観光地として親しまれている。

 さて、思い出話である。
 司教アナスタシアは教派『クラースナヤ・ズヴェズダー』に属していた。
 尊い思想と何人にも差別せず分け隔てなく接し応じた彼女は聖女と呼ばれる事もあった女である。
 だが、嘗ては鉄帝軍人であるショッケン・ハイドリヒの同輩であり、『ブラックハンズ』と呼ばれた部隊に属していた事もある。その際、進軍時の兵糧不足により一村根こそぎ略奪した事も――女にとってはそれは人生での最大の後悔であり、悔やんでも悔やみきれぬ事であった。
 女は故に、総てを救おうとし、力及ばず反転し国家を蹂躙せんと都市へと進軍した。
 故に、聖女アナスタシアは季節が四度変る前にその身体を崩れさせた故人なのである。

●憧憬の墓標
 ラサはファルベライズ遺跡群。その中核の扉の奥に広がっていたのは美しきクリスタルの遺跡であった。煌びやかなその場所に蔓延る『ホルスの子供達』――それらの対処をしながら中核の調査を行って欲しいというのが本件である。
『ホルスの子供達』は歪な死者蘇生、死者の再現である。故に、心情的にも対策がし辛い相手になることを注意する様にと忠告が行われていることもあった。
『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)はフロアに周回するゴーレムに奇妙な既視感を覚えた。
 土塊の人形を護るように周囲を周回する『歯車の兵士』――ゴーレムは、その重たい腕を地へと叩きつけている。何処からか廃油の匂いを感じた気がする。抜け落ちた螺子を踏み荒らす様に、何かを違えた荒廃した街が脳裏には浮かんでいた。
「――どうして?」
 唇からかすれた声が出たのは、致し方が無い事であったのかもしれない。少なくとも、それはヴァレーリヤという娘にとってはその生き方を揺らがせた程に恐ろしい事件であったのだから。

 ――あの方を救えたなら、どれ程幸せだったでしょう。
 あの方が今、私の隣りに居たならどれ程の救いになったことでしょう。
 今になって思うのです。
 あの時、私は、私だけは、司教様の手を取ってあげるべきではなかったかと――

 ――アナスタシア様は、夜ごとあの日の事を夢に見るのだと嘆きました。
 後悔が己を縛り付けて離さないのだと。
 この時、私は、あの方の理想に殉ずるのが自分の運命だと思ったのです。
 奪って生き延びてしまったのは、――

「■■■■■■■■――ヴァ、リューシャ」
 唇が、その音を紡いだ瞬間にヴァレーリヤは息を呑んだ。
 美しい金の髪、澄んだ空色の瞳、知性と慈愛に溢れたその微笑みは。
「……ナーシャ、様……?」
 ナーシャ――アナスタシア。
 神学校時代に理想を語らった彼女。クラースナヤ・ズヴェズダーとして共に活動した彼女。
 目の前で、朽ちたなきがら。

「■■■、■■■■■■■――!」

 言葉は紡がれない。それがホルスの子供達であること位、用意に理解できた。
 聖女の『紛い物』はぞろりとホルスの子供達を――そして、無数のゴーレムを連れ進軍する。

 嘗て、磔の聖女であった彼女が、只の一人の信仰者であったときの姿で――
 ギア・バジリカ、その場所を模した歪な空間で『客人』を待っていた。

GMコメント

 夏あかねです。

●成功条件
 ・ホルスの子供達の対応を行う
 ・ゴーレムの活動停止

●フィールドイメージ:歯車大聖堂
 この地は歯車大聖堂(ギア・バジリカ)を色宝が模した空間です。
 歯車大聖堂とは鉄帝の地下に眠っていた古代兵器であり、巨大な聖堂めいた移動要塞です。鉄帝では現在は観光地となっております。
 あくまでも色宝が模した場所であるが為に、本来のギア・バジリカらしからぬ部分も存在します。
 無数の機械が積み重なったようなその場所は、本来のギア・バジリカそのものを思わせます。
 広々としていますが、無数のゴーレムが立ち歩き、罠が仕掛けられている様子です。
 足元にスイッチが隠れていたり、触れるだけではなく熱の感知などなど、罠は無数に存在し、ゴーレムもその位置は把握していないようです。

●エネミー:ゴーレム *5体
 大きな身体をしていますが知性は乏しく動き回るだけの守護者です。
 土塊の身体ですが、歯車がその身体には食い込んでおり、歯車の兵士と呼ぶにふさわしいでしょう。
 それらはホルスの子供達と、色宝を護るように動き回っています。

●エネミー:ホルスの子供達『???』
 数は不明です。それを視認した者に『自身が知っている死者』の姿を投影します。
 つまり、PCの皆さんが知っている死者の姿を無差別に投影するのです。
 通常のモンスター程度の強さを有しており、アナスタシアを護るように立ち回るようです。
 また、アナスタシアが連れるホルスの子供達は以下の能力があるようです。

 ・姿が投影された場合:姿が変貌します。姿に応じてステータスは様々に変化しますが、本物ほどの強さは有しません。
 ・姿が投影されなかった場合:非常に堅牢。攻撃力はありませんが一筋縄では壊れません。
(※姿の投影は誰に為ったのかをご指定ください。誰か分かるようにご記載くださいませ。
 ホルスの子供達は『何度でも色宝があれば再現』されます。故に、何度殺したって、色宝がある限りは投影されるのです……)

●ホルスの子供達『アナスタシア』
 反転前のアナスタシアです。情熱を胸に宿し、人々を救うために献身を見せます。
 彼女を護るようにゴーレムやホルスの子供達は戦います。
 強さは兵士であった事もありそれなりです。言葉は話しませんがその仕草でホルスの子供達(まもるべきひと)をいつくしむ様子も見られます。
 彼女はホルスの子供達の模倣品であり、故人であるアナスタシアの記憶はありません。

 国を背負い、国を『壊そうとした』事は本来のアナスタシアにとってどうだったのでしょう。
 反転しないままで、その生命を終えることが幸福なのでしょうか。
 ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)さんの関係者です。
『黒鉄のエクスギア』、『Gear Basilica』を中心に活動しました。
(登場シナリオは『<黒鉄のエクスギア>憧憬の墓標(拙作)』、『<Gear Basilica>天の王に捧ぐ凱歌(pipiSD)』等ですがご存じなくとも支障はございません)

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <アアルの野>かつて磔の聖女だった貴女へ完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2021年01月22日 22時05分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧 (10人)

マルベート・トゥールーズ(p3p000736)
饗宴の悪魔
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
リインカーネーション
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
祈りの先
グレン・ロジャース(p3p005709)
面影の痕
プラック・クラケーン(p3p006804)
救海の灯火
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
奏でる記憶
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
竜撃
エルス・ティーネ(p3p007325)
竜首狩り
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
曇銀月を継ぐ者
夜式・十七号(p3p008363)
蒼き燕

リプレイ


 あの戦いの後、崩れて行く貴女の身体をかき集めようとしたけれど、
 風に溶けるように消えてしまった。墓の下には何もない。
 いつか最後の審判が来てもきっと再会は叶わないのだろう。
 それだけが、心残りでならないのだ。

                  ―――――『光差す場所は空よりも遠くて』

 我楽多の張りぼて。幼い子供がするように、山のように積み上げて偉ぶった畏敬の地であると誇らしげに披露する。冷たい大地など素知らぬ振りの熱孕んだ砂漠の地下に。その場所が――ギア・バジリカと呼ばれた鉄帝国で活動を停止した古代兵器が存在する筈が無いのだから。
 無作為に積み上げられた歯車の重なり合う音が聞こえる。まるで生物の胎内のように脈動する地と天。光の差し込んだ、その下に立っていた女を見たときに『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)の唇は戦慄いた。
「あ」と声を漏らしたヴァレーリヤのかんばせが蒼白に染まり往く。指先が僅かに震え、その名を呼ぶことを躊躇わせるかのように息が詰った。
「――司教、さま……」

『聖女』アナスタシア――クラースナヤ・ズヴェズダーの司教で、自身の目の前で命を落とした、その人。

「■■■■■■■■――ヴァ、リューシャ」

 言葉を紡いだ唇が、ギア・バジリカの中に生気を与えた気さえした。死者との逢瀬、邂逅を経た様子は実に物語的ではないか。此れがノベルの筋書きだというならば『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)は手を叩き「感動的だね」と告げることだろう。
 だが、所詮は土塊で紛い物だ。土人形に張りぼてのようにかんばせを与え、魂の代わりに名で縛り付けるだけ。死した者をもう一度見られるとは天国を、死の国を覗き見しているかのようだと手を叩く。
「……けど、ああ。既に血もなく肉もなく、所詮は粘土細工か。喰らった所でロクな味もしまい。ならば無価値だ。これっぽっちも興味はないね」
 故に、アナスタシアを見たヴァレーリヤのように、マルベートは戸惑いを感じることは無かった。
 背を向けて広報へと下がるアナスタシア。其れを護らんとゴーレムが駆動する。マルベートが投影した天使の傍を摺り抜けて、『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は「ホルスの子供たちって何なんだろう」と呟いた。
 何を作ろうとしてこんな現象が起るのか。死者蘇生? 其れとも錬金術の成れの果てか。嘗て、スティアの心を騒がせた月光人形を想起させ、そして其れとは全く違った存在だと感じさせる。
 月光人形は『呼び声』を発生させる装置の役割を得、生前の心までもを引き継いでいるかのように振る舞った。ホルスの子供達はそうではない。体を与えた上で誰にでも気軽な死者蘇生が出来るようにと準備を整えているのだから。
「――あの姿を変えた土塊……。『ホルスの子供達』と言うのだったか」
『倶利伽羅剣』夜式・十七号(p3p008363)は一度、ホルスの子供たちについてイヴに説明を受ける前にそれと相対していた。育ての親、ルベルが土塊に繁栄され、穏やかに笑っていた。その髪を束ねたリボンは無く――現在は十七号の髪に飾られたものだ――死した存在が立っているかのような気にさせられたからだ。
「死者の、蘇生なのね……それに、此処は鉄帝国の……?」
 鉄帝での活動は控えめであった砂漠での活動家である『砂食む想い』エルス・ティーネ(p3p007325)にとってギア・バジリカでの騒動は話に聞いたものであるという認識も強かったのだろう。そして、先程姿を見せてゴーレム達に相手を任せて下がったあの陽光を透かしたかの如き美しき女は――ヴァレーリヤにとっての。
「……あの人は、ヴァレーリヤさんの……大切な人、ね……。私も……出来る限りのことはするわ……!」
 宵の色の髪を揺らして、エルスはそう決心した。その心を揺らがせる存在が目の前に出てきたときに自身がどのようなスタンスをとるかは分からない――死者では無く、自身を脅かす義妹が居たら?
「ふぅん、あの人がアナスタシアさん、かぁ……イイヒトじゃん!」
 にこりと微笑んだ『奏でる記憶』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)の掌に緊張が滲んだ。笑みに僅かな翳りが帯びる。唇が震え、見開いたままの瞳に切なさが灯る。
「……それとあの『ホルスの子供達』ってのが……」
 ゴーレムの背後から、進軍する兵士のように姿を見せた無数の土塊が、姿を変貌させてゆく。
 獣の耳のようにぴょこりと跳ねた射干玉の髪、十字を描いた眸は楽しげに細められる。セーラー服をひらりと揺らしてマフラーを付けた少女の姿を見て秋奈は「あはは」と笑った。
「………うん、そっか。予想はできてたよ。
 でも、寂しくないよ。みんな一緒にいてくれてありがとうっ準備はおっけー? そんじゃ、テンアゲでいってみよう!」
 ――心の友と、こんなヘンテコな世界で会えた事って感動的じゃない?

 例え、君が死んでいたとしても――


 死者に対してどの様な思いを抱くのかは人それぞれだ。『叶わないはずの願いが叶ってしまう』――それは死者の蘇生の事であると『黒狼領主』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は認識していた――と言う状況に出会した時、人はどのような行動をとるか。
 それを直ぐ様に紛い物だと棄却して、心を傾けることも無く淡々と事務的に処理できる人間はどれだけ居るのであろうか。例え、それが、何時終わるか分からぬ泡沫の夢であったとしても――
 故に、月光人形の一件が起きた天義では対応に苦心したという報告書もあった。スティアもその対象者であり、イレギュラーズの中には無数に『そうした事例』を見た者も多く居る。
「おばあちゃんが帰ってきた」「息子が戻ってきたんです」「お母さん!」――その声は、泡沫で有ろうとも、得がたい未来を離すことさえ拒絶する。ベネディクトは蠢いたゴーレムをその双眸へと移し込む。
「俺の意見は言った通りだ。無粋な事を言う心算は無い、我々にとっての大前提を無視する様な事がないのであれば──俺はその為に力を貸そう」
 己の指針も意見も、違えることなどない。特異運命座標として掲げた目標に向けて歩を進めるのならば――仲間達を支えるために己は此処に立っていると青年は静かに告げた。
「……みんなわかっちゃいるさ。あれは本人じゃねえ。
 どうにかしたって死人が生き返る訳でも、死人が浮かばれる訳でもねえ。
 そんなもんは感傷に過ぎない。もう一度なんてある訳ゃねぇんだよ」
 ヴァレーリヤが対処した罠。その上を飛び越えるように『竜撃』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)はゴーレムへ向けてその拳を叩き付けた。地を踏み締めた爪先に力が入る。
 鼻先に擽る蒸気と廃油の匂い、錆びた鉄に、無尽蔵に取り込まれた人の血潮と死臭。
 歯車が軋んだ音に噛み合うノイズを聞きながらルカは「だけどよ」と静かに囁いた。
「……そんなもんが人間を人間足らしめてるモンじゃねえか。だったら、たまには感傷で動いても良いだろう?」
「ああ、故に、俺達が道を切り開こう」
 ルカが踊る様に後退したその場所へベネディクトの槍が突き刺さる。
 進軍する土塊が姿を変貌させて往く。まるで、求められるかのように人であらんとするように。

 アナスタシア様は、夜ごとあの日の事を夢に見るのだと嘆きました。
 後悔が己を縛り付けて離さないのだと。
 この時、私は、あの方の理想に殉ずるのが自分の運命だと思ったのです。
 奪って生き延びてしまったのは、

                  ―――――『私も同じだったから』

(生きる為に奪う……耳が痛い話だ)
 自分の意志で、自分のためにそうしただけアナスタシアと比べれば己は恵まれていたのだろうか。
『我が身を盾に』グレン・ロジャース(p3p005709)は内心そう苦笑した。柵に囚われざるを得なかったのならば、悔恨と罪の意識は計り知れない。軍人として、命を受けてそうした彼女の『罪滅ぼし』が果たされることも無くその性質を反転させたのだとすれば。
「……あの時届かなかった祈り。運命が悪戯するのは勝手だが……悲劇の再演とは、行かせないぜ」
 そう。悲劇ばかりだ。
 死者が現われることも、月光人形のように『趣味の悪い演目』を魅せてくるのもそうだ。
「死者は蘇らねぇ、蘇らねぇから俺は苦しんだんだ。苦しんでんだ。
 ――だが、贋作だろうと、やり残した事があった俺にゃ丁度よい。なぁ、そうだろう、糞親父ィ!!」
 歯を剥き出した。ゴーレムと相対するルカとベネディクトの開いた道を駆け上がるように『救海の灯火』プラック・クラケーン(p3p006804)は飛び込んだ。
 ブリッツボーイ・ガントレットに宿したそれに攻撃を乗せるわけではない。『クソ親父』と呼んだ自身の父を模した人形の肩をがしりと掴む。
「――親父。話したい事は沢山ある。やりたい事もな。
 だが、今じゃねぇ。今じゃねぇって諦めて為せないままだったから俺は深く後悔している訳だが……『話を聞いて』くれ。一度で良い」
 プラックが求めたのはホルスの子供たちに対して自身らは敵意はないと言うことを分かって欲しいという旨であった。話が通じるかどうかは定かではない。通じなくとも害意と敵意が無ければ武装放棄を願えるのでは無いかと考えたのだ。
 だが、相手は所詮は土塊だ。友好的であったイヴと比べれば其れ等を味方に付けることは叶わないだろうか。
「■■■、■■■■■■■、■■!!!!」
 何かを伝えんとする『オクト・クラケーン』の姿を見詰めながらプラックは「何だよ」と呟いた。
「おやおや、どうやら『親父殿』は私達に少し時間を呉れるようだね。
 何、話が分かる……訳ではないだろう。『聖女アナスタシア』に私達が敵意を見せなければ良いだけか?」
 マルベートは小さく笑みを浮かべた。ディナーフォークの先に纏わせた黒きマナがマルベートの爪先に踊る。ベネディクトは敵意に似た気配を感じながら悩むように呟いた。
「だが……ゴーレムもまた彼等にとっては家族の様な存在なのかも知れない。
 言葉が通じぬ以上、彼等の真意を聞き出す事はできないが――」
 ベネディクトが、そして、この場のイレギュラーズの誰もが感じるホルスの子供たちの警戒心。
 ゴーレムを攻撃するだけならば些細なことなのかも知れないがそれの活動が停止したときにどう出るかは分からないかとマルベートは首を捻ってから目を伏せた。
「しかし、仕事は熟さなくてはならない。
 ……ゴーレムはさっさと除け者にしようか。感動的な再会に彼等の横槍は不必要だからね」


 運営の悪戯に、天来聖盾ルキウスを掲げたグレンは『理想の騎士』を追い求めた英雄の名を冠する騎士盾を掲げた。災厄を退け抗い、立ち向かうかの如く、グレンは仲間達を護る為に堂々とその身を盾とす。
 ホルスの子供たちに敵意がないならば、そちらを傷付けることはしない。アナスタシアとヴァレーリヤ、其の何方もが傷つかぬように――ヴァレーリヤとて『もう二度と』アナスタシアが傷つく姿を見たくはないだろうと彼は快活に笑った。
「俺は傷付きやしないさ。鋼鉄よりなお硬く、膝も心も屈する事ないんでな!」
「まあ」
 小さく笑みを浮かべたヴァレーリヤ。その笑みに過った切なさを拭うように彼女はクラースナヤ・ズヴェズダーの赤十字を握りしめた。
 ――選択の刻はとうに過ぎ去ってしまった。
 目の前に居るのは亡霊ですらない泥人形。司教アナスタシアが――堕ちた聖女アナスタシアが生き返ったわけでは無いのだと知っている。
「……分かっていても、こうして目にすると躊躇うものですわね。
 何の意味も無い、ただの自己満足だと理解していますの。でも、それでも――」
 ホルスの子供たちを護るべき相手として、慈しみの笑みを浮かべた聖女。
 嘗て、彼女が聖女と呼ばれた理由を思い出す。『過去』を拭い去るために、民へ恵みを与え続けた彼女。
「――あの人が今、子供達を護る事で、後悔に縛り付けられる事もなく幸せで居られるのなら、そのままでいさせてあげたいと思っていますわ。
 生前どんなに願っても叶わなかった事ですもの、倒さなくても依頼を達成できるのなら、この場所でくらいは……」
 そう、願わずには居られなかった。民に愛され、彼等を愛し、そして平凡に過ごしていく。
 そんな当たり前の幸せさえ謳歌できなかった彼女。熱心に貧者の救済に力を尽くした優しいあなた。
「そうだね、そうだ……『出来なかったこと』をしてくれたらなあって思っちゃうんだ。
 お父様と、お母様の姿をして、私を見て居ても――私は……」
 スティアの唇は震えていた。嘗て、天義の決戦では父はスティアに剣を向けた。母は月光人形を護る為に抱き締め続けてた。
『どうして』と口にしても、父の中で娘は未だ幼い少女だったのだろう。自身のことを娘と認識することも、『スティア』として愛してくれることも無かった。父にとって、最愛の母を殺そうとするイレギュラーズとして認識されていたのだから。
「――お母様」
 柔らかな銀の髪が揺らいでいる。にんまりと微笑んだ温和なお母様。彼女について、スティアは『月光人形』であった頃のことしか知らない。
 ホルスの子供たちは記憶を引き継ぐこともない。回復魔術でグレンを癒しながらも、スティアは母と父から目を離せずにいた。
 エイル・ヴァークライトとアシュレイ・ヴァークライトは何時だって幸せそうだった。共に寄り添い合い、幸福そうに過ごし続ける。もう会うことの出来ない二人だからこそ、こうして揃った姿を見れることは嬉しくて。
(……戦いたく、ないなぁ……。だから、邪魔はしないで欲しいな)
 願うようにスティアは祈った。そう、感じていても――屹度、『選択』しなくてはいけない時間はやってくる。
 ヴァレーリヤにとってもスティアにとっても、である。
 目の前に存在するのが『過去の記憶』もなく外見だけの張りぼての人形で在る事を忘れては為らないのだから。

 十七号はルベルの姿を見て、息を飲んだ。またも、ルベルの姿を模して現われたホルスの子供達を見れば彼女の手は震えた。
 ゴーレムを誘い、声張り上げる十七号の握った海を思わす蒼の刀身に硬い岩の拳が打ち付けられる。じん、と少女の細腕に走った痛みなど拭うように鋼鉄騎の体に力を込めて唇を噛み締める。
(ルベル―――)
 肩に重いものが圧し掛かる。夜式・十七号と呼ばれた少女は――自身を『かなぎ』と呼ばれ、そして友人等と過ごし続ける義眼の娘は。
(ああくそ、我ながらみっともない。失敗も、負けも、あって当然じゃないか。
 なのにどれもこれも引き摺り続ける。……馬鹿だな、私は。一人で抱える馬鹿だ)
 戦場での苦心を一人、心の中で抱え続けた。その不安と苦悩を拭えなければ剣に倶利迦羅竜王の如き燃えさかる炎を、自身の力全てを出せるわけがないと自嘲する。
(けれど、馬鹿なのだったら――少しは、変わらねばな)
 そうしなくては『私』を探すその人の魔の手を逃れられやしないのだから。己よりも強くあって欲しい、強くなって欲しいと歪んだ母の愛を胸に抱いたその人を十七号は知る由もない。
 だが、その鍛え抜いた戦士としての精神が機敏に感じ取った敵意に似た気配が前を向くための力を与えてくれたかのようで。
「ゴーレムを倒しきる。そして、ホルスの子供達は――」
 倒したくは無かった.あの日、崩れ去っていったルベル。そんな物を二度とは見てなるものか、と地を踏み締めゴーレムを受け止める。
「ホルスの子供達とは何とか戦闘は避けたいわね……
 ゴーレムが誘き寄せられれば……そこで一気に決着をつけましょう!」
 エルスへと十七号は頷いた。だが、その刹那にぴたりと動きを止めたエルスの瞳が揺らいでいることに気付く。
 夜色の色彩が、海が凪いだように揺らぎ、少女の背丈よりも幾許か大きな鎌が封蝋の指環へと変化する。
「――お父、様」
 ホルスの子供たち。エルス・ティーネという少女にとって『少なくともそうはならないだろう』と考えていた存在。
「ああ、その姿は……」
 此の世界では会えると思って居なかった相手。純血種達の革命で命を散らし、死後の灰すら弄ばれた心優しき始祖の王。
 幼き日にはパパと呼び、優しく抱き締めてくれた父の姿。お父様、と呼ぶことすら初めてだというのに、ああ、そう呼べたことが嬉しくて堪らない。
「……お父様を模したのならば……争う必要なんて……ない、わね。
 私はホルスの子供達と戦う意志はないわ。ゴーレムだけ……ただ、それだけだから……」
 どうか、平穏で幸福で在ればいい――エルスの惑いはその攻撃にも滲んでいた。

 ――ああ、お父様で良かった。彼女じゃ無くって。
 彼女で――リリスティーネであったならば……私はこの鎌で彼女を――


 ありふれたバッドエンドを得た栄光に包まれた軽槍は魔に染まり、呪いの如く蝕み続ける。その痛みすら不屈の精神で乗り越えるようにベネディクトはゴーレムへと乱撃を放つ。
 槍の穂先にぶつかる硬い岩。流石に見た目通りに鈍重であろうか。しかし、油断はならぬかと黒狼の外套を翻す。
「守護者か、見た目通りだけの判断であれば良いが……!」
 ――ブンッ。
 音を立て岩の拳が振り上げられた。受け止めた十七号の靴裏が滑る。苛立たしい程に耳を擽った歯車の重なり合う音を聞きながら、力任せに片手で両手剣を振り上げたルカは小さく舌を打つ。
 両手で武器を一本使う事すら惜しい。片手で剣を握りさえすれば、空いた拳を敵へと打ち付けることが出来るのだから。殴ればそれで2倍のダメージを与えることが可能であると、青年はゴーレムだけを真っ直ぐに見詰めていた。
 その背後に、立っている傭兵仲間が居たとしても――『ホルスの子供達』であると自分を鎮めるように息を吐いて。
 ホルスの子供たちは夢のような存在だ。心を持つわけでも無く、魂を縛るわけでもない。ただ、心に反応した様にその姿を反映するだけなのだ。
「――でもよ、夢でも良いじゃねえか。この世界のどっかに、夢見た光景があるんだ」
 ゴーレムを噛み砕くように。黒き魔性があんぐりと口開く。ゴーレムが地へと叩き付けられる。刹那、剣を構えた『見慣れた顔』が飛び込んだ。
「アンタ―――……!」
 ゴーレムを護らんとするホルスの子供たち。受け止めた腕から赤く血が流れる。
 傭兵らしくない、誰かを護りたいとそう強く願った仲間のひとり。ギア・バジリカのあの時にルカはアナスタシアの体を取り戻したいと願い、そして――その『結末』は知っての通りだ。
 聖女の生命活動はギア・バジリカが停止すると共に停止した。その体に血潮は巡ることは無く、心臓は動きを止める。脳の信号が停止して、呼吸という動作を行わなくなった体が過急激に失われる体温が命の終を思わせた。その刹那を、ルカは思い浮かべる。
「なぁ……お前ならコイツラを守っていってくれるよな?」
 返事はない。流れ出た血も刃で傷つけられた腕もルカは気にすることはない。
 答えはない。返事がない事を、プラックとて分かっていた。想起する死者は無数にいた。友人も、誰も彼も、それでも『彼』が此処に投影されたというならば。
「――偽物だろうが現れた以上はやる事は一つ、さぁ、喧嘩しようぜ! ……なんてな」
 言葉が通用しないから。扁桃を求めることが出来ないから、プラックは父の姿を見ていた。
 父は、こんなに小さかっただろうか。いいや、自分の背が少し伸びたのかも知れない。そう思えば、誇れるような気がして背筋がピンと伸びる。
 プラックは父と、オクトと戦いたいと願っていた。むしろ、そうしたかったが誰かの優しい願いを踏み躙ってまで叶えたい願いではない。彼と戦える機会はホルスの子供たちとしてならば可能性はまだ有り得ているのだから。
「いーの?」
「……いいさ」
 秋奈は「そっかあ」とへらりと微笑んだ。ゴーレムにぽい、と刀を投げて、自身らの代わりに罠に掛けてその様子を眺めていた秋奈は「気まずくてさぁ」と肩竦める。
「なーんか、顔合わせると私ちゃん、変な感じがしてさ。こんなヘンテコな世界でまた会ったら死んでますなんてさー?
 なんか感動的なイベントだった気もするし、これもう心の友といってもよくなくなーい?」
 奏、とその名を呼べば秋奈はひらりと手を振るしかない。光が走った、とそう表現される一撃を投げる秋奈の握る無骨な姉妹刀。『奏』の名を冠した決意の証が――どうしたことか、目の前似たって笑っているのだから。
「やあやあ、私ちゃんだよ……っても返事はないんだよね。
 ゴーレムを倒されちゃ、皆そんなにいやなのかな。戦いたくは無いんだよ、本当に」
 笑った秋奈は一歩後退する。ゴーレム達と相対しながら、ホルスの子供達が此方を睨め付ける眸が、痛くて堪らない。
 グレンはホルスの子供達を思い浮かべた。未練がましい姿なんて見せないようにして居たが、腹の底じゃ未練がたらたらで後悔しきりで。
 こんな時に育ての親を、優しく微笑んでくれたシスター・グレイシーを思い浮かべては仕方ないのは。

 ――グレン。

 呼ぶ声を思い出す。我が子同然に愛してくれたその人が、飢餓の極限下で皆が命を落とす中で自身だけを守りきろうとしてくれた優しい母。
 女神の如き彼女は、神様なんかじゃない、ただの人だったと気付いたのは――気付くのが遅すぎたのは。
「……けど、」
 どうして、出てきてくれないのかとグレンはそう唇を噛んだ。ホルスの子供たちに反映されるのは死者だけだからか、グレンの未練に反応しようとも形作ることが出来ないとでも言うように土塊へと戻り往く。
 自身に不滅の概念を定義し、付与し続けるグレンへとスティアの癒しが運ばれた。
 ゴーレムと敵対するスティアの背を狙うようにホルスの子供たちの刃が突き刺さる。
「ッ」
 ――グレンの盾が背へと掠めた剣を弾いた。
 スティアの色違いの双眸が見開かれる。その顔は、その剣は、あの日見た物と同じ。

「お父様――!?」

 彼は『何かを護る』という動作を行うことは分かっていた。ベネディクトの告げたようにゴーレムを護ろうとしたのか、果たして。
 マルベートはゴーレムが壊れる事を阻むかのような天使のはばたきを聞きながら黒い魔力の奔流を放つ。
 本能と記憶の底に眠った悪意の遺伝子が花開くように、魂と冒涜し命を喰らい尽くす暴食を見せつける。
「さて、ゴーレム狙いの私達にお怒りのようだが?」
「お父様は、護る事が大切だと……月光人形の時だって、お母様を護る為に、私を……」
 ぞう、と背筋に嫌な気配が走る。それが『本人の意志』でない事を分かっていても二度までも、と唇は戦慄いた。
「お父様……」

「■■■■、■■■―――――! ス、ティ――ア」

 名を呼ばれた瞬間にスティアはひ、と息を飲んだ。呼ばれるはずもない、理解されるわけもない。
 父が向ける剣に惑えば千紫万紅なる結界が眩んでしまう。百花繚乱に咲き乱れる魔力の残滓が僅かに霞んでしまう。
(落ち着いて、落ち着いて、落ち着いて――あれは、お父様じゃ……)
 動揺してはならない。長期的な戦いを見据えたバイタリティを自分は持っていたじゃ無いか。
 スティアの傍でマルベートは「大丈夫かい」と囁く。
「大丈夫――大丈夫、だけど」
 びり、と音を立て頬を掠めたのは雷撃。頬より赤い血が流れる。父ではない、これは――

「おかあ、さま……」

 スティアの膝が震えた。母が――叔母から聞いた一番に私が生まれることを楽しみにしてくれていた母が――その魔術を自身へと向けて。
 少女の心に動揺が走ったのは、母による攻撃であった。ゴーレムを罠に掛け、不殺での対処を送る仲間達の中でスティアは深く息を吐いた。
「大切、なんだ……?」
「大切――なんだろう……」
 グレンは深く頷いた。ゴーレムも、色宝を埋め込まれ動いているのだろうか。
 ホルスの子供たちは――少なくとも此処に存在した個体は『それを家族』として認識していたのだろう。
「■■■」
「ッ、のクソ親父!」
 プラックを殴りつけたオクトの拳。苛立ったように歯を剥き出して、その拳を受け止めて『喧嘩』をするように一撃をお見舞いする。
 それが、彼にとっては当たり前で、一発殴らせろと言わんばかりの表情に僅かな喜色が乗った。
 しかし、その時間も僅かであろうか――
 ベネディクトは槍で攻撃を受け止めながらも攻勢には転じなかった。
 この泡沫の夢を、棄却すること無く少しは長く見て欲しい。死と言う永劫の別離から『夢』を見ることくらい許されるべきなのだから。
「……そろそろか」
 故に、ベネディクトは静かに囁いた。ルカは小さく頷き、十七号は刀を鞘へと仕舞い込む。
 人並みの知性を駆使して攻撃を重ね続けるホルスの子供たちから仲間を護る為にグレンは盾となる。
「俺達はお前達を倒したくはない。故に、話を聞いてくれないか!」
 ベネディクトが鋭く叫ぶ。その言葉に頷いて、十七号はヴァレーリヤを庇いながらも此処からの事の運び方を警戒する様に真っ直ぐにホルスの子供たちを見詰めた。
(ルベル――それに、スティアの両親やエルスの父……プラックの父もか……)
 奏と相対する秋奈に、マルベートが『美味しくはないだろう』と称した天使に。
 十七号は静かに武装を解除して息を吐く。
「敵意はない」
 頷き、エルスも魔術を沈めるように鎌を手より放した。
「武装を解除したわ。だから、話を聞いて」

 ぴた――とアシュレイの動きが止る。エイルを護るように後方へ戻った彼、そしてルカの傭兵仲間もアナスタシアを護るように此方を見詰めている。
 此の儘ならば事が運ぶだろうか――ヴァレーリヤはそう、と歩み出た。
「……ヴァレーリヤ」
「大丈夫ですわ」
 心配性、と微笑んだ彼女の笑みに十七号は唇を噛み締めて、そう、とその背を押す。


 眼前に存在したのは金の髪の女だった。美しい、理想のために前を向き走る彼女。
 その声音が今でも聞こえるかのようで。

  ――――ヴァレーリヤ!

 ああ、なんて。なんて幸運なのだろう。
 こうして『もう一度』があったのだから。

「司教様……ずっと、ずっとお会いしたかったですわ。
 聞いて下さいまし。やっと少し、夢が叶いましたのよ。陛下から領地を頂きましたの。
 今はまだ荒れ地ばかりだから作物もあまり取れないけれど、
 私達が待ち望んだ約束の地が、やっと――ねえ司教様、もし良かったら一緒に……」
 虚な瞳を、覗き込む。ヴァレーリヤの言葉は徐々に震え、音をなさない。
 ヴァレーリヤの願った夢。

 『ならば……此処は、共に行きましょう。ナーシャ様』

 手を差し伸べて、握り返してくれるその温かさ。
 憧れた、家族との暮らし。永遠に届かないとさえ感じていた未来。
 羨望に塗れた憧憬が輪郭を見せたその先に。理想に殉じる彼女に少しでも報いる可能性に。

 反応は――ない。
 聖女アナスタシアは、いいや、司教であった『アナスタシア』という女はそこに立っているだけだった。
 ヴァレーリヤに攻撃を行うことも無く。理想を叶えるために殉じるその心を宿したような瞳の滾る想いも感じさせずに。

「やっぱり、言葉は通じないのですね」
 唇から溢れた音に、は、とヴァレーリヤは顔を上げた。
「……いいえ、何でもないのです。何でも……
 貴女にもう一度会えた。それだけで、私は……」

 アナスタシア様。アナスタシア様。
 貴女の手を取れなかった私は、あの時、私だけは貴女の手を取っていれば。
 過分な幸せは願わない。もう一度、貴女がこうして平穏に過ごしている姿が見れただけで。

 ――幸せでしたか? シスター・ナーシャ。貴女が微笑んで居るだけで、私は。

「感情も個々の考えも存在しねぇ。
 そうあれかしと望まれた動きをする親父じゃねぇ誰かさんよ」
 プラックは祈るように目を伏せた。
 魂の重さは異界の研究者・ダンカン・マクドゥーガルの説を信じるならば4分の3オンス――およそ21.262グラムであると言う。たったそれっぽちをこの土塊に押し込んで、ひょっとすればその体に嵌められた色宝の重さが4分の3オンスであったのかもしれない。そんなことを確かめることは出来ないままに。
「行こう」
 ベネディクトに、十七号は静かに頷いた。
 此の場所で彼等が静かにして居てくれるなら。その体が土塊に戻るまで。
 たった、その時間でも『有り得なかった未来』が其処にあればとそう願って。
 その体が崩れ風に溶けるまで。どうか、幸福の随に在らんことを――

 ――主よ、このお導きに感謝いたします。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。
 もう一度現われた選択を、熟して下さってありがとうございます。

 さあ、アアルの野の奥はどうなっているのでしょう。

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